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「いないねぇ」
「うーん」

疲れたような声を上げるグンマと連れだって歩きながら、シンタローは首を捻った。
探し人が一向に見つからないのである。
既に殆どの心当たりの場所は当たったのだが、どこにもいない。
ひょっとしたら外出でもしているのだろうか。

「まだ本部には滞在してる筈なんだけどなぁ」

ただ、本部のスケジュール記録があまりあてにはならないのも確かなので、シンタローの声もやや覚束ない。
気紛れな性質の彼の人は、組織に縛られることをあまり好まず、思い立ったら何処なりとふらりと姿を消してしまう。

困ったように考え込むシンタローの背後で、クスリと笑う声がした。

「そろそろ鬼は見つかったかい?二人とも」

慌てて振り返ると、今まで探していた当の相手が悪戯っぽく笑っていた。
シンタローが思わず声を上げる。

「叔父さん!」
「…と、ジャンさん」

一拍遅れて、グンマが付け加えた。

「……どうせ、ついでだよ」

黄昏れる声を綺麗さっぱり無視して、シンタローは嬉しそうに叔父の元へと駆け寄った。

「びっくりした!探してたんだ、叔父さん」

「おや、そうなのかい?ところで」

何食わぬ顔で、美貌の叔父は企むような楽しげな笑みを浮かべた。
こういう時の叔父の笑顔は、文句なしに美しいが何かある。
経験則から思わず身構えた所に

「結婚するんだってね?おめでとう」

真正面から思わぬ直球を食らって、二人揃って目を丸くする。
子供たちの期待通りの反応に、叔父は満足そうに微笑んだ。

 

 

 

 

           『 Engagement 』  
                              .
        ―― 第三話。 幸福のススメ。編 ――



 

 

 

巨大な研究棟の最上階、南向きの日当たりの良いフロアが、グンマに与えられたラボである。
フロア内は彼の研究内容にあわせて、四方に特殊な壁を巡らせた実験室や、精密機械を置いてある計測室、資料部屋、在庫置き場、レポートを書いたり設計図を組み立てたりと一日の多くを過ごす作業室などが詰め込まれている。
その中に応接室と休憩室を兼ねた一室があり、ここではそのスペースが不要なほど広い間取りで取ってあった。他の研究者のラボと比べても、桁外れに広い。せめて休憩の時くらいはゆっくりしたい、という責任者たるグンマの意向によるものだった。
室内は天井を高く取り、壁の一面全面に窓を設けて外の光を一杯に取り入れるようになっている。理系の研究職というのは何かと外光を締め出した生活が中心になりがちなので、という理由である。無粋なパーティションの代わりに背の高い観葉植物を置き、ゆったりとした曲線のソファが点在し、更に紅茶の品揃えは店でも開けそうなほど豊富に揃い、甘いものは常に抜かりなく常備されている。何げにへたな喫茶店よりくつろげるスペースとして、ある意味、団内の隠れた穴場スポットでもあった。
一行は、とりあえず場所を移して、そこに落ち着くことにした。
テーブルに紅茶とクッキーが並べられ簡単にお茶の支度が整うと、待ちかねていたようにシンタローがうずうずと口を開いた。

「それで叔父さん、俺らの話、誰から訊いたの?」
「ホント。僕ら、これから報告に行こうと思ってたのに」

早速クッキーを頬張りながら、グンマも頷く。

「今朝方、ジャンがキンタローから聞いたのを又聞きしてね」

優雅にティーカップを口元に運ぶ叔父の言葉に、隣のシンタローとうり二つの容貌に白衣を羽織った青年が肩を竦めた。最も、かつて親友と過ごした時の姿を好んで用いているだけで、本当はシンタローよりもまだ若い女性の姿の持ち主である。

「ふーん…」

シンタローが心なし冷たい目をそちらへ向けた。
別に睨む必要などないのだが、一種の条件反射のようなものだ。
それも一瞬のことで、すぐに視線を返し、でも、と笑顔に戻る。

「動じないね、叔父さん」
「いや、驚いたよ。お前たちが結婚なんてね…。まだまだ子供だと思っていたのにな」

最も親戚らしい叔父の言葉に、しかしシンタローが不満げに唇を尖らせた。

「だから、俺もう24だよ」
「僕もだよ~」

隣でグンマも目一杯手を挙げて主張する。

「いくつでも変わらないよ」

サービスが目を細めた。
その光景こそが子供の時から変わらないとは、あえて言わない。
最年長の元赤の番人もにやりと笑い、口元をこっそり手で隠す。
素知らぬ振りでサービスは姪に向けて微笑み、そうして次の瞬間、爆弾を投下した。

