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日のある内から始まった賑やかな宴会も、夜が更けた頃には随分と鎮まっていた。
室内には酒瓶と人間がそこここに転がり、すっかりツワモノどもが夢の跡の戦場跡と化している。

自然とお開きの空気が漂う会場から、しかし、勝手に場所を移して、未だに収まらない者たちが若干名…

「うう、グンマ様ぁ~~~」
「なー、そろそろやめとけよ、高松ー」

さめざめと涙を流しながら、延々とヤケ酒を煽り続ける旧知の友人に、ジャンは仕方なさそうに声を掛けた。
お開きムードの宴会場から残った酒と肴をかき集めて、二次会よろしく隣の控え室に雪崩れ込んだは良いが、バカ親ドクターは延々とこの調子で荒れっ放しである。
さして本気でもないとは言え、一応律儀に止めてやろうと試みているものを、それに付き合うでもなくひとり好き勝手に酒を煽るハーレムがまた、いちいち余計な茶々を入れてくれる。

「いつまでうじうじやってんだ。ガキなんざ、とっとと巣立ってくモンだろーが」
「うっさいですよ!子育てひとつしたことない奴らに偉そうなこと言われる筋合いはありませんよ!」
「………『ら』…って、俺も…?」

どさくさに巻き添えを食って八つ当たられて、ジャンがむくれた。


「俺だって、子育てぐらいしたことあるぞ」


「………」
「………」

不満げな抗議に、二対の瞳が外見ばかりはうら若い『少女』の顔を凝視した。
短髪の黒髪、光の加減で赤みを帯びる黒の瞳。年の頃は17、8。此処には居ないもう一人の、かつてに酷似した姿。
元赤の番人の、本来の姿である。
辺りに無粋な部外者が居ない上に酒も入って、すっかり元の姿でくつろいでいる。

高松が胡乱げな視線を流した。

「あの島の不条理なナマモノなんかと、グンマ様を一緒にしないで下さい」
「酷ぇ!なんかって何だよ!ソネ君もイリエ君も素直な可愛い良いコ達だったんだぞ!」
「…よりによって、あの半ナマ(※半分ナマモノ)どもかよ」
「……お?」

この場にない筈の苦々しい声音に、ハーレムが首を巡らせた。
いつの間に来たものやら、すぐ傍に本日の主役が憮然とした顔で立っていた。

「よお、シンタロー」
「まだ潰れてなかったのか、てめーら」

呆れかえる姪に、ハーレムがにやりと笑った。

「何だよ、主賓。素面じゃねぇか。こっち来て一杯付き合えよ」

片手にした瓶を持ち上げて、もう片手で差し招く。
まだ呑む気満々だ。
延々しょーもない愚痴を垂れる同期より上等な酒の相手を見付けたことで、完全にソノ気になっているらしい。
こうなると、もう逃がしては貰えない。

「ったく、このオッサンは…」

シンタローは諦めたように溜息をついた。

 

 

 

 

           『 Engagement 』  
                              .
            ―― 第五話。 宴の始末 <暴露>編 ――


 

 

 

 

数十分後。

「おーい、酒足んねぇぞぉ~」
「…足らねーってヨ。持ってこい、元番人」
「何で俺が…」
「あ~?取ってこいもできねーのか、犬より使えねーヤツだな」
「そーだ、てめーよりぢゃんの方がよっぽど賢かったぞ」
「ナニがだ、この酔っ払いども(怒)」

見事な酔っぱらい二人が出来上がっていた。
先刻のいかにもしょーがなさそうな態度など何処へやら、叔父と姪と、合わせて元番人相手に絡む有様は、なかなかにタチが悪い。

周囲には空の瓶が山と積み上がり、中には空の樽までも転がっている。
あれから二人が競うように飲んだ分だけで、はっきりいって酒が勿体ないような消費量である。

 

「にしても、テメェなぁ、酒の勢いでヤっちまいましたたぁ、10代のガキじゃねーんだぞ」

 

