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「髪の色が違っても、秘石眼でなくともお前は私の息子だ」





ありがとう。



あの時俺は本当に嬉しかったんだ。

だけどそのことは未だに言えずにいる。

あれからずいぶん経ってしまったから、今更言うこともできないってこともあるけど、この先、落とすことも、拭うことも出来ないであろうと思われる染みが心にしみ込んでしまっているから。

マジックが俺の本当の親でないどころか、俺には産みの親すらいない。それはやっぱり悲しかった。存在意義を失くしてしまったような気すらした。それだけじゃない、キンタローやグンマの人生を自分が大きく変えてしまった。それが悔しい。キンタローなんて24年間、怒りと悲しみしか知らなかった。もしかしたら、その感情の名前すら知らなかったのかもしれない。グンマも入れ替えられたことがなければ、親父の愛を一心に受ける筈だったのに。俺ばかりがいい思いをしてしまっている。

 あの島から帰ってきてから、ずっと心に引っかかっていたことだった。その引っかかりにいち早く気づいたのは従兄弟のグンマだった。いや、実際は親戚でもない。

「シンちゃん、どーしたの?最近元気ないよ?」

「そうか?」

上手く笑えない。そのことを忘れる為と、ガンマ団総帥成り立てで仕事ばかりで疲れていたこともあるのだろう。

「そうだよ。いつもぼーっとしちゃってさ。何かあったの?」

そんなにぼーっとしていただろうか?自覚はない。でもこいつが言うならそうなのであろう。

「何もねぇ・・けど・・」

「けど、何?」

言ってしまおうか。こいつに言ったらすっきりするだろう。だけど、言えるわけがない。考えているとグンマが顔を覗き込んでくる。

「シンちゃん?」

言葉がでない。

「シンちゃん、あの島であったこと気にしてるの?」

ズキ。心臓が痛い。心が痛い。心臓はやはり心でもあることを知らされる。

「ごめん・・」

「それは僕のプラモを壊したこと?それともシンちゃんが今、ここに存在こと?」

「どっちもだ」

グンマは微笑った。

「プラモのことは謝ってほしいけど、その次に言ったことは謝る必要ないよ」

「でも・・!!」

「でももかかしもないよ。シンちゃんが謝ることなんてないじゃない。」

「親父を取っちまってる」

少し間が空き、

「そうでもないよ」

グンマは笑った。遠くを見ながら。

「おとーさまは僕のこともコタローちゃんのことも大切にしてくれているよ」

その後に「シンちゃん程じゃあないけどね。」と言って。笑った。

何故?何故、そんなに笑えるんだ。悲しくないわけがないのに。

「グンマ・・・」

「まぁ、シンちゃんはシンちゃんで、色々大変じゃない」

「何が?」

「毎日のおとーさまの好き好き攻撃とか、夜の相手とか」

「グンマ!!」

顔が下から赤くなっていくのがわかる。

「そんなに怒鳴らなくてもいいじゃない。本当のことなんだからさ」

「本当って・・・お前ねぇー」

「じゃあ違うの?」

グンマが意地悪そうにニヤニヤと笑っている。

「何かお前だけは敵に回したくないな」

「何で?でも、僕がシンちゃんの敵に回ることは絶対にないから大丈夫だよ」

「何でだよ」

「だって僕、シンちゃんのこと好きだもん」

グンマはニコニコと笑って言った。

「シンちゃんは?シンちゃんは僕のこと好き?」

一瞬、シンタローは驚いたような顔を見せたが、直ぐに優しく笑って言った。

「あぁ。お前は大切な従兄弟だ」

「ちぇ、やっぱりシンちゃんは好きとは言ってくれないんだ~おとーさまにも言ってあげないの?」

「言えるか!おめぇらが言いすぎなんだよ、ったくそーゆうとこはお前、マジックにそっくりだぜ」

「えー素直なだけだよ。シンちゃんこそ素直になってあげなよ」

「俺はいつも素直に嫌がってる」

「も~、素直じゃないんだからー。そう言えばさっきの話キンちゃんに言ったの?」

「いや、お前が初めてだ」

「言うの?」

「どうかな・・・あいつに散々嫌われてたからな」

「きっと、僕と同じこと言うと思うよ。だってキンちゃんもシンちゃんのこと大好きだもん」

「俺がどうしたって」

カツカツと規則的な音が聞こえてくる方を向いてみると、そこには白衣を纏ったキンタローがいた。

「あっ、キンちゃん。ねぇねぇキンちゃんもシンちゃんのこと好きだよね?」

「当然だ」

「ねっ?」

だから言ったでしょ?みたいな顔をグンマがしている。

「何でそんなことを聞く」

「シンちゃんがね~キンちゃんに嫌われてるんじゃないかって心配してるんだよ」

「お、おいグンマ!」

「嫌う?」

キンタローが少し考えているような顔をする。

「あの時のことを気にしてるならすまなかった」

キンタローが頭を下げる。

「なっ、何でお前が謝るんだ、頭上げろ。謝るのは俺の方だ」

キンタローが頭をあげる。

「24年間・・・お前に気づいてやれなくてごめん」

キンタローが驚いている。だけど少し微笑った。

「何を言っている、俺はお前を一度殺してるんだ。お互い様だろう・・それに俺たちは従兄弟だろ」

「だって、シンちゃん。キンちゃんは怒ってないし、お腹すいたって!」

「確かに減ったな」

