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 生きながら火に焙れる苦痛を知った。
 激痛苦痛というものは口からほとばしる咆哮をなかなか抑えれぬものであるが、不思議と意識は瞭然としていて、アラシヤマは目の前にいるであろう師の顔を思い浮かべた。上を向いた目尻に細面の、面立ち通りに厳格だった彼は、きっと苦痛に喘ぐ自分を愚かに、あるいは滑稽に思うだろうと考えて、アラシヤマは声を上げぬよう、それこそ残りの意識を費やしてでも努めた。
 愚かなどと思わせない。滑稽ならば尚更だ。
 その師を巻き込もうとして我が身を焼いているのだが、そうそう彼も自分と同じように苦しんでいてくれているとは思えない。自分が何をしでかすかわかっていた彼を死なせることは用意ではないし、それに周りには仲間がいる。巻き込んでしまうとわかっていて、師を死なせることが厳しいことだとわかっていて、それで本気を出せるアラシヤマではなかった。せめて一時的にでも戦闘を行うことのできぬ状態にできれば良いと思う。それだけでも功績だ。あの人が決着をつけるに、決して邪魔は入らせない。そうすればあの人はあの人なりに道を切り開く。確信してそう思う。アラシヤマは寸分の疑いもなくそう思うのだ。
 焼かれ、焼かれ、隣に後ろに仲間の苦痛の声があがる。申し訳ないと思った。
 何人も何十人も何百人も人間という敵を焼き続けて、己の能力はそういったことに効率が良かったから、それこそ虐殺し、殺めて、蛋白の燃える匂いすら長じて慣れてしまってからは、苦痛の声を無感動に「煩い」と流すだけだった。いちいち罪悪を持っていたらやっていられないのは事実であった。同時にそうした自分の行為を「倫理の敵」と認識していなければ、いずれ破綻する。要するにその境界線のせめぎ合いを中立に保つことこそが、上手くやれるポイントなのだろうとアラシヤマは考えていた。実際上手くやっていた。
 意識は眠りを誘うように緩慢に落ちていく。一声叫んで苦痛をあらわにしたのならば、一瞬にして意識を手放す事ができたのやもしれぬ。アラシヤマは拒んで、拒んで、ああやっと、そんな思いに駆られた。仲間の苦痛の声は聞こえない。発火点ではないから火は消えているだろうと、あるいは消えているといいとアラシヤマは思う。申し訳ないと思う。苦痛の声を聞かぬことへの安堵と、同時に生きていて欲しいとの願いが、不安が、それこそせめぎ合い境界線を侵食しあって、中立もなにもあったものではなかった。同時に師は、師は、どうなったのだろう。せめて意識不明くらいの負傷はしているといいと思いながら、突然泣きたくなるくらいに、やはり生きていて欲しいと感情が溢れた。とんだ矛盾で欲張りだと思った。
 自分が燃えているのか燃え尽きているのか既に出来ないでいる。意識があるならば生きてはいるのだろうが、如何せん感覚はひどく麻痺して、これはすでに燃え尽きて死後の云々という、そうしたものを体験しているのではないかとアラシヤマは、あるいはアラシヤマだったものは思うのだ。そんなくだらないことを考えるまでに意識は朦朧としていた。世界は曖昧模糊としていた。受動的に記憶から刺激される思考を続けるだけだったアラシヤマが、麻痺した世界を眺めながら、ひどく切実にと願うようにして、やっとひとつの意識を確立した。
 ひたすらに願うことは難しい。
 それは純粋な願いから願望へと転じ、望みへと転じ、夢へと転じ、それが叶った未来を夢想すること。想像すること。それが叶った時点で己はどうするか。あるいは目標を。それらを思考することなしに願うことは、そうそうないのだろう。ただひたすらに、ひたすらに狂おしいまでに一途な願いを想い続けることは、考えなしと夢想家と罵られることさえあって、ましてそうした願いの形すら少ない。
 世界が欲しい。
 それは思いはすれど、結局自分のすぐ上にいる人を抜くことが第一であった。
 友人が欲しい。
 憩いを望んだ。甘美な夢だった。そこには人間同士という要素は含まれず、ただ幻想のようなものを求めた。
