昼食を終えてすぐに、天気が良いからと、パプワとチャッピーは散歩に出掛けてしまった。
今、この家にいるのはシンタローさんと俺だけ。
台所に向かって皿を洗いながらも、後ろが気になって気になって仕方がない。呑気に寝転がって本を読んでるシンタローさんは、多分俺のことなんか少しも気にしてないんだろうけど。
でも、俺は決めてたことがある。
今度シンタローさんと二人きりになったら、絶対に言おうと思ってたことがある。
今がそのときだ!
最後の一枚の皿を必要以上に力を入れて洗って、水を一滴も残さないように丹念に拭き取って。濡れた両手もきっちり拭いて、大袈裟なぐらいに一つ深呼吸。両手をぎゅっと握り締めて、足にも力を入れて、振り返る。
「シンタローさん!」
大声で名前を呼ぶと、シンタローさんが本から顔を上げてくれる。でもその表情は不機嫌そうで。声が大き過ぎたのかもしれない。っていうか、読書の邪魔をしてしまったのがまず間違いだったんだろう。
でも今更引き下がれねえ!
「んだよ、うっせーなぁ」
やっぱり物凄く機嫌が悪い。思わず怯んでしまった。
怖気付いてる場合じゃないのに。
頑張れ、リキッド!
自分で自分にエールを送ってみる。
そして、もう一度深呼吸。シンタローさんは不審そうな顔でこっちを見てるけど気にしない。俺の目的は唯一つ。
シンタローさんにこの想いを伝えることだけだ!
「シンタローさん、俺と付き合ってください!」
目を閉じて、叫ぶように告白。
そして、沈黙。
やっぱりいきなり過ぎただろうか。でもどうしても伝えたかった、今が滅多にないチャンスだったんだ。パプワやチャッピーがいるときにこんなこと言い出すわけにはいかねぇし……。
返事がない。
恐る恐る、目を開ける。
視線の先、シンタローさんが呆れたように、溜息。
「バカ言ってねぇで晩飯の献立でも考えてろ」
やっと返ってきた言葉はそれだけ。
思いっきり不発?
っていうか、俺、振られた……?
シンタローさんは既に本へと視線を戻してしまっている。俺のことなんか眼中にないって感じだ。
想像以上にあっさり終わってしまった。こんなことならもう少し何も言わないでおいて、勝手に希望を抱いたまま過ごしていた方がまだ幸せだったかもしれない。それはそれで空しくはあるんだけど。
呆然とその場に立ち尽くす俺は、シンタローさんがもう一度顔を上げてくれたことにも気付かなかった。溜息を吐いて、立ち上がったことにも。
「おい、リキッド」
名前を呼ばれて漸く我に返る。シンタローさんが思い掛けないほど近くに立っていて驚いた。
「し、シンタローさん……?」
いきなりあんなこと言ったから気を悪くしたのかな。ああもう付き合ってなんて図々しいこと言わないんで、せめて俺のこと嫌いにならないで……ッ!
「晩飯の材料集めに行くぞ」
あ、そういえば晩飯の献立考えろって言われたんだった。
「はい、晩飯の献立ッすね――って、え?」
でも今、違うこと言われた……?
「何か良い食材見つけてそっから献立考えれば良いだろ。行くぞ」
行くぞ、って。
――シンタローさんと、一緒に?
「ぐずぐずしてんじゃねえッ!」
「え……!?」
怒鳴られて、同時に手を掴まれて。驚き過ぎて返事をすることも出来なかった。
引っ張られるように歩きながら、そっと、その手を握り返してみる。怒られるかなと思ったけど、シンタローさんは何も言わない。一度も振り向いてくれないから、どんな顔をしているのかも分からないけれど。
繋いだ手が暖かい。
恋人同士みたいだ、と思った。
言ったら今度こそ怒られそうだから、思うだけにしておいたけれど。
さっきの告白は、不発じゃなかったのかもしれない。
いずれにしても、俺はやっぱりこの人のことが好きだと再確認してしまったから、今後も諦めることは出来そうにない。
いつかシンタローさんもはっきりとした答えを俺にくれるんだろうか。
それが、俺にとって嬉しい返事であることを。
図々しいとは分かっているけれど、それでも期待しちゃってます。
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