時計を見ると既に12時を廻っている。

「じゃあこれから3人で飯でも食うか!」

「うん!」

グンマが明るく答える。

「ああ」

キンタローも頷く。

グンマがキンタローの腕をとって歩き出す。2人の背中を見ながら、俺は小さな声で言った。

「ありがとう」

2人には聞こえないような小さな小さな声で。

「シンちゃん何やってるのーおいてくよー」

「おう!」

2人の元へ駆け寄る。

「シンちゃん、キンちゃん、僕たちはこれからもずっと一緒だよ!」

「当たり前だ」

「ああ。一緒だ」

3人で肩をならべて歩き出す。

今日の昼食の話をしながら。



              End



従兄弟’zのお話であります。これは学校でふと浮かんで授業中にひそひそと書いたものです。でも最初はマジシンを書く気だったのですがいつの間にかこの3人になってました。しかも打ち込んでる最中にキルラブの話を思い出したため微妙に最初に考えたやつと変わっています。これを書いてて気づいたことは、グンマがいると話を進めやすいってことです。きっとこれからグンマの出番が増える予感です。(2006.2.18)

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いることの苦しさ、いないことのもどかしさ


 手を伸ばしても届かない場所にいる相手の名を呼ぶが、絶対に振り返らない。
 声は届く距離のはずなのに…。
 何度も何度も名前を呼べば呼ぶほど遠くなっていく。

 
「シンちゃん、シンちゃん!」
 体をゆすられ目を開けると、パジャマにカーディガンを引っ掛けたグンマが覗き込んでいた。
 日付が変わる寸前に帰宅して、ビールを冷蔵庫から出してテレビを見ながら一本あけたところまでしか記憶がない。残っている空の缶ビールの本数も一致している。
 つまり今の時間まで居間のソファの上で寝ていたのだ。
「……オレ寝てたのか」
「うん。怖い夢でも見ていたの?すごくうなされてたよ」
 時計を見ると二時半。
「…覚えてねぇ……」
「とりあえず部屋に戻って寝なよね。風邪引くよ」
「グンマ…」
「なあに、シンちゃん」
「オレ……何か…言っていたか?」
 テレビを切ろうとリモコンを探していたグンマは一瞬動きを止め何か考えたようだったが、すぐに顔を上げて答える。
「何も。あーとかうーとか唸っていたけどね」
 シンタローは確信した。グンマは偶然おきだしてきたのではない。
 自分を心配したのか、もしくはうわごとに気づいて駆けつけてきたのだ。
 
   
 ここ数日酒の助けを借りないと眠りにつけないことが多かった。
 自宅に戻って、父のサイドボードから失敬した極上の酒を部屋で引っ掛けてベッドにもぐりこむが、結局訪れるのは浅くて短い眠りだけ。
 総帥室の横の仮住まいでも同じだった。
 最初はほんの少しだった量が見る見るうちに増えていった。


「シンちゃん?」
 グンマの声に顔を上げると、目が合った。
 寝起きで充血している目の中央で揺らめく不思議な青。
 地上で、青の一族しか持たない不思議な青の瞳。

 その青を見るとどうしても思い出してしまう。

 数ヶ月前に袂を分かった一族の一人を。


「大丈夫だ。部屋に戻って寝るから」
「ん、おやすみ。あまりムリしないでよ」
 
 今ムリをしないでいつする!?
 そういう風に鼓舞してきた結果がこれか。

 次々と報告される戦況の悪化。
 ガンマ団が密かに保有、投資している企業の株価の下落。
 
 ハーレムがたった三人の部下を引き連れ出て行ってから二日も経っていないのに、世界はシンタローに牙をむいた。

『これが世界の評価だ』
 デスクの書類を握り締めた自分に父が淡々と告げた。
『つまりオレはハーレムがいないと…何もできないというのかよ』
『私はそうは思わない。だが、世界はそれを不安要素とみなし、付け込む好機とみなした』
 トーキョーに続きロンドン、ニューヨークでも株の下落は続いているという報告が秘書から新たに告げられた。
『たった四人で何ができるというんだ、あの叔父貴にっ』
 だがそのたった四人が巨大組織のガンマ団を震撼させ、隙あらばという輩を暗躍させた。
『今おまえとハーレムが袂を分かったことを知られるわはいかない。それは分かるよね?』
 ハーレムを追い込んで敵国に駆け込ませさせないように…敵に抱きこませないように…シンタローは秘書に特戦部隊の掃討捕獲作戦を取り下げるように命じるしかなかった。



 子供の頃、たまにハーレムが訪れた時にはグンマと先を争ってかけつけ、その大きな体躯によじ登って遊んでいた。その度に叔父は逃げ出そうとしては子供に追いつかれ、憎まれ口を叩きながらも眼は笑っていて…そして大きな肩に載せてくれた。

…今いるこの居間で。

  
 手放しに同じ道を行くと信じていた自分が甘かった。
 叔父をひれ伏せさせるつもりなどなかったし、色々と教えてもらいたいこともあった。
 どうしてこんなことになったのだろう。
「何故だ…何故オレではダメなんだ」
 再びたったで一人残された居間のソファに沈み込みながら顔を覆う。
 
 未だに自分は叔父を下から見上げている子供で、上から手を差し伸べられるのを待っていたというのか。
 対等の高さで手を差し伸べ握ることができるには…まだまだ高くて……。
 
