作・斯波
俺んちの家政夫は、俺の仕事のことは殆ど何も知らない。
こいつは掃除と洗濯と飯を作ることくらいしか出来ないのだ。
下手をするとそれだって俺の方が上手い。
つまり俺にとってこいつは、躾のいい犬みたいなもんだ。
USELESS
たとえばキンタロー。
仕事の補佐はまさに完璧だ。こいつが側に居てくれるだけで、仕事は普段の倍の早さで進む。
時々こっちが思わずしげしげと顔を見てしまうような間抜けなことを言ったりもするが、頭脳明晰、容姿端麗。おまけにお気遣いもしっかりした、申し分ない紳士だ。
俺が取り零してしまう細かな点も、うっかり見過ごしてしまうミスもキンタローは見逃さない。
こいつが居ないと、俺の仕事は停滞する。
たとえばグンマ。
面倒もしょっちゅう起こすが、それでもこいつの能力はまさに人体の驚異だ。
糖分ばっかり摂取してるその脳の何処にこれほどの閃きと問題処理能力が隠されているのか、きっと俺じゃなくても自然の神秘に思いを馳せる人間は多いだろう。
こいつが居ないと、ガンマ団の科学は衰退する。
たとえば親父。
親馬鹿ではなくむしろ馬鹿親と呼ぶのが相応しいエロ中年だが、それでもガンマ団をこの規模にまで育て上げた。今でも俺が遠征で留守をしている時は総帥代理として個性派揃いの団員達をそのカリスマ的な磁力でまとめあげている。
人間性にさえ目を瞑れば、尊敬できる父親だ。
たとえばハーレム。
こいつとこいつの愉快すぎる仲間達についてはもう今さら説明も不要だと思うが、その統率力と実行力は俺も一目置いている。
使い込んだ経費は返ってきそうにもないが、ハーレムの力と人間的魅力は俺にとってもガンマ団に取っても得難いファクターで、ハーレムにはずっとここに居て貰いたいと思っている。
たとえばアラシヤマ。
人間嫌いで根暗で陰気でそのくせストーカーで―――ああ、こいつの悪口は言い出したらきりがない。おまけに特戦部隊が戦場から帰ってくるとすぐに勝手に休暇を取る悪い癖がある。
それでも俺のために命を捨ててくれた。
そして今でもこいつはきっと、俺が一言死ねと言えば顔色一つ変えずに死ぬだろう。
それに引き換え、と俺は新聞を読みながらちらっとキッチンを見遣った。
「シンタローさぁん・・・シチュー、焦がしちまいました・・」
ああ、溜息が出る。
今月に入ってシチューを作るのはもう三回目なのに、どう作ればこう毎度毎度律儀に失敗することが出来るのか。情けなく眉を下げたヤンキーは、ご主人様に叱られた犬のようだった。
(いや、犬でももうちょっとマシか)
聞けば人間を救助したり介助したりする賢い犬もいるっていうじゃないか。
それほどの働きをこいつに期待するのは―――ちょっと無理そうだ。
「あのなあ、おまえいつになったら上手く作れるようになるんだよ?」
「すいません・・」
「北海道行って緒○直人に教わってこいよ」
「いや―――それはなんか嫌っす・・・」
ヤンキーの隣に立って鍋をかき回すと、焦げているのは底の方だけだと分かったが、
「うわっ、これサービス叔父さんに貰った鍋じゃん! 殺すぞテメー!」
「アンタ、俺より美貌の叔父様が大事なんすね・・・」
「焦げつきは死ぬ気で落とせよ」
「・・・ハイ、お姑さん(涙)」
俺はシチューを違う鍋に移して、スプーンでひとさじすくってみた。
「どうっすか、シンタローさん」
「ん―――・・・味つけはこないだより上手くなってんな。何かコクが出てる」
「でしょっ!?」
大きな瞳をぱっと輝かせてヤンキー家政夫は俺の顔を見上げる。
「隠し味にね、白味噌ちょっと入れてみたんすよ! ヨカッタ~、誉めて貰えて~v」
「そんくらいで喜ぶな、焦がしたくせに」
「すいません。でもやっぱ嬉しいんすよ」
ヤンキーはまるで子供のように、そしてでっかい犬のように笑った。
「だって俺、シンタローさんにちょっとでも美味い飯食って欲しいもん!」
(ああ、そういうことか)
ガンマ団総帥の俺にとって、こいつは何の役にも立たない。
元特戦の癖に仕事の事は何にも知らないし、知ろうともしない。
(掃除をして、洗濯をして、飯を作って失敗して)
いつでもにこにこ笑ってる。
俺がどんなに機嫌が悪くても、どんなに苛々していても、いつでも同じ顔で笑ってるだけ。
「・・おまえって、つくづく使えねーよなあ・・」
「えっ? 今の俺の言葉に対しての感想がそれなんすか!?」
俺の心を癒すこと以外は何にも出来ない、可愛いだけの生きもの。
―――だけど俺にとってはそれで、十分なんだ。
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パラレルはいつもよりなおシンリキに見えますがリキシンです。
そしてパラレルはいつもよりなお甘いです。
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