「もしかしたら、ずっと男の振りで通すのかと思っていたから、花嫁姿が見れると思うと嬉しいよ、…ねぇ?」

本日最大の不意打ちにシンタローが思い切りお茶に噎せた。
ある種、姑から嫁への「孫の顔はまだかしら?」発言にも似た精神攻撃であった。

最後にちらりと視線を振られた親友も、

「…あ、う、うん。それもめでたいよな。まぁ、お幸せにナ、お二人さん」

変な汗を流しつつぎくしゃくと頷く。

ひとり分かっていないグンマが首を傾げた。

「そーいえば、叔父様はジャンさん…モガッ」

前方と横合いから伸びたふたつの手が、グンマの口を同時に塞いだ。

「な、何か言いかけたかなー?気のせいだよな~?」
「ああ、何も言ってない。断じて言ってないよな!?グンマ!」

最近、たまに親友がちょっぴり怖いジャンと、美貌の叔父が所帯を持つなど考えたくもないシンタローである。流石は同じ身体、ぴったり息が合ってる。
その横で、甥の一瞬の失言をスルーした叔父が、更に笑顔で畳み掛けた。

「式を挙げるなら、それまでは留まっているよ」

まだ、そこから離れないか。

シンタローはちょっとばかり怯んだ。
にっこりと微笑む叔父は確かに麗しいが、どうやら思考が常よりもやや暴走気味だ。よほど可愛い姪の花嫁姿が見たいらしい。

「あー…あははは…」
「僕も見たいなー、シンちゃんのウェディングドレスv」

嬉しそうなグンマだけが呑気に、にこにこ笑う。

マイペースな従兄弟が場を読まないのはいつものことだが、頼むから今はこの叔父を煽らないで欲しい。
シンタローは切に祈った。
一種、崇拝していると言っても過言ではない、美しい叔父にだけは壊れて欲しくない。

「あ、白無垢でも良いよ、シンちゃん着物似合うもん」
「黙ってろ」

色々切羽詰まった本気の目で睨み付けて、今度こそ強引に従兄弟の口を塞ぐ。

「叔父さん、それより先に色々やらなきゃいけないことがあるから…」

言い訳するように口にしながら、シンタローは顔を顰め、躊躇いがちにその先を口ごもった。
その指す所に気が付いたサービスが、そうだったね、と呟いた。

「兄さんの跡を、総帥を継ぐんだね」

シンタローは息を吸った。


「…うん」


声は小さく短かったが、はっきりと頷く。
サービスが満足そうに頷いた。それから首を傾げる。

「結婚するつもりなら、性別のことも公表するんだろう?」
「そのつもりだけど」

シンタローは思わず苦笑し、それはすぐに自嘲へと形を変えた。

「騒ぎになるよな…これまでの混乱もあるし、うちは野郎所帯だし、前例だってねぇし」

もし認められなかったら、という思いは未だにある。
24年間、ずっと抱いてきた鬱屈はそう簡単には消えない。

サービスとジャンが目を見合わせた。

「そんな心配することないと思うぜ」
「そうだな、お前なら大丈夫だろう」

「うん…」

笑う顔は己に言い聞かせるようで、いつもの精彩がない。
その顔を見詰め、サービスがその目を伏せた。


「シンタロー」


呼ばれてシンタローが顔を上げる。
上げた視線の先には、光に満ちた明るい室内が広がっていた。
麗らかな日差しは、まるで包まれているように暖かく心地よい。
そう思い、シンタローは違和感に目を瞬いた。

いや、確かに暖かいのだが。

そういう比喩的な暖かさではなくて、何かこうもっと物理的な。
背中まで回った、しっかりした温度とか。
というか、正面に見えている部屋の風景に何か疑問はないか。
この頬を擽る、さらりと柔らかな感触は何だろう。
ぎこちなく視線を落とすと、視界に入るのは細い金色の…

