見据える道
アオザワシンたろー
「ガンマ団の無い人生なんて、ピンと来ねぇよ」
聞こえてしまった台詞。
まるで世間話のように軽い口調で、あの人はそう言った。
具合が悪いというチャッピーを残して、リキッドは栄養のあるものを取りに、一方でパプワが薬を調達に出かけていたのだが、こんなに早く戻ってくるとは秘石も思っていなかったのだと思う。
食料を入れた袋をそっとドア越しに置いて、リキッドは裏手へ回り込んだ。
窓から聞こえるのは、シンタローと秘石の声だった。
もしかするとチャッピーの具合は、秘石が話をするための仮病だったのかもしれない。聞かれたくない話なんだろう。だがガンマ団のことなら、俺にだってまったく無関係ってわけじゃないと、リキッドはそっと聞き耳をたてた。
「俺はなぁ、こーんなガキの頃から、世界をやるって言われて育ったんだぞ。アイツはその為にいろいろやってたんだし…意味わかんねぇなりに、それが当然だって思ってた」
ガンマ団の在籍期間の短いリキッドにも、シンタローのいうアイツというのが、マジック前総帥のことだということはすぐにわかった。
(そんなこと息子に吹き込んで育てたのかあのオヤジ!…おかげであんなオレサマ体質に…ッ)
日々虐げられている赤の番人は、一人涙を流してハンカチを噛み締める。
「おい、石。お前だって、ソレ見てたんじゃねぇか」
青の玉は総帥一族の秘宝として代々受け継がれてきたものだ。ほんの数年前までは、総帥室の台座に飾られていたのだから、シンタローの言うことはもっともである。
『興味無かったから長いこと寝てたな~』
「カチ割るぞオメー」
なんだか漫才のようなやりとりに聞こえるが、どっちの台詞もその意味するところを考えると実際は恐ろしい。
「オメーに言われるまでもなく、俺は団に戻るつもりだ。もうすぐ迎えも来るだろうしナ」
あっさりと告げられる内容に、心臓がどきりとした。もともと今ここにシンタローが居ること自体が予定外なのだが、この生活が終わるのかと思うとこみあげるものがある。
たった数日で、シンタローが実は世話好きだとかお喋りだとか、気分屋なのに几帳面だとか、いろいろわかったことがあった。それまではハーレムに聞かされていた悪口ばかりが頭に残っていたが、そんなものは綺麗さっぱり払拭されてしまった。
意地悪で乱暴だが、優しい目でパプワを見る人。
その優しさが時々間違えたとばかりにリキッドに差し向けられることもある。
例えば作りすぎたというケーキ。
荷物持ちに呼ばれるピクニック。
制服のポケットには痛み止め。
「団に連れてって欲しいのかよ?」
でもそうするとパプワが困るから駄目だけどな、とシンタローの台詞は続いた。
(青玉は居なくなっても良いけど、島が失われるのは困るッ)
赤側の番人としても、一住人としても、それは切実な問題だ。
『いいや、一族の元へは番人が戻ればそれでいい』
「本気でカチ割るぞオメー」
ちょっとややこしい事情で後から赤の番人になったリキッドだが、青の番人事情はもっと複雑だ。そして忘れていたけれど、シンタローも一応、番人ではあるらしい。
…そうなの?
疑問符がリキッドの頭に浮かんだ。
シンタローは番人なのか?
『割ってみるか?割られたことが無いから、その後お前がどうなるかわからんぞ』
「…俺が?…どうにもなんねぇに決まってんだろ」
いつもの偉そうな態度には、動揺は感じられなかった。青玉は時々しか喋らないが、こちらもやっぱり偉そうなので、下っ端人生の長いリキッドには羨ましい限りだ。
だが実際、秘石が砕けたら何が起こるのだろう。
自分はきっと普通の人間に戻るだけだろうと思う。だが戻るも何も、もともと番人だった者はどうなるのだ?シンタローは影響は無いと考えているようだが、本当にそうなのだろうか。
「オメーがどう言おうが俺は総帥なんだからな、団に戻るのは当然だ」
明るい口調だったが、青玉の台詞がそれを曇らせた。
『団に戻るということは、一族の長の元へ戻るということだ』
シンタローが、何か唸る。
それがリキッドには聞こえない。
『お前がどう考えようと勝手だが、こちらの意思に反して一族を離れるな』
聞こえない。壁に耳を押し当てて。
『そう念を押したまでだ』
リキッドが目を見開く。シンタローの声が聞こえた。
「黙れ石コロ、マジで割るぞ」
(そうだ、怒ってくださいよシンタローさん!)
