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まだ笑っていられる



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「ぅ……」
 込み上げる嘔吐感が堪えきれずに声を漏らす。
 同時にぱたぱたと透明な液体が口端からこぼれた。
 胃液が逆流したかのような感覚と、喉を通る不快な味に眉をしかめる。
 口を抑えて、汚れてしまった手を無造作にシャツで拭うと、 自身を落ち着かせるためにゆっくりと息を吐いた。
「ちっ……」
 いつからこんなに軟な体になってしまったのだろう?
 働きすぎだと言われたときも、こんなことで倒れるわけないと笑い飛ばした。
 それがどうだ?
 今同じことが言えるのか?
 プレッシャーだの、ストレスだの……そんなものに振り回されて。
 体を少し酷使しただけでこれだ。
「弱っちくなっちまったもんだ」
 ガンマ団総帥が聞いて呆れると自嘲する。
 眠ることを忘れたかのような忙しい日々が、まるで自分を押しつぶしていくようで……。
 家の外壁に背を預け、彼は小さく笑った。
 笑おうとして崩れた。
「けっ……」
 それが分かってしまって、だから悪態をつく。
 慣れてきた生活が急に戻せるはずもなく、心地良いはずの夜が、 眠れずに怖いとさえ感じる。
 輝く星明りの中で、ただひたすらに早く明けろと願うばかり。
「……お、起きてたんですか」
「…………」
 問いに彼は答えなかった。
 答えたくもなかった。
 顔も向けぬまま、まるでその存在にさえ気付かなかったかのようにして。
 それでも話しかけてきた青年は、構わないというように続けた。
「眠れないんっスか?」
「…………」
「……あの……起きてます?」
「…………っるせぇ」
 あまりにしつこいのでボソリとそれだけ呟いて突っ撥ねる。
「す、すみません」
 それきり青年は何も言わず、 しかし立ち去るでもなく彼の横に腰掛ける。
 謝るくらいなら戻ってくれた方が楽だと思った。
 それをわざわざ口にするのも面倒で、彼も何も言わない。
 どれぐらい続いたのか、青年の口が少し動く。
「……あ、あの……」
 彼にはほんの短い時間だったが、おそらく青年には絶えられないほど長いものだったのだろう。
「……ぁんだよ」
 仕方なく答える。
 そうでもしないと、青年はいつまでたっても戻っていきそうにないと思ったから。
 しかし、次に青年が紡いだ言葉はそんなことを忘れさせた。
「辛いっスか?」
 聞いた瞬間は意味がわからなかった。
 だが、頭は徐々に言葉を理解する。
「……見てやがったな」
「え、いや、その……す、すみません」
 青年は途中から現れたのでない、おそらく最初からいたのだろう。
 特戦部隊にいただけあって、気配で起きたのかもしれない。
 何にしろ嫌な場面を見られてしまったと、彼は舌打ちする。
「あの、俺、聞きますから」
 突然何を言い出すのだろう。
 いつになく真剣な眼差しで、青年は言う。
「俺なら、聞けます」
 ……ああ。そうか、と彼はようやく理解した。
 自分ならば、もう団と関わりのない自分ならば聞けるのだ、と。
 彼の溜め込んでいるもの全て―――。
「……お前が?」
 くっと口の形が歪む。
 最初は同情のようにも聞えた。
 だが――。
「なっ、何っスか!!」
 青年の顔があまりに真剣で、馬鹿みたいに心配そうに見つめてくるから。
「お前に助けてもらうほど落ちぶれてねぇよ」
 逆におかしくなってしまった。
 考えていたことが馬鹿らしいとさえ思えてくる。
 勿論、青年は不服そうにしていたが。
「頼りにならないですか」
「全然な」
 その一言が余程堪えたのか、目に見えて明らかに肩を落とす。
 それに苦笑しながら、彼は青年の頭に手を置いて、 そのままガシガシとかき回すように撫でる。
 例えてみれば犬を撫でている時のように。
「何するんっスかー!」
「まあ、心意気は褒めてやるよ」
 いつの間にか不快感は消えていた。
 それが青年のおかげかどうかは知らない。
 彼は立ち上がり笑った。

 今度は、崩れなかった。







END





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後書き

力になりたい。
でもその人は望まない。

……ヘタレめ。

2004(April)


