作・斯波
こんなに誰かのことを
気にしたのは初めてで
どうしたらいいのか
どうすればうまくいくのか分からない
あの人がいればそれでいいのに
思い過ごしも恋のうち 3
―――ほな勝負しましょか。
ニヤリと笑って俺の敵はそう言った。
場所は総帥室。
来年の開発課予算案を持ってシンタローを訪ねてきた俺の目に映ったのは、この世で一番会いたくない先客だった。
「・・・貴様何をしている」
「仕事に決まってるやろ。総帥の決裁が要るんどす」
シンタローに話しかけている時とは明らかに温度差のある突っ慳貪な声。
「書類を置いたらさっさと出ていけ」
「お生憎様、急ぎやから目ェ通して貰て印鑑頂かなあかんのどすわ」
どんどん温度が下がって今やマイナス零度になりかけている俺たちの会話に、書類を見ていたシンタローが顔を上げた。
「おい、おめーら何尖ってんだよ」
「わてのこと心配してくれたはるんどすか~、シンタローはぁぁんv」
「眼魔砲」
総帥室は眼魔砲に耐えるように設計されている。それは主に前総帥とその弟達が繰り広げる兄弟喧嘩を考慮して作られたたらしいのだが、こんな場面で役に立つとは。
「酷いどすぅ・・・」
しくしくと泣き出したアラシヤマを無視して、シンタローは俺を見た。
「おまえも急ぎか、キンタロー?」
「いや、来年の予算のことで来たんだが別に急ぎという訳では」
「ほな帰りよし」
途端に無表情に戻ったアラシヤマが0.3秒で切り返してくる。
(回復早ッ!)
「おまえこそ帰れ。書類なら後から暇で無能なチョコレートロマンスに届けさせる」
「要らんわ。何が嬉して暇で無能なチョコロマの顔なんか見なあかんの」
背後でチョコレートロマンスが、あの俺ここにいるんですけど・・・と呟いている。
気づいてますよね別にいいんですけどね面と向かって要らない子扱いされてもなどとぶつぶつ言っているのを無視して俺はアラシヤマを冷ややかに見据えた。
「この間言った筈だぞ。おまえはシンタローには無用の輩だ。古新聞だ。いやむしろ廃品回収ですら置いていかれる古畳だ」
「おい、キンタローてめえいきなり何言い出―――」
「ほなあんたはアレやな、広告に釣られて買うてみたものの使い道がのうて納戸に押し込んであるお父さんの日曜大工セットやな」
「何その一見分かりやすそうで分かりにくい例え!」
「―――おまえの方が使い道があるとでも?」
「ガンマ団は悪い奴限定ハーフ殺しのお仕置き集団どすえ。実戦経験のないあんたよりもわての方がシンタローはんの役に立てます」
「オイィ! てめーら何俺を無視してやがんだ!」
「・・・俺では戦えないとでもいうつもりか?」
俺の拳がぽうっと光り出す。
アラシヤマは子供なら泣き出してしまいそうな怖ろしい笑みを浮かべた。
「いざという時シンタローはんをお守りするのはわての役目どすさかいなあ」
「では次の遠征は俺が総帥の供をしよう」
「ちょ、キンタロー! おまえ何言いだしてんの!?」
シンタローが慌てて立ち上がる。
「次はアラシヤマを連れてくって決まったろ!?」
「俺が行く」
「おまえは俺の代理だろーが! おまえが居なきゃ誰があの馬鹿親父の暴走を止めんだよ!」
「―――やそうどす。あんたは大人しゅう留守番しときなはれ」
小憎たらしい微笑に、俺は確かに頭のどこかがブチッとキレる音を聞いた。
拳から迸った眼魔砲を、燃えあがった炎が相殺する。
ティラミスとチョコレートロマンスが全速力で逃げ出していくのが視界の隅に見えた。
「キンタロー! 何して・・・」
「ちっ・・・最近の子供はキレやすうてかないまへんな」
たちのぼる煙の中からアラシヤマがゆっくり姿を現す。
「ほな、素手で勝負しましょか。あんたは眼魔砲無し、わては炎無しで」
シンタローが目を真ん丸にする。さすがの俺様総帥も、あまりの展開に二の句が継げないでいるようだった。俺は拳をさすった。
「―――いいだろう。男の勝負だ」
侮れる相手ではないのは分かっていたが、こちらにも意地がある。
「おい」
「シンタローは黙っていてくれ」
有無を言わさぬ声に、従兄弟は呆れたように椅子に腰を下ろした。
「・・・殺すなよ」
どっちに向かってか諦めきった声でそう言った総帥をそっちのけにして、俺たちは睨みあった。
最初に動いたのはアラシヤマだった。ヒュ、と風を切って脚が飛んでくる。
俺はそれを避けて拳を繰り出した。
(奴が身につけているのはおそらく戴拳道)
とすれば多彩な足技を使ってくる筈。
(捕まえてしまえば体格差で勝てる)
膝蹴りが鳩尾に炸裂した。一瞬気が遠くなりそうになるのをこらえて胸元をひっつかむ。
思った通りアラシヤマは軽く、渾身の力で殴り飛ばすと部屋の隅まで飛んだ。
だがさすがに転がるような無様は見せず、空中で体勢を立て直しかける。
(そうはさせるか!)
