ジャングルの闇は深い。暗い中、辺り一面から動物のものと思われる奇怪な叫び声のような物音や、風か潜んでいる獣か分からないが木の葉がガサガサと揺らされる音が聞こえる。そのような慣れない環境の中で歩哨に立っている若者は、緊張感と連日続く過酷な訓練からくる疲労のあまり今にも気絶しそうであった。
じっと闇に目を凝らすが、何も見えない。
ふと、緊張感が緩み彼は浅くため息をついたが、その瞬間、首に激痛が走った。一瞬のことで彼には何が起こったか判らなかったが、首の急所をナイフの背で強打されたのである。
襲撃者は崩れ落ちて気を失っている彼の姿を何の感情も交えない冷静な目つきで見下ろすと、襟首を掴んで引き摺りながら闇の中に消えた。
「全員起床!完全装備で5分以内に訓練場に集合しろ」
時刻は午前2時であり、疲れきっている中、睡眠を中断された訓練生達はもはや条件反射のように黙々と装備品を身につけていた。
「あと2分」
暗闇の中、短い呻き声が聞こえ、ドサッと地面に重いものが倒れる音がした。どうやらモタモタしていた者が背後から教官に足蹴りを食らわされて地面に倒れ伏したようである。
訓練生達がやっとの思いで訓練場に集合すると、そこには歩哨についていたはずの仲間が縛られて転がっており、そして、その傍には教官であるアラシヤマが抜き身のナイフを手にして立っていた。アラシヤマは、気絶している歩哨を縛っているロープを切ると、彼の横腹を蹴りあげ覚醒させた。
「遅い。おまえらは今から全員が捕虜だ」
そう言うと、整列している彼らに、パンツ一枚残して着ているものを全て脱ぐように指示した。
暑い地域とはいえ、夜と昼の温度差は激しく夜は寒かった。思わず訓練生達が躊躇してお互いの顔を見合すと、アラシヤマは無表情で手近にあったバケツの水を全員にかけ、再度服を脱ぐよう命令した。そして、
「今から午後4時までジャングルで過ごせ。訓練基地付近には近寄るな」
と、寒さで震えている訓練生達をジャングルに追放し、姿を消した。
「なんで、俺たちがこんな目に遭わなきゃなんねーんだよ!」
ジャングルの中、追放された訓練生達が寒さのあまり一箇所に寄り集まってお互いの体温で暖をとっていると、誰かが泣きながらそう言った。皆、泣きそうになりながら黙っていたが、内心は同じ思いであった。実戦を体験して芽生えかけていた自信のようなものが今回の訓練で風船の空気が抜けるように一気にしぼんでしまった。
腕時計も何も持たせてもらえなかったので太陽の高さでおおよそ時間の見当をつけ、憔悴しきった訓練生達がビクビクしながら訓練場に戻ると、そこにはアラシヤマの姿は見当たらず、総帥であるシンタローが待って居た。
「今からアラシヤマ教官に替わって、俺が指揮を執る」
そう言うとシンタローは訓練生達に焚き火の傍に来るように促し、服と装備を彼らに返した。
「ホラ、食え」
シンタローが服を着終わった一人ひとりに無造作に熱いスープを手渡すと、中には泣き出す訓練生もいた。
シンタローは彼らが食べ終わるまで黙っていたが、彼らがどうやら人心地がついた様子になったのを見ると口を開き、
「・・・まだまだ訓練は続くが、帰りたい奴は俺と一緒にガンマ団に戻ってもかまわねぇ。俺が許可する。そうしたい奴は、腕章を俺に渡せ」
とぶっきらぼうに言った。数人がためらいがちに立ち上がり前に出てシンタローに腕章を渡すと、
「他には誰もいねぇのか?」
と、シンタローは全員を見渡し、確認するように聞いた。
誰も前に出てこなかったのを見届けると、シンタローは立ち上がり、突然、
「―――以上で訓練は終了だッツ!今から全員ガンマ団に帰還する。訓練時の班に分かれてすぐにBポイントに向かって出発しろ」
と言った。訓練生達は俄かには信じ難いようであったが、誰もが喜びの色を隠しきれない様子であった。
彼らの出発を見送ったシンタローはその場に留まっていたが、溜息を吐いて鍋を持ち上げると、
「―――片付けるゾ。手伝え」
誰もいないはずの方向に向かってそう声をかけた。すると、
「もちろんどすえ~」
