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作・斯波

冷や汗かいて頑張っても
まるで太刀打ちできないんだ
息を切らして走ってみても



WILD CATには敵わない



側に寄んな、と煩そうに言う。綺麗な眼で、おまえは邪魔だと言外に通告されてる。
どう頑張ってもご機嫌は回復しそうにない。

―――こんなときは触らない方がイイ。

好きだと言って貰えたからって安心出来ない。
抱き合ってるからって気は許せない。
あの人は、そんなに安くない。

「あの」
「話は後。俺今からパプワと出かけてくるから」
「あ、はい・・・行ってらっしゃいませお義母様・・(涙)」

トシさんの持ってる日本刀だってこれほどの斬れ味じゃないだろう。
一言で会話を終わらせて背を向けるあの人は、振り向きもせずに俺の視界から消えた。

(俺は何をしたのか)
黙ってられるとドキドキする。
(それとも何をしなかったのか)
「何か文句でもあんのか、ああ?」
「えっ」

思いがけない場所で思いがけないタイミングの不意打ち。
パプワたちの目を盗むようにして侵入してきた舌が、硬直したままの俺の口の中を舐め回してまた出て行く。
「あ・・っ」
思わず洩れた声まで吸い取るキスはしめて2秒。
唇を離してニヤリと笑うあの人の瞳は妖しく濡れていた。

「―――・・・物欲しそうな顔してんじゃねえよ、ヤンキー」

くるくる変わる機嫌に振り回される。
俺の背筋をぞくぞくと快感が駆け上がってゆく。

ぼんやりしてたら、あの人を見失う。

俺の気持ちを知ってて、元の世界で一緒に過ごしていた従兄弟たちの話をする。
あの人とどんな関係だったのかなんて問いつめたことは一度もないけど、それでも俺の胸中は穏やかじゃない。
逆らったりしない俺の、それでも表情に気持ちが出ているのかちらりと俺の顔を見てあの人は唇の両端を吊り上げて微笑むんだ。

「んな不景気なツラすんな。俺が好きなのはオメーだけだよ」

イマイチ信じ切れない俺の、だけど今は一緒にいたいと願う気持ちまでもお見通し。

この人の笑顔はタチが悪い。
おまえなんか眼中にねえよ―――眼差しがそう言ってる。


なのに時々、ひどく無防備な顔を見せる。
「ちょ、こんなとこで―――」
「いいから早く」
「だけど誰か来たら」
「そんなの構わねえから。なあ、抱いてくれよ・・・今すぐに」
淫らに誘ってるくせに、その顔は何だか泣きそうに歪んでいて。
俺に向かって笑いかける唇がかすかに震えてるのを、心が千切れそうなほど愛しいと思った。

―――何かつらいことを知っているんですね。

笑顔の奥にふと、この人の昔が見えたような気がした。

「いつまでくっついてんだよ、離れろ」
「終わると冷たいっすね、アンタ」
「引きずんの、ヤなんだよ」

(黙っちゃいやだ)
あんたが不機嫌だと、俺はどうしていいのか分からなくなる。
(そんな顔しないで)
鬱陶しそうに睨みつけてくる視線に、どうしようもなく煽られる。

「俺、アンタが好きです」
「あっそ。―――」
変わり身の早さに焦らされて、俺なんか眼中にないと思い知らされて、それでも好きで好きでたまらない。

(素早いアンタはまるでWILD CAT)

だけど逃げても無駄だよ。
追いついてみせる。
きっと、必ず。


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作・斯波

こっちだけではなくあっちにも
どっちにも
逃げ道を残してる



WILD CAT に罪はない



側に寄んな、と言い放つ。本気だし、きっと冷たい目をしてる。
あいつに構ってやる気なんか、これっぽっちもない。

―――こんな夜は俺に近づくんじゃねェ。

好きだといったからって調子に乗るな。
俺を抱いてるからってつけあがるな。
俺は、そんなに甘くない。

「あの」
「話は後。俺今からパプワと出かけてくるから」
「あ、はい・・・行ってらっしゃいませお義母様・・(涙)」

でっかい雑種の犬みたいに人懐こい笑顔がいっぺんに曇る。
おずおずと背中を追ってる視線は痛いほど感じてるけど、俺は振り向かなかった。

(安心なんかさせてやらない)
黙ってるとドキドキしているあいつの鼓動までが聞こえてくる。
(もっともっと不安がればいい)
「何か文句でもあんのか、ああ?」
「えっ」