 いずれも願いの先には打算があり、利益があり、本末転倒すら生じていた。アラシヤマはいつでもそうした願いを忘れずにこれまで生きてきたのだし、何かを求める自分を気に入ってもいた。孤高という師の生き方に憧れながらも、結局他人との馴れ合いを避けられぬ彼の姿を見て、気持ちはいよいよ増すばかりであった。求めることを隠さず、矛盾を生ずることなく生きる方が、よっぽど美しいものではないかと、幼い頃肥大した意識は長じてようやく開花した。
 馴れ合いを許さぬ師は「孤高」と自らの生き方を定めてはいたが、それは必要最低限鬱陶しいものを嫌う師の予防線だったのではないかと思う。師はある人に憧れていたしある人たちを好いていた。自分にも情を向けてくれていたのだと思う。師は鬱陶しいものを忌み嫌うが故に、曖昧にしておかず「孤高」という言葉を用いて必要最低限の人を求めた。自身がそれを明確な意識として捉えているかはともかく、ならばアラシヤマは、自分はひたすらに求めようと思った。必要最低限を見定められぬゆえに、甘美な幻想を求める範囲は広がった。
 それは本末転倒の、健全な願いだった。ただ、意識が切れる前のほんの一瞬、アラシヤマはたった一人の顔を思い浮かべた。
 あの人を。あの人を。あの人を。
 それはひたすらな願いだった。届かぬと知っていながら、そのひたすらな気持ちを伝えたかった。
 アラシヤマは、小さく唇を動かした。

 「この、馬鹿野郎!」
 ぱんと頬を張り飛ばされる感触にアラシヤマは瞼を上げた。飛び込んだのは白い天井で、細い蛍光灯が数本ずつ置きに煌々と部屋を照らしている。突然瞳に飛び込む光に、アラシヤマは思わず目を細める。思考を忘れたまま、細めた目の横に動くものを捉えて、ゆっくりと首を傾けた。
 刹那に
 「し――――」
 胸の内で飽和した感情が口から弾けそうになったと同時に、乾いた喉は突然飛び出そうとする声を受け付けず、アラシヤマの感情は不発に終わった。寝起きにも関わらずありありと見開かれた瞳は、たった一点を捉えている。
 シンタローはん、と唇だけが先走った。
 ぱんと平手打ちが飛んできた。
 「馬鹿野郎」
 いかにも憎憎しいといった口調で、シンタローは再度吐き捨てた。ベッドに横たわるアラシヤマを見下ろして、アラシヤマ本人はわけがわからず、痛みを感じ取ることのできない頬に左手をやった。右腕は点滴に繋がれている。
 「シン、タロー、はん?」
 乾いた口内から搾り出すようにして、アラシヤマは必死に名前を呼ぶ。
 馬鹿、としか返ってはこなかった。
 「ねえ」
 「うるさい」
 「どうしたんですのん?」
 シンタローはぎゅっと眉間を詰めて、何かを堪えるような表情をしていた。アラシヤマには彼がこんな顔をする理由がわからない。何か辛いことでもあったのだろうか。
 お前が、とシンタローは言った。
 「お前が、目ぇ覚ましたって聞いて」
 「ああ、おおきに」
 今度は額を叩かれた。べっ、と小気味良い音がしたが、意識が朦朧ろしている所為なのか興奮ゆえなのか、相変わらず痛みはない。
 「どうしたんですのん、シンタローはん?」
 「ばか」
 「は?」
 「馬鹿っつってんだよこの大馬鹿野郎!」
 腕が大きく振り上げられてアラシヤマは反射的に目をつむった。しかしそれがアラシヤマに下ろされることはなく、シンタローは今にも泣きそうな顔をして、ゆっくりとそれを胴の脇へと収めた。
 シンタローはん、とアラシヤマは呟く。もしかしたら抱き締めたかったのかもしれない。
 「無茶してんじゃねえよ」
 「へえ」
 「死ぬとこだったんだぞ、てめえ」
 「へえ」
 「心配なんかしてやんねえぞ、わかってんだろ?無意味なんだよ。見返りなんかねえんだよ。だからやめろよ、そういうこと。お前はただの馬鹿だ。大馬鹿野郎だ。いっちょ前にして、そんなの、誰も心配なんかしねえんだよ」