いい加減酔いの回ったハーレムが、やおら姪に指を突きつけた。
タイミングの唐突さと言い、話題の無遠慮さと言い、無駄に説教がましい口調と言い、まさしく飲み屋で手当たり次第人を掴まえて管を巻くおっさんそのものである。典型的かつ、はた迷惑な絡み酒だ。

「…っせーな、しょーがねぇだろ」

直球でイタイ話を振られたシンタローがぶすくれた。
通常、素面ならばここで大いに動揺する所なのだが、不快を示すばかりの鈍い反応からして、こちらも色々どーでもよくなるくらいには酔っているようだ。

「しょうがねぇで済むか、馬鹿野郎が」

姪のやさぐれた態度に、叔父は嘆かわしげな溜息をついた。

「せっかく俺が散々鍛えてやったてぇのに。酔い潰れるたぁ、何てザマだ。情けねぇ」
「…そっちかよ」

ジャンがツッコんだ。
酒の勢いで起きてしまった不測の事態より、酒に飲まれて潰れた事実の方がこの不良中年にとっては問題であるらしい。

「鍛えてやった、だぁ?絡んだの間違いだろーが。偉そうに言ってんじゃねーよ、おっさん」

言外に半人前と馬鹿にされたシンタローが、眼前に突きつけられた指を叩き落とした。
酔いも手伝って、据わった目つきは普段より更にガラが悪い。

「言っとくけどな、潰れたのはアイツの方だっつーの。俺がアイツ相手に、しかもあの程度の量で潰れるわけねーだろ!」

叔父をぎろりと睨め付けて強い口調で言い放ち、半分ほど残っていたグラスを一気に干す。
水のように呷っているが、中身は恐らくストレートのウィスキーだ。
ついで手を伸ばし、手近にあった未開封のワインの瓶を無造作に掴んで、ナイフで封の口を切る。
もはやアルコールでさえあれば、酒の種類も銘柄も、どうでも良いのに違いない。

「おら」
「おう」

コルクを引き抜き、突き出したワインを相手の空のグラスにだばだばと注ぐ。
手つきは乱暴だが、狭いグラスの口から零してはいない辺り、意外とまだ余裕があるらしい。
当然のように自分の分も手酌で注ぐ。注ぐと言うより突っ込む勢いだ。

「確かに勢い付けでそれなりには飲んだから、翌朝は軽く地獄だったけどよ。それでも潰れるほどじゃねぇぞ。吐いてもねぇし、記憶も飛んでねぇし。大体、俺が潰れてたら、今頃、何も起きてるわけねーだろーが」

少々言い訳がましいながらも、シンタローが釈明する。
その発言を拾い、端っこの方でさめざめと泣いていたマッド・サイエンティストが顔を上げた。

「………ちょっと、それどーゆーことですか」

きょとんとしたシンタローだが、すぐに気付いて、しまったとばかりに首を竦めた。
ぽん、と手を打ったのは同じ顔。

「あ~、そりゃ、どれだけ酒が入ったってボーヤにコイツが押し倒せるわけないよなぁ」

納得したように言って、ジャンが遠慮無くけらけらと笑い出す。元々の陽気な性格にプラスして、酒が入れば笑い上戸な性質だ。
もっとも仮にも元番人、いくら酔っても潰れることはない。それこそ限界のないザルでもあるのだが。

「たりめーだろ。俺はそんなヤワな鍛え方はしてねーぞ」

シンタローはジャンへ挑戦的な視線を向けた。
造りが同じ顔なので余り迫力はない。本人達は嫌がるだろうが、そうやって顔を付き合わせていると、まるで姉妹に見える。

「そりゃそーでしょ、元は俺の器なんだし?」
「ま、俺が仕込んだんだから当然だな」

「外野はすっこんでらっしゃい!ちょっとアナタ、それじゃまるで――」

無責任に言いたい放題言っている面子に怒鳴り、高松が勢いよくシンタローを振り返った。
血相の変わっているドクターにシンタローも向き直り、

 

「まるでっつーか完ペキ、俺が誘ったってゆーか、むしろ襲った――…みたいな?」

 