リキッドは知らず知らず拳を握り締める。
(人を下僕扱いする奴なんかボコっちゃいましょうよ!)
少なくとも、赤玉はあんなふうに高圧的に喋ることはなかったと思う。あれこれ命令もしなかったと思う。ましてや、自分と違ってシンタローは望んで番人として生まれたわけではないのだ。
(あれ?)
そこまで思ってふと気がついた。
リキッドの使命は、パプワとパプワをとりまく住人たちを守ることだ。
それはもともと赤の番人であるジャンから引き継いだ使命である。
(…待てよ?…青の番人はアスだろ?アスっていうのはシンタローさんのことだろ?)
ジャンからリキッドへ受け継がれたように、アスからは…。
(…誰にも継がれてないんじゃ…。となると、やっぱりシンタローさんが今も青の番人?)
青玉の言う、一族の長というのはマジックということになる。
(俺はパプワのこと守るつもりだけど…じゃあシンタローさんは…)
秘石の意思の実行役が番人だ。
自分の例に当てはめて考えてゆくと、シンタローの置かれた立場が見えてくる。
けれど、そんな風に考えてしまうのが嫌だった。俺サマで何様なこの人が、秘石に屈する姿なんか見たくない。
この人は、意地悪なお母様でいるのが似合ってる。
「俺はアイツの息子でガンマ団の総帥だ。たとえアイツがそうじゃないって言っても、関係ねー」
シンタローの反論は、相変わらず根拠のない断言だった。
けれど今はそれがとても頼もしく聞こえる。
「後からごちゃごちゃ、俺のことに理由付けしてんじゃねぇよ」
見事な切り返しだった。
秘石が黙った。
リキッドは思わずガッツポーズを作った。
「わかったか、そこの万年家政夫」
台詞がすぐ上から降ってきた。
(上から?)
パプワハウスの窓の中。
「げ!シンタローさんッ」
「こそこそするのがヤンキー流か、ぁあ?」
見下ろす瞳は、楽しそうでしかも恐い。
「いいいいい、いつから気がつ…」
「ストーカーの気配には慣れてるからな」
おのれアラシヤマ。
「す、すみませんッ。聞くつもりじゃ…ッ」
言いながらハウスの壁から飛び退いた。自分で言ってて矛盾に気づく。裏手で聞き耳を立てていたらそりゃあ聞くつもり十分にしか見えないじゃないか。
だが予想に反して、シンタローの姿が部屋の中へ消えた。
眼魔砲を覚悟していたリキッドは、慌ててドアへ回る。
すると、入り口に置きっぱなしにしてあった食材の袋を、シンタローが膝をついて物色しているところだった。
「お、これも採ってきたのか。栄養満点だからな。こっちは甘露煮にすっかなー」
「シ…シンタローさん…」
怒ってくれた方がすっきりすると思ってしまうのは、いけないことだろうか。袋の中身を確認しているシンタローに、リキッドはおずおずと近づいた。
「あの…」
シンタローがじっと見上げるので、リキッドは咄嗟にその場に正座した。この人の前では、意地を張ることがとても恥ずかしいことのような気がした。
すると、大きな大根で頭を叩かれた。
叩くというより、つつくという感じだった。
土がぱらぱらとデコに降った。
なんだか言葉が出なかった。
「ターコ。ここはオメェんちだろ。正面から堂々と入ってきやがれ」
シンタローが大根を再び袋に戻す。
「気ぃ遣ってんじゃねぇぞヤンキー。あの玉の言ってることなら、俺も一族もとっくに知ってるさ」
運べ、と袋の口を突き出され、反動でリキッドが受け取った。
「あの…」
今ものすごく凄いことを、さらりと言われたような気がする。
秘石は、一族の元を離れるなと言っていた。それをとうに知っているだって?