そこでやっと向かいから乗り出すようにした叔父にテーブル越しに抱き締められている事実に気が付き、コンマ一秒で頭の中が吹っ飛んだ。

「おっ、おじさんっ!?」
「ちょ…サービス!」

シンタローとジャンから同時に素っ頓狂な叫び声が上がり、

「あー!ずるーい!!」

黙っていろと言われてずっと大人しく黙っていたグンマも、思わず抗議の声を上げる。

「あああ、あの…!?」

あわあわとシンタローが視線を彷徨わせた。
この叔父を眼魔砲で吹っ飛ばすわけにもいかない。
混乱したまま、その場に固まっていると、すぐ耳元で微かな声が聞こえた。

「これも」
「…叔父さん?」

痛みのようなものの混じる声に、シンタローが怪訝そうに問い掛ける。

背中に回された腕から力が消え、サービスがゆっくりと身を離した。
あまりにも間近に、叔父の整った繊細な顔立ちを見詰める。
愁いを帯びた青い隻眼。酷く穏やかで澄んだ微笑み。
いつも美しい人だけれど、今はその中にいつになく儚く危ういものさえ感じて、シンタローは息を顰める。
そっと伸ばされた掌が、壊れやすい物を包むように、頬に触れた。

「これも、元を辿れば私のしたことの、…ひとつの結果と言えるのだろうけれど」

サービスは複雑そうに微笑む。それしか出来ないというように。
まさか縺れた糸がこんな結末に収まるとは、夢にも思わなかったけれど。
始まりが何であれ、ずっと慈しんできた姪を見詰め、同じように隣の甥を見詰める。

「でも、私の「せい」か、とは言わないでおくよ。他でもないお前達だから、この先に何が起こっても、これが決して不幸や後悔となる選択ではないと信じている」

「叔父さん…」

繊細な指先が、昔はよくそうしてくれたように髪を撫で、離れていった。
その後を追い掛けるように、シンタローが口を開いた。

「何が原因とか、そんなの、もう昔の話すぎて関係ないよ。そんなこと言ってたら、きりがない」

なぁ、とせっつくようにグンマを見る。
グンマが澄まして肩を竦めた。

「そうだよ、叔父様。そのおかげでシンちゃんをお嫁さんに出来るんだったら、むしろ結果オーライv」

最後にはVサインを作って、ちゃっかりと笑う。


「タフだよなぁ、お前ら…」

呆れた風にしながらも、どこか羨むようにジャンが目を細めた。
比べて段違いに神経の細い傍らの友人に、茶化すような目を向ける。

「…だってさ。どう、親友殿?」
「ここは彼らを見習うべきなのかな」
「良いんじゃないの。脳天気な所とか、少しくらい」

サービスがため息をつき、それから困ったように笑った。
それはかつて、まだ何の憂いも背負う以前の無邪気な頃の面影にも似て、ジャンもまた嬉しそうに微笑んだ。

 


さて、その蚊帳の外で

「脳天気って誰のことさー」

グンマがジト目でむくれていた。

「いつか、ぜってー、ぶっ殺ーーす…」

隣ではシンタローが元番人に向けて、射殺しそうな殺意を放つ。

一瞬の沈黙の後、そんな互いの視線がふと交わり、

「シンちゃん、紅茶お代わりは?」
「あ、悪いな」

何事もなかったかのように、お茶会が再開した。
グンマがいそいそと紅茶のお代わりを注ぎ、シンタローがティーカップに手を伸ばす。

「クッキー開けちまったから、今度なんか持ってきてやるよ」
「わーい、やったーv」

パウンドケーキが良いな~、と即座にリクエストがあがるのに、シンタローが鷹揚に頷く。
具体的なリクエストがある、というのは作り手としては、なかなか満足感があるものなのである。
グンマも差し入れを約束してもらい、上機嫌で自分にも紅茶のお代わりをついだ。
ミルクと砂糖を入れた、甘いミルクティーのカップを抱えて首を傾げる。

「ところでシンちゃん、今度、演習場使えるかな?広い所で計測がしたいんだけど」

ははあ、とシンタローが頷いた。
戦闘団員と研究員では命令系統が異なるので、相互間の申請にやたらと手間が掛かるのだ。

「ああ、日時さえ決まってれば、俺の名前で申請しとくぜ」

軽く請け負い、但し、と交換条件を付け加える。

「そん代わり、その間は研究棟の強化シェルター、トレーニング場所として提供しろよ」
「了解、遠慮無く使ってよ!」

グンマがお安いご用とばかりにOKサインを寄越す。
さっそく都合の良い日時を確認して、手帳に書き込みながら、ついでのように呟いた。

「トレーニング中に眼魔砲の暴発が何処に飛んでっても、僕何にも知らないや」
「実験中のガンボットの暴走で少々の被害者が出るくらい、まぁ大目に見てやるか」

シンタローがこちらも独り言のように洩らす。
そうして、同時に互いににっこりと笑った。


「二人とも」

会話のタイミングを見計らったように、向かいから声が掛かった。

「「何、叔父様v」」

声を揃えて、にこやかに振り返る。
顔を寄せ小声で談笑する姿は、端から見れば仲睦まじい恋人同士の語らいに見えたろう。
微笑ましげに見詰めるサービスの瞳は、既に叔父のそれに戻っていた。
隣の親友は、あてられたような顔で気まずげにそっぽを向いている。

