+ 雨のち晴れ、否、落雷と... +
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ガンマ団本部は今月に入って本日で四回目の爆発が起きた。
三回目までは爆発を起こした本人相手にシンタローが鬼の形相でブチ切れた。
だが、今回の四回目は、普段なら宥め役に回るキンタローが珍しくも怒った。
そうなると、普段と配役が異なってくるようで、キンタローに怒られて大声で泣きじゃくるグンマ博士の宥め役が、今回はシンタローに回ってきたのである。
研究室に着いたときは、シンタローにしがみついてわんわん泣き叫んでいたグンマだが、シンタローが文句を言わずに黙って付き合っていた甲斐があってか、次第に落ち着きを取り戻し、今現在は大好きなお菓子を口にしながら、時折笑みを浮かべてシンタローに話しかけている。
シンタローは頷きを返してグンマの話し相手をしつつも、心の中で一つ溜息をついて、グンマの右腕に巻かれた包帯をそっと見つめた。
それから、今グンマの研究室で後処理をしているであろうもう一人の従兄弟の姿を思い浮かべた。
研究室の爆発が起きたのは日付が変わる二時間ほど前であった。そのぐらいの時間では、まだ各々の研究室で勤務している者達がかなりいる。
シンタローも例にもれることなく総帥室で仕事をしていたのだが、突然大きな爆発音が聞こえると、即座に頭を抱えた。確認するまでもなく、誰が犯人かが直ぐに判ったからである。
アイツは何度言ったら解ンだよと思いながら、直ぐに総帥室を出て従兄弟の研究室がある場所へ向かった。
総帥と擦れ違う団員達はその形相に恐れをなして、普段よりも三割増で固まりながら敬礼をしていたのだが、シンタローの方はそれどころでなかった。
『グンマのヤロー…何回研究室ブッ壊せば気が済むんだよッ』
心の中で悪態を付きながら足早に爆発現場へ向かったシンタローだが、研究室にたどり着く前に大声で泣きじゃくるグンマの声が聞こえてきた。
自分で起こした爆発に驚いて泣き喚くグンマは毎度のことなのでシンタローは気にせず足を進めていたのだが、次にキンタローの怒鳴り声が聞こえると驚きのあまり一瞬足を止めて、次に走って二人の元へ向かった。
シンタローがグンマの研究室があるフロアまで駆け上がってくると、まだ勤務していた研究員達が数歩下がった位置から二人の様子を窺っているのが判る。爆発以外に何かあったのかと思いながら走ると、キンタローの怒声が尚も聞こえてきた。
『こりゃマズイな…』
自分の相棒が本気で怒っているのが判ったシンタローは、研究員達の群をかき分けて中へ入る。
「キンタローッグンマッ」
シンタローが二人の間に割って入ると、涙で目を真っ赤にしたグンマが真っ先に飛びついてきた。
「シンちゃーんッキンちゃんが恐いーッ」
シンタローにしがみつき胸に顔を埋めて泣きつくグンマに「お前、何やったんだよ…」と声をかけながら、次にキンタローに視線を向けた。シンタローが来たことでキンタローは黙り込んでしまったのだが、荒立った感情が納まっていないのは一目瞭然だった。
『キンタロー……アイツ…───』
キンタローの青い眼が鋭い視線を投げ付けてきて、一見だととても恐いのだが、よく見ると本人が震えている。
シンタローは二人の従兄弟をどうしようかと一瞬迷ったのだが、キンタローに後片付けを任せるとグンマを連れて急いでその場を離れた。
何故ならば、怪我したグンマの血がシンタローの総帥服の一部分を赤黒く染めていたからであった。
そのまま医務室に直行して、怪我の手当をするときも「痛いーッ」と大声で泣くグンマをシンタローは何とか宥めて、それから少し気持ちを落ち着かせようとリビングへ連れていった。
泣く以外は大人しくシンタローに付いてきたグンマだが、怪我をしていない方の手でシンタローの腕を取るとそこから離れようとしない。シンタローもグンマの体が震えていることに気付いていたから、振り払うような真似はせずに、そのまま放っておいた。
グンマに大人しく椅子に座って待っているように言うと、シンタローはキッチンへ向かう。急いでお湯を沸かすと、リビングに待たせている従兄弟が好きな、甘い紅茶やお菓子を用意して持っていき、グンマの正面にある椅子に腰を下ろした。
シンタローから離れて最初は震えていたグンマだったが、少しそれが納まるとまず温かい紅茶に手をつけ、それから大人しくお菓子を口に運ぶ。
シンタローは黙ったままグンマの様子を窺っていたが、当の本人は無言のまま何度かそれを繰り返すとしっかり落ち着いたようで、泣き腫らして赤くなった目に笑みを浮かべながら「ありがとう、シンちゃん」と一言礼を言った。その一言が普段と変わらない口調に戻っていたので、シンタローもひとまずは安堵する。
それからグンマの他愛もない話に付き合い、大分時間が経った頃に『もう大丈夫だろう』と様子を見ながら話題を変えた。
「グンマ」
「なぁに?シンちゃん」
「お前、キンタローが何で怒ったか解ってるか?」
シンタローがキンタローの名前を出すと、途端に表情が翳り、グンマは俯いたまま黙り込んだ。
シンタローはそんな様子のグンマを根気よく待つ。
正面に座った黒髪の従兄弟が無言のまま自分の台詞を待っていることに気付くと、しどろもどろになりながらもグンマは口を開いた。
「僕…が……懲りずにまた実験に……失敗…したから…」
「違う」
グンマの大きな目には、再び涙が溜まってきていたのだが、シンタローの一言に少し驚いた表情を浮かべて顔を上げた。
シンタローは特に怒った様子もなく、静かにグンマを見つめていた。
「違うの…?」
グンマの問いかけにシンタローは頷きを返すと、再び口を開く。
「キンタローが恐かったか?」
その問いかけに、少し躊躇いを見せたグンマだったが、素直に頷いた。
「凄く?」
「うん…とっても…。あんなに怒ったキンちゃん…僕、初めて見た…今までだって何回も…僕、実験の失敗はやってるのに……あん…な、キン…ちゃ……恐か……ッ」
グンマの台詞を大人しく聞いていたシンタローは、目の前で泣きそうになっている従兄弟をジッと見つめながら静かに口を開いた。
「お前、怪我しただろ?」
予期せぬ一言がリビングに響いて、グンマはきょとんとした顔をした。次いで自分の右腕を見る。
「お前が恐かったって分だけ、キンタローは凄いビックリしたんだよ、その怪我を見て」
シンタローの言葉を聞きながら、先程医務室で手当をしてもらった際に捲かれた真っ白な包帯を見つめた。
