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「う…」
唐突に意識が戻り、彼は苦しげに呻いた。
どうやら深く眠っていたらしい、その間、窮屈な体勢で寝返りも打たなかったのか、妙に力の入ったまま身体が強張っているのをゆっくりと動かして、無意識に体勢を楽なものへ入れ替える。
途切れていた感覚が次第に戻ってきて、その途端に脳が身体の異常を訴えた。
「あ…、頭、痛ぁ…」
まず、ほんの少しの動きでも、頭の奥に突き刺すような痛みが走る。
ぐらぐらと辺りが揺れているような目眩もする。
喉ががらがらに渇いていて、そこにも鈍い痛みがあった。
原因を探るまでもなく、この状態には覚えがあった。
飲み過ぎた特有の、まぁ…典型的な二日酔いの症状だ。
うっかり瞼を開いた途端に、朝の眩しい光が眼球に痛いほど突き刺さり、グンマは逃れるようにシーツに顔を押しつけた。
「…目ぇ覚めたか、グンマ」
もっと深くベッドに潜り込もうと、もぞもぞ身じろぎしていると、唐突に傍らから声が掛かった。
少しぶっきらぼうな、ややもするとグンマよりも低めのその声は、彼と同い年の従姉妹のものだ。
こちらも酒焼けか、今朝は幾分掠れ気味だった。
「あ…シンちゃん…?おはよ…」
寝惚けた声を返しながら、条件反射で眩しい瞳をこじ開け、従姉妹の姿を探す。
見慣れたはずのその姿が目に入り、途端にグンマは今にもくっつきそうだった両の瞼をぱちりと見開いた。
一瞬にして二日酔いも何処かに吹っ飛ぶ。
「……あの、シンちゃん」
「あぁん?」
至って無愛想な従姉妹の返答は、朝からいやにドスが利いていた。
お世辞にも機嫌が良いとは言えない状態のようだったが、そうそう怯んではいられない。
グンマは焦ったようにがばりと起きあがり、空回りするように何度か口を開閉させ、
「…これって、どういう状況…?」
何とも間抜けに問い掛けた。
「…見てわかれよ」
ため息をついた従姉妹が投げ遣り気味にそう言った。
『 Engagement 』
.
―― 第一話。 後の祭りの始まり編 ――
彼女の様子は一見したところ至極、冷静そうだった。
慌ても取り乱しもせず、何事もないかのように普段と変わりなく平然としている。
だからこそグンマはまず彼女に把握しきれない現状の説明を求めたのだったが。
「……で、シンちゃん…これ」
「………」
「………シンちゃん??」
「…………」
先程のひと言の後から、いっかな返事が返らない。
首を傾げ、まじまじと相手の顔を覗き込んで、自分の認識が誤りであったことに彼はようやく気がついた。
いつもは怯まぬ毅い黒瞳があからさまに視線を逸らしたまま、すぐ傍にいるグンマをすら見ることもなく宙に浮いていた。
ぴくりとも動かない表情筋と背筋は、明らかに不自然に力が入って強張っている。
なるべく周囲の一切を見ないように務めているようだった。
どうやら持ち前の強固な意地とプライドで、冷静なフリをしているだけらしい。
「…だめだ、こりゃ…」
自分を抑えるのに必死な従姉妹からでは、まともな返事は返ってこなそうだ。
他から説明を求めることを諦め、グンマはやっと恐る恐る周囲の惨状を見渡した。
自室や研究室ほどではないが、飽きるほど見慣れた従姉妹の部屋だ。
相変わらず飾り気一つ無い場所が、今朝は見事なまでに激しく荒れていた。
(…………何があったんだっけ…)
彼はとりあえず記憶を探り、そもそもの原因だろう昨夜のことを思い出した。
確か、珍しく従姉妹に酒を誘われて飲んだのである。
『あの島』から帰ってきて未だ日は浅い。混乱の続く状況の中、これまでのことやこれからのこと、話したいことや話すべきことも色々あったし、流石にそれら全てを素面では話しにくくもあった。
テーブルには昨日の名残だろう、食べ散らかした酒肴と酒瓶が何本も空いていた。
自分の酒量はさして多くはないから、ほとんどは従姉妹が空けたに違いなかった。それにしても些か多すぎる気はしたが、それはまぁこの際どうでも良い。
視線を己のいる場所へ戻す。
従姉妹とふたりしてベッドの上だ。それも良い。
