「こんなもんでいいだろ」
そう言うと、シンタローはリキッドの右腕に巻いた包帯を結んだ。
「どうも」
シンタローは顔をしかめる。
「…何、人の顔見てニヤニヤしてんだよ」
「だって」
そしてますますリキッドは笑顔となった、一方シンタローとは対称的に。
「シンタローさんが無事だったから」
「…」
ひょいと手をのばすと、まるで小さな子供を褒める時の様にシンタローはリキッドの頭を撫でた。
「…こぶはできてねぇみたいだな」
「違うっす!頭うった訳じゃないっす!!」
「…そーみたいだな。ま、何でも良いんだけどな、別に」
シンタローはベッドに腰掛けたまま辺りを見渡す。
この部屋はシンタロー達が今宵泊まるためにあてられたものの一部屋である。
「パプワ達はもう寝ちまったし」
と、シンタローは隣の部屋の方向を見遣る、欠伸を一つしながら。
「俺達も寝るか」
立ち上がって隣のベッドに行こうとした途端に、腕を強くシンタローは掴まれた。
「何すんだよ」
「…シンタローさん」
見上げてくる碧の瞳があんまりに真っ直ぐで、思わずシンタローは横を向いた。
「座ってくれませんか?」
「…話なら明日にしろよ」
「今したいんです」
ため息を一つつくと、渋々シンタローは再びリキッドの隣に座った。それと同時に腕も自由となる。
「で?」
「シンタローさん」
大きく、まるで足先まで詰め込むかのようにリキッドは深く息を吸い込んだ後、漸く次の言葉を発音した。
「…好きです」
二つばかしシンタローは瞬きをした。
対してリキッドは機械人形の様に睫毛すらもちらとも動かす事はない。ただ僅かに頬が朱に染まっただけだった。
「な…に冗談」
「冗談なんかじゃないです」
リキッドの表情はこの上なく真剣そのものだった。シンタローはたじろぎ、その塲から離れようとした。
しかし一瞬早く、リキッドはシンタローをベッドの上に押し倒す。
「っ!」
「シンタローさん…愛してます」
耳元で囁かれる低くて甘い台詞にシンタローの身体はぞくりとした。
「やめろっ!リキッドっ!!」
先刻の試合でかなり傷ついていたはずなのに、シンタローはリキッドを押し退ける事が出来ず…ただもがいた。
「大丈夫ですよ…何もしませんから」
と言うものの、リキッドが力を緩める様子は見られない。
「…早くどけ!」
「俺ね、シンタローさん。凄く怖かったんす」
「何が」
「凄く…凄く…怖かったんです」
「貴方を失う事が」
リキッドはシンタローの胸に頭を押し付けていた。そして…震えていた。
「…怖かった…ん…です…」
シンタローは抵抗をやめた。
「だから…言っておかなきゃって…思って…」
力の緩んだ拘束を抜け出して、シンタローの右手はリキッドに向けられた。
そしてちゃんと整えられたその髪をぐしゃぐしゃに乱す。
「!何すんすか……」
「ばーか!」
いきなりこけにされて、リキッドは顔をあげた。その瞳は微かに充血している。
「俺がそんな簡単に死ぬ訳ねぇだろ。お前は自分の心配だけしてればいーんだよ!!」
「…そんな言い方ないじゃないすかー」
唇をリキッドは尖らせる。けれどその口調はどこか嬉しそうな響きが混じっていた。
「あーうっせえなあ」
ぐいとリキッドを押し退けると、シンタローはやっともう一つのベッドに移った。
「早く寝るぞ」
「はい。…でも、あの…」
返事が、と呟いた声はとても小さかったにも関わらずシンタローの耳にはきちんと届けられていた。
「何、ききたいの」
「あ、いや、えと…その」
「さっきの毅然とした態度はどーしたんだよ」
そうシンタローに言われても、一度緩んだ糸は戻らず…。
「う…ごめんなさい…」
「まったく」
ごろりとリキッドに背を向けて、シンタローは横たわった。しょうがなくリキッドも横になる、愛しき人を眺めたまま。
「明かり消すぞ」
ふぅ、と蝋燭の火が消されて暗闇が部屋に充満する。ただ物影だけがぼんやりと見分けられる程度だった。
「…」