パプワたちの遊ぶ声を聞きながら、固まったままのあいつに噛みつくようなキスをした。
「あ・・っ」
思わず洩れたといった風情の声にかっと身体が熱くなる。
それを我慢して唇を離してニヤリと笑ってみせた。

「―――・・・物欲しそうな顔してんじゃねえよ、ヤンキー」

おまえが俺の気持ちを読みとれるようになるまで、これ以上はお預け。

おまえの機嫌なんか知ったこっちゃない。
もっともっと真剣に俺を追いかけてこい。

うっかりしてると逃げちまうぜ?

あいつの焦燥を知ってて、仲良くしてた従兄弟たちの話を半ば強制的に聞かせる。
俺とどういう関係だったのかなんてあいつは訊いてこないけど、それでもしゅんとしょげてる。
ポーカーフェイスが苦手なあいつの顔には気持ちが全部書いてあって、耳をぺたんと伏せた犬みたいなあいつを見ると俺は思わず笑いたくなるんだ。

「んな不景気なツラすんな。俺が好きなのはオメーだけだよ」

信じたいけど信じ切れない―――そう思ってるおまえの心くらい、とうに俺はお見通しだよ。

おまえなんか眼中にない。
今はまだ、そう思わせときたいから。


なのに時々、自分の気持ちを隠しきれなくなる。
「ちょ、こんなとこで―――」
「いいから早く」
「だけど誰か来たら」
「そんなの構わねえから。なあ、抱けよ・・・今すぐ」
灼熱にも似たおまえの激情で俺をめちゃめちゃにして欲しい。
酷くしてもいいから、何もかもを忘れさせて欲しい。

笑いかけた唇の震えを、おまえが気づかないようにと願った。

「いつまでくっついてんだよ、離れろ」
「終わると冷たいっすね、アンタ」
「引きずんの、ヤなんだよ」

殊更に不機嫌を装う俺を、あいつは持て余して溜息をつく。
だけど睨みつける俺の視線に、おまえの中の雄はどうしようもなく昂ぶってる。
そんなの百も承知さ。
だって煽ってるのはこの俺様なんだから。

「俺、アンタが好きです」
「あっそ。―――」
振り回して焦らしておまえなんか眼中にないと思い知らせてやる。
間抜けなハンターじゃ俺を捕まえることは出来ないんだ。

―――The cat has already fallen into your trap.

そんなこと、教えてやるつもりはない。

もっと俺を好きになれ。
もっと俺に本気になれ。
逃げつづけてみせる。
きっと、必ず。


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リッちゃんは腕枕とかしてみたいんだと思います。
かなわぬ夢。

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作・斯波

変わらないもの
変われないもの
そして変えたくないもの



好きなままでずっと



ここで暮らすことは自分で決めた。
後悔なんてしてないし、そんな自分にプライドも持ってる。
だけど俺だって男だから、時々はふっと昔のことを思い出したりもするんだ。


俎板に向かって玉葱を刻んでいる俺の背後からひょいと顔を出したのは、同居してもう随分になる怖ろしい鬼姑だった。
「今夜の晩飯何」
「あ、炒飯です」
「おまえ炒飯好きだなー」
溜息混じりに言われてちょっとむくれた。
「え~? 俺そんなに作ってます~?」
「あー、作ってるよ。週三回は冷や飯炒めてんだろ、この炒飯星人」
「何だソレ! 弱そうな宇宙人だなオイ!」
「おまえもっとレパートリー増やした方がいいよ」
「仕方ないでしょ、だって」

―――だって、俺は四年前までは戦場にいたんだから。


破壊と殺戮を任務とした特戦部隊に四年間所属した。
数え切れないほどの街を焼き尽くし、数え切れないほどの命を奪った。
勿論そんな自分を肯定してる訳じゃないし、今更戻りたいなんて微塵も思わない。