「馬鹿みてぇに目ん玉丸くしてんじゃねぇぞ?」
部屋で振返るシンタローは、首を傾けて鼻で笑う。そんなポーズがやたら格好良く見えるのは何故だろう。
「俺が今まで団にいたのも戻ろうとするのも、俺の意思だ。それをあとからごちゃごちゃ言われても何とも思わねぇよ」
シンタローの行動や気持ちを、番人だからと片付けてしまう秘石を、何とも思わないと言うシンタロー。それは実際には、真実から目をそらしていることになりはしないか。
そんなことを考えてしまう自分が嫌だった。素直にシンタローの台詞だけを受け入れられない自分が嫌だった。
「やい秘石、さっさとチャッピーを寝せろ。オメーのせいでもっと具合悪くなったらどうすんだよ」
犬猫(事実、犬だが)を追いやるようにシンタローが手を振った。奥にチャッピー用の布団が敷いてあった。
「リキッド、いつまで突っ立ってる。入ってこいよ」
「あ、はい」
荷物を持って踏み出せば、秘石がこちらを見ていた。リキッドは思わず黙りこむ。
『赤の番人の方が、話がわかると見える』
笑うようにして、チャッピーの体をのっとった秘石は今度こそ布団に向かった。
「リキッド、相手にすんなよ」
「え、あ、はい」
袋を運んで台所で広げると、シンタローは中からいくつかの実を取り出した。まるで何事もなかったかのような態度なので、リキッドは自分ばかりが動揺しているようでいたたまれない。
こんなのは自分らしくない。
「シ…シンタローさん!」
「いきなりでけぇ声だすなよ、殴るぞ」
「もう殴ってます。それよりシンタローさん」
このもやもやした気分のまま、料理なんてできない。リキッドは思いきって尋ねることにした。その結果眼魔砲を食らうのかもしれないが、今のままよりましだと思った。
「シンタローさんがガンマ団に…マジック前総帥のとこに戻りたいって思うのは、番人だから…?」
突然殴られた。
油断していたわけじゃなかったが、綺麗なストレートパンチをもらってしまった。
「セリフの端々までムカツクなー」
言い方はそれほどムカついているようには聞こえなかった。
「ガンマ団は俺にとってあって当たり前なんだよ。じゃあオメェは、番人だからパプワや島の連中と暮らしたいって思ったっていうのかよ?」
突然の質問に、リキッドは反応した。
「ちが…。オレは皆のことが好きだから…」
だから、番人になったんだ。
「だろ。後から『その気持ちは番人だからだ』なんて言われたって関係ねぇだろ?」
その通りだった。
今だって皆のことが好きだ。それは誰かに強制された気持ちじゃない。
「…そうか…」
「今ごろわかったか。ヤンキーはこれだから」
大仰に溜息をついて、シンタローが肩をすくめる。
「罰としてたまねぎのみじん切りはオメーがやれ」
「げ。アイマスクしてもいいッスか?」
「泣け、喚け」
「うわあああん」
何の下ごしらえなのか、メニューの名前は教えてもらえない。けれどシンタローは横でかぼちゃを切っている。きっと甘いお菓子に違いない。
リキッドはこんなふうな毎日が続くといいなと思った。シンタローは帰ると言ったけれど、帰らないのもありなのではないかと思った。自分だけではなく、パプワだってシンタローには懐いている。
この生活は何より尊い。
少なくとも、戦闘を避けて通れないガンマ団の生活よりもずっと平和ではないか。
帰らなくてもいいと、少しぐらいは思ってくれているのではないだろうか。
「ひー、目に染みる」
自分で考えたことに照れて、思わず関係ないことを口にした。
シンタローの呆れたような視線が頬に刺さった。
冷たい視線の一つや二つ、それすらも楽しいではないか。パプワと、島の住人たちが大好きだ。ここでの生活だが大好きだ。
これを求めて、リキッドは赤の番人になったのだ。
包丁についたたまねぎを綺麗にボールに集めて、ちらと横を盗み見る。
ガンマ団の総帥は、乱切りにしたかぼちゃを蒸し器にかけているところだった。この姿からは、覇者の息子だなんて想像もできない。
けれど主婦のような毎日を送りながら彼は言うのだ。
ガンマ団に帰りたいと。
一族のところへ帰りたいと。
「あ、じゃあシンタローさんはマジック前総帥のことが好きなんスね」
うっかり思ったことを口に出してしまったリキッドが地獄の底まで後悔するのは、眼魔砲の気絶から覚めたあとのことである。
おわるわ…。
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リキシンと見せかけて落ちはシン→パパとゆー。シンタローさんがかなり開き直っておりますが、もちろんこの境地に辿りつくまではそれなりにあったんだと思います。青の属性の続編にあたります。
