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「ダメだ」
静かな重さを含む声が、はっきりと告げた。
「私はやはり反対だよ。この結婚がお前に良いことだとも思わないし、お前の判断が正しいとも思わない」
「…親父」
もの言いたげに口を開き掛けた娘に、向かい合う父は断固として首を横に振った。
「やめておきなさい。これはお前達に何ももたらさない、悪いこと以外は」
有無を言わせぬ断言に、シンタローは唇を噛んだ。
こういう時の父は、決して説得に耳を貸さない。自らの判断によってそうすべきと判じた時、彼は絶対にその意志を覆すことはなかった。
「何で決めつけるの、お父様!そんなこと、分からないでしょう!」
意外な反発を見せたのはグンマだった。
思わず狼狽えたようにシンタローは傍らの従兄弟を振り返った。
穏和な従兄弟は誰かに向かって声を荒げることさえ珍しい。ましてや、この父に反抗するなど。
しかし、常になく険しい顔を見せるグンマに対して、睨み付ける視線を受け止めたマジックは、いささかも揺るがなかった。
「分かるさ。――分かるとも」
噛み締めるように呟く。
相手に向けたというよりも、まるで己に確認するような声は、どこか苦々しかった。
「もう一つ言っておく、シンタロー。私は、今のお前に総帥は継がせない」
「「!」」
二人が、同時に息を呑んだ。
「お父様!?それは…――!」
非難と驚愕の声を上げて詰め寄ろうとした腕を、止めるように捕まれて、グンマは従姉妹を振り返った。
「シンちゃん……?」
「その理由も、お前自身が分かっている筈だ」
「でも…!」
納得しかねるように、なおも声を上げる息子を、父は視線一つで黙らせた。
「グンちゃんは少し黙っていなさい。これはグンちゃんがどうだと言うことじゃない。こればかりはね。全てシンタローが答えを出すべき問題だ」
「……シンちゃんが?」
グンマが困惑した顔になった。
厳しい顔の父親と、硬く唇を引き結んだ従姉妹とを、交互に見比べる。
かつての覇王の苛烈な色の宿る瞳が、我が子を冷ややかに見下ろしていた。
「よく考えてから、出直してきなさい」
『 Engagement 』
.
―― 第七話。 ターニングポイント ――
「良いの?」
「…何が?」
主語のない問いかけに問いかけで返して、シンタローはその場に腰を下ろして手にしていたお盆を置いた。
動作に連れて、い草の匂いが鼻を掠める。
開け放たれた障子戸からは風が通り、その向こうに綺麗に手入れされた庭が見えた。
部屋自体は狭いものだが、元々置かれている物が少ないためにさほど窮屈さは感じなかった。
プライベートエリアでも滅多に使われない茶室だ。
一族では正月の折などにしか使われない場所だが、シンタローは気持ちを落ち着けたい時や考え事をしたい時、時折ここに籠もることがあった。
最も、今回、ここに来たいと強請ったのはグンマの方だった。少し静かな時間が欲しかったからだ。
「あー、何か落ち着くねー」
「畳も良いもんだろ」
「んー」
畳に両足を投げ出して思い切り伸びをするグンマの前に、シンタローが笑って黒文字を添えた銘々皿を置いた。
皿には茶菓子が乗っている。金つばだった。
「あ、美味しそうv」
重たい感じのする和菓子は、どちらかというとグンマの好みではないが、従姉妹の手製なら別だ。
早速、一口切って口へ運ぶと、今回は餡の代わりに芋を使ったらしい。控えめなやさしい甘さだった。
美味しい、と素直に誉めると、従姉妹は満足そうに頬を緩め、お茶を淹れ始めた。
せっせと茶菓子を口に運びながら、グンマはそんな従姉妹を眺めて目を細めた。
慣れた様子の手元は自然で淀みなく、動作にも気負いがない。
