四年経った。
総帥としての俺のペルソナはすっかり定着して。
今日も貴方との距離を測る。
ねぇ。
時が来たようだ。
Doppel
act11 そして始まる君の物語
「あー……、きたか」
すとんとそれは俺の中に落ち着いた。
いつくるか、総帥になってからの四年間その日を迎えることにどこかで怯えを感じていたと思う。
無論それを知るものは少ない。
いない。と言いたいところだが、いかんせん不都合な体は時々主の感情を無視するのだ。
しかし訪れれば簡単に受け入れることが出来た。
ああ、こんな物なのかと。
始まる前は、どうにかしてそれをくい止めることは出来ないかとゼロに近い可能性に縋ってしまうけれど、いざ動き始めてしまえばもうその流れにのるしかないのだ。
「さて……俺はどうするべきなのかな」
これは君の物語。
止まった時間を動かすための君の物語。
本部へと戻る艦の中。
一人窓辺にと佇んで流れる景色を何とはなしに見やる。
目を閉じれば今でも鮮明に思い出せる。
深い蒼にすいこまれそうな空。
白い砂浜にうち寄せる波。
暑さを含んだ空気が頬を撫ぜるのが心地よくて。
「………もう、四年か………」
それともまだ四年だろうか。
あの島ですごしたのは一年ほどだった。
けれど、一生分の輝きを詰め込んだような一年だった。
まだ三十年も生きていない分際で、と言われるかも知れない。
でもわかる。
だってこれから歩いていく道に彼はいない。
そして選んだ道は果てなく続くのに、一緒に歩く人は一人また一人と減っていくのだろう。
これはすでに決められた結末。
「………言える資格ねぇよな」
同じ顔をしたあの男はその中で生きてきた。
幾度の別れがあったことだろう。
けれど決して自らの使命を放棄することはなかった。
たった独り。
何度彼は見送ったのだろう。
どこまでも近いようで、けれどその実遠い存在は。
やはり目の前に在る。
鏡像のように、彼と交わることはないけれど。
その生き様に。
あの男は惹かれたのだろうか。
「俺のが先に逢えてたら……、何か違ったのかな」
何も違わないだろう。
俺はあの男の息子として生まれたのだから。
そしていまがあるのだから。
「どうしようか?」
俺は今すぐ貴方に会いたい。
そう。
今動き出した弟よりも。
俺は今すぐ貴方に会いたいんだ。
「でも……追ってなかったらそれはそれで怒るんだろうなぁ」
あの愛し子を。
今度こそ父親としての役目を果たすと言っていたあの男が、それこそ何の動きも見せていなかったら容赦しないだろう。
傍にいて欲しいのと供に、あの男が一番傍にいるべきなのは弟だと思っているから。
「……………違うな」
自嘲気味に軽く頭を振れば、長い黒髪が静かに音を立てた。
随分と伸びた気がする。
四年間一度も髪に鋏を入れたことはない。
これは俺の唯一の抵抗。
貴方を好きだと思う俺の。
唯一の自己主張。
「あいつを見てもらいたくないのは、変えられないんだよ」
四年かけて納得をさせた。
無論少し揺さぶられれば簡単に零れてしまう、そんな脆い殻だけど。
それでも閉じこめた。
何の解決になりはしないのは自分でも分かっている。
けれど離れられない。
そんな俺の選べる手段なぞ、後は自己防衛に走るしかないだろう。
「―――……無茶苦茶情けないけどな、」
折角あそこに行ったのに。
俺は今でも成長していないんだろうか。
今回呼ばれなかったのは。
ただ単に俺が必要なかったから?
「今度は、お前の物語だ……」
口に出して己自身に言い聞かせる。
彼の物語に、俺は必要ないのだろうか。
それともあの島に俺も行ってしまったら。
――――――――――今更ながらに、選んだ道を違えてしまうからだろうか。
「ありえない。って断言できないところが自分で辛いな」
ふっと、鼻だけで自分をせせら笑う。
そう。
たった一人の男に簡単に揺れてしまう自分は。
それと同じようにあの島に惹かれている。
背負っている物が、あのころとは違う。
四年前に辿り着いたときは、総帥の嫡男という肩書きこそあった物のその肩に負っている物は自分自身だけだった。
けれど今は新生ガンマ団総帥として、自分だけの体ではない。
今更全てをかなぐり捨てることを選ぶほど愚かではない、と思いたい。
ただ目の前にして、誘われないとは言い切れないのが事実で。
「そもそも……あいつにぶっ飛ばされそうだ……」
置いていかれたと思ったのは自分なのだろうか。
あそこで手を伸ばされていれば。
――――――多分、俺が選んだのはあいつだ。
「会いたいよ」
君にも。
貴方にも。
決して交わることのない二つの線。
それがまた交差しようとしている。
「今度こそいっぱい愛されろよ……」
あのどうしようもなく不器用な男は。
さて、どう出るのだろう?
「そろそろ俺も………覚悟決めないとな」
また動き始めたことに、今こそ自分は何も関係していない。
けれどあまり遠くなく、関わることは間違いないだろう。
だって俺は秘石から作られた人間なのだから。
「何を考えている?」
「シンタロー、」
不意に軽い音を立てて開いたドアに、シンタローは己の思考から浮上する。
気配を感じられなかったのは訪問者が消していたからか、それともそこまでのめり込んでいたのか。
両方かも知れないと思いつつ、シンタローは後ろを振り返った。
「ちょっと、これからのこと」
軽く笑みを乗せながら答えれば、そこには少し気むずかしそうな顔をしたシンタローがいた。
多分他の人から見れば、いつもと変わらない表情に見えるのだろうが。
困ったように眉を寄せているシンタローに、シンタローは問いかける。
「どうした?何か変わったことでも起きたか」
「いや……それもある、が……」
こいつにしてはいつになく、歯切れの悪い口調。
思ったことは歯に衣を着せずずばっというタイプだから(それが素なところが恐ろしい)かなり珍しい。
本当に何か起きたのかと、シンタローが表情を固くしたときだった。
目の前に立つシンタローが、ふっと手を伸ばしてくる。
「シンタロー……?」
「連絡が入った。お前には厳重に口止めされている」
何がそんなに辛いのだろうか。
冷たい指先が、そっとシンタローの頬に添えられて泣きそうにその瞳が歪んだ。
「もう、多分知ってるんだろう……?」
その一言で、シンタローは全てを察する。
無論、シンタローが分かったことは漠然とした物だったが目覚めた後の行動くらい容易に想像できている。
けれど、それと今シンタローがこんなにも苦しそうな表情をするのはそんなに関係があることだろうか。
確かに目の覚めぬ弟を気遣っていたし、この男が『生まれた』時に懐いていたようではあるが。
「コタローが目覚めた。それだろうな」
「ああ…、そしてあの島へ向かったらしい」
きゅ、と力無く頬を伝った指がシンタローの服を掴む。
なにを。
何をこんなに不安がっている?
まるで縋るように伸ばされる腕が、目にするのはこの四年の中もしかしてはじめてでは無かろうか。
いつもさりげなくこの男はシンタローの隣にいてくれたけれど。
自分自身はどうだっただろうか。
総帥という役割と。
自分に手がいっぱいで。
当たり前のようにいてくれる存在を。
軽んじてはいなかっただろうか。
必死で伸ばしていなければいつの間にか届かなくなりそうな存在ばかり。
追いかけて。
追いつけなくて。
「シンタロー?」
「………お前が、気に病む事じゃない……」
気持ち声を潜めて呼び掛ければ、少し掠れた声が出た。
自分でも思わぬその声に、シンタローはふるふると首を振る。
「俺が勝手に……揺れているだけだ」
「…………え?」
ポツリと零されたシンタローの言葉。
聞き取りにくかったが、確かに彼はそう言った。
そしてシンタローの胸元に顔を埋めるように、彼は抱きついてくる。
突然のシンタローの行動に、シンタローは戸惑いを隠せない。
なにが、あったのか。
常にないこの男の様子にシンタローはしばし逡巡して、眼下にある彼の肩にそっと手を置いた。
「………少しだけ、このまま」
抑揚のない声で、けれど何処か儚さが含まれる声色にシンタローは何も聞くことは出来なかった。
ただ、微かに体重を預けてくる男をゆるく腕に抱き込む。
自分がそうであるように、シンタローも自分から言わないことは、問い質されても口を開くことをしない。
己がそんなときは、シンタローは少し困った顔をして。
けれど何も言わず隣にいるのだ。
それがシンタローにはいつもありがたかった。
いて欲しいときにいてくれる。
そんな存在が。
「悪い……」
「いや、構わねぇよ」
お前のそんな姿は初めて見た。
そう口に出しそうになって寸前で止める。
多分、こんな事言ったら二度と彼は自分の前で弱った姿を見せることはあるまい。
誰よりも感情を表すのが苦手なクセに、感情を察することは誰よりも得意なのだ。
緩慢な動きで、ほんの少しだけシンタローから離れる。
その温もりが動くことがシンタローに少しだけ寂しさを感じさせた。
「あの男の気持ちが分かった気がする」
そう言って彼は微笑んだ。
微かに、泣きそうになりながら。
でもそれ以上を語ることはしなかった。
「多分今頃本部では大騒ぎだろうな」
「ああそうだろうなー……、絶対あいつ等担ぎ出されてる気がする」
一回だけ俯いて、次に顔を上げたときにはいつもの自分が知っているシンタローだった。
切り替えたように先程の話題を口にするのにシンタローものった。
それとなく背中を押してくれる存在だった。
大切な仲間たちは、一足先に島へ向かっていることだろう。
「いや、向かわされてるって言った方が正しいかな」
「報告、上がってると思うが……」
「あー別に良いよ。帰れば分かることだ」
シンタローが聞いてくるかと目線だけで問うのに首を横に振って答える。
あいつ等なら大丈夫。
なんだかんだで島になじんでいたし、大切なあの子ども達に危害を加えるような真似はしない。
「俺が心配なのは弟じゃなくてむしろ―――……」
「叔父貴か?」
「ぜってぇ怯えてるね。俺の弟への執着は奴が一番知っている」
勿論シンタローだってあの父親が何もしなくて弟が島へ行ったのではないことぐらい分かっている。
その場にいたとしても止めきれなかったとは思うのだ。
秘石の影響を特に受けやすい、両目に秘石眼を持つ弟。
たとえあの男もそうだとしても、本家に勝てるとは思えない。
と、そこまで思ってシンタローはふと気づく。
「そういやお前平気なの?調子悪くしてねぇよな」
「なんだいきなり」
「いやだって」
片目だけ秘石眼であるけれど、例外が一人いた。
目の前にいるこの男は、ずっと秘石の影響下にいたせいかその力をもろに受けやすい。
シンタローはそう考えている。
同じモノを共有していたせいもあるが、自分が秘石の番人なのも関係しているのではないかと思い始めたのだ。
そう考えれば、妙に不安定だったことも納得がいく。
「……別に、おかしなところはないと思うが」
少し困惑気味なシンタローの頭をくしゃくしゃと掻き回す。
自分のことを不器用だとかよく言うこの男も、存分に不器用だと思う。
まだよく分かっていない。
自分のことなのに、理解していないことが多かった。
今ではまだマシだが本当に元に戻った当初は大変だったのだ。
熱があることに気づかない。
眠いと言うことがわかっていない。
そして痛みに鈍感だった。
ある意味、Nopain者であると言っても過言ではないだろう。
勿論感覚はきちんと持っている。
しかし頭で理解しているだけで、それがどういう状態かはよくわかっていないのだ。
「俺の痛みは、俺の物だったしなぁ……」
小さく呟いて、シンタローは改めて目の前の従兄がどれだけ通常とは違うのかを思う。
確かにシンタローはシンタローの中にいた。
朧気ながら、その事実は認識していたらしい。
例えばシンタローがナイフで手を誤って切る。
刃物で傷を付ければ皮膚の下を走っている血管が傷つき血が出てしまう。
それは分かる。
けれど感覚は体がないため分からない。
それが危ないことだとはかろうじて分かるが、どうして危険なのかと言うことを理解していないのだ。
痛いと思えばそのことを人は避けるだろう。
けれどシンタローはその痛いが、傷口と結びつかないのだ。
どういうときに痛いのか。
まだ切り傷かなんかはわかりやすくて良かった。
一回や二回、元に戻ってから経験すれば簡単に分かる。
こうすると痛い。と言うことがすぐに理解できるからだ。
「………分かってても、つい近づちまう場合もあるけどな」
「シンタロー……?」
理解していても痛いことに近づく。
自分の状況はまさにそうではないだろうか。
この痛みは手に負えない。
例え血を流していても、傍目にはそれと分からないのだから。
例えどんなに苦しくても、死ぬことはないのだから。
もう随分と当たり前のようになってしまった自嘲の笑みが知らず浮かんだ。
僅かにシンタローの眉が顰められたことに、シンタローは気づかなかった。
「もうすぐ、着く……」
「そうだな」
「あまり手荒なことはするなよ?」
「さてねぇ………?」
楽しそうにシンタローに笑いかけたシンタローに、ようやくシンタローは知らずつめていた息をそっと吐いた。
やっぱり、重傷だ。
この男の背負っている物は。
シンタローによって乱された薄い金髪に手をやりながらシンタローは心の中だけで呟いた。
お前がいなくなりそうで怖かったんだ。
そう、口に出して言うことは彼の重荷を増させる。
通信室から連絡が入り、一足先に部屋を出ていった背中を見送って。
シンタローは僅かに乾いた目を強く瞑る。
「………本当に、あの男の気持ちが分かる気がする……」
もうすぐ到着するガンマ団本部。
一悶着あるだろう事は想像しなくたって決まっていることで。
「何があってもついていってやる」
一人決意を新たにして。
それでも前に進める彼を、眩しく思った。
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だから。
知られたくなかった。
だから。
必死になっていた?
めぐし子達よ、幾度この手をすり抜けていけば。
かえってくる。
Doppel
act12 だからその手を
「ガンマ砲ッ!!」
容赦のない攻撃に、ガンマ団本部は大きく揺れていた。
道化などいくらでも演じて見せよう。
それでお前が離れていかないと言うならば。
けれど所詮は足掻き。
分かっていたことだ。
あの子が手許から離れていったときから。
この子も島に行ってしまうのだ。
「奪うな」
壊すことしかできない私が。
唯一生み出せたモノなのです。
「頼むから………」
どうかこの手に。
あの子たちを。
彼の人はこんなに脆かっただろうか。
すっかり有り様を変えてしまった辺りを見渡す。
潮を含んだ湿っぽい風が、髪の毛を撫でていく。
次いで舞う粉塵。
からからと砕かれたもとは壁だったものが足元を転がっていった。
「またひどくやったものですねぇ」
かつん、と硬質な音が背後に現れる。
のんびりとした、客観的視点をいつでも崩さない。
科学者としてとても優秀だが、弟のこととなると少し盲目的なところがある。
私に言われたくはないだろうが。
「怒られちゃった」
「まぁそうでしょうねぇ……また修復費がかさみます」
「ハ―レムに出させようか」
「あ、丁度良いですねどうせそちらへ行くことですし」
さらりと吐かれた台詞にマジックは眉をわずかにあげた。
「シンタロ―様が、総帥に言われたと艦の準備を始めていたので。貴方にも報告しておいてくれと頼まれました」
「シンタロ―はあの子と?」
「ええ、彼とともに行くそうです。本来なら残るべきなんだろうと言っていましたが」
空を仰ぎながら高松は細く息を吐く。
「でもシンタロ―さんを止められるのはあの方だけですからね」
色々な意味で。
その台詞に彼も多分、自分と同じ不安を感じてるのだろうと思う。
あの子は島に近すぎる。それを彼は間近に知っている。
「シンタロ―が二人とも留守で特選部隊もいない。その上幹部達まで島か―――、ガンマ団が随分と手薄だな」
「ですね。まぁ貴方がいますし、ジャンとサ―ビスでなんとかなるとは思いますが」
ジャン、高松から出たその名にマジックは目を細める。
「そういえば―…、ジャンは行かないのか?」
「はい?」
マジックの言葉に、高松はまじまじとその黒い瞳をこちらに向ける。
思いもしていなかったらしい問いに、困惑しているようだ。
「あ―…、貴方はある意味当事者ですものねぇ……」
「高松?」
「第三者の方が状況を正確に判断できるという事です」
白衣の裾を翻しながら高松は、マジックの横をすり抜けて部屋(だった場所)の端にと立つ。
眼下の海を覗き込みながら言葉を続けた。
「ジャンは島に未練があるわけではありません」
シンタロ―さんと違って。
振り返らずとも、マジックの顔が歪んだことがわかる。
風だけではない、体を刺すような空気にけれど高松は臆することをしなかった。
「ジャンは自分の意思でここに来たんですよ。島の番人としての役目も存分に理解していた彼が、その島から出てきた」
いまさら―……。ようやく彼は選択出来たのだ。
「帰る理由がありません」
サ―ビスの隣にいることを選んだ、ジャンには。
「ただ、シンタロ―さんも『番人』としての意識はないですからその点では島に惹かれてはいませんよ」
「………それぐらいは、私にだって分かるさ」
島自体への恋慕だったら、こんなにも繋ぎ止めたいと思わない。
「あの赤の少年だろう?相反するからこそ惹かれたのか……」
マジックの言葉に高松もその記憶を思い起こしながら言葉を口にのせる。
「それは違うと思いますけどね」
「それならジャンとシンタロ―さんだってもう少し仲良くったっていいです」
「それは……また違うだろう?」
今度はマジックが高松の言葉に異を示し、それに高松も賛同した。
「ま、そうかも知れないですね」
「しかしあまり仲が良いと言えないのも事実だ。もう少し歩み寄った方がお互い楽だろうに」
似たものをその裡に持っているのだから。
「………―――まさか気付いてないんですか?」
「高松?」
「あの二人は……いえ。シンタロ―さんは」
続いた言葉は海風にさらわれて。
そして、第三者の介入に聞き返すことも叶わなかった。
「シンタロ―様、どうなさいました?」
「…………………」
高松の視線はマジックの後ろに真っ直ぐ注がれている。
軽く床を叩いて青年はその足をマジックへと進めた。
不意な登場に思わず被った。
弟と。
彼は彼が『産まれた』ときからすでに父親より年上だった。
弟の享年は23。
その形から年老いることはなく、そしてそれより年上になったと言っても彼の容貌は弟に瓜二つだった。
「追い掛けてきてくれ」
口数が少ないこの青年は、いつも単刀直入だ。
その分一言一言が重い。
あまり変わらない表情のなか、今は眉間に皺が寄せられている。
「あいつらを追い掛けてきてくれ」
「どういう」
ことだ?
