Candy
アオザワシンたろー
前線に出るようになって、ようやくガンマ団の大筋が見えてきた。
無論、仕官学校でも知識としては詰め込まれてはいたが、戦闘実習とは異なり、前線を体験することで知識は生きたものになる。肌で、ガンマ団の本質を知る。
「シンタロー様!転進します。どうぞこちらへ」
生きた知識になるために、目の前に死体が転がるのは、皮肉だと思った。
皮肉になるのは、世界の摂理に反しているから?
シンタローは、硝煙に霞む包囲網を見遣った。 だがそれを説明できるだけの知識を持たないのもまた、皮肉なことだった。
高い塔の一室に、総帥室がある。
塔は、砲撃されればひとたまりもないような、もっとも目立つ場所だ。だがただの一度もそこが標的にされたことはなかった。
鉄壁の防衛線が幾重にも取り囲む、世界で最も安全な場所…それがマジックの居る総帥室だった。
無機質な部屋だ。
モニターと、通信機器。部屋の角には秘書官たちが使う作業デスク。
ここから、破壊指令は下される。
「総帥…」
「私に二度言わせるのかね」
室内には緊迫した空気が流れていた。
正面の壁に掲げられた大きな団徽。それを背に悠然と足を組んで座っているのは、紛れもなくシンタローの父であり、ガンマ団の統率者でもあるマジックである。
獅子のたてがみのようなブロンドと冴えた青い瞳、整った風貌は古代の神を思わせる。一代で世界の大半を掌握してしまった、世界最強のテロリスト。
その男を前に、直立不動で戦況報告をしていたのは今回の作戦を指揮していた将軍だった。どちらかといえば弛緩したような体のマジックに対し、見ているのが気の毒なほど緊張している。
それもそうだとう。
将軍の背後で、シンタローは視線を床に落とした。
傾いていた戦況を、立てなおすことが作戦だった。
戦力を大きく割き、入念な調査と準備を行った。シンタローのような新人下士官にも、その作戦の重要度は推してはかれるものだった。ましてやシンタローは、幹部候補生として乗艦した。
状況は、途中までは予定どおりの展開だった。
だがそれが一端崩れてしまえば、立てられた作戦のなんと脆かったことか。
指揮官たちの動揺も、もたらされた結果への落胆も相当なものだった。
マジックの思惑は息子に前線を体験させることだったのだろうが、将軍は戦況を傾けた。それはとりもなおさず、シンタローの身を危険に晒したということでもある。
だから…こそ。
シンタローも必死だった。
自分の立場なら重々承知している。戦況を変えられる力など備わっていないのだということもわかっていた。
それでも…と。
だが、結果、シンタローの目の前で同朋艦は沈んだ。
作戦の失敗。
それが総帥の不興を買わぬはずがない。
すでに一報は作戦時にもたらされている。帰還途中にも情報のやり取りをしている。
よって、指揮官の総帥への対面報告は、儀礼的なものにすぎなかった。
だが。
本来なら、凱旋だったはずの帰投。
「ああ、シンタローは残りなさい」
マジックが、将軍の報告を雑音か何かのように聞き流し、退出を促がした。その、次の言葉がこれである。
「お…れ…」
「負け戦もたまには勉強になるから、それは良かったね。…本当に、怪我もなくて良かったよ」
息子へ向けられた言葉は、当のシンタローよりも将軍を震え上がらせた。ひ、と言葉にならない悲鳴が上がる。
シンタローが総帥の後継者であることを、ゆめゆめ忘れてはならぬと、マジックには言われているのだ。この総帥の真の恐ろしさを、長く仕えていた男は骨の髄まで叩き込まれていた。
「し…失礼します…」
敬礼した腕がまるでなまりのように重い。
男は踵を返し、蒼白な顔をして扉へ向かう。その視線は、一度たりともシンタローに向けられることはなかった。いや、もう現実さえ、見てはいなかった。
防波堤のように思っていた上官がいなくなったことで、シンタローはマジックの視線を嫌というほど浴びることになる。
自動扉が閉まるのを待つタイミングで、マジックが微笑みかけた。
「お帰り、シンタロー」
にこり、と笑うのは、確かに出発前にも見送ってくれた父の笑顔で。
そして。
そのセリフは、聞き飽きるほど紡がれた言葉で。
シンタローはますますうつむくしかなかった。
「アレがあんなに無能だと思わなかった。恐い思いをさせてしまったね」
