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xz







作・斯波

僕らは息を切らして走る
自分より大事なあの人の
笑った顔が見たいから



DEAR HEART



「シンちゃん、寄ってくー?」
煙草を吸いに休憩室へ行こうとしていた俺の気を変えさせたのははしゃいだ調子の従兄弟の声ではなく、仄かに匂う不思議な香りだった。


「ちょうどお茶淹れたとこだったんだよー」
白衣姿の開発課責任者は、ウェッジウッドの茶碗を前に嬉しそうに笑った。
「今日も忙しかったんでしょ?」
「ああ、うん。 ―――何か良い匂いすんな」
「あ、これ?」
グンマはカバーをかけたポットを振り返った。
蓋を取ると、ふわりとさっき嗅いだ芳香が広がる。茶漉しの中に入っているのは何かの花を乾燥させたもののように見えた。
「花茶だよ」
「花茶・・・?」
グンマが器用な手つきで注いでくれる。
カップを持ち上げて鼻先に近づけると何とも言えない良い匂いがした。
「それ、薔薇だよ。蕾を乾燥させて作るんだってさ」
「へえー」
言われてみれば乾燥した蕾に薔薇の鮮やかな色が残っている。
口に含むとジャスミンティに似た味がした。
「アラシヤマが置いてってくれたんだ」
そう言われて思わず飲んでいた茶を噴き出しかけた。
「何であいつが!」
「だってアラシヤマは紅茶飲まないもん。いつでも自分で持ってくるんだよね」
そういえばあのストーカーはグンマが開くお茶会の常連だったと思い出す。
「じゃあこの月餅も・・・」
「うん、アラシヤマの差し入れ」
理由もなく食欲が無くなって、菓子が乗った皿から手をひっこめる。
だけど初めて飲んだ花茶は美味かった。
飲み慣れている紅茶とは全然違う、不思議な味と香り。
何だか気持ちが落ち着くような気がして腰をおろした俺に、グンマが笑いかける。
「それ、特別ブレンドらしいよ。薔薇茶にね、月桃の葉と漢方を混ぜてあるから疲れがとれて血もさらさらになりますえ、って言ってた」


その時俺が思っていたのはもう一人の従兄弟のことだった。
次の遠征に間に合わせるために新しい武器を開発している彼とは数日顔を合わせていない。
だが今朝ちらりとドアの隙間から姿を見掛けた。
一瞬見えた端整な横顔には疲労の影が色濃く溜まっていたような気がする。


この間短い逢瀬を持った時、少しやつれて見えたあの男の顔が脳裏を過ぎった。



「 ―――シンちゃん。シンちゃん!」
カップを片手に暫く物思いに耽っていた俺は、はっと我に返って顔を上げた。
「・・・あ、悪い。何?」
「これ、持ってく?」
俺に向かって差し出されたグンマの手には薔薇茶の袋があった。
「残りもので悪いんだけど」
「え・・でも」
「このお茶、僕にはちょっと癖があって飲みにくいんだよね。アラシヤマ、今度来る時はまた違う花茶持ってきてくれるって言ってたし」
グンマの笑みはいつものように無邪気で暖かくて、俺は思わずその包みを受け取っていた。
「ありがと。 ―――」
「ううん、全然気にしないで」
「じゃあ俺、そろそろ行くわ。今頃きっとティラミスが眼ェ吊り上げてると思うからさ」
「あはは、お仕事頑張ってね」
グンマは屈託無く笑って手を振ってくれた。


開発課を出て総帥室へ向かう俺の足は自然と速くなっていた。
携帯を取り出し、リダイヤルを押す。
「ああ、俺だけど」
腕時計を見るともうすぐ3時だった。
「そっちはどうだ。そろそろ格好がついた頃だろ?」
歯切れのいい低い声が返事をする。
「中間報告持って総帥室に来い ―――あん? 今だよ、今。いいから今すぐ来いっつの!」
抗議する声は聞かずにさっさと電話を切った。


総帥室に帰ったら、ティラミスとチョコロマを休憩に行かせよう。
二人だけになったら、不思議な味と香りのするこの薔薇茶をあいつに淹れてやろう。
あいつが何を言おうが今日は定時に仕事を切り上げさせてやる。
そしたら久し振りにあいつの部屋に行って、あいつの好きなものを作ることにしよう。


二人で飯を食って、茶を飲んで。
それからあいつの髪を撫でて、抱きしめてキスをして。


今夜は朝まであいつに寄り添って眠ろうと、俺はそう決めたんだ。



「 ―――すぐ来いと言われても」
俺は携帯に向かって溜息をついた。
「今最高に忙しいというのに・・・全く何処まで俺様なんだ、あいつは!」

けれど本心では、この電話を待ち望んでいたのだ。

人間を殺傷せずに建物だけを破壊する画期的な武器の理論を発明したのはグンマだった。
全くあの従兄弟の閃きには脱帽せざるを得ないと思う。
その才能に物事を形にする能力も備わっていれば無敵だと思うのだが、そう上手くはいかないのが世の中というものだと俺は今しみじみと実感していた。
―――ま、だいたいこんな感じで。
―――こんな感じ!? こんな感じとはどういう感じだ!
―――あとはキンちゃんよろしく~v!
―――おい、グンマ!
という訳で実験室にこもりきりになって早や五日が過ぎていた。
無論その間、総帥を務めるもう一人の従兄弟には会っていない。いつもなら仕事が終わってから互いの部屋を訪ねあうのだが、部屋に戻るのが午前二時、三時とあってはさすがにそれも躊躇われる。
だから電話があったことは嬉しかったが、正直複雑な心境でもあった。
(俺は我慢出来るだろうか)
あいつの顔を見て、声を聞いて、間近に感じて。
その温もりに触れたいという願望を抑えるのには、仕事以上の熱意と努力が要る。
とはいえ、呼ばれた場所は総帥室だ。自分を律するには最適かもしれない。
最上階までやってきて、白衣がずいぶん汚れていることに気がついた。
―――着替えてから行くか、それとも。
廊下の真ん中で暫し迷う。
俺を待っているのは世にも短気なガンマ団総帥。
しかし同時に俺にとっては、幻滅されるのだけは避けたい恋人でもあるのだ。
そのとき、背後からあまり聞きたくもない声がした。
「通行の邪魔どす。どいておくんなはれ」
「・・・ちっ」
深呼吸して、五つ数えてから振り向く。
「なんや、キンタローか」
立っていたのは、ガンマ団の№2だった。