だけど時々思うんだ。
あの頃の俺には、毎日違う明日がやってきてたな、って。


熱したバターの中に玉葱を放り込む。
ぱっといい香りが広がって、隣でサラダを作ってたシンタローさんが笑った。
「美味そ。―――」
「え、そうすか?」
「おまえ、炒飯作んのだけは上手いもんなあ」
野菜を投げ込んで塩胡椒を振る。
「・・・俺にはこれくらいしか、出来ないすから」

今は毎日が一緒。洗濯して、掃除して、飯を作って。
毎日楽しい―――それは本当だ。
隊長に特戦に戻ってこいと言われた時だって、この生活を捨てる気になんか全然ならなかった。
だけどそんな自分が少し変わったのかもしれないと思うのは、多分シンタローさんがこの島にやって来たからなんだと思う。

シンタローさんは輝いてた。
大きな責任と仕事を背負ってるシンタローさんは、何だか凄く『男』って感じがした。
この人には毎日違う明日が待ってるんだろうなって、俺はシンタローさんを見て思ったんだ。


「いつだって同じ味でしょ、俺の炒飯」
「はあ?」
「俺の毎日とおんなじなんすよ。―――大したこと、無いっす」
「そうかな」
レタスを洗うシンタローさんの手つきには無駄がない。
「俺は凄いと思うけどな」
「・・・・」
「いつでも同じ味が待ってるって・・・それって凄いことなんだぜ」
俺はシンタローさんの横顔を凝視めた。

悲しくて寂しくて、俺なんか居ても居なくても同じだって思って・・・何かもう世の中の全てがどうでもいいやって思う時にいつもの顔でいつもの味を出してくれたら―――それだけで、生きていけるような気になる時ってあんじゃん。


シンタローさんはちらっと俺を見て、ニヤリと笑った。
「向こうの世界に帰っても、きっと炒飯食うたびに俺はおまえのこと考えると思う」
「シンタローさん・・・」
「俺はおまえの炒飯、好きだよ?」

だからおまえもずっと変わんなよ。なあ、リキッド―――。

普段より少しだけ優しい声でそう言われて、思わず笑った。
涙が出そうなのはきっと、玉葱のせいだと自分に言い聞かせた。

「あっヤンキーてめェ焦がしてんぞ馬鹿!」
「・・・え? うぎゃーっ!!」

(ね、シンタローさん)
「やっぱてめーなんざ全然凄くねェ! どーすんだよ今日の晩飯!」

(変わらなくてもいいのなら)

―――俺はここにいます。アンタを好きなままで、いつまでも。


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10巻の表紙、本誌で見たよりもリキシンで
危うく本屋で立ち眩みを起こすところでした。

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作・斯波

さて何とせうぞ
一目見し面影が
胸を離れぬ



誘 惑



―――本当は、最初からおまえが欲しかったんだ。


シンタローは黒い瞳でリキッドをひたと見据えている。
まるでリキッドの背中を撃ち抜くかのように、真っ直ぐ凝視めている。
その視線に気づいたリキッドが振り返った。
唇がかすかに開く。

その唇から自分の名が零れる直前、シンタローはふいと背中を向けていた。


今度はリキッドがシンタローの背中を凝視める。
それを痛いほど意識しながら歩き去るシンタローの唇には、かすかな笑みが浮かんでいた。

(そろそろ、だな)

リキッドの臨界点はとっくに超えている。
あと一歩で、己を失って崖から飛び降りる。

その時あの男はどんな顔を見せてくれるんだろうと思うと、楽しくてたまらなくなった。


思えば一目惚れだった。
己の力量も知らずにガンマ団総帥に楯突くこの男を、自分のものにしたいと思った。
はからずも島に残る羽目になりパプワハウスで同居することになってから、シンタローのその気持ちは日々強くなっていった。

シンタローさん、と無邪気に呼びかけてくる笑顔。
その笑顔と、一途なひたむきさに惹かれた。
ずっとリキッドを見ていた。
見ていて、気がついた。
その笑顔は、自分だけに向けられている訳ではないということに。


