作・斯波
お邪魔します、でもなく。
わあ、素敵、でもなく。
「うーわ見るからに金かかってそー! やったねえリッちゃん、逆玉じゃ~んv!」
「何だこの無駄に広い部屋は。呪われろ」
それが、ロッドとマーカーの第一声だった。
必 需 品
俺は暫く呆然と立ち竦んでいた。
(これは幻デスカ? いや、幻であって欲しい!)
固まったままの俺を無視して、特戦部隊の元同僚達は勝手に部屋の中のチェックを始めている。
「台所は片づいているようだな」
「家事の腕上がったねえvリッちゃん」
「だがグラスが曇ったままだ。ちゃんと磨き粉を使っているのか?」
「あっ俺エスプレッソねv濃いめでお願い」
「私は茶でいい」
やっと呪縛が解ける。
「なっ・・・何でアンタ達がここにいるんだよ――ッ!!」
「おまえが欲しがっていたのはこの布だろう」
マーカーが差し出したのは手織りの藍染めの紬の布。
家具に合う炬燵布団のカバーを探していたところ、アラシヤマが持っていると聞いて譲ってくれるように頼んだ覚えは確かにある。
「―――だからって何でアンタ達が?」
この虐めっ子達を呼んだ覚えは無い。確実に無い。100%無い。
俺の教育係だったクールな中国人は平然として一番上等の茶をすすった。
「あれに急な用事が出来てな、頼まれたのだ。あの馬鹿弟子が、師をパシらせるとは」
「それに隊長から、リキッド坊やの生活振りを探ってこいって命令されてたしね~v」
廊下の向こうからイタリア人の陽気な声が聞こえてくる。
「あっこっちが寝室?」
俺はがばっと立ち上がった。
「いい雰囲気じゃん。へえ~、リッちゃんこのベッドで毎晩シンタロー総帥とヤッ」
「あっロッド、コーヒー! 濃いめのコーヒー入ったから!!」
無遠慮に寝室を覗きこむロッドの肩を力づくで引き戻す。
イタリア人を連れ戻してきてハッと気づくと今度はチャイニーズが居ない。
「坊や、浴室は毎日換気した方がいいぞ。シンタロー総帥の残り香を楽しみたいのは分かるが閉めきっているとすぐに黴が生えてしまう」
「ええっとマーカーさんッ、お茶のお代わりはいかがっすかー!?」
二人を何とかソファに腰を下ろさせた時にはもう俺はぐったり疲れ切っていた。
「しっかしホント広いねえ~」
ロッドが感心したようにリビングを見回した。
「そう? キンタローさんはこんな狭い部屋で暮らせるのかって心配してたけど」
「げっ、ヤダヤダ坊ちゃん育ちは」
「確実に弟子の部屋の三倍はあるな」
「あいつだって借りようと思えば広い部屋借りられるんだろ? 一応高給取りなんだから」
そう訊くとマーカーは溜息をついた。
「あれは空間恐怖症なのだ。広い部屋に一人でいると発狂しそうになるらしい」
「あーちゃんは昔っからそうだったよね~」
俺も何となくリビングを見回す。
―――やっぱ、広いよなあ・・。
シンタローさんにとってはきっとこれでも狭い方なんだろうと思う。
本部でどんな部屋に住んでたのか知らないけど、たぶんスゲー広くて豪華なんだ。
だって一緒に暮らし始める前に初めて俺のワンルームマンションに来た時、玄関から俺の部屋から風呂からトイレまで全部覗いた挙げ句にあの人は、
―――で? 部屋は何処にあるんだ?
って真顔で訊いたもんなあ。
「けど家具のセンスはいいねえ。リッちゃんが選んだの?」
「それは、シンタローさんが」
「食器も良いものを使っているな」
「それも、シンタローさんが」
「電化製品も全部最新式のヤツじゃん」
「それも・・・シンタローさんが」
ぼそりと呟く俺に、ロッドが呆れたように肩をすくめる。
「んだよ、全部シンタロー様のお見立てかよ。おまえのモノっていっこもねーの?」
―――これは、結構こたえた。
うつむいてしまった俺を黙って眺めていた二人は、不意に立ち上がった。
「それではそろそろ失礼する」
「・・・ああ。サンキュ」
「早く帰んなきゃ。実はサボリだしね、俺らv」
(仕事中やったんかい!)