 
 訪れた眠気にとらわれる前…遠くに去ろうとする大きな背中と黄金の髪が目の奥でちらついて……それに目がくらむと同時にシンタローは眠りの淵に突き落とされた。
 
 







 下の方でいきなりドスンという音がしたので見下ろしてみると、子供がしりもちをついていた。
 黒い髪の五歳くらいの男の子だった。

 前の方から走ってきた者にさえ興味がないというのは…自分は余程重症らしい。
 これが三ヶ月前だったら、相手が子供だろうが老婆だろうが銃に手をやっていたところだったのに。

 走るのに夢中で前を見ていなかった子供は、助け起こさなくても一人で立ち上がり、にまっと笑った。
「おじさん、ごめんなさい」
「おう…」
 ハーレムが怒っていないと分かると、子供はまた慌しく走っていく。あの調子ではまたどっかで誰かにぶつかっているだろうなぁ…と思いつつハーレムはタバコを取り出した。
 黒い髪、黒い瞳の子供はこの界隈では珍しくはない。
 華僑の町では住民のほとんどが黒髪と黒い瞳で、自分のような金髪碧眼の方が珍しい方だ。
 繁華街に向かう道からちょっと入りこんだこの場所に来たのは偶然だった。
 いかにも下町という風情の場所で、夕方の今人の往来は多い。
 大半は家路に着く女子供だ。おかげで自分はあまりにも悪眼立ちしすぎていた。
 道行く者が避けて通る中、ぶつかってきた子供の神経の図太さをこの場合褒めるべきなのだろうか、それとも何も考えていないだけだろうか。

 
「あまりにも無用心ではないですか?」
 一緒についてきていたマーカーはあっさりと子供にぶつかられた自分を呆れているようだった。
「ガンマ団の刺客にしちゃあ抜けすぎだ」
「ですが…もう少し用心してもらいたいものです」
 こんな身になっても着いてきてくれている部下に、煩いだの放っておいてくれだの言う気はなかった。
 
 何故ならさっきの光景に一瞬心を奪われていたのが原因だったから。


 二人の兄の子供たちがまだ幼い頃、たまに実家に戻ると二人して揃っていることが多かった。

 年に一度か二度しかない数日にわたる滞在期間の間、蜂の巣をひっくり返したような騒ぎがチビどもが起きている間ずーっとまとわりついていた。

『さっさと寝ろ。叔父様にも休憩というものをくれ』
 昼寝しようという気のないシンタローとグンマを両側の小脇に抱えて部屋に連れて行けば二人はキャッキャッと声を上げて喜び、ベッドにもぐってもスプリングのきいたマットレスを揺らして遊ぶばかりだった。
 そして急におとなしくなったと思ったら二人して寝ていた。
 戻ってきた兄に、特上の酒を振舞わせながら昼間のことを愚痴ると、子守を押し付けた張本人は『おまえたちの子供のころとなんら変わりないよ』と笑うだけだった。




 その子たちが時代を継ぐ時がが来た、と告げられたのはあの時。

 あの時ルーザーの体を得た青の番人に嫌悪と激しい憎悪を感じながらも手も足もでなかった自分たちの代わりに、硬直していた事態を切り開いたのはグンマの一言だった。

 ああ…思えばあの時からこうなることは分かっていたのかもしれない。
 シンタローという何者でもなかった、そして何者にも化けれる可能性をもった男が再び舞い降りた時…青の運命に囚われる自分たちの時代は終わったのだと。


 それから青の運命は変わりつつある。シンタローたちが変えようとしている。
   だが、自分は?
 
 数年で何が変わる?
 

 歴史の舞台から退場した兄のように見守ることはできない。

 長兄の絶対的な力の抑制はもはやない。次兄への恐怖もない。

 青の一族の宿命に従う必要もない。破壊と狂気の時代は終わったのだ。

 だが、身内に巣くう狂気の歴史と流れ続ける血はそのままだ。
 誰がこの狂気と渇望を制し癒せる?

 自分が自分であるために飛び続けていた翼を捨てどこへ行けというのだ。


「てめぇにゃ無理なんだよ」
 口から出てきた言葉に自分で驚き、目を見張る。
 マーカーの不安そうな目と視線が合い…気にもしていなかったことを口にてごまかす。
「ここいらでおいしい酒ってのはどんなんだ?」
 マーカーからいろいろと種類や味について説明が始まったが、結局ハーレムの耳にはいってすり抜けるだけだった。

 足元の次第に長くなりつつあった影はいつしか周りの闇に溶け込んでいった。

 

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皐月の空に


 ガンマ団本部の中庭の一角で、甲高い子供の声が響いていた。
 通りかかったものは怪訝そうな顔でその一角を見るが、誰がそこにいるのかが分かると納得した顔つきで、彼らのジャマをしないようにそっと立ち去っていく。