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あの人



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 いや、何がどうっていわれたら困るんだけど。



 だってなぁ。



 否が応にも惹きつけられる。






 あの人。






 黒く長い髪が、目の前にふわりと流れた。
 柔らかそうな、さらさらとしたそれ。
 風に靡いてえらい綺麗だなとかそんなことを思ってたら……。

 ゴキッ。
「痛ぇっ!」

 案の定殴られた。
「ボーっとしてねぇで仕事しろや」
「はい……」
 もういつものことだけど。
 この天然俺様気質の総帥様は、かなりの小姑で、家事全般にとてつもなく厳しい。
 というか俺っていつまでたっても下っ端生活なのな。
 最近じゃそういう星の元に生まれたんだ、と半分諦め気味だが。
 心休まる日々がないわけよ。
 その内血ィ吐くぞ?
 いや、吐いてるけど。
 ………大丈夫か俺の体。
「……オイ」
「え、あ。すっ、すみませんっ!!」
 手に取り込んだ洗濯物を持ったまま、またボケっとしちまったらしい。
 即座に謝っちまうところが…俺もうだめだ。
 下っ端街道まっしぐら。
「何やってんだよさっきから……」
 言えるわけがない。
 言ったら眼魔砲が来る。
「いやー、あはは~」
 笑って誤魔化してみたが……あの……睨んでる視線、すげぇ痛いんですけど。
「はは……」
「…………」
 怖い。
 マジで怖い。
 まさに蛇に睨まれた蛙って感じだ。
 無言の威圧感。
「……別にいいけどよ」
 くるりと踵を返して家へと向かうあの人。
 うわ、怒ってる。
 一体何で機嫌損ねるかわかったもんじゃない。
 うぅ…何でこんなびくびくしてんだ俺は。
 しっかりしろ俺!
 元特戦部隊! 現番人!!
「あ……」
 思わず声が出た。
 風が強く吹いて、ざんばらな俺の髪がくしゃくしゃになったのとは対照的に、黒く束ねた髪が舞う。
 さらさらとした、柔らかそうな……。
「……なにしてんだてめぇは」
「え……うあわっ!!!」
 それはもうほとんど無意識上に、その髪に触れていた。
 あー、見た目と違わず触り心地いいなー……ってそんな場合じゃなくて!!
「いやいやいや、ち、違うんっスよ! 髪に埃が……!」
 なんつー下手ないい訳だよ。
 一昔前の詐欺じゃないんだから……。
「変な奴」
 ……通った。
 そんなんで総帥とか務まるんだろうか。
 するりと滑って髪は手の平を抜けていった。
 何だかそれが、すげぇ惜しい気がして、 そのまま歩いていく姿を、ただなんとなく見てた。
 と、ふと振り返って、やっぱり悪い目つきで睨みながらあの人は言う。
「オラ、まだ家事残ってんだろ」
「あ、はいっ!」
 その手の中の触感を忘れられないままに、呼ばれたほう方と急ぐ。
 他人の髪って、あんなに気持ちいいもんだっけか?

 ……何か。



 いや、何がどうっていわれたら困るんだけど。



 否が応にも惹きつけられる。





 あの人。







END





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後書き

♪確かな道標じゃ満足することが出来ずに~

はい。満足できませんでした。
どんだけ少女漫画系だお前。

2004(April)


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見据える道
アオザワシンたろー




「ガンマ団の無い人生なんて、ピンと来ねぇよ」

 聞こえてしまった台詞。
 まるで世間話のように軽い口調で、あの人はそう言った。
 具合が悪いというチャッピーを残して、リキッドは栄養のあるものを取りに、一方でパプワが薬を調達に出かけていたのだが、こんなに早く戻ってくるとは秘石も思っていなかったのだと思う。
 食料を入れた袋をそっとドア越しに置いて、リキッドは裏手へ回り込んだ。
 窓から聞こえるのは、シンタローと秘石の声だった。
 もしかするとチャッピーの具合は、秘石が話をするための仮病だったのかもしれない。聞かれたくない話なんだろう。だがガンマ団のことなら、俺にだってまったく無関係ってわけじゃないと、リキッドはそっと聞き耳をたてた。
 