一応玄関まで見送ることにする。
編み上げの靴を履くのにちょっと手間取っているロッドを待っていた中国人が突然振り向いた。
「ああ、忘れるところだった」
「は?」
「Gからの預かりものだ」
懐から取り出したのは、俺のヒーローであるネズミーさんの縫いぐるみだった。
「おまえへのプレゼントだそうだ」
「Gが・・・」
「総帥に文句を言われない場所に飾っておけとのことだ」
「うん。―――Gに、ありがと、って」
「それから」
俺は眼を上げた。
「今度、うちの馬鹿弟子に香をことづけておいてやる」
「えっ?」
「夜、寝室に焚くとなかなか良いものだ」
マーカーはいつもどおりの無表情で何を考えているのかさっぱり読めなかったけど、薄墨色の眼はいつもより少しだけ暖かいような気がした。
「あ・・・あんがと」
ロッドも首をねじって俺を見上げながら笑う。
「俺はAV届けてやるよ。すんごいテクが学べるぜェ、今度シンタロー総帥に試してみな♪」
「試せるかアァ!!」
「他に、要り用なものはあるか?」
瞬きもせずに俺を見下ろしている先輩の目を真っ直ぐ見つめて、俺は笑って首を振った。
「大丈夫」
(そうだ、俺に必要なものはただ一つ)
「一番要るものはもう、ちゃんと持ってるから。―――」
マーカーが初めてふっと微笑った。
ロッドがやっと靴を履いて立ち上がる。
「じゃあね、リッちゃん」
「うん」
「ナマハゲには見たままを報告しとくわ。リッちゃんはシンタロー総帥と二人で、物凄く幸せに暮らしてます、ってねv!!」
頭をぽんぽんと叩いてくれた大きな手は、昔と変わらず乱暴で、昔と変わらず暖かかった。
一人になったリビングで、鼻歌を歌いながら夕食の支度を始める。
(ここには俺のものは何にもないけど)
だけどそれが何だって言うんだろう。
一番必要なもの、一番大事なものはちゃんと持ってる。
あと数時間したらここへ帰ってくる。
俺の作った飯を食って、俺の隣でテレビを見て、俺の胸で毎晩眠る。
(どこの宮殿だって六畳一間のアパートだって同じこと)
何処でだって生きていけるんだ。
俺の人生の必需品は、あの可愛い人だけだから。
それから三日後、特戦部隊から宅配便が届いた。
中身は中国四千年の秘法で作られたという媚薬と、イタリアンポルノのビデオの山。
シンタローさんに眼魔砲を食らった挙げ句一週間お預けを食わされる羽目になった俺は、もう二度とあの虐めっ子達を家には上げまいと決心したのだった―――。
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わらわらと人が増えている「ルルル」です。
文句を言われない場所なんてあるんでしょうか。
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作・渡井
Godless Walking
リキッドと2人で外出した。
別に何も用事はないのだが、空は見事に晴れ渡り、ときおり吹く風は心地良く、暑くも寒くもないお出かけ日和に恵まれた休日、部屋にいるのがもったいなくなったのだ。
いつもは気づかなかった細い路地裏がどこに抜けるのか歩いていくと、パジャマの専門店を発見した。
さすがに形も色も素材もバリエーション豊かで、ありとあらゆるナイトウェアを扱っている。
最初はアレが欲しいコレはどうだと言っていたのが、いつの間にか「誰にどれが似合うか」という話になって、シンタローが目ざとく見つけた可愛い男の子用のがコタロー、までは意見が一致した。
しかし俎上にハーレムが乗ったあたりでパジャマ会議は紛糾し、「いっそこれはどうですか」とリキッドが持ってきたのはよりによって、ピンクのレースとフリルを多用した女性用のネグリジェで、それをハーレムが着ているのを想像して2人で腹を抱えて笑った。
こんなに笑ったのは久しぶりだ、と思った。
店を出てすぐに小さな神社があった。
境内は狭いが掃除が行き届いており、神社仏閣に特有の清冽な空気が流れている。
奥まったところにあるせいか、通りかかる人もない。日陰になった石段の上で猫が寝ているだけだ。
