楽園の風景
世界は一度壊れ。
そして再生したらしい。
かつてはこの地を捨て宇宙に楽園を求めた事もあったという。
宇宙とは真っ暗な夜空の事を言うのか。
そもそもあんな所に楽園など本当に存在するものか?
俺は地上と自分がいる天上界以外のものは知らない。
そのはずなのに。
楽園を思い浮かべると固定的で強烈なイメージがある。
見たこともない赤や緑の鮮やかな草花。
透き通るような青い海と
吸い込まれるような青い空。
動物の騒がしい声。
そしてその中心にいる…
「髪伸びたな。切らないのか?」
「ああ…まぁ何となくな…で?何のようだよ兄貴…」
思考を止められたせいか、はたまた彼の性格なのか。
リキッドは不機嫌そうに自分の髪を一まとめにしながら
兄を振り返った。
「天帝のことだ、地上に下ろす期日が決まった」
「……俺は反対したはずだぜ」
「決定事項だ、変更はない。それを伝えに来ただけだ」
リキッドは振り返ることなく、兄が部屋から出る音を聞いた。
幼い弟を地上に下ろすと言う。
表面上は地上を見守るため。
真の目的は魔人の目を欺くためなどと言っていたか。
戦い以外のことはサッパリで理屈など知らない。
しかし地上人が自分であれば、いきなり現れた見知らぬ子を育てようと思うか?
答えはNOだ。
心優しい種族とはいえ、大きな戦争の後。
警戒され殺されるかもしれない。
リキッドは血がにじむほどに拳を握り締めた。
世界が反転する。
体に激痛と圧迫感。
地をなめるように体を押さえ込まれ、腕をねじり上げられている。
不意打ちとは言え自分がこれほど簡単に押さえ込まれるものなど兄たちでもなく
「お前さ…受身ぐらい取れよ…」
あきれたような声が上からかけられたと思うと圧迫感がすっとなくなった。
声の主に心当たりはない。
だが相当なやり手である事は量られる。
完全臨戦態勢に入り、片手を地に付け声の主に向かい蹴り上げた。
ところがソノ足は空を切り、すばやく手を声の主の足で払われ、
また世界は反転した…
その瞬間見えたのは
青空に浮かぶ酷く眩しい太陽の逆反射、
姿は見えない、声の主のシルエットと
光に照らされ輝く長い黒髪…?
ドン。
また襲う激痛。
だが先ほどとは違い衝撃が少ない。
「あれ…俺の部屋?」
あわてて声の主を探すが、そこには自分以外のものは何もなく。
そして今の自分の現状はと言うと、
椅子から転げ落ちたような格好。
ような…というよりまさしく、それしか考えられない状態だ。
どうやら、居眠りをして夢を見ていたらしい。
リキッドは大げさにため息をつくと、自分の間抜けさにあきれ
頭をかきながら立ち上がり、顔を洗いに水場へと移動した。
外は日が傾きかけ、鮮やかな夕日が照らしていた。
今日の深夜、弟を地上へ下ろす。
不安な気持ちは消えない。
水場につき顔を洗おうと水面を覗き込んだ。
そこには心配で歪んだ自分の顔があった。
弟は本当に大丈夫だろうか?
地上に下ろしてしまえば、何が起ころうと手を差し伸べる事は出来ない。
たとえ目の前で弟に危害が加えられたとしても指をくわえて見守る他ないのだ。
あの日…弟がいなくなった悪夢のような日…
あれから何度も何度も後悔し、そして誓った弟を命に代えて守ると。
それなのに!!
リキッドは乱暴に顔を洗った。
ひたすらがむしゃらに。
そしてどれほどの時間がたったのか。
この心の不安は洗い流される事などなく。
自分の顔から落ちる水滴は水面を揺らし
そこに映る自分の顔をただ眺めた。
水面に映る自分の姿。
ソノ姿が夢の中の男と被って見えた。
あれは自分自身だったのか?
