作・渡井
ハッピーデイ・ハッピーメイ
「キンタロー、ちゃんと考えてきたか?」
総帥室に入ったら、シンタローがとびきりの上機嫌で訊ねてきた。黒い眼は子どものように輝いているし、両方の口端がクッと上がっている。
シンタローはこの顔が一番似合うと思う。
「ずっと考えてはいるんだが……これといって思い浮かばないんだ」
「つっまんねー奴。1つくらいないのかよ?」
今日はシンタローの誕生日だ。ということは、俺の誕生日でもある。
シンタローは「誕生日ってのは騒ぐ口実のためにあるんだ」と言う。
だから桜が散って花見が出来なくなり、かといって七夕にはまだ早い時期、飲み会の名目を探すのが難しい5月と6月の誕生日が一番、”趣旨として正しい誕生日”なのだそうだ。
誕生日の趣旨はよく分からないが、グンマやシンタローや俺の誕生月が5月であることに、シンタローが満足しているならそれでいい。
「いい加減に決めろよな、もう当日じゃねえか」
一族はもちろん、伊達衆を筆頭としたガンマ団員も、プレゼントやバースデイカードを送ってくれたり、祝いの言葉をかけたりしてくれた。夜には秘書課あたりが手配して、パーティの真似事となるだろう。
そして寝る前にはシンタローが少し照れくさそうな顔で、俺の手にプレゼントを押し付けて部屋に帰ろうとする。
それを引き止めて俺からのプレゼントを渡すのが、俺がこの世に再び生まれたここ数年の恒例行事となっていた。
プレゼントは毎年ささやかなものだったが、携帯電話の話になったときシンタローがニッと笑った。
「俺、新しいケータイが欲しいんだよな。今のやつ、ちょっと写真撮るとすぐメモリが一杯になっちまう」
「お前のは撮りすぎだ。コタローの寝顔ばかりそんなに撮ってどうするんだ」
「100枚でも200枚でも撮れるのが欲しい。お前なら作れんだろ、誕生日にはそれ寄越せヨ」
その代わりお前が欲しいものをやる、と約束されたのが先週である。
それから一週間、シンタローは毎日訊ねてくる。
「聞いてんのかキンタロー?」
デスクに肘をついてシンタローが不審そうな視線を向けてきた。
「聞いている。俺の欲しいものだろう」
「あんま高いもんは駄目だぞ」
主夫経験豊富な庶民派総帥は、きっちり念を押してくる。
俺は少しだけ苦笑いして、腕を組みシンタローを見下ろした。
「お前は知っているんだろう? 俺の欲しいものなど」
欲しいものなど決まっている。多分ずっと前から決まっていた。
口に出さなかっただけで。
シンタローは一瞬その眼を光らせて、喉の奥で笑った。
「高いもんは駄目っつったろ、キンタローさん」
「そうだったな」
二人揃って、うつむいて笑い声を噛み殺す。
「開発課から内線が入っております。グンマ博士がお呼びですが」
「すぐに行くと伝えてくれ」
遠慮がちに顔を出したチョコレートロマンスに答えて歩き出した俺を、シンタローの陽気な声が呼び止めた。
「動画もめいっぱい撮れるんだろうな?」
「動かない寝顔を動画で撮る意味が分からないんだが」
「コタローじゃねえよ」
振り向いた俺に、シンタローは肘をついたまま口端を上げた。
ああ、俺の好きな笑い方だ。
「俺を部屋に連れ込んで、めためたに緊張してるテメーを撮ってやる」
「悪趣味だぞ、シンタロー」
「誕生日にかこつけて口説くよりは趣味がいいぜ?」
一言もなかったから、前を向き直って片手だけ挙げた。開発課に戻らないとグンマを待たせてしまう。
それに、夜までに動画のメモリについて検討しなくてはならないから。
--------------------------------------------------------------------------------
言外に口説くキンちゃんと、言外に了承するシンタローさん。
以心伝心なキンシンが大好きです。
シンタローさんキンタローさんハッピーバースデイ。
キンシン一覧に戻る
PR