作・渡井
リキシン好きに20のお題03「一方通行」
唐揚げ
雲ひとつない青い空。今日もよく晴れた第二のパプワ島で、リキッドは洗濯を干し終えてパプワハウスの扉を開けた。
「洗濯もん終わりま―――ええっ?」
「遅い」
「どうしたんっすかシンタローさん!」
一家が誇る地獄の姑が、キッチンに立っていた。テーブルにはリキッド専用の皿(自分たちの洗い物と混じらないようにコタローが決めた)が並んでいる。
「オメーが遅いから俺ら食っちまったぞ。さっさと座れ」
確かにパプワとチャッピーは食後のシットロト踊りにいそしんでいた。普段は滅多に家事を手伝ってくれないシンタローなのに、珍しいこともあるもんだとリキッドは慌てて席についた。
「ほら」
ことんと置かれた皿に、2つ3つ乗る熱そうで柔らかそうなおかずに眼を丸くする。
「これ……唐揚げ?」
「おう。鶏肉を貰ったから、夕メシに作ろうと思ってな。味見しろ」
「いいんすか!?」
「パプワは夕メシの楽しみに取っとくらしいし、自分の感想聞いたって仕方ねえだろ」
今日のシンタローはごく機嫌良く、笑みすら浮かべている。
この島では貴重な動物性たんぱく質と、それ以上に貴重な姑の表情に、リキッドは箸の動きも元気良く唐揚げを口にした。
「うまいっす!」
「そうか、良かった」
「これはパプワとチャッピーも喜びますよ。なあ?」
と振り向いたリキッドの眼に映ったのは、どことなく見覚えのあるパプワとチャッピーの笑顔だった。
同じ表情を、確か父の日に見た。
「ひ、ひどいっす……」
2時間後。
「どんな様子だ、パプワ」
「おお、眼球まで凝固寸前だぞ」
扇子広げて祝うな。
リキッドはパプワハウスの床に転がっていた。何とか喋ることは出来るが、全身がほどよく痺れている。
「ちっ、アラシヤマの野郎、やっぱ鶏肉に一服盛ってやがったな」
アラシヤマに貰ったんかい!
「僕らのためにありがとう家政夫」
俺、研究用モルモット!!
鬼姑と悪魔っ子は揃って外の様子を眺めた。
「ここに来るんじゃないか?」
「いちいちふっ飛ばすのは面倒だな。森ん中を適当に逃げて、メシが出来た頃に帰るか」
やはり夕食はリキッドの仕事らしい。動けないのだが。
シンタローは外へと駆け出していき、パプワは面白そうだと見てとったのかチャッピーに乗ってそれを追う。開いたままの扉から、土ぼこりが舞い込んできた。
掃除もリキッドの仕事らしい。動けないのだが。
「シンタローはんっっわてが来たからもう大丈夫―――って何で動けますのん!?」
叫び声と共に轟音が響く。面倒だと言ったくせに、もはや眼魔砲は条件反射らしい。
「あーあ……」
パプワとシンタローはお互いによく笑顔を交わしている。だがそれがリキッドに向けられたときは、何か企んでいるのだと、そろそろ覚えてもいいはずの家政夫だ。
アラシヤマもよくやる、と転がったまま息をついた。台詞からして、どうやら心友の看病というシチュエーションでも目論んでいたのだろうが、後で半殺し―――いや、9割殺しの目にあうのは分かりきっているのに。
この島の少年とガンマ団総帥が友情という絆で結ばれているなら、総帥と引きこもりの間はやじるしである。
「お姑さんからは何も返ってこねェもんな」
なのにあそこまで執着するアラシヤマに、リキッドは半ば感心してしまう。
(そりゃシンタローさんは強いし漢だしカッコいいし、すげえとは思うけどさ。笑うと可愛いし……)
「って最後のはどうよ!?」
誰もいない家で、思わず自分の考えに突っ込んだ。あの唯我独尊な俺様お姑に使う形容詞として、可愛いはないだろう可愛いは。
―――ないはずだ。
アラシヤマのたくましさは見習いたいけど、とリキッドは天井を見上げて急いで軌道修正にかかった。赤の秘石を亜空間に失って以来、番人として自責の念に駆られることの多い自分と比べてそう思う。
何の見返りがなくても、何度ふっ飛ばされても、あそこまでベクトルを真っ直ぐに向けられる情熱は、わりと本気で尊敬に値するのではないか。そうそう、それが言いたかったのだ、きっと。
また地面が揺れた。森に逃げたのではと目を向け、リキッドは思い切り悲鳴を上げた。
「リッちゃん、どうしたんじゃリッちゃーん!!」
「ウマ子ォ―――ッ!!」
「具合が悪いんか!? わしが来たからもう大丈夫じゃ、ちゃんと看病しちゃるけん!!」
前言撤回。神様、ムダな情熱をこの世から撲滅してください。
「電磁波!!」
「眼魔砲!!」
動き始めた身体で必殺技を放つリキッドの耳に、シンタローの声がかすかに聞こえてくる。
あちらもストーカー退治が白熱しているらしい。お姑さん頑張れ。