「そ…そんな、ことは…」
言葉尻が消えそうになることが嫌で、シンタローは歯を食いしばる。
マジックの顔が見られない。
シンタローは床を睨みつけて、両の拳を握り締めた。
爆炎に消える鋼鉄の艦。
今この部屋にいるのは、父親の顔をして子供をあやす一方で、覇王として殺戮命令を下すことに躊躇いを持たない男。
その二面は、この男の中では矛盾なく存在しているのか。
自分は一体いままでこの男のどこを見ていたのか。
「シンタロー」
味方が数えきれないほど死んだ。それはシンタローの責任ではないと言うだろう。だが今心を重くしているのはそんなことではないのだ。
「…さぁ、そんなところに立っていないでこちらへおいで」
今のマジックは、覇者と父と、どちらの顔でいるのだろう。
シンタローはおもむろに目線だけを上げた。
子供じみた仕草だと思ったが、他は動かなかった。
「シンタロー?」
沈黙が両肩にのしかかる。
マジックは、一体何がわかったというのか、軽く頷いた。
それからデスクの引き出しに手をかける。
「少し、疲れたようだね」
何に、とは言わない。いや、言えないのだろうか。
シンタローはマジックの動作を見守った。
大きな手が何かを取り出し、デスクに置いた。円形の缶のようだ。
「そういう時は、なんにも考えないで、疲れを癒せばいいんだよ?」
マジックが足を解き、デスクにおいたその缶のふたを開けた。引き出しに入る程度の高さしかないそれは、ふたを開ければもっと平たい。
「おいで」
マジックの声は、あくまでも優しい。手招きして、自分の傍らを指し示す。
けれどその声音は低い。
シンタローは足がフロアにはりついてしまったかのように動けなかった。
マジックは、いつもの全開の笑顔で抱き付いてきた男と同じ顔で、シンタローに要求しているのだ。
「ここへおいで」
動けないから、上目遣いなシンタローの視線は外すことができない。言葉だけが耳から全身に染みこんでゆく。青い覇者の目にとって、シンタローの動揺など取るにたらないものなのだろう。繰り返される言葉は、確かに父の声だ。
これが、マジックだ。
シンタローはようやくのことで、目を閉じた。世界が暗転する。
吐息をつくより先に足が動いた。
数歩の距離は、無いも同然だった。机を迂回し、マジックの脇へ立つ。
眼下の父の、この圧倒的な存在感は何なのだろう。どうして言葉が出てこないのだろう。
畏れなのか、恐れなのか。
馬鹿のように立ち尽くすしかない自分が、たまらなく惨めだった。
「これをあげよう」
マジックが手元で見せたのはさきほどの缶だ。中には白い粉をまぶした数個の小玉が入っている。
「最近手にいれたんだヨ。思った以上に美味しいんだ」
そういって、マジックの指が一粒のキャンディを自分の口に押し込めた。
それから今度は、缶のふたを手にとって見せるように持ち上げる。
「どこかの王室の御用達かと思うだろう?ところがこれが、個人商店の物だったんだよ」
ふたには安っぽいシールが貼られている。意匠も何もあったものではない、機械的に商品名や製造元情報が知らない国の言葉で印刷されていた。
「…疲れているときには甘い物が一番、だし」
マジックは、飴玉を舌の上で転がすようにして、味を確かめる。
「お前にあげようと思ってね?」
背もたれに体重を預けた男は、久しぶりに会う息子を浅い笑顔で見上げた。
セリフはいつだって、シンタローに真意を問う。
けれどそれはどこまでが本気で、どこまでが揶揄なのか。
後者だとしても、シンタローにはそれを躱すだけの能力は無かった。
シンタローは返答の代わりに、椅子に手をかけて甘い実を受け取った。
END
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アオザワシンたろー
前線に出るようになって、ようやくガンマ団の大筋が見えてきた。
無論、仕官学校でも知識としては詰め込まれてはいたが、戦闘実習とは異なり、前線を体験することで知識は生きたものになる。肌で、ガンマ団の本質を知る。
「シンタロー様!転進します。どうぞこちらへ」
生きた知識になるために、目の前に死体が転がるのは、皮肉だと思った。
皮肉になるのは、世界の摂理に反しているから?