続けようとして、青年を呼ぶ声がそれを遮った。
青年に聞こえないはずもなく、声の方向に一度視線を向けると踵を返そうとする。
「シンタロ―様」
「手を、掴んでやれ」
「グンマももう少しで鑑を完成させる」
いつもの薄い、蒼が。
深い海の色を反射させてどこまでも濃いブルーにと色を変えている。
「それで、貴方も島まで」
「島に……私が?」
潤んでいるように見えるのは。
私の気のせいなのか。
「離したくないのなら掴みに行けばいい」
例えそれがアイツを傷つける結果になろうとも。
それを彼自身が望んでいる。
そこで立ち止まるか突き進んでいくか。
彼の選択だ。
俺が出来るのは。
そのとき見ていることだけだ。
「……………シンタロー」
「生憎俺じゃ役不足だからな」
「頼む」
そう言う彼が浮かべる笑みは。
切ないほどまでに綺麗だった。
「………私、貴方の気持ちが少しだけ分かった気がします」
「高松……」
「あの方が、このまま帰ってこなくなるんじゃないかと」
「…………そうだね……」
すでに彼はこの場にいない。
まもなく出立するだろう。
迎えに行くために。
新たな道を進むために。
「私たちも準備をしようか?」
「そうですね………」
いつの間にか立ち止まっていた。
ただ得体の知れないそれに恐れて。
「若い子には敵わないなぁ」
「ちょっと引退長かったですか?」
「食らいたい眼魔砲?」
「あー……、仕組みに興味はあるんですけど」
まだこの手を離れきったわけじゃない。
今ならまだ間に合う。
ただ受け入れて貰えるかどうかが恐いだけなんだ。
それをお互い思っているのにも気づかないのが。
また愚かしいんだけどね。
--------------------------------------------------------------------------------
久しぶりのドッペルです。ああんまとまってねぇ!!(泣)
何かまとまって無さ更新しちゃった感じです。(駄目じゃん)
なんつーかシンちゃんが欠片しかいないのがすげぇびっくりだ。
つかマジックさんと高松だけですか。
おかしいな……。
相変わらず視点がころころ変わって読みにくくてすいません。
キンちゃんとマジックさんもう少し掘り下げたかった…のですが。
書けば書くほどやっぱりへにょってるようなッ。あう。
しかも今までの中で一番副タイトルがきにくわなかったり。(ヘタレ)
……どうぞついてきてやて下さいませ……。
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いつだって俺は。
自分のことしか見えてなかったんだ。
Doppel
OtherAct 雪の降る音
どうしようもない喪失感。
突如襲われたその不安定な心持ちは、俺の物ではない。
「ハーレム………?」
絶対、何かあった。
この感が外れることなどありはしない。
走り出した際に散らばった書類を気に止めることもなく、研究室を飛び出した。
「ハーレム」
「……お前か」
ハーレムはシンタローの姿を見てあからさまに顔を顰めた。
怒りの空気がまとわりついているハーレムの周りに人は見当たらない。
このまま誰にも会わずに出て行ければ楽だったのだが。
特に、この男には会いたくなかった。
「お前シンタローに何をした?」
「何もしてねぇよ。話をしてただけだ」
「………それだけじゃないだろう」
嘘だ、とは否定しない。
桜の花のことは聞きもしない。
シンタローは、シンタローに関して妙に勘がいい。
勘がいいとは少し違うのだろうが、何故か誰よりも早くその異変を嗅ぎつけるのだ。
そう、それを強く感じたのは一月ほど前のこと。
シンタローが倒れたとき、この男はその場にいなかったにも関わらず素早くその状態を把握していたのだった。
そんなことをハーレムがつらつらと考えていると、シンタローが強く睨んでくる。
淡い金髪に薄い青。
…………いつも淡い笑みをたたえていた、自分の兄が被る。
「話した内容は話さなくても良い。けど、お前は一体シンタローに何をしでかした?」
「矛盾してねぇか?まぁ別に構わねぇけどよ……、しでかしたってのは人聞き悪いな」
「…………そうでもなければ、なんだって言うんだ」
ハーレムが出ていく前よりも強いこのざわめきは。
知らず握りしめていた拳が、震えだす。
「ま、確かに仕事を増やしてきたけどな」
「ハーレム」
「黙っててもすぐ分かることだし言っておく。俺、ガンマ団抜けるわ」
「……………何?」
呆然としたシンタローに、ハーレムは淡々と続ける。
「あいつの考え方は理解できねぇよ。本気で。……理解したくもないけどな」
「お前自分が何言ってるのかわかってるのか?」
「俺よりそれはあいつに言えよ。あいつこそ何言ってるのかわかんなかったよ俺は」
「シンタローは、お前のことを」
「あいつは……少しは思い知った方が良いんだよッ……、何も見えちゃいねぇ」
「…………………それは」
ハーレムの独り言のようなその言葉。
シンタローも薄々分かっていたことで。
けれど肯定は出来ない。
否定はもっと出来ない。
何も見えていないわけではない。
けれど見えなくなっている物が多いのは事実で。
でもそれを彼は決して分かっていないわけじゃないのだ。
だから手に負えない。
手を差し伸べようとすれば何でもないように振る舞うから。
「けど、今のシンタローはっ………!!」
「いいじゃねぇか俺がいなくなっても。衝突しまくりだし命令違反しまくりだし誰もおかしくは思わない。総帥の面子は保てるだろうよ」
「俺はそんなことが言いたいんじゃない!!」
総帥の立場とか体裁とか。
そんな物より、俺が大事なのは。
「………欲しがれば良いんだよ。辛くて苦しくて支えが欲しいなら、望めば良いんだ。振り払うことまでは、しやしない」
「そうじゃなくて……!!」
「話しすぎたな、お前が納得できなくても俺は止めるって決めたんだ。口出ししても無駄だ」
小さく舌打ちをしたハーレムは、シンタローの様子を一瞥して踵を返した。
いなくなる。
ハーレムが去ってしまう。
「ハーレムッ…………!!」
「……………お前等はホント手に負えねぇな」
溜息混じりのその言葉に何が含まれていたのだろうか。
表情が伺えず、それ以上呼ぶことも出来ず。
シンタローはハーレムの背が小さくなるのを、ただ見送っていた。
ハーレムの意図が分からないわけじゃないのだ。
ただ。
その意図を、彼は気づけない。
自分が気づけても、彼は気づけない。
「あんな状態のシンタローから、離れたら」
何があったかは分からない。
けど、ハーレムはどのように別れたかくらいは見当が付いて。
「見限られたとしか、思えないだろう………?」
例え貴方が別の考えを持っての行動だとしても。
それに気づける彼ならば、貴方をそんな風に動かしたりしないのだ。
「シンタロー……」
くしゃりと右手で髪を掻き上げながら、自分ではどうしようもない事態に。
臍を噛んだ。
どこまでも白い。
白い冷たい世界が広がっている。
数メートル先でさえ降り積もる雪で見えなくて。
吐く息が白く溶け込む先を、厭きることなく眺めている。
もう、二年目が終わろうとしていた。
ハーレムが去ってからあと少しで一年。
忙しさは増したが、それはそれで構わなかった。
他のことに没頭していればその間は思い出さなくてすむから。
相変わらず進歩がない。
自嘲気味に笑おうとするが、寒さで顔の筋肉が麻痺したように思うようには動かなかった。
キン、と張りつめた空気。
思い切り吸い込むと、体の中から浸透していきそうなその冷たさ。
少しのぼせたような身体には丁度良かった。
雪深い北国。
説得を手こずっている国へ総帥自ら足を運ぶ。
それは他の組織はどうか知らないが、ガンマ団では当たり前のことだった。
下手に小隊を送り続けるよりも早くすむ。
それは……自分が決めた『殺すな』という組織の在り方のせいでもあるから。
乾燥した唇を噛みしめると、僅かに錆の味がした。
この決断を悔いたくはない。
今更悔いたら、この二年間はいったい何になるのだろう。
自分の命令ひとつで、消えていった者達は。
想像してたよりも深い雪と、冷え込んだ空気は艦のエンジンにダメージを与えた。
このまま動かし続けるには流石に不都合が生じる。
一端メンテナンスの時間をとると同時にシンタローは、艦外へと足を運んだ。
まわりの物は誰か護衛を、と何度も言っていたがここにいる誰よりもシンタローは強い。
それに、自分の我が儘で外に行くのを付き合わせるわけにも行かなかった。
この間にしっかりと体を休ませて置けと言うシンタローに、団員はそれでもなかなか首を縦には振らず最後は総帥命令といって今に至る。
突き刺すような寒さは作業を手こずらせるだろう。
辺りが山で囲まれているというのがかろうじて分かるそこは、次から次へと降ってくる雪で本来の形が覆われていた。
足跡を付けてもすぐに大きな雪の粒が埋めていく。
あまり離れると艦は簡単に見えなくなってしまう。
ざくざくと雪を踏みしめる音以外、何も聞こえない。
まるで全てを隠してしまうかのように。
ここは、雪が抱き尽くしていた。
見上げれば降り積もる雪に、逆に空に吸い込まれていきそうで。
手を伸ばせば、限りなく高い空に届かないことを知る。
音もなく降り積もる。
立ち止まれば唯一の音源は無くなり不可思議な感覚に陥った。
自分だけが取り残されたような空間で考えることは、やっぱりあの男のことだった。
どうしようもなく捕らわれて。
思い出したくないことばかり、頭によぎる。
『私はお前の父ではない』
初めての拒絶の言葉。
不意に思い出されたこの言葉に、息が詰まる。
まだ、まだ気にしているのか。
己自身の思わぬ動揺に、それこそ狼狽えてしまった。
自分の正体が何者か。
そんな混乱の最中だったからだろうか。
余計に、苦しかったのだ。
伸ばされていた手を、取ろうとした直前に振り払われてしまったような置いてけぼりの気持ち。
恐れていたことが、現実になってしまったその瞬間を。
多分生涯忘れることは出来ない。
「…………いや、いつか忘れるかもな」
結局はどこまでも人間なのだ。
長い時間を経ていけば、それはどれもが思い出になって記憶から薄れていくだろう。
それがいつになるかは分からないけれど。
発した言葉は響くこともなく、雪の中に消えていった。
吹雪でもないのに目の前を覆い尽くす雪。
その存在感は圧倒的だ。
思い立って、手袋を外した手に雪をひとつ落とせばそれは簡単に溶けてしまうのに。
降り続ける雪は逆に己を隠してしまいそうで。
白銀の世界の中、一人だった。
「―――――――戻るか……」
流石に冷えきってきた。
また、倒れたりしたならどうしようもない。
この白い世界にいるのは割と心地よかったのだが。
漆黒の髪に張り付いた雪を落としながら、踵を返した。
さくりとした雪の中を進むのはなかなかに難しい。
幾度か足を縺れさせそうになりながら、艦に戻っていくそのときだった。
「――――――――ぶえくしゅッ!!」
「――――――――何だぁ?」
いっそ別世界のようなそこに突然入ってきたくしゃみ。
その間抜けな音に、シンタローは思わず後ろを振り返った。
普通なら警戒するとこなのだろうが、聞き覚えのある声で。
考え事をしていたとはいえ、気付かなかったから殺気もない。(確かに殺気を消すことも出来るだろうが、それならばとっくにアクションしていてもおかしくない)
辺りは相変わらず雪のせいで視界が悪かった。
それでも目を凝らしてみれば、数メートル先に人影が浮かびあがる。
「ミヤギ!?お前いったい何を………」
「それはこっちの台詞だべ」
ずずっと鼻を啜りながら近づいてきたのは、肩書きとしては総帥直々の部下。
ガンマ団幹部の一人。
シンタローの大事な仲間でもある、ミヤギだった。
総帥と幹部が同じ目的のために一緒に出かけると言うことは少ない。
戦力の分散から言って、シンタローを含む五人は大概バラバラなのだ。
今回はたまたま居合わせたミヤギに、急ぎの仕事もなく向かう国が北とあって連れてきたのだった。
もしものときに今回シンタローの眼魔砲は出しにくい。
地の利は向こうにある上に、この雪では自分たちにもダメージがあるだろう。
ミヤギの武器は、接近戦でなければいけないが一番平和的に戦える武器でもある。
そのことを考慮に入れて、連れてきていた。
この深い雪の中を器用に歩きながらミヤギはは近づいてくる。
金髪碧眼、整った容姿にはてしなくギャップのあるばりばりの東北弁。
元々白い肌はこの寒さのせいか余計に白くなり、色が悪い。
頭の上に積もった雪が、更に寒々しさを増していた。
「あー……しゃっこえーなー……」
「すまんわからねぇって言うかお前こんなになるまでいったいなにしてんだよ!」
「総帥の護衛だべな」
「…………俺護衛いらないって言っておいたんだけど」
「そんなこと言ってもな、おめさんはやっぱり総帥なんだしそういうわけにいかねぇべ。それにオラはそれ聞いてないしな」
しれりと何でもない風に言うミヤギの鼻が赤い。
自分が出ていってすぐに後を追ってきたのだろうか。
近づいただけで冷気がひやりと伝わり、その体が冷えきっていることが分かる。
軍服の上にコートすら着ないで、かろうじてマフラーは巻いているが手袋はしていなかった。
「お前はあほか!?こんな冷えきるまでこんなとこいるんじゃねーよ!」
「………それそのままシンタローにけぇすべ」
指さしで思い切り怒鳴る声もこの雪の中では、かき消されてしまう。
そういうシンタローの顔も十分に白く、黒髪の対比で蒼白にすら見えるぐらいだった。
そもそも冷えきるまで外にいたのはシンタローも同じで、この寂しい場所で彼は一体何を考えていたのだろうか。
「こんなに雪が降り積もってるべな」
「………お前もだって言ってんだろうが」
肩に積もった雪を振り払うミヤギの手の動きが固い。
シンタローも頭に積もった半溶けの雪を払ってやりながら不意にその手を取った。
………………激しく冷たい。
「あんだべ?」
「……………どうしたらこんな冷たい手になるんだよテメェは」
「シンタローもしゃっこえぇべ」
「俺はいいんだよ」
「それならオラも別にいいべ」
「…………………」
こんな不毛な会話を繰り広げているだけでも、雪はどんどん降り積もっていく。
シンタローの憮然とした表情に、ミヤギはふっと息をもらした。
「あんなぁシンタロー」
「んだよ」
「オラな、雪を素手で触るの好きなんだべな。手袋とかしてると上手く雪で遊べないべ?さっきもなぁ、シンタローがぼーっとしてるときずっと雪いじってたんだわ」
「………………………」
そういってミヤギは不意にしゃがみ込み、足下の雪を丸く形作っていく。
どこから取ってきたか分からない赤い木の実と、緑の細長い葉。
それをその雪の固まりにくっつけて、掌サイズのそれをずいっとシンタローの目の前に差し出した。
思わずその雪を受け取れば、ミヤギは満足したように一人頷く。
「……なんだこれ」
「雪ウサギ。シンタローが、ぼけっと雪眺めてる間にいくつも作れたべ」
「ぼーっとっていうなよ!」
「端から見れば考えごとしてるのもそれもあまり変わらねぇよ」
そういって、笑うミヤギの顔は何を考えているかよく分からない。
いきなり突きつけられた雪ウサギなるものも、どうしてそれなのかよくわからない。
「………こげに寒い場所でぼーっとしてるんは、オラみたいに雪で遊ぶ、とかこの冷たさを楽しむ、とかそういうきちっとした目的がねぇと体によぐねぇからよ」
「目的って……」
「だってシンタローはここにいたけども、違う場所におるんだもん」
自分の台詞に自分で首を傾げながら、ミヤギは笑う。
シンタローはそのミヤギの言葉に思わずどきりとした。
なにかとても、図星を突かれたようで。