首輪をしているのでどこかの飼い猫なのだろうが、何ともだらしなく寝転んでいて、シンタローが腹を撫でると薄く目を開け面倒そうに「うにゃん」と鳴いた。
「気持ちのいいとこだな」
石段の下を見下ろして大きく伸びをすると、リキッドが元気良く返事した。
彼は朝から嬉しくて仕方ないという顔で笑っている。
さっきなどまともに「シンタローさんとお出かけなんて、俺すげー幸せっす」と言われて、内心では大いにうろたえた。
甘い顔をすると手ェ繋ぎましょう、なんてふざけたことを提案されかねない(かつて実際にあった。とりあえず殴った)ので、軽く受け流したが、気分は悪くない。
シンタローとしては気まぐれで始めた散歩なのだが、こんなにも喜ばれると、思わず頭の一つも撫でてやろうかという気になる。
…しないけれど。
「あっシンタローさん、お守り売ってますよ」
それにしても良くここまではしゃげるよな、と不思議に思うシンタローと対照的に、リキッドは3つ並んだお守りの棚に駆け寄った。
神主も巫女も見当たらない。勝手に取って代金は賽銭箱に入れていけ、という、何とものどかで良心に任せたシステムである。
「1つ買ってきましょうか。家内安全と商売繁盛、どっちがいいっすか?」
「どっちも要らん」
「え、安産祈願にするんですか…?」
石段の上から蹴落としてやりたい誘惑を理性で耐えた。我ながら偉いと思う。
「じゃなくて。お守りなんて信じてねーし、どれも要らん」
これは事実である。
リビングの神棚に文句をつけないのは、あくまでリキッドの心情にほだされただけで、加護を信じているのではない。
人間の思惑を超越した、運命―――のようなものを感じることはあっても、特定の宗教に依りかかってのものではないし、そんな運命でさえ自分で切り拓いていくものだとシンタローは思っている。
自分が道を作る、というのが基本的な考え方だ。
ついでに言うなら自分の道は神様でさえ横切らせねえ、という俺様な考え方でもある。
だが珍しく、リキッドが猛然と反論してきた。
「違いますよ、信じるとか信じないって問題じゃないんです」
「はあ? 交通安全のお守りつけてたって事故るヤツはいっぱいいるぜ」
「だからー、そういうんじゃないんですって」
「何をしてくれるって訳じゃないけど、持ってるだけで心が安らぐっていうのがお守りなんすよ。そこにあるっていうだけで、お守りの役割をちゃんと果たしてるもんなんです」
力の入った一生懸命な説明に、シンタローは思わず唇を綻ばせた。
「だったらなおさら要らねーよ、バカ」
「そんなー…」
がっくりと肩を落とすリキッドを置いて、足取りも軽く歩き出す。
何をする訳でもないけれど、心が安らぐ。存在だけで、ちゃんと守ってくれる。
そんなもの、もう持ってる。
「ほら、ぐずぐずすんな。さっきの店にパジャマ買いに行くぞ」
「え、隊長の?」
「コタローのだよ!」
ただ2人でいること。あてもなく一緒に歩くこと。くだらない話で笑うこと。
何の実にもならないそれだけのことで、日々の疲れにささくれだった心が潤っていく。
手を繋ぐのは死んでも御免だが、少しだけ―――そう、ほんの少しだけ普段より寄り添って歩いてやってもいいかもしれない。
俺のお守りはお前だなんて、口が裂けても言えない代わりに。
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パラレルは精一杯甘くしているつもりなのですが、
それでもシンタローさんがなかなか素直になってくれません。
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作・斯波
好きな季節は夏
君の笑顔が眩しいから
好きな季節は冬
君の温もりが嬉しいから
HOT HOT WINTER
「なあ、そろそろいいだろ」
真紅のラブソファの上で膝を抱えながらテレビを見ているシンタローの言葉に、隣に座ったリキッドが生返事をする。
「そーですねえ・・・」
「だって寒いじゃん。世間様じゃもう立派に冬だぜ」
確かに天気の良い昼間などはまだぽかぽかしているものの夜は冷え込む。
案外寒がりなシンタローが愚痴るのも無理はない。