 それでもそのうちの何人は足を止めて、彼らがしている作業を物珍しそうに見ていた。


「おにーちゃん、はやくー」
「そうはいってもな、コタロー。ちゃんと結んでおかないと風で飛んでいってしまうんだぞ」
 最近立てられたポールの下で総帥ことシンタローがロープに結んでいるのは、こいのぼりだった。
 絡まらないように尻尾の方を捕まえているグンマまでもが
「シンちゃん、まだなの~?」
 と言ってきたのをシンタローは眉間にしわ寄せて横目でにらんだ。
「グンマおまえまでせかすんじゃねーよ。ちゃんと結んでおかないと…風で飛んでいったりしてこれを無くしたら日本からまた取り寄せるのは大変だなんだぜ」
「あはは、ごめーん。でも早くみたいよねーコタローちゃん」
「うん、ボクも早くみたい!」
 コタローにまで言われたら逆らえないのを分かっていて同意を求めるグンマに、苦笑しながらシンタローは作業に集中しはじめた。

「進んでいるか?」
「キンちゃん」
「キンタローおにいちゃん」
「おせーよ、キンタロー」
 遅れて駆けつけたキンタローに三人から三様の答えが返ってくる。
「遅れてすまない…何か手伝えることがあれば手伝うが」
「手伝って~。もうシンちゃん不器用でさぁ~」
「うるせーぞ、グンマ」
「もう~ケンカするヒマがあったら早くしてよね」
 コタローとグンマに畳み掛けられ、またもや立場がまずくなったシンタローはもはやそれ以上の反論はやめて作業を続けることにした。

「この色はどこに結ぶんだ?」
 緑色のちょっと小ぶりなこいのぼりを手にしたキンタローが尋ねた。
「次に結ぶ青の隣…一番下だ」
 シンタローが今結んでいるのは三つ目の大きな黒い鯉で、そして、後一つ青い小ぶりなこいのぼりが残っている。
「分かった」
 キンタローが緑の鯉を一旦置き、青を取り上げたとき、コタローがシンタローの服のすそをひっぱった。
「どうした、コタロー」
 コタローは申し訳なさそうな顔で兄を見上げ、少しためらった後…
「おにいちゃん、やっぱり一番上の黒い鯉の次にそれで、その後に青い鯉にしたいんだけど…」
 といった。
「どうしてだ?」
「だって…パプワくんはおにーちゃんとぼくの友達でしょ?だったらボクだけの隣って不公平じゃん」
 ああそれでこの緑色のこいのぼりなのか、と兄と従兄は顔を見合わせた。

 今年の端午の節句には、みんなのこいのぼりを揚げようよ~と言ったのはグンマだった。

 そういえば幼いころは、父が母から教わったといってこいのぼりを揚げてくれたっけ…とシンタローも思い出した。
 本来ならそのこいのぼりはグンマのものだったし、キンタローは祝ってくれる父も母もいない。そして…コタローはというと、話にきけば、パプワ島で「男児祭」というお祝いをしてもらったということだったが、当然ながら自分は完全に蚊帳の外だった。
 それにコタローの端午の節句を初めて祝った身内があの叔父だという対抗心も働いて、
「コタローちゃんが眼を覚ましたんだから、今年はこいのぼりを揚げてお祝いしようね」
 というグンマに二つ返事でシンタローは決めた。

 そして、そのことを告げられたコタローは、どうしても五つほしい、といい、カタログにあった緑色を真っ先に指差した。

 
 健やかに育ってほしい、元気でいてほしいと思う気持ちはあの子供に対しても同じだ。
 

 
 シンタローはコタローの黄金色の頭に手をやり、にっこりと笑った。
「いいよ。コタロー。オレとおまえの間にアイツを入れような」
「ありがとう、おにいちゃん!」
 すまなさそうにしていたコタローの顔が一瞬にしてほころび、それにつられて兄たちも笑顔を浮かべる。

「そうと決まればさっさとやっちまおうぜ。コタローおまえはこっちを押さえてくれ。グンマはキンタローを手伝ってくれ」
 シンタローは二番目の鯉のヒモをもう一度ときにかかった。
「うん、分かった」
「オッケー、シンちゃん」

 みんなで力をあわせたおかげで、こいのぼりはあれよあれよという間にロープにくくられた。
「さあてと…揚げるぞ」
「うん」
 シンタローとコタローが二人でロープを引いていくと、カラカラという滑車の音と共に五つの鯉が上っていく。

「これでよし」
 シンタローがロープを固定したとき、タイミングよく海からの風が吹き上げてきて、風を孕んだ五つの鯉は力強く泳ぎ始めた。



 
 忙しい兄と従兄は、鯉のぼりが無事に泳ぎだしたのを確認すると、それぞれの仕事に戻っていった。

 だが、コタローは一人残されても特に寂しいとも残念だとも思わなかった。
 青い空にはためく鯉を眺めるのは不思議と飽きなかった。

 それからどれ位の時間が経っただろうか…。
 不意に名を呼ばれて声のした方を見ると、父が立っていた。
 
「無事に立ったようだね」
 コタローは父に鯉のぼりを立てる時のことを身振り手振りを交えて話し始めた。
 鯉の結ぶ位置のバランスがおかしくて何度も結びなおしたこと。
 結んでいる途中で風が吹いて尻尾があっちにいってこっちにいってして絡まりそうだったと。
 父は穏やかな笑みを浮かべてコタローの話に耳を傾けていた。
 そして、ひとしきり話終わったコタローは、父をじっと見上げた。
「ん?どうしたんだ?」
「あのね、お父さん」
「なんだい?」
「肩に載せて」
 高いところで見たいんだ、とコタローが言うと、マジックは頷き身をかがめ、コタローは大きな肩に腰を下ろす。
 一瞬視界が揺れたかと思うと、視線が一気に高くなった。

