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ku
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長い黒髪が視界に揺れる。
見事な金髪碧眼揃いの一族の中にあって、若き新総帥は唯一の黒髪の持ち主だ。

固い意志の宿る瞳に、迷いのない背中、胸を張って立つ姿。

一族の誰とも違うその色は、却って彼が歴代の総帥の中でも特別な存在であるかのように思わせる。
力強い一挙一動の度に翻るそれこそが、彼が掲げ皆を導く旗印のようだった。

 

そんな風に彼自身を象徴するものだからだろうか。
本人の性格を映すかのごとく、腰まで届く黒髪はとにかく頑迷なまでに真っ直ぐで、耳に掛けても背中に払っても、簡単に滑り落ちてくる。
デスクワークともなれば、下を向くたび目にも書類にも被さって、何度も煩そうに掻き上げる姿を眼にすることもしばしばだ。

「邪魔なら結わいておいたらどうだ」

いつもその有様を見る度にキンタローは言うのだが、

「いーんだよ」

彼は彼で、意地になったように、それしか言わない。
強情なのも考え物だと、内心呆れるキンタローだった。

 

 

それは遠征から帰還した時のことだった。

「だッ」

総帥室に響いた小さな声に補佐官が振り返ると、総帥は黒のコートを脱ぎかけた、中途半端な体勢で固まっていた。
髪がコートのファスナーに噛んだらしい。
忌々しそうに舌打ちして、彼は片手で絡まった髪を押さえ、片手でデスクの上を探った。
手に取ったのはハサミだった。
髪のその部分だけ切るつもりらしい。
制止する言葉より先に手が伸びた。
動きを遮るように、ハサミを持つ腕を掴む。

「何すんだよ」
「ちょっと待て、動くな」

釘を刺してから、問題の場所を覗き込む。
ひともちになった髪と金具にじっと目を凝らし、何とかなりそうな状態だと見当を付け、キンタローはひとまず従兄弟の手からハサミを取り上げた。
無理に引っ張らないように注意しながら、もつれた髪を少しずつ摘んで解いていく。
そう苦労もなく、すぐにファスナーは外れた。

「お、サンキュー」

ほっとした様子の従兄弟には答えず、キンタローは備え付けの洗面所からタオルと、ブラシなどの洗面台周りの細々とした物を入れてある篭を掴んで引き返した。
引っ掛けた髪の、傷んでこんがらがった部分を濡れたタオルで挟み、ブラシで丁寧に梳かす。
何度か繰り返すと、元通りとはいかなかったが、幾分ましになった。
ついでにブラシを全体に流して、全部の髪を集める。

「キンタロー?」

シンタローが怪訝な声を上げる。
後ろ髪を押さえられているので、首は振り返れない。
何とか髪を取り返そうと手が伸びるのを、軽くいなしてキンタローは手を動かす。

「動くなと言ってる」

言いながら、キンタローはふと篭に伸ばしかけた手を止めた。
ごちゃごちゃと乱雑に入った中に、ひとつ、見覚えのある白い結び紐。
それには触れず、素っ気ない黒い髪ゴムを手に取った。
ブラシで梳いた髪を、ざっと三つに等分してもう一度梳く。

「??おい?」
「すぐ済む」

手早く、首の後ろで一本の三つ編みにした。
解いたときに跡が残らない程度に緩くやんわりと編み込んで、邪魔にならない長さまで編んだら残りは垂らす。

「済んだぞ。どうだ?」

問われて、やっと解放されたシンタローが一本の束になった髪を摘んだ。

「まぁ、ラクだけど…」

ざっくりと編んであるだけだが、その割に解れてこない。
呆れたような感心したような顔で、彼は己の髪をしげしげと眺めた。

「お前、こんなのドコで覚えたの」

従兄弟の結いようもない短い髪に目をやりながら問う。
彼の金髪が長かったのなんて随分昔の一時期だけのことで、その頃にこんな風に結っていたという記憶はなかった。

「やり方さえ知っていれば、このくらい別に練習しなくても出来るだろう?」

やり方はグンマがやってるのを見て覚えた、と答える。

「器用なヤツ…」

憮然とした響きに、そういえばとキンタローも気付く。
彼がこういう風な結び方をしていたことはなかった。
ハーレムでも夏は高く結っていたのに、彼は括るだけのスタイルを変えたことがない。
ポリシーと言うワケでもなく、単にその程度しか出来なかったらしい。
成る程、だから括れないなら、下ろしておくしかなかったということだ。
家事や料理にはあれほど細やかに動くのに、思わぬところで不器用な指だ。

「今度から邪魔なときは言え。邪魔なのを気にしてるより、こうした方が早いし楽だろう?」
「まーナ…」

そう言いつつ、慣れない感覚が気になるのか、しきりに落ち着かなげに左右に首を傾ける。
改めてじっくり眺めると、ラフに纏めた髪は私服なら良いだろうが、重々しい総帥服には妙にミ
スマッチだった。
髪を結ったのは単に合理性の問題であって、別に似合う似合わないの問題ではないのだが、妙に笑えてしまう。

「まぁ、やっぱりその服には解いていた方が似合うな」

髪を引っ張らないように気をつけながら、髪ゴムを外した。
芯の強い張りのある髪は、かるく指を通しただけで、ぱらりと広がる。
真っ直ぐに真っ直ぐに、見事に従兄弟の気性を写したような髪をキンタローは存外に気に入っていた。
何とはなしに手離しがたくて、編んだ形が解けた後も指で掻くように梳く同じ動作を繰り返す。
子供か子猫が無心に玩具で遊んでいるような仕草に、シンタローも呆れつつさせたいようにさせている。
指の間をするりと摺り抜ける感触が小気味よく、海辺の砂が掴んだ手の中でさらさらと崩れていくのにも似たくすぐったさが心地良く、キンタローは目を細め、掴まえた一房に衝動的に唇で触れた。
指先よりも柔らかい皮膚に、ぴんと張った髪のひんやり滑る感触がした。
シャンプーの控えめな香りが鼻腔を擽る。
掴まえた筈のそれは、髪自体の重さで容易くするりとすり抜けて落ちた。
名残惜しい気持ちを感じながら、顔を上げると、従兄弟が固まったまま呆けていた。

「なんだ?」

問うと、ぎぎぎ…と首を動かす。
ふたりの視線が合った。
首を傾げたキンタローと視線を合わせたまま、シンタローの強張った指が手探りで己の髪を掴まえた。
そのまま、ぐっと鷲掴みに握りしめる。
不必要なほど力のこもった拳に握りつぶされて、折角梳かしつけた髪がまた乱れた。
本人がしているとはいえ、乱暴な扱いにキンタローは顔を顰める。
当の本人はそんなことにはお構いなしに、そのままの姿勢でぎこちなく止まっていた。

「…それこそ…どこで覚えてきやがったんだよ」
「何をだ?」

不可解そうに眉を寄せた従兄弟の大真面目な顔に。
深い深い溜息の後、シンタローはずるずるとその場に伏せた。

「んでもねェよ」

 

そうして、デスクに沈むように突っ伏したまま、疲れたように

――人前じゃなくて良かった。

しみじみと遠い目で呟いた。




 

 

 




 

後書き。

三つ編み。実は髪型としては結構好きです。2本のお下げとかより、1本でざっくりとが良い。髪を触らせるのって、かなり近い距離感だと想います。寝癖やらネクタイやらお互い…いや、むしろ従兄弟で直しあってれば良いと思う、ドリーム。

 

 

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