12月24日。
今日はクリスマス・イヴでもあり、僕の誕生日でもある。
長い間、誕生日を祝ってもらった記憶はないけれど、ふと懐かしさを感じた。
それはきっと、僕が閉じ込められる前の話。
昔のことを掘り返しても、仕方ないのはわかってる。
でも。
僕はまだ。
Dad, please love me tender.
「おやすみ、コタローちゃん」
「暖かくして寝るんだぞ」
「はーい!」
久しぶりに目が覚めると、僕にはお兄ちゃんがいた。
ちょっと言葉が足りないね。正しくはお兄ちゃんが増えたんだ。
シンタローお兄ちゃんと、グンマお兄ちゃんと、キンタローさん。
僕にとって一番親しいのはもちろん、一番最初のお兄ちゃん。
だけど今お兄ちゃんはここにはいない。
僕の代わりに船から落ちて、今はどこにいるのかわからない。
でもきっと生きてるはずだから、大丈夫。
あの島で僕が暮らしていたあの場所に。
そう、思ってる。
だから、お兄ちゃんは今日のパーティーにもいなかった。
当たり前なんだけどそれがすごく寂しい。
どれだけ鼻血出してて変態でブラコンでも、僕の居場所を作ってくれるのは、お兄ちゃんだけだと思うから。
そしてもうひとり、パーティーを欠席した人がいる。
僕と同じ月に生まれたあの人。
パパ。
パパは、お兄ちゃんが帰ってくるまで総帥を代行するんだってサービス叔父さんが言ってた。
僕の記憶の中にはっきりと残ってる、赤い総帥服を着て。
1週間ほど前から出張だか遠征だか行ってるらしい。
いつ帰ってくるかは知らないけどさ。
本当のことを言うとそれを聞いて僕はほっとした。
パパが僕のことをどう思ってるかわからないから。
青い眼が怖い。
冷たい光を宿した青が。
愛情の欠片も見当たらない、パパの両目が。
僕だって同じものを持ってるはずなのにね。
考えることに疲れて、僕は広すぎるベッドにもぐりこんだ。
**************
……夢を見てる。
僕はそう自覚した。
それは僕がまだ小さい頃の夢。
お兄ちゃんと僕と二人で、庭で遊んでいた。
『コタロー、鬼ごっこしよう!』
僕がうんとも嫌だとも言わないうちに、鬼ごっこは始まった。
なぜか僕が逃げて、お兄ちゃんが鬼になっていた。
『待て待て~!』
穴という穴から体液を垂れ流すお兄ちゃんが怖くて、必死で逃げたのを覚えてる。
でもしょせん子供と大人だから、すぐに捕まったんだよね。
まったく。子供相手にむきになるなんて、大人気ないよ。
『コタローは足が速いなぁ!』
そう言って抱き上げられて、頭をよしよしとなでられた。
守られていると思った。
大きくて温かい手。あの頃はそれが僕のすべてだった。
お兄ちゃん手の感触はずっと残ってる。
そう、この手はちょっと冷たいけど、こんな感じで――――……?
はっとして目を覚ますと、やっぱり頭をなでる手があって。
視線をそろそろと動かせば見覚えのある赤い服が目に飛び込んできた。
「ひっ」とのどを鳴らし、反射的に飛び起きてその人を見つめる。
「……ごめんよ、寝てたのに。驚かせたかい?」
僕の反応を怪しむでもなく、目の前の人は淡々と口を開いた。
それに対して、僕はこくこくと無言でうなずく。
まさかこの人がいるとは思わなかった。
どくどくと波打つ心臓をなんとか落ち着かせようとして、今更ながら平静を装う。
ベッドの横で椅子に腰かけ、僕を見下ろす人と目を合わせた。
以前のような剣呑なものではなく、かといって感情が読み取れるわけでもない、その両目。
「………パパ、」
小さく呼ぶと、パパは首を小さくかしげて笑った。
何か言わなくちゃ。そう思うほど言葉はでてこない。
口の中が接着剤でくっついたみたいに動かない。
パパはパパでじっと僕が話すのを待っている。
何か、何か、この沈黙を壊す呪文を言わなきゃいけないのに。
ガチガチに緊張する体のどこかで、青の力が揺らぐ。
ああ。
僕はまだ。
この人が怖い。
暴走しそうになる力をなんとかして押さえつける。じっとりと汗をかく体が気持ち悪い。
ここで力のコントロールができなければ。
また、あの場所に戻されちゃうかもしれない。
必死になっている僕へ向かってパパの手が伸びてきた。
体が硬直して。
手も足も、何かに縛り付けられたみたいに動かない。
目をきつく閉じたその瞬間――――
きゅ、と抱きしめられた。
そのことを理解するまもなく、耳元で小さくパパは言った。
「ごめんね」
いろいろな意味が込められているのであろうその言葉に、驚くほど簡単に体の力が抜けた。
それと同時に、あふれそうだった青の力も落ち着きを取り戻す。
冷たいとばかり思っていたパパの腕はすごくあったかくて、理由もなく安心した。
あれだけ、憎みあっていたはずなのにね。
それとも、そう思っていたのは僕だけなのかなあ?