 吐き出すように、泣き零すように、シンタローは瞭然とした口調で捲くし立てた。痛みを堪えるような表情で己に向かい暴言を吐く。アラシヤマはベッドに横たわったまま、シンタローを見つめた。思わず顔の筋肉が弛緩する。
 「なんだよその顔」
 「すんません」
 「気持ち悪ぃぞ」
 いつもの暴言なのでアラシヤマはわずかに苦笑して流した。
 シンタローは「ああもう!」と乱暴に言って、珍しく下ろした髪を掻き揚げた。服装は軍服ではなく、あの島にいたときと同じラフなもので、顔がわずかに浮腫んでいたことから寝起きなのだろうとわかった。もしかしたら自分が目を覚ましたことを聞いて、飛んできたのかもしれない。窓の外はわずかに朝焼けが白んでいる。時計を見れば午前四時を回っていた。こんな早くに、人によっては丁度深い眠りに落ちている頃だというのに、しばらく寝ていてもすぐ朝は来るから、何ら差し障り無いというのに―――それでも駆けつけてくれたのだと思うと、嬉しくて、嬉しくて、思わず抱きしめたい衝動に駆られたが、身体は腕を動かすにしても鉛のように重くて、残念ながら叶いそうに無かった。
 そんなことを考えていると、シンタローはじっとアラシヤマを見つめてきた。また暴言を吐かれるのかと、アラシヤマは全くと言っていいほど素直でない愛しい人を見返す。シンタローはしばらく無言であった。アラシヤマは言葉を待った。シンタローは徐に腕を伸ばして、迷い箸の動作のように逡巡しつつも宙を掻き混ぜて、やっと意を決したように、アラシヤマの頬に手を添えた。
 「シンタローはん?」
 数分の間だけで幾度も叩かれた頬を、今はその掌によって優しく触れられている。感触は硬く長い炊事で乾燥してもいたが、妙に弾力があった。アラシヤマはそれこそ本能のように重い腕を上げた。自分の頬に添えられた手に、更に自分の手を重ねる。アラシヤマは込み上げる愛しさを必死に伝えようとした。これ以上ない、飽和した感情だった。
 「俺より先に死ぬなよ」
 搾り出すようにシンタローは言う。
 「お前は俺にこき使われて、こき使われて、それ以外なんの役にも立たないくせに。だから勝手に死ぬなよ。無茶すんじゃねえよ。敵わねえって思ったら、逃げろよ。逃げて逃げて逃げて―――ああ、相手が特戦部隊じゃ、それこそ無理かもしれねえけど、だからって」
 だからって。
 頬に遣られた指が、ぐっと立てられた。
 「自爆なんか、すんなよ。それ以外なかったのかよ。なかったからやったのはわかってるよ。ただの八つ当たりだよ。でも、でも、アラシヤマ」
 アラシヤマの飽和した感情に負けぬくらい、シンタローもあらゆる感情を込めた。
 「この馬鹿――――」
 シンタローはアラシヤマをきつく抱いた。点滴の針が今にも抜けそうになるくらい、乱暴に上半身を抱き上げた。窓の外はいよいよ陽光が差していて、白い部屋がてらてらと光った。アラシヤマは燃え立つ自分を想起する。その中でアラシヤマはひとりの顔を思い浮かべた。たまらなく愛しい感情が飽和して、それは打算も利益も存在しない、もしかしたら本末転倒はあったやもしれぬが、少なくともひどく純粋な思いであった。
 アラシヤマは重い腕で抱き返して小さく呟いた。
 「…ただいま」
 その純粋な想いを向ける相手は今自分の腕の中にあった。否、自分が彼の腕の中にいた。たまには抱かれるのも悪くはないと思いながら、アラシヤマは、炎の中意識が尽きる最後の言葉を想起した。最後に思った顔。アラシヤマはこのままでは間違いなく不帰路を辿ると思った。だからせめて一言、苦痛の声の代わりに、たとえあの人に届かぬとわかっていながらも―――焼け乾いた喉から流血するのを感じながら、アラシヤマはたった一言。
 さよならと言った。
 最後までなんて自分は我侭なのだろうと思った。自己満足に想い、不帰路を辿るならばとけじめをつけたくて、それでも結局のうのうと生きた。そして「ただいま」と撤回するのだ。
 自己満足という純粋さを、ひたすらに愛しい人に向けた。










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