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無人の廊下にノックの音が響く。
シンタローは構えるように、扉の前で大きく息を吸った。

「――入りなさい」

内側から声が聞こえた。
目の前の扉を、手に重く感じながら押し開ける。
室内に入ってすぐにシンタローは立ち止まった。

ソファに掛けていた部屋の主がこちらを見て、ゆっくりと立ち上がった。

 

「答えは出たようだね。…シンタロー」

 

 

 

 

           『 Engagement 』  
                              .
            ―― 最終話。 幸せな結末 ――


 

 

 





「親父」

幾分、緊張気味に向かい合ったシンタローに、マジックは呆れたような溜め息をついた。

「…ちょっと遅いよ、シンちゃん」

ちらりと時計を見ると、既に深夜と言っても良い時間だ。
実際、もう眠っているかもしれないとも思いながら訪ねてきたのだったが、マジックは寛いだ格好でこそあるものの寝間着ではなかった。
ソファの隣のサイドテーブルに、それまで読んでいたのか、伏せられた本がある。
自分が来るのを見越して、待っていたのかもしれない。

「悪ぃ…」
「寝ていた訳じゃないから、構わないけれどね。…ひとりかい?グンちゃんは?」
「さあ。仕事してるか、さもなきゃ、もうとっくに寝てんだろ」
「おや…」

どうやら当事者のはずの相手に黙ってきたらしいと悟って、マジックが片眉を上げた。
試すような、探るような眼を向ける。

「良いのかい?後で知ったら、怒るんじゃないの?」
「…いーんだよ」

幾分ぶっきらぼうに、シンタローは付け加えた。

「あんたが思ってるよりか、あいつは俺を分かってるよ。俺の行動パターンも性格も、…もっと深いとこも、さ」

その言葉に、マジックが束の間目を見張り、何とも複雑な表情を浮かべた。

「お前も随分、私が思うよりグンちゃんのことを分かってるようだね」
「……全然。ついさっき思い知ってきたっていうか、知らされてきたばっかりだ」

憮然とぼやき、切り替えるようにシンタローは背筋を伸ばした。
前置き抜きに本題に入る。

「結婚の件…、俺らは撤回しない」

マジックが静かに訊ねた。

「それが、お前の答えかい?」
「ああ」
「それなら、ちゃんとはっきりした気持ちを聞きたいね」
「……ッぐ!?」

しれっと言われて、呻く。
引っ掛けられたと気付いたが、駆け引きで敵う相手ではない。

「…あー…だから、……俺が、やりたくないことは絶対しないのは、あいつも分かってんだってよ」
「……それで?」
「…で……だから、そのォ…つまり、俺は…」

口ごもり、もぞもぞと居心地悪く身動ぐ。
青い瞳が無言で続きを促すように圧力を掛けてくる。
シンタローは逃げ場を探すように眼を泳がせた。

気まずい。

というより、非常に気恥ずかしい。
昼間、グンマと別れた後から、改めて自分自身と向き合うのに、今の今まで掛かったのだ。
正確に言えば、とっくに出ている答えを、自分が認められるのに、だ。
どこまでも天の邪鬼な自分がこれほど恨めしく、素直な従兄弟がこれほど憎たらしくも羨ましかったことはない。

「……つまり…………………その、まぁ…、あいつなら良いかっていうか………が良いっていうか…」

流石に顔を上げては言えずに下を向いた。
たぶん、今の自分の顔は言葉よりよっぽど雄弁だ。
直視できない父の顔の代わりに、絨毯の模様を睨みつける。
そこへ、とてつもなく長く大きな溜息が聞こえた。
こっそり視線を上げると、さっきまでの冷静さはどこへやら、マジックが重い闇を背負って奈落の底まで沈んでいた。
自分で言わせておいて何なんだ、と内心文句を付ける。

「……やっぱ反対か?」
「いいや…」

何とか起き上がり、マジックは苦虫を噛み潰したような顔で首を振った。

「今更、グンちゃんのことで、私から言うことは何もないだろう。お前を愛しているし、だからといって、それでお前を傷付けることはないだろうからね。……まぁ、気持ちとして言いたいことは、色々山ほどあるが………

 

……………………………………………………………………………やっぱり、小一時間ほど話してこようかな」

「一生掛かっても終わらねぇから止めとけ、親父」

 