「さあ、もう寝なさい。起こしてすまなかったね」
パパはそっと立ち上がってキルトを掛けなおしてくれた。
「それと――――コタロー、お誕生日おめでとう」
そうささやいたパパの声はすごく優しくて、僕は思わず目を見開いた。
パパからそんなこと言ってもらったことは少なくとも僕の記憶の中には、一度だってない。
初めて。
パパが僕に。
おめでとうって言ってくれた。
どんな高級なプレゼントよりも、数え切れないお祝いの言葉よりも。
パパがくれたその言葉が一番嬉しかった。
『お誕生日おめでとう』
それってさ、生まれてきてくれてありがとうって意味なんでしょう?
パパ。
僕はまだあなたが怖くて、どう接したらいいのかよくわからない。
どうしたらパパと仲良くなれるのか全然わからない。
だけどさ。
僕ね、パパのこと、嫌いじゃないよ。
だからパパも僕のこと嫌いにならないで。
お兄ちゃん達の次でいいからさ。
僕を好きになって?
いつもこうやって頭をなでて、ただいまのハグをして。
時々でいいから一緒に遊んで、手をつないでどこかに出かけて。
ごくたまになら、ほっぺにキスも許してあげるよ。
僕の一番近くにいなきゃいけないのはパパなんだよ。お兄ちゃんじゃだめなんだよ。
誰も、パパの代わりのはなれないんだ。
パパから「好きだよ」って言ってもらえたら、僕はやっと僕のことを許せると思う。
いろんな人を傷つけて、数え切れないほどの物を壊してきたけれど。
パパの言葉ひとつで僕は救われる。
僕はここに居て生きていてもいいんだって思えるんだよ。
だからお願い。僕のことも好きになって。
「パパ、明日もお仕事なの?」
開きかけた扉の前で足を止め、パパは僕を振り返る。
「うん。午後からね。……何か用事でもあるの?」
「じゃあ今日は一緒に寝てあげるよ!」
ぴょん、とベッドから飛び降りて、背の高いパパを見上げた。
一瞬目を丸くしたけれど、パパはにっこりと笑った。
お兄ちゃんに向けるのと同じ種類の笑顔じゃないけど、僕だけに向けられたその笑顔が心の中にある壁を少しずつ、ゆっくりと壊していく。
「寂しいなら素直にそう言えばいいのに。パパがいくらでも添い寝してあげるよ」
「何言ってんの。寂しいのはパパのほうでしょ。毎日お兄ちゃんの写真眺めて、鼻血の洪水起こしてるの知ってるんだからね。それから夜中にお兄ちゃんの部屋に入って、肺いっぱいに部屋のお兄ちゃんの匂いかいでから寝てることも」
「ちょっとちょっとコタロー。鼻血の件は周知の事実だからいいけどね。後半のソレ、誰から聞いたんだい?」
「ナマハゲ。」
「ふぅぅん……」
ちょっとだけ、パパの秘石眼が光ったような気がしたけど、たぶん気のせいだろう。
僕は左手にまくらを持ち、右手をパパに引かれて部屋を出た。
次の日、獅子舞がめこめこにパパに干されたらしいということを聞いたのは、また別の話。
**************
親子になりかけの二人。
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