邂逅
アオザワシンたろー
「詳しい報告だぁ !? 殲滅完了っつっただろ!殺すな?知らないねェ」
『ハーレム様!それでは私がシンタロー総帥に叱られますッ』
その飛空艦は、ほんの数人で制御可能なガンマ団最速の船だった。ブリッジにはわずか4人の人影しかない。
その4人とは、ハーレム率いる特戦部隊だった。今もまた一つ戦場を後にしてきたばかりだ。
高度を上げ、自動航行に切りかえる頃に、それは起こった。隊長ハーレムが通信機に向かって怒鳴りつけたのだ。
「あーあ、隊長ったらまた本部からお小言食らってるみたいじゃん?」
「新総帥とは相当ウマが合わんようだ」
「…」
新体制との軋轢など気にもせぬ特戦部隊にあって、隊長のハーレムだけが総帥と同族だ。
前総帥への義理だとか対面だとかもあって、下っ端三人のように気楽に構えているわけにもいかない。かといってこれまでの部隊の方針をそうそう変えられるはずもない。
かくしてハーレムは本部と度々衝突するはめになるのだった。
「あー、キレちゃったよ」
イタリア人が楽しそうに眺める先、ついに彼らの隊長がヘッドセットを床に叩きつけた。そのまま振り返りもせず、フロアを踏みつけながら出てゆく。
「隊長ー、戦利品、全部飲まないでくださいよ~」
返事はなく、自動扉が無常にも閉まった。
休憩室に積み込んである酒樽は年代物の高級品だ。
彼らにしてみればたった一晩の糧にすぎない。不機嫌な隊長に掛かっては、一晩だってもたないかもしれない。
「計器オールグリーン。自動に切りかえる」
マーカーとGが淡々と作業を進め、ロッドも慌てて持ち場の切り替えスイッチを押した。もたもたしていては本当に自分の分がなくなってしまう。
「おっしゃ、隊長のご機嫌うかがいがてら、酒盛りとしゃれこもうぜ!」
真っ先にイタリア人が、続いてGが席を立つ。
マーカーも部屋を後にしようとしてふと、フロアに転がっているヘッドセットを拾い上げた。ハーレムが叩きつけたそれは、驚いたことに、まだ通信が切れていなかった。
スピーカー部から音声が漏れている。
一方的に話を終わらせたハーレムに対し怒りを爆発させているような様子だった。
マーカーは何気なくそれを耳に当てた。
『ふざけんなこの借金野郎ーッ!』
一介のオペレーターにしては見事なキレっぷりである。
実際こんなセルフをハーレムが耳にしようものならとんでもないことになってしまう。
マーカーはため息をついた。
「…隊長は部屋へ戻られた。総帥への報告は、今聞いた通りを伝えればいい」
電源を切ろうと指をコンソールに伸ばしながらそう言ったマーカーは、だが切ることは出来なかった。
『なんだとコラ、もっぺん言ってみやがれ一兵卒ッ』
一兵卒。
さぁっと気分が冷めてゆくのが自分でもわかった。
マーカーは耳に当てたヘッドセットをひびが入るほど握り締める。
「この私を雑兵と同列に論じるとは…」
『ハーレムの手下に特戦も雑兵もあるかッ。おい、お前!奴をそこに引きずって来い!今日という今日は逃がさねぇぞ』
マーカーはスイッチを切る為に伸ばしていた手で、握りこぶしを作る。
「マーカー、どうした?」
背後からGに声をかけられ、はっとして手の力を緩めた。
無表情な同僚は、通信を切らないマーカーを不審に思っていたようだ。
「…先に行け。私はこの辺を片付けてから上がる」
こんなとき、余計な詮索をしない寡黙さはGの美徳だろう。
マーカーは仲間の去ったブリッジで、再びマイクを手にすると、改めてシートへ腰を下ろした。
「…ハーレム隊長や我ら特戦部隊にそんなぞんざいな口が聞けるとは…。今、通信機を握っている貴様は何者だ」
『つべこべ言わずにあいつを出せッ』
マーカーは簡単な消去法を試みる。
ハーレムを目下呼ばわりできる者は、ガンマ団においては非常に数が限られている。
その中でも、若い青年の声とくれば、相手は。
「…シンタロー総帥…」
若くして就任した総帥の姿が頭に浮かんだ。
ハーレム隊長の甥にして、前総帥の後継者だった若者だ。そして、弟子だったアラシヤマの同僚でもある。
何がどう転んだのか、弟子はすっかりこの新総帥に心酔してしまっていた。持っていたはずの刺客としての素養も、骨の髄まで叩き込んだ信念も、あっさりとこの男に塗りかえられてしまっていた。
オペレーターではハーレム相手に埒があかないと思ったのだろう。どうやら担当からマイクをぶんどったというところか。
「これは…新総帥閣下。ご機嫌麗しゅう」
『どっからそういうおべっかが出てくんだか』