「これを言うには、まだ少し早いけどね。別に何度言っても構わないだろうから」

サービスの目が、二人を順番に見詰めた。

 

「月並みだけど、幸せになりなさい」

 

改まって告げられた言祝ぎに、

「あー…そのォ…」

シンタローは、にわかに照れたように視線を逸らし、

「うん、もっちろん!」

グンマがとびきりの笑顔で頷いた。


 
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「それで、兄さんや高松にはもう報告したのかい」

思い出したようにサービスが訊ねたのは、2度目の紅茶のお代わりが無くなった頃だった。
お茶請けのクッキーも、ほとんど残り少なくなっている。
すぐに気付いてティーポットに手を伸ばした姪に、片手で次のお代わりを辞する意を伝え、彼は微かに首を傾げた。

順番としては、やはり叔父より親への報告が真っ先だろう。
そう簡単に説得できる相手とも思わないが、こうしてこちらにも報告に来たということは…もしかするともしかしたということだろうか。

些かの好奇心も含めて二人を見ると。

「うーん。したんだ、ケド…」

それまでにこにことしていたグンマが口籠もり、困ったような顔で視線を下げた。
その隣で、シンタローの視線も斜めに流れて黄昏れる。
俄にどんより曇った空気に、ジャンが引きつった顔になった。

「や…やっぱ一悶着あったのか?」

声を潜めて問い掛ける。
シンタローが否定するようにひらひらと手を振った。

「ナンも」
「何にも?あのバカ親総帥が?まさか納得したってのか!?」

ジャンの驚愕を打ち消すように、これにもやはり首が振られた。

「イヤ…、何てゆーか…もう、それ以前で」

思い返すシンタローの口端に空笑いが浮かんだ。

報告を…確かにすることはした。
したのだが。

 

朝一番、寝起きの頭に挨拶よりも早く、

『娘サンをキズモノにしちゃったんで責任とって結婚しますv』

などという、グンマのあんまりにもぶっちゃけた『報告』を不意打ちでくらった父は、未だ意識を飛ばして真っ白に燃え尽きており、
片やもう一人の親代わりの科学者はといえば、鼻血と涙を止めどなく流しながら寝込んでしまっている。

ある意味、ラスボスを禁じ手の裏技で一撃KOしてしまったような、釈然としないあっけなさであった。

 

「お前、もうちょっと言いようってもんがあったろが」

今さらながらにシンタローがグンマに文句を付けた。
呆れたような視線を受けて、グンマが拗ねたような顔でむくれる。

「だって、どう言ったって中身は同じじゃない」

心底、心外そうに言い切った。
およそデリカシーの欠片もない。
此処まで来ると、もはやアバウトを通り越して杜撰である。

「だから中身が同じでも容れ物が違えば印象だって違うだろーが…」

おおよそ理解したジャンが、口の中だけで小さくぼやいた。
言ってもムダなのは、この一族との長い付き合いで嫌と言うほど良く分かっている。

そう言えば、あの総帥も悪気なく振る舞う時ほど、何故か人の精神に壊滅的な打撃をくれたものだった。そして全く自覚がないとくる。

嗚呼そうか…これが血か。

ジャンは諦観の眼差しで遠くを見詰めた。

 

…ちなみに高松の元には双子の叔父の片割れも丁度良く居合わせたのだが、やはり報告を聞いてぽかんと口を開け、錯乱の余りかどっちが嫁だ、などと口走って姪の眼魔砲に吹っ飛ばされたきり、こちらも未だ帰らぬ人である。

 