「俺はなぁ、こーんなガキの頃から、世界をやるって言われて育ったんだぞ。アイツはその為にいろいろやってたんだし…意味わかんねぇなりに、それが当然だって思ってた」
 ガンマ団の在籍期間の短いリキッドにも、シンタローのいうアイツというのが、マジック前総帥のことだということはすぐにわかった。
(そんなこと息子に吹き込んで育てたのかあのオヤジ!…おかげであんなオレサマ体質に…ッ)
 日々虐げられている赤の番人は、一人涙を流してハンカチを噛み締める。
「おい、石。お前だって、ソレ見てたんじゃねぇか」
 青の玉は総帥一族の秘宝として代々受け継がれてきたものだ。ほんの数年前までは、総帥室の台座に飾られていたのだから、シンタローの言うことはもっともである。
『興味無かったから長いこと寝てたな~』
「カチ割るぞオメー」
 なんだか漫才のようなやりとりに聞こえるが、どっちの台詞もその意味するところを考えると実際は恐ろしい。
「オメーに言われるまでもなく、俺は団に戻るつもりだ。もうすぐ迎えも来るだろうしナ」
 あっさりと告げられる内容に、心臓がどきりとした。もともと今ここにシンタローが居ること自体が予定外なのだが、この生活が終わるのかと思うとこみあげるものがある。
 たった数日で、シンタローが実は世話好きだとかお喋りだとか、気分屋なのに几帳面だとか、いろいろわかったことがあった。それまではハーレムに聞かされていた悪口ばかりが頭に残っていたが、そんなものは綺麗さっぱり払拭されてしまった。
 意地悪で乱暴だが、優しい目でパプワを見る人。
 その優しさが時々間違えたとばかりにリキッドに差し向けられることもある。
 例えば作りすぎたというケーキ。
 荷物持ちに呼ばれるピクニック。
 制服のポケットには痛み止め。
「団に連れてって欲しいのかよ?」
 でもそうするとパプワが困るから駄目だけどな、とシンタローの台詞は続いた。
(青玉は居なくなっても良いけど、島が失われるのは困るッ)
 赤側の番人としても、一住人としても、それは切実な問題だ。
『いいや、一族の元へは番人が戻ればそれでいい』
「本気でカチ割るぞオメー」
 ちょっとややこしい事情で後から赤の番人になったリキッドだが、青の番人事情はもっと複雑だ。そして忘れていたけれど、シンタローも一応、番人ではあるらしい。
 …そうなの?
 疑問符がリキッドの頭に浮かんだ。
 シンタローは番人なのか?
『割ってみるか?割られたことが無いから、その後お前がどうなるかわからんぞ』
「…俺が?…どうにもなんねぇに決まってんだろ」
 いつもの偉そうな態度には、動揺は感じられなかった。青玉は時々しか喋らないが、こちらもやっぱり偉そうなので、下っ端人生の長いリキッドには羨ましい限りだ。
 だが実際、秘石が砕けたら何が起こるのだろう。
 自分はきっと普通の人間に戻るだけだろうと思う。だが戻るも何も、もともと番人だった者はどうなるのだ?シンタローは影響は無いと考えているようだが、本当にそうなのだろうか。
「オメーがどう言おうが俺は総帥なんだからな、団に戻るのは当然だ」
 明るい口調だったが、青玉の台詞がそれを曇らせた。
『団に戻るということは、一族の長の元へ戻るということだ』
 シンタローが、何か唸る。
 それがリキッドには聞こえない。
『お前がどう考えようと勝手だが、こちらの意思に反して一族を離れるな』
 聞こえない。壁に耳を押し当てて。
『そう念を押したまでだ』
 リキッドが目を見開く。シンタローの声が聞こえた。
「黙れ石コロ、マジで割るぞ」
(そうだ、怒ってくださいよシンタローさん!)
 リキッドは知らず知らず拳を握り締める。
(人を下僕扱いする奴なんかボコっちゃいましょうよ!)
 少なくとも、赤玉はあんなふうに高圧的に喋ることはなかったと思う。あれこれ命令もしなかったと思う。ましてや、自分と違ってシンタローは望んで番人として生まれたわけではないのだ。
(あれ?)
 そこまで思ってふと気がついた。
 リキッドの使命は、パプワとパプワをとりまく住人たちを守ることだ。
 それはもともと赤の番人であるジャンから引き継いだ使命である。
(…待てよ?…青の番人はアスだろ?アスっていうのはシンタローさんのことだろ?)
 ジャンからリキッドへ受け継がれたように、アスからは…。
(…誰にも継がれてないんじゃ…。となると、やっぱりシンタローさんが今も青の番人?)
 青玉の言う、一族の長というのはマジックということになる。
(俺はパプワのこと守るつもりだけど…じゃあシンタローさんは…)
 秘石の意思の実行役が番人だ。
 自分の例に当てはめて考えてゆくと、シンタローの置かれた立場が見えてくる。
 けれど、そんな風に考えてしまうのが嫌だった。俺サマで何様なこの人が、秘石に屈する姿なんか見たくない。
 この人は、意地悪なお母様でいるのが似合ってる。
「俺はアイツの息子でガンマ団の総帥だ。たとえアイツがそうじゃないって言っても、関係ねー」
 シンタローの反論は、相変わらず根拠のない断言だった。
 けれど今はそれがとても頼もしく聞こえる。
「後からごちゃごちゃ、俺のことに理由付けしてんじゃねぇよ」
 見事な切り返しだった。
 秘石が黙った。
 リキッドは思わずガッツポーズを作った。
「わかったか、そこの万年家政夫」
 台詞がすぐ上から降ってきた。
(上から?)
 パプワハウスの窓の中。
「げ!シンタローさんッ」
「こそこそするのがヤンキー流か、ぁあ?」
 見下ろす瞳は、楽しそうでしかも恐い。
「いいいいい、いつから気がつ…」
「ストーカーの気配には慣れてるからな」
 おのれアラシヤマ。
「す、すみませんッ。聞くつもりじゃ…ッ」
 言いながらハウスの壁から飛び退いた。自分で言ってて矛盾に気づく。裏手で聞き耳を立てていたらそりゃあ聞くつもり十分にしか見えないじゃないか。
 だが予想に反して、シンタローの姿が部屋の中へ消えた。
 眼魔砲を覚悟していたリキッドは、慌ててドアへ回る。
 すると、入り口に置きっぱなしにしてあった食材の袋を、シンタローが膝をついて物色しているところだった。
「お、これも採ってきたのか。栄養満点だからな。こっちは甘露煮にすっかなー」
「シ…シンタローさん…」
 怒ってくれた方がすっきりすると思ってしまうのは、いけないことだろうか。袋の中身を確認しているシンタローに、リキッドはおずおずと近づいた。
「あの…」
 シンタローがじっと見上げるので、リキッドは咄嗟にその場に正座した。この人の前では、意地を張ることがとても恥ずかしいことのような気がした。
 すると、大きな大根で頭を叩かれた。
 叩くというより、つつくという感じだった。
 土がぱらぱらとデコに降った。
 なんだか言葉が出なかった。
「ターコ。ここはオメェんちだろ。正面から堂々と入ってきやがれ」
 シンタローが大根を再び袋に戻す。
「気ぃ遣ってんじゃねぇぞヤンキー。あの玉の言ってることなら、俺も一族もとっくに知ってるさ」
 運べ、と袋の口を突き出され、反動でリキッドが受け取った。
「あの…」
 今ものすごく凄いことを、さらりと言われたような気がする。
 秘石は、一族の元を離れるなと言っていた。それをとうに知っているだって?
「馬鹿みてぇに目ん玉丸くしてんじゃねぇぞ?」
 部屋で振返るシンタローは、首を傾けて鼻で笑う。そんなポーズがやたら格好良く見えるのは何故だろう。
「俺が今まで団にいたのも戻ろうとするのも、俺の意思だ。それをあとからごちゃごちゃ言われても何とも思わねぇよ」
 シンタローの行動や気持ちを、番人だからと片付けてしまう秘石を、何とも思わないと言うシンタロー。それは実際には、真実から目をそらしていることになりはしないか。
 そんなことを考えてしまう自分が嫌だった。素直にシンタローの台詞だけを受け入れられない自分が嫌だった。
「やい秘石、さっさとチャッピーを寝せろ。オメーのせいでもっと具合悪くなったらどうすんだよ」
 犬猫(事実、犬だが)を追いやるようにシンタローが手を振った。奥にチャッピー用の布団が敷いてあった。
「リキッド、いつまで突っ立ってる。入ってこいよ」
「あ、はい」
 荷物を持って踏み出せば、秘石がこちらを見ていた。リキッドは思わず黙りこむ。
『赤の番人の方が、話がわかると見える』
 笑うようにして、チャッピーの体をのっとった秘石は今度こそ布団に向かった。
「リキッド、相手にすんなよ」
「え、あ、はい」
 袋を運んで台所で広げると、シンタローは中からいくつかの実を取り出した。まるで何事もなかったかのような態度なので、リキッドは自分ばかりが動揺しているようでいたたまれない。
 こんなのは自分らしくない。
「シ…シンタローさん!」
「いきなりでけぇ声だすなよ、殴るぞ」
「もう殴ってます。それよりシンタローさん」
 このもやもやした気分のまま、料理なんてできない。リキッドは思いきって尋ねることにした。その結果眼魔砲を食らうのかもしれないが、今のままよりましだと思った。
「シンタローさんがガンマ団に…マジック前総帥のとこに戻りたいって思うのは、番人だから…?」
 突然殴られた。
 油断していたわけじゃなかったが、綺麗なストレートパンチをもらってしまった。
「セリフの端々までムカツクなー」
 言い方はそれほどムカついているようには聞こえなかった。
「ガンマ団は俺にとってあって当たり前なんだよ。じゃあオメェは、番人だからパプワや島の連中と暮らしたいって思ったっていうのかよ?」
 突然の質問に、リキッドは反応した。
「ちが…。オレは皆のことが好きだから…」
 だから、番人になったんだ。
「だろ。後から『その気持ちは番人だからだ』なんて言われたって関係ねぇだろ?」
 その通りだった。
 今だって皆のことが好きだ。それは誰かに強制された気持ちじゃない。
「…そうか…」
「今ごろわかったか。ヤンキーはこれだから」
 大仰に溜息をついて、シンタローが肩をすくめる。
「罰としてたまねぎのみじん切りはオメーがやれ」
「げ。アイマスクしてもいいッスか?」
「泣け、喚け」
「うわあああん」
 何の下ごしらえなのか、メニューの名前は教えてもらえない。けれどシンタローは横でかぼちゃを切っている。きっと甘いお菓子に違いない。
 リキッドはこんなふうな毎日が続くといいなと思った。シンタローは帰ると言ったけれど、帰らないのもありなのではないかと思った。自分だけではなく、パプワだってシンタローには懐いている。
 この生活は何より尊い。
 少なくとも、戦闘を避けて通れないガンマ団の生活よりもずっと平和ではないか。
 帰らなくてもいいと、少しぐらいは思ってくれているのではないだろうか。
「ひー、目に染みる」
 自分で考えたことに照れて、思わず関係ないことを口にした。
 シンタローの呆れたような視線が頬に刺さった。
 冷たい視線の一つや二つ、それすらも楽しいではないか。パプワと、島の住人たちが大好きだ。ここでの生活だが大好きだ。
 これを求めて、リキッドは赤の番人になったのだ。
 包丁についたたまねぎを綺麗にボールに集めて、ちらと横を盗み見る。
 ガンマ団の総帥は、乱切りにしたかぼちゃを蒸し器にかけているところだった。この姿からは、覇者の息子だなんて想像もできない。
 けれど主婦のような毎日を送りながら彼は言うのだ。
 ガンマ団に帰りたいと。
 一族のところへ帰りたいと。
「あ、じゃあシンタローさんはマジック前総帥のことが好きなんスね」
 うっかり思ったことを口に出してしまったリキッドが地獄の底まで後悔するのは、眼魔砲の気絶から覚めたあとのことである。