「僕が…怪我をしたから…?」
「お前ってどんな強運持ってんだか知らねーけど、どんなに研究室ブッ壊しても何でか無傷じゃねーか」
「じゃぁ…」
「そう、だからキンタローは怒ったんだ───意味、解るよな?」
最後の台詞は、グンマの耳に優しく響いた。
キンタローの気持ちを理解した瞬間、グンマは感極まって勢い良く立ち上がる。
「僕、キンちゃんのことひどく言っちゃったよ…謝りに行かなきゃッ」
半泣き状態で慌ててリビングから出ていこうとしたグンマにシンタローは片目を閉じてドアを指した。
「今、来るゼ」
その台詞に驚いてグンマがシンタローを振り返ると、言われたとおりにリビングのドアが開く。
忙しなく首を動かして、またグンマが背面を振り返ると、自分と同じ青色にあった。
「キンちゃんッ」
普段なら真っ先にシンタローの元へ行く従兄弟だが、今は入口で立ち止まったまま目の前にいるグンマを青い双眸にしっかり映している。
そしてグンマの右腕に視線を移すと、辛そうに顔を歪ませてそっと腕を取った。
「グンマ……怪我は?」
悲痛に染まった声色は、どれ程心配をしてくれたかが、聞いた者全てに判るような響きを持っていて、グンマはそれが心に痛くて泣きながらキンタローに抱きついた。
「大丈夫だよ~ッうわーんっゴメンネ、キンちゃんッ心配かけてゴメンナサイッ」
強い力で抱きつき、泣きながら捲し立てるグンマに、キンタローは目を白黒させる。
「恐いって言ってゴメンナサイッキンちゃんの気持ちに気付かなくてゴメンナサイーッわ~~んッ」
キンタローは、泣き出したグンマにどう対応すればいいのか判らなくて、驚きと共に戸惑いを見せる。
そんな従兄弟にシンタローは、
「グンマが凄い勢いで謝ってんだぜ。お前は何かねーの?」
と優しく笑いかけた。
シンタローにそう言われて、キンタローはグンマの勢いに押されたために飲み込んでしまった自分の言葉を思い出す。
「いや、グンマ…俺も怒って悪かった…怒鳴り声を上げてすまなかった……その…恐かった、だろう…」
「恐かったけど良いのッキンちゃんが僕を心配してくれた気持ちだからっキンちゃん大好きーッ」
シンタローに向かって「大好きッ」と言いながら抱きつくグンマの姿は見慣れていたが、まさか自分が抱擁を受けながら同じ台詞を言われるとは思っていなかったキンタローは、驚きのあまり完全に固まってしまった。
グンマの腕から流れる血に驚いて、我を忘れて大声で怒ったのは、つい先程のことだ。
あんなに怒鳴り声を上げたのだから、嫌われてしまっても仕方がないと思っていた。
キンタローが困惑した表情でシンタローを見ると、柔らかな微笑と共に頷きを返される。
キンタローは戸惑いながらも宥めるように、グンマの頭をそっと優しく撫でた。
─ 後日談 ─
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+ PM 09:22【LIVING】+
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夕食の片付けを終えたリビングでシンタローはテーブルに突っ伏していた。
正面に座ったグンマは曖昧な笑みを浮かべながらデザートのフルーツゼリーを口に運んでいる。
長い付き合いから把握したシンタローの性格上、今の気持ちが判らなくもなかったのでこのまま放っておくのが一番かとも考えたのだが、さすがにそれも可哀想な気がしてグンマは黙ったまま一緒にリビングに留まっていた。
さっぱりしたゼリーは食べやすく、それでものんびりと口に運んでいたのだが、グンマは既に二つ目のカップを空にしていた。三つ目も余裕で入るなと思いながら、今食べてしまおうか後に残しておこうかと考える。
ふと時計に目をやれば、間もなく九時半になるところであった。後片付けに差ほど時間を要した感じもしなかったので、そうするとかなり長い時間沈黙したままシンタローとここにいることになる。
『んー…どーしてあげるのか良いのかなぁ?』
結局三つ目も食べることにして、グンマはゼリーにスプーンを入れて一口目を口へ運びながら考えた。
『やっぱ、僕がキンちゃんとのこと知ってたってのがシンちゃんにとっては嫌だったんだよね…』
三人で居たときの会話で、キンタローが何を指しているのか判るとグンマは言った。つまりは、それ・・も込みで知っているということになるのだ。
『別に恥ずかしがることないと思うんだけど…』
グンマはまたゼリーを口へ運んだ。
二人が良いのならばそれで良いとグンマは思っていた。キンタローがずっとシンタローを見ていたのは気付いていたし、抱く感情に恋愛が含まれた瞬間も直ぐに判った。それだけグンマは二人を見ていたのだ。
あのシンタローがよく受け入れたなと驚かなかったといえば嘘になるが、相手がキンタローだからグンマとしては何となく良かったと思えた。二人の関係が変わったからといって自分との関係が変わるわけでもなく、今までと同じように接し方に変化はない。時々キンタローには自ら切り込みを入れて少々えぐった話を聞いたりもするのだが、それだけなのだ。キンタローはシンタローのことに関してのみ自ら口を開くことがあるから、聞いても大丈夫という判断のもと突っ込みを入れているので、グンマとしてはきちんと相手をわきまえているつもりであった。
キンタローとのことでシンタローには何か余計なことを言ったことは一度もない。
『そんなに内緒にしたかったのかなぁ…』
そんなことを考えているとゼリーのカップが半分空になった。このまま三つ目も空いてしまうかなと思っていると、目の前で突っ伏していたシンタローが顔を上げた。少し恨めしそうな顔で見られて、グンマは肩を竦めた。
「お前、さ……いつから知ってた?」
「ん?結構前から知ってたよ。多分、二人が出来上がってから数日後ぐらいには…」
「………ッ」
グンマのあっさりした返答はシンタローにとって有り難かったが、キンタローと関係してから数日後にはばれていたとは思っていなかったようで、またテーブルにめり込みそうになったシンタローである。
グンマは、言葉に詰まって俯いてしまったシンタローを見ながら、向こうから声をかけてきたということは自分も問いかけていって良いのだろうという判断を下して、食べかけだったゼリーを一気に片付けてから口を開いた。
「シンちゃん、僕が知っていたことが嫌だったの?」
「…それもある」