ははっ、と爽やかに輝く笑顔が嘘くさい。


 

 

「そんな昔の女子高生みたいなノリで誤魔化せる歳だと思ってんですか、アンタわーーーー!?」




「歳とかゆーな、てめーーーー!!!」

 

 


ぶち切れた高松に間髪入れず、シンタローがテーブルに拳を叩き付けて怒鳴り返した。
20代半ばの微妙なお年頃に、年齢の話は逆鱗だったらしい。

逆ギレて居直ったシンタローが、ソファに傲岸にふんぞり返った。

「んだ、てめぇ。こーして責任は取ってやってんだから、文句ねーだろ!!」
「犯罪紛いのことしておいて、態度でかすぎますよ、アンタ!!」

「ふん、残念だったナ!あいにく合意の上だ、ゴーカンじゃねぇーぞ!」

「ナニ堂々と口走ってんだ、そこー!!」

さすがの問題発言にジャンが慌ててストップをかけた。
やはり酔っ払い。言動がうっかりと危険である。

「…何だ、合意じゃあったのかよ」

何を期待していたのか、ハーレムがつまらなさそうに舌打ちした。

「何だたぁ何だよ、おっさん。俺はそこまで鬼じゃねぇっつーの」

シンタローがむっとしたように眉を上げる。

「ちょっとばっか酒に飲まれてトんでたって、合意は合意だろ。ムリ強いはしてねーんだ、文句あっか。」
「その発言が既に鬼そのものだろ」
「煩えぞ、犬以下」

一言で切って捨てられて、酔っ払い相手にも根気よく付き合っていたジャンが流石にいじけた。

俺、健気に頑張ってるよな。何でこんな所で酔っ払いども相手にわざわざ要らない苦労買ってるんだろう、何で俺ってばいつも苛められてんの、何でこんなにいつも貧乏籤ばっか…

泣き上戸にモードが切り替わったか、元番人が膝を抱えてめそめそ泣き出す。

それを完璧に無視して、

 

「しかし、何だな」

 

ハーレムが、しみじみと呟いた。

 

 

「…据え膳とはいえ、一応あいつも男だったんだな」

 

 

シンタローが真顔で頷く。

「いや、うん。言っちゃ何だけど、俺もちょっとビックリだった」

きっぱりと何げにかなり失礼な言いぐさである。

「まぁ、仕掛けといて流されたら、そっちの方がショックだ」
「あいつに限っては、ありえそうだけどな」

それも本気で気が付かずに流しそうだ。

「ああ。流石にそこでボケられたら、俺もちょっとどうしようかと思った」

ちょっと疲れたような遠い眼差し。当事者としては笑い事ではなく、結構、切実だ。

「……」
「……」

 

 

「…………やることやれたのか、あいつ」

 

ハーレムがぼそっと呟いた。
つい本音が出たらしい。
シンタローも明後日を見たまま答えた。

 

「………少なくとも、キャベツ畑やコウノトリを信じてることはねぇだろナ」

 

 

「……」
「……」

お互い何となく逸らしていた視線を手元に戻す。
気を取り直したように、グラスに再び酒が注がれた。

「…にしても、襲うほど切羽詰まってたのか、お前」
「馬鹿言え、俺がそんな欲求不満に見えるか。あんたじゃあるまいし」

からかい混じりににやにや笑うハーレムに、半眼に目を眇めたシンタローがやり返す。

「テメェ、俺が不自由してるように見えんのか、コラ」
「ああ、違ぇの?部下にでも手ぇ出してンのか?あんた抱く方、抱かれる方?」
「…………んのクソガキャぁ」

売り言葉に買い言葉というのか。
どうにも飛び出す余計な一言に、叔父と姪が不毛に睨み合う。

「俺は女専門だっつーの!抱く方に決まってンだろが」
「抱く方『は』女専門の間違いじゃねーの」
「んだと、実地でヤられてみてーか、ぁあ!?」
「ヤれるモンならヤってみやがれ。あんた、この顔相手にソノ気になんねぇだろ」
「当たり前だろ、サービスの物好きじゃぁ、あるまいし」
「Σうぁ、止めろ!!俺は何も聞いてねぇ!!」
「…ケッ、あきらめろ。アイツは狙った獲物は逃がさねぇ。ヤツが喰われんのも、どうせ時間の問題だ」
「ぎゃーー!!」

