誓い
アオザワシンたろー
「あと、どんだけ俺に内緒にしてることあるの」
重心を前に、ソファに座ったシンタローの台詞は、詰問調ではなかった。
だが伏せられた顔だとか、動揺を隠してか、まったく変わらない声の調子だとかには、はぐらかすことが許されない切実さが滲んでいた。
向かいのソファに座るマジックは、いたたまれなさに目を逸らしたくもあったが、息子を煙に巻くことはしたくないと思った。
たとえ、伝える事実が彼の心を酷く傷つけてしまうのだとしても。
「シンタロー」
一族のものとは異なる黒髪が、若き総帥の肩を流れた。マジックはそちらに手を伸ばそうとしてためらった。
シンタローが嫌っていて、マジックが気に入っている、赤と青の確執の象徴たる色だ。
「…母さんが」
シンタローが伏せたまま呟き、言葉を切り、言い直した。
「…女親が…、居ないっていうのは、わかった。それはもういい。もともと…俺に親は居ないんだし」
マジックは思わず拳を握り締めた。
シンタローが母についての真実を知ってしまったのはささいな偶然からだったが、マジックはこれまで、細心の注意を払い、そんな偶然を退けていた。今になって表面化したのは、罰を受けているような気がした。
だがシンタローまでも、その罰を受けねばならないことが心苦しい。
「シンタロー」
「いいんだ、そんなことはもう」
まるで自分に言い聞かせているようだった。寂しい強がりだと、一言で言ってしまうのは簡単だ。こんなシンタローを、マジックは昔から時々目にしていたように思う。
そのときは気づかなかったけれど、こうして諦めることで、受け入れがたい現実に晒される心を守ってきたのだろう。
「他にはないのか」
シンタローが顔を上げた。
責めるでなく、悲しむでもない。ただひたむきな眼差しにマジックは思わず息をつめた。
「俺に隠してること、他には」
シンタローが生まれて、マジックが作り上げた箱庭には、シンタローにとって有害と判断されるものは何もなかった。シンタローが見るもの全て、触れるもの全てがマジックによって許可され、用意された。
家族の肖像もそのひとつだ。
一族の特徴をまったく持たなかったがゆえにより多く用意されたシンタローのための虚構。
「なんで…黙ってんだよ」
顔を上げたシンタローと対照的に、マジックは顔を伏せた。
シンタローのために用意した世界が、全て崩壊した。
一体これからどうやって、守っていったらいいのだろう。
「何か言えよ」
何を言えばいいのか。
シンタローの正体がなんであれ、マジックはすでに受け入れているし、そもそもが出来損ないと貶められた息子なのだ。他の兄弟たちのように、冷徹に事実を受け入れることができる頭脳を持たないからこそ、用意した箱庭。
実際は、用意などせずとも、最初からシンタローの周囲には虚構しかなかったのだけれど、それを、今更突きつけてしまうことが苦しい。
「…ったぁく!」
シンタローが吐き捨てるようにして、勢いよく立ち上がった。
「何、みっともねぇ顔してんだよ」
明らかな叱責に、けれど明るい調子に、マジックは弾かれて顔を上げた。
「シンタロー?」
相変わらずの仏頂面だ。
腰に手をあて仁王立ちで父親を見下ろしている態度は、お世辞にも礼儀正しいとはいえない。だがとても、シンタローらしかった。
「もしかして、どれが嘘だかわかんなくなってんだろうが!あーヤダヤダ、あんたのせいで俺がどれだけ常識を疑われたと思ってんだ」
気のせいか、にやりと笑ったように見えた。
「シンちゃん」
「あー、それもだぞ」
シンタローが、マジックを真正面から指差した。
「いつまでも、ちゃん付けしてんじゃねぇよ。どこの世界に大人になった息子をちゃん付けする親がいるんだ」
真顔で文句を言っている姿に、さっきまでの寂しそうな雰囲気はなかった。
我が子ながら、この打たれ強さはどうだろう。
弱いからこそ、嘘でかためた要塞で守らなければならないと思っていた。強さを身につけさせなければならないと思っていた。
しかし、シンタローは立派に立っている。
「…シンちゃん」
マジックは思わずその姿に見ほれた。
小さいと思っていた子供は、いつのまにか大人になっていたということか。
「そうだね…。でも、シンちゃんはパパの子なんだから、パパが『シンちゃん』て呼ぶのはおかしくないよ?」