「それも?他には?」
「お前…知ってンのに…知らねぇって思ってた自分が…」
「あー…そっか!あはは、それは確かに恥ずかしいかも」
グンマが努めて明るい笑い声を上げるとシンタローが睨み付ける。だが、相当ショックを受けているようで、眼にはいつもの鋭さがなかった。
『うーん…まだ眼が弱いなぁ…』
普段の様な強い眼力が窺えず、グンマはどうしようか迷ったのだが、今まで座っていた椅子から立ち上がるとシンタローの隣に移った。横の椅子に座るとシンタローの腕をそっと掴む。
「シンちゃん、別にいーじゃん。僕なんだし」
「お前だからイヤなんだよ…」
「何それ?ヒドイなぁ…」
グンマは傷ついたという顔を大袈裟にしたが直ぐに笑みを浮かべてシンタローの頭を撫でた。立ち上がった状態だと身長差から手が届かないのだが、椅子に座った状態で且つ相手が体勢を崩しているとグンマでも届く範囲に頭が来る。振り払われるかなと思っての行動だったが、シンタローは大人しくしていた。
「…何だかお前がでっかく見えるよ…」
「だって僕お兄ちゃんだもん。シンちゃんはずいぶん可愛いことになってるけどね」
「…うるせぇ」
からかったら頭を撫でていた手を振り払われたのでグンマは大人しく手を引っ込めた。
「ったく、キンタローもキンタローだよ…アイツは」
矛先が今はここにいない従兄弟に向くと、グンマは一応フォローのつもりで口を挟んだ。
「まぁ、キンちゃんは仕方ないよ、頭の中シンちゃん一色だからさ」
「何だよ、それ」
「だってキンちゃん、シンちゃんのことしか考えてないよ?」
「………ッだからって、あんな台詞はねーだろッ」
声を荒立てたシンタローの顔が赤くて、これは怒っているのか照れているのか、はたまた拗ねているのか、グンマには判断が付かなかった。
「まぁ、そーだけど……でも、僕でも判ったのに何でシンちゃん気付かなかったの?」
「だって飯の話してたじゃねーかッ」
「そーだけどさぁ…」
グンマは相槌を打ちながら考えた。普段のシンタローならばそういった台詞・・・・・・・には敏感に反応を示すはずなのだ。他人の色事には首を突っ込みたがる性格のはずだが、自分のこととなると途端に嫌がる。他に付き合いのある友人の前ではどうだか判らなかったが、少なくともグンマの前ではそうであった。
『僕だけ特別待遇なのかなぁ…』
そんなことを考えていると、シンタローが浮かべた照れたような笑みを思い出した。意味を取り違えたが、キンタローの台詞に嬉しそうな顔をしていた。
「シンちゃん……もしかしてキンちゃんが好きなお料理、知りたかったの?」
グンマの言葉にシンタローが派手な音を立てて椅子から立ち上がる。あまりにも勢い良く立ち上がったのでグンマはぽかんとしながら見つめていたが、シンタローが口元を押さえながらも顔を赤くしたので『ビンゴだ』と確信した。
グンマに図星されたシンタローは、次の言葉の衝撃に耐えようと構えたのだが、グンマの口からは予想外の言葉が飛び出してきた。
「わぁっ!素敵っ!」
「……はぁッ?!ステ…ッぁあ!?」
あまりにも想像と違う台詞を言われて、思わずシンタローは素っ頓狂な声を上げた。グンマはポンッと胸の前で手を合わせると、目をキラキラ輝かせながらシンタローを見つめてきた。
「何かいいじゃん、そういうの!やっぱそーだよね!知りたいよね!」
自分事のように楽しそうな声を上げて肯定してくるグンマを見て、シンタローはその勢いに圧倒された。
「いや…その、な…グンマ…」
「キンちゃん、全部美味しいっていうからさ!確かに作り手としてはどういうのが好きなのかってのは細かく知りたいところだよね!」
「あの…だから…」
「そーだよ!だから僕がせっかく話題振ったのに……そっか、それであの回答じゃショックだよね、シンちゃん」
捲し立てるように言われたグンマの台詞に押されて、シンタローは黙り込んでしまった。
グンマは立ち上がってそんなシンタローに近寄ると下から顔を覗き込んだ。青い瞳でしっかりとシンタローを見つめる。
「ごめんね、シンちゃん。イヤな思いさせるなら、知ってるよって僕から言ってあげれば良かったね」
「…それは…」
シンタローは何か言おうとしてまた黙り込んだ。グンマはそのまま考え込んでしまったシンタローが口を開くまで待つことにして、沈黙を保ったままシンタローをじっと見つめた。
そうして根気よく待ち続けると、シンタローが降参といったように両手を上げて今まで体にこもっていた力を抜いた。ふっと笑みを浮かべてグンマを見る。シンタローの柔らかな笑みを眼にして『眼福っ』と思いながらグンマも笑顔を返してシンタローに勢い良く抱きついた。
「うわっと」
「シンちゃん、何か可愛いーっ」
「あ?馬鹿なこと言ってンじゃねーよ」
そういって自分にしがみついてくる従兄弟の頭を小突いた。
「えへへ、こうしてたらキンちゃんに怒られるかな?」
「相手がお前じゃ怒ンねーだろ」
「シンちゃんは甘いなぁー、キンちゃんは嫉妬深いよー?」
「…知ってる」
嫉妬深いと言った台詞をシンタローはしらばっくれるかと思ったグンマだったが、知ってると言ったことから、だんだん開き直れてきたことが窺えた。
「お前さ、どうやって知ったんだよ?」
「ん?キンちゃん問い詰めたの」
グンマはシンタローにぎゅうっと抱きついたまま、そんな台詞を語尾にハートマークが付きそうなほど可愛らしくさらりと言ってのけた。シンタローの顔が若干引きつる。
「問い詰めたって…」
「うーん、キンちゃんがなかなか教えてくれないからね」
「……………」
「あ、そんな顔しないでよ、シンちゃん。別に僕、酷いコトしてないよ?」
「…本当かよ?」
シンタローにそう言われてグンマは笑った。
「あのね、僕が気付いたのはキンちゃんの雰囲気が変わったからなんだよね」
「キンタローの雰囲気?」
「うん。柔らかくなったの。多分シンちゃんの影響じゃない?」
「……………?」
シンタローにはあまり意味が判らないようで先を促すような素振り見せたが、グンマは優しげな笑みを浮かべたままそれ以上は答えなかった。
グンマは暫く黙ったままシンタローに抱きついていて、シンタローも自分にしがみついているグンマを無碍に扱うような真似はしなかった。
事ある毎にシンタローやキンタローにスキンシップを図るグンマに抱きつかれること自体は抵抗がなかったが、それでもこんなに長く腕に力を込められたことが今までなかったので、何だか少し変な気がして手持ちぶさたに長い金色の髪を摘んだ。指にクルクル絡めて遊んでみる。そういえばキンタローが自分の髪でよくやっているなと思ったところで、グンマが胸元で笑い出した。