その図星がなんなのかは分からないのだけど。
「そげなことしてたら心まで冷たくなってしまうわぁな」
そういってミヤギはまたひとつ、雪ウサギを作り上げる。
シンタローから先程渡した雪ウサギを取り上げて、その隣にと寄り添えた。
「何にせよ体にワリィのは事実だからな、早くみんなのとこ戻るべ」
「――――――ああ」
すぐ雪に埋もれてしまうだろう雪の造形。
それを嬉々として作ったミヤギは、シンタローの背中を押して艦へと促す。
その手に逆らうこともなく足を進めはじめれば、ほわっと暖かい物が首筋に触れた。
「ッなんだぁ!?」
「トットリから預かってきたんだべー、渡そうと思って実は追いかけてきたんだけんどもがよ。話しかけるにかけれねぐて」
驚いて振り返ったシンタローの手に渡された物は、小さな金属のケースだった。
見慣れないそれは、振ればカタカタと僅かに音がする。
「………これ、何だ?」
「ん――、ホッカイロみてぇなもんでねぇかな。中にそれ炭が入っててな、あったかいべ?」
「ああ………」
確かにそれは、じんわりとした温かさが心地よい。
冷えきった指先にも熱くは感じず、ゆっくりとそこから解けていくようだ。
「寒いだろうから気をつけぇだとよ。それ炭さえ入れ替えればなんべんも使えるしな」
「炭って……そんなのどこに」
「艦に置いてきたけど持ってきてっからな、アラシヤマでもおれば完璧だべな」
そういって歩き始めたミヤギの背を、二、三歩遅れてシンタローも歩き出す。
トットリの心遣いを握りしめて、シンタローはほぉっと息を吐いた。
思っていたよりも体は随分と冷えていたようだ。
こうして、温かい物に触れるとそれがよく分かる。
「……後でトットリに礼を言わないとな」
「そうだべなー、そんならアラシヤマとコージにもいわねぇと駄目だけどな」
「え?」
「預かりもん、まだあるんだべ」
そういって前を歩いていたミヤギは振り返り、シンタローに向かって何かを投げた。
それは軽く弧を描いてシンタローの手の中にと収まる。
「………お守り?」
「アラシヤマからだべ。何か中にはいっとるような気がしたけども…」
流石に自分が開けるわけには行かないから、とミヤギが言うのを受けてシンタローはようやく暖まった指先でその紐をほどいた。
そこに入っていたのはおきまりの小さな板と、布きれだった。
「お守りだからこっちの板は分かるとして、こっちの布は……」
「発火布でねぇか?確かシンタロー様がつくっとった覚えがあるけども」
「………なんかお前に様って言われるの、すげー寒い」
「おめさんのこと言ったんでねぇよ。寒いならそれ燃やせばいいべ」
意味が違う。
ミヤギの指摘を受けて、よく見れば確かにそんな気がしてくる。
以前グンマがそんな話しをしていたことが思い出された。
「………やっぱあいつすげーな……でも雪の中でも効くのか?」
「無能かもな。だけんどもアラシヤマは、よくもらえたなぁ。シンタロー様なら直接シンタローに渡しそうだのに」
「遠征の準備でなかなか会えなかったんだ最近は……。お前こそよく預かって来れたな」
「オラが一緒行くってどこからか聞いたらしくてな、チョコレートロマンス通じて持たされたわ」
「………………そこまでして」
苦笑を称えるシンタローに、ミヤギはほんの少しばかり眉を寄せた。
ざくざくっと雪を踏みしめてシンタローの目の前にと立つ。
そんなミヤギにシンタローは少々呆気にとられていれば、眼前にびしっと指を突きつけられた。
「みんなおめさんが心配なんだべ!今回はたまたまオラ一緒に来れたけども、もしおめさん一人だけだったらぁ、こげとこで………体さ暖めることもなく一人で冷えとったんでねぇのか…?」
最初は勢いの良かったミヤギの言葉は、最後には雪にかき消されてしまった。
伸び始めた髪が俯いた彼の表情を隠す。
雪が。
雪が降り積もる。
容赦なく降り続ける雪はあっという間にその姿を隠そうとして。
追いかけても追いかけても手が届かない。
――――――悔しい。
どうしてこんなにも。
距離が遠い?
「ミヤギ、」
「わかったら!早く戻るべまた冷えてしまうでねぇかっ」
シンタローが手を伸ばそうとしたときだった。
黄色の頭が勢いよく起きあがり、顔を赤くしたミヤギが怒ったように口を動かした。
シンタローのその勢いに押されて頷けば。
彼はすぐに笑顔にと戻った。
「分かれば良いんだべ」
「―――――――てめ、もしかして憚ったか?」
楽しそうに笑うミヤギに、シンタローは思わずはっとなる。
拳をわなわなと震わせれば、彼は急ぎ足で艦にと向かっていった。
「おいミヤギ!」
「早く戻るべな~、メンテナンスもおわっとると思うんだけんども」
シンタローの怒声もどことやら。
さくさくと雪の中を進む彼は、大粒の雪を楽しそうに掻き分けていく。
追いかけるように進んでいけば目の前には、艦の影が見えてくる。
後もう少しで着く、というときだった。
目の前のミヤギは不意に、消えてしまった。
「ミヤギッ!?」
「――――――――……」
シンタローが慌てて近寄れば、そこには雪に埋もれた彼の姿が。
僅かに高低差のあるそこは雪のせいでみえなかったのだろう。
そのまま足を縺れさせてその勢いで雪にダイブしてしまったらしい。
心配したシンタローは雪に倒れ込んでいるミヤギの姿を見て、笑った。
「俺を憚ろうなんて考えるからそんな目に遭うんだよ!」
「……性格悪いなおめさん…」
雪に突っ伏していたミヤギは、シンタローの笑い声に体を反転させる。
シンタローが涙目を浮かべながら笑うのを確認してぽつりと呟くが、ミヤギもやがて口の端を上げた。
「とりあえず起こしてくんろ」
「総帥使って起きあがるなんててめーしかしねぇだろうな……」
差し出された掌。
雪に座り込んだままのミヤギを腕を取って起きあがらせてやれば、彼はなんだか嬉しそうにシンタローを見やっていた。
「――――――なんだ?」
「おめさんはやっぱりそげな顔しとる方が、いいべ」
ぱたぱたとあちこちに付いた雪を払いながらのミヤギの言葉に、シンタローは思わずきょとんとする。
ちょいちょいとミヤギが手招きするのに従い目の前に立ってやればさらに手で指示された。
「……少しだけ頭下げてくれねっがな」
「ああ?なんなんだよいったい」
ミヤギの要望に、シンタローは首を傾げつつもその通りにしてやった。
吐く息が白い。
しん、としたこの空間で眼前にはいるのは雪ばかりだと思っていたのに。
――――――頭を撫でられる感覚に、シンタローはバッと顔を上げた。
「……撫でにくいんだけども」
「そうじゃなくて、」
「これが、コージからの預かりもんなんだべ」
「………はい?」
「『気ぃ張りすぎるんじゃねぇよ』だと。オラが撫でれば意外性で驚くから丁度良いっていっとったなぁ」
「……あの野郎……。お前も律儀に……」
なおも頭を撫でようとして、けれど雪を振り払うだけに留まってしまったミヤギはシンタローの髪を梳いた。
冷たいのだろう。
けれど己の掌も同じように冷えきってしまっているのでよく分からない。
感覚のない手で撫ぜているとシンタローの呆けた顔が、赤みを増した。
「えーとな……まぁ役に立ってるかしらんけど」
僅かばかり眉を下げて、でも口元には笑みをたたえて。
ミヤギは口を開く。
「俺等はここにおるからな、」
耳に痛いほどの静寂。
こんな近い距離でも、雪がそれを見にくくする。
降り積もる雪は音を閉じこめて。
いつの間にか、己の心すらも。
「あ、催促きちまったが」
不意に訪れた軽い電子音に、ミヤギはイヤホンを取りだし口元に近づけた。
「ああ、今戻るべ。何も異常ねぇから安心さしとけ。うん、もう目の前だぁ」
『―――――……』
「わかっとるって、――――ああ、うん」
シンタローからには流石に相手の声は聞き取れない。
ミヤギの言葉からして、艦に戻ってこいと言うのだろう。
連絡が終わるのを待たず、シンタローは歩き出した。
「あ、シンタロー、おめッ!――――ああ、なんでもねぇって。すぐ戻る」
先を歩き始めたシンタローを、通信を切ったミヤギが追う。
後ろから来る足音に追いつかれないよう、シンタローは早足で歩く。
だってこんな情けない顔、見せられない。
自分のことに精一杯で。
差し伸べられる手にも気付かないで。
選ばなきゃいけないだなんてそんな固定観念に縛られて。
「―――――……今なら少しだけ分かるよハーレム」
貴方が言いたかったこと。
それでもやっぱり離れることを選択することは出来ないけど。
だけど。
「ああ?なんだべいったい」
「聞こえなくていいよ」
うっかり漏らしてしまった声は、この静寂の中聞き咎められるかと思ったがそれは杞憂だった。
本当にこの雪は音と言う音を包み込んでしまうらしい。
雪をしっかりと踏みしめていれば、後ろからはのんびりとした声が聞こえてくる。
「本当に、やかましいほどに降っとるからなぁ、声が聞こえにくくって仕方ねぇべ」
「――――――…やかましい?」
意外なミヤギの言葉にシンタローは思わず立ち止まり、振り返った。
制服のポケットに手を突っ込んだミヤギは、振り向いたシンタローに首を傾げてみせる。
「どしたべ?」
「だってお前、こんな静かなところのどこがうるさいって……」
「…………聞こえんか?」
「雪の降る音。故郷じゃあ、雪が積もる頃になると、聞こえたべ」
よく小説とかで雪がしんしんと降る、なんて描写があるけれど。
雪が降るのに音なんてないと思ってた。
その張りつめた空気などで雪が降り積もった朝は分かったものだけど。
「変な特殊能力持ってるな…………」
「そうだべかぁ?ん――――、ま、いいべ戻るべ」
鼻の頭を更に赤くしたミヤギは体を縮こませながらまた歩き始めた。
シンタローもその後ろをすぐに歩き始める。
雪の降る音。
今まで気付かなかった、その音。
この雪独特の気配をそう呼ぶのだろうか。
「……気付かなかったな」
「ん?そうかぁ?気にすることはないべ」
「ああ………でも、気付かなかったんだ」
これだけ近くにあったのに。
これだけ長く過ごしてきたのに。
ねぇ、気付いてなかったよ。
「気付いてなかった」
いまだ深い棘を抜くことは出来ないけど。
この脆さに、多分耐えることが出来なくて目を知らず逸らしていた。
全てを受け入れられない。
けれど受け入れるべき物も排除してたのではないか?
けっして問題と向き合ったわけじゃない。
向き合えるほど強くない。
ああだけど。
俺はここに一人じゃない。
吐く息が白く、雪の中に溶けていった。
--------------------------------------------------------------------------------
幕間なのでいつもよりライト風(そうか?)。
はい、今回頑張った刺客ズはミヤギです。つかすげーでばりましたな!
この人(とトットリとアラシヤマ)は、実は1話以降出ても名前だけという扱いでした。
………コージは出してたんだけどね?
シンちゃんに少し吹っ切れる要素が欲しいなって話です。
幕間なのでどっちかって言うとまわりがメインか?いえその割にはポエ夢ってますが。
なんでミヤギかって言うとまぁ私が好きだからってのもあるんですけど(さりげに名前出る頻度が高い)、こういうのはミヤギが一番あってるかなーと……私は思ったんですよ。
コージは大人だから見守ることが出来るのです。
シンちゃん(白)は分かっているから口に出せない。
アラシヤマは口を開こうとは思わない。
となるとトットリととミヤギが残るんですけど(消去法か!)(違いますけどね)トットリの忍者という設定を最大限に妄想すると(大得意ですよコレ。作ってあるし)…この場合トットリは、傍観者に回るかと。
ミヤギは言えるんですよ。言える何かを持った子(子ってあなた)だと思うんです。
見てるだけに徹することが出来ない(くしゃみでばれてる間抜けさな)、少し的を外れた言い方だからシンタローさんは気負わなくてもいい。でも決して本質は外していないから……。
…………ってのが書きたかったのですが、なんか書ききれなくて最高に解説しまくりですな。
その解説すらもわかりにくいってなにさ。
鈍すぎるシンタローさんはシンタロ-さんじゃねぇだろって事で。(あれだけまわりが考えていて何の反応もないシンちゃんは嫌だ)
次からガンガン追いつきますー。多分。
03/8月号辺りかな?その辺からです。
シンちゃん出てないところからは流石に書けないので。
ようやく空白の四年間は終わりですねー。すげーとびとびですけど。
どうぞお付き合いしてやって下さいませ。
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気付かずにまた誰かを傷つける
砕けた夢を拾い集めて
今日もその破片に血を流しながら口づける
Doppel
Act9 hopelessness
まだ絶望する余地があったことに、誰かに縋りたくなった。
その日、その部屋の前に立った四人目の男はジャンだった。
「……意外なのが来たね?」
「い、いたんですか……」
コタローの眠っている傍らで、静かに本のページをめくっていたマジックは突然の来訪者に顔を上げる。
その顔を見て、僅かに目を見開いたが口調はいつものものだった。
「どうしたんだい、君はここに特に用なんてなさそうだが」
「あ――――、ハーレムがこっち向かってるの見てつい反射的に体が…。この部屋が一番近くにあったもので……」
「駆け込み寺じゃないんだけどね」
「すいません……」
溜息混じりなその声とは裏腹に表情は明るい。
笑いを零しながらマジックはドアに視線を向けた。
「今日はもうハーレムは来ないと思うが、通りがかったらアウトだね」
「………何でガラス張りにしてるんだか」
「相変わらずハーレムと相性悪いねぇ」
「あれだけストレートな敵意はいっそ気持ちいいですけど」
そういう顔は決して笑っていない。
何処か疲れたように白衣を揺らしてマジックにと近づく。
「どうにかしてくれません?」
「あれが言うこと聞いたらそれこそ恐いな。サービスから離れれば落ち着くんじゃないか?」
「…………それ言いますか」
「最愛の弟をどこの誰とも分からない奴に奪われたらねぇ?」
「相変わらずきつい……」
妙に楽しそうなマジックにジャンは憮然とした表情をするが、気に止める様子はなさそうだ。
雰囲気の変わったマジックに、ジャンは自分が一兵士としてガンマ団にいたころを思い出す。
あのころはまだ。
彼は生まれていなかった。
「ハーレムがいるのを知っていてそれでもサービスの傍を望んだのは君だ。少しぐらいは我慢しなさい」
「我慢ですめばいいんですけど出会ったとたん眼魔砲はもう……」
「それぐらいでくたばらないからやってるんだよ」
やはり笑いを零しながらマジックはそっと息子にと手を伸ばす。
額に掛かった前髪をサラサラと掴んで、愛おしそうにその頭を撫ぜた。
「………よく眠ってますね」
「本当に。いつ目覚めるのかわからないままもう一年を過ごしてしまった」
シンタローに総帥の座を譲ったのが去年のことだった。
ようやく一年経つという頃に嫌な騒ぎがあったものの、無事にもう一月立っている。
「研究のほうはどうなんだい?シンタローが倒れたときは忙しいって聞いたけど」
「ああ、なんとかもう少しで結果出そうです。おかげさまで」
少しマジックの言葉に刺を感じるのはジャンの気のせいではないだろう。
「…………でもあのときは高松の言うとおり俺いても何も役に立たなかったですよ…」
ばつが悪そうに髪に手を入れる様子に、マジックは苦笑する。
これはただの八つ当たりだ。
そこに気付いていないジャンはやはり甘いのだろう。
ただ自分に対して負い目を持っているだけかも知れないが。
彼が悪い事なんて、何一つ無かったのにね?