いや…違う。
俺はあの人じゃない。
実はあの人物が出る夢は初めてではなかった。
相変わらずあの声の主に心当たりはない。
だが自分がイメージに持つ楽園の風景には確かにあの人がいる。
思えば髪を伸ばすようになったのも、あの夢を明確に見出した頃からだ。
印象に残る長い黒髪。
夢の中の楽園に住む人…
目を瞑り、夢を思い出そうとすると
少しだけ苛立ちが消えるような気がした。
日が落ち。
天帝を地上に下ろす時が近づいた。
リキッドの不安は増すばかりで、
悲痛の表情で弟を見た。
「リキッド…この子の運命を信じろ」
兄達にそう言われ、弟に最後の言葉をかけた。
「強くなれ」と
幼い弟はソノ言葉を理解できたのか出来ていないのか、
嬉しそうに無邪気に笑った。
まるで心配するなとでも言うように。
それからとうとう弟は地上へ下ろされ
その様子を息を呑んで見つめた。
そしてそこへ幼い弟を預ける自由人が現れた。
その姿を見た瞬間息が止まった。
肌があわ立ち鼓動がうるさく耳につく。
その自由人の英雄はまだ若い男だった。
一目で普通の精神状態でないことがわかるような荒れた状態の男なのに。
何故か弟を預ける事への不安は一瞬にして消えていた。
やがて男はすがりつく幼子を受け入れ
まるで元からそうであったように、親子となった。
その情景は酷く懐かしく感じられ
涙が出た。
嗚呼…そうか…この自由人はあの人なんだ。
何故か夢の中の楽園のあの人だと思った。
顔や声など思い出せない。
強烈に記憶に残っている、輝く長い黒髪もこの自由人には無い。
しかしあの人だと確信した。
夢の中の楽園に住むあの人だと。
あれから数年の月日が流れた。
何千年も生き続ける天上人である自分には一瞬の事であるはずの数年が
酷くゆっくりと流れる時間に感じられた。
毎日の日課のように覗く地上の姿。
その視線の先には一組の親子。
弟を地上に下ろしたあの日からあの楽園の夢を見ることは無くなた。
その代わりあの楽園と同じ風景を毎日目にする。
太陽の下を長い髪の男が幼子の手を引き、
周りの仲間と騒ぎながらも幸せに暮らしている。
リキッドはその風景を見守りながら
嬉しいはずなのに寂しそうに笑った。
俺はもうあの楽園に混ざる事は無い。
少しだけそれが残念だった。
世界は一度壊れ。
そして再生したらしい。
かつてはこの地を捨て宇宙に楽園を求めた事もあったという。
宇宙とは真っ暗な夜空の事を言うのか。
そもそもあんな所に楽園など本当に存在するものか?
俺は地上と自分がいる天上界以外のものは知らない。
そのはずなのに。
楽園を思い浮かべると固定的で強烈なイメージがある。
見たこともない赤や緑の鮮やかな草花。
透き通るような青い海と
吸い込まれるような青い空。
動物の騒がしい声。
そしてその中心にいる…
「髪伸びたな。切らないのか?」
「ああ…まぁ何となくな…で?何のようだよ兄貴…」
思考を止められたせいか、はたまた彼の性格なのか。
リキッドは不機嫌そうに自分の髪を一まとめにしながら
兄を振り返った。
「天帝のことだ、地上に下ろす期日が決まった」
「……俺は反対したはずだぜ」
「決定事項だ、変更はない。それを伝えに来ただけだ」
リキッドは振り返ることなく、兄が部屋から出る音を聞いた。
幼い弟を地上に下ろすと言う。
表面上は地上を見守るため。
真の目的は魔人の目を欺くためなどと言っていたか。
戦い以外のことはサッパリで理屈など知らない。
しかし地上人が自分であれば、いきなり現れた見知らぬ子を育てようと思うか?
答えはNOだ。
心優しい種族とはいえ、大きな戦争の後。
警戒され殺されるかもしれない。
リキッドは血がにじむほどに拳を握り締めた。
世界が反転する。
体に激痛と圧迫感。
地をなめるように体を押さえ込まれ、腕をねじり上げられている。
不意打ちとは言え自分がこれほど簡単に押さえ込まれるものなど兄たちでもなく
「お前さ…受身ぐらい取れよ…」
あきれたような声が上からかけられたと思うと圧迫感がすっとなくなった。
声の主に心当たりはない。
だが相当なやり手である事は量られる。
完全臨戦態勢に入り、片手を地に付け声の主に向かい蹴り上げた。
ところがソノ足は空を切り、すばやく手を声の主の足で払われ、
また世界は反転した…
その瞬間見えたのは
青空に浮かぶ酷く眩しい太陽の逆反射、
姿は見えない、声の主のシルエットと
光に照らされ輝く長い黒髪…?
