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sgs

 一緒に食事をしようと、その日誘ったのはシンタローの方だった。逆にグンマの方から誘うことならば今までにもよくあったけれど、シンタローの方から声を掛けることは珍しい。
「でも僕今日は食堂に行くつもりだったから、お弁当持ってないんだよ」
 外で食べるのが良いと言うシンタローの提案に、グンマは困ったような表情を浮かべる。それには、おまえの分もあるぞ、と一つの包みを差し出された。
 こうしてまで一緒に食事をしたいと言うのだから、食事をすること自体ではなく他に何か目的があるのだろう。場所も食堂ではなく人の少ない外を選ぶぐらいだから、あまり他人に聞かれたくない話をしたいのかもしれない。
 グンマは、深く考えることをしなかった。シンタローからの誘いを断る理由なんて、自分には一つもないのだから。


 今日は朝から晴れているから、日当たりの良いこの場所は室内よりも暖かい。居心地の良さにグンマは大きく伸びをする。それからシンタローに渡された昼食の包みを解いて箱を開けた。
「いただきまーす!」
 言うのと、ほぼ同時に箸を動かし始める。中身を見た途端にグンマの表情が一層明るくなったのは誰の目にも明らかだった。理由は、箱に詰められていたものの殆どが彼の好物だったから。とても単純ではあるけれど、シンタローが自分の好物を覚えていてくれたこと、そしてわざわざそれらを用意してくれたことは、箱を開けたときに目に入った事実よりも更に大きな要因だ。
 手を休めることなく箸を動かすグンマの様子を眺めながら、シンタローも食事を進める。弁当箱の中身が半分ほど減ってから漸く視線に気付いたグンマは、顔を上げて不思議そうに首を傾げた。どうしたの、と尋ねると、シンタローは困ったような顔をする。そして少し考えるような間を置いてから、意を決したように口を開いた。
「グンマは、よかったのか?」
 言葉を探すような間があった割には、それは随分と簡潔な問いだった。グンマはすぐには意味が分からず、数度瞬きを繰り返す。それから急に思い付いて、ああ、と声を上げた。
「それ、キンちゃんにも聞かれた」
 問われた内容を確かめることはせずに会話を続ける。考えてみれば、今シンタローを悩ませていると思われる原因なんて一つしかない。
 彼は数日前に、総帥の座を継ぐことを決めた。
 まだ正式には発表されていないけれど、自分はその場にいたから知っている。自分以外にも一族の人間が殆ど同席していたけれど、誰も異論を唱えることはしなかった。
 それでもグンマはシンタローが気にしていることに気付いていた。
 あの島で明らかになった事実。
 マジックの本当の跡継ぎは、シンタローではなくグンマだった。
 しかしグンマは自分が次期総帥に選ばれなかったことに何の不満も感じてはいない。総帥になるのは絶対にシンタローの方が向いていると思っていた。マジックや一族の他の人間がシンタローと自分をどう比較して決めたのかは知らないけれど、彼らが導き出した答えには何の間違いもない。
 自分は、総帥になりたいなんて少しも思っていなかったのだから。
「キンちゃんはね、僕もキンちゃんと同じだよって言ったら、すぐ納得してくれたよ」
 今と同じ質問をキンタローからされたときに、グンマが返した答え。それだけではシンタローには意味が分からなかった。
 不思議そうな顔をされて、グンマはいつも通りに笑う。
「僕達にとってはね、偉い人になるよりもシンちゃんの力になる方がずっと意味のあることなんだ」
 今言ったようにキンタローも自分と同じだから、僕達、と括って告げた。
 昔からずっとそう思っていた。シンタローにマジックの跡を継ぐ気が全くなかった頃から、それを分かっていても、シンタローが総帥になればいいのに、と考えてばかりだった。
 自分は彼の部下として、彼の力になるために働ける。それはとても幸せなことだ。
 グンマの、夢だった。
 だからそれが叶うと決まったとき、本当に嬉しかった。シンタローは自分に対して悪いと思っているようだけれど、そんな風に感じる必要はどこにもないのだと分かって欲しい。
「シンちゃんが総帥になる日が楽しみだね」
 それは同時に、グンマの夢が叶う日だ。
 本心から告げられた言葉だと分かったから、シンタローも漸く笑った。
「がんばらねーとな」
「うん、一緒に頑張ろう」
 疲れたら、いつでも寄り掛かってくれて構わない。