「なあリキッド、おまえ明日買ってこいよ」
「明日!? アンタ何でそんなせっかちなんすか!」
「俺ァもう一週間前からずっと言ってんじゃねェか! てめーこそ何グズグズしてんだよ!」
「部屋のインテリア崩すなって日頃から煩く言ってんのはシンタローさんでしょ!」
「うるせェ! 冬っていや炬燵だろ、炬燵で蜜柑って決まってんだろ!」
そう、二人が話しているのは冬の必須アイテム―――炬燵のことなのである。
残暑厳しい季節に二人で越してきたこの部屋にも、もう冬が訪れていた。
シンタローの希望により、インテリアはアジアン家具で統一してある。
だがお互いごちゃごちゃしているのが嫌いなので、リビングには必要最低限の家具しか無い。
フローリングの下は床暖房にはなっているが、いつでも床に寝そべっている訳にはいかない。
続きになっているダイニングを入れれば広さは30畳もあるから、テレビの前に炬燵を設置することには何の問題もない筈だ。寧ろ炬燵布団の柄さえちゃんと選べば、この上なく居心地のいいリビングになるに違いない―――というのがシンタローの主張だった。
これに対し、家政夫たるリキッドの反応は否定的だった。
炬燵なんか出したらそこから出られなくなるし、部屋が片づかない。それに疲れている日などシンタローは寝室へ行くのすら面倒がってそこで寝てしまうに決まっているのだから、健康にも悪い。大体今頃から炬燵なんか出して、真冬になった時にはどうするのか。
斯くして二人の意見は一致を見ないまま、一週間が過ぎているのだった。
「うーっ、さむっ」
お気遣いの紳士によっていつでも温度調節が完璧になされている本部ビルで働くシンタローの身体はリキッドより寒暖の差を敏感に感じるのだろう。ぶるっと身震いして膝を抱える。
「このマンション、建て付けが悪いのかな。いつもどっかから隙間風入ってくる気がする」
「気のせいですって。でも夏は涼しくて快適だったでしょ、この部屋」
「まあな。風通しがいいから仕方ねーか・・」
「住居ってのは夏に涼しい方がいいって言いますよ」
「けど何かさあ、こう・・足先が冷えんのがつらいんだよなー・・」
「ナニ年寄りみてえなこと言ってんすか」
「うっせ、てめーだって後数年したら分かんだよ!」
ごん、と殴られ眼から火花が飛び散った。
容赦ない拳骨を食らった頭をさするリキッドの唇にかすかな笑みが浮かぶ。
寒がりの恋人は、いつの間にか無意識のうちにリキッドにぴったり身体を寄せて座っていた。
「もぉ、仕方ないっすねえ・・・んじゃ明日、デパート行ってきますから」
「マジで? ちゃんとした奴選んでこいよ」
「分かってますよ」
「あ~楽しみ~! やっぱ冬は炬燵だよな~」
嬉しそうにはしゃぐシンタローの横顔を眺めて苦笑した。
もしも知ったら激怒するだろうなあ。
寒がりなアンタが俺にくっついてくれるように、わざと細めにキッチンの窓を開けてること。
だって炬燵なんか出したら、シンタローさんこうやって俺に凭れてくれないでしょ。
「・・・ま、炬燵ってのもある意味萌えか」
「は?」
「何でもないっす。でもホントに俺が選んでいいんすか? 柄とか、注文ありますか」
「いや、ネズミ柄じゃなけりゃ別に―――あ、いっこだけ」
「はい?」
「長方形の炬燵がいい」
とん、と肩を揺らしてリキッドにぶつけてくるシンタローの眼は悪戯っぽく輝いている。
「テレビ見る時、おまえの隣に、くっついて座れるようなヤツ。―――」
リキッドはぽかんと口を開けた。その顔がみるみる赤くなる。
シンタローがくすっと笑った。
「心配しなくたって、炬燵出した後もちゃんと湯たんぽ代わりに使ってやるよ」
「え、もしかしてあの」
「おまえは体温高いからな、この季節になると気持ちイイ。夏は側にも寄って欲しくねえけど」
「あっひどい」
「だから、さっさとキッチンの窓閉めてこい」
明日はさっそくデパートの家具売り場へ行こうとリキッドは思った。
そして大きすぎず小さすぎない、二人で並んで座れるようなサイズの炬燵を買おう。
だけどアンタを暖めるのは炬燵じゃなくて、俺の役目なんです。
それくらいは主張してもいいでしょ?