「すごーい」
 コタローは空に向って手を伸ばした。鯉を捕ろうとしているかのようなしぐさにも見えたが、空がどれだけ近くなったか図って確かめているようにも見えた。
「すごく高いよ、父さん」
 肩に乗せてやる年頃はもう過ぎたと思っていた息子の見せたあどけない仕草に父の手に力が篭る。
「あのもう一つの鯉はあの子の分だって?」
「そう」
 父の問いにコタローは答えた。
「パプワ君にもずーっとずーっと元気でいてもらいたいから」


 この空が彼のいる空に続いていないのは分かっているけど…だけどこのみんなの思いはきっと伝わるとおもう、と、どこまでも晴れ渡る空をもう一度見上げたコタローは思った。

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「あんまりここにはいなかったと思っていたんだけど、こうしてみると結構あるね」
 マジック一家の居住区に引っ越す荷物を作りながらグンマは言った。
「そうだな」
 引越しを手伝ってくれているのは、グンマと入れ替わりにここで暮らすことになっているキンタロー。
 ここは本来はルーザーが結婚したときに作った彼の家族の為の住まいだった。
 だが、ルーザーがここで妻と過ごしたのは一年にも満たない短い間で、その妻のも亡くなり、残された唯一の『家族』は高松のところに居ついてしまった。

 グンマが成人したときに正式に譲られはしたが…結局彼は高松やラボの周囲でばかり過ごしていて、彼の子供のころからの発明品や使わなくなったものが高松のところからもってこられて留守番をしているだけの家となっていた。
 
 今日の引越しの主役はまさにそれらだった。

 高松曰くの『グンマ様の歩み』こと、彼が発明したものは一応整理されてはいるがその数はかなりのもので、荷造りするグンマが『あ、これは○才の時に作ったやつー』と懐かしがっては手を止めるため、はかどらず、
「グンマ、それは向こうで荷解きするときにしてくれないか?」
「あ、ごめーん、キンちゃん」
 というやり取りを何度か繰り返し、ようやく荷造りが終わった。
 
「ふぅ~これで終わりかな」
「そうみたいだな」
 積み重ねられたダンボールの山を前に、二人は汗をぬぐった。
「ねぇ、キンちゃん。上に持っていく前にさ、一休みしない?」
 『キンちゃん』という呼び方ももうすんなりと口から出て行く。
 最初の時こそ『ボクのイトコはシンちゃんだけだ』と言い張っていたが、あの島から帰ってからは、キンタローがいない生活というものが想像つかないくらいに、この新しいイトコは大切な存在になっていた。
「そうだな。冷蔵庫に何かあったか?」
「ジュースがあるけど、それでいい?」
 グンマの提案にキンタローが同意しようとした時だった。
 玄関のロックが解かれる音がし、聞きなれた足音がこちらに向ってきた。
「おーい、まだ終わってねぇのか?」
 そういいながら入ってきたのはシンタロー。
「荷造りは終わったよ。今からちょっと一休みしようって言ってたところ」
 と、グンマが説明をする。
「そう…ってなんだよ、このダンボールの山はっ!」
 シンタローは片隅に積まれている山を見て叫んだ。
「おめー一人でなんでこんなに荷物があんだ?」
「それはボクが今までに発明したものとか、高松のところに入りきらなかったから置いてた分なんだって」
「おめーうちにゴミとガラクタを持ち込むつもりかっ!」
「ゴミやガラクタじゃないよ~。ボクが発明したモノだって!」
「それをゴミといわずしてだな……大体うちにそんなの置くスペースないって!」
「叔父さま二人が自分たちの部屋使っていいって開けてくれたのにないわけないじゃん」
「いくら叔父さんたちでもゴミを置くためにそう言ってくれたんじゃないんだぞ」
「だからゴミじゃない~って~」
「いい加減にしてくれ」

 いつまでも平行線の上を走る会話にピリオドを打ったのは、二人の間に割って入ったキンタローだった。

「とりあえず休憩にしよう。オレもグンマもシンタローも引越しの仕度で忙しく疲れている、だから一緒に休憩でいいだろ?」
「ああ…」
「キンちゃんがそういうなら…」
 不毛なケンカをしていた二人はおとなしくキッチンへ入っていった。

 …が、キッチンのあちこちにあるお菓子やジュース類を見たシンタローから驚きと不機嫌オーラが立ち上り始めた。

「オイ…この菓子もまさか持っていくつもりじゃないだろな?」
 大量のチョコやキャンディー、マシュマロ、クッキー。ここは本当に一人暮らしの家なのか?と思うくらいに山と積まれた一角からそのうちの一箱を取り出しながら、グンマが答えた。
「そうだよ~、キンちゃん、いるものがあるなら置いておくけど?」
 キンタローはどうしたらいいかという顔をし、言い合いをするよりも脱力が先にきたシンタローは力なくキッチンの椅子に腰掛ける。
 そして、冷蔵庫の中からアップルジュースを取り出し氷を入れたグラスに注いでいるキンタローの方を向いて言った。
「キンタロー、おまえ、いっそのことうちにきたらどうだ?グンマが引越ししてくるよりもずーっと楽だぞ」
「シンちゃんひどっ」
 グンマの抗議に、シンタローはちょっと意地の悪い顔をして、ニヤニヤと笑いながらグンマに向き直る。
「身一つのキンタローがうちに来るほうがずーっと早いって。うちにゴミも溢れないし…言うことなしだぜ」
「そんなことは言わないでくれるか」
 人数分のグラスを持って横に立ったキンタローの思いがけないきつい口調に、二人はハッとして彼を見た。
 シンタローの目の前に手荒に置かれたグラスからアップルジュースが零れ、テーブルクロスに染みを作る。
「ど、どうしたの、キンちゃん…」
 いつになく険しい顔のキンタローに、おそるおそるグンマが尋ねた。
「グンマにここにいろというのなら、オレは出て行く」
 テーブルに置かれ、握り締められたキンタローの手は堅く握り締められている。
「お、落ち着けよ。キンタロー」
 なんとか落ち着かせなければ、と、「キレた」状態のキンタローのことを痛いほど知っているシンタローは、キンタローの手をとって座らせようとした。
 キンタロー口がわななく。

