高松は現在手がけている研究を区切りのいい箇所まで進めておこうと思い、夜遅くまで1人、作業をしていた。本来であれば自分の研究室内で用は足りるのだが、あいにく機器が壊れ、早急に結果を出したい少し分野違いの実験が一つあったので、同じ機器のある医療センター付属の研究室まで来ていた。
医療センター内の研究室には数多くのモニターや医療機器やコンピュータ類が置かれ、白い室内は白色の蛍光灯に照らされている。現在の時刻は深夜であり、室内は研究者が往来する日中とはうって変わって、静かで寂しげな様子であった。
部屋の隅でグラフや多くの数値が表示されたパソコンの画面に向かって解析作業を行っていた高松は微かな物音に気づくと作業を中断し、椅子に座ったまま振り向いた。
いくつかある扉の一つが開くと、中からはシンタローが出てきた。
「おや、総帥。管理センターの方を通らずにお帰りですか?」
「あぁ、なんだ。ドクター、いたのか」
「“いたのか”とはずいぶんなお言葉ですねぇ。私はずっとここに居ましたよ。目が悪くなったのなら診てさしあげましょうか?」
「ぜってー、ヤダ。―――向こうからは見えなかったんだヨ。それに、さっき俺が通りかかった時には部屋の電気が消えてたぜ?」
「あぁ。研究室に資料を取りに行った時にでも入れ違ったんですかね?ところで、コタロー様のご様子はいかがでしたか?」
シンタローは、足を止め、
「・・・いつも、“もしかしたら”って思うんだけどな。―――全然変わんねェ」
そう、低い声で答えた。
「シンタロー様も、グンマ様ぐらい素直だったら楽かと思うんですけどねぇ・・・」
高松は、シンタローを見て溜め息をつき、
「別に、アンタが泣こうが喚こうが私は興味がありませんし、何なら今ここで泣いていったらいかがですか?そんな顔をしたまま出て行ったら、五月蝿い面々が何やかんやと厄介でしょう?」
と言った。
「・・・そう言われて、『はい、そーですか』ってすぐ泣けるやつなんていねぇと思うぜ?バッカじゃねーの?」
高松の言葉を聞いたシンタローは、なんとも言えないような顔をしつつそう言った。再び画面に向き直って数値を入力していた高松は、
「馬鹿とは失礼な。大人ぶって感情を押さえつけちゃう方が始末に悪いんですよ。まぁ、感情の統制が極端にできないのも、あったま悪いかんじで死んでくださいって思いますが」
「・・・アンタってやっぱり性格悪ぃナ」
呆れたようにしみじみと言うシンタローの言葉を受け流し、机上に置いてあった未だ開けていないコーヒーの缶を
「飲みますか?」
と放った。暖かい室温のせいか少し濡れた缶を受け取ったシンタローは顔を顰めた。
「―――優しいドクターなんて、気持ち悪ィな。柄じゃねーゼ?何か裏でもあんじゃねェの??」
シンタローが缶を不気味そうに眺めつつそう言うと
「失敬な。なら、コーヒー返してください」
との返答があった。
「やだ。いったんもらったもんだし。・・・ありがとナ」
最後の方は聞こえるか聞こえないか程度の小さな声であったが、高松には聞こえたらしく、後ろを振り向かず軽く手を挙げて挨拶した。自動ドアの閉まる音が聞こえ、シンタローは部屋から出て行ったようであった。
高松は相変わらず画面を見つめたまま溜め息を吐き、
「余計なお世話でしたかねぇ。さて、どうなることやら」
と呟いた。
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