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アオザワシンたろー
「ガンマ団の無い人生なんて、ピンと来ねぇよ」
聞こえてしまった台詞。
まるで世間話のように軽い口調で、あの人はそう言った。
具合が悪いというチャッピーを残して、リキッドは栄養のあるものを取りに、一方でパプワが薬を調達に出かけていたのだが、こんなに早く戻ってくるとは秘石も思っていなかったのだと思う。
食料を入れた袋をそっとドア越しに置いて、リキッドは裏手へ回り込んだ。
窓から聞こえるのは、シンタローと秘石の声だった。
もしかするとチャッピーの具合は、秘石が話をするための仮病だったのかもしれない。聞かれたくない話なんだろう。だがガンマ団のことなら、俺にだってまったく無関係ってわけじゃないと、リキッドはそっと聞き耳をたてた。
「俺はなぁ、こーんなガキの頃から、世界をやるって言われて育ったんだぞ。アイツはその為にいろいろやってたんだし…意味わかんねぇなりに、それが当然だって思ってた」
ガンマ団の在籍期間の短いリキッドにも、シンタローのいうアイツというのが、マジック前総帥のことだということはすぐにわかった。
(そんなこと息子に吹き込んで育てたのかあのオヤジ!…おかげであんなオレサマ体質に…ッ)
日々虐げられている赤の番人は、一人涙を流してハンカチを噛み締める。
「おい、石。お前だって、ソレ見てたんじゃねぇか」
青の玉は総帥一族の秘宝として代々受け継がれてきたものだ。ほんの数年前までは、総帥室の台座に飾られていたのだから、シンタローの言うことはもっともである。
『興味無かったから長いこと寝てたな~』
「カチ割るぞオメー」
なんだか漫才のようなやりとりに聞こえるが、どっちの台詞もその意味するところを考えると実際は恐ろしい。
「オメーに言われるまでもなく、俺は団に戻るつもりだ。もうすぐ迎えも来るだろうしナ」
あっさりと告げられる内容に、心臓がどきりとした。もともと今ここにシンタローが居ること自体が予定外なのだが、この生活が終わるのかと思うとこみあげるものがある。
たった数日で、シンタローが実は世話好きだとかお喋りだとか、気分屋なのに几帳面だとか、いろいろわかったことがあった。それまではハーレムに聞かされていた悪口ばかりが頭に残っていたが、そんなものは綺麗さっぱり払拭されてしまった。
意地悪で乱暴だが、優しい目でパプワを見る人。
その優しさが時々間違えたとばかりにリキッドに差し向けられることもある。
例えば作りすぎたというケーキ。
荷物持ちに呼ばれるピクニック。
制服のポケットには痛み止め。
「団に連れてって欲しいのかよ?」
でもそうするとパプワが困るから駄目だけどな、とシンタローの台詞は続いた。
(青玉は居なくなっても良いけど、島が失われるのは困るッ)
赤側の番人としても、一住人としても、それは切実な問題だ。
『いいや、一族の元へは番人が戻ればそれでいい』
「本気でカチ割るぞオメー」
ちょっとややこしい事情で後から赤の番人になったリキッドだが、青の番人事情はもっと複雑だ。そして忘れていたけれど、シンタローも一応、番人ではあるらしい。
…そうなの?
疑問符がリキッドの頭に浮かんだ。
シンタローは番人なのか?
『割ってみるか?割られたことが無いから、その後お前がどうなるかわからんぞ』
「…俺が?…どうにもなんねぇに決まってんだろ」
いつもの偉そうな態度には、動揺は感じられなかった。青玉は時々しか喋らないが、こちらもやっぱり偉そうなので、下っ端人生の長いリキッドには羨ましい限りだ。
だが実際、秘石が砕けたら何が起こるのだろう。
自分はきっと普通の人間に戻るだけだろうと思う。だが戻るも何も、もともと番人だった者はどうなるのだ?シンタローは影響は無いと考えているようだが、本当にそうなのだろうか。
「オメーがどう言おうが俺は総帥なんだからな、団に戻るのは当然だ」
明るい口調だったが、青玉の台詞がそれを曇らせた。
『団に戻るということは、一族の長の元へ戻るということだ』
シンタローが、何か唸る。
それがリキッドには聞こえない。
『お前がどう考えようと勝手だが、こちらの意思に反して一族を離れるな』
聞こえない。壁に耳を押し当てて。
『そう念を押したまでだ』
リキッドが目を見開く。シンタローの声が聞こえた。
「黙れ石コロ、マジで割るぞ」
(そうだ、怒ってくださいよシンタローさん!)