「グ…グンマが引っ越してくるのをマジック伯父貴も楽しみにしてるんだ。
 グンマが家族みんなと住めるって喜んでいた。それをジャマするくらいならオレはどこにもいかないし、ここにもいない」
 自分の中で渦巻く感情をそのままこの二人に出すわけではない、ということは理解できていた。爆発的な感情にしないように、だが、言うべきことは言わなければという内側の葛藤を…残念ながら今の彼には、顔に出さずに済ませることはできなかった。
 突然のキンタローの発言に、二人は慌てた。
「…ちょっと…キンちゃん待ってよ!シンちゃんそう意味で言ったんじゃないんだって」
 というグンマに続いて、突然のことに動きを止めていたシンタローも釈明を始める。
「落ち着けよ、キンタロー。あれは冗談だって!」
「冗談?」
 一気に気抜けした聞き返しに、シンタローとグンマは何度も頷いた。
「あれは冗談だったのか?オレはてっきり…シンタローがあの荷物見てあんまりにも怒っているから…」
 そんなにオレ怒っていたか?とシンタローは思わずグンマに訊いた。
 グンマも苦笑して、ボクはシンちゃんは本気で言っていると思ってなかったよ、と言った。
「そりゃ、グンマの為に部屋を空けるのに朝から掃除してやっと片付いたってときにあんなの見せられてちとムッときたけどさ…グンマに来て欲しくないなんてこれっぽっちも思ってねぇよ…」
 二人が本気でなかったとわかって安心したキンタローは、ようやく残りのグラスをテーブルに置き、椅子にかけた。
「だからね。安心してよ」
 グンマは箱から出したクッキーを載せた皿を三人の中間の位置に置いた。

 チョコチップのたっぷりと入ったクッキーはいかにもグンマの好みだったが、意外にも甘さは上品で、次々に三人の手が伸びていく中、シンタローは言う。
「だけどおまえ本当に大丈夫なのか?暫くは上でオヤジやグンマと暮らして、自分一人でできるって自信がついたらここで暮らしたらいいじゃないか」
 一気に何もかもすすめるのはこの場合どうだろう、という懸念はシンタローだけでなくマジックも言っていた。
 父との対立そして死を乗り越え、精神的に安定してきたとはいえ、このまま一人にしてもいいものだろうかという不安はある。

 キンタローは暫くグラスの中の残り少なくなったジュースと氷をかき混ぜていたが、顔を上げるとはっきりとした口調で言った。
  
「おまえたちの気持ちは嬉しいが…ここはオレがおまえでなくなる最初の場所だとおもってるんだ」
 シンタローは首をかしげる。
「…何言ってんのかわかんねぇ」
「何て言ったらいいんだろうか…おまえはここで暮らしたことはないだろう?それを始めにするってことは……」
「つまりキンちゃんが一人でする初めてのことって…言いたいんだよね」
 ああ…そういうことか。
 おまえがしたことないからするんだ、というと子供の主張とは違う。
 シンタローはシンタローであって、キンタローはキンタローだ、というのは易い。
 
 いないものとされていたいたキンタローが、空白の部分を埋めて行きたいとあせる気持ちと「キンタロー」としての部分を確認したい気持ちは、何者でもなかったと突きつけられたシンタローには痛い程に分かるので、こう言うしかなかった。
「まぁ…おまえがそういうなら止めねぇけど…」
「大丈夫だよね、キンちゃん。それに困ったときにはすぐに来れるし」
 考えてみれば直通のエレベーターで数秒の距離だった。
 それが独立というのは笑止かもしれないが、キンタローにとっては大きな一歩であり、全ての始まりなのだろう。
 
 そうか、こういうのを『スープの冷めない距離』っていうのか、とシンタローが納得すると、グンマも『そうそう』という。
 ささやかな、だけど大きな一歩をとめる気持ちはもう誰にもなかった。


「じゃあ、そろそろ荷物を上に持っていこうぜ」
 ジュースもクッキーもなくなったところでシンタローが腰を上げると、グンマが、
「あ、忘れてた!」
 と言って慌てて席を立った。
「オイ、荷造り終わったって言ってたの誰だよ」
「違うの。キンちゃん、本の入ったダンボールはどのあたりにあったっけー?」
「てめぇの恨み言日記ならダストシュートに放り込んどけって言ったろうが」
「本の類は…確か…」
 シンタローの言うことはムシしてキンタローとグンマはダンボールの山を次々と床に下ろしては中を開き始め、シンタローはがっくりと肩を落とした。
 幸い、目的のものはすぐに見つかり、グンマが「あったあった」と言って箱から青い表紙の分厚いアルバムを取り出した。
 表紙に『グンマ様の歩み』と書かれているのを見ると、高松が作ったのだろう。