何だか話が勢いよく脱線していっている。
しかも、内容は修学旅行の夜の猥談並みだ。

そこへ、

「なぁ、ここで約一名死んでるけど…」


先程までその辺で凹んでいた筈の元番人の声が掛かった。
けろりと首を傾げる彼女は、いつの間にやら自力で復活したらしい。まったくもって打たれ強い。
もはや暴走する会話へのツッコミは諦めたのかシャットアウトすることにしたらしく、彼女の意識は足下に倒れている友人に向いていた。
こちらは自力では復活出来なかったドクターの屍である。
どうやらショックの大きい問題発言の数々に完全に再起不能に陥ってしまったらしい。

視線すら向けずにハーレムが即答した。

「介抱してこい、竹馬の友だろ」
「自分が動く気は全くねぇのね、同期の桜は」

ジャンが肩を竦めた。
どうせそうくるだろうとは予想していたらしい。
精神的に壊れ掛けている友人をちょいちょいと突いて呼びかける。

「おーい、タカマツー?」
「ううう…」
「おいって…あー、しょうがねぇなぁ、もう…」

泣きながら呻くばかりの生ける屍に、苦笑しながら肩を貸す。
半ば引きずるようにしながら、彼女はこちらへ向けて背中越し、ひらひら片手を振り、

「んじゃ、連れてくわ、お休み」

あっさり部屋を立ち去った。

 

 


 

 
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「やれやれ、子離れ出来ねーヤツだぜ」

同期達が出ていった扉を見詰めながら、ハーレムが呆れた。
独り言のような呟きが、人数が減って静かになった室内に響く。
手元のグラスを揺らして、シンタローがひっそりと笑った。

「すぐ慣れる。それにもう一人、図体のでかいガキがいるからな」

声を立てない口端だけの笑いを見遣り、ハーレムは気に入らないように目を眇めた。

「おい」
「…あ?」

低く呼びかける。
何気なく顔を上げたシンタローが眉を顰めた。

珍しい叔父の真顔がそこにあった。

ある意味貴重ではあるが厄介でもある、それ。
普段の崩した調子を抑えてしまうと、彼の一挙一動はいちいち力がありすぎる。
強く響く声はそれだけで相手を不必要に威圧するし、容赦のない眼差しは剥き出しの刃のように鋭い。

「よく考えろよ」
「…何?」

訝しむように聞き返すシンタローを、ハーレムがじっと見下ろした。

「止めとくなら今の内だ。成り行きだとか、外聞だとか、そんな半端なモンなら、此処で引き返せ。覚悟もねぇくせに早まった真似はするな。でないと…」

素っ気なく言う。

「破滅するぞ」

シンタローが僅かに目を見開く。
どこか苦々しげに、彼は小さく溜息をついた。

「青の一族の執着心は並大抵じゃない。一度執着したものは、どうあっても手に入れるし、何があろうとも手放さない。それだけの力があって、そうすることを躊躇わない。…それが時にどれほど悲劇を生むか、お前が一番わかってんだろ」
「…けど」
「あいつは違うとでも思うか?――…いいや」

口を開きかけた姪を、ハーレムは睨み付けて黙らせた。

「あいつも、決して例外じゃねぇ。あれでも一族の男だ。あの狂気のような執着も力も、まだ目覚めていないだけで、必ず『それ』は持っている。

――…アイツの中の、眠ってる獣を起こすな」

力ある青い瞳が貫く。
一族特有の危うい色と、彼独特の苛烈な眼差し。
奥底に隠された真摯さを孕んで、有無を言わせない強い意思。

シンタローが目を逸らした。

 

「…忠告ありがとうよ、おっさん。…でもな――」

 