何処からか、アラシヤマが現れた。
指揮官用の少し大き目のテントの中で2人は簡易机を間に挟んでそれぞれ椅子に座っていた。シンタローは、アラシヤマがつけた訓練生のデータや訓練記録に目を通している。アラシヤマはというと、何か書類に記入していた。
アラシヤマはふとペンを置くと立ち上がり、ランプに灯を入れた。
「そろそろ、暗うなってきましたナ」
シンタローは紙面から目を上げ、アラシヤマを見ると、
「こいつ等、俺に腕章を渡した奴らダロ?不適格ってお前は判断したのか?」
と聞いた。
「そうどす。指揮官には向いてまへんナ。これから先、どこから綻びが出たものかわかりまへんし、リスクは少ない方がええんどす」
そうアラシヤマはキッパリと断言した。シンタローは、特に異論を差し挟むわけではなかったが、もう一度紙面に目を落とし何やら考え込んでいる様子であった。
しばらくするとアラシヤマはただ事実を述べるように淡々と
「・・・わては、わてのやり方が厳しすぎるという批判があることは、わかっています」
と言った。シンタローは手に持っていた資料を机に置いた。
「―――“自分に打ち勝つ”。これができねー奴は、戦場で絶対生き残れねぇナ。俺は、オマエのやり方を否定はしたくねぇ」
その言葉を聞いたアラシヤマは、目を見開いたままシンタローを凝視した。
「・・・何だヨ?その間抜け面は」
「いや、すんまへん」
そう言うと、ぎこちなくシンタローから目を逸らした。
場の雰囲気になんとなく居心地が悪くなったシンタローは、(この俺がどうしてこんなヤツに気を遣わなきゃなんねーんだ!?)と理不尽に思いながら、それでも話題を探してみた末、少しひっかかっていたことを聞いてみた。
「そういや、何でわざわざ訓練生をパンツ一丁にしてたんダヨ?まさかお前・・・」
「ちっ、違いますえ~!濡れ衣どすッツ!あれは、体力の消耗が激しいのと精神的ダメージが大きそうやからああしただけで、あんな連中の裸見ても何にも面白うないどすわ。どーせなら、女の裸の方が」
「だよナ」
「・・・あんさん、わてに何言わしますんや。わて、純情派なんどすえ?」
机に突っ伏したアラシヤマは力なくそうボヤいたが、シンタローはそれを無視し、
「そろそろ、飯にすっか」
スープの残りを温めようと立ちあがった。
「スープ、作りすぎちまったかな」
外で焚き火を囲みながら携帯食とシンタローが作ったスープの残りで食事を取っていると、
「あんさん、料理が上手どすな。何が違うのかわてにはわかりまへんが、買うたもんとは全然違いますわ」
とアラシヤマがポツリと言った。
「・・・オマエ、何でわざわざ俺に最後の役を振ったんだヨ?オマエがやりゃあよかったじゃねーか」
アラシヤマは炎の照り返しが映るシンタローの顔を眺め、
「そら、わてよりもシンタローはんの方が効果絶大どすさかい。第一、わてあーいうの似合うてまへんやろ?」
おどけたように言い、笑顔のつもりなのか口角を上げた。
(コイツ、笑うのに慣れてねーのかな)
そう思ってシンタローがアラシヤマを見ていると、アラシヤマは真面目な顔と口調で
「シンタローはん。あんさん、やっぱり優しゅうおますな」
と言った。それを聞いたシンタローは、眉間に皺を寄せた。
ガンマ団に戻ってから、シンタローはイライラしていた。何故かと言えば、指揮官候補生の教育訓練以来、暇さえあればアラシヤマが、
「シンタローはーんッツ!こ、これ読んでおくれやすぅ~vvv」
と言って何やらハートのシールで封のされたファンシーな封筒を押し付けてきたり、自分の行く先々にどういうわけか出没する頻度が以前よりも多くなったような気がしたからである。相手にせず無視していると、カメラ片手にこっそり木の陰などから盗撮しようとしていたりする姿が目に付き、余計にムカついた。
そして、ことあるごとにアラシヤマが口にするある言葉が気に障ったので、ある日シンタローはアラシヤマを総帥室に呼び出した。
「仕事以外で、シンタローはんからお誘いがあるやなんて、う、嬉しおますえ~vvv」