着地したところへ次の攻撃を仕掛けた。腹に拳をぶちこみ、そのまま床に叩きつけた。
もう一度胸倉を掴んだ俺の肋骨に物凄い衝撃が来る。
蹴りを放って俺から逃れたアラシヤマは、ふらつく足許を踏みしめて立ち上がった。
唇から顎へと伝う真っ赤な血をぺろりと舐め、奴はにいっと笑った。
「・・・今のは効きましたわ」
「次は壁まで飛ばす」
「―――上等」
飛んできた蹴りを今度は避けられなかった。角度といいスピードといい見事な回し蹴りだった。
懸命に堪えてかけた足払いをアラシヤマはとんぼ返りで優雅にかわし、床にタン、と手をついたかと思うと次の瞬間俺はしたたかに顎を蹴り上げられていた。
堪えきれずに倒れた俺の胸の上にアラシヤマの膝がめりこんだ。
そのままぐいと全体重で俺を押さえつけ、喉めがけて手刀が空を切った時。
「アラシヤマ!」
とどめの一撃を寸前で止めたのは、凄味を帯びた総帥の怒鳴り声だった。
「―――いい加減にしろ。キンタローもだ」
骨の髄まで凍りそうな声で言われ、アラシヤマは舌打ちして俺の上から立ち上がった。
「お遊びはそこまでにしとけ」
「そやけどシンタローはん」
「黙れ。それから次の遠征にはコージを連れてくから」
「ええっ!」
はからずも俺とアラシヤマの声が綺麗なユニゾンとなる。
「そやかてわて、今キンタローに勝ったんどすえ!?」
「シンタロー、それは」
「うるせエェ!」
怒り心頭に発したと言わんばかりの総帥の大音声に、俺たちは思わずびくりと首を縮めた。
「さっきから見事に俺を無視しやがって、総帥の言うことを、いいかもう一度言うが戦場で総帥の言うことを聞けねえような」
「何故おまえが二度言う」
「シンタローはん、キンタローが移ってますえ」
「黙れ! とにかくおまえら留守番! ついでに二ヶ月減給!」
「ぐはああん! どさくさに紛れて給料まで!」
「おまえのせいだぞ、アラシヤマ」
「喧しいどす! あんたかて殺る気マンマンやったやろ」
「黙れ。大体おまえがさっさと仕事に戻っていればこんな事態には」
「二人とも出てけ―――ッ!!」
その言葉とともに炸裂した眼魔砲を食らって、俺たちは早々に総帥室から退散した。
「―――アラシヤマと喧嘩?」
開発課の研究室で紅茶を淹れていたグンマは呆れて手を止めた。
顎に痣を作った従兄弟は憮然とした顔つきでシャツを脱ぎ、肋に湿布を貼っている。
「喧嘩ではない、勝負だ」
「勝負って、―――やめてよ、キンちゃんが死んじゃったら僕どうしたらいーのさ!?」
「いや、勝手に殺さないでくれ」
「大体無茶だよ、いきなり。実戦経験だってないのに」
「練習では完璧だったのだが」
「練習ってもしかしてこないだからずっとやってたアレ?」
その光景を思い出したグンマをくらくらと眩暈が襲う。
「バー○ャファイターでしょ、あれは!」
「違うぞグンマ、俺がクリアしたのはストⅡだ」
「余計悪いよキンちゃん、今の子はスト○ートファイターなんか知らないよ」
「えっ、駄目なのか? ちゃんとベガも倒したのに!?」
「キンちゃん・・いつもに輪をかけて向上心と知識欲が空回ってるよ・・・」
「とにかく、勝負というものは勝たねば意味がないんだ。次は勝つ!」
「だから眼魔砲無しの格闘でアラシヤマに勝つなんて無茶だってば。根暗で変なストーカーだけど、あれでもガンマ団の№2なんだから!」
「いや、必ず勝ってみせるさ。俺にはシンタローを守るという大切な使命があるのだ。そして敵の陰謀に倒れた父の道場を再興し、同じように家族を奪われた婚約者と共に幻の奥義書を見つけだした暁には皇帝を暗殺してゆくゆくは少林寺の管長に―――」
「キンちゃん、どこまで夢が広がってるの(そしてどんな映画を観たの)!?」
「俺はスーツを脱ぐ! そして胴着を着る!」
「落ち着いてキンちゃん、そんな腕自慢だらけの親戚は嫌だよ!」
『拝啓、シンちゃん。
キンちゃんはかなり煮詰まってます。
マジでお願いだから休暇をあげて。
連日朝から晩までブ○ース・リーのビデオにつきあわされてる僕のためにも。
追伸:ついでに来年の予算の件もよろぴくね』
グンマからのメールを読んだシンタローは失神しそうになった。
休暇!? アラシヤマの奴ももう一回マーカーに鍛えて貰うとか言い出して有休取ってるってのにキンタローまで―――大体あいつら遠征行きてえんじゃなかったのかよ? それより俺の代理は誰がやるんだ。もしかして親父? あの馬鹿に後を任せて俺、遠征に出なきゃなんねーの!?