「グンマ?」
「シンちゃん、キンちゃんみたい」
「へ?」
「シンちゃんの髪の毛で同じ様なことやるでしょ、キンちゃん」
シンタローから離れると、グンマは自分の髪を摘み上げて見せた。
「な…何で知っ…」
「キンちゃんが言ってたよ?シンちゃんを抱きながら髪の毛触るの好きなんだって」
グンマの台詞にシンタローの顔がカッと赤くなった。
「あはは、冗談だよ、シンちゃん。それとも僕ビンゴしちゃった?」
「グンマッ!!」
シンタローに怒られてもグンマはいつもと変わらない笑みを浮かべて逃げていく。こいつはどうしてくれようか考えながら若干凄み帯びたシンタローが一歩足を動かすと、それに気付いたグンマは振り返って「もう大丈夫?」と一言問いかけた。
グンマの問いかけにシンタローの動作が止まる。
「ダメなら僕まだ付き合うよ。シンちゃんだったら一晩でも二晩でも付き合っちゃう」
大きな青い瞳で真っ直ぐに見つめられて、シンタローは苦笑した。
「大丈夫に決まってンだろ」
「何だ、残念っ」
そう言って口をとがらせたグンマだが、直ぐに笑みを浮かべた。
「まぁ、これからはキンちゃんとのことを相談する相手が出来たと思ってさ!」
「ゼッテー言わねぇー…」
「えー、キンちゃんからの話だけじゃつまんないよ、僕が」
「………アイツ、そんなにお前に話してンのかよ?」
「んー…五分五分…かなぁ」
キンタローがグンマに話してくる回数と、グンマがキンタローに突っ込みを入れる回数の比率をざっと考えて、そんなことを呟く。シンタローは何が五分五分なのか意味が判らず問い返したのだが、グンマはまた笑って誤魔化した。さすがのグンマも「自ら適度にえぐって話聞いてます」とは、シンタロー相手に言えなかった。
「じゃ、僕はもう行くよー?」
「あぁ、俺も仕事に戻ンなきゃ……とグンマ」
グンマはリビングから出ていこうとしてシンタローに呼び止められた。振り返るといつもどおり少し不機嫌そうな顔をしたシンタローに戻っていた。
「なーに?シンちゃん」
「あー……次、何…食いたい?」
これがシンタローなりの礼なのだ直ぐに察したグンマは喜んで走って戻ってくる。
「またケーキがいい!シンちゃんのオススメで!」
「リョーカイ。また時間出来たら作るよ」
「楽しみにしてるーっじゃぁ、またね、シンちゃん」
グンマはシンタローとの約束を楽しみに再びリビングから出ていこうとして、ふと思いつき、またシンタローの元へ戻った。
「ねぇねぇ、シンちゃん」
そばに寄ったグンマが内緒話をするように手招きすると、シンタローは何事かと思って腰を屈める。このリビングには二人しか居ないのだが、それでも尚小声で話すようなことがあるのかとシンタローは眉を顰めた。まだキンタローとのことで爆弾となるような発言を抱えているのかもしれないと心の中で少しばかり構える。
シンタローが屈んでくれると、グンマは顔を近づけ、唇の横に口付けた。
シンタローは驚いて顔を上げる。
「えへ。ありがと」
唖然としたシンタローを尻目に、グンマは今度こそリビングから出ていく。
間際にシンタローが「これは…される方が特なんじゃねぇーの…?」と呟くと「することに意味があるんだよ」という言葉だけが返ってきた。
一人リビングに取り残される形となったシンタローは、呆然としながら、唇からは外された、それでもそこに近い位置を、己の指でそっとなぞった。
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[BACK]
11月11日
さぁ、何の日?
「シンタローさ~ま♪」
やたらテンションの高い男が入ってきた。
シンタローの眉間に皺が寄る。
「オイオイ、こんな日まで仕事かよ」
派手な金髪が目に入る。
それはシンタローの見知った連中。
「…何の用だ、おっさんと愉快な仲間達」
「普通に呼んだ方が早いと思いますよ」
直ぐに要らないツッコミも入る。
シンタローは頭痛を感じながら連中に目を向ける。
「今日は何の日?」
入ってきた時からテンションの高いロッドがニコニコと尋ねる。
はぁ?疑問を浮かべるシンタローに、
「正解は、はい!G君!」
「…ポッキーの日、です」
「そんなわけでポッキーです」
愉快な仲間達の一連の動きに確な頭痛を感じつつ目に入った物に苦笑する。
ポッキーの沢山入ったスーパーの袋。
普通にレジに並んで買ったのかと思うと面白い。
「仕事中断。ポッキーを食え」
シンタローの意見など全く聞く気のないハーレムの言葉。
大きく息を吐いてハーレム達の座っているソファーのハーレムの隣に座る。
「はい、どうぞ」
渡されたポッキーを口にいれなからテーブルを見る。
「結構種類あるんだなァ」
驚く種類の多さ。
ですねぇ、だな、はい、そうですね。
ニュアンスの違う様々な返事。
あぁ、面白い奴等。
暫く経つとシンタローは眠気と戦い出した。
疲れた時には甘い物。
程良い満腹感。
隣に人の体温。
日々の疲れ。
あ、おちる…。
本人自覚の元、眠りに落ちた。
こてん。
肩に触れた温もりと重さ。
ハーレムはシンタローが眠った事を確信する。
「…寝ましたね」
「作戦成功ですね」
暫く起きそうにない顔を見ながら笑い合う。
「無理矢理休ませよう作戦も成功しましたし」
「我々は行きます」
「隊長はどうぞごゆっくり枕になってて下さい」
ロッド、マーカー、Gは口々にそう言い出ていった。
「自己管理くらい、自分でしろよ」
ハーレムは自分の肩を枕に眠るシンタローを見ながら呟く。
すやすやと眠る顔に苦笑する。
「適当適度って言葉をしらねぇのかねェ、このガキは」
流れてくる髪を指に巻いて遊ぶ。
休もうとしないシンタローを休ませる為に今日は来たのだ。
「一人で全部抱えてねェで、少しは回りを頼れよな」
黒い髪の一房に口付ける。
シンタローが目を覚ますまで、ハーレムはそこにじっと座って枕になっている。
本人も暇に耐えかね睡眠に入ってしまったが。
「なぁ、ティラミス。俺達は扉に札を掛けてもう入らないべきだよな」
「そうだな。【只今総帥仮眠中】札をはって入らないようにしよう」
秘書二人、仲良く眠る上司二人の後ろ姿を見て出ていった。
黒と金がくっついて眠る。
二人の前にあるテーブルにはポッキーの山。
END
05.11/14
さぁ、何の日?
