作・斯波
「ただいま。これ、今月分」
玄関を開けたリキッドに、一枚の袋が手渡される。
「御苦労様っす!」
リキッドはにこりと笑ってそれを額のところで押し戴いた。
そう―――本日は給料日なのである。
笑って、ダーリン
風呂から上がってきたシンタローがタオルで髪を拭きながら座る頃には、テーブルの上にリキッドの心尽くしの料理が並んでいる。
今日の夕食は秋鮭の蒸し焼きと茸と小松菜のお浸し、それに具沢山の味噌汁。
鼻歌を歌いながらご飯をよそっている家政夫に思わず苦笑する。
「おまえ、給料日になるとやたら機嫌いいな」
「そりゃそーですよ! なーんかね、ちょっと贅沢なご飯にしようかなって思いますもん」
「これが贅沢な飯か?」
「あっ今馬鹿にしたでしょ! 秋鮭はまだ走りなんですからね、凄く高いんですよ!? 猛暑のせいで葉物野菜も高騰してるし米だって今年は不作で」
「分かった分かった、日々の遣り繰り御苦労さん」
これが超高給を誇るガンマ団総帥の家の食卓で交わされる会話だろうか。
だけどほっぺたを膨らませるリキッドが何とも可愛かったので、シンタローはそれ以上逆らわないでやることにした。
いただきます、と律儀に手を合わせて食べ始めるシンタローを見てリキッドも微笑む。
アジアン家具で統一されたリビングダイニングの一隅には、この部屋に似合っているんだか似合っていないんだか分からない神棚があった。
それはいつでも危険と隣り合わせなシンタローのためにリキッドが作ったもので、インテリアにはうるさいシンタローもリキッドの心情を察したのか文句は言わなかった。
今その神棚には、さっきシンタローが持ち帰った給料明細が供えられている。
もともとガンマ団は仕事の性質もあって給料はいい。そのトップを務めるシンタローであれば、特戦部隊の平隊員だったリキッドにとってはまさに天文学的な数字の高給を持って帰ってくる。
一緒に暮らしはじめた頃はその事に劣等感も持っていた。
それが原因で喧嘩してしまった事もある。
(あの時はもう、駄目かと思ったもんなあ・・・)
『喧嘩しても勝手には飛び出さない』という約束をあっさり反古にして飛び出していったシンタローを思い出すと今でも苦笑がこみあげてくる。
結局シンタローはリキッドの迎えを期待してアラシヤマのアパートに転がり込んでいたのだが、しっかり手を握りあってここに帰ってきたことはリキッドの中で暖かい記憶になっていた。
シンタローも同じことを思い出していたらしい。
「そういや最近は拗ねたことを言わなくなったじゃん、家政夫」
味噌汁に七味を振りながらからかうように言われ、リキッドはちょっと笑った。
「全然気にならないって訳じゃないです。俺だって男だから自分の力で稼ぎたいし」
「そうなの?」
ついと立ち上がってお茶を淹れるリキッドをシンタローの視線が追う。
「でも、そんなつまんない事にこだわんのはもう止めようと思って」
「・・・」
「特戦やってた頃も楽しかったけど、俺にはやっぱ家政夫の方が向いてるし」
大ぶりの湯呑みにたっぷり淹れた焙じ茶をシンタローの前に置く。
「シンタローさんのために家事やってる時が、一番俺、幸せですから。―――」
それは余りにもさらりとこぼれた言葉だったので、自分でも何を言ったか分かっていないようだった。そのまま自分の茶も淹れてシンタローの向かいに腰を下ろす。
「ねえシンタローさん、俺ちょっとは料理上手くなりました?」
屈託無い笑顔を、シンタローは黙って凝視めた。
「あー、だしの取り方はまだまだですかね」
「・・・四、五十万」
「けど今日の味噌汁は我ながら結構イケると―――え?」
「フルタイムで家政婦雇ったら一ヶ月にそんくらいかかるって」
「シンタローさん・・・」
「一流企業の管理職の月給くらいは軽く稼ぐくらいの働きを、おまえはしてんだよ」
リキッドは暫くぽかんとしていた。首筋から、ゆっくりと血の気が昇ってゆく。
それを隠すように慌てて飯茶碗を取り上げ、うろうろと食卓を見回す。
「箸、箸がない」
「左手に持ってんじゃねえか」
「あ・・・そっか」
おかしなくらい狼狽えながら箸を右手に持ちかえ、それからそうっと顔を上げた。
「あの、シンタローさん」
―――・・・ありがとう、ございま・・す。
消え入るような呟きのお返しは、金色の頭をぽんぽんと叩いてくれる温かい手だった。
「そういうことだから」
「ハイ・・」
「だしの取り方も上手くなったみてえだし」
「えっ? マジっすか?」
甲斐性のある奥様はニヤリと笑った。
「今日の味噌汁は、九十五点かな」
リキッドの眼がぱっと輝く。
「シンタローさ―――」
「目ェキラキラさせんな、ウザイ。それよりお代わり」
「はいっv!」
窓の外では、リキッドの笑顔と張り合うように秋の満月が煌々と輝いていた。
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ちなみに裏設定では、家計の半分が奥様の小遣いです。
やりくり頑張れ家政夫。
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