だから、自分から仕掛けることにしたのだ。

シンタローがその気になれば、リキッドを落とすなど容易いことだった。
十六歳で特戦部隊に入り、その後この島に一人残ったリキッドは、まるで子供と同じだ。
どうせ本気の恋などしたことがないと、シンタローはいち早く見抜いている。


皿を洗いながら、何気ない会話を交わしていたシンタローの眼がリキッドを捉える。
触れあいそうな距離で凝視められ、それまで笑っていたリキッドが狼狽える。
「シ・・シンタローさん・・」
「んー? 何?」

あと1センチ近ければ。
あと1秒長ければ。

泣き出してしまいそうな―――逃げ出してしまいそうな、ギリギリの均衡。


(間違いねェ)
シンタローの自信はすでに確信に変わっている。
(あいつは俺を好きになってる)
リキッドは思ったことがそのまま顔に出る。
青い瞳に浮かぶきらきらした慕情と憧れをシンタローが見逃す筈が無い。

(あと、ひと押し)

向けられる好意にどうしようもなく無防備なリキッド。
シンタローの優しい微笑に眼が眩んでしまったリキッド。
その影に潜む企みにも、邪な劣情にもまるで気づかない。


少しだけ触れた肩がちりちりするほどに熱く思える。
リキッドが目の前にある笑みを浮かべたままの形の良い唇から目を離せないでいることなど、シンタローにはとっくに分かっている。
「・・・何見てんの?」
「べべべ別に何にも見てませんよ!! 早く皿、洗っちまいましょう!」
真っ赤な顔で皿を洗い出したリキッドの体温を感じながらシンタローはこっそり笑った。

差し伸べられた手を疑わずに取ろうとする、可愛い可愛いリキッド。
もう片方の手に何を持ってるかなんて、おまえは全然考えないんだな。

だから最近シンタローは殊更リキッドに優しくしてやっていた。
まだ恋を知らない男の幼い心に、自分だけを刻みつけたいと思っている。
(そうすればきっと)

―――あいつは俺にハマる。

リキッドが洗濯をしている。
その姿を眺めながら、シンタローは膝の上に置いた本をぱたんと閉じた。
もともと一行だって頭に入ってはいないのだ。
(リキッド)
声に出さずに呼んでみる。
おまえが欲しい。
いつでも真っ直ぐに人を見るその綺麗な眼を、俺だけに向けさせたい。


それでもシンタローは何も言わない。
恋の告白など、死んだってするつもりは無かった。
好きだと言うのは、リキッドからでなければならない。
このもつれたパズルを完成させるのは、あいつの言葉でなくては。

(なあ、もう分かってるんだろ?)

俺への想いで爆発しそうになってるじゃないか。
自分の心を持て余して、何が何だか解らなくなって。
とっくに、俺しか見えなくなってんだろ?
ちゃんと俺を見て言えよ、リキッド。
あなたが欲しいと。
だからあなたを、俺にくれ、と―――。


その時、シンタローの声が聞こえたかのように、リキッドが振り向いた。

「・・・シンタローさん」
泡だらけの手のまま、シンタローの前に立つ。
思い詰めたようなその瞳を見上げてシンタローは待っている。

(さあ飛び降りろ、リキッド)

見れば握りしめた手はかすかに震えていて。
白くなるほど噛みしめた唇を、奪って噛みついて吸いつくしてやりたいと思う。
(そして俺におまえの全てを引き渡せ)
「話が、・・・あるんですけど」

最後のピースがかちりとはまる。
シンタローの口角が、にいっと上がった。

「いいぜ。―――何?」

誘われたようにリキッドが、ふらりと一歩踏み出す。
長い雨がやっと上がった、静かな午後のことだった。


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リキシンです。シンリキではなく誘い受でお願いします。
リッちゃんに優しいシンタローさんが想像できない私は鬼ですか。