 

 

 

 

 

 

「シンタローはん!結婚なんて待っておくれやす!」

 

 

 

 

 

 

「…いたの、アラシヤマ。」

目一杯勢いよく飛び込んできた友情ストーカーを振り返りもせず、シンタローが冷たく宣った。

「うう、愛が痛いおす…」

すげない態度に撃沈し、しかし、それどころではないアラシヤマは、すぐさま復活して縋り付いた。

 

「シンタローはん、心友のわてに何の相談もなく結婚なんてヒドいどす~~~!しかも、相手は『あの』天災バカボンボン博士やなんて…」

 

「さすがアラシヤマ、的確な表現だナ!」
「…お前、仮にもこれからダンナになる奴だろ。」

ぐっと親指を立てたシンタローに、ハーレムが思わず突っ込みを入れる。

「わては絶対に反対どす~!考え直しておくれやす~~!」
「だぁ~!どいつもこいつも…」

必死に畳み掛けるアラシヤマは、もはや縋り付くを通り越して絡みついてくる。
がしりと顔面を押さえて力任せに引き離そうとするが、腐っても沸いても団内NO.2、そう簡単には剥がれない。

「離れろ!鬱陶しい!!」
「何もよりによって、あのお人と結婚しなくても良いやおまへんか!」
「じゃー、ダレとしろってんだヨ」

いい加減、苛立ちも頂点のシンタローが不機嫌に目を眇めた。
周囲が野郎ばっかりなので、結構、忘れがちだが、ぶっちゃけ適齢期ど真ん中である。

その言葉に何を思ったかストーカーが恥ずかしげに頬を染めた。

 

「……////」

 

「眼魔砲。」

 

 

「ひぃッ!!何するんどす――!」

「煩ぇ!大体、何でお前にまでゴネられなきゃならねーんだ!俺が決めたんだ、ぐだぐだ言うな!!」

 

慌てて離れたストーカーをすかさず蹴り飛ばし、シンタローが一喝した。
本気の怒気の篭もる声にアラシヤマが怯む。
だが、これで引くだろうという予想に反して返ってきたのは、

 

「…いいえ、言わして貰いますわ」

 

静かな声が、きっぱりと言った。

否と返す答えに更に苛立ちを煽られて、シンタローが目つきを険しくする。
睨み付ける視線が、長い前髪に隠されていない片目とかち合い、喉元まで出かけた言葉を呑み込んだ。

冷ややかな瞳がこちらを向いていた。

「あんさん、いつまで、あの一族に拘ってるつもりや」
「!?」

シンタローが息を飲んだ。

「な…」
「そのしょーもない引け目、いつまで抱えとるんや。あの島でちょっとは吹っ切ったのかと思えば…」

容赦なく、侮蔑するように吐き捨てる。
的確に一言で相手の胸に切り込む言葉に、一気に激昂した感情が振り切れた。

バネのように飛び出した手が、力任せに相手の胸ぐらを掴む。

「ッ何が言いたい!」

抵抗する素振りもなく引き摺られたアラシヤマを至近距離で睨み付けた。
襟元を締められて、それでもなお睨み返すだけの冷徹な顔に、血の上った頭が少しだけ冷える。
相手の静かな瞳に、みっともなく感情を乱した自分の姿が映っていた。
凪いだ黒い瞳、映る自分の色も、黒。
睨み合ったまま、シンタローは内心で舌打ちした。
このくらい、ムキになる必要はなかった筈だ。
こうも過剰に反応してしまったのは、相手の核心をつく洞察に優れる彼だからこそ。
それはつまり…

「あんさんは、ここを離れて生きていくことだって出来るんや」

「――!」

黒瞳が動揺したように揺れた。
アラシヤマは僅かに憐れむようにそれを見遣った。

「総帥の子で、跡継ぎで、それなのに一族の異端で。必死にガンマ団のNO.1やってたあんさんは苦しそうでしたえ。あの島でのあんさんは何者でもなくて、…ただのシンタローはんやったあんさんは楽しそうどした」