リキッドは知らず知らず拳を握り締める。
(人を下僕扱いする奴なんかボコっちゃいましょうよ!)
少なくとも、赤玉はあんなふうに高圧的に喋ることはなかったと思う。あれこれ命令もしなかったと思う。ましてや、自分と違ってシンタローは望んで番人として生まれたわけではないのだ。
(あれ?)
そこまで思ってふと気がついた。
リキッドの使命は、パプワとパプワをとりまく住人たちを守ることだ。
それはもともと赤の番人であるジャンから引き継いだ使命である。
(…待てよ?…青の番人はアスだろ?アスっていうのはシンタローさんのことだろ?)
ジャンからリキッドへ受け継がれたように、アスからは…。
(…誰にも継がれてないんじゃ…。となると、やっぱりシンタローさんが今も青の番人?)
青玉の言う、一族の長というのはマジックということになる。
(俺はパプワのこと守るつもりだけど…じゃあシンタローさんは…)
秘石の意思の実行役が番人だ。
自分の例に当てはめて考えてゆくと、シンタローの置かれた立場が見えてくる。
けれど、そんな風に考えてしまうのが嫌だった。俺サマで何様なこの人が、秘石に屈する姿なんか見たくない。
この人は、意地悪なお母様でいるのが似合ってる。
「俺はアイツの息子でガンマ団の総帥だ。たとえアイツがそうじゃないって言っても、関係ねー」
シンタローの反論は、相変わらず根拠のない断言だった。
けれど今はそれがとても頼もしく聞こえる。
「後からごちゃごちゃ、俺のことに理由付けしてんじゃねぇよ」
見事な切り返しだった。
秘石が黙った。
リキッドは思わずガッツポーズを作った。
「わかったか、そこの万年家政夫」
台詞がすぐ上から降ってきた。
(上から?)
パプワハウスの窓の中。
「げ!シンタローさんッ」
「こそこそするのがヤンキー流か、ぁあ?」
見下ろす瞳は、楽しそうでしかも恐い。
「いいいいい、いつから気がつ…」
「ストーカーの気配には慣れてるからな」
おのれアラシヤマ。
「す、すみませんッ。聞くつもりじゃ…ッ」
言いながらハウスの壁から飛び退いた。自分で言ってて矛盾に気づく。裏手で聞き耳を立てていたらそりゃあ聞くつもり十分にしか見えないじゃないか。
だが予想に反して、シンタローの姿が部屋の中へ消えた。
眼魔砲を覚悟していたリキッドは、慌ててドアへ回る。
すると、入り口に置きっぱなしにしてあった食材の袋を、シンタローが膝をついて物色しているところだった。
「お、これも採ってきたのか。栄養満点だからな。こっちは甘露煮にすっかなー」
「シ…シンタローさん…」
怒ってくれた方がすっきりすると思ってしまうのは、いけないことだろうか。袋の中身を確認しているシンタローに、リキッドはおずおずと近づいた。
「あの…」
シンタローがじっと見上げるので、リキッドは咄嗟にその場に正座した。この人の前では、意地を張ることがとても恥ずかしいことのような気がした。
すると、大きな大根で頭を叩かれた。
叩くというより、つつくという感じだった。
土がぱらぱらとデコに降った。
なんだか言葉が出なかった。
「ターコ。ここはオメェんちだろ。正面から堂々と入ってきやがれ」
シンタローが大根を再び袋に戻す。
「気ぃ遣ってんじゃねぇぞヤンキー。あの玉の言ってることなら、俺も一族もとっくに知ってるさ」
運べ、と袋の口を突き出され、反動でリキッドが受け取った。
「あの…」
今ものすごく凄いことを、さらりと言われたような気がする。
秘石は、一族の元を離れるなと言っていた。それをとうに知っているだって?