「シンタローさ~ま♪」
やたらテンションの高い男が入ってきた。
シンタローの眉間に皺が寄る。
「オイオイ、こんな日まで仕事かよ」
派手な金髪が目に入る。
それはシンタローの見知った連中。
「…何の用だ、おっさんと愉快な仲間達」
「普通に呼んだ方が早いと思いますよ」
直ぐに要らないツッコミも入る。
シンタローは頭痛を感じながら連中に目を向ける。
「今日は何の日?」
入ってきた時からテンションの高いロッドがニコニコと尋ねる。
はぁ?疑問を浮かべるシンタローに、
「正解は、はい!G君!」
「…ポッキーの日、です」
「そんなわけでポッキーです」
愉快な仲間達の一連の動きに確な頭痛を感じつつ目に入った物に苦笑する。
ポッキーの沢山入ったスーパーの袋。
普通にレジに並んで買ったのかと思うと面白い。
「仕事中断。ポッキーを食え」
シンタローの意見など全く聞く気のないハーレムの言葉。
大きく息を吐いてハーレム達の座っているソファーのハーレムの隣に座る。
「はい、どうぞ」
渡されたポッキーを口にいれなからテーブルを見る。
「結構種類あるんだなァ」
驚く種類の多さ。
ですねぇ、だな、はい、そうですね。
ニュアンスの違う様々な返事。
あぁ、面白い奴等。
暫く経つとシンタローは眠気と戦い出した。
疲れた時には甘い物。
程良い満腹感。
隣に人の体温。
日々の疲れ。
あ、おちる…。
本人自覚の元、眠りに落ちた。
こてん。
肩に触れた温もりと重さ。
ハーレムはシンタローが眠った事を確信する。
「…寝ましたね」
「作戦成功ですね」
暫く起きそうにない顔を見ながら笑い合う。
「無理矢理休ませよう作戦も成功しましたし」
「我々は行きます」
「隊長はどうぞごゆっくり枕になってて下さい」
ロッド、マーカー、Gは口々にそう言い出ていった。
「自己管理くらい、自分でしろよ」
ハーレムは自分の肩を枕に眠るシンタローを見ながら呟く。
すやすやと眠る顔に苦笑する。
「適当適度って言葉をしらねぇのかねェ、このガキは」
流れてくる髪を指に巻いて遊ぶ。
休もうとしないシンタローを休ませる為に今日は来たのだ。
「一人で全部抱えてねェで、少しは回りを頼れよな」
黒い髪の一房に口付ける。
シンタローが目を覚ますまで、ハーレムはそこにじっと座って枕になっている。
本人も暇に耐えかね睡眠に入ってしまったが。
「なぁ、ティラミス。俺達は扉に札を掛けてもう入らないべきだよな」
「そうだな。【只今総帥仮眠中】札をはって入らないようにしよう」
秘書二人、仲良く眠る上司二人の後ろ姿を見て出ていった。
黒と金がくっついて眠る。
二人の前にあるテーブルにはポッキーの山。
END
05.11/14
戦闘開始直前
「怪我した」
「おや」
怪我して素直に保健室にくるのはグンマともう一人ぐらいなものだろう。
そのもう一人は素直に怪我をした腕を差し出す。
「・・・珍しいですね。貴方が怪我なんて」
そう言うとシンタローは肩をすくめる。
高松が傷を調べるとそこは赤く水ぶくれができていた。
「みりゃ分かるだろ」
「火傷・・・アラシヤマですか?」
「授業での組み手じゃねぇぞ?」
「でしょうね。貴方が彼に後れを取るとは思えませんし・・こんな時間ですから」
外はすでに闇に包まれている。高松は寮の専属医師でもあるため学校内に部屋が与えられている。
場所は保健室のすぐ隣。といってもそこには寝むる為にしか使っていないが。
「では何故このような怪我を?」
「コージがこけて俺に倒れてきて階段から落ちかけてそれを助けてくれたのがアラシヤマ・・だったんだけど」
「興奮して発火ですか」
「親父にはないしょね?」
その言い方にまだ幼さが見え高松は小さく笑む。
だがすぐのその顔はしかめられた。
「軽度ではありますが・・痕が残るかもしれませんね」
「いいだろ別に。俺男だし。親父には授業でついたって言えばいいし」
「そうですか。ですが私が嫌ですからならべく残さないようにしてみせますよ」
「・・・また実験したのか?」
シンタローが顔をしかめる。それは嫌そう、というより呆れてるような顔。
「やめろよなぁ先輩も後輩も俺にやめさせるように言ってくるんだぜ?」
「死ぬような実験はしていませんよ」
「んなことしってるよ」
シンタローは胸を張って言い切った。
「そこは信頼している」
「・・・・ありがとうございます」
「でも、ほどほどにな?うるさいんだよ」
「ええ。最近は人間選んでますから」
「・・・・・あ、そう」
「次はアラシヤマにしましょうか」
「アラシヤマは悪くないんだけど」
シンタローの言葉に高松は医療器具から顔をあげるとにっこり微笑んだ。
「私がむかついてるんです」
「・・・そ」
シンタローは顔をそらし頬をかく。昔から気になってはいたことだ。
マジックの息子だからというのとは別な感じで甘やかされている。
「へんなの・・・」
「何がですか?」
「別に」
「少し我慢してくださいね?」
「もうしみるのには慣れたよ」
「そうですか」
高松はそれでもそっと薬を塗った。
「しばらく通ってくださいね」
「え~?いいよ自分で手当てできるし」
「授業が終わったら疲れ果てておざなりになるでしょう?」
「・・・・まぁ、否定はできないけど」
「前科がありますからね」
「・・・・ちぇ」
「いいですね?時間があるときでかまいません」
「はぁい」
「よろしい」
満足そうに笑む高松にシンタローも笑った。
「はい。いいですよ」
「サンキュ。じゃあな」
シンタローはたちあがり外へ向かおうとすると高松も立ち上がったのを背中で感じた。
なんだろうと後ろを振り返ると額に暖かなぬくもり。
「おやすみなさい」
「・・・・・・・!?」
シンタローは額を押さえ目を丸くしている。
「おやすみのキスですよ」
「もう子供じゃねぇぞ!?」
「まだ子供ですよ」
シンタローは顔をしかめたがすぐににやりと笑うと高松に手を伸ばした。
そしてまだ差がある身長の距離を縮めるために少し背伸びをして。
「・・・・おやすみ」
そういい残すとシンタローは走って保健室を出て行った。
残された高松は固まったまま立ち尽くしていた。
それからゆっくりと口を指で触れる。まだぬくもりの残る唇を。
「・・・子供ちゅうではまだ子供、といいたいとこですけど」
去り際にシンタローが微笑んだ。
それはそれは妖艶に、こちらの理性を崩すほどに。
「・・・・明日ここにくるまで崩れたところは補強しないといけませんね」
まだ、もう少しただただ安心される存在でありたい。
サービスのように頼りたいときに傍に入れないので意味がない。
「しかし」
向こうから進んで腕の中に飛び込んでくるのなら獲って喰ってもかまわないだろう。
高松はそう結論付けてにっこり笑うと笑顔のままアラシヤマに試す薬を選び始めた。
シンタローは足早に廊下を歩いていた。
ほてった顔を冷やすように。
「勢いでやっちまったけど・・・明日行きずれぇなぁ」
だいたいいつまでも子ども扱いしようとするのが悪い。
17だ。もう17歳になったんだこの前。
それをまだおやすみのキスをねだるような子ども扱いするなんて。
「今に見てろ!」
大人扱いさせてやる。
対等だと思わせてやる。
絶対に向こうから言わせてやる。
「それまでぜってぇ好きだなんて言ってやんねぇ!!」
これからが勝負だ!