柔らかなシィツに包まれたベッドは大変に寝心地が良くて、いつもの煎餅布団とは比べものにならなかった。
そして程なくして、リキッドは睡魔に襲われていく。
「リキッド…?」
「…は…い…?」
「…眠いのか?」
「……そ…なこと…な…い……で…」
瞼が重く…リキッドには感じられた。
「……きの事だけどな」
声が遠くなっていく…。
「……?」
何と言ったか尋ねる言葉も意味を為さずに闇に溶ける。
「……ッド、俺は……」
薄れゆく意識の中で、リキッドは微笑んだ。
その伝えられた想いがただの夢なのか現実なのかわからないまま。
終
そう言うと、シンタローはリキッドの右腕に巻いた包帯を結んだ。
「どうも」
シンタローは顔をしかめる。
「…何、人の顔見てニヤニヤしてんだよ」
「だって」
そしてますますリキッドは笑顔となった、一方シンタローとは対称的に。
「シンタローさんが無事だったから」
「…」
ひょいと手をのばすと、まるで小さな子供を褒める時の様にシンタローはリキッドの頭を撫でた。
「…こぶはできてねぇみたいだな」
「違うっす!頭うった訳じゃないっす!!」
「…そーみたいだな。ま、何でも良いんだけどな、別に」
シンタローはベッドに腰掛けたまま辺りを見渡す。
この部屋はシンタロー達が今宵泊まるためにあてられたものの一部屋である。
「パプワ達はもう寝ちまったし」
と、シンタローは隣の部屋の方向を見遣る、欠伸を一つしながら。
「俺達も寝るか」
立ち上がって隣のベッドに行こうとした途端に、腕を強くシンタローは掴まれた。
「何すんだよ」
「…シンタローさん」
見上げてくる碧の瞳があんまりに真っ直ぐで、思わずシンタローは横を向いた。
「座ってくれませんか?」
「…話なら明日にしろよ」
「今したいんです」
ため息を一つつくと、渋々シンタローは再びリキッドの隣に座った。それと同時に腕も自由となる。
「で?」
「シンタローさん」
大きく、まるで足先まで詰め込むかのようにリキッドは深く息を吸い込んだ後、漸く次の言葉を発音した。
「…好きです」
二つばかしシンタローは瞬きをした。
対してリキッドは機械人形の様に睫毛すらもちらとも動かす事はない。ただ僅かに頬が朱に染まっただけだった。
「な…に冗談」
「冗談なんかじゃないです」
リキッドの表情はこの上なく真剣そのものだった。シンタローはたじろぎ、その塲から離れようとした。
しかし一瞬早く、リキッドはシンタローをベッドの上に押し倒す。
「っ!」
「シンタローさん…愛してます」
耳元で囁かれる低くて甘い台詞にシンタローの身体はぞくりとした。
「やめろっ!リキッドっ!!」
先刻の試合でかなり傷ついていたはずなのに、シンタローはリキッドを押し退ける事が出来ず…ただもがいた。
「大丈夫ですよ…何もしませんから」
と言うものの、リキッドが力を緩める様子は見られない。
「…早くどけ!」
「俺ね、シンタローさん。凄く怖かったんす」
「何が」
「凄く…凄く…怖かったんです」
「貴方を失う事が」
リキッドはシンタローの胸に頭を押し付けていた。そして…震えていた。
「…怖かった…ん…です…」
シンタローは抵抗をやめた。
「だから…言っておかなきゃって…思って…」
力の緩んだ拘束を抜け出して、シンタローの右手はリキッドに向けられた。
そしてちゃんと整えられたその髪をぐしゃぐしゃに乱す。
「!何すんすか……」
「ばーか!」
いきなりこけにされて、リキッドは顔をあげた。その瞳は微かに充血している。
「俺がそんな簡単に死ぬ訳ねぇだろ。お前は自分の心配だけしてればいーんだよ!!」
「…そんな言い方ないじゃないすかー」
唇をリキッドは尖らせる。けれどその口調はどこか嬉しそうな響きが混じっていた。
「あーうっせえなあ」
ぐいとリキッドを押し退けると、シンタローはやっともう一つのベッドに移った。
「早く寝るぞ」
「はい。…でも、あの…」
返事が、と呟いた声はとても小さかったにも関わらずシンタローの耳にはきちんと届けられていた。
