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水の満ちた箱
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それは鉄で出来ていて、とてもとても硬くて重い……。
家事があらかた終わって、部屋の方に振り返ったら、その人は座ったまま寝ていた。
珍しく天気はあんま良くないし、外は少し暗いから眠くなったのかもしれない。
「あの……?」
声をかけても起きそうになかった。
それなら寝かせておいた方がいいよな。
起こすと機嫌悪くなるかもしれないし。
……この間それでどつかれたし。
俺って……。
もぉ、泣けるよホント。
「…………」
……しっかし。
……綺麗な顔してるよな。
「……って違う!」
そうじゃなくて!
つーか、何だそれ!!
馬鹿か俺は!!
……そうじゃなくて……。
「……俺は……」
この間の夜の事。
今でも引っかかってる。
顔を苦しそうに歪めて、笑おうとして叶わなかったこの人は、とても遠い所にいる気がした。
こんなに近いのに。
「俺なら聞けるのに……」
絶対、他人に……俺に、弱いところなんて見せないんだろう。
「言ってくれないんですもん」
だから分からないんだ。
鉄で出来た、水の満ちた箱の中で溺れてる。
溺れているのに声を出さない、手を伸ばさないから――。
けど気付いちまった。
だから俺は耳を澄まして、手を伸ばして……。
なのに払われて――。
「俺じゃ、だめですか?」
しゃがみ込んで顔を覗き込む。
寝てるからこんな近くにいれるんだ。
起きてる内は……あー……だめだ、やっぱ怖ぇって。
何となく、髪に触れる。
この人の髪、滑らかで心地良いから。
「……だめなんっスか?」
肩から滑り落ちた黒髪に一瞬ドキッとした。
ってなんで『ドキッ』なんだよ!
ときめくなよ俺!!
ったく、どうしちまったんだか……。
『頼りない』って言われて沈んだり、『褒めてやる』って言われて舞い上がったり。
全く、女々しい限りだろ?
昔の自分に笑われちまうよ。
……それでも。
「……いつか」
今は……耳を澄ませて、手を伸ばすだけだけど。
「いつか、俺が箱を壊せる日は来ますか?」
溺れる前にあなたが声を出して、自ら手を伸ばしてくれるように。
それは鉄で出来ていて、とてもとても硬くて重い……。
けれど、壊せるだけの力があれば――。
鉄が朽ちるのを待つのではなく……。
END
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後書き
手を払われたならいっそ箱ごと。
堅く閉ざされているそれが、壊れていくのを待つか、それとも壊すか。
つーか起きろよ総帥。
2004(April)
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