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rwe




作・渡井


 キ ラ キ ラ

「うるせえ! だいたい何だってテメーにそんなこと言われなきゃなんねーんだよ!」
「ちょっ…そんな言い方ないでしょ!」
「知るか!」
シンタローが叩きつけるように扉を閉めた。もう少しで顔を挟みかけて、リキッドは深いため息をついた。
分厚い扉を通しても聞こえる荒い足音に、追いかける気力も失せる。
(何で喧嘩になっちゃったんだっけ?)
きっかけは些細な、本当に些細なことだったのに。

シンタローと一緒に暮らし始めた頃は、自分の幸せが信じられなかった。
考え事をしているときは、唇を人差し指で撫でること。
爪を切るのは、風呂上りじゃないと絶対に駄目なこと。
夜遅く帰ってくると、寝ている自分に気を遣って静かに入ってくること。
日々を送る中で見つけたシンタローの癖や行動の一つ一つが新鮮で、そのたびに彼をもっと好きになっていった。
あの頃は毎日がキラキラしていたのだ。

(なのに、何でかなぁ)
喧嘩に紛れて途中になっていた皿洗いを再開しながら、リキッドはまたため息をついた。
シンタローはリキッドのことを、あまり名前で呼ばない。日常生活ではたいてい「ヤンキー」または「家政夫」、それも面倒になると「お前」と化す。
慣れているつもりだった。呼んで欲しいときにはちゃんと名前で呼んでくれたし、さっきまでヤンキー呼ばわりだったのが不意打ちで「リキッド」と言われる喜びは、何にも変えがたかった。
なのに今日に限って、家政夫、という一言にかちんと来た。
「あんのイタリア人…!」
皿を拭きながら元同僚を呪ってみた。

先日、買い物帰りに偶然ロッドに会った。以前は同じ職場で働いていた彼は、いつものように上司の横暴ぶりを陽気に嘆いていた。
何でもまた部下の給料を勝手に競馬につぎ込んで、綺麗にすってしまったらしい。変わらないなあ、と苦笑していると、ロッドが何気なく言った。
―――いいよねリッちゃんは。奥様が超高給取りだから。
悪気がないのは分かっている。どんなに後輩苛めに熱を上げていても、頼れる先輩だった。本当に傷つけるようなことをする人じゃない。
けれど、リキッドのなけなしのプライドは、ずきずきとその言葉を迎えた。

(それって、男としてどうなの?)

確かにシンタローは、薄給に泣いていたリキッドからすれば信じられないような金額を持ち帰ってくる。
甲斐性のない自分が情けなくなっていた時だから、普段なら何とも思わない言葉に声を荒げてしまった。そうなると俺様なシンタローが引くはずもなく、意地が意地を呼んで言い争いになって、結局このざまだ。
本部にはまだシンタローの自室がある。出て行ったところで彼は何も困らない。むしろ通勤の手間が省ける上に、本部には最愛の弟や、同い年の従兄弟や、何だかんだ言って大事な父親がいるのだ。このまま帰らなくても何の不思議もない―――。
(…あ、やべ、泣きそう)
リビングの壁にもたれたまま、ずるずると床に座り込んだ。テーブルにはシンタローが飲みかけていたコーヒーが、すっかり冷めて置かれている。
見ていられなくて、目を逸らした。
逃げ場を作りたくないなんて格好つけてみたところで、部屋を一歩出れば簡単に距離は開く。

あんなに幸せだったのに。魔法をかけられたみたいな毎日だったのに。
このまま本当に夢に終わってしまうんだろうか。

『魔法が解けた王子様は、本当の姿に戻りました―――』

あれは、何の童話の台詞だったっけ。
あの人の本当の姿は、俺には手の届かない高嶺の花。


「うわっ!」
電話の音で、ぼやけかけた視界が急にクリアになった。慌てて走ったらテーブルの角に足をぶつけた。
「もっもしもし!?」
『遅いわヤンキー』
思わず30センチ、耳から電話を離した。不機嫌そうに呼びかける声に、渋々元に戻す。
「何だよアラシヤマ、今ちょっと忙しいんだけど」
『よう言うわ、どうせシンタローはんが出てって茫然自失しとったんやろ』
「…何でお前が知ってんの」
『さっきシンタローはんがうちに来はったから』
―――アラシヤマの家に?
そういえばアラシヤマは本部の近くにアパートを借りていた。友達のいない根暗な幹部は遊びに来てくれとしつこく、最後には師匠のマーカーまで担ぎ出されて、仕方なくシンタローと一緒に行ったことがある。
『少しは頭を使いよし。あんさんの首に乗っかってるんは中身のないカボチャどすか?』
「人をジャック・オ・ランタンみてーに言うな」
『あんさん、ミヤギはんやトットリはんの家を知ったはるの?』
「いや、知らないけど…」
『本部にはマジック様がおいでやし』
「だからそれが何なんだよ」
『知らん場所や本部におったら、あんさんが迎えに来られへんからやんか』

『…もしもし? 聞いとんかカボチャ』
しばらくの沈黙を経て念を押され、取り落としかけた電話を支え直して、リキッドはぼんやりと返事をした。
『ヤンキーが来ても通すな、て3回も言われましたわ。キンタローが2回同じこと言うただけで“うぜェ”って叫んではるのに』
「…うん」
『わてもこの後、師匠と約束があるんどす。早よ迎えに来てや』
「…うん」
『あのなあ、リキッド』
一瞬の間を置いてから、アラシヤマは思いもかけないほど優しい声で言った。

―――あんな可愛らしいお人、泣かしたらあきまへんえ。

今度こそ勢い良く返事して、リキッドは鍵を引っつかんだ。


一緒に暮らして、嫌なことだってたくさんあって、現実が見えてくる。
それでも2人でいたいと思ったとき、初めて本当の夢が始まる。
魔法が解けたあの人の姿は、来たって会わないと何度も言いながら自分を待っている、強気で意地っ張りな可愛い人だった。

彼を泣かすことこそ、いま迎えに行かないことこそ、
(男がすたるってもんだ!)
記憶にある道を走りながら、緩む頬を抑えきれない。


アラシヤマの家の扉は何の変哲もない普通の扉で、なのにキラキラと光って見えて、リキッドは意気揚々とノックした。


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何だかどんどん登場人物が増えて…
いや、リキシンと愉快な仲間たちが書きたかったのだから
良いのだけれど。

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