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作・斯波




きっとどこにいてもすぐ分かる。
この人を、見間違えたりはしない。



FACE



シンタローさんの指が好き。
俺よりちょっと大きな掌からすっと伸びた指は、長くて細くて器用で。
だけど俺を殴る時その指は、涙が出るほど容赦ない凶器に変わるんだ。

シンタローさんの髪が好き。
真っ黒でさらさらの髪は、手入れをしている様子もないのにとても綺麗だ。
少しの風で揺れる様は、まるで俺を誘ってるみたいだといつも思う。

シンタローさんの唇が好き。
綺麗な弧を描くそれは、いったん口を開くと罰当たりな言葉を吐き散らすのだけれど、それでも月明かりの下では切なく俺の名前を呼び続ける。

シンタローさんの眼が好き。
いつも真っ直ぐ相手を凝視めるその瞳は、黒曜石より強く輝いている。
この人には、秘石眼なんか必要ない。


―――なあんだ。結局俺、シンタローさんの全部が好きなんだ。

「何じろじろ見てんだよヤンキー。喧嘩売ってんのか、ああ?」
「ちっ違いますよ! 何でそう好戦的なんすかアンタ!」

さっきまでその手で俺にすがりついていたくせに。
その髪を白いシーツの上に乱していたくせに。
その唇で俺の欲望を呑み込んだくせに。
その眼で俺を散々煽り立てたくせに。


「俺だけなのかな」
「ん?」
「アンタを見てるとキスしたくなんのは」
「さあ・・・して欲しいのは、おまえだけだけど。―――」

耳許で囁かれたかすれ声に不意打ちを食らってノックアウト。


―――今夜もこの人から、目が離せない。


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大人向けマークをつけるには温すぎだろうと思ったんですが、
純情リキシン派の皆様にはギリギリなんでしょうか?
リキッドはシンタローさんに振り回されていれば良いのだというお話。

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作・渡井


金魚の泳ぐ場所



去年の夏、まだ暑さの残る夕方。
神社の鳥居の下で、リキッドはシンタローを待っていた。

(どうしよう、どうしよう、どうしよう)
さっきまで同じ人待ち顔で、リキッドと並ぶように立っていた女の子は、どうやら連れが来たらしい。急に笑顔になって走っていってしまった。
目も合わせず会話も交わした訳ではないが、心細さが増してくる。

―――あの、シンタローさん、あの、あの、お祭りに行きませんか!?
緊張のあまり上擦っていたに違いない昨夜の電話に、シンタローは簡潔に「行く」と答えた。
嬉しくて嬉しくて待ち合わせの時間より随分と前に来てしまったら、どんどん不安になってきた。
彼は約束は必ず守る人だから、きっと来てくれるだろう。しかし。

何を話せば喜んでくれるだろうか。
何をすれば喜んでくれるだろうか。


自分は、あの人を喜ばせることなど出来るのだろうか。


「あ」
シンタローを見つけた。
最寄りの駅に電車が着いたのであろう、神社へと向かってくる人波は一気に膨らんだが、そんな中でも彼を見つけるのは容易い。

どんなに多くの人がいても、シンタローは埋もれたりしない。
藍色の浴衣に和風のサンダルをつっかけ、長い黒髪は首のところで一つに束ねられている。俯いていた目が上がって、リキッドを捉えた。

―――この瞬間がたまらなく好きだ。

「シンタローさん!」
大きく手を振ると、顔をしかめられた。恥ずかしいことしてんじゃねえよ、というところだろう。
意志の強さをはっきりと示した黒い目に、自分が映っている。それだけで先ほどまでの不安も吹き飛んでしまうくらい幸せになる。

約束の時間ぴったりに鳥居について、シンタローはリキッドをじろじろと見た。
「…へえ。思ったよりサマになってるじゃねえか」
「そ、そっすか!?」
声が裏返った。
知人が作ってくれた白っぽい浴衣を見下ろし、リキッドは頬が緩むのを何とか抑える。
「シンタローさんは似合いますね、浴衣」
「おう」
「親父さんの手作りですか?」
訊ねたらぎろりと睨まれた。
「テメー、俺にハートマークが乱舞するピンクの浴衣を着ろってか?」
―――そんな浴衣、作ってるんだ…。
「だってシンタローさん背が高いから、既製のじゃ合わないでしょ。俺だって探したけどなかったもん」
「今着てんのは?」
「Gが縫ってくれました」
熊柄にしようとするのを泣き落としで説得したことを付け加えたら、シンタローは口端をにやりと上げて笑った。
「どいつもこいつも、だな」
自信に満ちた皮肉っぽい笑みが彼にはよく似合って、リキッドの胸を高鳴らせる。