危うくドアの向こうへ消えかかる父の襟首を掴んで引き止める。

「…それじゃ、良いのかよ?」

半ば信じられない思いで、シンタローは念を押した。
先日の言葉からして、認められるとは思ってもいなかった。

マジックが見透かしたように笑った。

「自分の納得する答えが出たのなら、もう反対する気はないよ。総帥の座も安心して任せられる」

あっさりと言う言葉に、ばつの悪い気分で俯く。

やはり初めから父は気付いていたのだろう。
自分の中にある葛藤に。

自分の我が儘のために、詐欺みたいなやり方で相手を縛ることへの迷いや罪悪感。
そのくせ相手の真意を確認するのも怖くて、うやむやのまま逃げていたことも。
何より自分の感情にさえ、きちんと向き合うことをしていなかったことも。

何もかもお見通しというわけだ。
敵わない、と思う。
けれど悔しさはなかった。

「――…だけど、我が儘を言うなら、もう少し待って欲しいかな」
「へ……?」

不意にそんなことを言い出したマジックに、首をかしげる。

「もう少しって?」
「コタローの目が覚めるまで」
「え……」

「あの子に報告して、出来れば、あの子も納得してからにしてくれないか。
こういっては何だが、あの子もやっぱり一族の子だから。自分の知らない所で、お前が自分だけの姉でなくなったら、きっとあの子にはショックだろう。だから、それまでは婚約で留めておいて欲しい」
「親父……」

シンタローは父親の顔を凝視した。
――コタローのためにと言ったのか?この父が…?
今度こそ本当の父親にと誓った言葉の通りに、少しづつでもそうなろうとしているのだろうか。
問いかけるように見詰める視線に、それを肯定するかのようにマジックがゆっくり頷いた。

「あの子が目覚めるのが、いつになるのかは分からないから、ずっととはいわない。ただ、もう少しだけ、あの子を待ってやってくれないか。これはコタローの父親としての頼みと、まぁ…ちょっとでも長く娘を手元に置いておきたい父心だよ」

最後は軽い口調で言って、ウィンクする。
年甲斐もないくせに様になるそれに、シンタローは苦笑した。

「ちょっとズルいんじゃねぇ?それ」
「年を取るとズルくなるもんだよ」
「…わかったよ、父さん」

即答すると、マジックが却って意外そうな顔をした。

「いいのかい?そんな簡単に言ってしまって」

少しばかり意地が悪い問いかけに、シンタローは憤慨したように口を結んだ。

「あのな、言っとくけどな!コタローのこと、一番大事に思ってるのは俺なんだからな!」

「シンちゃんのことを一番大事に思ってるのはパパだからねッ!!」
「聞いてねぇよ、馬鹿!!」

阿呆な張り合いをする父親に、思わず罵倒する。
自分の弟への深い愛を、父のはた迷惑なそれと一緒くたにされるのは、何だか非常に不本意だ。

さして気に止めるでもなく笑っていたマジックが、その笑みを静かに納めた。

「シンちゃん、…必ず誰より幸せになるんだよ」

柔らかく、どこか切なげに眼を細める。

「ちゃんと幸せになれるね?パパとママみたいに」
「……ちょっと、あーゆーのは無理だと思うけどナ」

時々、子供が身の置き場と目のやり場に困る程度には、局所的熱帯常夏異常気象だった夫婦の姿を脳裏に思い浮かべたシンタローが空笑う。
マジックも釣られたように笑い、溜息をついた。

「息子に娘を取られるっていうのも複雑な気分だね」
「大げさなんだよ、いちいち。結局、娘が息子の嫁って肩書きになるだけで、何も変わらねーだろ。この家出てくわけじゃねーんだし」
「全っ然、重大な違いだよ、シンちゃん!」
「あーそーかよ。俺は別にキンタローんトコに嫁入りしたって構わねーゾ。そしたら親父から伯父さんだな」
「ううっ、それはもっと嫌かも!!でもでも、相手が誰でもシンちゃんがお嫁に行っちゃうのは、パパ哀しいよ!!」
「そーかい。」

