作・渡井
騒がしい総帥室
「シンちゃんひどいよ、パパを置いていなくなるなんて!」
マジックの声が大きく響いて、思わず固まったのはシンタローと、そしてキンタローもだった。
敗因は3つ。
1つ目は、普段ならさすがにノックするはずのマジックがしなかったこと。
2つ目は、普段なら気づくはずの人の足音に気づかなかったこと。
3つ目は―――これが最大の原因だったが―――普段なら忘れないはずの鍵をかけ損ねていたこと。
これらはすべて、その日の戦勝パーティに起因していた。
手ごわい敵対国の軍部独裁政府を打ち倒し、事後の処理がすべて済んだところで、ガンマ団本部では大々的に戦勝パーティが催された。
総帥の短いが心のこもったねぎらいの言葉で幕開けし、酒瓶が程よく開いて盛り上がったパーティは、特戦部隊が乱入してきたあたりからむしろ乱れ上がっていた。
歓声や怒号や悲鳴の中、シンタローはやっとのことで血の繋がらない父親や自称心友を振り切って、キンタローの肘に触れることに成功した。眉を上げたキンタローは瞬時に意味を理解し、人ごみに紛れてお互い別々の扉から抜け出した。
大仕事が終わった高揚感と、心地よい疲れと、アルコールによる適度な酩酊。シンタローの部屋に着いた途端、それらが若く健康な身体にごく限定的に作用したことは否めない。
少なくとも、マジックが来るかもしれないなんて考えが浮かぶほどの理性は、すっかり失われてしまっていた。
しかしいくら父も酔っ払っているとはいえ、目の前の光景はどう説明したらいいものであろうか。
下半身こそかろうじてシーツに隠れているものの、上は2人とも真っ裸で。
おまけにキンタローはシンタローの身体に覆い被さっていて。
ついでにシンタローの両腕はキンタローの首に巻きついていて。
とどめに互いの胸や背中にあからさまな痕跡をつけた状態で。
「何か言い訳できるならしてみろってんだ」
翌日の総帥室、デスクに肘をついて憮然とするシンタローの前で、声もなく笑い転げているのは特戦部隊の隊長である。
「で、兄貴が黙って扉閉めてよ」
ようやく椅子に座り直して、ハーレムは涙を拭いながら訊ねた。
「お前らは続きしたのか?」
「ドア越しに親父がわんわん泣いてんのが聞こえてくるんだぜ。アンタそれでその気になるか?」
渋面で逆に問われて、ハーレムはまたひっくり返って笑った。
「道理で兄貴が真っ青な顔で暗雲漂わせてるわけだ。そりゃ『可愛いシンちゃん』のそんな姿見ちまったらなあ」
「親父が悪ィんだよ。急に開けるから」
「んでキンタローはどうしてんだ」
「俺を嫁にするために、親父への挨拶考えてる」
これ以上ひっくり返りようがなかったか、ハーレムは今度は肘掛をばんばん叩くことで我慢したらしい。
「あいつ、いつの間にそんなボケ覚えやがった?」
「教育したのがボケ2人だからだろ。俺のせいじゃねえ」
「いいんじゃねえのォ? 兄貴だって他の男や見も知らねえ女に持ってかれるくらいなら、一族の方がまだマシだろ」
心底嫌そうな顔で反論しかけて、シンタローは欠伸を噛み殺した。目ざとく見つけた叔父がにやつく。
「続けなかったわりに眠そうじゃねえかよ、坊主」
「寝不足なんだよ」
「ほお?」
「んな顔すんなオッサン。キンタローが一晩中しゃべり続けてたんだ。打掛とドレスのどっちがいいだの、指輪はどこで買うかだの」
「そんで、どうした」
甥の気性を良く知る特戦隊長のけしかけるような質問に、シンタローは短く吐き捨てた。
「ベッドの外に蹴り出した」
総帥室に、再びハーレムのバカ笑いが響いた。
「それでシンちゃん」