酒豪の彼女と酒を呑めば強くはない自分が先に酔い潰れるのは当然で、そうなればそのまま朝まで泊まり込むのもよくあることで、いちいちその度にどちらかがソファを使ったりするような気遣いを今さらするような相手でもない。どうせムダにベッドも広いので、大概は合宿宜しく雑魚寝というか同衾してしまう。
だから、
(それ自体は別に良いんだけ、ど…)
唯一、問題があるのは、現在の自分たちの姿であった。
要するに、ぶっちゃけ何でベッドが乱れていて、二人とも服を着てないのかという辺りである。
昨夜は確かにラフな格好をしていたが、それも見事に脱ぎ散らかされてベッドの下に転がっていた。
シーツの乱れたベッドの周囲に二人分の服が乱雑に蟠る様に、なかなか目の毒な光景だなぁ…と、ぐらぐらする頭で現実逃避気味に考える。何処か頭の奥の方で鐘でも突いているように、ぐわんぐわん大音量の耳鳴りがした。
動揺を抑えるように視界に掛かる金髪を片手で押さえれば、自分のコンプレックスでもある一族にしては華奢な腕だとか、従姉妹のアジア系の黄色がかった肌とは明らかに色味の異なる白人特有の肌色だとかが目に入る。まあ裸なのだから当然だ。
ぼんやりと隣の従姉妹に目をやれば、色々と屈折した状況のお陰で常に男の格好をしている彼女もやはり、同様に持って生まれた姿を晒していた。
明らかに、女性の。
日頃鍛えられた身体は無駄な肉ひとつ付いておらず、柔らかさよりも引き締まったしなやかさの目立つものではあったが、それでも女性らしい線を損なってはいなかった。一糸纏わぬ姿でありながら、それは性的な生々しさよりもむしろ野生の獣さながらの強い生命力を感じさせる。ただ一つその身を飾る長い豊かな黒髪が、島暮らしで日に焼けた肌にも鮮やかに映えていた。
ある程度の年を数えてからは殆ど初めて見ると言って良い従姉妹の本来の姿に、グンマは内心で素直な称賛を送った。
グンマとしては従姉妹がどんな格好をしていようが一向に構わないのだが、これだけ綺麗なものを無理に歪めて隠しておくのはいかにも勿体ない。
そんなやや脱線気味の呑気な感想を抱きつつ、同時にぬけぬけと目の保養に預かりつつも、一応何とか、自称天才博士の頭は現状を把握していた。
かつて無いことだが、この状況はどうやら、…どう考えても。
「つまり、…そういうこと?」
この手の話題の苦手な従姉妹に遠慮して、直接的に口にするのを躊躇えば、どうしたって他に言いようがない。
従姉妹が憮然とした顔で横を向いた。
「まぁ、そうだろ」
否定したくとも、あまりにもここまでお膳立てが揃いすぎていては、流石に己の誤魔化しようがなかったのだろう。
がしがしと気まずそうに頭を掻くのに、乱れ掛かる長い黒髪が揺れた。
乱暴な腕の動きに釣られて肩口に掛かった髪が滑り落ちる。
ふと見ればその二の腕の内側に既に淡く消えかかるほの赤い跡が浮いていた。
よく見れば首すじや肩口にも同様のものがちらほらと散っている。当人からは見えないだろうから、恐らく気付いてはいまい。
当然ながら自分では付けようのない位置である。
…ということは他にそんな真似が出来た者はいないわけで。
(うわぁ…、これって…)
これ以上ないほど、見事な決定打だった。
急に現実味が迫ってきて、思わず耳まで赤くなる。
今さら慌てて、グンマは視線を逸らせた。
まともに視線を戻せないまま、ぐるぐる考えを巡らせる。
酔って起きたら隣に裸の誰ぞがいたとかいう、話としては良く聞くシチュエーションだ。
だが、しかし。
なにせ相手はガサツなくせに、何げに今時珍しいほど奥手で貞操観念も堅い従姉妹である。
加えて半端なく腕は立つ。
どう間違っても彼女とだけはそういうことになるとは思わなかったというのが本音だ。
それなのに、この状況は一体。
(ほ、本当に何があったんだろう昨日…)
何がどーしてこうなったのか、自分自身でさえわからない。
酒のせいだろうが、すっぽりと記憶が飛んでいる。
いくら自問しても答えは出てこず、グンマは激しく落ち込んだ。
全く…
…何てもったいない。