おわるわ…。
      


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  リキシンと見せかけて落ちはシン→パパとゆー。シンタローさんがかなり開き直っておりますが、もちろんこの境地に辿りつくまではそれなりにあったんだと思います。青の属性の続編にあたります。



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卒業まであと三日と迫っていた。
後三日すればこの学校ともお別れ。
大嫌いな授業も、喜びも悲しみも分かち合った仲間達とも。
それに………

……シンタロー先生とも。










結局シンタローとは進展しないまま一年は簡単に過ぎ去って、彼を振り向かせるどころか相手にもされていない。
軽くあしらわれるのは自分がガキだから、だろうか。
落書きしまくり、文字掘りまくりの自分の机に頬杖をつき、溜息を漏らす。
窓の外ではこの間迄枯れ葉一つついていなかった桜の木の枝の先っぽにピンクの蕾がぽつんとついていた。
きっとあの花が咲く頃、自分はもう居ない訳だから、シンタローは又違う生徒をいつものように教えるのだろう。
リキッドは教鞭を取り、ネクタイをキッチリ締めて、黒いズボンでストイックに国語の授業を教えるシンタローを思い出した。
国語教師とは思えない鍛え抜かれた体は、ボディービルダーのそれとは違い引き締まったしなやかな体を持っている。
黒く長い髪を一つに縛り、同じく真っ黒な瞳に見つめられるとリキッドはいつも照れてしまう。
そんなシンタローに後三日で会えなくなるのだ。
そりゃ、永遠の別れではないのだが毎日会えないし、リキッドの進路は泣く子も黙る特選部隊という組織の入隊である。
かなり過酷な部隊らしいので、一週間に一回とか、一ヶ月に一回とかも会えなくなるかもしれないのだ。
それを思うと辛い。
特選部隊の人達は皆独身だという。
きっと色恋沙汰なんて出来ない位過酷な部隊なのだろう。
「はぁ…」
どんどんネガティブになって、リキッドは溜息を漏らした。
出した息は空気に溶け込む。
そして又窓ごしに外を眺めるのだ。
光に反射した窓ガラスに手を延ばす気にはなれない。
こんな事を考えている間にシンタローに会いに行けばいいのだが、会いに行っても又邪険にされるだけ。
でも会いたい。顔が見たい。声が聞きたい。……触りたい。
自分がアクションを起こさない限りシンタローとの仲が深まる事は決してないと言う事は分かっている。
シンタローも振り向かせてみせろと言ったではないか。
でも、行ったとして、忙しい今時期迷惑になったら悪いなとも思う。
リキッドは悪く言えばヘタレなのだが、彼がヘタレてしまう理由は優し過ぎるからだと伺える。
相手に迷惑がかかるのは申し訳ないのだ。
「はぁ…」
本日二度目の溜息。
この調子だと彼の幸せは消えうせてしまうかもしれない。
悩んでいても仕方がない。
リキッドはスック!と立ち上がる。
迷惑だと言われたら土下座して謝ろう。
後三日!後三日しかないんだから!!
そのままリキッドは教室を出た。
卒業間近な為、授業はなく、尚且つ半日。
その為、校舎に残っている人間なんて僅かしかいない。
春麗らかな日差しの廊下を職員室に向かって走る。
は、は、と息をきらせ、少しだけ気温は寒いのだが、リキッドは少し額に汗をかく。

バシッ!