無視を決めこもうと削除キーに手が伸びた瞬間、次のメールが届いた。
『二伸:休暇くれなかったらこないだ約束してたコタローちゃんの写真はあげないから』
―――シンタローは即座に一週間の有給休暇届に判を押した。
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作・斯波
一週間の有給休暇が明けて本部へ戻ってきた俺を迎えてくれたもの。
それは明るい笑顔のグンマと、明らかに俺と目を合わせたくないらしい秘書官二人。
そして、俺の抹殺リストのトップに昇格したばかりの陰気な№2だった―――。
思い過ごしも恋のうち 4
「マジカルマ―――ジック!!」
突然絶叫した俺に、秘書の洋菓子コンビがびくりと飛び上がった。
朝から下降気味だった俺の機嫌は、昼前にはもうレッドゾーンを振り切っていた。
全面ストップ安の暴落ぶりである。
その原因は俺の隣のデスクで仕事をしているガンマ団の№2。
祇園仮面アラシヤマ。―――もうこの名前からして虫酸が走る。
なのにシンタローの遠征中、こいつと二人で停滞した仕事を片づけろという命令が出たのだ。
出したのは勿論前総帥でグンマの父、伯父貴のマジックである。
それを聞いた瞬間、俺の抹殺リストが書き換えられたのはいうまでもない。
「キ・・キンタロー博士・・どうかされましたか?」
「―――・・別に」
あの伯父貴を殺したいだけだ、などと言ってもティラミスの精神は錯乱するばかりだろう。
「気の毒に、あんさんも親類には恵まれまへんなあ」
休み無くペンを動かしていたアラシヤマがふっと嫌味な笑みを浮かべる。
「親馬鹿な前総帥、アル中横領親父に女王様・・・そして何もかもがギリギリな従兄弟」
「貴様・・・」
―――その通りじゃないか!
「口に気をつけろ」
その分シンタローが全てを補ってあまりあるから俺はやっていけるのだ。
「シンタローはんがいてはるから俺はやっていけるのだ、とか思てはるんどすやろ」
「何故分かる!」
思わず叫んでしまってからはっとティラミスとチョコロマを見ると、優秀な秘書達は聞こえない振りで仕事に勤しんでいた。
「そやけどあんさんも可哀想なお人どすなあ」
聞き捨てならない言葉にペンが止まった。
―――可哀想!? 今可哀想言いましたかアナタ!
「あんたはシンタローはんにとっては兄弟同然や。まあ元は一心同体やったんやしな」
ふふん、そのとおりだ。
俺とシンタローは強い絆で結ばれている。どこぞの一方的なストーカーとは違うのだ。
そしてその絆は俺達が生きている限り切れることはない。
「ちゅうことはどすな、シンタローはんにとってあんさんは自分自身。そんな男に惚れる訳ないどすやろ!」
「何だと!?」
「そんなんナルシーの極みやおまへんか! 変態どす!」
「へ・・・変態―――!?」
わなわなと震え出す拳が青く光り始めるのを見てアラシヤマがニヤリと笑う。
もう見慣れたそれは、普段より2割増(当社比)で邪悪だった。
「へえ、眼魔砲を撃つつもりどすか。そんなんしたら書類はめちゃめちゃ、シンタローはんが帰ってきはるまでには到底仕事は終わりまへんで」
「貴様!」
「シンタローはんを守るとか支えるとか言うてたんは嘘やったん? あんた、これくらいの仕事も出来へんでようあんな大口叩けましたなあ」
「出来ないだと? 俺が、いいかこの俺が」
「ミス」
容赦なく放り投げられた書類には、大きなバッテンがつけられていた。
「計算式間違うてまっせ。とっとと直しなはれ」
「喧嘩を売っているのか、アラシヤマ!」
「ティラミス! 一生兄弟のままええ人扱いで終わられるうえに仕事も出来ひん可哀想なお方にコーヒーや」
「何だと貴様、侮辱するにも程が」
「あ、そうそう、実質四歳のちみっ子やからミルクの方がええかな」
キ―――ッ、ムカつく!
