作・渡井
Godless Walking
リキッドと2人で外出した。
別に何も用事はないのだが、空は見事に晴れ渡り、ときおり吹く風は心地良く、暑くも寒くもないお出かけ日和に恵まれた休日、部屋にいるのがもったいなくなったのだ。
いつもは気づかなかった細い路地裏がどこに抜けるのか歩いていくと、パジャマの専門店を発見した。
さすがに形も色も素材もバリエーション豊かで、ありとあらゆるナイトウェアを扱っている。
最初はアレが欲しいコレはどうだと言っていたのが、いつの間にか「誰にどれが似合うか」という話になって、シンタローが目ざとく見つけた可愛い男の子用のがコタロー、までは意見が一致した。
しかし俎上にハーレムが乗ったあたりでパジャマ会議は紛糾し、「いっそこれはどうですか」とリキッドが持ってきたのはよりによって、ピンクのレースとフリルを多用した女性用のネグリジェで、それをハーレムが着ているのを想像して2人で腹を抱えて笑った。
こんなに笑ったのは久しぶりだ、と思った。
店を出てすぐに小さな神社があった。
境内は狭いが掃除が行き届いており、神社仏閣に特有の清冽な空気が流れている。
奥まったところにあるせいか、通りかかる人もない。日陰になった石段の上で猫が寝ているだけだ。
首輪をしているのでどこかの飼い猫なのだろうが、何ともだらしなく寝転んでいて、シンタローが腹を撫でると薄く目を開け面倒そうに「うにゃん」と鳴いた。
「気持ちのいいとこだな」
石段の下を見下ろして大きく伸びをすると、リキッドが元気良く返事した。
彼は朝から嬉しくて仕方ないという顔で笑っている。
さっきなどまともに「シンタローさんとお出かけなんて、俺すげー幸せっす」と言われて、内心では大いにうろたえた。
甘い顔をすると手ェ繋ぎましょう、なんてふざけたことを提案されかねない(かつて実際にあった。とりあえず殴った)ので、軽く受け流したが、気分は悪くない。
シンタローとしては気まぐれで始めた散歩なのだが、こんなにも喜ばれると、思わず頭の一つも撫でてやろうかという気になる。
…しないけれど。
「あっシンタローさん、お守り売ってますよ」
それにしても良くここまではしゃげるよな、と不思議に思うシンタローと対照的に、リキッドは3つ並んだお守りの棚に駆け寄った。
神主も巫女も見当たらない。勝手に取って代金は賽銭箱に入れていけ、という、何とものどかで良心に任せたシステムである。
「1つ買ってきましょうか。家内安全と商売繁盛、どっちがいいっすか?」
「どっちも要らん」
「え、安産祈願にするんですか…?」
石段の上から蹴落としてやりたい誘惑を理性で耐えた。我ながら偉いと思う。
「じゃなくて。お守りなんて信じてねーし、どれも要らん」
これは事実である。
リビングの神棚に文句をつけないのは、あくまでリキッドの心情にほだされただけで、加護を信じているのではない。
人間の思惑を超越した、運命―――のようなものを感じることはあっても、特定の宗教に依りかかってのものではないし、そんな運命でさえ自分で切り拓いていくものだとシンタローは思っている。
自分が道を作る、というのが基本的な考え方だ。
ついでに言うなら自分の道は神様でさえ横切らせねえ、という俺様な考え方でもある。
だが珍しく、リキッドが猛然と反論してきた。
「違いますよ、信じるとか信じないって問題じゃないんです」
「はあ? 交通安全のお守りつけてたって事故るヤツはいっぱいいるぜ」
「だからー、そういうんじゃないんですって」
「何をしてくれるって訳じゃないけど、持ってるだけで心が安らぐっていうのがお守りなんすよ。そこにあるっていうだけで、お守りの役割をちゃんと果たしてるもんなんです」
力の入った一生懸命な説明に、シンタローは思わず唇を綻ばせた。
「だったらなおさら要らねーよ、バカ」
「そんなー…」
がっくりと肩を落とすリキッドを置いて、足取りも軽く歩き出す。
何をする訳でもないけれど、心が安らぐ。存在だけで、ちゃんと守ってくれる。
そんなもの、もう持ってる。
「ほら、ぐずぐずすんな。さっきの店にパジャマ買いに行くぞ」
「え、隊長の?」
「コタローのだよ!」
ただ2人でいること。あてもなく一緒に歩くこと。くだらない話で笑うこと。
何の実にもならないそれだけのことで、日々の疲れにささくれだった心が潤っていく。
手を繋ぐのは死んでも御免だが、少しだけ―――そう、ほんの少しだけ普段より寄り添って歩いてやってもいいかもしれない。
俺のお守りはお前だなんて、口が裂けても言えない代わりに。
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パラレルは精一杯甘くしているつもりなのですが、
それでもシンタローさんがなかなか素直になってくれません。
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