「いてッッ!!」
頭を押さえてぶつかった方を見ると真っ黒い何か。
そこには白い文字が書いてあり、それが出席簿だと分かった。
視線を緩やかに上げると見知った顔が少し怒っている。
「シ…シンタロー先生…」
そこに立っていたのは今まさに会いに行こうとしていたシンタロー自身。
鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしてリキッドはシンタローを見つめる。
「廊下は走るナ。」
それだけ言うとシンタローはスタスタと歩き出した。
慌ててリキッドはシンタローを止める為に素早く手を出し、シンタローの腕を掴む。
グ、と掴まれて、まさかリキッドがこんな大胆な事をするとは思っていなかったシンタローは少し驚いたが、振り向いた時には既に冷静ないつもの顔。
「あんだよ。」
ギロ、と睨まれ一瞬たじろいた。
が、腕は放さない。
「あ、あの、シンタロー先生今暇ですか?」
捨てられた子犬のように詰め寄られたのだが、シンタローはいつもの顔で「見てわかンねーか。忙しいに決まってんダロ。」とだけ言う。
リキッドはうなだれ「そうですか…」と呟く。
やはり邪魔か、と諦めて、手を離そうとした時。
「あんだよ。なンか用か?」
そう言われたので慌てて又手に力を入れた。
「シ…シンタロー先生、あの、」
そこまで言ってハタと思う。
ただシンタローに会いたかっただけで何を話すかなんて考えて来なかった。
えっと、と、頭の中でぐるぐるしていると、シンタローが口元を緩ませる。
その顔に魅入ってしまう。
「特戦部隊入団おめでとう。あそこの上司は俺の叔父だからよく言っておいてやるヨ。」
そう言って頭をくしゃくしゃと撫でられる。
それはそれでうれしいのだが、もう少し大人の扱いをして欲しい、とも思う。
青年の心は複雑なのだ。

「あ、ありがとうございます…あ、あの、シンタロー先生から見て、俺ってどう見えます?」
オドオドするものの、目線だけはシンタローから外さない。
そんなリキッドの態度を見て、珍しいナ、とシンタローは思う。
あの日告白を受けてから、アプローチらしいアプローチはされていない。
前より話し掛けてくるようになった。
ただそれだけ。
だが、シンタローはそれでいいと思っていた。
思春期の過ちと考えを改め、自分から去っていく。
本心を言えば淋しいような気もするが、それが当然。常識なのだ。
そもそも男同士というのは常識はずれもイイトコロ。
白い目で見られる事が遥かに多いだろう。
リキッドにそんな思いをさせたくない。
それは教師としてもあるし、それを省いた一人の男としても思う事である。

辛い思いをするのは俺一人で充分。

そう心の中で唱えてから、カラッとした笑顔でリキッドに笑いかける。
「ま、まだまだガキだけど、イイ面構えにはなったんじゃねーの?」
ハハハ、と笑うと、リキッドは苦しそうに眉を潜めた。
「そうじゃなくて!」
いきなり大声を出されてシンタローはびっくりした。
しかし、シンタロー以上に大声を出した張本人リキッドが1番びっくりしたらしい。
口元を手の平で覆った。
少しだけ無言が続き、リキッドは目を伏せ、すぐにシンタローの目を見た。
青い瞳が黒い瞳とぶつかる。
「大声出してスンマセン…でも、そうじゃないんです…」
リキッドの少年のような声がシンと静まりかえった校舎の廊下に響く。
窓の外はまだ明るく、春の日差しが窓ガラスから優しく二人を照らす。
風が吹き、カタカタと窓ガラスを揺らす音が聞こえた。
「そうじゃねぇって、じゃあどうなワケ?」
いらついたようなシンタローの声がリキッドの聴覚を支配した。
シンタローの顔はいたって真面目で、イヤ、少し怒っている。
眉を潜め、睨みつけるようにリキッドを見据えていた。
「だ、だから、恋愛感情としてっていうか……」
シンタローの気迫に圧倒されたらしくしどろもどろになりながら懸命に言葉を紡ぎ出すリキッド。
言葉を投げかけたがシンタローの反応はない。
なんで、と、リキッドは心の中で歯を食いしばる。
もしかして、俺の想いをシンタロー先生は蔑ろにしているのかもしれない。
そんな思い迄込み上げる。
「俺、シンタロー先生に言いましたよね…?」
疑問符で投げ掛けてもシンタローはうんともすんとも言わない。
馬鹿にしてるんスか?俺の事。
何も言わないシンタローにリキッドは苛立ちを覚える。
「あの!」
「だから?」
リキッドが言いかけた所で、揚々のないシンタローの声が間に割り込む。
言われた意味が解らず、リキッドは虚を突かれたようにシンタローを見た。
「だからって……?」
「だから何って言ってんだ。確かにお前は勢い任せで俺に告白した。それがどうかしたのか。」
余りの冷たい言い方に、リキッドは凍り付いた。
頭に冷水を浴びせられたよう。
シンタロー先生ってこんなに冷たい人だった?
俺が好きになった人ってこんな?
優しさを感じさせない言い方にリキッドは目を見開いた。
ようは馬鹿にされたのだ。
自分の初めての甘酸っぱい思い、熱い気持ち、全て。
ショックでリキッドはうなだれる。
サラリと金髪の髪が前にかかり、外の太陽がその金髪をキラキラと照らす。
「もぉいいっス。」
苦しくてたまらなくて。
そう言うだけで今のリキッドは精一杯だった。
本当は言葉すら話したくはない位なのだが、それだけは絞り出せた。
シンタローの元から去って行こうと背を向けた時。
「ムカつくんだよ。テメーみたいな奴。」
後ろから罵声とも取れる言葉を投げ付けられ、流石のリキッドもプチンと切れた。
すぐさまクルリとシンタローに向き直り、ギッ!とシンタローを睨み付ける。
「なんなんスか!その言い方ッッ!!馬鹿にしてるんスか!?」
悔しくて悔しくて、食ってかかる。
「さっきから聞いてれば、アンタなんなんスか!?嫌いなら最初から期待持たせるような事言うんじゃねーよッッ!!」
泣きそうだった。
でも、涙だけは見せられない。
それはプライド。
怒鳴って、肩で息をし、それでもシンタローから目を離さない。
すると、シンタローもギッ!と、リキッドを睨みつける。
「何被害者ぶってんだテメェ!確かにテメーは俺に告白した。だがな!テメーはその後何をした?何にもしてねぇじゃねぇか!自分から何もしてねぇ癖に答ばっか求めやがって!テメーのそーゆー所がムカつくんだよッッ!!」
手は上げられなかった。
しかし、それよりリキッドの心は痛かった。
さっきまでの痛みとは違う、真実を突き付けられた痛み。