神社の境内に立ち並ぶ屋台を冷やかして歩く。匂いにつられて焼きもろこしを買ったら、シンタローに「ガキかテメーは」と言われた。
他意はないのだろうが、年下なのが密かにコンプレックスだから、ちょっと辛い。

「…あ、金魚」
端まで歩いていったときに、シンタローがぽつんと呟いた。
もうすぐ近くの海に花火が上がる。この境内からが一番よく見える。ごった返す人波はそれを目当てにしたものだ。
端からは角度の問題で見にくくなるから、自然に人波はそこで途切れていた。
人いきれから解放されて大きく息をつき、リキッドはシンタローに合わせて金魚すくいの前にしゃがみ込んだ。
「やりたいんですか?」
「こういうの、あんま得意じゃねーんだよな…苛々するんだよ」
「屋台の金魚なんて、あんま長生きしませんよ」
つまらなそうに店番をしている若い男に聞こえないようにささやくと、シンタローはしばらく考えてから、財布を取り出した。
「いい。やる」
「あ、お金なら俺が」
「黙って見とけ」
和紙を貼った網を片手に、シンタローは真剣に水の中を覗き込んでいる。

(金魚すくい、いいかもしれない)
何においても負けず嫌いなシンタローのこと、無論こんな遊びでも集中している。横顔をリキッドが見つめていることにも気づかない。
普段はこんな近くで見ることなど出来ないから、存分に目の保養をさせていただくことにした。

告白したのは一ヶ月前のこと。「俺と付き合ってください」という言葉に、シンタローは呆気ないほど簡単に頷いた。しばらくは信じられなかった。
シンタローは多忙だから、なかなか会えない。この前、少しだけ時間が取れて一緒に食事をして、別れ際に短いキスをした。

好きだと言ってもらったことは、まだない。


「取れた!」
網はぼろぼろになっていて、もう止めるよう言うべきかどうかリキッドが迷い始めた頃、シンタローが歓声を上げた。器の中で黒っぽい金魚がひらひらと泳いでいた。

やる気のない店番がビニールの袋に金魚と少しの水草を入れてくれて、シンタローは飽きずに目の前に掲げている。
「すっげー、俺生まれて初めてだ、金魚とったの」
皮肉めいた笑みもいいけれど、子どもみたいな無邪気な笑顔にも惹かれる。一挙一動に目を奪われる。

こんな顔を見ていると、自分の抱えている不安なんてどうでも良くなってしまう。自分という存在が、たとえシンタローにとっては気まぐれだろうと暇つぶしだろうと、そんなのはちっぽけなことだ。

一緒にいられればそれでいいと思う。

「シンタローさん、可愛い」
なんて浮かれていたら、思わず本音が口をついて出た。
やべえ、と口を押さえる暇もない。シンタローは立ち止まって、目を丸くしている。
ふざけんなと怒られる覚悟を決めてぎゅっと目を閉じたが、いつまでたっても怒声は聞こえてこない。
おそるおそる目を開けてみたら、耳を赤くしている想い人がいた。

もしかして、もしかすると。
可愛いって言われて、照れてたりするんだろうか?