「おかしいんだよ!」
「どうして」
「おかしいもんはおかしいの!それが常識ってもんなの。そうだろ !? 」
まくし立て、肩で息をするその剣幕に、マジックは思わず笑みを零した。
「別にこれは、シンちゃんに嘘を言ってるつもりはないんだけどね」
「じゃああんたが非常識っていうことだ!」
「…ガンマ団では私が常識だよ?」
「だからその発言がもう非常識なんだろうが」
もういい、とばかりにシンタローがくるりと背を向けた。だが出て行こうとするより早く、マジックはその手を掴むことに成功する。
「んだよ」
まるで、すねているような尖った唇。
「ごめんね」
するりと言葉がでた。
「…んだよ」
シンタローが警戒して、眉間に皺を寄せた。
「ママが居なくて」
掴んだ腕が、ぴくりと震えた。
「そ…そんなの、もういいって、いっただろ」
身を引いて逃れようとするので、マジックは追いすがるようにして離さなかった。
結局のところ、マジックには昔も今も、できることはたった一つなのだ。
「パパはずっとお前の側にいるから」
「…な…」
「嬉しい?」
「はぁ !? 」
「シンちゃん可愛い」
「ぎゃ!突然抱きつくな!」
抗議の声があがっても、蹴りはこなかった。
ずっと大事に抱きしめてきた子だ。後になって、血のつながりがないだの、人じゃないだのという横槍は入ったけれど、確かにマジックが庇護し、愛してきた息子だった。
だからこそ、隠してきた真実も、許されたのだと思いたい。
「愛してるよシンちゃん」
「だからちゃん付けすんな!」
苦しめてしまったから、こうやって抱いてあげよう。
シンタローの傷口を、こうやって癒してあげよう。
マジックが抱きしめる腕に力を込めると、シンタローはいよいよ必死になったけれど、やがて暑苦しいと吐き捨ててぐったりとなった。
腕の輪の中で、安堵する小さな子供が見える。
これからもこの子は、幾度となく傷つくのかもしれない。
けれどこの腕を、離さないとマジックは誓う。
END
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アオザワシンたろー
「あと、どんだけ俺に内緒にしてることあるの」
重心を前に、ソファに座ったシンタローの台詞は、詰問調ではなかった。
だが伏せられた顔だとか、動揺を隠してか、まったく変わらない声の調子だとかには、はぐらかすことが許されない切実さが滲んでいた。
向かいのソファに座るマジックは、いたたまれなさに目を逸らしたくもあったが、息子を煙に巻くことはしたくないと思った。
たとえ、伝える事実が彼の心を酷く傷つけてしまうのだとしても。
「シンタロー」
一族のものとは異なる黒髪が、若き総帥の肩を流れた。マジックはそちらに手を伸ばそうとしてためらった。
シンタローが嫌っていて、マジックが気に入っている、赤と青の確執の象徴たる色だ。
「…母さんが」
シンタローが伏せたまま呟き、言葉を切り、言い直した。
「…女親が…、居ないっていうのは、わかった。それはもういい。もともと…俺に親は居ないんだし」
マジックは思わず拳を握り締めた。
シンタローが母についての真実を知ってしまったのはささいな偶然からだったが、マジックはこれまで、細心の注意を払い、そんな偶然を退けていた。今になって表面化したのは、罰を受けているような気がした。
だがシンタローまでも、その罰を受けねばならないことが心苦しい。
「シンタロー」
「いいんだ、そんなことはもう」
まるで自分に言い聞かせているようだった。寂しい強がりだと、一言で言ってしまうのは簡単だ。こんなシンタローを、マジックは昔から時々目にしていたように思う。
そのときは気づかなかったけれど、こうして諦めることで、受け入れがたい現実に晒される心を守ってきたのだろう。
「他にはないのか」
シンタローが顔を上げた。
責めるでなく、悲しむでもない。ただひたむきな眼差しにマジックは思わず息をつめた。
「俺に隠してること、他には」
シンタローが生まれて、マジックが作り上げた箱庭には、シンタローにとって有害と判断されるものは何もなかった。シンタローが見るもの全て、触れるもの全てがマジックによって許可され、用意された。
家族の肖像もそのひとつだ。