ほんの少し前まで、こんな姿は見れなかったものだ。いつも気を張りつめて、今にも振り切れそうな程だった。
手元に視線を落とす横顔に、あの頃の危うさはない。
あの島から帰ってきてからの彼女はとても良い感じだ。
自分の目から見ても眩しいほど。
そして誰もが感じているだろう。
ぎすぎすとした険が消えて、代わりに見せるようになった従姉妹本来の笑顔は、ひどく鮮やかで人を惹き付ける。
きっと彼女は、多くの者に慕われる導き手になるだろう。父親のように君臨する覇者ではなく。
だからこそ。
「ね、本当に良いの?」
重ねて問うと、手際よく動いていた手が止まった。
「だから何がだよ」
不可解そうな、苛立った従姉妹の視線をかわすように、グンマはのんびりと微笑んだ。
「もちろん、結婚のこと。結局、シンちゃんたら、また、おとー様に意地張っちゃったけどさ」
…ああ、と濁すような呟きと共に視線が逸れた。ぎこちなく動作を再開する。
「良いのも何も、俺が言いだしたんだから良いんだよ。……何だよ、嫌なのか?」
「僕は嬉しいけど」
否定するように首を振り、差し出されたお茶を受け取ったグンマは、少し考え込んだ。
「うーんと……、ねぇ、シンちゃん?」
「何だよ」
「迷ってるんなら、止めても良いよ?」
「…お前」
目を見開いた従姉妹に、困ったように微笑む。
「棚ぼたでも僕はうれしいけどさ。やっぱりシンちゃんが後悔するのは嫌だもん」
「……俺が後悔するから、俺のために止めた方が良いってのか?」
シンタローが低く唸った。
ふざけるな、と言いたげに相手を睨みつける。
怒りの形相のシンタローが何か言うより早く、グンマが先に口を開いた。
「これだけは誤解しないで欲しいんだけどさ。別に僕は流されてるつもりもないし、結婚がどうでも良いわけでもないんだよ」
弁解じみた様子でもなく一言断って、グンマは慎重に問いかけた。
「ねぇ、シンちゃん。僕にお父様やコタローちゃんを返さなきゃって思わなかった?」
「……別に…!!」
否定をしかけ、従兄弟と目があって、その反応が過剰すぎたことに、シンタローは気が付いた。
内心の動揺を隠そうとして失敗し、それが却って動揺を呼んだ。
「別に、思ってねぇよ!そう思ってんのはお前の方だろ!」
かっとなったように怒鳴りつける。
「お前こそ、キンタローに父親と高松を返さなきゃって思ってたんじゃねぇのか!?だから、俺が持ちかけた話に乗ったんだろ!高松を自分から遠ざけるためにちょうど良かったから!」
逆上したように捲し立てられて、グンマは苦笑した。
「……するどいなぁ」
「お前が見え見えなんだよ」
舌打ちをして、シンタローが低く吐き捨てた。
複雑な表情で押し黙る。
グンマは静かに息を吐いた。
「確かに、このままじゃ良くないなって、思ってたよ。その前からうすうす感じてはいたけど、あの島で本当にそう思った」
「あの島」という言葉に、シンタローの瞳が揺れる。
分かりやすい反応に、グンマが笑った。
「だってねぇ、いきなり従兄弟は増えるし、家系図は見事に書き変わっちゃってるし、僕はお父様が変わって弟が出来るし、シンちゃんは家系図から外れちゃうし。やっぱねぇ、色々考えちゃうじゃない」
従兄弟らしいのんびりした口調の、どこかいつもとは違う言葉に、シンタローが怪訝な目を向ける。
構わず、グンマは話を続けた。
「今まで通りってわけには、もういかない。僕らも変わらなきゃいけない。親離れしないといけないし、あの人たちにも子離れして貰わなきゃいけない。今度は彼らにあの人達の手が必要で、今度は僕らが彼らの面倒を見てあげなきゃいけない番だ。――だから、僕たちはもう、ひとりで立たなくちゃ」
でも、と、いたずらっぽく微笑む。
「やっぱり、いきなりひとりぼっちになるのは、怖いし淋しいもんね」