雲ひとつない青い空。爆音と地鳴りと悲鳴が乱れ飛ぶ第二のパプワ島で、リキッドのベクトルはゆっくりと何かを示し始めていた。
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ウマ子ちゃん大好きです。
むしろウマ子ちゃんに胸キュンです。
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作・渡井
リキシン好きに20のお題02「家政夫vs主夫」
串焼き
地響きが聞こえた。
「何だ?」
リキッドは皿を洗う手を止めて顔を上げる。寝転がって『ヤンキー烈伝 オレの塀のなか物語』を読んでいたシンタローも、上半身を起こした。
「いまパプワの声がしなかったか?」
チャッピーと遊びに出たままの少年の名前が出て、リキッドは思わず傷がある方の頬を強張らせた。
「まさかパプワに限って……でももし何かあったら」
「んばば!!」
扉を蹴倒さんばかりの勢いで入ってきたのは、そのパプワだった。片手に軽々と巨大な肉の塊を抱えている。
「夕食を獲ってきてやったぞ」
「ハヤシくんに会ったのね……」
「今晩はバーベキューだな」
シンタローが肉を受け取って目を輝かせた。男の子はみんな肉が好きなのだ。
「僕はチュパカブラのタグチくんと約束がある。帰るまでに支度しておけよ」
「地球の図鑑に載ってない子と遊ぶんじゃありません!」
扇子を広げて宣言したパプワはまた外へと出て行き、パプワハウスには男二人が肉とともに残された。
そのまま焼くにはむろん大きすぎる。シンタローの提案で切り分けて串焼きにすることになり、彼が包丁をふるう間に、リキッドはラッコのオショウダニくんに竹を貰ってきた。
思ったとおりスティックの竹は串に手ごろで、適当に削って肉を刺していく。
「あとはタレだな」
甘辛いタレを手早く作る姿からは、悪い奴ら限定半殺し稼業のガンマ団総帥という身分は想像も出来ない。
4年前はこの人が家事を全部やってたんだよなあ、と不思議な気持ちでぼんやりと見ていた。
「ヤンキー、肉は」
「あっはい、出来てるっす」
バットに並べた串刺しの肉を差し出すと、シンタローが軽く眉を寄せた。
「あの、何か」
条件反射でビクついたリキッドに、串を指差す。
「これ、先は丸くしとけ。パプワの食い方は豪快だしよ、危ねェだろ」
「あ」
言われて初めて気がついた。肉を刺しやすいようにと、尖らせたままだったのだ。
こんなとき自分は「家政夫」だと実感する。目の前の家事に精一杯で、何のために家事をこなしているのかを忘れてしまうのだ。
大切な家族の笑顔を守るための家事だ。文句を言っても、チャッピーに噛まれて景気良く流血しても、シンタローはそこのところを決して外さない。かなわない、と思わず苦笑がもれた。
―――でも、俺だって。
串の先を潰しながらリキッドは心の中で拳を握った。俺だって、パプワやチャッピーや島のみんなが大好きな気持ちは同じだ。俺が守るんだ。
いま目の前にいる、この人のように。
「肉だけじゃバランス悪いな。ヤンキー、あとで野菜採りに行くぞ」
「うっす。こないだのドレッシングの作り方、教えて下さいね」
この島の番人だと、この人に胸を張れるように。
「にしても」
ふと考えてしまった。シンタローの家事のやり方は、家政夫ではないなら何と呼ぶのだろう。家長であるパプワがいて可愛いチャッピーがいて、シンタローは、
「お母さん……?」
「あァん?」
出来上がる先から肉をタレに漬け込んでいたシンタローが、この上なく機嫌の悪い顔で振り向いた。心の中で呟いた言葉を、どうやらうっかり口に出してしまっていたらしい。
「テメー、また人を姑呼ばわりしてんのか? あ?」
「あ、いえ、その」
「うるせえヤンキー、黙って正座しろ」
「ああっやっぱ鬼姑!」
でも母親呼ばわりしたことがバレたら、もっと怒られそうな気がしたから。
リキッドはおとなしく正座して、猫に頬を差し出した。
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すみません。
リッちゃんは本当はもっと気の利く子だと思います。
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作・渡井
リキシン好きに20のお題01「俺様」
梅干し
「んっ?」
いつもの朝食。
シンタローの皿を見ると、焼き魚を綺麗に食べ味噌汁の椀を空けているのに、白飯が残っている。ならば、と梅干しを出した。
すると梅干しを食べたシンタローが、箸を止めて考え込んでしまったのである。
何か不都合があったか、とおろおろするリキッドに、お姑はむしろ笑顔に近い表情を浮かべた。