一族の特徴をまったく持たなかったがゆえにより多く用意されたシンタローのための虚構。
「なんで…黙ってんだよ」
顔を上げたシンタローと対照的に、マジックは顔を伏せた。
シンタローのために用意した世界が、全て崩壊した。
一体これからどうやって、守っていったらいいのだろう。
「何か言えよ」
何を言えばいいのか。
シンタローの正体がなんであれ、マジックはすでに受け入れているし、そもそもが出来損ないと貶められた息子なのだ。他の兄弟たちのように、冷徹に事実を受け入れることができる頭脳を持たないからこそ、用意した箱庭。
実際は、用意などせずとも、最初からシンタローの周囲には虚構しかなかったのだけれど、それを、今更突きつけてしまうことが苦しい。
「…ったぁく!」
シンタローが吐き捨てるようにして、勢いよく立ち上がった。
「何、みっともねぇ顔してんだよ」
明らかな叱責に、けれど明るい調子に、マジックは弾かれて顔を上げた。
「シンタロー?」
相変わらずの仏頂面だ。
腰に手をあて仁王立ちで父親を見下ろしている態度は、お世辞にも礼儀正しいとはいえない。だがとても、シンタローらしかった。
「もしかして、どれが嘘だかわかんなくなってんだろうが!あーヤダヤダ、あんたのせいで俺がどれだけ常識を疑われたと思ってんだ」
気のせいか、にやりと笑ったように見えた。
「シンちゃん」
「あー、それもだぞ」
シンタローが、マジックを真正面から指差した。
「いつまでも、ちゃん付けしてんじゃねぇよ。どこの世界に大人になった息子をちゃん付けする親がいるんだ」
真顔で文句を言っている姿に、さっきまでの寂しそうな雰囲気はなかった。
我が子ながら、この打たれ強さはどうだろう。
弱いからこそ、嘘でかためた要塞で守らなければならないと思っていた。強さを身につけさせなければならないと思っていた。
しかし、シンタローは立派に立っている。
「…シンちゃん」
マジックは思わずその姿に見ほれた。
小さいと思っていた子供は、いつのまにか大人になっていたということか。
「そうだね…。でも、シンちゃんはパパの子なんだから、パパが『シンちゃん』て呼ぶのはおかしくないよ?」
「おかしいんだよ!」
「どうして」
「おかしいもんはおかしいの!それが常識ってもんなの。そうだろ !? 」
まくし立て、肩で息をするその剣幕に、マジックは思わず笑みを零した。
「別にこれは、シンちゃんに嘘を言ってるつもりはないんだけどね」
「じゃああんたが非常識っていうことだ!」
「…ガンマ団では私が常識だよ?」
「だからその発言がもう非常識なんだろうが」
もういい、とばかりにシンタローがくるりと背を向けた。だが出て行こうとするより早く、マジックはその手を掴むことに成功する。
「んだよ」
まるで、すねているような尖った唇。
「ごめんね」
するりと言葉がでた。
「…んだよ」
シンタローが警戒して、眉間に皺を寄せた。
「ママが居なくて」
掴んだ腕が、ぴくりと震えた。
「そ…そんなの、もういいって、いっただろ」
身を引いて逃れようとするので、マジックは追いすがるようにして離さなかった。
結局のところ、マジックには昔も今も、できることはたった一つなのだ。
「パパはずっとお前の側にいるから」
「…な…」
「嬉しい?」
「はぁ !? 」
「シンちゃん可愛い」
「ぎゃ!突然抱きつくな!」
抗議の声があがっても、蹴りはこなかった。
ずっと大事に抱きしめてきた子だ。後になって、血のつながりがないだの、人じゃないだのという横槍は入ったけれど、確かにマジックが庇護し、愛してきた息子だった。
だからこそ、隠してきた真実も、許されたのだと思いたい。
「愛してるよシンちゃん」
「だからちゃん付けすんな!」
苦しめてしまったから、こうやって抱いてあげよう。
シンタローの傷口を、こうやって癒してあげよう。
マジックが抱きしめる腕に力を込めると、シンタローはいよいよ必死になったけれど、やがて暑苦しいと吐き捨ててぐったりとなった。
腕の輪の中で、安堵する小さな子供が見える。
これからもこの子は、幾度となく傷つくのかもしれない。
けれどこの腕を、離さないとマジックは誓う。
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