作・斯波
初めて解る
相手のことってたくさんある
初めて解る自分の気持ちも
DAY BY DAY
六時、目覚ましが鳴って俺は眼を覚ます。
隣で眠っているシンタローさんが起きるのはその一時間後。
一緒に暮らすようになって初めて知った。
この年上の恋人は意外と、朝が弱い。
「シンタローさん、朝ですよ!」
七時十五分前、俺はシンタローさんをそっと揺り起こす。
枕の上に長い黒髪を乱して眠っているシンタローさんはうーん・・と唸ってシーツの奥へ奥へと潜り込んでいってしまう。
その様はものすごく可愛くていつまでも見ていたいくらいだけど、そういう訳にはいかない。
「遅刻したらキンタローさんに叱られますよー?」
わざと耳許で言ってやると僅かに眉をしかめる。俺は眼を覚まさないシンタローさんのさらさらの髪をすくいあげて、おでことほっぺに唇を押しあてた。
(だって今だけなんだし)
覚醒している時はいつでも超俺様のこの人が無防備に俺の手を受け入れるのは、夢と現の間を彷徨っているこんな時だけだ。
「シンタローさん、起きないと悪戯しちゃいますよー?」
半分冗談、半分本気で言った言葉がやっと脳に届いたらしい。
温かい首筋に顔を埋めている俺の頭の上に拳骨が落ちてきた。
時計の針は午前七時ちょうどを指している。
「今日は仕事、普通に終わりそうですか?」
「ん―――・・・」
俺はたんこぶが出来た頭をさすりながらお茶を淹れていた。
今朝の味噌汁は豆腐と油揚げ。ちりめんじゃこに冷たい大根おろしをかけながら、シンタローさんは一生懸命今日のスケジュールを思い出そうとしている。
シンタローさんが和食党だって知ったのも、一緒に暮らし始めてからのこと。
引っ越してきた次の朝パンを焼いてる俺に、何だか困ったような顔で言ったのだ。
―――なあ、明日はご飯にしてくれねェ?
それから慌てて、勿論それも美味そうだけど、と付け加えた顔はちょっと赤くなっていて、俺は何となく胸の奥が暖かくなったような気がした。
(・・・意外と気を使う人なんだなあ)
次の日から俺は、朝は一時間早く起きてご飯を炊くことにしたのだった。
「夕方から会議が入ってたから・・・たぶん、遅くなる・・」
箸の動きが遅いのはまだ完全に目覚めていないからなんだろう。
普段人を睨み殺しそうな漆黒の眼には、まだぼんやり霞がかかっている。
「分かりました。何か食いたいもの、あります?」
「鯖の味噌煮」
今度の答えは早い。
職場から連絡がない限り、どんなに帰りが遅くなっても俺はシンタローさんの夕食を用意することにしていた。引っ越してきた最初の晩に、シンタローさんと約束したからだ。
1.喧嘩しても勝手に飛び出したりしない。
2.どんなに嫌な事があった日でも、夜は一緒のベッドで眠る。
3.ご飯は出来るだけ一緒に食べる。
この人の背中は広いけど、それでも世界を相手に戦うには背負っているものが重すぎる。
時には泣きたくなることや、疲れて何もかもを投げ出したくなることだってあるだろう。
そんな時、うちで待ってる俺のことを思いだして少しでもほっとしてくれればいい。
そのためにいつでも俺は笑っていたい。
そしていつでも笑っていて欲しいから、今日もシンタローさんの好きなものを作ろうと思う。
「あれさあ、味噌を加えて煮る時に、練り胡麻入れると美味いんだぜ」
「え、そうなんすか?」
「簡単にコクが出るからさ、おまえもやってみ」
「分かりました。じゃあそれに挑戦してみます」
「うん。楽しみにしてっから」
「あ、お迎えが来てますよ」
エントランスには黒塗りの車がもう止まっていて、総帥が下りてくるのを待っている。
「もうそんな時間か。じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃい」
玄関で見送る俺の前で靴を履いて、シンタローさんはひょいと振り向いた。
「ああ、忘れるとこだった」
「え?」
「―――朝ごはん、御馳走様でした」
きょとんとする間もなく落ちてきたのは、柔らかくて温かい唇だった。
暫く俺は呆然としていた。
やっと正気に戻ったのは、シンタローさんがニッと笑って風のように出て行ってから十分ほども経ってからのことだった。一気に顔が赤くなる。
「ひょっとして俺たちって・・バカップルって奴―――!?」
(あなたのことを知れば知るほど好きになる)
また新しい一日が、始まろうとしていた。
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リキシンはこれからどうなるか考えるとちょっと寂しくなるので、
せめてパラレルでは恒久的なリキシンの幸せを追求してみたいです。
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