「へえ。お前にしちゃ、上手いこと漬かってんじゃん」
「ほんとっすか!?」
思わずリキッドの声が弾む。
駄目を出されることはあっても誉められることは滅多にない。まあそれは鬼姑に限った話ではなく、彼の弟を含めたちみっ子たちもだが。
「へへっ、これ自信作なんすよ。今度、この梅干しでおにぎり作りますね」
話しているあいだにパプワとチャッピーは食べ終わったらしい。二人の皿を下げ、リキッドは自分用に梅干しを小皿に入れて席についた。
いや、そうしたはずだった。
「ちょっとシンタローさん!」
「ん? 何だよ」
「何じゃねえよ、俺の梅干し! 勝手に食わないでくださいよ」
正当な抗議だと思う。たとえガンマ団の新総帥だとしても、人の梅干しに手をつける権利はないだろう。
「うっせえな、いいじゃねえか1つや2つ」
でもこの人にそんな理屈は通用しない。
「おいヤンキー、俺の梅干しは誰のもんだ? あ?」
「し、シンタローさんのもんです」
「じゃあオメーの梅干しは誰のもんだ」
「……シンタローさんのです」
この人が俺様なのはガンマ団の総帥だからではなく、天然の体質だから。
パプワ島に来て軍服を脱ごうが、リキッドがすでにガンマ団を離れた身であろうが、そんなことは一切関係ない。
シンタローが権力を得たのではない。権力がシンタローを選んだのだ。
リキッドは密かにそう思っている。彼は人の上に立つべくして立った男だ、と。
「でも酷いっすよ、もう残り少ないのに」
朝食のささやかな楽しみまで奪わなくたって、と唇を尖らせるリキッドに、シンタローは口端を上げて笑った。
「また漬けりゃいいじゃねえか」
「人がすると思って好き勝手言うんだから」
そう文句を口の中で言いながら、梅の実をどこで確保するか考える。作り方を頭の中でおさらいする。
梅が漬かったとき、シンタローさんはこの島にいますか?
その質問は、思いつかなかったことにした。
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やる気がないときは梅干しだけで夕食にしてしまうリッちゃんは、
梅干し作りが上手なはず。
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作・斯波
今年ももうすぐ5月21日が来る。
言わずと知れた、リキッドの誕生日である。
FOR YOU, FOR ME
「あの―――何すか、コレ」
「ロマネ・コンティだ」
「はあ~、これがかの有名な(どうしよ、俺知らない・・)」
「85年物はとりわけ出来が良い。今朝フランスから空輸で取り寄せた」
「えっわざわざ!? ありがとうございます・・・で、でも高価いんじゃないすか?」
「大したことは無い。たったの250万円だ」
「あっそうですか・・・(大したことは無いとか言った! たったとか言ったよこの人!)」
「もし口に合わなければ料理酒にでも使ってくれ」
「使えるかアァァ!! ―――ってすいませんほんっとすいません勘弁して下さい!」
「どうかしたのか?」
「そんな無駄遣いしたらシンタローさんに殺されちゃいますよ!」
「大丈夫、あいつは自分の懐さえ痛まなければ気にしない男だ」
「そっすよね・・・(見抜いてる!)」
「はいコレ♪美味しいんだよ~、ここのケーキ」
「うわあ~、ありがとうございます! 俺いっぺんここのケーキ食ってみたかったんすよ! こないだテレビで見たんすけど凄い行列でしたよ。グンマさん自分で並んだんすか?」
「んーん、僕そんな無駄なことしなぁい。キンちゃんに並ばせた~v」
「えっキンタローさんに?(さすがはコタローの兄ちゃん!)」
「せっかくメモ持たせたのにキンちゃんたら違うの買ってきちゃってさあ。キンちゃんてほんと使えないよね~」
「え―――それでどうしたんすか?」
「もっちろんもっかい並ばせたよ~♪」
「へ・・へえ・・(魔女の血筋だ!)」
「師匠からの伝言や。あんさんの為に酒作ったさかい取りに来い、言うてはったえ」
「酒~?(あからさまに胡散臭い・・・)」
「精力増強によう効くんやって。シンタローはんとのナイトライフの充実にどないどすか」
「何でおまえが持ってきてくんないの?」
「重いさかい無理」
「重い? どうせマムシ酒かハブ酒だろ、精力剤代わりなら」
「阿呆、うちの師匠をナメなや。―――ニシキヘビ酒じゃ」
「返せ! 今すぐアマゾンに返してこい!」
数日前からずっと悩んでた。
もうすぐリキッドの誕生日が来る。
何が欲しいなんて訊いたとこで、あいつはでっかい犬みたいに目を輝かせて言うに決まってる。
―――俺、シンタローさんが居てくれればそれでいいっす!!