ドン。
また襲う激痛。
だが先ほどとは違い衝撃が少ない。
「あれ…俺の部屋?」
あわてて声の主を探すが、そこには自分以外のものは何もなく。
そして今の自分の現状はと言うと、
椅子から転げ落ちたような格好。
ような…というよりまさしく、それしか考えられない状態だ。
どうやら、居眠りをして夢を見ていたらしい。
リキッドは大げさにため息をつくと、自分の間抜けさにあきれ
頭をかきながら立ち上がり、顔を洗いに水場へと移動した。
外は日が傾きかけ、鮮やかな夕日が照らしていた。
今日の深夜、弟を地上へ下ろす。
不安な気持ちは消えない。
水場につき顔を洗おうと水面を覗き込んだ。
そこには心配で歪んだ自分の顔があった。
弟は本当に大丈夫だろうか?
地上に下ろしてしまえば、何が起ころうと手を差し伸べる事は出来ない。
たとえ目の前で弟に危害が加えられたとしても指をくわえて見守る他ないのだ。
あの日…弟がいなくなった悪夢のような日…
あれから何度も何度も後悔し、そして誓った弟を命に代えて守ると。
それなのに!!
リキッドは乱暴に顔を洗った。
ひたすらがむしゃらに。
そしてどれほどの時間がたったのか。
この心の不安は洗い流される事などなく。
自分の顔から落ちる水滴は水面を揺らし
そこに映る自分の顔をただ眺めた。
水面に映る自分の姿。
ソノ姿が夢の中の男と被って見えた。
あれは自分自身だったのか?
いや…違う。
俺はあの人じゃない。
実はあの人物が出る夢は初めてではなかった。
相変わらずあの声の主に心当たりはない。
だが自分がイメージに持つ楽園の風景には確かにあの人がいる。
思えば髪を伸ばすようになったのも、あの夢を明確に見出した頃からだ。
印象に残る長い黒髪。
夢の中の楽園に住む人…
目を瞑り、夢を思い出そうとすると
少しだけ苛立ちが消えるような気がした。
日が落ち。
天帝を地上に下ろす時が近づいた。
リキッドの不安は増すばかりで、
悲痛の表情で弟を見た。
「リキッド…この子の運命を信じろ」
兄達にそう言われ、弟に最後の言葉をかけた。
「強くなれ」と
幼い弟はソノ言葉を理解できたのか出来ていないのか、
嬉しそうに無邪気に笑った。
まるで心配するなとでも言うように。
それからとうとう弟は地上へ下ろされ
その様子を息を呑んで見つめた。
そしてそこへ幼い弟を預ける自由人が現れた。
その姿を見た瞬間息が止まった。
肌があわ立ち鼓動がうるさく耳につく。
その自由人の英雄はまだ若い男だった。
一目で普通の精神状態でないことがわかるような荒れた状態の男なのに。
何故か弟を預ける事への不安は一瞬にして消えていた。
やがて男はすがりつく幼子を受け入れ
まるで元からそうであったように、親子となった。
その情景は酷く懐かしく感じられ
涙が出た。
嗚呼…そうか…この自由人はあの人なんだ。
何故か夢の中の楽園のあの人だと思った。
顔や声など思い出せない。
強烈に記憶に残っている、輝く長い黒髪もこの自由人には無い。
しかしあの人だと確信した。
夢の中の楽園に住むあの人だと。
あれから数年の月日が流れた。
何千年も生き続ける天上人である自分には一瞬の事であるはずの数年が
酷くゆっくりと流れる時間に感じられた。
毎日の日課のように覗く地上の姿。
その視線の先には一組の親子。
弟を地上に下ろしたあの日からあの楽園の夢を見ることは無くなた。
その代わりあの楽園と同じ風景を毎日目にする。
太陽の下を長い髪の男が幼子の手を引き、
周りの仲間と騒ぎながらも幸せに暮らしている。
リキッドはその風景を見守りながら
嬉しいはずなのに寂しそうに笑った。
俺はもうあの楽園に混ざる事は無い。
少しだけそれが残念だった。
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