「何、ききたいの」
「あ、いや、えと…その」
「さっきの毅然とした態度はどーしたんだよ」
そうシンタローに言われても、一度緩んだ糸は戻らず…。
「う…ごめんなさい…」
「まったく」
ごろりとリキッドに背を向けて、シンタローは横たわった。しょうがなくリキッドも横になる、愛しき人を眺めたまま。
「明かり消すぞ」
ふぅ、と蝋燭の火が消されて暗闇が部屋に充満する。ただ物影だけがぼんやりと見分けられる程度だった。
「…」
柔らかなシィツに包まれたベッドは大変に寝心地が良くて、いつもの煎餅布団とは比べものにならなかった。
そして程なくして、リキッドは睡魔に襲われていく。
「リキッド…?」
「…は…い…?」
「…眠いのか?」
「……そ…なこと…な…い……で…」
瞼が重く…リキッドには感じられた。
「……きの事だけどな」
声が遠くなっていく…。
「……?」
何と言ったか尋ねる言葉も意味を為さずに闇に溶ける。
「……ッド、俺は……」
薄れゆく意識の中で、リキッドは微笑んだ。
その伝えられた想いがただの夢なのか現実なのかわからないまま。
終
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もう結構前のことになる、リキッドに付き合ってくれと言われたのは。
あまりに唐突だったので最初は冗談かとも思ったが、考えてみれば彼がそんな冗談を言えるはずがない。けれど本気だとしたらそれはそれで、どんな返事をすれば良いのか分からなかった。
だからそのときは適当に誤魔化してしまったのだけれど。
それ以来、リキッドはあのときと同じような言葉を一度も口にしていない。やはり冗談だったのか、それとももう諦めたのか。
多分、どちらも違う。
催促して得る答えに意味がないことを分かっていて、何も言わずにただ大人しく返事を待っているのだろう。何事もなかったような顔をして、今まで通りに暮らしながら。
正直、シンタローは困っていた。
気にしないことにしようと思っても気になってしまう。平然としているリキッドが本当はいつも自分の返事を待っているのだと思うと、それだけで自分の方が落ち着いていられなくなってしまう。
絶対に表には出さないけれど。
最近はいつの間にかリキッドのことばかり考えている。その事実が腹立たしい。
付き合ってくれと言われたあの日と同じように、パプワとチャッピーが出掛けてしまって家にリキッドと二人きりになった。そしてやはりあの日と同じように、リキッドは一人で皿を洗っている。
床に座ってその様子を眺めていたシンタローは、意を決したようにその背に声を掛けた。
「なあ」
短い呼び掛けにリキッドは皿を洗う手を止め、律儀に流していた水も止めてから振り向いて返事をする。
「何すか、シンタローさん」
呼び掛けに応える嬉しそうな顔はいつも通り。シンタローは一瞬躊躇ったような間を置いてから、それでも出来る限り何でもない事のように話を切り出した。
「オマエこないだ、付き合ってくれって言ったよな?」
途端、リキッドは更に笑みを深める。
「覚えててくれたんですか?嬉しいッす!」
「……俺がそんなに物忘れ酷いように見えんのか?」
「あッ、すみません!そういう意味じゃ……!」
声を低くすれば慌てて弁解する。シンタローは呆れたように溜息を吐いた。
今のリキッドの慌て方に呆れたわけではない。
あんな風に言われて忘れるはずがないだろう、と思ったからだ。
ストレートな言葉は嫌でも印象に残ってしまうし、実際リキッドはシンタローに忘れさせないためにそういう告白の仕方をしたのだろう。それも多分、計算ではなく天然で。
こういうタイプが一番厄介だ、と思ってしまう。
「まあいいや。それで一つ訊きたいんだけどよ、オマエは俺と付き合って何がしたいワケ?」
