作・斯波
まったくこの恋というやつは
どんな大きな過ちの
言い訳にもなるんだ
この雨が止んだら
―――後になって思えば、それは凄まじいまでの雨と雷のせいだった。
「おい、リキッド、雨だ!」
姑の慌てたような声に、掃除をしていたパプワハウスの家政夫は顔を上げた。
確かにぱらぱらという音が聞こえる。
「何ボケッとしてんだよ、洗濯物取り入れてこい!」
「うっす!」
夕食の下拵えに手が離せないシンタローに怒鳴られて家の外に飛び出すのと雨が激しさを増すのとはほぼ同時だった。
「ギャーッちょっと待って待って!」
自然相手に文句を言いながら手早く洗濯物をロープから取り込んでいく。
何とか洗濯物を家の中に放りこんだ瞬間、南国特有のスコールが一気に襲ってきた。
「うわ―――・・・」
青い閃光が暗くなった空を裂いて走る。
リキッドはその美しさに、家の中に入るのも忘れて立ちつくした。
数秒で全身はびしょ濡れになったがそんなことも気にならない。
叩きつけるような雨と青黒い雷光と揺れる木々と。
「綺麗だ・・・」
もう見慣れている筈なのに、何度見ても飽きない光景だった。
「あれくらいの電磁波を出せたらなー・・・あの鬼姑に対抗出来るかもしれないのに」
技の前に気迫で負けていることは棚に上げてぼんやり呟く。
その途端、
「ヤンキー!」
腹の底に響くような声で怒鳴られて思わず飛び上がった。
「何してんだコラ!」
シンタローがずかずかと歩いてくる。
雨と稲妻が荒れ狂う真ん中に立って空を眺めていたリキッドの肩をがしっと掴む。
「危ねェだろーが!!」
自分もずぶ濡れになりながら目を吊り上げて怒る顔を見て思った。
―――んなこといったって、もう遅い。
だって綺麗なものを嫌いな奴なんかいないじゃないか。
それがどれだけ危険でも、側に寄って直に触れてみたいじゃないか。
あんたがいい例だよ、シンタローさん。
そうだろう?
「おい、聞いてんのか」
「聞いてますよ」
目が二つ、鼻が一つ、口が一つ。
配置は他の人間とそう変わらない筈なのに、何で結果としてこれほど違ってくるんだろう。
「俺、どっかで計算間違えたのかな・・・」
「は? 何言ってんの?」
「神様ってすげえよな」
「何訳の分からないこと言ってんだよ、いいから早く中に―――」
背を向けかけた人の肩を掴んで抱き寄せた。
「ちょ・・っ」
互い濡れた肌から、温もりと心臓の鼓動が伝わってくる。
大きく見開かれた瞳にシンタローの驚愕が読みとれた。
半開きになった形の良い唇がかすかに動く。
それが罰当たりな言葉を吐き散らす前に、自分の唇で塞いだ。
「んっ・・!」
自分より背の高いシンタローの足許がふらついた。
その身体を強く抱きしめた瞬間、ひときわ凄まじい雷鳴が空を裂いて轟いた。
「ひゃっ」
思わずバランスを崩したリキッドの足がシンタローの足にひっかかる。
「わ、うわわっ」
そのままバシャッと二人して倒れこんだ。
(ヤバイ! 確実に息の根を止められる!)
水溜まりと泥の中にシンタローを押し倒した形になったリキッドは、死を覚悟した。
何しろ相手は泣く子も黙るガンマ団総帥なのだ。
だが、自分を見上げているシンタローの顔を恐る恐る見たリキッドの息は、違う意味で止まりそうになった。
(・・・え、うそッ!!)
八つも年上の俺様総帥の綺麗な顔は、今にも泣きそうに歪んでいた。
「あの、シンタローさ―――」
「・・・冗談か?」
「えっ」
「俺のこと、からかってんのか」
微かに掠れた低い声に、冷えていた身体が一気に燃えあがった。
「・・・俺は」
泥にまみれた手でそっとシンタローの頬を包んだ。
(こんなに綺麗なものを)
「冗談のつもりはないっすよ」
(俺の手で汚せたら)
瞼がゆるりと閉じて漆黒を覆い隠す。
唇が小さくリキッドの名前を形づくる。
はあ、と零れた吐息に理性のたがが一気に外れた。
そこから先を見ていたのは、鳴りやまぬ雷と南国の雨だけだった。
「―――丁寧に洗えよ」
「はい・・・」
湯気が立ちのぼる風呂の中。
シンタローはバスタブに浸かって気持ちよさそうに眼を閉じている。
「終わったら身体もな」
泥と雨水ですっかり汚れたシンタローの髪を洗わされているリキッドは溜息をついた。
(まあ俺が悪いんだからしょうがねえんだけどさあ)
でもこの人だって共犯なんだと思う。
今だって湯の中で揺らめいている白い身体にどれだけ胸と下半身が熱くなっていることか。
それを百も承知でリキッドに髪を預けているこの男の人の悪さを今更ながらに思い知らされる。
「分かってると思うけど二度洗いだぞ」
「はいはい」
「馬鹿、返事は一回でいーんだよ」
「・・・はい」
「雨は上がったか?」
「え?」
開いている窓から見える空に目を遣った。
「あ、はい。もうすっかり」
「んじゃ洗濯物の干し直しだな」
「うっす」
「それから」
ばしゃんと音を立ててシンタローの手が伸び、シャンプーの泡を流していた家政夫の首をぐいと引き寄せた。
(迂闊に触れると怪我をする)
「うわっ」
「こっちの方も、最初からやり直し。―――」
ニッと笑われて、危うく失神しそうになる。
―――それでも俺はアンタに触れずにはいられない。
南国の空は、さっきの豪雨が嘘のように青く晴れ上がっていた。
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とりあえずリッちゃんも風呂に入った方が良いと思います。
さて、「こっちの方」はどこまで行ってどこまでやり直したんだか…
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