 君を支えるために、僕はここにいる。

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 昼過ぎから山積みの書類の処理に追われているシンタローは、目の前から向けられる視線に苛立ったように顔を上げた。先刻からずっと気になってはいたのだが、そのうちいなくなるだろうと何も言わずにいたのだ。しかし視線の主は一向に立ち去る気配を見せず、シンタローの気は散るばかりだった。
「さっきから何やってんだ」
 態々椅子を持ち出してきてまで向かいに陣取った彼は、机に頬杖をついたまま微動だにせずにずっとこちらを見つめている。シンタローの言葉にも、表情を変えないまま当然のように答えた。
「シンタローを見ているんだが」
「そんなことは分かってんだよ」
 何しろこちらはずっとその視線を感じているのだ。見られていることに気付かないわけがない。自分が聞きたいのはそういうことではないのだと思い、シンタローの機嫌は益々悪くなる。
 昼食を終えたシンタローが部屋に戻ってきた少し後、同じく昼食を終えたキンタローがこの部屋に姿を現した。何か用かと尋ねても何でもないと答えた彼は、不審そうな顔をするシンタローの視線の先で部屋の隅に片付けられていた椅子を持ち出してくる。そしてそれを机の前に置くと、今までの間ずっとそこに座ってシンタローが仕事をする様子を眺めていたのだ。
 大量の書類だけでも充分に機嫌は悪くなっていたのに、目の前に暇そうに座っている他人がいては余計に腹が立つ。シンタローはとうとう堪え切れなくなって、横に積まれている書類を半分ほど掴んでキンタローの前に置いた。
「暇なら手伝え」
 けれどキンタローは少しの間も置かず、その書類を元あった場所へと戻す。
「これはオマエの仕事だろう」
 言っていることは尤もだ。しかし目の前でそれを見ていて何もしないというのはやはり気に入らない。しかも見られているせいで気が散って能率は下がる一方だ。
「邪魔しに来てんのかよ、オメーは」
「俺はオマエを見ているだけだ。仕事の邪魔をした覚えは無いぞ」
「気が散るんだよ!」
「……そうか」
 怒鳴られたキンタローは少しだけ考えるような様子を見せてから、立ち上がって椅子を動かす。漸く立ち去ってくれるのかとシンタローは安心したが、彼はその位置を少しずらしただけで再び座って視線を向けてきた。
「この辺なら気にならないか?」
「そういう問題じゃねえッ!」
 結局場所を少し変えただけで同じことを続けようとするキンタローに、シンタローは更に声を大きくして怒鳴る。それでもやはりキンタローは少しも動じなかった。
 しかし一体何のためにそうまでしてずっと自分のことを見ているのだろうか。別にきちんと仕事をしているか監視しているというわけでもなさそうだ。尋ねてみてもし納得できる理由があるのならここにいることを許してやろうと、シンタローは疑問を口にしようとする。
 が、それよりも早くキンタローが口を開いた。
「24年間、俺はオマエと同じ世界を見ていた」
「……キンタロー?」
 突然言われたことの意味が理解できず、シンタローはそれまで考えていたことも忘れて不思議そうな顔をする。キンタローは真意を説明することはせずに、更に言葉を続けた。
「だけどオマエを見ることが出来なかったんだ」
 そこで漸く、シンタローはキンタローが言いたいことを推測することが出来た。多分彼は、自分が口にしようとしていた疑問の答えを告げようとしているのだろう。
 今まで見ることが出来なかった分、今見ているのだと。
 それが分かっても、ずっと見ていたいと思われることに対してまだ疑問は残ったけれど。何故か腹を立てる気だけはすっかり失せてしまった。
「不思議だな、シンタロー」
 そう言ってキンタローは小さく笑う。
「同じ身体にいた24年間よりも、今の方がずっとオマエに近い気がする」
 そして手を伸ばし、向かいにいるシンタローの頬に触れた。
「見ることも、こうして触ることも出来る」
 シンタローは僅かに戸惑った表情を浮かべたが、その手を払い除けることはしなかった。触れられて、何となくだけれど彼の想いが分かったような気がする。
 キンタローは指先に触れるシンタローの体温に笑みを深めた。
「幸せだな」
 本当に幸せそうな顔をするから、くだらないとは思えなかった。彼のことだから何の計算もない本音なのだろうけれど、それが余計に恥ずかしい。
「……オメーはどこでそういう恥ずかしい物言いを覚えてくるんだよ……」
 シンタローは少しだけ視線を逸らして、戸惑いを隠すようにそう呟いた。あとはもう、キンタローを追い返すことは諦めて仕事に専念することにする。
 結局その日キンタローは、シンタローが全ての書類を片付け終えるまでそこから動こうとしなかった。