「アルバムなんかどうすんだ?」
 と、覗き込んだ二人に、グンマは一番最初のページを開いて示す。

 一枚の台紙に一枚だけの写真。
 明らかに普通の印画紙とは違うそれに写っているのは、真っ黒な中、一部だけ扇のように切り取られ、白いものが微かに写っているそれは…。
「これはね、お母さんのおなかの中にいるキンちゃんなんだよ」
 へえー!と驚きの声がシンタローから上がり、キンタローも目を見張る。
「この写真っていうか…正確に言うとエコーで撮った子宮内の断層写真なんだけど…。
 これはルーザー叔父様が戦場に行くときに持って行ってたものなんだって」
「父さんが?」
 グンマは頷く。
「ルーザー叔父様のいた激戦区でね、奇跡的に無傷で発見されて…お父様のところに届けられたんだって。それを高松がアルバムに張って残してくれていたんだ」
 この小さな紙切れが残っていた、ということに、二人はそういうこともあるんだ、と驚きを隠せず、互いをみやった。特に戦場の現実を知っているだけにシンタローはどうも納得できなかったのだが、残された病院施設にたまたま置かれていたのが回収されたのだと聞くと納得した。 


「…高松が教えてくれたんだけど、ここのこの影が…キンちゃんだって」
 胎児の形さえもろくにとっていない微かな影を指してグンマは言った。
「これが…オレか」
 キンタローはグンマの指す部分を何度も指先でなぞる。
 父が、まだ見もせぬ自分の『写真』を持っていたという事実が彼の声を詰まらせてしまい、なかなか言葉にならず…暫くして、ようやく顔を上げるとグンマに声をかけた。
 
「グンマ…これ…」
「うん。分かってるよ」
 グンマは、そのつもりだった、といい、それを台紙から剥がし始め、時間をかけて丁寧に台紙から外した。
「キンちゃんのアルバムの1ページ目に貼ってね」
 そして綺麗に外された写真をキンタローに手渡す。
「あ…ああ」
「キンちゃんは、今からいーっぱいいーっぱい思い出を作って、沢山写真もとるんだから。
 アルバム作らなかったら承知しないよ?」
「分かったよ、グンマ」
 キンタローは写真をまるで壊れ物のようにそっと受け取ると、居間のサイドボードに持って行く。
 そこには若い男女二人が並んで写っているフォトスタンドが据えられており、キンタローはその前にグンマから受け取った写真をひとまずおいた。
「ルーザー叔父様に、やっと返すことができたね」
「ああ…」
 シンタローも神妙に相槌を打つが、彼は自分がここにきた本来の目的を思い出し、パンパンと手を打って二人を自分の方に向けさせた。
 
「早いところ済ませちまおう。オヤジが待ちくたびれてるから」
「伯父貴が?」
「引越し祝いっていうか手伝いの礼っていうか…とにかくおまえもメシに招待したいらしいぜ。
 本当いうと、オレ、おまえらがあんまり来ないもんだから、呼びにこらされたんだよな」
「あーゴメンね、シンちゃん。すっかりと遅くなっちゃって」
 キンタローとグンマは慌てて開いた箱の中に物を詰め直し始めた。
「分かってんだったら、さっさと運んだ運んだ」
 シンタローは荷物を軽々と抱えると、スタスタと出口に向う。
 その後に、同じようにダンボールを抱えた二つの影が続き、彼らを待つ者がいる所へと向っていった。


s

Act.1

「早いもんですね…二人ともあんなに小さかったのに…」
 ファンシーヤンキーランドの一角のベンチで、高松は横に座っているサービスに言った。
 自分がシンタローへの祝いとして連れてきた犬の毛を指に絡めて遊んでいたサービスは高松の視線の先を見る。
「子供が大きくなるは早いとか言うのを聞いてたけど…やはり身近にいるとそう思うよ」
 
 そこには、緊張した面持ちでメリーゴーランドの馬にしがみついているシンタローと、乗りたいけどやっぱりこわいというのでハーレムに付き添われて馬車に乗っているグンマの姿があった。

 マジックからのシンタロー四歳の誕生プレゼントは『遊園地貸し切り』という豪華なものだった。
 だが、残念なことに発案者のマジックは緊急の仕事が入ってしまい中座、取り残されたシンタローは、招かざる客こと叔父のハーレムに焚きつけられて、こともあろうか某国のお偉いさんだというヤンキーをカツアゲしようとして愛の御仕置きをくらってしまった。

 あわや外交問題に発展か?という緊張が大人たちに走ったが、そこは子供を焚きつけたハーレムが悪いということで収まり、ハーレムが謝罪をすることによって解決した。

 そして、当のハーレムはというと
『誰があれくらいのことで済むようにしてあげたのか考えてみたら?』
 …と、仲裁をした弟から言われ
『体力バカのアンタにはうってつけの仕事ではありませんか。シンタロー様、グンマ様、誕生プレゼントを持ってこなかったお詫びに、ハーレム叔父様が乗り物に乗せてくれるそうですよ』
 と高松に言いくるめられ…罰としてグンマとシンタローに園内を引きずり回されている。
 それでもジュース代、ソフトクリーム代その他を自分の分まで上乗せしてせしめていくあたりがハーレムらしかったが。