それでも余計なことを考えるのは止めて、本題の問いを口にした。本来リキッドの言葉に答えを返す立場なのは自分の方だけれど、その前に確かめておきたいことがある。それによって自分の答えも変わってくるのだから。
「え、何って……」
「だって俺達ってその辺の恋人同士なんかよりよっぽど一緒にいる時間長いんだぜ。これ以上どうしたいんだ?」
不思議そうな顔をするリキッドに更に言葉を続ける。
付き合ってくれと言うリキッドが一体何を求めているのか、それがシンタローには分からなかった。
もし彼の求めているものが自分にはどうすることも出来ないようなものだったとしたら、付き合ってみたとしても良いことなんて何もないだろうと思う。自分は今のところ彼に何も求めてはいないけれど、実際に付き合ってみた後で期待外れだったというような反応をされるのだけは困る。
「でも一緒に住んでても夫婦っていうよりは嫁と姑ッすよね……」
問いに答えず、リキッドはやや情けない表情でそう呟いた。会話が成立していないこととあまりに唐突な単語の入った言葉に苛立って、シンタローはリキッドに手の平を向ける。
「夫婦みたいだなんて一言も言ってねぇよ」
「すんません、調子に乗り過ぎました」
このままでは眼魔砲が飛んでくると判断して、リキッドは即座に土下座した。
シンタローは溜息を吐いて手を下ろす。
「で、どうしたいのか言ってみろよ」
同じ問いを繰り返すと、誤魔化せないことを悟ったらしいリキッドは少しだけ困ったように笑った。
「そッすねー……デートとかしてみたいッす」
「デート?」
「俺としてはランドとか行くのが理想的ッすね!」
「オマエはこの島の番人だろーが」
聞き返しても嬉しそうに続けるリキッドに、シンタローは呆れたように苦笑を浮かべる。パプワ島の番人である彼が、この島から出られるはずがないのだ。
「ええ、だからただの夢なんすけど――」
当然、そんなことはリキッド本人も分かっている。落ち込むわけでも反発するわけでもなく笑ったまま、漸く本当の答えが返される。
「本当は、シンタローさんが恋人になってくれたらそれだけで充分だと思ってます」
贅沢な望みがあるわけではなく、今まで通り一緒にいられて、そして少しだけ特別な存在になれたら良い。
その言葉にシンタローは黙って立ち上がり、リキッドの隣で徐に蛇口を捻って残りの皿を洗い始めた。
「し、シンタローさん?そんなの俺がやりま……」
「これが終わったら俺達も散歩に行こーぜ」
突然のことに困惑しながらも慌てて止めようとするリキッドに対し、シンタローは振り向くこともなくそう告げる。真意が分からず、リキッドは不思議そうな顔をした。
「シンタローさん……?」
「付き合ってやるよ。出掛けんのはパプワ島内限定だけどな」
相変わらず目を合わせることもなく、まるで日常会話の中の一言のようにあっさりと告げられた言葉。けれどそれは、確かにずっと待っていたシンタローからの返事だ。
リキッドは一瞬思考が停止したかのように固まったが、すぐに我に返って勢い良くシンタローの顔を覗き込む。
「ほッ、ほんとですか!?」
「こんなことで嘘なんか吐くか!だからオメーもさっさと皿洗え!」
「はッ、はい!今すぐにッ!」
リキッドが慌てて皿を洗い始めた後も、シンタローはリキッドの方を見ようとはしなかった。自分の言葉に動揺してしまっている、今の表情を絶対に見られたくないと思う。
けれど、告げた答えに後悔はない。
そして彼ならば、これからも自分に後悔をさせることはないだろうと信じている。
昼食を終えてすぐに、天気が良いからと、パプワとチャッピーは散歩に出掛けてしまった。
今、この家にいるのはシンタローさんと俺だけ。
台所に向かって皿を洗いながらも、後ろが気になって気になって仕方がない。呑気に寝転がって本を読んでるシンタローさんは、多分俺のことなんか少しも気にしてないんだろうけど。
でも、俺は決めてたことがある。
今度シンタローさんと二人きりになったら、絶対に言おうと思ってたことがある。
今がそのときだ!