ハーレムの次に部屋を訪れたのは、2人の関係を知る紙一重の天才博士だった。
「お式はどこでするの?」
「挙げねェよ」
長い足を組んでガリガリと頭をかき、シンタローはうなだれた。
「だってキンちゃんは腹くくったみたいだよ。この際、本部での式になってもいいって」
「そんな腹は切れ。介錯くらいならしてやる」
「シンちゃん冷たーい。キンちゃんが好きなんでしょ?」
「そ、そりゃ……す―――好きだけどよ。話を進めすぎっつうかその前に男だぞ、俺は。結婚できるわけねェだろ」
「世界には同性同士の結婚を認める場所があるんだよ。ガンマ団の権力で、そこに住所を移しちゃえばいいじゃない」
こういうときだけ頭の回るバカ息子に、シンタローは絶句しかけて唇を尖らせる。その仕草は子どものようだった。
「んだよ、別に親父にバレただけじゃねーか」
「そ、おとーさまにバレただけ。あのおとーさまにね」
だから問題なのである。
ため息をつくシンタローに、グンマはやや同情の眼を向けた。
「気持ちは分からないでもないけどさ……シンちゃん次第なんだから、何とかしてよね。おとーさま朝からうっとおしいよ」
「まったくだ……」
「頼んだよシンちゃん!」
頼まないでくれ頼むから、などとぶつぶつ呟くシンタローに、グンマも一緒に深い深いため息をついた。
「シンタロー!」
「帰れ」
入れ替わりに入ってきたのは、いつもなら顔を見ただけで休まる、でも今は絶対に見たくない恋人だった。
「研究室に閉じこもってろっつったろ」
「しかし」
「はいはい帰った帰った。俺は結婚も婚約も結納もする気はありません」
畳み掛けられ、手で追い払われてキンタローは落ち込んだ。犬ならば耳をべったりと伏せているところだ。
「やはり俺では駄目なのだな……俺が青の一族だからか? おまえと敵対したから? だが俺はお前を愛している、いいか、お前のことだけを」
「うぜえ、帰れ」
「シンタロー!」
「いちいちうるせェ! 俺は誰とも結婚なんかしねえ、お前ともお前以外の奴ともだ。いいな?」
ギッと音を立てそうなほど鋭く睨まれ、キンタローは渋々黙った。
ようやく静かになりそうだったそのとき、大きく扉が開いた。
「シンちゃん!」
「それ以上近づいたら眼魔砲」
「伯父貴……」
「はっキンちゃん! もしかしてまた最中!?」
「ンな訳あるか―――ッ!!」
全力の突っ込みを受け流し、マジックこと事態の張本人はキンタローの手を取った。
「キンタロー……私の息子はわがままで自己中心的で、いつまでも親離れ出来ないパパ大好きっ子だけれど」
「おい! 後半捏造したろ!」
「だけど本当は素直で愛らしい、甘ったれの子どもなんだ」
「おいィ! どんなヴィジョンだよそれ!」
「誰にもあげたくないけど、渡したくなんかないけど!―――あの子の幸せのためだ。シンタローを任せたよ」
「伯父貴……いや、お義父さん!!」
がっしりと手を握り合う2人をよそに、シンタローはティラミスに頭を下げていた。
「お願い、私を3日間だけ逃げさせて……」
ちなみにチョコレートロマンスの管理記録によると、この後の総帥室には、噂を聞きつけたドクター高松とサービス、ジャン、特戦部隊、伊達衆などが訪れ、合計24発の眼魔砲が乱れ飛んだという。
ガンマ団総帥は本日も元気で賑やかな仲間に囲まれ、楽しい一日を送っている模様である。
--------------------------------------------------------------------------------
もう二度と鍵をかけ忘れることはないと思います。
強化期間中に勢いでアップ。
キンシン一覧に戻る
PR