アラシヤマは非常に嬉しそうであったが、シンタローはとても不機嫌であった。
「テメェ、何で呼び出されたか、胸に手ぇ当ててよーッく考えてみろッツ!!」
「えっ?わて、心当たりがまったくおまへんが」
アラシヤマは数分考え込むと、何かに思い当たったようで、ポンと手を叩いた。
「わかりましたえー!」
「言ってみろ」
総帥机に頬杖をついたシンタローがそう促すと、
「あんさん、今まで照れてはったんどすな! “もっと2人きりの時間をつくりたい”これでっしゃろ!!心友のわてに今まで言い出せへんかったやなんて、みずくそうおま」
「眼魔砲ッツ!!」
ドウッツと音がし、まともに正面から眼魔砲をくらったアラシヤマは吹き飛ばされ、部屋は半壊状態となった。
しばらくすると、アラシヤマはどうにか立ち直ったらしい。
「あの、痛うおますが、違いましたん??でもまぁ、わてはいつでもあんさんをバーニング・ラブvどすさかいに!」
「ぜんぜん違うッツ!!!てめぇ、本気でわかんねーのかヨ・・・。それと、もう一つ!!」
「なんどすか?」
「オマエ、いつも“バーニング・ラブ”って言うけどラブは間違ってるダロ!!てめぇなんざ友達じゃねーけど、百歩譲って友達だったら“like”とかじゃねぇの!?」
「・・・バーニング・ライク?えらい語呂が悪うおますナ」
「そういう問題じゃねぇッツ!」
アラシヤマは数秒考えた末、
「いや、語呂とか関係なく、わてにとってはラブの方ががしっくりくるんどす。だから、ラブでええんどす」
そうキッパリと言い切ったアラシヤマは、本気でそう思っているようであった。
(コイツの根拠のない自信は、一体どこからきやがんだ?ムカツク)
シンタローは、アラシヤマと話していると自分ばかりが非常に疲れる気がした。しかし、どうにかしてアラシヤマに意趣返しをしてやろうと思い、アラシヤマをからかうつもりで、
「オマエ、全然俺の好みじゃねーけど!」
と前置きし、
「俺を抱きたいとか抱かれたいとかそーいうつもりがあんのかヨ?―――考えてやってもいいゼ?」
そう言ってアラシヤマを上目遣いに見ると、アラシヤマは、拾い集めていた書類の束をバサッと床に落とし、どうやら思考停止状態に陥ったようであった。
「シシシシシシシンタローはんッツ、今何て!?!?」
しばらくして我に返ったようではあるが、思いっきり動揺しているアラシヤマを見てシンタローは大笑いし、
「バーカ!冗談だ。んなワケねーだろ!」
と言うと、アラシヤマは非常に疲れた顔で、
「し、心臓に悪い冗談はやめておくんなはれ。とにかく、今までシンタローはんにバーニングラブやいうのでせいいっぱいどしたわ・・・。わて、純情派やさかい」
そう言ってどうにか拾い集めた書類を総帥机の上に置くと、アラシヤマはヨロヨロとしながらも、
「ほな、失礼します」
それでも律儀に挨拶をし、帰っていった。シンタローは、鳩が豆鉄砲をくらったような間抜けなアラシヤマの顔を思い出し、久々にスッキリとした気分であった。
「び、吃驚したわ・・・」
総帥室のドアを開け、外に出たアラシヤマはズルズルと扉にもたれてその場に座り込んだ。
「―――考えてやってもいい、か・・・」
(まぁ、シンタローはんは何の気もなしに言うた冗談やろけどナ。昔は、何度かシンタローを犯したい思うたこともないわけやおまへんけど、今は、)
「・・・今は、とりあえずこのままでええんどす」
自分に言い聞かせるようにアラシヤマはそう呟いた。
(シンタローはんは、何やかんや言いつつわてを認めてくれてはる。あの頃とは、違う)
様々な思いが脳裏をよぎったが、無理矢理それを断ち切り、息を吐くとアラシヤマは立ち上がった。
「あんまり、わてを挑発せんといておくんなはれ」
疲れたような口調でそう言うと、歩き出した。
ふと気がつけば、シンタローはここ最近アラシヤマの姿を見かけていなかった。
(アイツ、別に今遠征の予定も入ってねぇし、めずらしいナ)
そう思った後、
(なんで俺があんな奴のことなんか1ミリたりとも考えなきゃなんねーんだ!?むしろ、いなくてせいせいするし!)