自分に正直な気持ちを言うだけでも、傷を付けてしまっていた。
「そうかな」
「そうなんですよ。大元で俺とあいつは違うから」
「こんなに似てるけどね」
コタローに向けていたその手を、そのままジャンにとうつす。
少し長めの前髪を梳いて、じっとその目を見据えた。
「同じ物ですから」
「そうだね」
「――――……似てるだけです」
「知ってる」
「一つ、聞きたかったんですけど」
淡々と喋るマジックに、ジャンは少し逡巡して、口を開いた。
マジックは目だけで先を促す。
「あいつ本当に幸せですか」
「……どの意味を取ればいいかな」
「俺とあいつが同じモノって言うところから」
「幸せの定義は私が決める事じゃないんだけど」
「…………あいつが、好きなんですよね?」
この疑問は、ガンマ団に戻ってきたときからずっと思っていたものだった。
自分のコピーとして、最も安全なマジックの息子として生まれたシンタロー。
その間のことを自分は知らない。
出会ったとき、彼はすでに肉体を失って。
そのそっくりな姿に正直驚いたものだ。
ただ違ったのはその髪の長さ。
長い黒髪を一つに束ねたシンタローは、確かに俺の分身だと思った。
けれど一つになることは出来なかった。
同じ体を共有することは出来ず、結果的にシンタローが俺の体に入ったという形で終わったのだ。
俺は新しく自分の体を手に入れて。
シンタローは俺の体……、一回死んで、修復された『ジャン』の体を使っている。
「顔も体も同じだあいつは。最初は知らなかった」
そう。
自分と対面したときに彼はすでに父親と敵対の立場だったから。
実際にシンタローは青の番人だったのだけれど。
さらに言うなら影。
俺達赤の一族を欺くためのカモフラージュ。
シンタローという立場を追うためだけにあのときは必死で。
マジックの抱くシンタローへの感情まで、考える余地もなかったのだ。
「気付かなかった。俺へ抱いていた感情と、シンタローへの感情が同じモノだなんて」
「………そうか」
「ここに来たばっかりのときは、貴方と決着が付いてなかった」
「君は死という形で私から消えたからね」
「貴方とシンタローが一緒にいる度思うんだ。ガンマ団に入って貴方に目をかけて貰っていた頃の俺が被る」
「知らなかったよね、私がそういう対象で君を見ていたことを」
「知ってたら……、あそこまで懐けませんでしたよ。気付いたときには離れるには遅かった」
「私手に入れたいものは手に入れる主義だから」
「その状態に、シンタローはそっくりだ」
「生まれたときから一緒だった。君がいない間も私はあの子に今と同じように執着していたよ?」
白衣を握りしめるジャンは俯くが、座っているマジックからはその表情はが伺える。
唇を噛みしめる様子が、本当にそっくりだ。
「…………でも、抱いたのは戻ってきてからだ」
「それがどうかしたかな」
「シンタローと……」
「あの子と?」
「俺への感情は、今は違うモノですよね?」
「試してみる?」
そういったマジックは、ジャンの無言を肯定にとって。
開いていた本をそっと閉じ、その顔を自分にとゆっくり引き寄せた。
ただ、桜の花を見せようかと思っただけだった。
「コタロー日本にいたときは良い思い出なかったろうけど、桜の花を見て綺麗っていってたし」
まだ幼い弟が幽閉される前。
たどたどしい言葉で喋った弟が、シンタローに思い出された。
デスクの上の桜を暫く黙って眺めていたが、不意に立ち上がってその桜を手に取った。
「………わりと重いな」
軽々持っていたシンタローに、最近また特訓していない自分を省みる。
「そろそろ再開しようかな、いつでも使えるようになりたいし」
拒絶反応を恐れていては力自体が使えなくなってしまう。
少しずつそれに慣らせていくことが、今のシンタローの課題だった。
弟が眠っている部屋へ進む足取りは軽く、誰に手合わせして貰おうかと考えているシンタローはすぐにコタローのいる棟へと辿り着く。
「植木鉢ってのがちょっと縁起でもないけど……、どっちかって言えば盆栽みたいだしいいよな」
部屋へ後数メートルと言うところでシンタローはしばし考えた。
特に弟は病気というわけでもないのだし。
少々殺風景なあの部屋に、これぐらいの華があって悪いことは無かろう。
そう思い直してまた足を進め始めたときだった。
ガラス越しに見える人影に、歩みは遅くなって。
父親かと思ったシンタローはゆっくりと進む。
何となくこの部屋で顔を合わすことはしていなかった。
ましてや実は職務中で。
働き過ぎだと怒っている面々は咎めることはしないだろうが、やはり自分としては気まずい。
入るのをどうしようかと思いつつも、部屋の前まで来たシンタローは。
目に入った光景に、知らず床を思いっきり蹴っていた。
桜を落とさなかったのは、よく出来たと後から思う。
けれど風に切られた花弁の一枚が。
部屋の前に落ちたことに気付くよしなどはなかった。
「――――――…あれ」
特にすることのないハーレムは、毎度毎度競馬に負けてようやく本部に帰ってきたところだった。
暇で仕方がない。
彼の部下に言わせれば仕事押し付けてるだけじゃないかと反論が来そうだがそこはそれ。
結局本部残留になりながらハーレムは気儘に日々を過ごしている。
顔でもまた見に行くかな、と甥の眠る部屋へ向かっているときだった。
角を曲がるとき誰かいると思ったのだが。
人のいない廊下にハーレムは首を傾げつつ真っ直ぐに部屋まで足を進める。
カツカツと床をならす音が廊下に響いた。
「―――――………?」
目に入ったここでは見慣れないものにハーレムは腰を曲げて指でつまんだ。
頼りない薄さを持つそれは、何でここにあるか分からない花びら。
「さくら、だっけか」
シンタローが張り切りながら作ると言っていたのを高松と一緒に聞いた気がする。
出来上がったのかとか、でもここにどうして一枚だけ落ちてるのかと思いながらハーレムは腰を上げてそのまま部屋に視線を移した。
「――――何でテメェがここにいるんだよ」
「げ、ハーレムッ!」
「こっちの台詞だ」
マジックがいるのはともかく、一緒にいる男に不快感を露わにしながらハーレムは部屋に入ってきた。
先程拾った花びらを無意識にポケットにと詰め込んでジャンにと睨みを利かす。
ジャンは後ずさりながらも同じようにハーレムを睨んだ。
「流石にハーレムもここではガンマ砲出さないようだね」
「意識ないやつ巻き込めねーだろが」
一歩部屋に踏み込んだ時点でハーレムは何処か違和感に襲われた。
何か妙な気配。
二人に特におかしいところはなく、再度首を傾げつつマジックの隣りに座る。
「どうかしたのか?」
「別に。それより本当に何でここにいるわけ?兄貴とそんな話すことあるのかテメェ」
「………ガンマ団に身を置いていたし」
「ふぅん」
自分で問うた割に興味はゼロ。
そんなハーレムにジャンは溜息を零す。
本人を目の前にお前を見掛けたから逃げ込んだとはとても言えない。
何ともなかったように会話をしているマジックを見るとまた一つ、溜息が出た。
少し乾燥していた唇に、自分が思うところは何もなかった。
サービスとはまた違う、その香りだけは好んでいたことを思い出したが。
今となっては昔を彷彿とさせる疵だろう。
無意識に唇に手をやりながら、結局マジックからの答えを得られなかったことに。
更に溜息が出た。
「辛気くせぇな溜息ばっかり。用がないんならとっとと出てけ!」
「………そうするよ」
苛立ちがこれでもかと言うぐらい伝わってくる。
これでマジックとの関係がばれていたら、どうなるんだろうと考えてジャンは背筋が冷える思いをした。
身内にはひどく甘い男だから。それに自分が関わっている人物にはどんな乱暴な態度でも
それはマジックも同じで、サービスが一番そうではないのだろうと思う。
自分の気に入った人物にはとことん甘い男ではあるが、そうでなければ彼は関わることを拒絶する。
次兄のルーザー、それにルーザーの息子だと思っていたシンタロー。
後は腐れ縁の高松。
これぐらいじゃなかろうか、彼が懇意にしていたのは。
尊敬する兄の息子で、ジャンと同じ顔だったシンタロー。
そのシンタローをサービスはとても可愛がっていたと聞く。
それは今も同じで、ジャンとしてはえらく複雑な気分である。
シンタローもとても懐いていたようで、マジックはサービスが本部により着くたび何とも言えない表情をしたと。
「――――――……」
そこまで考えて、似たような図式にジャンは顔を歪めた。
それでも度々サービスはジャンのことをシンタローに話していたようなので、そこだけが救いだろうか。
ハーレムは、シンタローのことをどう思っていたのだろう。
敵意だけをぶつけてくるこの男は、俺によく似たあの男に。
部屋を出る際視線をふっとハーレムにやって。
ハーレムが口を開く前にジャンは完全に部屋を後にした。
「―――――で、何だったわけあいつ」
「お前がもう少し態度改めればいいんじゃないか」
「いやだね」
全身で嫌いを表現している弟に、マジックは苦笑を零すしかない。
最愛の弟を奪われたと思っているこの男は、まさか長兄までそれに関わっていたなんて知ったらどうなるのかな、と何処か人事のように考える。
「なに笑ってんだよ」
「別に、早くこの子が目を覚まさないかと思ってね」
父親の顔をしたマジックに、ハーレムは僅かに口元を綻ばせたのだった。
ポケットの中の花弁が、茶色く萎れてくのには気付かなかった。
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貴方の声が聞こえないように耳を塞いだ。
Doppel
Act10 これを恋と呼ぶのなら
貴方の声が聞こえないように。
何も聞こえないように。
耳を塞いだ。
貴方の姿を見えないように。
何も見えないように。
目を塞いだ。
耳を塞ぐように。
目を塞ぐように。
心を塞ぐことが出来たら。
この傷む胸を押さえつけて。
霧深い朝を迎えて。
ああ、心を塞ぐことが出来たら。
気付いたらそこはもう総帥室で。
机の上に置かれた桜が花を散らしている。
ドクドクと耳の奥で血液の流れる音。
うるさいくらいに響くそれとともに瞼に残る残像。
荒い呼吸に、喉が渇いて。
また痛みが。
忘れていた痛みがつきつきと身体を刺した。
ひくつく喉は、もうとっくに焼き爛れて痛みなど。
麻痺していた傷がじゅくじゅくと浸蝕していく。
止まっていたぶんそれは勢いを増して。
ずるずると壁づたいにしゃがみこむ。
重力に逆らう気など起きなくて、そのまま膝に顔を埋めた。
何を期待していたのだろう。
滑稽さに涙さえ浮かんでこない。
あのとき。
あの二人の空気を知ったとき、わかったくせに。
とんだ道化だったと思い知ったのに。
なぜいまさら。
「………過去のことだと」
思ってたのだ。
今あの男の隣りにはその親友がいて。
今あの男の隣にいるのは自分だったから。
いつか。
『自分』を見てくれるのだと。
もう期待なんてしないなんて思っていて、その心の片隅で望んでいた。
愛されたい。
願ってしまった。
それはまったく手に届かないわけじゃなく目の前にちらついていたのだから。
ひとたび手を伸ばせば決して振り払われる物でもなく。
けれどそれは結局俺の向こうの誰かのためで。
それでもそのぬくもりから逃れようと出来るわけもなく。
勘違いさせないで。
その顔を向けるべきがあの男なら俺に触れないで。
いっそのこと拒絶を現してくれたら、この気持ちを切り捨てることはもっと簡単だったのに。
もしかしたらいつまでも引きずるかも知れない。
それでも。
淡い夢に浸っているよりは、前へとこの足は進める。
例えそれがどんなに遅く小さな一歩だとしても。
このまま灰色の空の下、立ち尽くしたまま動けないよりは。
そんなくだらない「if」の話し。
貴方の指が染みついたままでもう離れられるわけがないのだから。
それならば。
「誰か」
無条件に隣にいてくれる人。
それが当たり前だった彼に、いつ頃から自分は怖さを感じるようになったんだろう。
限りなく注がれるているように見える愛情に。
いつか彼は自分に厭きてしまうのではないかと。
だから強さを求めた。
彼の息子でいられるために。
No1であるために。
望んでいたのはそれだけだった。
彼の隣にいるために。
強く在ろうと、していたのに。
「過去のことだとっ……………!」
脳裏に焼き付いた一瞬の映像が。
苛んでいく。
どこまでも深い闇の一滴が。
誰かお願い。
傍にいて。
でもそれを誰に望むの?