マイクの向こうからは、呆れたような反応。
台詞から、マーカーの推測は正しいことが証明された。
『大体、なんでモニターに出さねぇんだよ。その辺からいいかげんだぞ、オメェら』
正論である。顔が映っていれば通信機を放り出すなどということはできまい。
だが、こちらは特戦部隊だ。
ハーレムの行動が隊のルールである。
『俺の命令はオメェらにまでちゃんと届いてんのかよ』
マーカーは記憶を探ってみたが、今回の戦闘についてそもそもの命令など思い出せなかった。面倒な連中がいるから掃除しようと、確か隊長が言っていたのはそんな台詞だった。
教えてやれば案の定、若い総帥の血圧が上がったようだった。
若い。
本当にまだ、団を背負って立つには青すぎる。
彼はアラシヤマと同年代だったから、二十五になるかならないかだ。
今のガンマ団から殺傷能力を削いで、この新総帥は何を目指そうというのか。
「隊長は先ほど以上の報告をするつもりはないようです」
とりあえず、それだけ繰り返せば、向こう側からは諦めの混じったため息がもれた。
『…やりすぎだ。ちったぁ、手ぇ抜きやがれ』
敵国崩壊。
それは、この若者にとっては望まない結果だったのだろう。
しかし、とマーカーは思う。
「中途半端に叩けば、報復を招きます」
暴力で構成される世界にあっては、それは基本的なルール。まさか知らないわけではあるまい。それでも、つい口に出た。
相手がシンタローだったからだと、後からマーカーは思った。
手を離れたとはいえ、弟子を簡単に手中に収めてしまった男。
自分の何がこの男に劣っていたのかわからない。
『誰もそのままにするなんて言ってねぇだろ。弱ってるとこに駄目押しする手は考えてあったんだよ。それをオメェらときたら…』
彼の言い分を聞いていると、まるで自分たちが聞き分けのない子供のように思われている気がした。実際、ハーレムに対する口調はまさにそれなのだが、新総帥にとっては隊員も隊長とひとからげなのかもしれない。
『もういい。わかった。次の命令まで待機しとけ』
ハーレムがどうあってももうマイクに出るつもりが無いとわかったか、シンタローが話を切り上げた。
そもそも、相手がハーレムだと思っていたから通信に出たのだ。
「待っ…」
マイクの向こうから、何か通信士と話す音が聞こえ、そして静かになった。
マーカーは、何故だかもう少し…話をしていたかったような、そんな気持ちに襲われた。
シンタローと直接話すのはこれが初めてだったせいかもしれない。彼についてはハーレムからの又聞きばかりだし、アラシヤマにいたっては言うことに要領を得ない。
マーカーはため息をついて、シートにもたれかかるようにした。
結局、自分は名乗りさえしなかったな、と思った。
そして。
『…んだよ。用があるんじゃねぇのかよ』
ぎょっとして、身を乗り出した。
「シ…シンタロー総帥 !? 」
『マイク口で怒鳴るな、馬鹿』
てっきり切れたと思っていた回線は、まだ生きていた。
「な…」
思わず、何も映し出していないモニターを凝視してしまう。それから手元の通信状態パネルを見下ろすと、確かに回線接続ランプが点灯したままだった。
「…切れたとばかり…」
『ぁあー?何言ってんだよ。オメェが待てって言うから、待ってやったんだろうが!』
声は不機嫌一直線だ。
更に話を催促する。
マーカーは眼をしばたたかせ、それからシートにどっと腰を落とした。
「なんという…」
『何か言ったか?よく聞こえねーぞ!』
腹の底から笑いがこみ上げてくる。
どう言えばいいのか。
どう感じ取ればいいのか。
マーカーは眼を覆うように額に手をあて、記憶の中の若者を思い浮かべた。
『用は無ぇのか !? んじゃあ切るからな!』
更に一方的に念押しして、今度こそ通信ランプは切れた。
マーカーは、静かなモニター画面に向かって手を伸ばす。
自然と口元が歪む。シンタローがそこにいれば、炎撃を放っていたかもしれない。
アラシヤマと同じ轍を踏むつもりはない。
だが。
モニターが何も映していなくて本当に良かったと、心の底からそう思った。
終。
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4巻。「新総帥もその叔父も不器用な男達ですから」 だから何故シンタローさんのことをそんなにご存知なんで?(笑)
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アオザワシンたろー
