朝食はアラシヤマが作るという約束で、昨夜は遅くまで付き合ってやったのに。
「なんでまだ寝てんだ、コイツ……」
カーテンの隙間から差し込む陽光が眩しくてシンタローが目を覚ましたとき、時計は既に昼近くを指していた。
アラシヤマの部屋に当然一台しかないベッドは、客なのだからという主張の元、シンタローが一人で使っていた。そこから身体を起こしてすぐ隣に視線を落とせば、ベッドから追い出されたアラシヤマが目を閉じたまま転がっている。予定ではもっと早い時刻に朝食の用意をして、シンタローのことを起こしに来ることになっていたのだが。
ベッドから下りて隣に屈み込み、顔に掛かった髪を払い除けてみる。少しばかり擽ったそうな様子を見せたけれど、やはり起きる気配はない。よく眠っているようだ。シンタローは呆れて溜息を吐き、そのまま床に座り込んだ。
「幸せそうな顔しやがって」
そういえば眠っているところを見るのなんて初めてかもしれない。偶にこうして泊まりに来ても、夜は自分の方が先に寝てしまうし、朝起きるのはアラシヤマの方が早い。
眠っていると受ける印象が全く違な、と思う。起きていれば彼が自分の目の前で大人しくしていることなどまずない。時々でもこういうところを見せてくれれば、少しは自分の態度も変わったかもしれないのに。
そこまで考えて、今更だ、と思った。
それに慣れていないせいかもしれないが、いつまでも大人しくされているとそれはそれで気味が悪い。同時に少し苛立ちさえ覚える。やはり鬱陶しいぐらいで丁度良いのかもしれない。
「いつまで寝てんだよ」
呟くように口にすると、床に手をついて顔を覗き込む。そしてほんの一瞬だけ、掠めるように唇を触れ合わせた。
起こしてやろうという気が無かったわけではないけれど、これぐらいでは起きないだろうと思っていたからこんなことをしたのかもしれない。
「何やってんだ、俺……」
離れてから気恥ずかしくなって口許を手で押さえる。ほぼ同時に目の前でアラシヤマが寝返りを打った。
「シンタローはん……」
「っ……!」
今ので起きてしまったのか、それとも最初から起きていたのか。
名前を呼ばれたことにシンタローは酷く動揺した。
いつから意識があったのだろう。どこから自分の行動に気付いていたのだろう。何からどうやって誤魔化せば良いのか。必死に考えれば考えるほど混乱してきて何も思い浮かばない。しかも顔が熱くて多分真っ赤になっている。今起きたばかりだとしても、顔を見られたらその不自然さに気付かれてしまうだろう。
下手な言い訳ならばしない方が良いと普段ならば考えただろうが、今はそう思い付くだけの冷静さも失ってしまっていた。とりあえず何か口を開こうと、改めてアラシヤマへと視線を落とす。
ところが、彼は何事も無かったかのように相変わらず眠ったままだった。
「寝言かよ……!」
自分の勘違いなのだが騙されたようで無性に腹が立つ。目が覚めていない方が都合が良かったはずなのに、安心することも忘れてしまった。顔の熱も一気に引いた気がする。
気が抜けて溜息を吐いた後、そういえば彼は寝言で自分の名前を呼んだのだと気付いた。途端、急に可笑しくなってきて思わず小さく笑みを零す。
「コイツ寝てるときも俺のことしか考えてねーのかよ」
大人しくて、いつものように自分に寄って来るわけではないけれど。結局中身は何も変わらないのだと今更分かった。
そしてシンタローは、その事実に自分でも理由が分からないまま満足する。
「しょーがねぇな、少し遅いけど朝メシでも作るか」
立ち上がって伸びをして、長い髪を後ろで一つにまとめて結う。
朝食の用意が出来てもまだ寝ているようだったら、そのときは今度こそ叩き起こしてやろうと思った。
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