「真っ白だな…………」
ただっぴろいそこは真っ白で。
どこまで続くかと思うようなその寂しい場所に。
片割れはいた。
「今日は追い返さないんだな」
「……………………」
子どものように膝を抱えて。
小さく、隅(そうこの広く白い空間でそこは確かに隅だった)で。
顔を埋めて。
赤い総帥服ではなく、あの島にいた頃の格好で。
けれどその長い髪は下ろしたまま。
微動だにせずに、閉じこもっていた。
「いいのか俺がここにいても?」
話しかけても何の反応もない。
まるで自分などここにはいないように。
肯定されないのはしっていたが。
まさか否定すらされないなんて。
「影は影らしくそのままでいればいい」
この体。
この男の邪魔さえ入らなければ使うことぐらいわけはない。
例え相容れないものだとしても。
隣りに立って見下ろせば。
あのときは酷く邪魔だったこの存在が。
いかに頼りないものなのかとおもう。
「もらうぞ」
今ならとても簡単だ。
しかし、この言葉に男はようやく反応した。
「……………………」
ふるふると、頭を左右に振ってようやく否定の意を示す。
黒い髪が、さらさらと肩を流れた。
「ならなんで俺をここに呼んだ?」
「……………………」
聞き分けのない子どものように。
ただ首を左右に振るだけ。
拉致が開かない。
ひとつ息を吐いて今日のところは去るかと動いたときだった。
つん、とズボンの裾が引かれる感覚。
振り向けばいつの間にか手が、小さく布を掴んでいた。
「…………調子の狂う」
そしてまたひとつ息を吐いて。
その手が離れるまで仕方なくそこに佇んでいた。
「シンタロー」
「ハーレム、どうした」
不意にこの部屋に訪れた叔父の姿に、シンタローは僅かに表情を変えた。
彼をあまり知らない人にとっては、分からないぐらいのものだがハーレムには十分なものだ。
「んな意外な顔するなよ」
「意外だからな」
白衣の裾を揺らしながらシンタローがハーレムにと近づいた。
少し居心地の悪そうなハーレムは、辺りに視線を彷徨わせている。
「何のようだ?誰か探しているのか」
「……いや、あ、でも確かに探してるって言うか…」
歯切れの悪い口調。
いつも自信たっぷりなこの叔父のそんな態度に、シンタローは気付かれぬ程度に眉を上げた。
シンタローが一日の大半を過ごすここは彼専用のラボ。
この部屋には似たような目的の者がよく出入りをする。
そしてそれはこの叔父が苦手としている男も含まれていて。
避けるためか滅多にここには近寄らない。
「お前サクラ、っての作ってたよな」
「サクラ?……ああ、桜。もう出来上がったぞ、見たかったのか」
不慣れなイントネーションで発せられた言葉は、また意外な物だった。
ハーレムという男と桜が結びつかなかったせいもある。
『原色』のイメージなこの男には大輪や、その存在を確実にアピールしているものがよく似合う。
無論桜もその存在感は見事な物ではあるが、やはり淡さや儚さという物からは切り離せないだろう。
「…………でもあいつには似合うんだよな」
どこまでもその存在を示しているのに。
どこか危うげなその感じが、似ているのだろうか。
「なんだって?」
「ああ………見たいならシンタローのところへ行けばあるぞ。また作ろうとは思ってるけどな」
「シンタローのとこ?」
「昨日渡してきたばっかりだ。まだ咲いてる」
ポツリと零した言葉に、ハーレムが訝しげに問うてくるのにシンタローはさらりと返す。
棚を覗いて桜の苗木を出そうとしていたシンタローはだから気付かなかった。
シンタローと口にしたとき、ハーレムの顔が大きく歪んだのを。
茶色く、しなびれた花弁にそっと、指を這わす。
「………一つしか作ってないのか?」
「ああ。けどかなり喜ばれたから、また作るかと思って」
「真っ直ぐ、シンタローにやったわけ?」
「…………そうだが、そんなに見たかったのか?」
やけに食いついてくるハーレムに、シンタローは振り返って訝しげな視線を投げかけた。
そもそも桜という花自体、よく知らないのに。
何処か違和感を覚える。
そんなシンタローの胸中を察したのだろう。
ハーレムはその視線を受け流して、踵を返した。
「ちょっと興味があったからな、それだけだ」
そう言って部屋を出ていったハーレムの姿が見えなくなっても、ずっとその空間を見据えたままだったシンタローの瞳から。
ツ、と一筋頬を流れる物があった。
「あの男なら、大丈夫だよな………」
何処か警鐘を鳴らす胸の裡。
これは自分の傷みではなく。
「………少しぐらい、頼ってくれても良いんだがな」
ほんの僅かに共有する物を。
和らげる術を、知りたかった。
「あの馬鹿がっ………………!!」
シンタローのラボから出たハーレムは、まわりに当たり散らすことだけはなかったがその纏っている空気は張りつめていて。
駆け足寸前のその歩みに苛立ちをぶつけている。
シンタローの部屋から総帥室までの道のりに、コタローの部屋はない。
だから桜を渡しに行ったシンタローがその花びらを落とすはずはないのだ。
もしかしたらくっついた花弁を落としたのかも知れない。
しかしあの様子からして昨日はコタローのところに寄りついてはいないだろう。
可能性は渡されたシンタロー。
桜を見せにいったのか、それともくっつけたまま部屋に行ったか。
どちらでも構いやしないが、昨日の自分の感覚は正しかったのだ。
誰かいたと思ったのにいなかった。
落ちていた一枚の花弁。
部屋にいたのは兄と赤の番人。
その流れていた空気。
何故あの男が立ち去らねばならなかったのか。
部屋に入っていないことぐらい、兄の様子で分かる。
入るのを躊躇してしまうような。
近づいてきた己の気配もわからないような。
何かがあの二人にあったとしか。
ああそう考えれば全てのピースが上手く組み合わさってしまうではないか。
この一年間感じていた違和感。
「なんでだ………!?」
何故またお前が。
きつく唇を噛みしめながら。
ハーレムは辿り着いた総帥室のドアを荒々しく開け放った。
「……そろそろドアのパスワードかえなきゃなぁ」
「俺は今そんなくだらないこと話す気はねぇ」
デスクの上の桜が、傾き始めた陽にさらされながらまたいくつか花弁を落とす。
ポケットに入れられたままの、もうすでに何だったのか分からない茶色い染み。
「くだらないとは思わないけど?」
「うるせぇ。そんなことはどうでもいい、俺は確かめに来たんだよ」
己のいつにない真剣な声音に、ぴくりとその肩が震えて深い溜息が耳に付いた。
どうやら話を聞く姿勢をとることにしたらしい。
こちらに背を向けたままの甥に近づいて、椅子を回転させれば知らない色と目があった。
「お前その色なんだよ!?」
「………あーあ、ばれちゃったね。今取っちゃってたからこっち向いてたのに」
「茶化すな!俺の質問に答えろ!!」
「だって見たとおりだから。時々なるんだ」
淡々と語るシンタローはあくまで笑っている。
その空々しい笑顔が、酷く腹ただしい。
「その紫に、なんもなくていきなりなるってのか?」
「この体だからね。力使ったりするとなるんだ、俺の青の番人としての意識と赤の番人の体が反応して、なのかな。その辺は俺もよく知らない」
みんなにばれると面倒だから黒のカラーコンタクトで誤魔化してたんだけど。
そういってまた笑う男を殴り飛ばしたいのは間違っていないだろう。
そんな秘密を抱えていたのか。
きっとここ最近の事じゃない。
帰ってきてから、すぐ異変はあったのではないだろうか。
誰にも言わず。
頼りもしないで。
何故笑う?
「嘘言うんじゃねぇ」
「言ってない」
「少なくとも時々じゃない。それ、固定してその色だろう」
「……………………」
「力の使用とかもっともらしいこといったがお前ここ1ヶ月はデスクワークだけだからな、昨日だって特に何があったわけでもないし?」
これで傷ついた表情のひとつでもすれば、わかりやすいのに。
「兄貴だって、ぶっ倒れてから相当気にしてるからな。簡単にはでかけられないだろう?」
「……あんたが変な具合に口出して俺の仕事取るしね」
「お前がここにいろって言ったんだ。動き回るぐらいさせろ」
わざと選ぶ言葉はこの男に傷をつけることばかり。
表情を変えろ。
その内心を見せろ。
みっともなく泣けばいいのに。
「………なぁお前このままでいいわけ?」
「なにが?」
「とぼけるつもりか。俺は知ってる」
「なにを」
「お前昨日、コタローのところにまた行ったろ」
この花を持って。
指さす桜に、ほんの少しだけ瞳が揺れた。
「……………俺昨日朝行ったのに?」
「だから再度行っただろって言ってるんだよ。しかも、二度目は部屋には入らずにな」
言いきる言葉にシンタローは、いっそう笑いを深めた。
それは自嘲の笑みだったのか。
「……そこまで分かってるなら聞かなくてもいいじゃない?」
「俺は推測で話すの好きじゃないんだよ」
「断言してるくせに」
「お前のくさい芝居はもう見たくない」
「…………やだねこれだから無駄に年食ってると。変に勘が鋭くて」
「そんなわかりやすい挑発には乗らないぞ。俺は」
吸い込まれそうに透き通ったアメジストが、俺をピタリと見据えた。
射抜くようなその瞳は何の感情も表していないのに。
表情だけはひどく優しく、笑った。
「騙されてくれないの?」
「騙されて欲しいのか?」
「問いを問いで返すかな」
「嘘ばっか吐くからだ」
「ついてるつもりはないけど、」
「話さずにそのまま溜め込んで、どうするんだよ。俺が何にも分かってねぇと思ったのか?確信できたのは今日だったけどな。島から帰ってきたときから、様子が変なのぐらいは気づける」
気付いていないのは。
あの男だけなのではと思う。
「兄貴と、ジャンに。お前は何を見た」
気を抜けば今にも怒鳴り散らしてしまいそうだ。
でもまだ。
聞きたいことを全部聞き出さなければ、何の解決にもなりやしない。
薄々は分かってるが、そのことをこの男の口から言わせたい。
「何も。俺はあの二人に何も見てないよ」
「聞き方が悪かったか?昨日、お前はコタローの部屋の入り口で、兄貴とジャンが、何をしているのを見た?」
一言一言句切って。
言い聞かせるように確認する。
何もなくて入らずに去るものか。
「キスしてたよ。昨日はね、邪魔しちゃ悪いかなぁって去ったんだけど?」
「いい加減そのバレバレな嘘は止めたらどうだ?話が進まないから」
さらっと答えたシンタローは、冷静そのもので。
その冷静さがかえってこの男がそのことに対して気を病んでいるだろう事が、わかる。
「………他に何が聞きたいの?」
「お前、兄貴の寝たよな。こっち帰ってきてすぐに」
とうとう身を委ねたのかと、すぐにその空気は分かった。
纏った空気が変わって。
そのときは……、不穏は感じなかったのに。
「そうだよ」
「ジャンと兄貴はいつからあの関係だ」
「それは本人に聞いてよ。詳しくは知らない」
「知らないんじゃなくて知りたくないんだろ」
だってそうだろう。
普通仮にも好きな奴の(そうでもなければ素直にやらせるはずもないし島でのこの男にマジックの一方通行でもなかったのだと実感した物だ)そんな関係など。
「あ………そうか」
そう考えて。
すとんと胸に落ちた。
どうして気付かなかったのだろう。
聞けるはずもないじゃないか。
だってマジックはシンタローがジャンと自分の関係を知ってるなんて事知らないのだから。
だってマジックが言うはずもない。
同じ顔のあの男にも手を出してるなんて。
…………あれ?
何処か間違えている。
そんな違和感が俺を覆っている。
何が違うんだ。
マジックとシンタローは出来上がっていて、でもってマジックはジャンとも関係を持っていて。
シンタローは昨日マジックとジャンのキス現場を目撃して、多分逃げ出した。
でもこの様子からして相当前から知ってたんだよな?
島から帰ってきたときから様子は変で。
でも関係持ったばかりのときはそうでもなくて。
色んな事がいっぺんにありすぎたからおかしいのかとも。
けど。
どういうことだ?
マジックは、シンタローと、ジャンと。
「順番が違うんだ………」
それは、ひどくやるせない。
マジックは、シンタローと寝たのが先なんじゃない。
ジャンと関係を持っていたのが先で。
そういえば今ジャンはサービスと。
いや学生時代からそんな感じは。
けどジャンとの関係がシンタローの前だとするとそれはジャンが学生時代だから。
その再会はあの島で。
島でシンタローはジャンで。
でも違ってたんだけど。
でもこいつさっきなんて言ってた?
体は赤の番人って言ってたよな?
それはつまり俺もとっくに承知の通りジャンの体と言うことで。
島から帰ってきたシンタローを抱いたのはもう逃がさないためだと思ってたけど。
マジックのあの異様な執着は。
いや、でもその兄の口からきちんと俺は聞いている。
確かめた。
それに俺は安堵した。
でも。
シンタローはどうしてジャンとの関係を知った?
「お前、馬鹿だろう………!!」
何で、笑っていられるんだよ。
何で、マジックの傍に居続けるんだよ。
同じ顔で、同じ体のお前。
関係がジャンが先だと言うことは。
それは。
そんな笑った顔なんて、見たくねぇよ。
もうすでに歪みまくって何を見ているのかわからないんだけど。
「ハーレム……」
「何でお前はそんなに馬鹿なんだ!?」
悔しくてこぼれ落ちる涙は止まる術を知らない。
ああみっともない。
何で俺が泣かなくちゃいけないんだよ。
あまりにこの甥が馬鹿で。哀れで。愚かで。
………………愛しすぎて。
しかも肝心の兄はこのことを知っちゃいない。
「いつからだ………!!」
「………何が?」
「いつから、お前はマジックとジャンの間柄を知ったんだッ…!!」
「………ここ帰ってきて、マジックに抱かれて、少し後かな。体の違和感は感じてたけどね」
はぐらかすことも無言も許さない声音に、シンタローは少し間をおいたが素直に答えた。
やっぱり正しいじゃないか。
俺の感は。
一年間。
こいつは何を思って過ごしてきたんだ。
「殴ってくる……」
「え?」
「一発殴らなきゃ気がすまねえ」
一発ですむかわかんないけどな。
そういって踵を返そうとすれば、今日初めて。
感情を表面に出した声が耳に届いた。
「嫌だ!!」
「…………何言ってんだテメェ」
いっそ悲壮なその声。
何を嫌だと、この馬鹿は言うのでしょう。
「気付いたんだろ?マジックは俺が知ってることを知らない。俺はこれからもそれを言うつもりはない。だからあんたも何もするな」
「それはテメェの都合だ。俺の知ったことか」
「俺は、あんたが思ってるよりよっぽどあの男が好きだよ。多分、今のこのバランスが崩れたら俺はここにいられなくなる……それは嫌だから、だから……」
ああ兄貴も上手く教育したもんだ。
あんた一人でこの、今のガンマ団をまとめ上げている男は簡単に揺れてしまう。
さっきまで落ち着いていたのに、こんなにも狼狽える。
こいつのまわりはいつだって多くの人がいるのに。
誰だって手を差し伸べることを厭いやしないのに。
むしろ伸ばされることを望んでいるのに。
この男の求める手は、ただひとりか。
「ふざけんな」
「………巫山戯てない」
「俺はあいつを殴りたい。けどお前はそれを止める。俺はそんなお前の元にいられるほどお人好しじゃねぇんだよ!!」
知ってしまったんだから、見て見ぬ振りが出来るほど器用さを持ち合わせてはいなく。
このまま居続けていては、絶対に無理だ。
「今日限りで、俺はガンマ団を止める」
「…………元々、俺が無理に引き留めてたんだしな」
「餞別として何も言わないででってやるよ。ただすれ違いでもした場合の保証はねぇ」
「……ハーレム」
頼むから、気付けよ。
お前の視野はそんなに狭かったか?
「最後に言っておく」
「………………」
「結局お前は、俺のことをまったく信頼してねぇんだよな。俺だけじゃなくって他の奴に関しても自分から壁作ってるし………お前にとって俺等って、何だったんだろうな」
本当、情けないね。
自分の半分ほどしか生きてない不器用な男の一人も、手助けすることすら出来やしない。
お前のその心遣いに、涙が止まらないよ。
「ハ―レムっ………!!」
出ていこうとした背中に、思わず声をかけた。
その音は我ながらひどく情けないもので。
しかしそれ以上言葉は続かない。
違う。
否定の言葉が喉に絡み付く。
それを俺に言う権利は。
だってどう思っていようと選ぶ結果は彼の言うとおりなのだから。
そして男は振り返ることももう口を開くこともなく、部屋をあとにした。
「――――――――……っ」
叫ぶ声は、届かない。
言葉になり切れないものが、胸を張り裂こうとしてる。
でもだからと言って、何故彼に縋ることが出来る?
これ以上誰に弱さを許せる?
ひとりで立つことが出来なくなってしまうの。
いつかおいていかれるひがくるから。
だから。
ねぇ、貴方は本当になにを俺に求めていた?
力なく、窓にと寄りかかる。
傾いた陽が部屋を赤く染めて。
もう疲れたんだ一人舞台は。
そう感じたら急に目の前がぼやけてきた。
何であんたが泣いてくれたんだろうね。
もう十分にお人好しだよ。
それを返すことの出来ない俺は、やっぱり相当馬鹿なんだろうね。
淡い色の花が、赤く反射しながらはらはらと散っていく様をぼんやりと見やる。
…………昔撮った写真を思い出した。
無造作に、けれど確実に手の届く位置に置いてある本を取りだし、また窓にと寄りかかって。
古ぼけた本に挟んであるそれは、一番あの男に似ていた。
何も知らなかったこの頃の笑顔が。
ぱたぱたと写真に落ちる染み。
何でこんなに苦しいんだろう。
自分で選んでる道なのに、体の中の軋みは増えていくばかりで。
音がするんだ。
いっそのことなりふり構わず欲しがれれば良かったのだろうか。
想うほどに揺れて、泣き乱れて叫ぶことができれば。
………等の昔に求めることは、諦めていたけど。
唯一望んだのは貴方の隣にいること。
この現状を壊すことが怖くて。
結局また誰か傷付けた。
手探りで探すものに捕われすぎて。
「ごめんな…、さ……ごめ、んなさい…ごめんなさい、ごめんなさっ………!!」
誰に許しを乞うてるのだろうか。
身を屈め、泣きじゃくる様は幼い子どものようで。
蒸せながら紡ぐ言葉は壊れたスピ―カ―みたいに繰り返される。
なによりも怖いことはここにいられなくなること。
そう怖いんだ。
彼よりもあの人を選んだ、それだけのこと。
だって知ってる事実を突き付けて。
いらないと、あのときみたいに背を向けられたら。
ぽっかりと空いた胸に風が吹く。
一度否定された事実はいまだに根深く。
不安定な足元は今にも崩れ落ちそうなんだ。
「ごめんなさい………………」
口をついで出るのは嗚咽と贖罪の言葉。
そのずるい自分の声も聞きたくなくて。
耳を塞げば。
確かな鼓動だけが、響いた。
「……………………………………」
気付いていない。
淡い金髪。
多分誰よりも近いその存在。
黙って側によれば、青い瞳がこちらを向いた。
石膏のような冷たい色は、触ればひやりとして。
「あんたが温かくなくて良かった」
「………馬鹿な男だ」
「うん。だからあげない」
今日は何度馬鹿と言われたことだろう。
自嘲気味に笑いながら、それでもいいのだ。
失くしたくはないから。
この感情を何と呼ぼうか?