せっかくなら一部始終きっちり覚えていればいいものを、記憶のない己が恨めしい。
隣で何やら居たたまれないやっちまった感を漂わせている従姉妹を余所に、グンマの脳裏にあるのはそれだけであっった。
現状に対する後悔とか焦りとか相手への罪悪感とかは微塵も思い当たらないらしい。
彼も所詮は青の一族だった。
(だって、とりあえず無理強いした心配だけはないし…)
今や彼女は一族最強の実力者である。
確かに、そんなことをしていたら、とてもじゃないが自分が無傷で済むはずがない。
…となれば
(…ちょっとは期待しても良いのかなぁ…)
あ、いかん、嬉しくなってきた。
不謹慎にも思わず口元が緩みかけて、グンマは慌ててそれを両手で覆い隠した。
従姉妹に知れれば本気で殴られること必至のそんな思考を引き戻したのは、こちらも何事か考え込んでいた当の従姉妹の妙に改まった咳払いだった。
「おい…グンマ」
いつになく静かに名を呼んで、従姉妹は恐ろしく真面目な顔をグンマに向けた。
その迫力に圧されて、グンマは僅かばかりのけ反った。
意志の強い黒い瞳が心なし据わっている気がする。
「えと、シンちゃ…?「とりあえず、これから考えるべきことは色々あるだろうが、まず、こうなった以上はあれだ」
「…う、うん」
あれ、では、どれだかさっぱり通じないが、ここは神妙にグンマも頷いた。
重々しいがどことなく緊張した声音に、何となく続く言葉を予想するが、よもやこの従姉妹の口からこの類の台詞を聞ける日が来ようとは。
ドキドキしながら頬を抓って夢じゃないか確かめたい衝動をぐっと堪えて、グンマも一応、居住まいなど正してみる。
これだけ散々乱れた状態で居住まいも何もないが、そこは気分の問題である。
ベッドの上で背筋を伸ばして向かい合い、黒髪の従姉妹は覚悟を決めたように深く息を吸った。
きっ、と強い視線を真っ直ぐに据えて、
ヤケクソのように紡がれた宣告は、きっぱりとひと言。
「責任取って、嫁にしろ。」
この後のありとあらゆる騒動の発端となる、波乱の幕開けの宣誓宣言であった。
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「う…」
唐突に意識が戻り、彼は苦しげに呻いた。
どうやら深く眠っていたらしい、その間、窮屈な体勢で寝返りも打たなかったのか、妙に力の入ったまま身体が強張っているのをゆっくりと動かして、無意識に体勢を楽なものへ入れ替える。
途切れていた感覚が次第に戻ってきて、その途端に脳が身体の異常を訴えた。
「あ…、頭、痛ぁ…」
まず、ほんの少しの動きでも、頭の奥に突き刺すような痛みが走る。
ぐらぐらと辺りが揺れているような目眩もする。
喉ががらがらに渇いていて、そこにも鈍い痛みがあった。
原因を探るまでもなく、この状態には覚えがあった。
飲み過ぎた特有の、まぁ…典型的な二日酔いの症状だ。
うっかり瞼を開いた途端に、朝の眩しい光が眼球に痛いほど突き刺さり、グンマは逃れるようにシーツに顔を押しつけた。
「…目ぇ覚めたか、グンマ」
もっと深くベッドに潜り込もうと、もぞもぞ身じろぎしていると、唐突に傍らから声が掛かった。
少しぶっきらぼうな、ややもするとグンマよりも低めのその声は、彼と同い年の従姉妹のものだ。
こちらも酒焼けか、今朝は幾分掠れ気味だった。
「あ…シンちゃん…?おはよ…」
寝惚けた声を返しながら、条件反射で眩しい瞳をこじ開け、従姉妹の姿を探す。
見慣れたはずのその姿が目に入り、途端にグンマは今にもくっつきそうだった両の瞼をぱちりと見開いた。
一瞬にして二日酔いも何処かに吹っ飛ぶ。
「……あの、シンちゃん」
「あぁん?」
至って無愛想な従姉妹の返答は、朝からいやにドスが利いていた。
お世辞にも機嫌が良いとは言えない状態のようだったが、そうそう怯んではいられない。
グンマは焦ったようにがばりと起きあがり、空回りするように何度か口を開閉させ、
「…これって、どういう状況…?」
何とも間抜けに問い掛けた。
「…見てわかれよ」
ため息をついた従姉妹が投げ遣り気味にそう言った。
『 Engagement 』
.