(それは重々分かってんだけどさ)
そもそも俺は一緒に暮らしてんだから、それじゃプレゼントにならないんだよ。
だけど、あいつは何にも欲しがらない。
俺の職業も稼ぎも知ってるくせに。
俺、泣く子も黙るガンマ団総帥よ?
隠してるけど実はあいつが思ってる額の軽く三倍は年収あんのよ?
なのにあいつは、自営業は将来の保証ないですからとか言って、生活費の中からせっせと貯金して、年に一度でいいですから休み取れたら旅行、行きましょうねって笑う。
俺が側に居るだけで超幸せ。
そんな顔をしてる奴に、何をやればいいんだろうか。
数日前からシンタローさんが悩んでるのには気づいてた。
もうすぐ俺の誕生日が来る。
だけど、欲しいものなんて何も無いと思う。
(その気持ちはすっごく嬉しいんだよね)
だけど俺は全てを持ってる。
俺の奥さんは泣く子も黙るガンマ団総帥だ。
隠してるらしいけど給料が俺に渡す三倍以上あるのはこちとら百も承知の助で。
俺が出来ることって言えばシンタローさんのために老後に備えとくことと、シンタローさんが毎日笑って生きていけるようにすることくらいなんだ。
俺が側に居るだけで超幸せ。
いつかあの人にも、そんな顔をして貰いたいと思ってる。
(だって、ねえ・・シンタローさん)
―――俺、シンタローさんが側に居てくれればそれでいいんすよ?
風呂から上がるとシンタローはベッドに腹這いになって書類を読んでいた。
シンタローが自宅に仕事を持ち帰ることは滅多にないのだが、今日は特別忙しかったのだろう。
「まだ大分かかりそうですか?」
タオルで髪を拭きながら声をかけると、シンタローはいいやと言って書類を脇に押しやった。
「きりがないから、もう寝る」
「そっすか。じゃあ電気、消しますね?」
淡い照明のスタンドに伸ばした手をいきなり掴まれた。
吃驚して振り返ると、ちょっと怒ったような顔でシンタローがこっちを見ていた。
「シンタローさん? まだ消しちゃまずかったっすか?」
「・・・なんで何も言わねーんだよ」
「は?」
「今日はおまえの誕生日だろ」
リキッドはまじまじとシンタローを凝視めた。
その瞳から逃げるように、シンタローがついと視線を逸らす。
「―――プレゼントが何か、訊かねーの・・・?」
リキッドは大きく眼を見開いた。シンタローは相変わらず眼を逸らしている。
その頬が赤く染まっているのを見た瞬間、リキッドの中に暖かい想いが溢れた。
「誕生日おめでと、リキッド。―――」
そう言ってかすかに笑った愛しいひとを、リキッドは力の限り抱きしめたのだった。
「・・・おまえ、頑張りすぎ」
力尽きたように横たわるシンタローを、リキッドの腕はまだしっかりと抱いている。
「そっすか?」
「何燃えてんだよ・・もう飽きるほどヤッてるだろ・・・」
「飽きたりしませんよ!」
「ホントはこんなのプレゼントにならないよなあ」
小さな呟きに、リキッドは吃驚してシンタローの顔を覗きこんだ。
だがシンタローは顔を隠すかのようにリキッドの肩に額を押しあてている。
「何でですか!? 俺、めちゃくちゃ嬉しかったのに」
「だって俺はもう、おまえのもんだから」
「・・・・」
「今さら贈り物にしたって意味ないだ―――」
怒ったように尖らせるその唇をキスで塞ぎながら、リキッドは眼だけで微笑った。
(ワインよりケーキより酒より)
「俺は、貰えるなら何度だって貰いますよ、シンタローさん」
(欲しいものはたったひとつ)
―――あなたのその言葉こそが、何よりの贈り物。
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作・斯波
テレビの画面には、まだ元気に動いているカニが映っている。
炬燵に入って蜜柑の皮を剥きながら、ぼんやりとヤンキーが言ったのだ。
「うわあ・・・美味そうなカニ。―――」
君がハートに火をつけた。
それは独り言に近い呟きだった。
俺はヤンキーが剥いた蜜柑を食べながら、テレビに釘付けになっているヤンキーを眺めた。
「おまえ・・・カニ、好きなの?」
「えっ?」
俺に訊かれて、ヤンキーはハッと我に返ったようだった。
「俺、今何か言いました!?」
「や、あの・・カニが美味そうだなって」
「あ、ああ・・・カニですね・・」
実はカニ、大好きなんすよ。
冬になると一度は食いたくなるんすよね。
ヤンキーははにかんだようにそう言った。
―――そんなこと、初めて聞いた。
考えてみれば、外食の時はともかく、家でヤンキーがコレを食べたいとかアレを食べたいとか言ったのを聞いたことはなかったと思う。
(シンタローさん、今晩何が食いたいっすか?)