握り拳で訴えるのにも気のない返事を返されて、マジックがさめざめと涙を流す。

「つれないよ、シンちゃん!もっと真面目に聞いて!!ひとりぼっちになっちゃうパパが可哀想だと思わない!?」

いつの間にか息子達の存在はスルーらしい。
結局いつもの父親の姿に、シンタローは肩を竦めた。

「だったら真面目な話、あんた再婚する気とかあるか?」
「シッ、シンちゃんっ!?」

マジックが悲鳴じみた声を上げた。

「パパの奥さんは、シンちゃんのママだけだよ!!」

力の籠もった断言の、もの凄い勢いに、シンタローが呆気に取られたようにぽかんとした。
まじまじと父親の顔を見つめ、何度か目を瞬く。

「……ふぅーん?」

口の中で呟き、にんまりと笑う。

「そっか、そっか……」
「…シンちゃん?」
「じゃ、そんな純情一途な親父に俺からプレゼント」

ごそごそとポケットを探り、取り出した薄っぺらい封筒を差し出す。

「??なんだい?」

マジックが訳も分からず受け取ったままの姿勢で目を丸くしている。
ここ数年ついぞ無かった事態に動揺しているらしい。
シンタローは照れたように頬を掻いた。

「まー、遠い遙かな過去のウツクシイ想い出とゆーか……。本当はこっそり捨てちまおうと思ってたんだけど、あんたにやるよ。嫁入り前の最後の親孝行ってトコ」

意識が手元にいっている父にそうっと近づき、頬に素早くキスをする。
マジックの全身が今度こそ硬直した。
その隙に、シンタローはすかさず扉に向かって逃げた。

「んじゃ、オヤスミ!」

「え……えええ!?ちょ、ちょっと、シンちゃんっ!?」

 

混乱した声を置き去りに、部屋を飛び出したシンタローの背後で勢いよく扉の閉じる音がした。

 

 

 

 

短い廊下を全力で走り抜ける。
向かう先は自分の部屋、…ではなく。
シンタローはポケットを探り、携帯を取り出しながら短縮を押した。

「グンマ、今どこだ!?…ラボ?キンタローもいんのか?なら、二人とも地下駐車場に来い、大至急!…あ!?いーからヤベぇんだって、非常事態発生!緊急避難だ!急げ!」

携帯を握ったまま、丁度止まっていたエレベーターを見付けて飛び込んだ。
叩くように一番下のボタンを押し、降下していく数字をじりじりと眺めながら、ポケットから取り出した小さなキーを手の中で弄ぶ。

「……早まったかな」

出てきた部屋では今頃、多分、…いや絶対に大騒ぎになっているだろう。
何だか我ながら血迷ったとしか思えない先刻の置き土産もそうだが、渡してきた封筒の中身の方も結構アレだ。幼稚園児の頃の自分はまた、何だってあんなモノまで取っておいたのだか。もう自分を笑うしかない。
今日はもう自分の部屋に帰れないのは確実だった。

チン、と軽い音がして、エレベーターが到着を知らせた。
ドアが開くなり飛び出し、広い地下駐車場を走り抜ける。

ずらりと並んだ車の中のひとつに、シンタローは乗り込んだ。
キーを差し込みエンジンを掛ける。
深夜に叩き起こされた車の唸るようなエンジン音と振動を感じながら、シートに凭れて大きく息を吐いた。

「あーあ…!」

ガラにもなく随分と緊張していたらしい。
緊張の糸が切れた途端、笑いが込み上げてくる。

「あー…何だ、俺、ハイになってんの?」

喜んでいるようなのに、馬鹿馬鹿しいような淋しいような、複雑に昂ぶった気持ちがぐるぐると胸の中を回っている。

「もしかして嫁いでいく花嫁気分ってヤツ?」

自分で言ってみて、吹き出した。
似合わないこと、この上ない
しかも父に言った通り、別に家を出るわけでもないし、一族を離れるわけでもないのに。

そう思ってから、気がつく。

「あー…そっか。逆だ」

思わず呟く。
全く馬鹿だ。全然、逆ではないか。

「俺はここに、嫁いで来るんだな」

ここに、彼に、この一族に。
そして、此処で生きていくのだ。

「何だ、そっか」

その答えは、すとんと胸に納まり、不安定に昂ぶっていた心を落ち着けた。
さっきまで、ほんのちょっとでも感傷的になっていたのが馬鹿みたいだった。

途端に今度は遠足前の子どものように気分が浮き立ってくる自分に笑う。全く現金なものだ。

浮かれた気分で備え付けのCDに手を伸ばし、再生ボタンを押した。
車内にレトロな音楽が響き出す。カーペンターズだ。
曲はお誂え向きに「WE'VE ONLY JUST BEGUN」だった。
タイミングの良さにひとりで更に笑ってしまう。
サビの軽やかなテンポに合わせて口笛を吹きながら、シートに凭れていた上体を起こした。
研究棟から息せき切って来るだろう従兄弟達が、もうそろそろ着く頃合いだ。
フロントガラスに目を凝らし、遠くから走ってくる大小二つの影を見付けて、シンタローは笑った。

 

 

 

「末永く宜しく。青の一族」

 

 

 

 

 

 

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