「俺は…」

シンタローの手から力が抜けた。
解放されたアラシヤマが吐息をつく。

「別に離れなきゃいかん言うてるわけやないけど…あんさんはもっと色んな道が選べるんや。あの島で、あんさんは確かにそれを知ったはず――」

 

 

 

 

「…『あの島』『あの島』って、うるさいよ」

 

 

 

 

すぐ背後で響いた声に、アラシヤマが身動きを止めた。
振り返るにも間合いの取れない距離で、不機嫌な声が唸る。


 

「それで何が言いたいのさ。結局、僕らから離れろって言いたいんじゃない。…そんなの」

 

――許さないよ。

 

殆ど囁きに近い微かな声。

物騒な言葉とは裏腹に、仕掛けてくるほどの殺気も闘気もない。気配ひとつで分かる、力でどうこうしようとする意思も、またその力もないだろう、戦い慣れない空気。
話に気を取られて背後を取られたのは失態だが、今、一瞬で振り返りねじ伏せるだけの隙もある。

それなのに。

断固とした意思が籠められたその声。
ただ真っ直ぐな本気だけがそこにある。
それだけで不可能をも可能にするような錯覚は、どこから来るのだろう。

脳裏に閃いた色に、ほんの僅か動きが遅れた。

 

「……!」

「ちッ!おい、グン――」

 

「こンの馬鹿グンマ!!」

 

ゴッ!!と鈍い音がした。

ハーレムは手を伸ばし掛けた体勢で固まったまま、その場にうずくまった甥を見詰めた。

 

「い…ったぁ~~い!!何すんのさ、シンちゃん!!」

 

しゃがみ込んだまま頭を押さえたグンマが、涙目で非難がましく訴えた。
仁王立ちのシンタローが、それを怒りの形相で見下ろす。

「何じゃねぇ!飲むなっつったろーーが、俺は!?」

「…だってぇ」
「だってもくそもあるか!キンタローは何やってんだよ!」

言い訳を許さない従姉妹の剣幕に、グンマがびくりと首を竦めた。

「伊達衆のみんな、運んでるよ。全員、酔いつぶれちゃったから。特戦の人たちはまだ残っててナンか麻雀とか始めてたけど…」

シンタローが片手で顔を押さえて、天井を仰いだ。

「あの馬鹿どもは…。…ああ、もう。行くぞ、今のうちにちょっとは後片付けとかねーと」

言うなり、さっさと踵を返す。
その後を追おうとして、突然立ち止まった従姉妹の背中に、グンマは強かぶつかった。
ぶつけた顔を押さえながら、首を傾げる。

「…シンちゃん?」

 

「――…わかってる」

 

室内に背中を向けたまま、シンタローの声が部屋の中に響く。

 

「色んな道があって、その中から俺が選んだんだよ。…俺が――」

 

呟いて、振り返りもせず出ていった。
不思議そうな顔をしながらも、グンマも後を追った。

 

 

「…とっくに手遅れかよ。兄貴の子だな、全く」

 

残された部屋の中で、ハーレムが溜息をついた。
同じく部屋に残された青年を、ちらりと見遣る。

「マーカーんとこのガキだな。命拾いしたぜ、お前。…行け」

僅かに瞑目し、ただ短く頷いて、彼は姿を消した。

一人になった部屋を彼は見まわした。
先程までの騒ぎの余韻が、まだその辺に漂っている気がする。

 

「本当に兄貴の子だぜ、…どっちもな」

 

俺が――…離れられねぇんだ

 

零された言葉。

 

――許さない

 

譲らない瞳。

 

「…とっくに覚悟が出来てんなら、俺の口出すことじゃねぇ…か。…クソ、テメェらで勝手にやりやがれ!」

 

投げ遣りに吐き捨て、乱暴に髪を掻く。

ソファに寝ころび、天井を仰いで。

 

彼はもう一度、深く溜息をついた。

 

 

「ったく…。これできっちり幸せにならなかったら承知しねぇからな、ガキども」

 




 

 

 

 

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