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 仕事部屋の窓から外を眺めていたシンタローは、ドアがノックされる音を聞いて振り向いた。返事をするよりも早くキンタローが姿を現す。先刻外の様子を見て来ると言って出ていったところだったから予想通りのことだったし、返事を待たなかったことも今更咎める気は少しも無い。
 どうだった、と短く尋ねると、キンタローが溜息混じりに口を開く。
「やはりこの雨では艦は出せそうにないぞ」
 答えにシンタローは顔を顰めて、再び窓の外へと視線を移した。部屋の奥まで入ってきたキンタローも同じように外を見る。
 外は景色が霞むほどの大雨。前方確認すら危ういこの状況で飛空艦を動かすのはどう考えても危険だろう。
「今日出れねーと予定が狂うんだよなぁ」
 うんざりとした様子でシンタローが呟くが、それで雨が止むわけでもない。天気ばかりは予定通りになってくれないし、思う通りに変えることも出来ないのだ。
 今回の仕事はそう長く掛かる予定ではないが、出発が遅れればそれだけ帰って来るのも遅れることに変わりはない。そしてそれは後に控えている次の仕事にも影響を及ぼすだろう。
 シンタローは自分の予定が狂うことを何よりも嫌っている。目に見えて機嫌が悪くなっていくその表情に、キンタローは八つ当りされては堪らないと一旦部屋を出ようとした。
 けれどそれよりも早く、不意にシンタローが小さく声を上げる。
「良いこと思い付いたぜ、キンタロー」
 同時に不機嫌そうな表情は消えてしまった。打って変わって軽い足取りで部屋を出ようとするシンタローに、キンタローは不審そうな顔をして声を掛ける。
「どこに行くんだ?」
 シンタローが振り向いて、口の端を持ち上げて笑った。
「放送室」
 つまり誰かを呼び出すのだろう。今の状況を何とかすることが出来る人を。
 天気に対して何かが出来るような人は、キンタローにも一人しか思い浮かばなかった。


 外に出たシンタローは、あっという間に晴れた空を見上げて感心したような声を上げる。つい先刻までの大雨が嘘のような快晴だ。これならば何の問題も無く飛空艦を出すことが出来るだろう。
 しかしすぐ側ではトットリが制服姿には不釣合いな下駄を片手に持ち、シンタローとは反対に不機嫌そうな顔をしていた。
「困るがな、こげなことで呼び出されちゃ。大体僕の必殺技を何だと思ってるんだらぁか?」
「便利な技じゃねーか」
 放送でトットリを呼び出したシンタローは、彼の技である天変地異ゲタ占いの術で今の天気を雨から晴れに変えさせたのだ。しかし本来戦闘のためにある技をこんなことに使われるのは、トットリにとってはかなり気に入らないことらしい。
 多分シンタローが放送室に向かった時点でキンタローにはこのことが予想できただろうから、今は既に彼の指示で出発の準備が進められているはずだ。出発時刻の遅れもそんなに大幅なものにはならなくて済みそうだし、これで後の予定に支障が出ることも無い。
 そのことに満足しているシンタローは、文句を言われても悪びれた様子すら見せなかった。それが益々トットリの機嫌を悪くさせる。
 けれどもう一度天気を雨に戻してやろうかとさえ考えたところで、不意にシンタローがその肩を軽く叩いた。
「そんな顔すんなって。今度好きなモン奢ってやるからよ」
 相変わらず悪いとは思っていない顔だったが、それなりに感謝はしているらしい。それが分かってトットリの機嫌は少しだけ良くなった。
 けれどそれを悟られないように、なるべく表情を変えないようにして口を開く。
「別に。そんなのいらないっちゃよ」
 ここまで不満そうにしているのだから何か高価な礼を要求されるものだろうと思っていたシンタローは、その言葉に意外そうな表情を浮かべた。そして自分へと向き直ったトットリの意図が分からず不思議そうにしていると、突然軍服の襟を掴まれ引っ張られる。
 次の瞬間、何の反応をする間もなく唇が重なった。すぐには事態を理解することも出来ず、シンタローは呆然としたまま今の状況を受け入れる。混乱が先に立って突き放すことも出来ない。
 ほんの一瞬のようにも随分長かったようにも感じられた突然の行為の後、気が付くと離れたトットリが目の前で笑っていた。
「これでチャラだっちゃ」
 その満足げな表情を見て、シンタローは漸く今までの事態を理解する。その途端、急に体温が上がったように感じられた。
「トットリ……っ!」
 拳を握り締めて振り下ろすが、普段ならば外すことのないそれも動揺のために空を切る。後ろに避けたトットリは、そんなシンタローの様子にまた笑っていた。
「じゃあまたいつでも呼んでくれて構わないっちゃよ、シンタロー総帥」
「二度と呼ぶかッ!」
 言い残して逃げるように去っていくトットリに、シンタローは追い掛けることはせずその場で怒鳴る。
「シンタロー、艦の用意が……」
「今行くよッ!」
 出発の準備を整えて呼びに来たキンタローは、晴れて良くなっているものだとばかり思っていたシンタローの機嫌が先刻よりも悪くなっていることに不思議そうな顔をした。