 ガタン、ゴトンと重い音をたてて、メリーゴーランドがゆっくりと動きはじめる。


「たかまつー!」
 グンマの甲高い声に、高松はそっちを見た。
 体をしっかりとハーレムに抱きかかえられたグンマが高松に懸命に手を振っていた。
「あぶねーぞ、そんなに身を乗り出したら落ちるじゃねぇか」
 保護者の前でそんなことが起きたら、自分は明日は実験室でホルマリン漬けになっていると思い込んでいるハーレムは必死にグンマを抑えていた。
 そして、
「サービスおじさーん」
 回り始める前は必死にしがみついていたシンタローも、なんとか手を振っている。

「なんだかんだで子守が似合っているじゃないですか」
 それに高松は手を振って応えてやり、サービスもそれに倣うと、ますます身を乗り出そうとするグンマと、こともあろうか両手離しをしようとするシンタローを怒鳴り続けては、さっきまでグンマに言っていた『身を乗り出すな』になっているハーレムがそこにいた。


 喧噪の元が反対側に回り、ようやく落ち着いた頃、高松はタバコを取り出し火を点けた。
 悲鳴が聞こえないところを見ると、ハーレムはちゃんと言い渡された使命を果たしているのだろう。
「あの場に総帥がいらっしゃらなくてよかったですねぇ。いたらここはどうなっていたことやら」
 シンタローが愛のお仕置きを食らったときマジックがいたら…このファンシーヤンキーランドは全壊していただろうと、高松は思う。
「兄さんならやりかねないだろうね。その前にハーレムが半殺しになってると思うけど」
「それくらいで懲りる男じゃないでしょ。まーでも彼が来たおかげで救われたところもあるんですから。総帥も邪険にはしないと思いますよ」
「救われた?」
 眉をひそめたサービスの横顔が、さっきシンタローに見せていた笑顔とはまるで違う、厳しいものになっていた。
「…今日ここに呼ばれている招待客の顔ぶれをみたでしょ」
「ああ…」
 二人の兄、マジックが中座しハーレムが揉めごとを起こしたため、ゲストたちへの挨拶や応対はサービスの仕事になってしまった。
 しぶしぶながらも引き受けたサーヒスだったが、各国のお偉方を相手にしての接待は全く卒がなく、高松を唸らせたのだった。

「シンタローはあなたには招待状を送ったそうですが…ハーレムはもらわなかったとか言ってましたね」
 サービスは、自分がもらったシンタローが自分で作ったらしい、クレヨンでかかれた招待状のことを思い出した。
「みたいだけど」
「まあハーレムがどこでかぎつけたかは知りませんが。彼が来なかったらどうなっていたことやら」
「何が?」
 競馬ですって小遣いをたかりにきただけじゃないか、と高松に向けられたサービスの冷ややかな視線が言っていたが、高松は否定した。
「今日ここで、あなたとハーレムがいなかったら…もしくはどちらかが欠けていたら、あの人たちは『青の一族は磐石ではない』という情報を国に持ち帰っていたでしょうね」
 高松の視線が移った先には、それぞれ遊園地での一日を楽しみ、ガンマ団に連なる子供の無邪気に遊ぶ姿を見ながらも、外交を忘れない各国のお偉方がいた。
 これだけ大勢の客がいても、幼子の誕生日を無邪気に祝える大人は、残念ながらごく一部だけだった。



「おまえからそんな言葉が聞けるとはね」
「ガンマ団に何かあったら、グンマ様にも累は及びますから」
「グンマがかわいくてたまらないんだね」
 驚嘆に少しの皮肉を込めて言ったサービスに、
「ええ。本当に利発でかわいらしい方です」
 と返事をした高松は笑みさえ浮かべていた。
 偽りや打算のない穏やかな微笑みと眼差しの先には、あの子供がいる。
 あの夜、突然泣き出したらどうしようと恐れながら頼りない体を抱き上げて、この男に渡した子供が。

 これが望んでいたあるべき姿というなら満足のいく結果だというのに、サービスはどこか胸が締め付けられる錯覚に囚われる。
 実際に締めているものは何もないというのに。
 
 この苦しさは高松にはないのだろうか、とサービスは旧友の横顔を見た。
 だが彼はもう一度回ってきたメリーゴーランドにいる子供たちに手を振って答えるのに忙しく、サービスの方をちらりとも見ない。
 そうするうちにメリーゴーランドは動きを止め、降りてきた子供たちは見守っているだけの保護者のことは忘れ、今こき使うことのできる『子守』の手をとって次の目標に駆け出した。
  
 
 
「じゃあ…私はこれで」
 サービスはベンチから立ち上がり、服の裾の乱れを直す。
「もう行くんですか?」
 行き先は誰にも分からない、本人さえも知らない当て所のない旅に戻るサービスは、やや寂しさの篭っている旧友の眼差しを敢えて見ないで答えた。 
「あまり長居するつもりはなかったんでね」
「シンタローくんが寂しがりますよ」
 サービスは暫く何か考えていたが、高松の手を取りつれてきた犬の綱を握らせると、
「よろしく言っておいてくれ」
 とだけ言い、振り返りもせずにひっそりと立ち去った。


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