怒鳴られて、泣きそうな顔をして、リキッドはまだシンタローを見つめる。
「俺はその時こう言ったはずだ。“振り向かせてみせろ”と。そんでお前はこう言った。“絶対アナタを俺に振り向かせて見せる”と。実際テメーは一体何をした?」
そう突き詰められ、リキッドは何も言い返せなかった。
あれから自分はこれといって何もしていない。
恥ずかしい。
何も努力していないでシンタロー先生に勝手に怒って怒鳴り散らした。
俯いていると、シンタローが溜息を付いたのが解り、ビクッ!と体が強張る。
「怒鳴って悪かったナ。」
そう聞こえたかと思うと、コツコツと遠ざかる足音。
バッ!と顔を上げると、シンタローはリキッドを置き、すれ違い歩いて行ってしまう。
止めようと思うのに声がカラカラに渇いて声が出ない。
手と足が接着剤をつけたかのように動かない。
足音はそんなリキッドにお構いなしに段々遠ざかっていく。

頑張れ俺!今頑張んないでいつ頑張るんだ!出ろよ声!動けよ足ッッ!!

今シンタローとこのまま別れてしまったらもう一生会えないと思う。
それは本能。

「待って下さいッッ!」
体は動かなかったけれど、声だけは出た。
コツ……。
足音も止まった。
今二人は背中と背中を向き合わせている。
くる、と、リキッドがシンタローへ振り向く。
振り向く事が出来たのは、多分さっき声を出せたおかげで体の緊張の糸が解けたからだと理解する。
「愛しています。シンタロー先生…」
駆け出す足。
スローモーションにかかったかのようにゆっくりと感じる。
シンタローの肩を掴み抱き寄せる。
制服ごしに温かい体温を感じた。
黒い髪からはシャンプーのいい臭い。
思わずクラッときた。
シンタローはいつものように攻撃的ではなく、黙ってされるがままに抱きしめられていた。
グッ、と、力を入れてシンタローを振り向かせるが、シンタローは顔を伏せている。
「俺って矛盾してンのナ。お前に普通の恋愛して欲しいって思ってンのに、こんな事言っちまってヨ。」
自笑気味に笑うシンタローに、リキッドは悲しくなると同時に嬉しくもあった。
シンタローが自分の思いを真剣に考えてくれていたんだと言う事。そして、そのせいで悩み苦しんでいたんだと言う事。
そんな複雑な気持ちの中、リキッドはシンタローの顎を指で上げた。
薔薇色の唇が微かに息を吸っているのがわかる。
ゴクリ。
生唾を飲み、喉が上下に動いた。
理性と欲望の葛藤の結果、欲望が勝ち、シンタローのふっくらとした唇に自分の唇を押し当てようとした。が。
「マセガキッッ!」
グイッ!と、手の平で顎を上に持ち上げられた。
いや、持ち上げた、というより、殴られたと言った方が近いかもしれない。
おかげでキスする事は叶わず、舌を噛みそうになった。
「キッ!キスなんてなぁ!10年早いんだヨッッ!!」
真っ赤になって怒鳴るシンタローに、リキッドはキョトンとした。
自分の年齢は18歳。
三日後には学校すら卒業だ。
キスなんて、大体の人間はもうしたであろう年齢。
そこでリキッドはある考えにたどり着く。
あのシンタローの慌てよう。
そして、顔の赤さ。

……もしかしてシンタロー先生って、何の経験もないんじゃあ……。

その考えに達した瞬間、リキッドの顔が瞬間湯沸かし機のように、ボン!と赤くなった。

マジかよ…。

リキッドは不良だっただけあって、経験はあった。
しかもリキッドはアメリカ人。
キスなんて挨拶だし、まぁ、恋人同士のようなキスはしないが、恋人は居た事がある。
勿論興味津々、背伸びをしたいお年頃。
最後迄した事も無きにしもあらずなのだ。
「……シンタロー先生。」
「……あんだヨ。」
「シンタロー先生って童貞なんで…」
バキッ!リキッドの頬にシンタローの拳がクリティカルヒットした。
「な、な、な、何言ってやがるッッ!変態ッッ!!」
「ヘ、へんた…」
過剰なシンタローの反応に、リキッドは少し怯んだ。
むしろ、暴言にちょっぴり傷ついた。
「……お前、こーいった事したことあンの。」
「は、はあ、まあ…それなりに…」

ヘタレのくせにッッ!!