最後の一枚の皿を必要以上に力を入れて洗って、水を一滴も残さないように丹念に拭き取って。濡れた両手もきっちり拭いて、大袈裟なぐらいに一つ深呼吸。両手をぎゅっと握り締めて、足にも力を入れて、振り返る。
「シンタローさん!」
大声で名前を呼ぶと、シンタローさんが本から顔を上げてくれる。でもその表情は不機嫌そうで。声が大き過ぎたのかもしれない。っていうか、読書の邪魔をしてしまったのがまず間違いだったんだろう。
でも今更引き下がれねえ!
「んだよ、うっせーなぁ」
やっぱり物凄く機嫌が悪い。思わず怯んでしまった。
怖気付いてる場合じゃないのに。
頑張れ、リキッド!
自分で自分にエールを送ってみる。
そして、もう一度深呼吸。シンタローさんは不審そうな顔でこっちを見てるけど気にしない。俺の目的は唯一つ。
シンタローさんにこの想いを伝えることだけだ!
「シンタローさん、俺と付き合ってください!」
目を閉じて、叫ぶように告白。
そして、沈黙。
やっぱりいきなり過ぎただろうか。でもどうしても伝えたかった、今が滅多にないチャンスだったんだ。パプワやチャッピーがいるときにこんなこと言い出すわけにはいかねぇし……。
返事がない。
恐る恐る、目を開ける。
視線の先、シンタローさんが呆れたように、溜息。
「バカ言ってねぇで晩飯の献立でも考えてろ」
やっと返ってきた言葉はそれだけ。
思いっきり不発?
っていうか、俺、振られた……?
シンタローさんは既に本へと視線を戻してしまっている。俺のことなんか眼中にないって感じだ。
想像以上にあっさり終わってしまった。こんなことならもう少し何も言わないでおいて、勝手に希望を抱いたまま過ごしていた方がまだ幸せだったかもしれない。それはそれで空しくはあるんだけど。
呆然とその場に立ち尽くす俺は、シンタローさんがもう一度顔を上げてくれたことにも気付かなかった。溜息を吐いて、立ち上がったことにも。
「おい、リキッド」
名前を呼ばれて漸く我に返る。シンタローさんが思い掛けないほど近くに立っていて驚いた。
「し、シンタローさん……?」
いきなりあんなこと言ったから気を悪くしたのかな。ああもう付き合ってなんて図々しいこと言わないんで、せめて俺のこと嫌いにならないで……ッ!
「晩飯の材料集めに行くぞ」
あ、そういえば晩飯の献立考えろって言われたんだった。
「はい、晩飯の献立ッすね――って、え?」
でも今、違うこと言われた……?
「何か良い食材見つけてそっから献立考えれば良いだろ。行くぞ」
行くぞ、って。
――シンタローさんと、一緒に?