アラシヤマの奴、普段はろくに口も利けない根暗なヒッキーのくせに嫌がらせを言うときだけはワンブレスでまくしたてやがって!
「言っておくがなアラシヤマ、俺は」
「これもミス」
何イィィ!
「あーあ、わて一人でやった方が早そうやな。チョコロマ」
「は、はい」
「グンマはんに電話して」
「グンマ博士に―――ですか?」
「保育所は閉園や。子供を迎えにくんのはお母はんの仕事どすやろ」
「父さん・・・俺はあなたの霊に誓う」
俺は今は亡き父、ルーザーの墓前にぬかずいていた。
「絶対アラシヤマをぶち殺します。―――気が向けばマジック伯父貴も」
どうかそれまで、俺を見守っていて下さい―――。
「―――アラシヤマと口喧嘩!?」
ミルクセーキにマシュマロを入れていたグンマは呆れて手を止めた。
ここは開発課の研究室。
物凄い早さで書類処理をしている従兄弟の額には青筋が浮いている。
「で、総帥室から追い出されたの?」
「追い出されたのではない。不愉快だったから仕事場を移したのだ」
「ちょ・・やめてよ~、僕おとーさまからちゃんと二人に仕事させるように言いつかってるんだから~」
「元はと言えばマジック伯父貴が悪いんだ! あんな奴と一緒に仕事が出来るか!」
「落ち着いてキンちゃん、書類が破けてるよ!」
「あの根暗の引きこもりめ! 今度会ったら足にコンクリートぶらさげてマリアナ海溝に沈めたるからよう覚えとけよワレェそれからその腐れキ○○マ引っこ抜いて犬に食わしたるからなオンドリャー!」
「キンちゃん! そんな言葉何処で覚えたの! 放送コードにひっかかってるよ!」
「とにかく俺はアラシヤマが憎い!」
「それは十分伝わったよ。・・・・だけど、口喧嘩でアラシヤマに勝とうなんて無茶だってば。アラシヤマは特戦部隊のマーカーの弟子なんだよ?」
「マーカーだと?」
「キンちゃんも知ってるでしょ、ハーレム叔父様だって口ではマーカーに敵わないんだから。暗殺と嫌がらせにかけてはガンマ団であの人の右に出る者はいないって噂だよ」
「それでも勝負というものは勝たねば意味がないんだ、グンマ。大丈夫、俺は勝ってみせる」
「いやだから今は仕事をね」
「俺にはシンタローを守るという大切な使命があるのだ。必ずや天下一品の悪口を身につけてガンマ団にキンタローより性格のねじ曲がった奴はいないと言われるようになってやる。そして俺のシンタローに近づく奴は手段を選ばない嫌がらせで撃退し、シンタローの純潔を護る!そうだ、俺は絶対にアラシヤマをギャフンと言わせてみせるのだ!」
「キンちゃん、すでに方向からしてねじ曲がってるよ! シンちゃんのためになってないよ!!」
「俺はスーツを脱ぐ、そしてマーカーに弟子入りする!」
「落ち着いてキンちゃん、そんな紙一重ばかりの親戚は嫌だよ!」
『拝啓、シンちゃん。
キンちゃんが壊れました。
マジでお願いだから早く帰ってきて。
朝から晩まで阿呆馬鹿死ねクソタレこの穀潰しがと罵られているおとーさまのためにも。
追伸:急がないとガンマ団は無くなってるかもね。
二伸:僕何だか疲れたよ。―――もう全員殺っちゃっていい?』
グンマからのメールを見たシンタローが超特急で帰還したのは言うまでもない。
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…壊れ気味なキンちゃんとアラって可愛く…ないですか…?
(ちょっと自信がなくなってきたらしい)
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