―― 第一話。 後の祭りの始まり編 ――
彼女の様子は一見したところ至極、冷静そうだった。
慌ても取り乱しもせず、何事もないかのように普段と変わりなく平然としている。
だからこそグンマはまず彼女に把握しきれない現状の説明を求めたのだったが。
「……で、シンちゃん…これ」
「………」
「………シンちゃん??」
「…………」
先程のひと言の後から、いっかな返事が返らない。
首を傾げ、まじまじと相手の顔を覗き込んで、自分の認識が誤りであったことに彼はようやく気がついた。
いつもは怯まぬ毅い黒瞳があからさまに視線を逸らしたまま、すぐ傍にいるグンマをすら見ることもなく宙に浮いていた。
ぴくりとも動かない表情筋と背筋は、明らかに不自然に力が入って強張っている。
なるべく周囲の一切を見ないように務めているようだった。
どうやら持ち前の強固な意地とプライドで、冷静なフリをしているだけらしい。
「…だめだ、こりゃ…」
自分を抑えるのに必死な従姉妹からでは、まともな返事は返ってこなそうだ。
他から説明を求めることを諦め、グンマはやっと恐る恐る周囲の惨状を見渡した。
自室や研究室ほどではないが、飽きるほど見慣れた従姉妹の部屋だ。
相変わらず飾り気一つ無い場所が、今朝は見事なまでに激しく荒れていた。
(…………何があったんだっけ…)
彼はとりあえず記憶を探り、そもそもの原因だろう昨夜のことを思い出した。
確か、珍しく従姉妹に酒を誘われて飲んだのである。
『あの島』から帰ってきて未だ日は浅い。混乱の続く状況の中、これまでのことやこれからのこと、話したいことや話すべきことも色々あったし、流石にそれら全てを素面では話しにくくもあった。
テーブルには昨日の名残だろう、食べ散らかした酒肴と酒瓶が何本も空いていた。
自分の酒量はさして多くはないから、ほとんどは従姉妹が空けたに違いなかった。それにしても些か多すぎる気はしたが、それはまぁこの際どうでも良い。
視線を己のいる場所へ戻す。
従姉妹とふたりしてベッドの上だ。それも良い。
酒豪の彼女と酒を呑めば強くはない自分が先に酔い潰れるのは当然で、そうなればそのまま朝まで泊まり込むのもよくあることで、いちいちその度にどちらかがソファを使ったりするような気遣いを今さらするような相手でもない。どうせムダにベッドも広いので、大概は合宿宜しく雑魚寝というか同衾してしまう。
だから、
(それ自体は別に良いんだけ、ど…)
唯一、問題があるのは、現在の自分たちの姿であった。
要するに、ぶっちゃけ何でベッドが乱れていて、二人とも服を着てないのかという辺りである。
昨夜は確かにラフな格好をしていたが、それも見事に脱ぎ散らかされてベッドの下に転がっていた。
シーツの乱れたベッドの周囲に二人分の服が乱雑に蟠る様に、なかなか目の毒な光景だなぁ…と、ぐらぐらする頭で現実逃避気味に考える。何処か頭の奥の方で鐘でも突いているように、ぐわんぐわん大音量の耳鳴りがした。
動揺を抑えるように視界に掛かる金髪を片手で押さえれば、自分のコンプレックスでもある一族にしては華奢な腕だとか、従姉妹のアジア系の黄色がかった肌とは明らかに色味の異なる白人特有の肌色だとかが目に入る。まあ裸なのだから当然だ。
ぼんやりと隣の従姉妹に目をやれば、色々と屈折した状況のお陰で常に男の格好をしている彼女もやはり、同様に持って生まれた姿を晒していた。
明らかに、女性の。
日頃鍛えられた身体は無駄な肉ひとつ付いておらず、柔らかさよりも引き締まったしなやかさの目立つものではあったが、それでも女性らしい線を損なってはいなかった。一糸纏わぬ姿でありながら、それは性的な生々しさよりもむしろ野生の獣さながらの強い生命力を感じさせる。ただ一つその身を飾る長い豊かな黒髪が、島暮らしで日に焼けた肌にも鮮やかに映えていた。