「グンマ?」
従兄弟の真意が読めずに、シンタローが戸惑う。
「そういうの、全部満たすのに、僕は丁度良いでしょ?シンちゃんが言ったとおり、僕らが結婚して自立すれば、お父様や高松は僕らに気兼ねしたり心配したりせずに彼らのことだけ考えられる。シンちゃんは法的にもお父様の子のまま晴れて一族だし、僕にとっても名実共にお父様だ。そして僕らにとっても、あぶれたもの同士が身を寄せ合うのには体裁の良い口実になる」
のんびりした口調からはあまりに不似合いな、容赦のない言い様に、シンタローが絶句した。
いつもふわふわとした従兄弟らしかぬ、辛辣な言葉を平然と語る彼は、まるで自分の知らない人間のようだった。
動きの固まった従姉妹に、グンマは僅かに自嘲した。
無理もない。
勢いでこの結婚話を決めてから、いや、それよりもっとずっと昔から。
こんな風に本音で話をしたことなんて、もうずっとなかった。
向き合うことをしなかった弱さは、お互い様だ。
「これ以上ないくらい、僕らの利害は一致してるよね。お互いを利用するのには、お誂え向きだ」
口の端に残った自嘲を消し、グンマはふと真顔になった。
従姉妹の瞳を見据える。
「――…でも、そんな利害だけの関係なら、僕は要らない」
突きつけるように言い切られて、シンタローが愕然とする。
それに気付いたように、僅かにグンマが瞳を和ませた。
「お父様が言ってたのも、要するにそう言うことでしょ?総帥を継ぐためや、体裁を整えるためだけの結婚なんか認めない。それぐらいなら総帥は継がせないって。そんな都合だけの関係じゃ、シンちゃんが幸せになれっこないもんね。本当にシンちゃんが好きな人で、シンちゃんを好きな人じゃなきゃダメだっていうこと。……お父様が言ってるのは一番当たり前のことだ。確かに僕も正論だと思うよ」
「俺は――」
喘ぐように言葉を探すシンタローを遮って、グンマは手を伸ばし従姉妹の俯いた顔を上げさせた。
両手で強引に顔を押さえて覗き込まれ、シンタローがたじろぐ。
「ッ…グ――!?」
「でも、ちょっと違うよね」
「…………え?」
さっきまでとは一転して、にこにこと笑うグンマに、シンタローが目を丸くする。
「口実にする理由は多ければ多いほど良いんだ。だって、理由がシンちゃんには必要でしょう?」
混乱したように瞬く従姉妹の黒い瞳を間近に覗き込んで、グンマは微笑んだ。
「僕はシンちゃんが大好きだから、一緒にいられるのに理由なんて要らない。でも、シンちゃんは照れ屋だから、時々ひとつの行動のために、いっぱい理由が必要なんだって知ってる。……だけど、それが例えどんな理由でどんな行動でも、本当に自分でそうしようと思ったことしかしないってことも」
知ってるよ、と笑う。
「……何だよ、その自信」
「長い付き合いだもん」
気が抜けたように脱力するシンタローに、自慢げに胸を張った。
ああ、そう、と呻くような返事が返る。
「…それでもね。時々、ガマンしてないか不安になるよ」
そこで途端に情けない顔をする従兄弟に、シンタローが呆れた顔になり、ため息をついた。
中途半端に口を開き掛け、そこで引き攣ったように動きが止まる。
かと思えば、見る間にその顔が赤くなり、
自棄くそのような怒鳴り声が静かな茶室に響き渡った。
「二度は言わないし、二度と言わねぇぞ!お前バカなんだから、んなデリケートなことで悩むんじゃねぇよ!いちいち不安に思ったりしねーで良いから、その無駄な自信に自信持ってろ!!」
言い終わるなり、真っ赤な顔で顔を背ける。
怒鳴られたグンマはきょとんと瞬き、意味を理解して嬉しそうに笑った。
「…えへへ」
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「ダメだ」