―――え、ちょ、それ、反則でしょ。我慢できねっつうの。


「あの…シンタローさん」
「…何だよ」
「あの……背中、憑いてます。変なのが」
は? と振り向いたシンタローの目に、今度こそはっきりとした怒気が浮かび上がる。
「アラシヤマーッ!! テメー後ろから人にひっついてんじゃねーよ!!」
「せやかてシンタローはん、浴衣姿も素敵すぎどす~」
邪魔さえ入んなきゃ我慢しねーんだけどなー、と遠い目をするリキッドをよそに、シンタローはアラシヤマにぎゃんぎゃん怒鳴っている。
「だいたい何でテメーがここに居んの!」
「嫌やわあ、お祭りを見に来ただけどすえ。シンタローはんをお見かけしたさかい、ご挨拶をしとこうと思ったんどす」
「背中にべったりくっついて胸撫で回すのがテメーの挨拶か」
「ああん心配しはらんくてもそれはシンタローはん限定v」
「マーカーどこ行った! 居るんだろうテメー、ちゃんと躾しとけっ!」
げ、やっぱ居んのかよ。
悠然とした足取りで歩いてくるマーカーから、思わず目を逸らしてしまうリキッドである。旧知の仲というのは、イコール会えて嬉しい仲とは限らない。
「うちの不出来な弟子が粗相をしたようで」
「引きこもりを祭りに連れてくるんじゃねえ、家で鎖に繋いどけ」
「コレがどうしても花火が見たいと駄々をこねるのですよ。そちらは坊やの子守りですか?」
ここで「誰が坊やだ」なんて言ったら、100倍になって嫌味が返ってくる(身をもって学習している)。リキッドはひたすら遥かな夜空を見つめ続けた。

「シンタローだべ」
「アラシヤマの奴、まーたシンタローを困らせてるっちゃ」
背後からは別の知り合いが声をかけてくる。こちらにはシンタローも愛想よく手を挙げていた。
「おお、シンタロー、浴衣がよう似合うとるの」
「ようコージ、お前は一人かよ」
「妹と来とるんじゃが、はぐれてしもうたんじゃ」
「どっちもデカいからすぐ見つかるっちゃ」
「よーうリッちゃん、おにーさんとナンパしに行かねー!?」
「………うむ」
「あっマジック先生のバカ息子!」
「位置が違ェよ、バカマジックの息子と言え」

えーと、俺は今日大好きなシンタローさんとお祭りに来てるんだよな? もうこれ以上の幸運は人生においてないかもしれないってくらい素晴らしい日なんだよな?
わらわらと人が増えていく中で、リキッドは必死で自分に問いかけていた。

史上最高に幸せな日だってのに、何でこんなに邪魔されるんだ!? デカゴツい男どもが揃って花火なんか見に来てんじゃねーよ!!
ちなみにこの場合、自分とシンタローだって十分にデカゴツい男であることは範囲に入っていない。


「あーっシンちゃんだ!!」
極め付けがこれだ、と既に諦めきった表情で振り向く。
予想通り、そこにはグンマとキンタローの姿があった。
「何だ、お前らも来たのか?」
「えへへ、高松にお小遣い貰っちゃった」
彼らはシンタローの従兄弟である。家族を大切にしている(一部例外を除く)シンタローにとっては、親友でもあるらしい。
だがグンマはいつでも柔和な笑顔でいるわりに掴みどころがなく、キンタローはいつでも無表情に近い。リキッドにとってはどちらも近寄りがたい人物である。

シンタローと待ち合わせて、一緒に金魚すくいをしたところで、自分の運は使い果たしてしまったのかもしれない。それでもお釣りが来るくらい幸せだったけど。
と、総論をまとめに入りつつあるリキッドだった。

「んーやっぱりその浴衣、すっごく似合うよ。間に合って良かったね!」
「…おう」
「でも帰ったらシンちゃんが引っ張り出してきた家中の浴衣、ちゃんと片付けてね」
「………」
「ね、ね、リキッドくん」
「あーッ! ちょっと待て、グンマ!!」
名前を呼ばれたと思ったら急にシンタローが叫んで、リキッドはクエスチョンマークを顔に浮かべたまま固まる。
「大変だったんだよー、シンちゃんたら昨日の夜からありったけの浴衣を並べて、あれでもないこれでもないってさぁ」
「グンマ! てめ余計なこと言ってんじゃねえ!!」
掴みかかろうとしてキンタローに宥められているシンタローは気づいていない。

自分の大声で思い切り注目を集めていることも、それに負けじと張り上げるグンマの声がよく通ることも。

「結局朝イチでデパートに行って浴衣選んだんだよ、それも丈が合わないから今日中に直せって無理言って。うちがお得意さんだから向こうも何とかしてくれたんだけど、頼んだときの台詞、何だと思う?」
「グンマ!!」