何とも仕様のない状況に、サービスが苦笑した。

「まぁ、しばらく放っておきなさい」
「そうするよ」

シンタローが、やはりそれによく似た苦笑を返す。

お互い、このままで終わるはずがないことはわかっているのだ。
面倒なのは、むしろこの後だろう。

げんなりする姪に、くすりと笑ってサービスはちらりと時計を見、頃合いを見計らったように立ち上がった。
立ち上がった高い目線から、静かに二人を見下ろして微笑む。
その隣に、気付けば何の違和感もなくジャンも立っている。

「後で私からも話してみるよ。まぁ大騒ぎにはなるだろうけどね」

そう言い残して席を離れようとしたその腕を、勢いよく伸ばされた手が掴んだ。

 

「…叔父さんッ」

 

思いがけなく強い力で引き留められて、サービスが驚いたように振り返る。

「シンタロー?」
「……あ」

シンタロー自身、驚いたように自分の手を見下す。
緩まない力と、裏腹な戸惑い顔に、サービスが連れに目配せを送った。
肩を竦めたジャンがグンマを促し、先に部屋を出ていくのを見送る。

音と気配の減った部屋で、サービスは腕を掴む姪の手をそっと外した。

「どうしたんだい、シンタロー」

抵抗もなく外れた手を宥めるように叩く。
穏やかに訊ねる叔父の顔を、シンタローはぼんやりと見上げた。

シンタローには幼い頃から見慣れた、優しい叔父の。

「叔父さん…、俺さ…少なくとも今の自分が不幸だとは思ってないよ」

姪のいつになく静かな言葉に、サービスが目を見開いた。
シンタローが迷うように俯く。

この優しい人に告げるのは、かえって痛い思いをさせるだけかも知れない。
それでも、…だからこそ、言わなくてはいけない。

「だから…その、おじさんも…」

口籠もり、シンタローは迷いを振り払うように、勢いを付けて顔を上げた。

「おじさんこそ、幸せになって欲しい。昔のこととか全部知ったって、やっぱり俺はおじさんが好きだし、恨めない」

サービスが息を飲んだ。
嘘のない強い瞳に射抜かれて、凍り付く。
身じろぎ一つない叔父を、シンタローは真っ直ぐに見詰めた。

微笑んでいるのに、時折、酷く痛々しい。
自らの業を抱え、何も語らず耐える痛みすらも見せず、彼はずっとひとりで痛んでいた。
そんな姿を見てきたのだ。

「それに…もう、うちの一族の誰も彼もが繋がりすぎてて、誰か一人でも止まってしまったら駄目なんだ。だから、本当に幸せになってよ。そうしたら、もう全部、本当に過去に出来る。全部にケリを付けて、ここから先はみんなで、前だけ見て進めると思うんだ。

…ルーザー叔父さんの、願い通りに」

前に進め、と。

姪の声に重なって、亡き兄の遺した最期の祈りが耳に甦り、サービスは瞑目した。
堅く閉ざした瞼の奥に浮かぶのは、己の愚かしさで運命を狂わせた小さな赤子。

笑っていてくれることにどれほど救われたろう。
それ故に、どれほど慚愧は深く心を抉ったろう。
その信頼も笑顔も永遠に失うことを、報いと覚悟していた。
流されるだろう涙と、向けられるだろう憎悪を恐れながら。

瞼を開けば、視界に映るかつての赤子は、もう赤子ではなく。

短くはない流れた時間、止まることなく成長した娘は、全てを知ってなお誰よりも強く晴れやかに笑っていた。

立ち止まるな。
前に進め。

…幸せになるために。

遙かに前だけを見詰める瞳が、言葉よりも確かに、心の奥深く響き渡る。

「…そうだね、シンタロー…本当にそうだ」

幸せに、と願う。
それなら、幸せになれと言う。
誰一人欠けることなく、皆、と。

いとも簡単に口にする、それは『あの島』を思い出すような、単純で、最大級に我が儘な望み。
それがこの子の願いなら。

永遠に消せはしないだろう憐れみも罪悪感も、それでもこれが最後と決めて。
万感を込めて抱き締めた。

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

 

 

「まーた、研究の話か。飽きねぇな、お前ら」

通路に響いた呆れ声に、グンマはぱっとそちらを向いた。
やっと中での話が終わったらしい、部屋の扉に背を預ける従姉妹の姿を見付けて、嬉しそうに走り寄る。
今まで話していた相手は、すっかり忘却の彼方だ。