シンタローは心の中で悪態をついた。
八つも年下のこの男に経験があって自分にはない。
それが少なからずとも年上の男としての自尊心を傷つけられる。
「シンタロー先生はしたことないんですか?」
「いうな。」
ヒュルリラー。と、何処からともなく傷心のシンタローの黒髪が風になびく。
何処か遠くを見ているようなその瞳は虚ろだ。
そして、そんなシンタローを見て可愛いな、なんて思う。
俺って重症かも。
今更ながらに思う。
「シンタロー先生。」
「あん?」
リキッドの声が聞こえたので、そちらへ向き直る。
リキッドの真剣な瞳とかちあった。


「初めてが俺じゃ、やっぱ嫌ですか…?」
少し眉を下げて、悲しそうに言うので、シンタローはグッと、言葉が詰まり何も言えない。
その瞳は何だか捨てられた仔犬のよう。
くぅーん、くぅーん、捨てないで~、捨てないで~、と、泣いている幻聴まで聞こえる。
「嫌っていうか、そのぉ、なんだ…」
困って右の頬を人差し指でかく。
こうゆう態度を取られると、どうしても邪険にできない。
「……だぁぁッッ!!」
そして頭を掻きむしり、奇声を発する。
バッ!!と、リキッドを見つめる。
ドキン!リキッドの心臓が高鳴った。
「オマエが嫌とかじゃねぇんだ!だが、今!したくない!」
「な…何スかそれッッ!」
「付き合ってもいねーのにできるかッッ!!」
「じゃあ付き合って下さいよ!て、ゆーか、前から言ってるじゃないですかッッ!!」
「馬鹿野郎ッッ!テメェ、じゃ、何か?キスしたいから付き合うのか?ああ?」
「好きだったらキスしたいし、それ以上の事だって望みますよッッ!」

はーはーはー

お互い言い合いの為、肩で息をする。
だが、どっちもひかない。
シンタローは俺様だし、リキッドだって目の前の御馳走に真剣なのである。
「いいか、リキッド。例えばの話しだからな!例えばのッッ!」
ズビシ!と、指先をリキッドの鼻の前にかざす。
例えば、と、何度も言い、それが例え話しだとしつこ過ぎる位言った後、シンタローが本題を話し出す。
「俺とお前が今、この瞬間から付き合い出したとしよう。しかし、オマエおかしいと思わねーのか?」
「何がですか?」
「お付き合いした瞬間からキスする事だよ!俺は嫌だ!絶対にッッ!」
「……じゃあ、いつならいいんスか。」
リキッドにはキスが特別ではあるのだが、シンタローが思っているそれ程ではないのだ。
何たってアメリカン。
テキサス州生まれなのだから。
日常茶飯事にキスなんて見てきたし、してきた。
恋人になったその瞬間からする事だって少なくない。
リキッドの質問にシンタローは顔をリキッドから背ける。
じっと見ていると、耳が赤い。
どうしたのだろうか、と思い声をかけようとしたその時。
「結婚したら。」
「は?」
「ッッ!だ、だから!結婚式の時まで俺はしねぇんだヨ!」
最後は半ば自暴自棄になりながら怒鳴り声を上げる。
耳が赤かったのは、顔も赤かったから。
そんなシンタローを見て、リキッドは口元を手の平で隠す。

可愛い!可愛い過ぎるよこの人ッッ!!

しかし、そう言われてしまえば今すぐはできない。
「じゃあ、二年後ならオッケーですね!」
「何故そうなる。」
「だって俺、シンタロー先生と結婚式してるはずですから。」
エヘヘ、と、悪戯っ子みたいに笑う。
シンタローがため息を吐くと、リキッドが今度はシンタローに指を指した。
「お前に普通の恋愛して欲しいって思ってンのに、こんな事言っちまってヨ。」
それは先程シンタローがリキッドに言った台詞。
「これって、俺、自惚れていいって確信してます。」
そう言われてシンタローは舌打ちをした。
それは苛立ちからではなく照れからくるもので。
しかし、上手を取られムカつくと思う気持ちは無きにしもあらず。
「ばぁか!」
それだけ言うと、シンタローははにかんで笑う。
やっと春が来たのだと、リキッドは自分の胸を押さえるのであった。










「俺様に指指しやがったな。お仕置きの尻バットだ。」
「ぎょー!!バットから釘が出てるぅッッ!!たぁすけてぇえぇ~!!」












終わり




r

月に照らされた湖


彼はひとり、月明かりの下で佇んでいた。


「は~、凄いっすね~」
見違えたようにぴかぴかになったシンクに感嘆の声を上げた。
料理をするところだから、毎日綺麗に掃除をしているつもりだったが、本当に同じものかと思ってしまうくらいに汚れが落ちている。
びっくりしてまじまじと顔を近づけて、じっくり見ていたらふいに頭を殴られた。
「あったり前のことを言ってんじゃねぇよ」
いつものように自信満々で、しかしその顔は自慢げに笑っていた。
「や、でもどうやったんですか?俺も毎日きちんと掃除してたんですけど、ここまで綺麗に出来ませんでしたよ」
少し、興奮しすぎて子供っぽかったかもしれない。
そんなリキッドにシンタローも悪い気はしないらしく、めんどくさそうにしながらも、得意満面に教えてくれた。


リキッドの知っているシンタローの情報はとても少なく、その人物像まで到達するものではなかった。
特選部隊にいたこともあり、年は近くとも同じ戦場に立ったこともないし、士官学校に通っていたほかのものと違い会うことは皆無。
それでも隊長の甥であり、総帥の息子であること位は知っていた。
ほかにもガンマ団屈指の戦士であることや、人望が厚いことを噂でちらほら聞いたくらいだろうか。
反面、やっかみも少なくはなかったが、今を生き抜くことで精一杯であったリキッドにはあまり関係のないことと、気に留めることはなかった。
事実4年前にこの島に来るまで、目を合わせたこともなければ話したこともない。
それにあの時も話したことなぞ皆無で、だからどんな性格なのかすら知らずにいた。
自分と少ししか違わない、けれども団内に知らぬものはいないとされていた、総帥の息子。
けれども、実力は常に実践に身をおいている自分のほうが上だと信じていた。
そしてガンマ団を抜けてからは、一度も思い出したことはなかった。
コタローがこの島に来るまでは。