シンタローは、硝煙に霞む包囲網を見遣った。 だがそれを説明できるだけの知識を持たないのもまた、皮肉なことだった。
高い塔の一室に、総帥室がある。
塔は、砲撃されればひとたまりもないような、もっとも目立つ場所だ。だがただの一度もそこが標的にされたことはなかった。
鉄壁の防衛線が幾重にも取り囲む、世界で最も安全な場所…それがマジックの居る総帥室だった。
無機質な部屋だ。
モニターと、通信機器。部屋の角には秘書官たちが使う作業デスク。
ここから、破壊指令は下される。
「総帥…」
「私に二度言わせるのかね」
室内には緊迫した空気が流れていた。
正面の壁に掲げられた大きな団徽。それを背に悠然と足を組んで座っているのは、紛れもなくシンタローの父であり、ガンマ団の統率者でもあるマジックである。
獅子のたてがみのようなブロンドと冴えた青い瞳、整った風貌は古代の神を思わせる。一代で世界の大半を掌握してしまった、世界最強のテロリスト。
その男を前に、直立不動で戦況報告をしていたのは今回の作戦を指揮していた将軍だった。どちらかといえば弛緩したような体のマジックに対し、見ているのが気の毒なほど緊張している。
それもそうだとう。
将軍の背後で、シンタローは視線を床に落とした。
傾いていた戦況を、立てなおすことが作戦だった。
戦力を大きく割き、入念な調査と準備を行った。シンタローのような新人下士官にも、その作戦の重要度は推してはかれるものだった。ましてやシンタローは、幹部候補生として乗艦した。
状況は、途中までは予定どおりの展開だった。
だがそれが一端崩れてしまえば、立てられた作戦のなんと脆かったことか。
指揮官たちの動揺も、もたらされた結果への落胆も相当なものだった。
マジックの思惑は息子に前線を体験させることだったのだろうが、将軍は戦況を傾けた。それはとりもなおさず、シンタローの身を危険に晒したということでもある。
だから…こそ。
シンタローも必死だった。
自分の立場なら重々承知している。戦況を変えられる力など備わっていないのだということもわかっていた。
それでも…と。
だが、結果、シンタローの目の前で同朋艦は沈んだ。
作戦の失敗。
それが総帥の不興を買わぬはずがない。
すでに一報は作戦時にもたらされている。帰還途中にも情報のやり取りをしている。
よって、指揮官の総帥への対面報告は、儀礼的なものにすぎなかった。
だが。
本来なら、凱旋だったはずの帰投。
「ああ、シンタローは残りなさい」
マジックが、将軍の報告を雑音か何かのように聞き流し、退出を促がした。その、次の言葉がこれである。
「お…れ…」
「負け戦もたまには勉強になるから、それは良かったね。…本当に、怪我もなくて良かったよ」
息子へ向けられた言葉は、当のシンタローよりも将軍を震え上がらせた。ひ、と言葉にならない悲鳴が上がる。
シンタローが総帥の後継者であることを、ゆめゆめ忘れてはならぬと、マジックには言われているのだ。この総帥の真の恐ろしさを、長く仕えていた男は骨の髄まで叩き込まれていた。
「し…失礼します…」
敬礼した腕がまるでなまりのように重い。
男は踵を返し、蒼白な顔をして扉へ向かう。その視線は、一度たりともシンタローに向けられることはなかった。いや、もう現実さえ、見てはいなかった。
防波堤のように思っていた上官がいなくなったことで、シンタローはマジックの視線を嫌というほど浴びることになる。
自動扉が閉まるのを待つタイミングで、マジックが微笑みかけた。
「お帰り、シンタロー」
にこり、と笑うのは、確かに出発前にも見送ってくれた父の笑顔で。
そして。
そのセリフは、聞き飽きるほど紡がれた言葉で。
シンタローはますますうつむくしかなかった。
「アレがあんなに無能だと思わなかった。恐い思いをさせてしまったね」