シンタローは誰もいない廊下で拳を上げた。
高松がそれはそれは丁寧にやさしく包帯を巻いた手を。
FIN
「怪我した」
「おや」
怪我して素直に保健室にくるのはグンマともう一人ぐらいなものだろう。
そのもう一人は素直に怪我をした腕を差し出す。
「・・・珍しいですね。貴方が怪我なんて」
そう言うとシンタローは肩をすくめる。
高松が傷を調べるとそこは赤く水ぶくれができていた。
「みりゃ分かるだろ」
「火傷・・・アラシヤマですか?」
「授業での組み手じゃねぇぞ?」
「でしょうね。貴方が彼に後れを取るとは思えませんし・・こんな時間ですから」
外はすでに闇に包まれている。高松は寮の専属医師でもあるため学校内に部屋が与えられている。
場所は保健室のすぐ隣。といってもそこには寝むる為にしか使っていないが。
「では何故このような怪我を?」
「コージがこけて俺に倒れてきて階段から落ちかけてそれを助けてくれたのがアラシヤマ・・だったんだけど」
「興奮して発火ですか」
「親父にはないしょね?」
その言い方にまだ幼さが見え高松は小さく笑む。
だがすぐのその顔はしかめられた。
「軽度ではありますが・・痕が残るかもしれませんね」
「いいだろ別に。俺男だし。親父には授業でついたって言えばいいし」
「そうですか。ですが私が嫌ですからならべく残さないようにしてみせますよ」
「・・・また実験したのか?」
シンタローが顔をしかめる。それは嫌そう、というより呆れてるような顔。
「やめろよなぁ先輩も後輩も俺にやめさせるように言ってくるんだぜ?」
「死ぬような実験はしていませんよ」
「んなことしってるよ」
シンタローは胸を張って言い切った。
「そこは信頼している」
「・・・・ありがとうございます」
「でも、ほどほどにな?うるさいんだよ」
「ええ。最近は人間選んでますから」
「・・・・・あ、そう」
「次はアラシヤマにしましょうか」
「アラシヤマは悪くないんだけど」
シンタローの言葉に高松は医療器具から顔をあげるとにっこり微笑んだ。
「私がむかついてるんです」
「・・・そ」
シンタローは顔をそらし頬をかく。昔から気になってはいたことだ。
マジックの息子だからというのとは別な感じで甘やかされている。
「へんなの・・・」
「何がですか?」
「別に」
「少し我慢してくださいね?」
「もうしみるのには慣れたよ」
「そうですか」
高松はそれでもそっと薬を塗った。
「しばらく通ってくださいね」
「え~?いいよ自分で手当てできるし」
「授業が終わったら疲れ果てておざなりになるでしょう?」
「・・・・まぁ、否定はできないけど」
「前科がありますからね」
「・・・・ちぇ」
「いいですね?時間があるときでかまいません」
「はぁい」
「よろしい」
満足そうに笑む高松にシンタローも笑った。
「はい。いいですよ」
「サンキュ。じゃあな」
シンタローはたちあがり外へ向かおうとすると高松も立ち上がったのを背中で感じた。
なんだろうと後ろを振り返ると額に暖かなぬくもり。
「おやすみなさい」
「・・・・・・・!?」
シンタローは額を押さえ目を丸くしている。
「おやすみのキスですよ」
「もう子供じゃねぇぞ!?」
「まだ子供ですよ」
シンタローは顔をしかめたがすぐににやりと笑うと高松に手を伸ばした。
そしてまだ差がある身長の距離を縮めるために少し背伸びをして。
「・・・・おやすみ」
そういい残すとシンタローは走って保健室を出て行った。
残された高松は固まったまま立ち尽くしていた。
それからゆっくりと口を指で触れる。まだぬくもりの残る唇を。
「・・・子供ちゅうではまだ子供、といいたいとこですけど」
去り際にシンタローが微笑んだ。
それはそれは妖艶に、こちらの理性を崩すほどに。
「・・・・明日ここにくるまで崩れたところは補強しないといけませんね」
まだ、もう少しただただ安心される存在でありたい。
サービスのように頼りたいときに傍に入れないので意味がない。
「しかし」
向こうから進んで腕の中に飛び込んでくるのなら獲って喰ってもかまわないだろう。
高松はそう結論付けてにっこり笑うと笑顔のままアラシヤマに試す薬を選び始めた。
シンタローは足早に廊下を歩いていた。
ほてった顔を冷やすように。
「勢いでやっちまったけど・・・明日行きずれぇなぁ」
だいたいいつまでも子ども扱いしようとするのが悪い。
17だ。もう17歳になったんだこの前。
それをまだおやすみのキスをねだるような子ども扱いするなんて。
「今に見てろ!」
大人扱いさせてやる。
対等だと思わせてやる。
絶対に向こうから言わせてやる。
「それまでぜってぇ好きだなんて言ってやんねぇ!!」
これからが勝負だ!