「シンタロー、メーシメシ」
「あ~、ちょっと待ってろって」
鍋を持った彼の足元にパプワとチャッピーがまとわりつくようにぐるぐると囲んでいる。
その間を縫いながら足を運びながら、テーブルまでたどり着くさまは危なげがない。
まるでそれが当たり前だというかのように彼の横に陣取り皿に料理が取り分けられるのを待っている。
「何つったってんだよ」
いきなり声をかけられて、自分がぼけっと彼らを見つめていることに気がついた。
慌ててテーブルに着くと、煮物が盛られた椀を渡される。
「あ、すみません」
ほこほこしている煮物からはおいしそうな匂いが漂っている。
一口口に運べば、決して濃くないのにしっかりと出汁の染みたジャガイモが口いっぱいに広がる。
他人に作ってもらう食事というのは久し振りで、特にこんなにおいしいものを食べられるなんてラッキーだ。
それでも昔と違うのは、作り方が気になること。
煮物はパプワの要望でよく作るが、ここまで違うと全く別の料理のようだ。
「あの、後で作り方教えてください」
今まで子供たちの世話を焼いていて、リキッドには全くの注意を向けていなかったシンタローは一瞬何を言われたのかと首をかしげていたが、すぐに破顔した。
「ま、そのうちな」


シンタローという人物に対するイメージははっきりいってよくなかった。
それは、昔のコタローを知っていたから。
全てを嫌っていた子供は、ずっと閉じ込められていたという。
あの時はこれだけ力が強く、そして爆発させていた姿を見ていたからそれも仕方がないことかもしれないくらいにしか思っていなかった。
けれども、ロタローとして一緒にいる間に少しずつ、確実に変わった。
見るもの全てに目を輝かせていた子供を見るたびに、この子供を閉じ込めていた者やそばにいてやるべきだった人達に言いようのない嫌悪感を抱いていた。
だからこそ、迎えに来たというシンタローが怖くもあり、渡したくもなかった。
ところが今、一緒に暮らせば暮らすほど思い描いていた人物像と違っていた。
ブラコンであるということは知っていたが、規格以上に耽溺していて、別の意味で心配になったが、その思いは本物で。
面倒見がいいのか、それとも環境がそうだったのか、世話を焼くのがすきなのだろう。
パプワたちに接しているときもそうだが、リキッドに対しても時には馬鹿にしながらだが、いろいろと教えてくれた。
島での人気も上々で、まるでずっとここで暮らしているかのようで、すっかり忘れていた。
彼が、何者であるかということを。


そのとき、珍しいことに一人きりだった。
朧月が空に架かり、地上を照らしていた。
いつもならばパプワやナマモノ達に囲まれているのに、誰の姿もなくただ、空を眺めているようだった。
そこには自信に満ち溢れ堂々とした姿ではない。
あまりのことに、声を書けることをためらい戸惑っていると、振り返った彼と目が合った。
途端に寄る眉根の皺にいつものシンタローだとほっとしつつも、今しがた目にした様子が頭から離れない。
「…いたんなら声くらいかけろ」
不機嫌な声に、理不尽さを感じながらも、おずおずと隣へと足を進めた。
そんなリキッドには歯牙にもかけぬという様に視線をまた空へと向けるが、見かけたときのような様子は微塵もない。
見間違いだったかと思わせるほどに。
「この島で暮らすようになってから、お日様とかはよく見るんですけどね。月はあまりなかったっす」
なんとなく、気まずい気がして口を動かす。
どうしても、朝日とともに起きて、日が沈むとともに家に戻るという生活パターンのせいか、夜空を見上げることはなかった。
星見や十五夜のように月や星を眺めるというイベントはあったが、こんな薄曇りの日の夜空は久し振りだ。
「――そうだな」
気のない返事はいつものことだが、彼の心がここにないことくらい、リキッドにすら読み取れた。
そして彼のその代わり様に驚きを隠せずにいた。
唐突に思い出した、彼の肩書き。
「…コタロー、元気ですよね」
「でなけりゃ、ただじゃおかねぇよ」
即答された答えに、静かに笑った。
今、彼の頭の中を占めているのは、きっとあちらの世界のこと。
彼が纏め上げている、リキッドの知らない世界だ。


だから、ここにいるのはリキッドの知っているシンタローではない。
一番最初に会ったときの、総帥のシンタローだ。
当人が言うように、いつかはこの島から出て行ってしまうのだということを認識し、困惑してしまう。
口癖のように帰るといっていたが、どこか本当だと思っていなかった。
この島によく馴染み、住民たちからも慕われているその姿は、ここで生きていくことが当然のようにリキッドの目には映っていたから。
けれども、彼は自分の目標を片時も忘れることはなく、未来へとその目を向けているのだ。


改めて知った心の強さ。
けれども、それは一抹の寂しさをも感じさせて。
「やっぱり、シンタローさんって凄いんですね」
笑顔でそういうだけで精一杯だったのだが、気がつかないシンタローは、ただ不思議に思うだけだった。









<後書き>

久し振りのリキ→シン。
永遠に叶う事のない恋がこの組み合わせかと。
リキッドにはとりあえず、シンタローさんは強い人だとだけ認識していてほしいです。
イメージだけで突き進むくらいの勢いで(笑)

シンタローさんはなんだかんだ言って、リキッドのことを可愛い弟分くらいには思っていことでしょう。
決してそれ以上ではないかと。
…ひどい話だ。

大好きなサイトの管理人、ショウ様に捧げます。
今まで素敵な作品をありがとうございました。

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