「ぐずぐずしてんじゃねえッ!」
「え……!?」
怒鳴られて、同時に手を掴まれて。驚き過ぎて返事をすることも出来なかった。
引っ張られるように歩きながら、そっと、その手を握り返してみる。怒られるかなと思ったけど、シンタローさんは何も言わない。一度も振り向いてくれないから、どんな顔をしているのかも分からないけれど。
繋いだ手が暖かい。
恋人同士みたいだ、と思った。
言ったら今度こそ怒られそうだから、思うだけにしておいたけれど。
さっきの告白は、不発じゃなかったのかもしれない。
いずれにしても、俺はやっぱりこの人のことが好きだと再確認してしまったから、今後も諦めることは出来そうにない。
いつかシンタローさんもはっきりとした答えを俺にくれるんだろうか。
それが、俺にとって嬉しい返事であることを。
図々しいとは分かっているけれど、それでも期待しちゃってます。
「はぁ」
リキッドは洗濯をしながら今日何度目かも知れぬため息をついた。
「…はぁ……」
「どーした、リキッド」
後ろから声をかけられリキッドは飛び上がって振り向いたが、そこにいるのがパプワだと知ってあからさまに安堵の息をついた。
「なんだ、パプワかよ~」
「さっきからナニを辛気臭くため息ばっかりついているんだ。うっとうしい」
「わう」
チャッピーもパプワに同意とばかりに眉間にシワを寄せる。
「だぁってよ~」
パプワの腰ミノを洗濯板でゴシゴシ洗いながらリキッドはぼやく。
「今日からシンタローさんと一緒の生活だろ。プレッシャーよ、俺」
「なぜだ? リキッドはシンタローがキライなのか?」
「そーじゃなくてよ。なんてーの、ダンナの親と突然同居することになった嫁の心境っての?」
「お前なぞ嫁にもらったおぼえはないわ!」
「はい、スミマセン……」
洗濯板で頭をかち割られ血を垂らしながら謝罪する。
自分で止血をしながらリキッドはため息混じりにポツリと呟いた。
「不安なわけよ、要するに。俺、シンタローさんにあんま好かれてねーみたいだし。気詰まりっつーかさ」
「心配するな」
あっさり言い放つパプワの顔を見てリキッドは首を傾げた。
「シンタローはリキッドのことキライじゃないぞ」
「あんなにイビられててか?」
「シンタローはどーでもいいヤツはテキトーにあしらうし、キライなヤツには見向きもしないぞ。それに…」
「それに?」
「リキッドは今以上にシンタローの事を好きになるだろうからな」
たぶん、と付け加えつつ確信的な口調にリキッドはポカンとしてパプワを見ていたが、やがておかしくてたまらないとばかりに笑い出した。
「どうして笑うんだ?」
爆笑しているリキッドを見てパプワは不思議そうな顔をするので、リキッドは何とか笑いをおさめようと必死になって息を整えていた。
「わりーわりー。パプワがあんまり突飛な言い回しをするからよ。そりゃ長く一緒にいりゃあ今よりずっと好きになるだろうな!」
「そういう意味じゃないぞ」
「へ?」
意味深なパプワのセリフにリキッドは反射的に聞き返した。
「そういう意味じゃない。別に、信じなくてもいいけどナ」
そう言ってパプワは首をすくめるとチャッピーに跨った。チャッピーはパプワを乗せて陽気な足取りで歩き出す。
「おい、パプワ。怒ったのか?」
「怒ってない。散歩に行くだけだ」
「パプワ!?」
パプワはリキッドを振り返らずにチャッピーに揺られながら手だけを振った。
「なんなんだ、パプワのヤツ…」
ゆっくりと遠ざかっていくチャッピーの尻尾を、リキッドは訳がわからないままボーゼンと見送った。
「シンタローさん、本当に月に帰ってしまうんすか?」
「んだよ、俺が言ってることが嘘だって言いたいのかよッ?」
怒りだす、シンタロー。
「ち、違いますッ!!ただ、シンタローさんがいなくなったら、寂しくなるなって…その」
「ったく…正直に言えよ。俺に月に帰ってほしいのか、ほしくないのか、どっちだッ!」
少々、怒っているような態度でシンタローが聞いてくる。
リキッドはその気迫に負けた。
「居てほしいっすっ!」「よしッ!じゃ、親父に挨拶してこいッ!!」
「え”ッ!?」
思いもよらない一言。
(まさか、あの冷血男で有名の元総帥に挨拶に行けとッ!?)