ね、シンタローさん。
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あたたかいというよりあついですふたりとも。
というのが甘々ぶりに漢字も忘れてちみっ子と化した私の感想です。
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作・斯波
俺はシンタローさんの仕事については何も知らない。
知ろうともしないし、知る必要もない。
シンタローさんがそう思っている事を、俺は知っている。
STAND BY ME
玄関が開いたのはいつもよりちょっと早い時間だった。
お帰りなさい、と言う間もなく温かい身体がすとんと俺の背中にぶちあたってくる。
「・・・ガスの火止めろ、ヤンキー」
「えっ?」
「したいんだ。今すぐ」
―――ああ、そういうことか。
作りかけの夕食もそのままで、俺たちは寝室に転がり込んだ。
その日のシンタローさんはいつもとまるで違っていた。
狂ったように俺を求めて、何度も何度も俺の名を呼んで。
それはまるで何かを忘れるための儀式みたいだった。
だけど俺は何も言わずにシンタローさんを抱いた。
今この人が求めているのはただ、何も訊かずに抱きしめてくれる存在だったから。
俺は暗闇の中で眼を開いて、天井を眺めていた。
リビングで物音がするのは、シンタローさんが一人で酒を飲んでいるのだ。
(今日は何があったんだろう)
シンタローさんがこんなふうになるのは今日が初めてのことじゃない。
今は家政夫だが少し前まで俺はガンマ団特戦部隊の一員だった。その記憶がまだ失せてはいないように、俺とガンマ団との繋がりだってまだ完全に無くなった訳じゃない。
きっとシンタローさんが思っている以上に、俺はシンタローさんの仕事について知っている。
今抱えている任務。
遠征の行き先と規模。
そして、それがどんな結果に終わったかということも。
いくら方向転換をしたところでガンマ団はただの仲良し倶楽部じゃない。
戦闘になる事もあるし、そうなれば死者がゼロでは済まない時もある。
だけどシンタローさんが仕事について俺に何か言ったことは一度もなかった。
自分の組織について誇りもしないかわり、泣き言も言わない。
その悲しみも苦しみも、胸の裡ひとつにおさめて黙っている。
(だけど心の中では嵐が吹き荒れてるから)
それを鎮めるために、シンタローさんは俺を求めるんだ。
扉が開いた。
シンタローさんが俺の隣に滑り込む。俺はわざと眠そうな声を出した。
「んー・・・今何時っすか」
「あ、悪い、起こしちまったか。今十二時を過ぎたところ」
「晩飯、食いはぐっちまいましたね」
「そういや今日何だったの?」
「や、トンカツだったんで明日に回します。節約しねーと」
「そーか。今からじゃちょっとな・・・」
「俺はトンカツよりシンタローさんをもっかい食いたいっすv」
「調子に乗んな、バカ!」
拳骨が落ちてくる。俺は大袈裟に痛がりながら内心ほっとしていた。
―――・・・やっと、笑ってくれた。
シンタローさんはきっと、今日何かとても悲しいことがあったんだろう。
そしてそれは自分の中でどうにか決着をつけなければならないことだったんだろう。
気にならないといえば嘘になるけど、シンタローさんが言い出さない限り俺は黙っている。
だって俺は、マジック様でもキンタローさんでも、グンマさんでもアラシヤマでもないから。
(それでも俺のところへ帰ってきてくれた)
寝返りを打った俺の背中をぎゅうっと抱きしめられて心臓が止まりそうになる。
「なあ、リキッド」
「はい?」
「おまえがここにいてくれて、良かった」
(それはどういう意味なのか)
「えっ、それってもっかいしてもい」
「あーん? 殺されてーのオメー」
「ううん・・(涙)」
振り向いちゃいけない。
何も訊いちゃいけない。
だって今、この人はきっと泣いている。
「シンタローさん」
「・・・ん?」
「俺は、いなくなったりしませんから。―――」
(あなたが俺を必要としなくなるまで、ずっとあなたの側にいる)
だから、あなたはいつも笑っていて欲しい。
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前回のシンタローさんの惚気(でしかないだろう、あれは)に対する、
リッちゃんの惚気(でしかないだろう、これは)。
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作・斯波
俺んちの家政夫は、俺の仕事のことは殆ど何も知らない。
こいつは掃除と洗濯と飯を作ることくらいしか出来ないのだ。