静かな重さを含む声が、はっきりと告げた。
「私はやはり反対だよ。この結婚がお前に良いことだとも思わないし、お前の判断が正しいとも思わない」
「…親父」
もの言いたげに口を開き掛けた娘に、向かい合う父は断固として首を横に振った。
「やめておきなさい。これはお前達に何ももたらさない、悪いこと以外は」
有無を言わせぬ断言に、シンタローは唇を噛んだ。
こういう時の父は、決して説得に耳を貸さない。自らの判断によってそうすべきと判じた時、彼は絶対にその意志を覆すことはなかった。
「何で決めつけるの、お父様!そんなこと、分からないでしょう!」
意外な反発を見せたのはグンマだった。
思わず狼狽えたようにシンタローは傍らの従兄弟を振り返った。
穏和な従兄弟は誰かに向かって声を荒げることさえ珍しい。ましてや、この父に反抗するなど。
しかし、常になく険しい顔を見せるグンマに対して、睨み付ける視線を受け止めたマジックは、いささかも揺るがなかった。
「分かるさ。――分かるとも」
噛み締めるように呟く。
相手に向けたというよりも、まるで己に確認するような声は、どこか苦々しかった。
「もう一つ言っておく、シンタロー。私は、今のお前に総帥は継がせない」
「「!」」
二人が、同時に息を呑んだ。
「お父様!?それは…――!」
非難と驚愕の声を上げて詰め寄ろうとした腕を、止めるように捕まれて、グンマは従姉妹を振り返った。
「シンちゃん……?」
「その理由も、お前自身が分かっている筈だ」
「でも…!」
納得しかねるように、なおも声を上げる息子を、父は視線一つで黙らせた。
「グンちゃんは少し黙っていなさい。これはグンちゃんがどうだと言うことじゃない。こればかりはね。全てシンタローが答えを出すべき問題だ」
「……シンちゃんが?」
グンマが困惑した顔になった。
厳しい顔の父親と、硬く唇を引き結んだ従姉妹とを、交互に見比べる。
かつての覇王の苛烈な色の宿る瞳が、我が子を冷ややかに見下ろしていた。
「よく考えてから、出直してきなさい」
『 Engagement 』
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―― 第七話。 ターニングポイント ――
「良いの?」
「…何が?」
主語のない問いかけに問いかけで返して、シンタローはその場に腰を下ろして手にしていたお盆を置いた。
動作に連れて、い草の匂いが鼻を掠める。
開け放たれた障子戸からは風が通り、その向こうに綺麗に手入れされた庭が見えた。
部屋自体は狭いものだが、元々置かれている物が少ないためにさほど窮屈さは感じなかった。
プライベートエリアでも滅多に使われない茶室だ。
一族では正月の折などにしか使われない場所だが、シンタローは気持ちを落ち着けたい時や考え事をしたい時、時折ここに籠もることがあった。
最も、今回、ここに来たいと強請ったのはグンマの方だった。少し静かな時間が欲しかったからだ。
「あー、何か落ち着くねー」
「畳も良いもんだろ」
「んー」
畳に両足を投げ出して思い切り伸びをするグンマの前に、シンタローが笑って黒文字を添えた銘々皿を置いた。
皿には茶菓子が乗っている。金つばだった。
「あ、美味しそうv」
重たい感じのする和菓子は、どちらかというとグンマの好みではないが、従姉妹の手製なら別だ。
早速、一口切って口へ運ぶと、今回は餡の代わりに芋を使ったらしい。控えめなやさしい甘さだった。
美味しい、と素直に誉めると、従姉妹は満足そうに頬を緩め、お茶を淹れ始めた。
せっせと茶菓子を口に運びながら、グンマはそんな従姉妹を眺めて目を細めた。
慣れた様子の手元は自然で淀みなく、動作にも気負いがない。
