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作・斯波

逃げ場のない恋を
二人でしよう



ル ル ル



「これで全部か?」
声をかけられてシンタローは振り向いた。
額に汗を滲ませたキンタローが最後の段ボール箱を玄関に置いたところだった。
「ああ、それで終わりだ」
タオルを手渡しながらシンタローは礼を言う。
「悪かったな、せっかくの休日に力仕事させて」
「何、構わない。引っ越しというのもなかなか面白い体験だったぞ」
答えるキンタローは真顔だ。何事にも研究熱心な彼のことだから、今日の体験も彼の脳内に無数に存在する引き出しのどれかにファイリングされるのだろう。
「しかしこれからが大変だな」
「平気だ。家政夫なら奥にいるから」
足の踏み場もないほど段ボールが積み上げられた部屋の奥に、タンクトップ一枚のシンタローは顎をしゃくった。その方向からは元気に鼻歌を歌う声が聞こえてくる。
「やっぱり狭くないか?」
見回すキンタローがさっきから少し落ち着かないように見えるのは、彼にしては珍しくTシャツなどというものを着ているせいだろう。いつでも見事なまでにスーツで通しているこの従兄弟が今日もスーツで来るというのを必死で止めたのはシンタローだ。それも道理、引っ越しの手伝いにスーツで来る人間はいない。
しかも九月に入ったとはいえまだまだ残暑厳しい折である。
「もっと広い部屋が幾らでも借りられただろう? 何故1LDKなんだ」
さっき全ての荷物を運び入れた部屋は建物こそ新築だが、特別いい間取りという訳ではない。
12畳の寝室と20畳のリビング、それにリビングと続いている10畳のダイニングキッチン。
「お互いの個室は要らないのか?」
それは引っ越しの手伝いを頼まれて以来、キンタローがずっと疑問に思っていたことだった。
シンタローはガンマ団総帥という激務をこなす身であり、当然ながら不規則な生活をしている。
家政夫が主な仕事であるリキッドとは違うのだ。
だからこそ一緒に暮らそうということになったのだろうが、しかし夜遅く戻ってきたり逆に夜中でも出ていったりすることが多いシンタローと暮らすなら、とりあえずお互いの部屋は確保しておきたいと思うのが普通なのではないだろうか。
シンタローにしたってその方がリキッドに気を使わなくて済む。
そう言われてシンタローは首に巻いていたタオルを取った。
「ん―――・・・俺も最初はそう思ったんだけど・・・」
「何だ? 問題でもあったか」

遠い目をするシンタローの脳裏に、今日という日を迎えるまでの悲喜こもごもがまるで走馬燈のように甦っていた―――。

一緒に暮らそう、と言い出したのがどちらからだったか定かではない。
お互いもう大人で(そう思えない時も多々あるが)両想い、おまけにまだ若い男同士となれば好きな相手にいつでも側にいて欲しいと思うのは当然のことだ。
話が決まるとリキッドはさっそくなけなしの貯金を解約した。
シンタローの方も泣いてすがる父親を容赦なく足蹴にして本部の居住区を引き払うことにした。
揉め事は最初からたくさんあった。
場所が便利な方がいいというシンタローと、大事なのは陽当たりなのだと主張するリキッド。
オール電化に憧れているリキッドと、料理で一番肝心なのは火加減だと思っているシンタロー。
アジアン家具で統一するのが夢だったシンタローと、北欧家具に憧れるリキッド。
議論は果てしなく繰り返され、そしてその全てにシンタローは勝利してきた。
大体特戦あがりとはいえ、基本的にヘタレなヤンキーが俺様総帥に勝てる筈もないのだ。
そのうえリキッドには、シンタローにベタ惚れに惚れているという弱味がある。
―――イヤなら別に無理に一緒に住まなくってもいいんだぜ、俺は。
そう言って凄味のある漆黒の瞳でひと睨みされれば、逆らう術など何一つない。
だがそのリキッドが最後まで譲らなかったのが部屋の間取りだった。
「えーと、寝室とキッチンとリビングだろ。で、俺とおまえの部屋が一つずつ・・・」
取り寄せたカタログを眺めながら物件を吟味しているシンタローに、リキッドが断固として言ったのだ。
「駄目っすよ、シンタローさん!」
「えっ何が?」
「個室なんて、要りません」
「要るっつの。俺の生活が不規則なのは知ってんだろ?」
「知ってます」
「おまえとは生活時間帯が違うんだから、お互いの為に個室は要るだろうが。それにたまには俺だって一人でくつろぎたいし」
「それでも駄目です」
「だから何でなんだよ? ちゃんと理由を言ってみろよ」
頑として譲らぬヤンキーに、シンタローの堪忍袋の緒は早や切れかけていた。
訳の分からない理由なら遠慮無く眼魔砲をぶちかましてやろうと思った時、リキッドが言った。