「詳しい報告だぁ !? 殲滅完了っつっただろ!殺すな?知らないねェ」
『ハーレム様!それでは私がシンタロー総帥に叱られますッ』
その飛空艦は、ほんの数人で制御可能なガンマ団最速の船だった。ブリッジにはわずか4人の人影しかない。
その4人とは、ハーレム率いる特戦部隊だった。今もまた一つ戦場を後にしてきたばかりだ。
高度を上げ、自動航行に切りかえる頃に、それは起こった。隊長ハーレムが通信機に向かって怒鳴りつけたのだ。
「あーあ、隊長ったらまた本部からお小言食らってるみたいじゃん?」
「新総帥とは相当ウマが合わんようだ」
「…」
新体制との軋轢など気にもせぬ特戦部隊にあって、隊長のハーレムだけが総帥と同族だ。
前総帥への義理だとか対面だとかもあって、下っ端三人のように気楽に構えているわけにもいかない。かといってこれまでの部隊の方針をそうそう変えられるはずもない。
かくしてハーレムは本部と度々衝突するはめになるのだった。
「あー、キレちゃったよ」
イタリア人が楽しそうに眺める先、ついに彼らの隊長がヘッドセットを床に叩きつけた。そのまま振り返りもせず、フロアを踏みつけながら出てゆく。
「隊長ー、戦利品、全部飲まないでくださいよ~」
返事はなく、自動扉が無常にも閉まった。
休憩室に積み込んである酒樽は年代物の高級品だ。
彼らにしてみればたった一晩の糧にすぎない。不機嫌な隊長に掛かっては、一晩だってもたないかもしれない。
「計器オールグリーン。自動に切りかえる」
マーカーとGが淡々と作業を進め、ロッドも慌てて持ち場の切り替えスイッチを押した。もたもたしていては本当に自分の分がなくなってしまう。
「おっしゃ、隊長のご機嫌うかがいがてら、酒盛りとしゃれこもうぜ!」
真っ先にイタリア人が、続いてGが席を立つ。
マーカーも部屋を後にしようとしてふと、フロアに転がっているヘッドセットを拾い上げた。ハーレムが叩きつけたそれは、驚いたことに、まだ通信が切れていなかった。
スピーカー部から音声が漏れている。
一方的に話を終わらせたハーレムに対し怒りを爆発させているような様子だった。
マーカーは何気なくそれを耳に当てた。
『ふざけんなこの借金野郎ーッ!』
一介のオペレーターにしては見事なキレっぷりである。
実際こんなセルフをハーレムが耳にしようものならとんでもないことになってしまう。
マーカーはため息をついた。
「…隊長は部屋へ戻られた。総帥への報告は、今聞いた通りを伝えればいい」
電源を切ろうと指をコンソールに伸ばしながらそう言ったマーカーは、だが切ることは出来なかった。
『なんだとコラ、もっぺん言ってみやがれ一兵卒ッ』
一兵卒。
さぁっと気分が冷めてゆくのが自分でもわかった。
マーカーは耳に当てたヘッドセットをひびが入るほど握り締める。
「この私を雑兵と同列に論じるとは…」
『ハーレムの手下に特戦も雑兵もあるかッ。おい、お前!奴をそこに引きずって来い!今日という今日は逃がさねぇぞ』
マーカーはスイッチを切る為に伸ばしていた手で、握りこぶしを作る。
「マーカー、どうした?」
背後からGに声をかけられ、はっとして手の力を緩めた。
無表情な同僚は、通信を切らないマーカーを不審に思っていたようだ。
「…先に行け。私はこの辺を片付けてから上がる」
こんなとき、余計な詮索をしない寡黙さはGの美徳だろう。
マーカーは仲間の去ったブリッジで、再びマイクを手にすると、改めてシートへ腰を下ろした。
「…ハーレム隊長や我ら特戦部隊にそんなぞんざいな口が聞けるとは…。今、通信機を握っている貴様は何者だ」
『つべこべ言わずにあいつを出せッ』
マーカーは簡単な消去法を試みる。
ハーレムを目下呼ばわりできる者は、ガンマ団においては非常に数が限られている。
その中でも、若い青年の声とくれば、相手は。
「…シンタロー総帥…」
若くして就任した総帥の姿が頭に浮かんだ。
ハーレム隊長の甥にして、前総帥の後継者だった若者だ。そして、弟子だったアラシヤマの同僚でもある。
何がどう転んだのか、弟子はすっかりこの新総帥に心酔してしまっていた。持っていたはずの刺客としての素養も、骨の髄まで叩き込んだ信念も、あっさりとこの男に塗りかえられてしまっていた。
オペレーターではハーレム相手に埒があかないと思ったのだろう。どうやら担当からマイクをぶんどったというところか。
「これは…新総帥閣下。ご機嫌麗しゅう」
『どっからそういうおべっかが出てくんだか』