ほんの少し前まで、こんな姿は見れなかったものだ。いつも気を張りつめて、今にも振り切れそうな程だった。
手元に視線を落とす横顔に、あの頃の危うさはない。
あの島から帰ってきてからの彼女はとても良い感じだ。
自分の目から見ても眩しいほど。
そして誰もが感じているだろう。
ぎすぎすとした険が消えて、代わりに見せるようになった従姉妹本来の笑顔は、ひどく鮮やかで人を惹き付ける。
きっと彼女は、多くの者に慕われる導き手になるだろう。父親のように君臨する覇者ではなく。
だからこそ。
「ね、本当に良いの?」
重ねて問うと、手際よく動いていた手が止まった。
「だから何がだよ」
不可解そうな、苛立った従姉妹の視線をかわすように、グンマはのんびりと微笑んだ。
「もちろん、結婚のこと。結局、シンちゃんたら、また、おとー様に意地張っちゃったけどさ」
…ああ、と濁すような呟きと共に視線が逸れた。ぎこちなく動作を再開する。
「良いのも何も、俺が言いだしたんだから良いんだよ。……何だよ、嫌なのか?」
「僕は嬉しいけど」
否定するように首を振り、差し出されたお茶を受け取ったグンマは、少し考え込んだ。
「うーんと……、ねぇ、シンちゃん?」
「何だよ」
「迷ってるんなら、止めても良いよ?」
「…お前」
目を見開いた従姉妹に、困ったように微笑む。
「棚ぼたでも僕はうれしいけどさ。やっぱりシンちゃんが後悔するのは嫌だもん」
「……俺が後悔するから、俺のために止めた方が良いってのか?」
シンタローが低く唸った。
ふざけるな、と言いたげに相手を睨みつける。
怒りの形相のシンタローが何か言うより早く、グンマが先に口を開いた。
「これだけは誤解しないで欲しいんだけどさ。別に僕は流されてるつもりもないし、結婚がどうでも良いわけでもないんだよ」
弁解じみた様子でもなく一言断って、グンマは慎重に問いかけた。
「ねぇ、シンちゃん。僕にお父様やコタローちゃんを返さなきゃって思わなかった?」
「……別に…!!」
否定をしかけ、従兄弟と目があって、その反応が過剰すぎたことに、シンタローは気が付いた。
内心の動揺を隠そうとして失敗し、それが却って動揺を呼んだ。
「別に、思ってねぇよ!そう思ってんのはお前の方だろ!」
かっとなったように怒鳴りつける。
「お前こそ、キンタローに父親と高松を返さなきゃって思ってたんじゃねぇのか!?だから、俺が持ちかけた話に乗ったんだろ!高松を自分から遠ざけるためにちょうど良かったから!」
逆上したように捲し立てられて、グンマは苦笑した。
「……するどいなぁ」
「お前が見え見えなんだよ」
舌打ちをして、シンタローが低く吐き捨てた。
複雑な表情で押し黙る。
グンマは静かに息を吐いた。
「確かに、このままじゃ良くないなって、思ってたよ。その前からうすうす感じてはいたけど、あの島で本当にそう思った」
「あの島」という言葉に、シンタローの瞳が揺れる。
分かりやすい反応に、グンマが笑った。
「だってねぇ、いきなり従兄弟は増えるし、家系図は見事に書き変わっちゃってるし、僕はお父様が変わって弟が出来るし、シンちゃんは家系図から外れちゃうし。やっぱねぇ、色々考えちゃうじゃない」
従兄弟らしいのんびりした口調の、どこかいつもとは違う言葉に、シンタローが怪訝な目を向ける。
構わず、グンマは話を続けた。
「今まで通りってわけには、もういかない。僕らも変わらなきゃいけない。親離れしないといけないし、あの人たちにも子離れして貰わなきゃいけない。今度は彼らにあの人達の手が必要で、今度は僕らが彼らの面倒を見てあげなきゃいけない番だ。――だから、僕たちはもう、ひとりで立たなくちゃ」
でも、と、いたずらっぽく微笑む。
「やっぱり、いきなりひとりぼっちになるのは、怖いし淋しいもんね」