「だって、ジャンさんと話すことなんて他にないじゃない」

本人を前に、さらりと暴言である。

「微妙に苛めかよ…」

そこでまともに傷つく、妙なところで素直な番人に、シンタローが冷たく指をさした。

「おじさん、先に行ってるぞ」

「あー!ちょっと待ってくれよ、サービス!」

一言もなく横を擦り抜けて、さっさと歩き去る親友の後を、ジャンが慌てて追い掛ける。
二人が去っていく姿を半ば呆れ顔で見送っていると、グンマが興味津々に顔を覗き込んできた。

「ねぇねぇ、叔父様と何話してたの?」

問われたシンタローが、考えるように宙を見上げる。

「んー…、…幸福のススメについて?」

疑問系で答えられて、グンマが眉を寄せた。

「何それ??」
「人間、とりあえず幸せに向かってススメってことだろ」

シンタローが澄まし顔で空惚ける。

「え、え?えー…と??」

首を捻っていたグンマだったが、結局、自分的に解釈することにしたらしい。

「んー?うん。じゃぁ、とりあえず僕らも無事に結婚目指して頑張ろーねv」

張り切ったように、にっこり笑う。
そこが彼にとっての幸せポイントらしい。

「ああ、そう…」

シンタローは斜めに視線を逃がした。

「…ま、程々にな」
「何で、そこでやる気ナイのー!?」

不満そうなグンマの抗議を、はいはい、と流し、シンタローは踵を返す。

室内に戻ると、廊下よりも暖かい空気が身体を包んだ。
窓からいっぱいに差す日差しが目に眩しい。
差し込む陽の分、室温は暖められて心地良かった。

「あー、ちょっと寝ようかな…」

欠伸が洩れて、気が抜けたように呟くと、後から続いて入ってきたグンマがそれを聞き咎めた。

「寝るなら後で起こすよ?お昼寝は30分くらいが良いんだって」
「ダメ。俺が起きるまで、断固として起こすな」

昨夜はアレやコレやで寝不足だわ、今朝からこっちはあちこちかけずり回っててんやわんやで疲れているのだ。

跳ね返るように、ぴしゃりと言い返して、シンタローは手近なソファに乗り上げた。
リクライニングを操作して、完全に背を倒す。
これが従兄弟の改造品で、仮眠用としては上等なベッドになるのを知っているのだ。

「え、ちょっと、ここで寝るの!?」

堂々と昼寝の体勢に入った従姉妹に、グンマが焦った声を上げた。
この部屋を含むラボは確かにグンマが責任者であるが、ここは一族のプライベートエリアではない。他の研究者たちも多く出入りするのである。

「あー?寝てるだけなら邪魔にゃなんねぇだろ。後で何か掛けるモンの配給よろしく」

しかし当の本人は頓着なく言うと、余程眠かったのか、さっさと寝入ってしまう。
程なく呑気な寝息が聞こえてきて、呆気にとられていたグンマは溜息をついた。

「…あーもー、これじゃ僕も今日はおシゴトお休みじゃない…」

本当は午後からだけでもラボを開けるつもりだったのだが。

いくら本人はそう言っても、無防備に昼寝する従姉妹なぞ他の研究員の目に晒すわけにはいかない。
まして、騒がしくして従姉妹の眠りを妨げるわけにもいかない。

必然的に、人が来ないようにしようと思えば部屋を締め切るしかないわけで。

「もー…僕もお昼寝しようかな」

憮然と呟く。
疲れているのはこちらも同じことだ。

ソファをもう一つ引っ張ってきて、隣に同じように背を倒す。
頼まれたとおり、仮眠用の毛布のふかふかに干されたのを二枚取ってきて、一枚を従姉妹に、もう一枚を頭から被って従姉妹の傍に丸まった。

布越しに届く、窓から燦々と降り注ぐ陽光が暖かい。
隣の従姉妹も気持ちよさそうに寝息を立てている。
その寝顔を眺めて、懐かしい感覚にグンマは笑った。

幼稚園の頃の、お昼寝の時間みたい。
こんなのは、本当に久し振り。

「わざわざ幸せなんて目指さなくても、こういうの、充分幸せだと思うんだけどな…」

むずむずと込み上げるくすぐったさに、思わず緩む頬。
ひとりくすくすと笑いながら、すぐ傍にある寝顔にこつりと額をくっつけて目を閉じた。

 

「…おやすみなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


余談ながら、
後に襲名したての新総帥に研究員の一人から以下の苦情が申し立てられたらしい。

 

『お前、あいつにナニ言ったーーーーッ!!?』

 

…何があったかは当人と神のみぞ知ることである。


 

 

 

 

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