愚かで、自分勝手で、未発達なこの想いを。
「恋という感情ではないのか?」
不可解そうに、ダイレクトに伝わっただろう感覚の答えを男が口にする。
多分この男は理解できないとでも言いたいのだろう。
恋というカテゴリに当てはめるためには足りない部分もあるし、溢れてしまう部分もいっぱいあってやはり恋とは呼べないのだろうけど。
もし。
これを恋と呼ぶのなら。
もう二度と恋なんて物は、要らない。
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何をするのでもなく。
何を望むのでもなく。
ただ傍にいられたら。
Doppel
Act7 imitationreplica
ここはひどく寂しくてなんだか寒い。
誰かが呼ぶ声を頼りに。
手を伸ばした。
「おうグンマ博士やないか、久しぶりやのぅ」
「コージくん!」
何をするでもなくひとり廊下を歩いていたコージ。
予定よりもだいぶ手こずってしまった遠征からようやく帰還したばかりだった。
得意でもない提出書類を何とか書き上げて、休憩がてらの散歩。
そこを白衣を着た金髪が駆けていくのを見てコージは気楽に声をかけた。
「………急いどるのか?」
しかし、返ってきたのはいつものほわんとした口調ではなく何処か切羽詰まった感じの声だった。
足を止めるのももどかしそうな様子にコージはグンマの背中を押す。
「走りながらでも話聞かせてくれるか?」
「あ、え、でも」
「今暇人でなぁ、聞いて良ければ付き合いたいんじゃ」
遠慮がちに、それでも走り始めたグンマにやはり急いでいたことが分かる。
グンマが慌てることなどあまりない。
珍しい事態に、正直言って好奇心が沸いた。
そんな気持ちは次の瞬間には吹き飛んでしまったのだけれど。
「シンちゃんが、大変なんだよっ………!!」
「―――――シンタローがか?」
グンマの口から出た名前にコージは顔を固くした。
そんなコージにグンマは続ける。
「うんっ、遠征先で予測してなかった事態が起きて」
「シンタローの方か……」
続けられた遠征という言葉に、コージの脳裏には長い黒髪が思い出された。
グンマから出る『シンタロー』の名前は二人の従兄。
金髪と黒髪の対照的な従兄はグンマにとってとても特別だ。
一緒にいるのは「シンタロー」の方が多いが、それでも話しに出る頻度は十分同じで。
「とりあえずは無事らしいけど倒れたって聞いたから……」
「それは――――……」
一大事だ。
シンタローが倒れるだなんて、今までありそうでなかったのに。
決して人前で倒れることはないと、確信していた。
団員の目の前で総帥が倒れる。
それは彼にとってマイナスだ。
ひとりで背負おうと。
新しいガンマ団のことで、あの男の手を煩わせたくはないと気を張っている男だから。
心配させまいという生ぬるい感情ではないということしか分からない。
でもそんなシンタローが倒れてしまったと言うことは。
「詳しい事態は?」
「入ってきてない!僕が頼まれたのは飛空鑑の破損部の修理と、分析」
「分析?」
「なんかのエネルギー波を受けたらしくて、残留波があるかもしれないって」
「よく無事で……」
「シンちゃんが………」
気付かぬうちにコージの走るスピードは上がっていたらしい。
それに合わせながら走っていたグンマの口調は不意に途切れた。
「シンタローが?」
「………シンちゃんが、シンちゃんに何かあったかもって」
「―――――……?」
「だから詳しく聞いたら、倒れたってだけっ、」
コージからグンマを気遣う言葉は出ない。
それどころかなおスピードを上げるコージに、、グンマも必死に付いてくる。
「で、博士の方は準備できたんかっ?」
「うん!もう指示は出来たし向かえる準備はっ、だいじょぶっ」
「もうシンタロー達は来るんだな!?」
「さっき、船は確認できたって………」
それから二人に言葉はなく、黙って走り続けていた。
グンマの苦しそうな呼吸を背にコージは速さを緩めない。
正直、よく付いてこれる物だと思う。
――――――それほど、心配なのだろう。
あの、影を見せなくなった従兄が。
「何があった………?」
話してもらえないのは重々承知で。
その姿を見る度、力の無さというものを痛感するのは自分勝手な感情で。
それでも。
少しは頼って欲しいと思うのは。
自分だけじゃないのだ。
カンッ!!
薄暗い廊下を終えれば出口はすぐそこで。
重苦しいブーツで思いっきり床を蹴る。
一歩外へ踏み出せば強い風が長い髪の毛を浚う。
耳に響く重低音に舞う砂埃。
開けた視界に飛び込んできたのは。
しっかりと自分の足で立っている男だった。
「もう到着する頃か……」
ふっと覚醒した。
ひどく長い間眠っていた気がする。
意識はしっかりしているのだがいかんせん体が付いてこない。
身体中を纏っている倦怠感に眉を顰めた。
「前よりはましだけど……」
一つ寝返りをうてば、長い髪が微かな音を立てて流れた。
くすぐったい感触に口だけで笑う。
何を求めていたのだろう。
暗い部屋の中、伸ばされた腕がいやにはっきりと見えた。
掴みたかったものは何?
虚空を握りしめて、返ってくるのは掌に立てた爪の感触だけ。
「どうやったら戻るかな………」
アメジストの色を抱えて、小さく溜息を付いた。
「シンタロー総帥大丈夫なんか……?」
「あ――、ワリィ情けないとこみせちまって。休ませて貰ったしもう平気だよ」
心配そうに傍らで佇むどん太に、シンタローは苦笑で答える。
いくら使い慣れなかったとはいえ、倒れてしまったのはまずかったと今更ながらに思う。
「その上撤退だもんなぁ……」
「死傷者無かっただけでも十分ばい!情報収集が足りなかったのは儂等のミス……」
シンタローがかくっと肩を落とせば、それ以上にどん太が泣きそうになる。
教訓にすればよいと、内心では考えているのだが落ち込むものは落ち込むのだ。
けれど総帥に就任して高々一年。
完璧にやれると思う方が、一笑されるのだろう。
「オーケー出したのは結局俺だからさ、気に病むなよ」
くしゃっとその癖のある髪を掻き回せば複雑な顔でどん太は、けれど黙って髪の毛をされるがままになっている。
「また大変なのはお前等なんだし。落ち込むよりそっち覚悟しといてくれな」
そんなことをぽつぽつと話していれば、いつの間にか目の前のドアが開いていた。
「本部に到着いたしました、総帥」
「………シンちゃん」
降り立ったその姿に今すぐ走り寄りたい衝動に駆られる。
けれど隣のコージが微動だにしない様子に、グンマは足を運びかねていた。
出迎える団員はまばらとはいえ居る。
整列した一番最後に少し離れて立っているグンマとコージは、シンタローが少しずつ近づいてくるのを黙って待っていた。
「――――――――――……、」
「博士なら、行っても良いと思うがの」
「コージくんは?」
「儂は駄目じゃ」
落ち着かない様子のグンマに、コージが声をかけた。
予想していた言葉にコージはさらりと答える。
飄々とした表情は陰を落としてはいない。
けれど返した言葉にグンマが顔を歪めるのを見て、それは苦笑に変わった。
「なんで?コージくんは、シンちゃんと仲良いしそんな……」
「この場であいつとワシはあくまで『総帥』と『部下』。そのスタンスを崩すことはできん」
「でも今は……」
グンマの言いたいことはよく分かる。
倒れただなんて思わせない足取りで歩いてくる様は堂々としていた。
しかし傍についているどん太の表情が、それが本当にそうなのか怪しいものにしていた。
ただ心配しているだけなのかも知れない。
―――――けれど。
あの男の振る舞いを鵜呑みに出来るほど、短い付き合いではない。
「ああだからじゃ、」
「―――――……?」
「意識がなければ……そうだったらお呼びがかかっとるかもしれんが、ああしてシンタローはひとりで歩いとる」
「―――……うん」
「あそこにいるのは『シンタロー』じゃなくて『総帥』なんじゃ」
「総帥としての役割を全うしている男に、手助けをしたらその行動を踏みにじることになる」
大丈夫かだなんて、その手を取ってしまったら。
それは彼の立場を低めてしまうのだ。
周りにいるのが身内だけならいざ知らず。
ここは彼が統括するべき『ガンマ団』なのだ。
「わしはな」
と、グンマの顔をのぞき込んだコージの顔は満面の笑みだった。
泣きそうな顔のグンマの頭を、くしゃりと撫でる。
「博士は従兄だし、誰も気にすることはないから構わんで――…」
「ううん、駄目」
背中を軽く押して、促そうとするコージの手をやんわりと外したグンマは首を横に振った。
「僕も、自分の役割やらなくちゃ」
シンタローがそこまで来る前に、グンマは自分の仕事へと向かったのだった。
「――――――……あの馬鹿が、」
グンマとコージの様子を黙って伺っていたシンタローは、そのまま視線を移して誰にも分からないほどに小さく呟いた。
「泣きたいなら泣け」
作り損なった笑顔を見るぐらいなら、そのほうが何倍もマシだ。
それを許さない立場にいることを知っているから言えないけれど。
「――――――……よかった」
何とか事なきを得て。
失態は痛いものだったが、これもこれからの糧にすればいい。
この失敗を引きずって悪影響を及ぼすことはさせぬよう。
「ハーレムが特選部隊連れて偵察行った言うし、とりあえず今回の偵察メンバーは休ませて…」
やるべき事を整理しつつ部屋にと向かう。
執務室ではなく、自部屋である。
一回モニター室へは連絡を取りに行ったのだが、そのまま強制的に休むように云われてしまった。
無論今回は流石にそのつもりだったのだけれど。
集中できないで無理に仕事をしてもミスをするだけだ。
不安定な状態だから、なおのこと。
「あ――……影響力強すぎ……」
早くひとりになりたい。
部屋に行ったらすぐにティラミス達に指示だけ出して。
とにかく『この』状態に慣れたい。
ざわざわと落ち着かない空気が、気持ち悪くて。
ひとりに。
「―――――――はっ、」
ドアを背にしたまま、それでも閉じた空間になんとか息を付けた。
酷く寒いのに、伝い落ちる汗は後を絶たなくて。
べた付く空気に、生理的に涙が浮かぶ。
寒い。
無意識に伸ばした腕は、また虚空を。
「寒いの?」
不意に掴まれたその掌を。
離すことは出来ないのだと、思った。
「………何で……」
「目の前で倒れたんだ、心配しないわけないだろう」
やんわりと包まれた手から伝わってくる体温が心地よい。
冷えきっていたのだと、今更ながらに自覚した。
「気配殺してんなよ……」
「それほど疲労してるんだよ」
シンタローが。
掴まれた腕をそのまま引き寄せられて、胸に抱え込まれる形になる。
耳元にそっと吹き込まれた名がひどくくすぐったい。
…………実感する。
「外傷はないようだね」
「ちょっと疲れただけだよ、……初めて使ってみたから」
ジャンの力を。
それだけでもないけど。
両方とも口に乗せるのは憚られて、そのまま言葉を切る。
握った手から自然と力が抜けたが、離される様子はなかった。
どうしてなんだろう。
なんでこうやって。
貴方はここにいる?
「あんまり一人で居ると、嫌なこと考えるだろう」
「――――……あんたも覚えがある?」
「まぁね」
繋いだ手はそのままに、もう片方でゆっくりとシンタローの背を撫でる。
微かに伝わってくる鼓動の振動に眠気が誘われる。
温かくて、気持ちが良くて。
握り返したくなってしまう。
「でもやっぱり煮詰まったりするんだよ」
「……ふぅん」
「そんなときにね」
お前が居てくれて、すごく救われたんだ。
「そっか」
本当にひとりでいたいときもあるけど。
「今のシンタローは、ひとりにさせておけないかなって」
なんで、わかるんだろう。
ひとりで居なきゃいけないと思うのに。
ひとりで居るのは酷く怖くて。
本当は誰かに。
ただ傍にいて欲しくて。
何で傍にいてくれるの?