マイクの向こうからは、呆れたような反応。
台詞から、マーカーの推測は正しいことが証明された。
『大体、なんでモニターに出さねぇんだよ。その辺からいいかげんだぞ、オメェら』
正論である。顔が映っていれば通信機を放り出すなどということはできまい。
だが、こちらは特戦部隊だ。
ハーレムの行動が隊のルールである。
『俺の命令はオメェらにまでちゃんと届いてんのかよ』
マーカーは記憶を探ってみたが、今回の戦闘についてそもそもの命令など思い出せなかった。面倒な連中がいるから掃除しようと、確か隊長が言っていたのはそんな台詞だった。
教えてやれば案の定、若い総帥の血圧が上がったようだった。
若い。
本当にまだ、団を背負って立つには青すぎる。
彼はアラシヤマと同年代だったから、二十五になるかならないかだ。
今のガンマ団から殺傷能力を削いで、この新総帥は何を目指そうというのか。
「隊長は先ほど以上の報告をするつもりはないようです」
とりあえず、それだけ繰り返せば、向こう側からは諦めの混じったため息がもれた。
『…やりすぎだ。ちったぁ、手ぇ抜きやがれ』
敵国崩壊。
それは、この若者にとっては望まない結果だったのだろう。
しかし、とマーカーは思う。
「中途半端に叩けば、報復を招きます」
暴力で構成される世界にあっては、それは基本的なルール。まさか知らないわけではあるまい。それでも、つい口に出た。
相手がシンタローだったからだと、後からマーカーは思った。
手を離れたとはいえ、弟子を簡単に手中に収めてしまった男。
自分の何がこの男に劣っていたのかわからない。
『誰もそのままにするなんて言ってねぇだろ。弱ってるとこに駄目押しする手は考えてあったんだよ。それをオメェらときたら…』
彼の言い分を聞いていると、まるで自分たちが聞き分けのない子供のように思われている気がした。実際、ハーレムに対する口調はまさにそれなのだが、新総帥にとっては隊員も隊長とひとからげなのかもしれない。
『もういい。わかった。次の命令まで待機しとけ』
ハーレムがどうあってももうマイクに出るつもりが無いとわかったか、シンタローが話を切り上げた。
そもそも、相手がハーレムだと思っていたから通信に出たのだ。
「待っ…」
マイクの向こうから、何か通信士と話す音が聞こえ、そして静かになった。
マーカーは、何故だかもう少し…話をしていたかったような、そんな気持ちに襲われた。
シンタローと直接話すのはこれが初めてだったせいかもしれない。彼についてはハーレムからの又聞きばかりだし、アラシヤマにいたっては言うことに要領を得ない。
マーカーはため息をついて、シートにもたれかかるようにした。
結局、自分は名乗りさえしなかったな、と思った。
そして。
『…んだよ。用があるんじゃねぇのかよ』
ぎょっとして、身を乗り出した。
「シ…シンタロー総帥 !? 」
『マイク口で怒鳴るな、馬鹿』
てっきり切れたと思っていた回線は、まだ生きていた。
「な…」
思わず、何も映し出していないモニターを凝視してしまう。それから手元の通信状態パネルを見下ろすと、確かに回線接続ランプが点灯したままだった。
「…切れたとばかり…」
『ぁあー?何言ってんだよ。オメェが待てって言うから、待ってやったんだろうが!』
声は不機嫌一直線だ。
更に話を催促する。
マーカーは眼をしばたたかせ、それからシートにどっと腰を落とした。
「なんという…」
『何か言ったか?よく聞こえねーぞ!』
腹の底から笑いがこみ上げてくる。
どう言えばいいのか。
どう感じ取ればいいのか。
マーカーは眼を覆うように額に手をあて、記憶の中の若者を思い浮かべた。
『用は無ぇのか !? んじゃあ切るからな!』
更に一方的に念押しして、今度こそ通信ランプは切れた。
マーカーは、静かなモニター画面に向かって手を伸ばす。
自然と口元が歪む。シンタローがそこにいれば、炎撃を放っていたかもしれない。
アラシヤマと同じ轍を踏むつもりはない。
だが。
モニターが何も映していなくて本当に良かったと、心の底からそう思った。
終。
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4巻。「新総帥もその叔父も不器用な男達ですから」 だから何故シンタローさんのことをそんなにご存知なんで?(笑)
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