下手をするとそれだって俺の方が上手い。
つまり俺にとってこいつは、躾のいい犬みたいなもんだ。
USELESS
たとえばキンタロー。
仕事の補佐はまさに完璧だ。こいつが側に居てくれるだけで、仕事は普段の倍の早さで進む。
時々こっちが思わずしげしげと顔を見てしまうような間抜けなことを言ったりもするが、頭脳明晰、容姿端麗。おまけにお気遣いもしっかりした、申し分ない紳士だ。
俺が取り零してしまう細かな点も、うっかり見過ごしてしまうミスもキンタローは見逃さない。
こいつが居ないと、俺の仕事は停滞する。
たとえばグンマ。
面倒もしょっちゅう起こすが、それでもこいつの能力はまさに人体の驚異だ。
糖分ばっかり摂取してるその脳の何処にこれほどの閃きと問題処理能力が隠されているのか、きっと俺じゃなくても自然の神秘に思いを馳せる人間は多いだろう。
こいつが居ないと、ガンマ団の科学は衰退する。
たとえば親父。
親馬鹿ではなくむしろ馬鹿親と呼ぶのが相応しいエロ中年だが、それでもガンマ団をこの規模にまで育て上げた。今でも俺が遠征で留守をしている時は総帥代理として個性派揃いの団員達をそのカリスマ的な磁力でまとめあげている。
人間性にさえ目を瞑れば、尊敬できる父親だ。
たとえばハーレム。
こいつとこいつの愉快すぎる仲間達についてはもう今さら説明も不要だと思うが、その統率力と実行力は俺も一目置いている。
使い込んだ経費は返ってきそうにもないが、ハーレムの力と人間的魅力は俺にとってもガンマ団に取っても得難いファクターで、ハーレムにはずっとここに居て貰いたいと思っている。
たとえばアラシヤマ。
人間嫌いで根暗で陰気でそのくせストーカーで―――ああ、こいつの悪口は言い出したらきりがない。おまけに特戦部隊が戦場から帰ってくるとすぐに勝手に休暇を取る悪い癖がある。
それでも俺のために命を捨ててくれた。
そして今でもこいつはきっと、俺が一言死ねと言えば顔色一つ変えずに死ぬだろう。
それに引き換え、と俺は新聞を読みながらちらっとキッチンを見遣った。
「シンタローさぁん・・・シチュー、焦がしちまいました・・」
ああ、溜息が出る。
今月に入ってシチューを作るのはもう三回目なのに、どう作ればこう毎度毎度律儀に失敗することが出来るのか。情けなく眉を下げたヤンキーは、ご主人様に叱られた犬のようだった。
(いや、犬でももうちょっとマシか)
聞けば人間を救助したり介助したりする賢い犬もいるっていうじゃないか。
それほどの働きをこいつに期待するのは―――ちょっと無理そうだ。
「あのなあ、おまえいつになったら上手く作れるようになるんだよ?」
「すいません・・」
「北海道行って緒○直人に教わってこいよ」
「いや―――それはなんか嫌っす・・・」
ヤンキーの隣に立って鍋をかき回すと、焦げているのは底の方だけだと分かったが、
「うわっ、これサービス叔父さんに貰った鍋じゃん! 殺すぞテメー!」
「アンタ、俺より美貌の叔父様が大事なんすね・・・」
「焦げつきは死ぬ気で落とせよ」
「・・・ハイ、お姑さん(涙)」
俺はシチューを違う鍋に移して、スプーンでひとさじすくってみた。
「どうっすか、シンタローさん」
「ん―――・・・味つけはこないだより上手くなってんな。何かコクが出てる」
「でしょっ!?」
大きな瞳をぱっと輝かせてヤンキー家政夫は俺の顔を見上げる。
「隠し味にね、白味噌ちょっと入れてみたんすよ! ヨカッタ~、誉めて貰えて~v」
「そんくらいで喜ぶな、焦がしたくせに」
「すいません。でもやっぱ嬉しいんすよ」
ヤンキーはまるで子供のように、そしてでっかい犬のように笑った。
「だって俺、シンタローさんにちょっとでも美味い飯食って欲しいもん!」
(ああ、そういうことか)
ガンマ団総帥の俺にとって、こいつは何の役にも立たない。
元特戦の癖に仕事の事は何にも知らないし、知ろうともしない。
(掃除をして、洗濯をして、飯を作って失敗して)
いつでもにこにこ笑ってる。
俺がどんなに機嫌が悪くても、どんなに苛々していても、いつでも同じ顔で笑ってるだけ。
「・・おまえって、つくづく使えねーよなあ・・」
「えっ? 今の俺の言葉に対しての感想がそれなんすか!?」
俺の心を癒すこと以外は何にも出来ない、可愛いだけの生きもの。
―――だけど俺にとってはそれで、十分なんだ。
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パラレルはいつもよりなおシンリキに見えますがリキシンです。
そしてパラレルはいつもよりなお甘いです。
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