勘違いしそうになる。
貴方が好きだ。
失くすのはもう小さなものだって嫌で。
一欠けの氷が溶けていく感触に溺れそうだ。
「私はここにいるから」
「今はゆっくり休みなさい」
抱えた黒がまた色を変える。
蒼の濃いアメジスト。
閉じた瞳に落とされた唇に、また、泣きたくなってしまった。
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まだここにいること
意味があるというのなら
足跡を残しながら進んでいこう
Doppel
Act8 徒然
この色を隠し通せる自信はない。
毎朝の習慣。
鏡を覗いて自分と向き合う。
姿を見せなくなったあの色を求めて、深呼吸をする。
そして今日も。
作り損なった顔で、黒のカラーコンタクトを手にするのだ。
「おはようコタロー」
眠り続ける弟に朝の挨拶。
いつまでこの状態なのか誰にも分からない。
目覚めてくれることを望みながら、この部屋にと足を運ぶ。
その青い瞳が見られることを祈って、金色の髪をそっと梳いた。
マジックとよく似た、強い金色。
兄のグンマは柔らかな金色を持っていて、その従兄は薄目の淡い色。
彼らの持つ色はそれぞれとても似合っている。
今日はまだ誰の気配もないこの部屋。
艶だけはやたらとでてきた己の漆黒の髪に手をあてながら窓を開けた。
珍しく雲の切れ間から姿を見せる青空に、気分が少し軽くなる。
早朝の冷たい風が部屋に入り込み、こもった空気を切り裂いた。
「はやく、甘えられると良いな」
抱き締めて貰ったその温度を、忘れないでいて。
「じゃあ俺はそろそろ仕事行くから、」
元気でな、と窓を閉めたときだった。
ドアが開いて、鮮やかな金色が目に入った。
「珍しいね」
「……そうでもねぇけどな」
ここで会うには思いがけない人物に、シンタローは少し驚いたがすぐに笑顔を浮かべた。
確かに、この男はとても弟を可愛がっていたように思う。
「そうだったね。コタローには優しかった」
「ああ?」
「あ、あとシンタローにも」
意地悪そうな笑みを浮かべるシンタローに、ハーレムは眉を寄せた。
「てめ俺がいつ優しくなかったってんだよ」
「小さい子どもを本気で泣かせたのはどこのどいつだよ」
「泣かしてねぇよ」
「グンマだグンマ。泣き止ませるのいつも大変だったんだぜ?」
「それはあいつが泣き虫なだけだ!」
「怒鳴るな、コタローが居るんだから」
ハーレムが拳を震わせても、シンタローは事もなさげに流す。
シンタローの言葉に不承不承ながらもハーレムは何とか怒りを抑え、けれどやり場のないそれに荒々しく息を吐いた。
「怒ると血圧上がるよ?」
「誰のせいだッ!」
「自業自得」
くすくす笑いながらしれっと返す。
完全に面白がっている男にやはり拳が上がりかけたハーレムだったが、愛おしそうに弟の髪を梳く様子に何も出来なくなってしまった。
「じゃあ俺仕事行くから」
「……俺のどこが優しくないってんだよな」
言うだけ言って、ドアにと向かう男の背中にポツリと零せばその足が止まって。
「そうだね、あんたは確かに優しい」
ドアの向こうにその姿が消えても、残された言葉に。
ハーレムはしばし固まったままだった。
「…………何してるんだハーレム」
「あ、いや」
音を立てて開いたドアに、ようやくハーレムは我にと返った。
随分とぼーっとしてしまっていたらしい。
訝しげに声をかけるマジックに、慌てて声を出した。
「不意打ちってのはないよな……」
「何言ってるんだ?」
「こっちのはなしッ」
いつものように軽く口に乗せた言葉にあんな風に返されてどうしろというのだ。
その言葉も言葉だが、少し振り返った際に見せたその表情が。
ひどく優しげな笑みとは裏腹の黒く濡れた瞳が。
何かを訴えかけていたようで、脳裏から離れない。
マジックはと言えば、そんな弟の様子をやはり訝しそうに見ていたが一つ首を傾げると息子にと視線を移した。
まだ眠りから覚めない。
閉じこめていたものを一気の放出した反動に、幼い体は耐えることが出来ずにこうして意識を閉じている。
さらりとした金髪にそっと手をやってなにやら考え込んでいるハーレムを横目で見やる。
この部屋に入ったときに完全に硬直していた弟は何とも言えず不機嫌な顔をしていた。
何があったのかと声をかければ、ほっとしたのもつかの間苛立ち紛れに長い髪を掻き回し、やり場のない怒りをぶつけていた。
そんなことをして居るぐらいならこの部屋にいて欲しくはないのだが。
「ハーレム」
「ああ?」
「ここに来ると途中シンタローに会ったんだが」
ここにいたのか?と続けて問えばどこか申し訳なさそうな、けれど苛立ちが混じった口調で返事が来る。
「いたけど、それがどうかしたかよ」
「ここでは頻繁に会うのか?」
「別に……、ここで会ったのは初めてだよ」
「そうか」
「それがどうかしたのか」
どうかしたと言えば自分の態度なんだろうけれど。
口にした途端墓穴を掘ったと思ったがもう遅い。
シンタローとここで会っていて、どうもおかしい己の態度。
勘ぐるなという方が無理だが、痛くない腹を探られたくもなく。
「なんかいやに楽しそうだったから。私もここで顔を合わせたことはないし」
「嘘だろ?マジで?」
「こんな事で嘘を付いても仕方なかろう」
正直マジックの言葉に本気でハーレムは驚いた。
忙しいあの男はそれでもこの部屋に来る時間を何とか作りだしているし(大半がただでさえない睡眠時間を削る、だ)毎日ここに顔を出しに来ているこの兄。
そうでなくとも会っていそうな二人が、この部屋で顔を見たことがないとは。
「………すげー意外」
「私もだ」
「おい」
何のためにここに来て居るんだとと叫びたくなるが、自分でも愚問だと思ったので寸でで止めた。
混ぜ返すような口調とは裏腹にその表情は固いもので声をかけるのが躊躇われたせいもある。
「楽しそうだったんだよ」
「――……さっきも聞いた」
「笑ってた」
「良いじゃねぇか別に」
不意に紡がれたマジックの言葉は話題を戻すもので。
けれど単語単語で続けられる言葉に、ハーレムは真意を測りかねる。
それどころか。
「……ただからかってたのかあの野郎…」
出るときはあんな危うげな空気を持たせていたくせに。
楽しそうだったとはどういうことだ。
「――――わかんねぇなもう」
「なにが」
「こっちの話し」
「――――――……」
話そうとしないことを無理に聞き出そうとは思わない。
どうせ口を開きはしないことは知っている。
「笑ってる顔しか、みてないな………」
その笑顔は本物なのだろうけれど。
素直に幸せな気分になれないのは、何故なんだろう。
「あー……なんとか一息付ける」
シンタローのデスクの上には山のような書類の束。
目を通さなければならない書類は減ることを知らず、今日もその文字を追うので時間をとられていた。
時計で時刻を確認すればとうに昼の時間は過ぎて、ため息をひとつ付く。
体を動かすのならともかく、デスクワークは肩が凝って仕方ない。
一日訓練場にいた方がよっぽど楽だと思いながら、ぱきぱきと体を伸ばした。
休憩がてらお茶でも飲もうかと席を立とうとしたときに、ドアがノックされ返事をする前に開かれた。
「そろそろ厭きる頃だろうと思ってな」
「もうとっくに厭きてるよ」
書類整関係は。
軽口を叩きながら姿を見せたのは白衣を纏った従兄だった。
右手にお茶の載せたトレイを持っている。
「昼、まだだろう。またグンマがぼやいてたぞ」
「……そういや一緒に食おうっていっつも言われてるなぁ……」
時間が空けばと毎度同じ返事を返すシンタローに、グンマが不機嫌そうな表情をしたのは記憶に新しい。
「おにぎりと緑茶持ってきたぞ」
「――――……シンタローが作ったのか?」
「違う」
目の前の従兄には不釣り合いな三角形に握られたご飯と急須と湯飲み。何故かデザートに団子まで付いていた。
以前シンタローが興味があると言って作った料理は、とてもじゃないか食べられたものではなかった。
化学の実験と同じようなものだとレシピ通りに作っていたのが何でああなるのか。
それがまだ記憶に新しいシンタローは恐る恐る伺いながらデスクの上を片づける。
書類を脇にのけると目の前にトレイ(お盆という方が正しいかも知れない)が置かれ、緑茶の香りが鼻を擽る。
「ミヤギ達が、花見の季節だからと言ってな」
「あー、そういえば季節だよなぁ」
目の前に置かれた日本食に手を合わせるシンタローは心から嬉しそうだ。
激職だが単調な毎日の中、このようなことはなかなかに幸せである。
「気分だけでもってか?」
「ああ、そう思って」
どんっと重々しい音を立ててデスクの上に乗せられたものに、シンタローは目を見開いた。
「これ、」
「小さいがな、成功したから差し入れだ」
ただでさえ本部に閉じこもりっきりなシンタローが、花を目にすることは少ない。
それをまさかここでお目にかかれようとは。
小さいながらも立派なその花。
この場所では見ることは敵うまいと思っていたのに。
「桜だ」
「ああ」
満開の桜が、デスクの上で咲き誇っている。
独特の甘い香りが届いて、シンタローは目を細めた。
「すげー……」
「苗木が手に入ればそう面倒でもなかった。本当ならもっと大きいものの方が良かったのだろうが」
「いや、十分。むしろこんなサイズにする方が大変なのによくできたな」
「ミヤギとかが割と詳しくて」
「あー、そうかも」
小さな笑いを零しながらシンタローはそっと花に手を伸ばす。
薄紅の花弁が、つっとその手を滑った。
「気に入ったか?」
「おう、ありがとな」
視線を桜に注いだまま、やんわりと触れる。
満足げなシンタローに知らずシンタローからも笑みが浮かんだ。
「じゃあ俺も少しばかり花見をするかな」
「付き合ってくれるの?」
「ひとりのご飯じゃ侘びしいだろう」
「まぁな」
言うが早いがシンタローはどこからかまた一つお盆をとりだして。
空の湯飲みにお茶を注ぎながら団子を口に放り込む。
「今度はお前が作れよ」
「お前が作ったんじゃないクセに…確かに前は良く作ってたけどな…、じゃ、グンマにお詫びもかねて今度はみんなで花見しようぜ」
「それは楽しみだ」
それがなるべく早く出来ることを望みながら。
みんなの中に弟が含まれることを、祈った。
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長くなりすぎたのでここらでちょきん。
だからちょっと短めですか。
平和にお花見。この二人は本当良いですな。
さぁ前回の予告は嘘(ハーレム独断場)ですが、次回も違います(元々一話の予定でしたので)
さぁ次へとお進み下さいな。
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柵を求めているのは自分自身。
動きがとれないように理由を付けて。
本当は動きたくないだけなんだ。
Doppel
Act5 fasypain
あれから一年。
年月の経つのはひどく早い。
映る景色が赤くとも青くとも。
その度に気にするほどの感情はもうない。
ただ体の何処かで音がするだけだ。
割り切れるほど強くはないけれど。
24年間何万何十万と繰り返されてきた言葉。
それを簡単に否定できるほどの事実が自分の中に育っていて。
それが形となって現れたのは一年前。
けれどその存在は自分を癒してくれた。
信じきれなかった言葉はそれを機に変わるかと思ったけれども。
新たな事実にやはり簡単に否定された。
だからそんな偽りは欲しくない。
囁かれるたびに又一つ音がする。
愛してるよ
ここに繋ぎ止めるに、十分な言葉。
「ハーレム本当に駄目か?」
「……………………………」
契約期間。
ハーレムとの最初の約束は一年間だった。
いてくれる間に出来るだけのことはやろうと、実行してきたつもりではあるがいざ時期が来るとまだいて貰いたい。
我が儘を承知で問えば、返ってくるのは沈黙で。
一蹴されるとばかり思っていたシンタローは少なからず驚いた。
「………暫く考えさせろ」
「え、マジ!?」
「…………出てくのも楽なんだけどな」
ハーレムの答えに本当に意外な顔をする甥に、そんななら最初から聞くなと悪態付いてやりたくなるが内心に押し留めた。
自分がどんな顔をしているのか分かっているのか。
そんな顔をされて振ってしまったら何とも後味の悪い。
「俺の偉大さが分かったようだからいてやっても悪くはない」
「…………すげー尊大……」
「なにかいったか?」
「別に。もう耄碌しちゃった?」
「………テメェ……」
人が下手に出てやればつけあがりやがって。
どの辺が下手に出ているかは謎であるが、それでもハーレムが譲歩していることに代わりはない。
「なぁハーレム」
「ンだよ」
しかし、怒鳴ろうとした矢先に何とも頼りのない声が名前を呼ぶ。
すっかり毒気の抜かれたハーレムはやり場のない怒りを持て余す。
何をこんなにこの甥は不安定なのだろう。
総帥室のデスクの上。
そこに腰掛けながらハーレムはシンタローの顔を観察しようとするが、生憎シンタローは窓辺へと椅子を回転させた。
晴天の少ないこの国は、今日も曇り空だ。
厚い雲に覆われた空を仰いで、シンタローは口を閉ざした。
「やっぱいーや」
「……そーかよ」
やりにくくて仕方がないハーレムは、突っかかることもせずにデスクから腰を浮かせた。
軽い音を立ててしまったドアと去った気配にシンタローは小さく溜息を付いた。
あの男はもう気付いているかも知れない。
なんだかんだで一番人の心配をしている。
シンタローの様子がおかしいことは承知だろうが、踏み込んでは来ないことに感謝していた。
だからハーレムの存在が必要だった。
彼の力もそうだが、何よりもいい緩衝剤。
「………利用してるんだよな、結局」
逃げ道なのだハーレムは。
総帥という立場が関係なく、上からシンタローを見据えられる人物。
そんな人物は数少なくてその中でもハーレムは恰好だった。
精神の拠と言えばまだ聞こえは良いけれど。
「何でこんなに好きなのかなぁ?」
誰に聞かせるでもなくシンタローは声に出す。
離れられれば一番楽だ。
誰にも迷惑をかけることなく日々を過ごせる。
こんな呵責も必要ない。
「愛してる」
痛みにも似た切なさが胸に落ちる。
デスクの上に突っ伏せば長い黒髪が広がった。
自ら進んでその言葉に捕らわれる。
この苦しみから逃れるには離れるしかないと知りながら、それが出来ずにいる想い故の自責。
不変な物は要らないと思いながら変わることは恐れるその矛盾。
「――――――――遠征の準備しよ」
堂々巡りをする考えを断ち切るかのように顔を上げたシンタローは、総帥の表情に戻っていた。
「え?あいつ何処に遠征行ったって?」
「だからA国のT地区。遠征っていっても今回は割と期間も短いし、偵察に近いけどね」
あまり情報の入ってこない小さな国。
マジックの言葉を聞いたハーレムは目に見えて顔色を変えた。
「どうした?」
「そこ……この前ロッド達が行ってきたんだ」
この前と言っても2ヶ月ほど前にもなるだろうか。
大した噂は聞かなかったがそれでも耳に入ったこともあった。
「物資もないし信憑性も薄かったが………今シンタローが行くと刺激するかも知れない」
ガンマ団の名は全世界に轟いている。
情報が入りづらい国にも名前くらいは知られているだろう。
「なにがある」
マジックもハーレムの真剣な様子に表情を変えた。
少ない言葉の中に言いたいことの予想は大体付く。
「最新のレーザー砲を研究しているって話しだ。もしまだ今のガンマ団のことを知らなかったら」
新生ガンマ団。
誕生して一年経った。
けれどまだ僅か一年の話しで、内部ですら新しい内容に慣れきってはいない。
それが他国、しかも情報が入るのが遅い国ともなると。
「――――――恰好の的だな」
ガンマ団に恨みを持っている国、組織なんて数えたらキリがない。
ガンマ団を攻撃したからと言って賞賛されはすれ責められることはまずないだろう。
「噂が噂ですんでればいいんだけどな!」
「至急連絡を取ろう」
慌ただしく部屋を出ていきながら、ハーレムは嫌な予感が広がるのを抑えられなかった。
「シンタロー総帥、緊急連絡入っとるったい!」
「緊急?ガンマ団の方で問題でもおきたのか?」
ハッチから出ていたシンタローに慌てた声が届く。
閑散とした、何もない土地をぼんやりと眺めていたシンタローはその切羽詰まった声に、急いで通信室のモニターへと足を向ける。
切り替えたモニターには、マジックとハーレムの姿が映った。
「何かそっちで問題でもあったか?」
この二人が揃っていてそれはないと思いながらもシンタローはマイクに向かって問いを発した。
マジックとハーレムの真剣な声が、部屋に響く。
『こっちには何も問題ない。ハーレムからその国について嫌な話を聞いてな』
『あくまで噂の範疇は越えてない。けど念のため連絡しておこうと――――』
ハーレムの言葉は急に鳴り響いた機械音によって遮られた。
レーダーが察知したエネルギー。
それは間違いなくシンタロー達にと向かっている。
「総帥!!巨大なレーザー砲です!!」
「……まずい……!!」
別のモニターを一目見たシンタローは通信機を投げ捨て又急いでハッチにと出た。
目に届いた光。
今からエンジンをフルにしても逃れられまい。
「駄目だこれじゃ……俺しか………」
装備してある武器では歯が立たない。
かといってシンタローのガンマ砲でも迎え撃てるかどうか。
それに主流波をどうにかしようとも余波が残る。
船を捨てても構いやしないがそれでも逃げ延びれないのは明らかだ。
ふとシンタローの頭をよぎったのはいまだ使ったことのないジャンの力。
守備範囲の広い、あれなら。
「今使わないんでいつ使うってんだよなぁ!?」
乱れる精神を集中させる。
イメージをしろ。
ジャンが使える力が俺に使えないはずはない。
俺自身が使ったことはなくとも、この体は覚えているはずだ。
少しずつ、掌に溜まっていく力を感じ取りながらシンタローはなお神経を張った。
