気温が二十五度を超えるとアイスクリームが、三十度を超えるとかき氷が売れるものらしい。統計的なものなのかもしれないが、確かに茹だるように暑い日はかき氷が食べたくなるものだ。
「あー、氷が食いてぇのぉ」
士官学校の寮部屋で何度目とも知れないつぶやきにシンタローはうんざりしたように言う。
「食いたきゃ食えよ」
シンタローとしては寮の相部屋で制服の前をだらしなく開けてだらけていられる方が鬱陶しいらしい。
ガンマ団では総帥の息子であろうとも一年目の寮部屋は相部屋と決まっている。二年目以降は学生の半数以上が脱落していくために必然的に個室になる。そしてコージの同室がシンタローだった。
総帥の息子というだけでやっかみの対象になってしまうシンタローについて、お節介な連中がコージにいろいろ吹き込んでいたが、そういった雑音は全て忘れてしまった。初めのうちはやりにくそうにしていたシンタローも今ではすっかり慣れてしまって、それなりに良好な関係を築いている。
週に一度きりの休日をうだうだとして、二言目には氷が食べたいとつぶやいていると、ついにシンタローが立ち上がった。
「わかったよ。持って来てやるからもう言うな!」
そう言ってシンタローは部屋を出て行った。
「そんなつもりじゃなかったんじゃがなぁ」
ぽりぽりと頭を掻いてつぶやいたがシンタローの姿はすでになく、呼び止めるのも違うような気がしたのでじっとドアを見つめていた。
「それにしても寮に氷掻きなんぞあったかいのぉ?」
不思議に思っていると存外早くシンタローが戻ってきた。
「ほら、食えよ!」
ドン、とテーブルに置かれたのは丸いアイスクーラー。さすがのコージも思わず目が点になる。
「これは?」
「氷が食いたいんだろ。持ってきたやったんだから食えよ」
アイスクーラーの中にはキューブ型の氷がいっぱいに入っていた。
確かに氷が食べたいとは言ったが、これは…。
「わっはっはっはっはっはっは!」
「な、なんだよ! なにがおかしい!」
「シンタローは素直じゃのぉ」
「はぁ?」
「わしが食いたいのはかき氷じゃ!」
「……なんだそれ?」
「なんじゃ、知らんのか?」
「し、知らねぇわけねぇだろう!!」
幼い顔を真っ赤にして、ムキになって反論する。
「そんな見栄をはらんでええ。知らんことは恥ずかしいことじゃないけん。知ればいいだけの話じゃ」
「……腹抱えて笑ってくれたヤツのセリフじゃねぇな」
「まぁ、そう言うな」
言いながらシンタローが持ってきた氷を一つつまんで口に放りこみ、ガリガリと噛み砕いた。
とは言うものの、寮の近くにかき氷を売っているような店があっただろうか。あちこちの店を思い浮かべるが、どの店にも売っていた記憶はない。
「そうじゃ」
一つ手を打って思い出した。
「そういえば今日、近くで祭りがあったのぉ。祭りといえば氷じゃ」
「そうなのか?」
「そうじゃとも。そうと決まれば支度をせんとな」
そうして二人して浴衣に着替えた。
もちろんシンタローは浴衣など持ち合わせていないのでコージが着れなくなった藍染の浴衣をシンタローに着せた。
はじめシンタローはコージが浴衣を着るのを見て、見よう見まねで着てみたが、どうにもすぐに崩れてしまう。何度も着なおしていたのだが、とうとう降参して結局コージに着せてもらうことになった。ここで笑うとシンタローの機嫌を損ねてしまうので、必死で堪えたが口の端がどうやら笑っていたらしい。着付けてもらっている間中、シンタローは憮然としていた。
着せてみると身丈はごまかしがきいたのだが袖がどうにも長すぎる。だが今さら袖を外して付け直すのも面倒だったので肩まで袖を捲くってやると、シンタローはその気崩し方が気に入ったのか、とたんにご満悦になった。
まったく、日本人でもないクセにこういう着崩しが似合うのじゃから不思議なもんじゃ。
そう言うとシンタローはさらに機嫌をよくしていた。
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