「そ…そんな、ことは…」
言葉尻が消えそうになることが嫌で、シンタローは歯を食いしばる。
マジックの顔が見られない。
シンタローは床を睨みつけて、両の拳を握り締めた。
爆炎に消える鋼鉄の艦。
今この部屋にいるのは、父親の顔をして子供をあやす一方で、覇王として殺戮命令を下すことに躊躇いを持たない男。
その二面は、この男の中では矛盾なく存在しているのか。
自分は一体いままでこの男のどこを見ていたのか。
「シンタロー」
味方が数えきれないほど死んだ。それはシンタローの責任ではないと言うだろう。だが今心を重くしているのはそんなことではないのだ。
「…さぁ、そんなところに立っていないでこちらへおいで」
今のマジックは、覇者と父と、どちらの顔でいるのだろう。
シンタローはおもむろに目線だけを上げた。
子供じみた仕草だと思ったが、他は動かなかった。
「シンタロー?」
沈黙が両肩にのしかかる。
マジックは、一体何がわかったというのか、軽く頷いた。
それからデスクの引き出しに手をかける。
「少し、疲れたようだね」
何に、とは言わない。いや、言えないのだろうか。
シンタローはマジックの動作を見守った。
大きな手が何かを取り出し、デスクに置いた。円形の缶のようだ。
「そういう時は、なんにも考えないで、疲れを癒せばいいんだよ?」
マジックが足を解き、デスクにおいたその缶のふたを開けた。引き出しに入る程度の高さしかないそれは、ふたを開ければもっと平たい。
「おいで」
マジックの声は、あくまでも優しい。手招きして、自分の傍らを指し示す。
けれどその声音は低い。
シンタローは足がフロアにはりついてしまったかのように動けなかった。
マジックは、いつもの全開の笑顔で抱き付いてきた男と同じ顔で、シンタローに要求しているのだ。
「ここへおいで」
動けないから、上目遣いなシンタローの視線は外すことができない。言葉だけが耳から全身に染みこんでゆく。青い覇者の目にとって、シンタローの動揺など取るにたらないものなのだろう。繰り返される言葉は、確かに父の声だ。
これが、マジックだ。
シンタローはようやくのことで、目を閉じた。世界が暗転する。
吐息をつくより先に足が動いた。
数歩の距離は、無いも同然だった。机を迂回し、マジックの脇へ立つ。
眼下の父の、この圧倒的な存在感は何なのだろう。どうして言葉が出てこないのだろう。
畏れなのか、恐れなのか。
馬鹿のように立ち尽くすしかない自分が、たまらなく惨めだった。
「これをあげよう」
マジックが手元で見せたのはさきほどの缶だ。中には白い粉をまぶした数個の小玉が入っている。
「最近手にいれたんだヨ。思った以上に美味しいんだ」
そういって、マジックの指が一粒のキャンディを自分の口に押し込めた。
それから今度は、缶のふたを手にとって見せるように持ち上げる。
「どこかの王室の御用達かと思うだろう?ところがこれが、個人商店の物だったんだよ」
ふたには安っぽいシールが貼られている。意匠も何もあったものではない、機械的に商品名や製造元情報が知らない国の言葉で印刷されていた。
「…疲れているときには甘い物が一番、だし」
マジックは、飴玉を舌の上で転がすようにして、味を確かめる。
「お前にあげようと思ってね?」
背もたれに体重を預けた男は、久しぶりに会う息子を浅い笑顔で見上げた。
セリフはいつだって、シンタローに真意を問う。
けれどそれはどこまでが本気で、どこまでが揶揄なのか。
後者だとしても、シンタローにはそれを躱すだけの能力は無かった。
シンタローは返答の代わりに、椅子に手をかけて甘い実を受け取った。
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