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 気温が二十五度を超えるとアイスクリームが、三十度を超えるとかき氷が売れるものらしい。統計的なものなのかもしれないが、確かに茹だるように暑い日はかき氷が食べたくなるものだ。


「あー、氷が食いてぇのぉ」
 士官学校の寮部屋で何度目とも知れないつぶやきにシンタローはうんざりしたように言う。
「食いたきゃ食えよ」
 シンタローとしては寮の相部屋で制服の前をだらしなく開けてだらけていられる方が鬱陶しいらしい。
 ガンマ団では総帥の息子であろうとも一年目の寮部屋は相部屋と決まっている。二年目以降は学生の半数以上が脱落していくために必然的に個室になる。そしてコージの同室がシンタローだった。
 総帥の息子というだけでやっかみの対象になってしまうシンタローについて、お節介な連中がコージにいろいろ吹き込んでいたが、そういった雑音は全て忘れてしまった。初めのうちはやりにくそうにしていたシンタローも今ではすっかり慣れてしまって、それなりに良好な関係を築いている。
 週に一度きりの休日をうだうだとして、二言目には氷が食べたいとつぶやいていると、ついにシンタローが立ち上がった。
「わかったよ。持って来てやるからもう言うな!」
 そう言ってシンタローは部屋を出て行った。
「そんなつもりじゃなかったんじゃがなぁ」
 ぽりぽりと頭を掻いてつぶやいたがシンタローの姿はすでになく、呼び止めるのも違うような気がしたのでじっとドアを見つめていた。
「それにしても寮に氷掻きなんぞあったかいのぉ?」
 不思議に思っていると存外早くシンタローが戻ってきた。
「ほら、食えよ!」
 ドン、とテーブルに置かれたのは丸いアイスクーラー。さすがのコージも思わず目が点になる。
「これは?」
「氷が食いたいんだろ。持ってきたやったんだから食えよ」
 アイスクーラーの中にはキューブ型の氷がいっぱいに入っていた。

 確かに氷が食べたいとは言ったが、これは…。

「わっはっはっはっはっはっは!」
「な、なんだよ! なにがおかしい!」
「シンタローは素直じゃのぉ」
「はぁ?」
「わしが食いたいのはかき氷じゃ!」
「……なんだそれ?」
「なんじゃ、知らんのか?」
「し、知らねぇわけねぇだろう!!」
 幼い顔を真っ赤にして、ムキになって反論する。
「そんな見栄をはらんでええ。知らんことは恥ずかしいことじゃないけん。知ればいいだけの話じゃ」
「……腹抱えて笑ってくれたヤツのセリフじゃねぇな」
「まぁ、そう言うな」
 言いながらシンタローが持ってきた氷を一つつまんで口に放りこみ、ガリガリと噛み砕いた。
 とは言うものの、寮の近くにかき氷を売っているような店があっただろうか。あちこちの店を思い浮かべるが、どの店にも売っていた記憶はない。
「そうじゃ」
 一つ手を打って思い出した。
「そういえば今日、近くで祭りがあったのぉ。祭りといえば氷じゃ」
「そうなのか?」
「そうじゃとも。そうと決まれば支度をせんとな」


 そうして二人して浴衣に着替えた。
 もちろんシンタローは浴衣など持ち合わせていないのでコージが着れなくなった藍染の浴衣をシンタローに着せた。
 はじめシンタローはコージが浴衣を着るのを見て、見よう見まねで着てみたが、どうにもすぐに崩れてしまう。何度も着なおしていたのだが、とうとう降参して結局コージに着せてもらうことになった。ここで笑うとシンタローの機嫌を損ねてしまうので、必死で堪えたが口の端がどうやら笑っていたらしい。着付けてもらっている間中、シンタローは憮然としていた。
 着せてみると身丈はごまかしがきいたのだが袖がどうにも長すぎる。だが今さら袖を外して付け直すのも面倒だったので肩まで袖を捲くってやると、シンタローはその気崩し方が気に入ったのか、とたんにご満悦になった。