まだ、まだ足りない。
この船全体をおおえるくらいのシールドを。
ジャンですらこの広範囲はやったことがないかも知れない。
けれど自分は。
「青と赤の産物だ、両方使わせろってんだ――――――――――!!」
力の半減ではなく増幅を。
迫り来るエネルギーを感じ取りながら一気に集中を高めて。
一気に放出した。
辺り一面を、強い衝撃が包み込んだ。
「オイ!シンタロー!!」
「……駄目だ通信が途切れた……」
モニターに映るのはサンド状の灰色。
ザーッと言うノイズが空しく響く。
一足遅かった。
焦ったシンタローが通信室を出ていく姿を見送ることしかできなかった。
「途切れたのはただ向こうが取り込み中だからならいいんだが……」
「威力の程が私たちには分からない……ただ急すぎた。あの子一人ならかわせるかも知れないが……」
苛立ちを隠しもせずに乱暴に髪の毛を掻きむしる。
通信が復活するのをただただ待つしかできない。
もし、もし通信が復活しなければ。
最悪の事態を予想して、背中を汗が伝った。
「―――――クソっ!!」
「落ち着けよ兄貴!あんたらしくもねぇ。もう一隊偵察をおくるか?」
「いや、逆にシンタローの足手まといになる……待つしかないだろう」
やりきれない感情をどうにかして落ち着かせようとしているが上手くいかない。
本部の通信室を意味もなく歩き回るマジックにハーレムは眉を顰めた。
「―――――なぁ兄貴、」
「なんだ」
こんな時に、言わなくて良いかも知れない。
けれどこんな時だからこそ、言いたい。
「あんた、シンタローのこと好きだよな?」
ハーレムのいきなりの脈絡のない問いに、マジックはその整った顔を歪ませた。
「いきなり何を言い出すんだ」
怒りを顕わにしたマジックに、ハーレムは臆することせず真っ直ぐにその瞳を見返した。
「答えろよ」
「――――――当たり前だろう……そんな言葉では足りないがな」
いつになく真剣な眼差しのハーレム。
その視線に呑み込まれるような錯覚を覚えながらマジックは言葉を返した。
一体、何だというのだろう。
「―――――――なら、いい」
マジックの答えを聞くとハーレムは何事もなかったようにふいっと視線を外した。
わけのわからないハーレムに、マジックは何か問おうとして、中断させた。
「総帥!!通信が復活いたしました!!」
マジックとハーレムは勢いよくモニターを振り返った。
まだ何も映らないモニターに、ゆっくりと通信が入ってきた―――――――。
--------------------------------------------------------------------------------
埋もれる足取り
倒れそうになるのを
貴方は許さない
Doppel
Act6 いつでも景色の片隅には
「………エンジン全開ッ、急いでここから離れろっ………」
「総帥!!」
ふらふらした足取りで中に倒れ込むように戻ってきたシンタローは、それだけを言うと近寄ってきたどん太にぐらりと身体を傾けた。
「シンタロー総帥ッ!」
「………みんな無事みたいだな……」
辺りを見渡し最後にモニターを伺おうとして、そのままシンタローは床に伏した。
どん太が慌ててその身体を抱え直す。
「機体の損傷は!?」
「少し外壁にダメージがあるぐらいです!行けます!!」
言うが早いが鑑は動き出す。
その振動を遠く身体に感じながら、シンタローは沈んでいく意識を手放した。
「シンタロー!」
「…………無事、か」
慌ただしい飛空鑑内の様子がモニターに映し出され、マジックとハーレムはようやく一心地付いた。
とりあえずは無事らしい。
いつ次の襲撃が来るかわからないため、一時撤退のようだがおそらくは本部に戻ってくるだろう。
肝心のシンタローが気を失ってしまっている。
「出迎える準備しないと」
「グンマに連絡を入れてくれ、機体の修理。残留波が残っていたらそれも分析したいからその準備も」
「シンタローを見せないと……」
「ああ、高松………いやジャンを呼んで置いてくれ」
団員達に指示を下すマジックとハーレム。
しかしマジックの言葉にハーレムは難色を示した。
「何でジャンなんだよ」
「ジャンが、一番分かるだろうあの子のこと」
「…………あんた馬鹿か?」
返ってきた答えにハーレムは思わず言葉を零した。
勿論マジックが聞き流すはずもなく。
「どういうことだ」
明らかに癇に障った様子でマジックはハーレムを見据えた。
ハーレムはちりっとした感覚を覚えながらも、それが何かは明確には分からずひとまず団員達に念を押して置いた。
「グンマ達に連絡を忘れるな、俺達は高松のところにいるから戻ってきたらすぐ連絡を入れろ」
了解の返事を背に、マジックの腕を引きながらモニター室を出た。
マジックはモニターの様子が気になるようだったが見ているだけでは何もならない。
ハーレムのことも気に掛かるのだろう。
すぐに連れ立って、医療室への道を歩き始めた。
「ハーレム、」
「あそこじゃあれ以上話しできねぇだろうが」
「それは分かってるが」
硬質な床を足早に進みながらマジックは眉間にしわを寄せる。
どうも要領を得ないハーレムに、苛立ちを覚えた。
しかし、そんなマジックを気にした様子もなくハーレムは廊下を突き進む。
ここで話す気はない態度を示す弟にマジックもそれ以上は問わず黙って足を進めていった。
シンタロー達が戻ってくるのに全力であってもすぐには帰ってこられない。
高松のところへ居ってからでも遅くはないだろう。
艦のなかでも出来ることなど休ませておくぐらいだ。
またどうすることも出来ない事実に歯痒さを感じながら、無事だけを祈った。
ふわふわとした不安定な足下。
生ぬるい空気の中、不意に酷く冷たい存在が感じ取れる。
「………来たんだ?」
「ご挨拶だな」
夢と夢の狭間。
微睡みの中はとても心地よくて、身体は泥のように動かなかったから目を閉じたままでいたかったけれど。
ひやりとした頬の感覚に目を開けた。
そこには予想したとおりの顔。
「あげないよ」
真っ直ぐに射抜いてくるその視線。
深い蒼が体中を舐めるように這い回る。
「貴様には荷が重いんじゃないのか?」
「お前は俺以上に荷が重いだろう」
この、赤の番人の体は。
「そうでもないさ」
俺の台詞を、青の番人は簡単に否定する。
「嫌いなんだろう?」
「でも捨てる気はない」
俺も男の台詞は否定しない。
思うとおりに動かない、あの男の記憶が残っているこの身体は決して居心地の良いモノではない。
それでも。
「俺はあの人の傍にいたい」
ゆらっとその姿が一瞬ブれた。
目を細めて、愉快そうに笑う。
「それがお前の選ぶ道か」
「お前には関係ない」
ククッと僅かに肩を震わせて、その姿は急激に薄れていく。
「私もまだ本調子ではない。今日はもう引くとしよう」
「二度とくんな」
「そうはいかない、私も体は欲しい」
青の秘石は、今のところ自由に動けないからね。
暗に体を造り出すことが出来ないと言いながら、その青い目が俺を捕らえる。
「変化が起こっているようだから私でも使い易いだろう」
消えかかった指が、俺の目元をふっとなぜた。
「紫。わかりやすい色だね」
最後にそう残して、消えていった。
「紫なんだ」
確かに、わかりやすかった。
辺り一面を、強い衝撃が包み込んだ。
「おやお揃いで」
「シンタローがぶっ倒れたんだ」
「単刀直入すぎますハーレムいくらあんたの頭がど単細胞だとしても省かれまくっちゃ何の準備したらいいか分からないでしょ」
音高々に部屋に入ってきた人物達に驚きもせず、部屋の主は座っていた椅子をくるりと回転させハーレムにぴしっとペンをつきだした。
「力の使いすぎだろう」
と、高松の言葉に返すように聞こえる涼やかな声はハーレムの物でもマジックの物でもない。
「今さっきグンマに連絡が入ってな、大体の状況は聞いてきた」
「早いな…」
「なんとなく、妙な予感はしてた」
そう言ってひょいっとハーレム、マジックの後ろから顔を覗かせたのはシンタローだった。
その行動の速さは少し異様なくらいだ。
自分たちが見てきたことをすでに知って、追いついている。
更にシンタローの言葉にハーレムとマジックは眉を顰めた。
「妙……?」
「ああ……少し引っかかる物があってな」
「で、総帥……シンタロー様はどうされたんです?」
ひとり状況把握がしっかり出来ていない高松は、ハーレムとマジックの不機嫌そうな顔を物ともせずにシンタローにと問いかけた。
シンタローにまだ何か聞きたそうな二人に問いかけたって満足な答えは得られるまい。
そんな高松にシンタローは適切に口を開く。
「オーバーワークだ。慣れていない力を無理に引き出したんだろう、体の方が力の強さに耐えきれなくて電源を切った。そんなとこだ」
「と言うことは秘石関係なワケですね?」
「でもあの力は俺も知ってる」
ジャンに聞いた方が早いかと内心思った高松は、シンタローの台詞にその考えを中断させられる。
「青の力だと、思う」
それだけでもないけどな、とシンタローは考え込むように目を閉じる。
眉間にしわを寄せて悩む様は在りし日のルーザーを思わせて。
その場の三人は誰とも無く黙り込んでしまった。
「………うん、あれだ」
「あれ………?」
「島で、俺とシンタローが二人だけで対峙したときのあの感じ」
「もしかして、私が貴方を迎えに行ったときのですか」
幼い子どものように自分の感情を振り回し叫んでいたルーザーの残した男。
確かに、彼は生まれたてだった。
初めて味わったのは言い様もない敗北感で。
その様を見て高松は思わず涙してしまったのを覚えている。
高松の言葉の頷いてシンタローは続けた。
「あのとき感じた悪寒と、似てた」
「悪寒って……」
「まだ不確かだから何とも言えないがな」
言うだけ言って、シンタローは口を閉ざした。
肝心の聞きたいことは聞けず、シンタローが何を根拠にソレを言いだしたのかわからないままになる。
無理に聞いても答えてくれないことはわかるし、シンタローはその手の冗談を言う人間ではないだろう。
聞き出すことは諦め、マジックは本題にと戻した。
「そう言うわけだドクター、あの子を休ませる準備をしたいんだが…」
「……うーん、本当に寝かせるだけ、しか出来ないですよ?」
トントンとペンで机を叩きながら、シンタローの言葉を反芻していた高松はマジックの要求にそう返す。
「……秘石関連ならジャンに聞くのが一番良いとは思うんですけど」
「「駄目だ」」
揃った声に、高松は思わず続けようとした言葉を呑み込んだ。
「呼ぶ必要は、ないだろう?」
「俺もそう思う」
二人してそう言うもので、多少呆気にとられながらも高松は面白そうにそっと口端を上げた。
「……まぁ私も特に呼ぼうとは思っていなかったですけど」
「ドクター?」
マジックだけが、訝しげに声を上げる。
シンタローに向けていた椅子をマジックにと回転させ高松は口を開いた。
「元々エネルギー切れなら安静にさせておくだけですし、今回はシンタロー様の話からしてもジャンの出番はないんですよ。確かに彼は赤の番人で、シンタロー様の体を誰よりも知る人物。倒れたならジャンに相談するのが得策です」
「………なんかやな言い方だな」
ハーレムの言葉を高松は聞き流して。
ますます眉間にしわを寄せるマジックに対して続ける。
「でもこれが青の石も関わってくるなら別です。赤と青、同じな様でいてベクトルは全く逆を向いている。あの石に関してはとても興味深かったですけれどまぁ調べることも出来ませんでしたし、私が多く語ることも出来ませんが」
「ジャンは青の方の考えを、理解することは出来ないでしょう」
「……背中合わせ、何だな」
「おや、ハーレムにしては良い表現ですね」
「てめ人が真面目に言ってんのに」
高松が言い放った言葉を受けてハーレムはポツリと零す。
聞き逃すはずもない高松はその言葉に頷いてさらに言葉を続ける。
「とても近いようでいて、その実決して見ることが出来ない。あの二人はそんな感じですねぇ……結局別個なんですよ」
いかに同じモノから出来てると言ってもね?
ばさばさと近くの書類をせわしくなくめくりながら高松は三人を順に見やった。
書類に目を戻すとある一点で目を留めそれを抜き出した。
「それに今ジャンが手がけている研究、良いとこらしくて滅多なことで呼び出さないよう言われてるんですよ……、勿論シンタロー様のことがどうでもいいわけじゃありませんよ?」
「何も出来ないの、呼んでも仕方ないしな」
「それは俺達も同じことだけど」
高松の言葉をフォローする形でハーレム、シンタローが続けた。
その言葉にマジックは微かに唇を噛みしめる。
結局は別個なのだ。
高松の言葉が、嫌に頭に巡る。
「そう言うわけで準備するのはあなた達ですね」
「………………は?」
高松の言葉に間の抜けた声を出すハーレム。
そんなハーレムに高松は大きく深く息を吐き出した。
「………別にあなたには特に望んでないですけど」
「テメェはっ………!!」
明らかに馬鹿にしたような高松にハーレムはこめかみに青筋が浮かぶのを自覚する。
しかしそんなハーレムの様も高松にとってはいつものことで。
掴みかかってきそうな勢いのハーレムをさらっと横に流してシンタローの傍にと立つ。
「シンタロー様に私が言うのもおこがましいですけどね」
くすっと笑いながらそっとその薄い金色の髪を梳く。
シンタローは嫌がるでもなく、されるがままにされている。
「休ませるだけって言っても、精神的負荷がかかっていては本当の意味での休息ではないですからね」
ただでさえ、肉体の方は負担掛かってるでしょ?
「…………リラックスさせろと?」
「至難の業でしょ」
確かに。
高松の言うとおりだった。
今のあの男をしっかりと休ませるのは容易いことではない。
普通に睡眠をとることですら良しとしていないのはここにいる誰もが知っている。
見かねて度々忠告をしてもそれを聞く男ではないし、ますますそれを隠す術を覚えてしまう。
心配させてしまうのを嫌がって。
「体の方が動かないんだから、これを機にしっかりと休ませてくださいね?」
「…………………」
「私ではそれは出来ないですからね、あなた方が一番適任でしょう」
だから。と、高松は真っ直ぐハーレムに向かって指を差す。
「たまにはわかりやすい態度で接しなさい」
「だっ!!なっ!!!何言ってやがる!!」
「いじめる愛情表現なんて貴方いくつなんですか」
「テメェとおなじ年だ同期の桜ッ!!」
「―――――、連絡が来たぞ」
二人の漫才を黙って見ていたシンタローは、不意にデスクの上にある内線が赤く点滅しているのを見て口を開いた。
一回高松に視線を送ってからそのままボタンを押した。
「何だ?」
『シンタロー様ですか?その場にマジック様とハーレム様は……』
「ああ、いる。高松もだ。戻ってきたのか?」
用件を伝えられる前にシンタローが問う。
少し慌てたような声は、それを肯定した。
『は、はい!もうすぐ着陸いたします!』
「わかった」
誰が、とは言わなくともわかる。
言葉少なにシンタローは内線を切ってドアにと向かった。
「俺は様子を見に行くが、あんたはどうする?」
廊下に足を踏み出す前にシンタローは振り返り、言葉を発した。
その視線は真っ直ぐマジックにと向かっている。
「私は―――――……、」
先程までならすぐにシンタローの元へと向かっていただろう。
けれど冷静に考えてみればそれは彼の立場を悪くしてしまうのではないだろうか。
いくら不意打ちの事態があったとはいえ、予定よりも早い帰還。
しかもそれは決して良い方向でではなく。
それを父親とは言え元総帥が向かえに出てくるというのは。
基本的に幹部には好意的な団員が多い。
しかしそうでない団員が居ることも事実なのだ。
いますぐ自分の目でその安否を確かめたい。
それは結局マジック自身の感情だ。
彼自身を考慮するべきなら。
「部屋で待っている。チョコレートロマンス達に指示も出しておきたいしな」
遠征扱い中な為、ある程度指示はだしてあるだろうが見直してしておいた方がいい。
後で滞った仕事の処理に追われるのはシンタローだ。
自分がやったと知れば、それはまた彼に影を落とすのだろうけれど。
「そうか」
そう残すとシンタローは、すぐにその場を去っていった。
その背中を完全に見送ってから、マジックも動く気配を見せる。
「さて、と……私も行くかな。ハーレムはどうするんだ?」
「俺?特選部隊動かそうかなって」
マジックの問いかけにハーレムは軽く答えるが、その内容は十分重いものだった。
「あそこにはもう一回行かなきゃいけねーだろ。なるべく早い方が良いだろうし」
「………また勝手に動かすのか」
「仕方ないだろこの場合は。なるべく半壊にしとくし」
やはり物騒なことを簡単に口にするが、その表情は硬い。
マジックは暫く考えていたが、やがて諦めたように溜息を付いた。
「………通信は切るなよ、常時繋げとくんだ」
「分かってる」
了承の返事に、ハーレムはひらひらと手を振りながらドアへと向かい、マジックもそれに続く。
「じゃあな高松。お前も程々にしとけよ」
「あなたにだけは言われたくないですね」
減らず口をたたく同期を見送って。
高松は元の通り静かになった部屋で、ひとつ息を付いた。
「難しい人達ですねぇ」
その呟きを耳にしたものは、いなかった。
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また間があいてしまいました~。
ドッペル6、とりあえず話し進めとけでした(爆)。
高松が異様にでばっちゃって、もうひとり出したい贔屓キャラが出る前に話を切りました。
だって長くなっちゃったんだもん!
つーことで次はもう少し早いアップです。
何か色々出てきましたねぇ。
シンちゃんの出番すくねー。マジック総帥なんだか孤立してますか?(うわ)
色々書くと余計墓穴掘るのでこの辺で。
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