作・渡井
春夏秋冬
わずかな休憩時間に、総帥室を抜け出して中庭へと降り立った。
高松が世話をしているという温室は、図鑑に載っていない植物で溢れている。ティラミスが眼を吊り上げて呼びに来るまで、ここでぼんやりしていようと、柔らかい土の上に座り込んだ。
緑の中は落ち着く。特にこんな、普通の植物園では味わえない感覚は―――1年ほど前に離れた、あの島に似ている。
(落ち着く?)
そんな理由ではないくせに。
何とか思い込もうとする俺の理性を裏切って、頭の中で皮肉な声が響く。
(シンちゃん、サービスが今日、本部に来るそうだよ。夜には着くって)
朝方に親父から聞いた言葉が甦る。
(特戦部隊が本部に帰還するそうです。無線では夕方ということでした)
ついでに秘書から聞いた言葉までフラッシュバックする。
分かってる。だから俺は、ここに来たんだ。
あの二人に会う前に、ちゃんと思い出しておかなければならなかったから。
1年前まで、俺はサービスが好きだった。本気で愛してた訳じゃない、ただ憧れていた。叔父は知的で静かで、それに俺をマジック抜きで見てくれた。
春の花よりも儚く、
夏の雲よりも白く、
秋の鳥よりもつれなく、
冬の星よりも綺麗だった。
(けれど1年前、あの島の森の中で、俺は思い知らされた)
サービスは俺なんか見ちゃいなかった。赤の番人としてあの男が―――ジャンが現れて、サービスは俺の見たこともない顔でジャンを見ていた。
(俺はジャンの代わりだったの?)
あのときから、俺は淡い恋心を捨てた。手遅れになるほど重くなく、傷も残らないほどは軽くもない気持ちを。
1年前まで、俺はハーレムが好きだった。本気で愛してた訳じゃない、ただ憧れていた。叔父は真っ直ぐで暖かくて、それに俺を子ども扱いせずに呼んでくれた。
春の風よりも優しく、
夏の海よりも眩しく、
秋の空よりも懐かしく、
冬の雪よりも純粋だった。
(けれど1年前、あの島の森の中で、俺は思い知らされた)
ハーレムが呼んでいたのは俺じゃなかった。まだ敵だったあの男が―――キンタローが現れて、ハーレムは俺を呼んでいた声でシンタローと呼んだ。
(あんたのシンタローは誰だったの?)
あのときから、俺は淡い恋心を捨てた。手遅れになるほど重くなく、傷も残らないほどは軽くもない気持ちを。
別に裏切られたなんて思ってる訳じゃない。そんな大したことじゃない。最初から何も期待なんてしちゃいなかった。
ただ少し、悲しかっただけ。
「シンタロー、ここにいたのか」
がさりという音が、俺の意識を引き戻した。
呼びに来たのはティラミスではなく、キンタローだった。
「おう、ちょっと眼ェ休めてた」
「むやみに触らない方がいいぞ。人間に害のある種類もある」
「なに育ててんだよ、あいつは!」
伸ばされた手に掴まって立ち上がり、土を払う。
「特戦の帰還が早まった、もうすぐ着くらしい。報告書は渡しておいたと思ったが」
「受け取ったよ。また無茶しやがって。そろそろ本気で追放すんぞ、あのおっさん」
「それからサービス叔父貴がさっき来たぞ。お前を探していた」
「あ、麗しの叔父様には挨拶しに行かなきゃ」
「極端すぎるぞ、シンタロー」
いつもの無表情で言うキンタローの声に、僅かに嫉妬が混じっている。
それがどっちに向けてのものかまでは分からなかった。
温室のドアを開けようとした腕を掴み、振り向いたキンタローに笑ってみせて、俺よりも少し薄い唇に口づけた。
「ンな顔してんなよ、キンタロー」
(ちゃんと覚えている)
「さっさと叔父さん達に会いに行こうぜ?」
(ガキの想いは、あの島に置いてきた)
4つの季節がくるりと回って、あれから1年が過ぎて。
俺はちゃんと、本気の恋を見つけられた。
「―――そうだな、きっと待っているな」
本当に俺を見てくれた、
本当に俺を呼んでくれた、
この男と一緒に歩いていこう。
「キンタロー……その前に、俺の足に絡みついてる蔦、取ってくんない?」
「ああ……これは俺には無理だ。高松を呼んでこないと」
「何で植物に牙の生えた口があるんだよ!」
―――ドクターは抜きで。
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高松が隠居した後、温室は開発課に任され、
さらに大変なことになってたりするといいと思います。
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