「馬鹿みてぇに目ん玉丸くしてんじゃねぇぞ?」
部屋で振返るシンタローは、首を傾けて鼻で笑う。そんなポーズがやたら格好良く見えるのは何故だろう。
「俺が今まで団にいたのも戻ろうとするのも、俺の意思だ。それをあとからごちゃごちゃ言われても何とも思わねぇよ」
シンタローの行動や気持ちを、番人だからと片付けてしまう秘石を、何とも思わないと言うシンタロー。それは実際には、真実から目をそらしていることになりはしないか。
そんなことを考えてしまう自分が嫌だった。素直にシンタローの台詞だけを受け入れられない自分が嫌だった。
「やい秘石、さっさとチャッピーを寝せろ。オメーのせいでもっと具合悪くなったらどうすんだよ」
犬猫(事実、犬だが)を追いやるようにシンタローが手を振った。奥にチャッピー用の布団が敷いてあった。
「リキッド、いつまで突っ立ってる。入ってこいよ」
「あ、はい」
荷物を持って踏み出せば、秘石がこちらを見ていた。リキッドは思わず黙りこむ。
『赤の番人の方が、話がわかると見える』
笑うようにして、チャッピーの体をのっとった秘石は今度こそ布団に向かった。
「リキッド、相手にすんなよ」
「え、あ、はい」
袋を運んで台所で広げると、シンタローは中からいくつかの実を取り出した。まるで何事もなかったかのような態度なので、リキッドは自分ばかりが動揺しているようでいたたまれない。
こんなのは自分らしくない。
「シ…シンタローさん!」
「いきなりでけぇ声だすなよ、殴るぞ」
「もう殴ってます。それよりシンタローさん」
このもやもやした気分のまま、料理なんてできない。リキッドは思いきって尋ねることにした。その結果眼魔砲を食らうのかもしれないが、今のままよりましだと思った。
「シンタローさんがガンマ団に…マジック前総帥のとこに戻りたいって思うのは、番人だから…?」
突然殴られた。
油断していたわけじゃなかったが、綺麗なストレートパンチをもらってしまった。
「セリフの端々までムカツクなー」
言い方はそれほどムカついているようには聞こえなかった。
「ガンマ団は俺にとってあって当たり前なんだよ。じゃあオメェは、番人だからパプワや島の連中と暮らしたいって思ったっていうのかよ?」
突然の質問に、リキッドは反応した。
「ちが…。オレは皆のことが好きだから…」
だから、番人になったんだ。
「だろ。後から『その気持ちは番人だからだ』なんて言われたって関係ねぇだろ?」
その通りだった。
今だって皆のことが好きだ。それは誰かに強制された気持ちじゃない。
「…そうか…」
「今ごろわかったか。ヤンキーはこれだから」
大仰に溜息をついて、シンタローが肩をすくめる。
「罰としてたまねぎのみじん切りはオメーがやれ」
「げ。アイマスクしてもいいッスか?」
「泣け、喚け」
「うわあああん」
何の下ごしらえなのか、メニューの名前は教えてもらえない。けれどシンタローは横でかぼちゃを切っている。きっと甘いお菓子に違いない。
リキッドはこんなふうな毎日が続くといいなと思った。シンタローは帰ると言ったけれど、帰らないのもありなのではないかと思った。自分だけではなく、パプワだってシンタローには懐いている。
この生活は何より尊い。
少なくとも、戦闘を避けて通れないガンマ団の生活よりもずっと平和ではないか。
帰らなくてもいいと、少しぐらいは思ってくれているのではないだろうか。
「ひー、目に染みる」
自分で考えたことに照れて、思わず関係ないことを口にした。
シンタローの呆れたような視線が頬に刺さった。
冷たい視線の一つや二つ、それすらも楽しいではないか。パプワと、島の住人たちが大好きだ。ここでの生活だが大好きだ。
これを求めて、リキッドは赤の番人になったのだ。
包丁についたたまねぎを綺麗にボールに集めて、ちらと横を盗み見る。
ガンマ団の総帥は、乱切りにしたかぼちゃを蒸し器にかけているところだった。この姿からは、覇者の息子だなんて想像もできない。
けれど主婦のような毎日を送りながら彼は言うのだ。
ガンマ団に帰りたいと。
一族のところへ帰りたいと。
「あ、じゃあシンタローさんはマジック前総帥のことが好きなんスね」
うっかり思ったことを口に出してしまったリキッドが地獄の底まで後悔するのは、眼魔砲の気絶から覚めたあとのことである。
おわるわ…。
--------------------------------------------------------------------------------
リキシンと見せかけて落ちはシン→パパとゆー。シンタローさんがかなり開き直っておりますが、もちろんこの境地に辿りつくまではそれなりにあったんだと思います。青の属性の続編にあたります。
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