「グンマ?」
従兄弟の真意が読めずに、シンタローが戸惑う。
「そういうの、全部満たすのに、僕は丁度良いでしょ?シンちゃんが言ったとおり、僕らが結婚して自立すれば、お父様や高松は僕らに気兼ねしたり心配したりせずに彼らのことだけ考えられる。シンちゃんは法的にもお父様の子のまま晴れて一族だし、僕にとっても名実共にお父様だ。そして僕らにとっても、あぶれたもの同士が身を寄せ合うのには体裁の良い口実になる」
のんびりした口調からはあまりに不似合いな、容赦のない言い様に、シンタローが絶句した。
いつもふわふわとした従兄弟らしかぬ、辛辣な言葉を平然と語る彼は、まるで自分の知らない人間のようだった。
動きの固まった従姉妹に、グンマは僅かに自嘲した。
無理もない。
勢いでこの結婚話を決めてから、いや、それよりもっとずっと昔から。
こんな風に本音で話をしたことなんて、もうずっとなかった。
向き合うことをしなかった弱さは、お互い様だ。
「これ以上ないくらい、僕らの利害は一致してるよね。お互いを利用するのには、お誂え向きだ」
口の端に残った自嘲を消し、グンマはふと真顔になった。
従姉妹の瞳を見据える。
「――…でも、そんな利害だけの関係なら、僕は要らない」
突きつけるように言い切られて、シンタローが愕然とする。
それに気付いたように、僅かにグンマが瞳を和ませた。
「お父様が言ってたのも、要するにそう言うことでしょ?総帥を継ぐためや、体裁を整えるためだけの結婚なんか認めない。それぐらいなら総帥は継がせないって。そんな都合だけの関係じゃ、シンちゃんが幸せになれっこないもんね。本当にシンちゃんが好きな人で、シンちゃんを好きな人じゃなきゃダメだっていうこと。……お父様が言ってるのは一番当たり前のことだ。確かに僕も正論だと思うよ」
「俺は――」
喘ぐように言葉を探すシンタローを遮って、グンマは手を伸ばし従姉妹の俯いた顔を上げさせた。
両手で強引に顔を押さえて覗き込まれ、シンタローがたじろぐ。
「ッ…グ――!?」
「でも、ちょっと違うよね」
「…………え?」
さっきまでとは一転して、にこにこと笑うグンマに、シンタローが目を丸くする。
「口実にする理由は多ければ多いほど良いんだ。だって、理由がシンちゃんには必要でしょう?」
混乱したように瞬く従姉妹の黒い瞳を間近に覗き込んで、グンマは微笑んだ。
「僕はシンちゃんが大好きだから、一緒にいられるのに理由なんて要らない。でも、シンちゃんは照れ屋だから、時々ひとつの行動のために、いっぱい理由が必要なんだって知ってる。……だけど、それが例えどんな理由でどんな行動でも、本当に自分でそうしようと思ったことしかしないってことも」
知ってるよ、と笑う。
「……何だよ、その自信」
「長い付き合いだもん」
気が抜けたように脱力するシンタローに、自慢げに胸を張った。
ああ、そう、と呻くような返事が返る。
「…それでもね。時々、ガマンしてないか不安になるよ」
そこで途端に情けない顔をする従兄弟に、シンタローが呆れた顔になり、ため息をついた。
中途半端に口を開き掛け、そこで引き攣ったように動きが止まる。
かと思えば、見る間にその顔が赤くなり、
自棄くそのような怒鳴り声が静かな茶室に響き渡った。
「二度は言わないし、二度と言わねぇぞ!お前バカなんだから、んなデリケートなことで悩むんじゃねぇよ!いちいち不安に思ったりしねーで良いから、その無駄な自信に自信持ってろ!!」
言い終わるなり、真っ赤な顔で顔を背ける。
怒鳴られたグンマはきょとんと瞬き、意味を理解して嬉しそうに笑った。
「…えへへ」
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