シンタローは自分に腹を立て、そして一気に不機嫌になった。読んでいた書類を脇に押しやると、
(気分転換にコーヒーでも入れるか)
と椅子から立ち上がった。
扉をノックする音が聞こえたので、シンタローが扉を開けると、
「おはよう、シンちゃん。パパだヨv」
マジックが立っていた。マジックは部屋に入ってくるなりシンタローを抱きしめようとしたが、シンタローはそれをかわした。マジックは少々残念そうな様子であったが、気を取り直したように
「シンちゃーん、さっきCMを観たんだけど、パパ重大なことに気づいたヨ!」
と言った。
「あ゛ぁ?」
「そのCMってのがね、“最近、息子と一緒にお風呂に入っていない。身長も体重も知らない”って!」
「あっそ」
「シンちゃんッツ!パパもずっとシンちゃんと一緒におフロに入ってないんだヨ!?これは、親子のコミュニケーション不足という由々しき事態だッ!!!だから、今夜はお風呂に入って一緒に寝ようネvvv」
嬉しそうにそう言うマジックを、シンタローは冷たく見返し、
「グンマと一緒に入れば?アイツも息子ダロ?」
と言った。
「・・・シンちゃん、可愛いけど可愛くないネ。グンちゃんは、午前中にキンちゃんと新発明のロボットを見せにきてくれたヨ。シンちゃんはパパの所に全然遊びに来てくれないから、パパ寂しいんだもーん」
「ウゼェ!眼魔・・・って、何しやがんだ!?テメェッツ」
マジックはいきなりシンタローを抱き上げると、シンタローを抱えたままソファに座った。
「離せッツ!!!」
アラシヤマは、それほど急ぎの用事ではなかったが書類を持って総帥室を訪れた。
(なんや、数日会わへんかっただけやのに久々な気がしますナ・・・。アレ?ドアが少し開いてますやん)
何の気なしにアラシヤマがドアノブに手を掛けると、中からマジックの楽しげな声が聞こえてきた。
(あの親馬鹿親父、性懲りもなくまた来てたんか・・・。どうやら出直した方がよさそうどすナ)
ドアノブから手を離そうとしたが、マジックの言葉が耳に入り、アラシヤマは固まった。
「シンちゃんがそんなにパパとお風呂に入るのが嫌だったら、今ここで脱がせて確かめちゃおうかな♪」
「親父ッツ!悪フザケはヤメロよッツ!」
シンタローの必死で抵抗する声が聞こえ、アラシヤマが(なんか、わて、覗きをしている間男みたいどすナ・・・)と思いながらドアの隙間から部屋の内部を見ていると、マジックは暴れるシンタローを押さえつけ総帥服のボタンを外し始めた。
「全部服を脱がないと正確な身長体重は計れないからね」
「って、そんなものここには置いてねぇし!!!」
「もちろん、そんなことは知ってるヨv」
そう言うと、シンタローの顎を持ち上げ、キスをした。
「何すんだヨ!?」
上着を半分脱がされた状態で、顔を紅くして泣きそうになっているシンタローの頭を片手で自分の肩口に抱き寄せると、マジックはアラシヤマの方をみて勝ち誇ったように哂った。
(―――アレは、明らかにわてが見ているのを知ってての嫌がらせどすな。あの親父・・・!シンタローはんもシンタローはんどすえ!嫌やったら何でもっと抵抗しまへんのや?・・・ほんまは嫌やないんか!?)
何故か非常に腹立たしさが収まらないながらも、
(ここでわてが入っていくわけにもいきまへんな)
それでもまだ分別が残っていたらしく、ドアから離れるとアラシヤマは姿を消した。それをマジックは確認し、(シンちゃん、すっかりおとなしくなっちゃったねぇ。ちょっとやりすぎたか?でもまぁ煩い邪魔者はいなくなったし、いいか☆)と思いつつ、
「シンちゃん、パパと一緒にお風呂に入ってくれる気になったカナ??」
シンタローの顔を覗きこんで明るくそう聞くと、シンタローは、腕の力が緩んだ一瞬の隙にマジックを突き放して立ち上がり、
「・・・死ねッツ!眼魔砲―――ッツ!!」
最大級の眼魔砲を放った。部屋は、壊滅状態となった。