「あんさん、今舌打ちせえへんかった?」
「煩い。さっさと行け」
「このところ見掛けへんかったからもう死んだんかな思てましたわ」
「悪かったな、期待を裏切って」
「へえ、力いっぱい残念どす」
その時俺は、アラシヤマが茶色の紙袋を抱えているのに気がついた。
開いたままの口から甘い香りがしてくる。
俺の視線に気づいたのか、アラシヤマも自分が抱えている袋に視線を落とす。
「ああ、やっぱり分からはる?」
「おまえ、それ・・・」
この匂いには覚えがある。
バターと砂糖の入り混じった優しいそれは、スコーンの匂いだった。
これはグンマが得意とする焼き菓子で、開発課でのお茶会の時によく持ってくる。
少しだけ甘くしたこのスコーンは紅茶にも緑茶にもよく合うというので部下達にも好評だった。
ふと、数日会っていない従兄弟の顔を思い出した。


あいつはいつだって忙しい。
仕事に没頭すると平気で飯を抜くし、俺が煩く言わないと休みも取らない。
今朝ドアの隙間からちらりと垣間見た横顔には、緊張感と疲れの影が見えた。


この間短い逢瀬を持ったとき、少し痩せたように感じたしなやかな肢体が脳裏を過ぎった。



「・・・キンタロー。キンタローって」
苛立ったように呼ばれ、はっと我に返る。
「何か言ったか?」
「やから、これ。持っていっておくれやす」
アラシヤマが差し出しているのはスコーンの入った袋だった。
「グンマはんに貰たんやけど、わてあんまり西洋の焼き菓子好きやないんどす」
「罰当たりなことを言うな」
「そやかてホンマのことやし」
―――こんな奴に何故菓子をやるのだ、グンマ!
「要らんのやったら開発課の連中にでもやったらええやろ。ほなごめんやす」
「おい、アラシヤマ」
呼びかけた時にはもう奴の背中は廊下の角を曲がっていた。


俺は暫くぼんやりしてそのまま突っ立っていた。
渡された袋はまだほんのりと温かく、焼きたての菓子のいい匂いが食欲を刺激する。
不思議なくらい、安らいだ気分になっていた。


総帥室へ行ったら、あいつから書類をとりあげよう。
ティラミスとチョコロマは追い出して、茶を淹れよう。
どうせ今日も昼飯を抜いたのであろうあいつに、これを食べさせよう。
あいつが何を言おうが今日は定時に仕事を終わらせてやる。
そしたらあいつの部屋へ行って、久し振りに一緒に風呂に入ることにしよう。


猫みたいに眼を細めるあいつの髪を洗って。
それから少し酒を飲んで、抱きしめてキスをして。


今夜は朝まであいつを胸に抱いて眠ろうと、俺はそう決めたのだ。



金木犀の優しい香りが研究室に広がる。
月餅を口に運びながら僕は大きな伸びをした。
「美味しいねー、この月餅ーv」
茶葉と一緒に常備してある高麗青磁の茶器に茶を注いでいるのはアラシヤマ。
「こないだ持ってきた薔薇茶はどないしはりましたん?」
「ああ、アレね。アレだったらさっきシンちゃんにあげちゃった」
一瞬アラシヤマの手が止まり、すぐにまた動き出す。
「そうどすか」
「アラシヤマこそ、お昼に届けさせたスコーン持ってくるかと思ったんだけど」
「ああ、アレどすか」
音も立てず僕の前に茶碗を置く。
「アレやったらさっきキンタローにやってまいましたわ」


僕は、自分の分の茶も淹れて向かいに腰をおろしたアラシヤマをまじまじと凝視めた。
数秒顔を見合わせて、互いに小さく噴き出す。


「 ―――あの二人ってさあ」
笑いを残した声のまま、僕はもう一つ月餅をつまんだ。
「かーわいいよねえ?」
「へえ」
茶を口に運びながらアラシヤマも静かに微笑む。
「意地っ張りで不器用で子供みたいだけどさ。だけど僕、シンちゃんとキンちゃんを見てると幸せになるんだよね」
「そら、あのお人らが恋に落ちてはるからどす」
「恋ねえ・・・」
「恋をした人間は、自分より相手が大切になるもんどすさかい」
「そういうもんなの?」
「そういうもんどすよ、グンマはん」


金木犀のお茶を飲みながら、僕に優しい気持ちをくれる従兄弟達のことを考えた。
今頃きっとあの二人は、秘書達を追い出した総帥室で静かなお茶の時間を楽しんでいるだろう。
どれだけ疲れてても忙しくても、相手のことばかり思ってる。
自分よりも、相手が喜ぶ顔がまず見たいと思う。
(それが恋なら)


「素敵だね、そういうのって。 ―――」



そんな恋を、僕もいつかしてみたいと思った。



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管理人たちの知人が花茶をくれました。
いい香りがして美味しかったですよ。

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