シンタローは誰もいない廊下で拳を上げた。
高松がそれはそれは丁寧にやさしく包帯を巻いた手を。
FIN
すき
笑顔を作るようになったのはいつのことだったか。
おそらく子供のときからだと思う。
それは、自然に覚えたことだ。
そうしなければならなかった。
優秀だけど秘石眼の使えない、総帥としては使えないお坊ちゃんでいなければならなかった。
いなければならないなどと、誰が決めたことではなく自分が決めたことだ。
大好きな大好きなシンちゃんのために。
そうしていて本当に良かったと思った。
まさかマジック叔父様の実子だったなんて。
危うくシンちゃんの場所を奪うところだった。
大好きなシンちゃん。
大好きなシンちゃん。
日記だって恨み言なんて本の一部。
これは彼に送る恋文のようなものだ。
いつか、君がここを去るときに渡そうと思う。
幸せになって欲しいけど忘れないで欲しいなんてわがままかな。
ねぇ、シンちゃん。
「・・ん」
鏡の中の笑顔に満足してグンマは洗面台を離れる。
時々、こうして笑顔を確認する。
シンちゃんがいるときにもするけどいないときによくやる。
シンちゃんがいないとすぐに僕の笑顔は張り付いたものになるから。
「おはようシンちゃん」
「・・おう」
ちゃんとした笑顔で挨拶をしたのにシンちゃんは首をかしげながら挨拶を返した。
「どうしたの?」
「・・いや、気のせいだ、と思う」
「ふぅん」
「おはようグンマ」
今度はちゃんと笑顔で挨拶を返してくれた。やっぱりこの笑顔を見ないとね。
「うん!おはようシンちゃん」
うれしくて笑顔でもう一度挨拶するとシンちゃんは「やっぱり気のせいか」とつぶやいて朝食作りに戻ってしまった。
僕も不思議に思ったけどすぐにシンちゃんの髪に寝癖を見つけたのでそれ以上深く考えなかった。
その夜シンちゃんが僕の部屋を訪ねてきた。それは不思議なことじゃない。
だって僕らはそういう関係だから。さびしがりのシンちゃんを甘えさせたくて始まった関係。
それでも大好きだと何度も言った事はあるが愛してると言った事は一度もない。
愛と呼ぶにはあまりにも僕は彼に全てを許している気がする。
たとえ裏切られても、殺されても、一人置いていかれてもかまわないんだ。
たとえ何があっても、全てがシンちゃんの敵になっても。
自分の持つ全てで守りたいと思う。
この心を、なんと名づけるべきなのだろう。
名づけられないものなのかもしれない。
「突然来て、悪いな」
「ううん。うれしいよ」
「そか」
「・・どうしたの?シンちゃん」
「・・・いや、大丈夫か?」
「は?」
言っている意味が分からない。
目の前にいるシンちゃんは心配そうに僕を見ている。
「・・特に、何事もないけど。うん。大丈夫」
「そっか。ならいいんだ」
「じゃあ帰るの?」
「あー・・」
「かえるの?」
「・・・かえらない」
その言葉に口の両端をきゅう、と上げグンマは笑う。
その本当のグンマの笑顔に俺はやっとほっとする。
昔からそうだったがグンマの笑みは時折さみしい。
さみしいと言うのが正しくないなら、かなしい。
かなしいけれどいとしい、と思う。
そういう日はどうにも触れたいと思うし触れて欲しいと思う。
「シンちゃん」
髪が引っ張られたので抵抗せず引き寄せられる。
重なるぬくもりにまだ心の中に残っていた不安がほどける。
それを知っているのだろうか。それとも最初からそのつもりなのだろうか。
グンマの抱き方はひどく優しくて、俺を甘えさせてると思う。
ただ人のぬくもりが欲しいときはその意図を汲み取るようにただ寄り添って寝るだけのときもあった。
それでも怒らないし、むしろ両手を広げられている気がする。
それでもその両手は閉じきらない。
まるでいつでもここから出て行ってもいいのだというように。
「シンちゃん?」
快楽にうるむ目で必死にグンマの顔を見た。ここいれる間は、ここにいたいと思う。
いつかはここから出て行かなければならないのかもしれない。
俺は人ではないのかもしれないし、赤の番人の体は成長しないかもしれない。
グンマはマジックの実子で長男だ。総帥を継がなかったとはいえその意味合いは大きい。
いつかは伴侶を得て子を得て家族を作るのかもしれない。
それでも、きっと。
「もしも・・」
「うん」
「ここにいたいと俺が願えばお前はうなづくんだろうな」
「うん」
「即答かよ」
「うん。シンちゃんが望む限りは」
「望まなくなったら?」
「さぁ。今はわかんないや」
そう言ったグンマの笑顔があの笑顔で。
かなしくていとしくて、俺はうそつけ、と必死の泣き笑いを浮かべて言った。
きっと俺が戻ってくるかもしれない、とずっと待っているんだろう?
グンマはそれに何を返すでもなく困ったように微笑んだ。
そうして、お互いそんな笑顔のまま唇を重ねた。
シンタローが目を開けると先に目覚めたグンマが頬杖をついてこちらを見つめていた。
その優しいまなざしに居心地の悪さと照れくささを覚えながらシンタローは頬を染め体を起こす。
グンマもそれを追うように体を起こす。二人とも何も身に着けておらず外気にさらされた素肌が僅かに寒気を覚えた。
グンマはそれに気づいたのか昨夜自分がシンタローから脱がしたシャツを拾って微笑みながら手渡した。
「おはよう。シンちゃん」
シンタローは挨拶を返しながらそれを受け取り羽織った。
幾度も経験したことではあるがどうにもこの気遣いややさしさが照れくさくてしかたない。
「・・はよ。つか人の寝顔見てにやにやしてんなよ」
「うん。でもシンちゃんが安心して寝てる寝顔が好きなんだ」
あっさりしたグンマの答えにシンタローはますます顔を赤くする。
だがグンマの笑顔を見て突然手を伸ばして頬をつまむとのばした。
「・・・・・・・・ふぁに?(なに?)」
「・・・いや、気に喰わないなと」
「ふぁにが(なにが)」
「・・・・その笑顔」
そうつぶやいてシンタローはグンマの頬をひっぱった手を離した。
「それ、嫌いだ」
「・・・嫌い?」
「昔から、嫌いだ。ちゃんと、笑え」
それを聞いたグンマはくしゃり、と顔をくずしてそれはうれしそうに、でもちょっと困ったように笑った。
貴方に気兼ねなく自由に生きて欲しいと願って笑顔を作るというのにばれてうれしいなんて。
「シンちゃん、好きだよ」
「もうどうしようもないくらい、君が大好きだよ」
いつか貴方はいなくなってしまうかもしれないのに。
今にもあふれ出そうな涙をこらえて困ったような笑顔で繰り返す。
「すきだよ、だいすきだよ」
「すべてからさらいたいくらい」
「すき」
「だったら」
シンタローの言葉にグンマは泣きそうなのをこらえる。
「だったら、さらえ」
「――――――――――――」
強烈な許しの言葉にグンマは涙を流して笑った。
シンちゃんらしい、そう笑うグンマにシンタローは真っ赤な顔で枕を投げつけた。
「痛いよシンちゃん」
「うるせーばーか」