 まったく、日本人でもないクセにこういう着崩しが似合うのじゃから不思議なもんじゃ。

 そう言うとシンタローはさらに機嫌をよくしていた。



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 そのときシンタロー(七歳)は非常に困っていた。
 今、彼がいるところは狭くて薄暗い通路。幅は大人が何とかすれ違える程度しかなく、床はリノリウム張りで壁にはよくわからない配管が走っている。窓はなく、まだ昼間だというのに天井では剥き出しの蛍光灯が広い間隔で通路を照らしているが、どうやら切れかかっているものもあるらしく、時々不規則に瞬いている。
 シンタローは知らなかったが、そこはビルメンテナンス用の通路だった。
 シンタローは自分が今来た道と先に続く道を何度も見比べてから、意を決して先に進むべく駆け出した。
 突き当りを右に曲がり、さらにその先を右へ曲がると十字路に行き当たり―――。とうとう途方にくれた。
「やっぱりダメだ…」

 事の起こりは小一時時間ほど前。グンマと始めたかくれんぼが原因だった。ふだんは最上階のVIP居住区以外に出入りすることなどないのだが、よりよい隠れ場所を探しているうちに、自分がどこにいるのかわからなくなってしまっていた。早い話が自分の家の中で迷子になってしまったのだ。
 シンタローは壁にもたれかかると足を投げ出して座り込んだ。
 そのうち出口か、もしくは誰か大人に見つけられると思って歩いていたのだが、出口も大人も見つからない。右も左もわからない。もう歩き疲れたし、喉も乾いた。
 ふっと、シンタローは自分を探しているグンマの事を思い浮かべた。
 もしかすると見つからなくて泣いているかもしれない。大泣きに泣いているところを誰かが見つけて、泣きながらシンタローがいなくなったことを訴えるかも。そうしたらきっとマジックが大騒ぎするだろう。なんとしてでも探し出してくれるに違いない。
 そう。きっと見つけ出してくれる。でも、それはいつのことだろう。まさかこんな所にいるなんて、彼らは思っていないはずだから。
 シンタローが心細さに膝を抱いた時、遠くの方でかすかに物音がした気がした。少しずつ、音が近付いてくるとそれがはっきりと足音だとわかる。。
『誰か探しにきてくれた!』
 シンタローは喜んで立ち上がりかけたが、すぐに何かがおかしいことに気付いた。
 そう、足音がひとつしかしないことだ。
 シンタローを探しにきたのなら声をかけながら歩くだろうし、この通路自体がもっと賑やかになっていいはずだ。それなのに足音はただ一つでしかもひどくゆっくりと近づいてくるのだ。
 何かがおかしい、と思ったときにはシンタローの頭の中にはあらゆる想像が錯綜していた。
 そう言えば昨夜テレビで見た映画では誰かが持ち込んだ地球外生命体が基地を徘徊し、人間を食べ尽くす内容だった。始めは犬くらいの大きさで俊敏に犠牲者に襲いかかり、骨ごとゴリゴリ人間を食らう。映画では大人を襲って手足を食べ残していたが、シンタローは子供なのできっと食べつくされてしまうに違いない。
 いやいや、もしかしたらこの通路に住み着いた狂人がいるのかもしれない。狂人は血に飢えていて、やけに手入れのいいピカピカのナイフを誰かの体に突き立てたくてたまらないのだ。きっとその異常な嗅覚で久々の獲物が迷い込んだことを察知したに違いない。
 それとも―――――
 次々と思い浮かぶB級映画な想像に震えながらシンタローは逃げ出すことを忘れていた。
 気がつくと足音がすぐそこまで聞こえていた。曲がり角の向うに蛍光灯に照らされた薄い影が見える。
 何かの影はその歩みに合わせてゆらりゆらりと揺れながらゆっくりと近付いてくる。
 シンタローは壁に背中を押し付けながら立ち上がった。
 戦って勝てるだろうか。シンタローはそう思ったが武器はなく、細い腕には力などあろうはずもない。
 だが、戦わなくては。もし、自分が哀れな屍をさらしたとしても、果敢に戦ったとわかれば、マジックはそれを褒めてくれるかもしれない。「さすが私の子だ」と言ってくれるかもしれない。
 小さな拳を握りしめ、じりじりと影ににじり寄る。
 あと数歩もすれば影の主が姿をあらわす。そうしたらその瞬間に不意打ちで飛びかかればいい。相手もまさか反撃してくるとは夢にも思っていないに違いない。
 耳を澄まして歩数を数える。
 一歩。二歩。相手の靴の爪先がほんのわずかに見えた。今だ!
 シンタローが飛びかかったその瞬間!!
「おや、シンタローさ…ほごぉ!」
「ド、ドクター!?」
 シンタローの小さな右の拳が高松の顎に見事に決まっていた。



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