(シンタローさんの好きなものって何ですか?)
あいつが作るのは俺の好きなものばかりだ。
もしくは俺の健康にいいとあいつが思ってるものばかり。
家事は何だって俺の方が上手いけど、最近は掃除も料理も前よりは随分マシになってきていて、たまにそう言ってやると、あいつはまるででっかい犬が尻尾振るみたいに喜んでた。
「・・・何で言わねえんだよ?」
「えっ?」
「これが好きですとか、あれが食いたいです、とか。言わなきゃ分かんねェだろ?」
「あの・・・でも俺」
ヤンキーは口籠もった。
「何」
「シンタローさんと居ると、別に食いたいものなんてなくなっちまうから」
「―――はあ?」
シンタローさんといると、シンタローさんそのものが目的になるんです。
他の、食事とか、酒とか、場所とか、どうでもよくなっちまう。
シンタローさんの存在やシンタローさんと居る事だけが大きな意味を持ってしまって、ベッドの中の事でさえシンタローさんと一緒に居るっていう事には勝てないんだ。
俺は蜜柑を口に運ぶ手を止めて、ヤンキーを凝視めていた。
自分でも何だか狼狽えちまうくらい、胸の奥が熱かった。
「だから、シンタローさんと居る時には俺、贅沢しても意味が無いんすよ」
ヤンキーはうつむいたまま蜜柑を剥き続けている。
「そんなの、贅沢の二乗っていうか・・・シンタローさんがここに居る事自体が物凄く俺には贅沢なことだから、そのつまり」
剥き終わった蜜柑を俺の前に置いて、ヤンキーは初めて俺が食べるのをやめていたことに気がついたようだった。
「あれっシンタローさん、もう食わないんすか?」
不思議そうに言った次の瞬間ぎょっとする。
俺の前には、綺麗に筋まで取られた蜜柑が山のように積まれていた。
「え・・・うわっ! 何この大量の蜜柑!」
「おまえが剥いたんだよ」
「えええええ! マジすかっ!?」
「こんなに食ったら手が黄色くなるわ! おまえ俺にどんだけビタミン摂らせる気!」
「蜜柑は身体にいいんすよ、風邪予防にもなるしお肌にも」
「あーん? オメー俺の肌年齢に文句でもある訳?」
「そっ・・・そんなこと言ってないじゃないですかアァ!」
「うるさい、もう喋んな馬鹿」
「うわああんシンタローさんが馬鹿って言った~!」
拳骨を食らって半ベソをかくヤンキーを無視して、目の前に積まれた蜜柑を口に放り込む。
(―――ったくこのヤンキーは)
「ねえシンタローさん、それ全部食うんすか?」
「うっせ」
「無理に食わなくていいですよ、冷凍蜜柑にしますから」
「俺の勝手だろ」
「てゆーか、俺にもちょっと分けて欲しいんすけど・・・」
(どこまで可愛いことを言い出すんだっつの)
明日になったら、朝一番で電話をしよう。
産地直送の最高級のカニを、食べきれないほど取り寄せてやろう。
(冬の花火みたいな笑顔が目の前で咲いたら)
たまには俺の方からキスしてやってもいいかなって、そう思うんだ。
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先日カニを食べに行ったので、記念にアップです。
休みをくれた上司よありがとう。
最高級ではありませんが、ほんと食べきれなくて今でも悔しい。
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