「俺、シンタローさんとの生活に逃げ場を作りたくないんス。―――」


呆気にとられたシンタローに、リキッドは畳みかけるような勢いで続けた。
「だって個室があったら、喧嘩とかしたとき口利かずに生活出来ちゃうじゃないすか。シンタローさんて妙に意地っ張りなとこあるから、俺の顔見たくないと思ったら俺が謝るまで絶対に部屋から出てきてくれないでしょ?」
ガキじゃあるまいしそんなことするか、と言いたかったが何だか説得力がなさそうだったのでやめることにする。
「俺、喧嘩しても悲しいことがあっても勿論嬉しい時だって、シンタローさんとずっと一緒にいたいんすよ。ちゃんと話して、向かい合って」
「おまえ・・・」
「悲しくなるんなら二人でなりたい。楽しくなるのも二人がいい。そうじゃなきゃ俺、一緒に暮らす意味なんかないと思ってるから!」


怒鳴るように言った後、暫くリキッドは黙ったままシンタローを凝視めていた。
その顔が少しずつ赤くなってゆく。
シンタローも黙ってリキッドを見返している。
リキッドの顔はとうとう耳まで赤く染まった。
「や、てゆーか俺・・・あの、生意気ゆってごめんなさ」
何か言いかけたのを塞いだのはシンタローの唇だった。

「んっ・・」
「な、リキッド」
年下の恋人をぎゅっと抱きしめ、熱っぽい口調で囁く。

「今のちょっと、惚れたかも。―――」

リキッドが、目を見開いたのが分かった。



「―――で、それで個室無しの間取りを了承したんだな」
キンタローはちょっと呆れてシンタローを眺めた。
「まあね、俺的には大譲歩って感じだけど」
ぶっきらぼうを装ってはいるが、従兄弟の声は明らかに弾んでいるし足取りも明らかに軽い。
(よっぽどあいつが可愛いんだな)
眼の輝きにもすぐにほころびそうになる唇にも、好きな相手と一緒に暮らし始めた人間の心の弾みが見て取れて、こっちまで何だか嬉しくなるような気がする。
その時奥のリビングからその可愛い男が現れた。
いつもの赤いタンクトップに頭にはタオルを巻いている。
「シンタローさん、服は全部箪笥に入れちゃっていいんすか・・・あ、キンタローさん」
まだ幼さを残した顔がぱっと笑顔になった。
「今日はすいませんでした、すっかりお世話になっちゃって」
「いや、どうせ暇だったから」
「これ片づけたら飯作りますけど一緒にどうすか?」
危うく頷きそうになったところで、もう一人の従兄弟の脅迫めいた忠告を思い出した。


―――い~い、キンちゃん。手伝いが終わったらソッコー帰ってくること。
夕食誘われても断るんだよ、キンちゃんは邪魔者以外の何ものでもないんだから!


マンションを出て、ベランダを振り仰ぐ。
律儀に頭を下げるリキッドと手を振るシンタローに軽く手を挙げて、キンタローは背を向けた。
そのまま、まるでハミングでもしているかのように楽しげな足取りで歩き出す。


眼下に広がる街にも、そろそろ灯りが点りはじめていた。


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勢い余ってパラレル同棲シリーズなど始めてしまいました。
20畳のリビングを狭いと言い切る良家のお子たちです。

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