作・斯波
変わらないもの
変われないもの
そして変えたくないもの
好きなままでずっと
ここで暮らすことは自分で決めた。
後悔なんてしてないし、そんな自分にプライドも持ってる。
だけど俺だって男だから、時々はふっと昔のことを思い出したりもするんだ。
俎板に向かって玉葱を刻んでいる俺の背後からひょいと顔を出したのは、同居してもう随分になる怖ろしい鬼姑だった。
「今夜の晩飯何」
「あ、炒飯です」
「おまえ炒飯好きだなー」
溜息混じりに言われてちょっとむくれた。
「え~? 俺そんなに作ってます~?」
「あー、作ってるよ。週三回は冷や飯炒めてんだろ、この炒飯星人」
「何だソレ! 弱そうな宇宙人だなオイ!」
「おまえもっとレパートリー増やした方がいいよ」
「仕方ないでしょ、だって」
―――だって、俺は四年前までは戦場にいたんだから。
破壊と殺戮を任務とした特戦部隊に四年間所属した。
数え切れないほどの街を焼き尽くし、数え切れないほどの命を奪った。
勿論そんな自分を肯定してる訳じゃないし、今更戻りたいなんて微塵も思わない。
だけど時々思うんだ。
あの頃の俺には、毎日違う明日がやってきてたな、って。
熱したバターの中に玉葱を放り込む。
ぱっといい香りが広がって、隣でサラダを作ってたシンタローさんが笑った。
「美味そ。―――」
「え、そうすか?」
「おまえ、炒飯作んのだけは上手いもんなあ」
野菜を投げ込んで塩胡椒を振る。
「・・・俺にはこれくらいしか、出来ないすから」
今は毎日が一緒。洗濯して、掃除して、飯を作って。
毎日楽しい―――それは本当だ。
隊長に特戦に戻ってこいと言われた時だって、この生活を捨てる気になんか全然ならなかった。
だけどそんな自分が少し変わったのかもしれないと思うのは、多分シンタローさんがこの島にやって来たからなんだと思う。
シンタローさんは輝いてた。
大きな責任と仕事を背負ってるシンタローさんは、何だか凄く『男』って感じがした。
この人には毎日違う明日が待ってるんだろうなって、俺はシンタローさんを見て思ったんだ。
「いつだって同じ味でしょ、俺の炒飯」
「はあ?」
「俺の毎日とおんなじなんすよ。―――大したこと、無いっす」
「そうかな」
レタスを洗うシンタローさんの手つきには無駄がない。
「俺は凄いと思うけどな」
「・・・・」
「いつでも同じ味が待ってるって・・・それって凄いことなんだぜ」
俺はシンタローさんの横顔を凝視めた。
悲しくて寂しくて、俺なんか居ても居なくても同じだって思って・・・何かもう世の中の全てがどうでもいいやって思う時にいつもの顔でいつもの味を出してくれたら―――それだけで、生きていけるような気になる時ってあんじゃん。
シンタローさんはちらっと俺を見て、ニヤリと笑った。
「向こうの世界に帰っても、きっと炒飯食うたびに俺はおまえのこと考えると思う」
「シンタローさん・・・」
「俺はおまえの炒飯、好きだよ?」
だからおまえもずっと変わんなよ。なあ、リキッド―――。
普段より少しだけ優しい声でそう言われて、思わず笑った。
涙が出そうなのはきっと、玉葱のせいだと自分に言い聞かせた。
「あっヤンキーてめェ焦がしてんぞ馬鹿!」
「・・・え? うぎゃーっ!!」
(ね、シンタローさん)
「やっぱてめーなんざ全然凄くねェ! どーすんだよ今日の晩飯!」
(変わらなくてもいいのなら)
―――俺はここにいます。アンタを好きなままで、いつまでも。
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10巻の表紙、本誌で見たよりもリキシンで
危うく本屋で立ち眩みを起こすところでした。
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