「あーッ?何、おまえ俺に対して嘘付いたわけッ?」
ぐりぐり…。 「い、いいえッ!滅相もございませんッ!!」
「じゃ、さっさと…親父のところに挨拶しに行ってこいッ!!」
ドカッ!!
「ぎゃーッ!!」
キラーン +
「へぇ、寝返り君が私のシンタローを、一生面倒見ると…」
物凄い剣幕のマジックを前に、リキッドは小動物のように小刻みに震えていた。
「いい度胸だね…、この私に楯突くとは。貴様、いったい何様のつもりなんだ?」
冷たい青い目が光る。
「ひッ!!」
(やっぱ、ガンマ団の元総帥、こ、こえーッ!!)
涙を流しながら、シンタローに聞かれたとき、咄嗟とはいえ自分は居てほしいと、何故言ってしまったのか、かなーり後悔をしていた。
「シンタローはね、産まれた時から私のものなんだよ。…君みたいなふざけた弱い男に、私がシンタローを渡すわけがなかろうッ!!」
「し、シンタローさんはものじゃ無いですッ!!」
咄嗟の一言に、またまたリキッド、大後悔。
(いってもうたッ!!あかん、まじで、俺、殺されるッ!!)
「この私に、口答えする気か…」
怒りの為か、体が小刻みに震えるマジック。
リキッドはその瞬間見てはいけないものを見てしまった。
小刻みに震えるマジックが、自分の座っている超お気に入り、最高級イタリア製一枚革張り椅子の、とっても肌ざわりの良い肘置きに置いていた手で、その肘置き部分を粉々に握り潰していた。
(ひぇーッ!!)
「私に楯突くとはいい度胸だ…。もう一度、ミトコンドリアからやり直しておいで…」
背筋も凍るほど恐ろしく、唸るような低い声で言われたその言葉に、あの二人やっぱ親子だなぁと思ったのを最後に、頭の中が真っ白になった。
「親父、超特大眼魔砲ぶっぱなす時は、外でしろよな…」
溜め息混じりの、シンタローの声。
「だって、だって…シンちゃん。こいつシンちゃんに非生産的行為を強要してシンちゃんをぼろぼろにする気だよ!」
いい年扱いたおっさんの、涙声。
「あんたが言うなよ。その台詞、聞き飽きたし…」
「だって、シンちゃん。パパとするのはいいけど、こいつなんかとしたらシンちゃん確実に病気になって、下手なHのせいで快楽を求めて、薬物に走って中毒者の仲間入りになっちゃうんんだよッ!!」
「朝っぱらからそんなこというなぁッ!!」
そして、恒例の親子喧嘩。
瓦礫と砂埃の舞う中、マジックがいるかぎり結ばれることはないだろうと、安堵の息を洩らすリキッドだった。
(だって、結ばれちゃったあと、俺、海の底に沈められてそうだもん)
今日も、太陽は眩しかった。
終わり
リキッド編の反省。
ハーレムが途中から消えてしまいました。しかも、かぐや姫の設定は何処へ?
結局、マジシンになっちょった…し?。
もう、反省中!
しかも移動中に文章消えちゃうからショック。
今日の携帯調子が悪い。けど、なくても成り立つ文章だったから、まぁいいかな。
消えた文は、朝食のひとこまでした。