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あの人
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いや、何がどうっていわれたら困るんだけど。
だってなぁ。
否が応にも惹きつけられる。
あの人。
黒く長い髪が、目の前にふわりと流れた。
柔らかそうな、さらさらとしたそれ。
風に靡いてえらい綺麗だなとかそんなことを思ってたら……。
ゴキッ。
「痛ぇっ!」
案の定殴られた。
「ボーっとしてねぇで仕事しろや」
「はい……」
もういつものことだけど。
この天然俺様気質の総帥様は、かなりの小姑で、家事全般にとてつもなく厳しい。
というか俺っていつまでたっても下っ端生活なのな。
最近じゃそういう星の元に生まれたんだ、と半分諦め気味だが。
心休まる日々がないわけよ。
その内血ィ吐くぞ?
いや、吐いてるけど。
………大丈夫か俺の体。
「……オイ」
「え、あ。すっ、すみませんっ!!」
手に取り込んだ洗濯物を持ったまま、またボケっとしちまったらしい。
即座に謝っちまうところが…俺もうだめだ。
下っ端街道まっしぐら。
「何やってんだよさっきから……」
言えるわけがない。
言ったら眼魔砲が来る。
「いやー、あはは~」
笑って誤魔化してみたが……あの……睨んでる視線、すげぇ痛いんですけど。
「はは……」
「…………」
怖い。
マジで怖い。
まさに蛇に睨まれた蛙って感じだ。
無言の威圧感。
「……別にいいけどよ」
くるりと踵を返して家へと向かうあの人。
うわ、怒ってる。
一体何で機嫌損ねるかわかったもんじゃない。
うぅ…何でこんなびくびくしてんだ俺は。
しっかりしろ俺!
元特戦部隊! 現番人!!
「あ……」
思わず声が出た。
風が強く吹いて、ざんばらな俺の髪がくしゃくしゃになったのとは対照的に、黒く束ねた髪が舞う。
さらさらとした、柔らかそうな……。
「……なにしてんだてめぇは」
「え……うあわっ!!!」
それはもうほとんど無意識上に、その髪に触れていた。
あー、見た目と違わず触り心地いいなー……ってそんな場合じゃなくて!!
「いやいやいや、ち、違うんっスよ! 髪に埃が……!」
なんつー下手ないい訳だよ。
一昔前の詐欺じゃないんだから……。
「変な奴」
……通った。
そんなんで総帥とか務まるんだろうか。
するりと滑って髪は手の平を抜けていった。
何だかそれが、すげぇ惜しい気がして、 そのまま歩いていく姿を、ただなんとなく見てた。
と、ふと振り返って、やっぱり悪い目つきで睨みながらあの人は言う。
「オラ、まだ家事残ってんだろ」
「あ、はいっ!」
その手の中の触感を忘れられないままに、呼ばれたほう方と急ぐ。
他人の髪って、あんなに気持ちいいもんだっけか?
……何か。
いや、何がどうっていわれたら困るんだけど。
否が応にも惹きつけられる。
あの人。
END
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後書き
♪確かな道標じゃ満足することが出来ずに~
はい。満足できませんでした。
どんだけ少女漫画系だお前。
2004(April)
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