ああ、もう。
「心から、君がすきだよ」
FIN
笑顔を作るようになったのはいつのことだったか。
おそらく子供のときからだと思う。
それは、自然に覚えたことだ。
そうしなければならなかった。
優秀だけど秘石眼の使えない、総帥としては使えないお坊ちゃんでいなければならなかった。
いなければならないなどと、誰が決めたことではなく自分が決めたことだ。
大好きな大好きなシンちゃんのために。
そうしていて本当に良かったと思った。
まさかマジック叔父様の実子だったなんて。
危うくシンちゃんの場所を奪うところだった。
大好きなシンちゃん。
大好きなシンちゃん。
日記だって恨み言なんて本の一部。
これは彼に送る恋文のようなものだ。
いつか、君がここを去るときに渡そうと思う。
幸せになって欲しいけど忘れないで欲しいなんてわがままかな。
ねぇ、シンちゃん。
「・・ん」
鏡の中の笑顔に満足してグンマは洗面台を離れる。
時々、こうして笑顔を確認する。
シンちゃんがいるときにもするけどいないときによくやる。
シンちゃんがいないとすぐに僕の笑顔は張り付いたものになるから。
「おはようシンちゃん」
「・・おう」
ちゃんとした笑顔で挨拶をしたのにシンちゃんは首をかしげながら挨拶を返した。
「どうしたの?」
「・・いや、気のせいだ、と思う」
「ふぅん」
「おはようグンマ」
今度はちゃんと笑顔で挨拶を返してくれた。やっぱりこの笑顔を見ないとね。
「うん!おはようシンちゃん」
うれしくて笑顔でもう一度挨拶するとシンちゃんは「やっぱり気のせいか」とつぶやいて朝食作りに戻ってしまった。
僕も不思議に思ったけどすぐにシンちゃんの髪に寝癖を見つけたのでそれ以上深く考えなかった。
その夜シンちゃんが僕の部屋を訪ねてきた。それは不思議なことじゃない。
だって僕らはそういう関係だから。さびしがりのシンちゃんを甘えさせたくて始まった関係。
それでも大好きだと何度も言った事はあるが愛してると言った事は一度もない。
愛と呼ぶにはあまりにも僕は彼に全てを許している気がする。
たとえ裏切られても、殺されても、一人置いていかれてもかまわないんだ。
たとえ何があっても、全てがシンちゃんの敵になっても。
自分の持つ全てで守りたいと思う。
この心を、なんと名づけるべきなのだろう。
名づけられないものなのかもしれない。
「突然来て、悪いな」
「ううん。うれしいよ」
「そか」
「・・どうしたの?シンちゃん」
「・・・いや、大丈夫か?」
「は?」
言っている意味が分からない。
目の前にいるシンちゃんは心配そうに僕を見ている。
「・・特に、何事もないけど。うん。大丈夫」
「そっか。ならいいんだ」
「じゃあ帰るの?」
「あー・・」
「かえるの?」
「・・・かえらない」
その言葉に口の両端をきゅう、と上げグンマは笑う。
その本当のグンマの笑顔に俺はやっとほっとする。
昔からそうだったがグンマの笑みは時折さみしい。
さみしいと言うのが正しくないなら、かなしい。
かなしいけれどいとしい、と思う。
そういう日はどうにも触れたいと思うし触れて欲しいと思う。
「シンちゃん」
髪が引っ張られたので抵抗せず引き寄せられる。
重なるぬくもりにまだ心の中に残っていた不安がほどける。
それを知っているのだろうか。それとも最初からそのつもりなのだろうか。
グンマの抱き方はひどく優しくて、俺を甘えさせてると思う。
ただ人のぬくもりが欲しいときはその意図を汲み取るようにただ寄り添って寝るだけのときもあった。
それでも怒らないし、むしろ両手を広げられている気がする。
それでもその両手は閉じきらない。
まるでいつでもここから出て行ってもいいのだというように。
「シンちゃん?」
快楽にうるむ目で必死にグンマの顔を見た。ここいれる間は、ここにいたいと思う。
いつかはここから出て行かなければならないのかもしれない。
俺は人ではないのかもしれないし、赤の番人の体は成長しないかもしれない。
グンマはマジックの実子で長男だ。総帥を継がなかったとはいえその意味合いは大きい。
いつかは伴侶を得て子を得て家族を作るのかもしれない。
それでも、きっと。
「もしも・・」
「うん」
「ここにいたいと俺が願えばお前はうなづくんだろうな」
「うん」
「即答かよ」
「うん。シンちゃんが望む限りは」
「望まなくなったら?」
「さぁ。今はわかんないや」
そう言ったグンマの笑顔があの笑顔で。
かなしくていとしくて、俺はうそつけ、と必死の泣き笑いを浮かべて言った。
きっと俺が戻ってくるかもしれない、とずっと待っているんだろう?
グンマはそれに何を返すでもなく困ったように微笑んだ。
そうして、お互いそんな笑顔のまま唇を重ねた。
シンタローが目を開けると先に目覚めたグンマが頬杖をついてこちらを見つめていた。
その優しいまなざしに居心地の悪さと照れくささを覚えながらシンタローは頬を染め体を起こす。
グンマもそれを追うように体を起こす。二人とも何も身に着けておらず外気にさらされた素肌が僅かに寒気を覚えた。
グンマはそれに気づいたのか昨夜自分がシンタローから脱がしたシャツを拾って微笑みながら手渡した。
「おはよう。シンちゃん」
シンタローは挨拶を返しながらそれを受け取り羽織った。
幾度も経験したことではあるがどうにもこの気遣いややさしさが照れくさくてしかたない。
「・・はよ。つか人の寝顔見てにやにやしてんなよ」
「うん。でもシンちゃんが安心して寝てる寝顔が好きなんだ」
あっさりしたグンマの答えにシンタローはますます顔を赤くする。
だがグンマの笑顔を見て突然手を伸ばして頬をつまむとのばした。
「・・・・・・・・ふぁに?(なに?)」
「・・・いや、気に喰わないなと」
「ふぁにが(なにが)」
「・・・・その笑顔」
そうつぶやいてシンタローはグンマの頬をひっぱった手を離した。
「それ、嫌いだ」
「・・・嫌い?」
「昔から、嫌いだ。ちゃんと、笑え」
それを聞いたグンマはくしゃり、と顔をくずしてそれはうれしそうに、でもちょっと困ったように笑った。
貴方に気兼ねなく自由に生きて欲しいと願って笑顔を作るというのにばれてうれしいなんて。
「シンちゃん、好きだよ」
「もうどうしようもないくらい、君が大好きだよ」
いつか貴方はいなくなってしまうかもしれないのに。
今にもあふれ出そうな涙をこらえて困ったような笑顔で繰り返す。
「すきだよ、だいすきだよ」
「すべてからさらいたいくらい」
「すき」
「だったら」
シンタローの言葉にグンマは泣きそうなのをこらえる。
「だったら、さらえ」
「――――――――――――」
強烈な許しの言葉にグンマは涙を流して笑った。
シンちゃんらしい、そう笑うグンマにシンタローは真っ赤な顔で枕を投げつけた。
「痛いよシンちゃん」
「うるせーばーか」
ああ、もう。
「心から、君がすきだよ」
FIN