「『大事なデートなんだから、死んでも間に合わせろ』だよ!?」


気づいたら、みんなニヤニヤした顔でこっちを見ていた。マーカーやキンタローでさえ。
隣でシンタローも固まっていると思うのだが、ちょっと今は顔を見ることが出来ない。見たら何を言ってしまうか分からない。
「えーと、そういう訳で、リキッドくんて一人暮らしだよね」
「は、あ」
「僕たち先帰るけど、面倒だから鍵閉めちゃうねー、シンちゃん帰ってこないでねー」
ひらひらと金魚のように手を振って、グンマが踵を返す。
すぐ後をキンタローが、こちらはさすがに小声で「伯父貴には俺が上手く言っておく」とリキッドに囁いていった。
「アラシヤマ、花火が始まるぞ」
「へえ、楽しみどすなあ」
「ミヤギくん、場所が埋まるとまずいわいや」
「だべ。花火は場所取りが肝心だかんな」
「お、ウマ子じゃ、ウマ子ー!」
「あっ浴衣がめちゃめちゃ似合うバンビーナ発見。行くぞG!」
「山崎くん、マジック先生の新刊を探しに本屋に寄ってもいいかな」

口々に理由を(それも相当にわざとらしい理由を)つけて、みんながくるりと背中を向ける。
彼らが歩き去り、静かになったところでちらっと横を窺うと、案の定シンタローが赤くなったり青くなったりしていた。
「…シンタローさん」
「うるさい!」
勇気を出して声をかけたら、怒鳴られた。

わっと歓声が上がったので上を見たら、花火が上がり始めた。花火の明るさを利用して顔を見てやろうと思ったのに、シンタローは空に背を向けてしまう。
背中は神社の方へずんずん歩き出した。歩き方に混乱と怒りと羞恥が現れている。
「シンタローさん、そっち行ったら花火見えないっすよ、木の陰になって」
「うるさいっ」
「シンタローさん、振り回したら駄目ですよ、金魚」
「うるさいっ」
「シンタローさん、好きです」
「………」
太い幹を背中にしたシンタローの前に回りこみ、屈むようにして下から覗き込む。
「怒んないで下さいよ、大事なデートなんだから」


「…調子乗りすぎ。お前」
拗ねた声で言われたって、ちっとも怖くない。
「今夜締め出される予定らしいっすよ、どうします?」
「ふん。夏なんだから一晩くらい外にいたってどうってことねえよ」
派手な音がするたび、拍手が聞こえてくる。ここの花火の上げ方は豪快らしかった。
「そりゃ、風邪ひいたりはしないだろうけど、徹夜すんですか?」

随分と長い間、シンタローは黙っていた。
悔しそうに唇を噛みしめた顔があまりに愛しくて、リキッドは時間も忘れて見つめていた。
ようやく開いた唇は、少しだけ笑っていた。

「俺は別に行きたかねーけど、こいつが―――こんなビニール袋じゃ、可哀想だから」

視線が落ちるビニール袋の中で、金魚が揺らめいている。
「んじゃ風呂に冷水、張ります。そこなら広々と泳げますよね、こいつ」
「広すぎだろバカ」
境内が明るく光った。一瞬遅れて、太い音が腹に響く。
大きな花火が幾つも空に咲く。どよめきが起きる。

後で聞いたことだが、天候が怪しくなってきたため、間を置いて上げていた花火を連続して一気に打ち上げたらしい。何とも迫力満点で、みんな大歓声で騒いでいたのだとか。


リキッドとシンタローは知らない。
今にも崩れそうな天気に負けずに最後の花火が打ち上がるまで、目は閉じていたし唇は塞がっていたから。


もうすぐ、また夏祭りが来る。
リキッドは朝顔型の金魚鉢を買った。黒い金魚は、元気に泳いでいる。


年下の恋人が次は赤い金魚が欲しいと言うので、シンタローは今年も金魚すくいをするつもりでいる。


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「リキシンと愉快な仲間たち」が書きたかっただけの設定なしパラレル。
なぜか山南さんつき。
ちなみにギャラリーの中でカップルなのはマカアラとミヤトリです。

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