ある程度の年を数えてからは殆ど初めて見ると言って良い従姉妹の本来の姿に、グンマは内心で素直な称賛を送った。
グンマとしては従姉妹がどんな格好をしていようが一向に構わないのだが、これだけ綺麗なものを無理に歪めて隠しておくのはいかにも勿体ない。
そんなやや脱線気味の呑気な感想を抱きつつ、同時にぬけぬけと目の保養に預かりつつも、一応何とか、自称天才博士の頭は現状を把握していた。
かつて無いことだが、この状況はどうやら、…どう考えても。
「つまり、…そういうこと?」
この手の話題の苦手な従姉妹に遠慮して、直接的に口にするのを躊躇えば、どうしたって他に言いようがない。
従姉妹が憮然とした顔で横を向いた。
「まぁ、そうだろ」
否定したくとも、あまりにもここまでお膳立てが揃いすぎていては、流石に己の誤魔化しようがなかったのだろう。
がしがしと気まずそうに頭を掻くのに、乱れ掛かる長い黒髪が揺れた。
乱暴な腕の動きに釣られて肩口に掛かった髪が滑り落ちる。
ふと見ればその二の腕の内側に既に淡く消えかかるほの赤い跡が浮いていた。
よく見れば首すじや肩口にも同様のものがちらほらと散っている。当人からは見えないだろうから、恐らく気付いてはいまい。
当然ながら自分では付けようのない位置である。
…ということは他にそんな真似が出来た者はいないわけで。
(うわぁ…、これって…)
これ以上ないほど、見事な決定打だった。
急に現実味が迫ってきて、思わず耳まで赤くなる。
今さら慌てて、グンマは視線を逸らせた。
まともに視線を戻せないまま、ぐるぐる考えを巡らせる。
酔って起きたら隣に裸の誰ぞがいたとかいう、話としては良く聞くシチュエーションだ。
だが、しかし。
なにせ相手はガサツなくせに、何げに今時珍しいほど奥手で貞操観念も堅い従姉妹である。
加えて半端なく腕は立つ。
どう間違っても彼女とだけはそういうことになるとは思わなかったというのが本音だ。
それなのに、この状況は一体。
(ほ、本当に何があったんだろう昨日…)
何がどーしてこうなったのか、自分自身でさえわからない。
酒のせいだろうが、すっぽりと記憶が飛んでいる。
いくら自問しても答えは出てこず、グンマは激しく落ち込んだ。
全く…
…何てもったいない。
せっかくなら一部始終きっちり覚えていればいいものを、記憶のない己が恨めしい。
隣で何やら居たたまれないやっちまった感を漂わせている従姉妹を余所に、グンマの脳裏にあるのはそれだけであっった。
現状に対する後悔とか焦りとか相手への罪悪感とかは微塵も思い当たらないらしい。
彼も所詮は青の一族だった。
(だって、とりあえず無理強いした心配だけはないし…)
今や彼女は一族最強の実力者である。
確かに、そんなことをしていたら、とてもじゃないが自分が無傷で済むはずがない。
…となれば
(…ちょっとは期待しても良いのかなぁ…)
あ、いかん、嬉しくなってきた。
不謹慎にも思わず口元が緩みかけて、グンマは慌ててそれを両手で覆い隠した。
従姉妹に知れれば本気で殴られること必至のそんな思考を引き戻したのは、こちらも何事か考え込んでいた当の従姉妹の妙に改まった咳払いだった。
「おい…グンマ」
いつになく静かに名を呼んで、従姉妹は恐ろしく真面目な顔をグンマに向けた。
その迫力に圧されて、グンマは僅かばかりのけ反った。
意志の強い黒い瞳が心なし据わっている気がする。
「えと、シンちゃ…?「とりあえず、これから考えるべきことは色々あるだろうが、まず、こうなった以上はあれだ」
「…う、うん」
あれ、では、どれだかさっぱり通じないが、ここは神妙にグンマも頷いた。
重々しいがどことなく緊張した声音に、何となく続く言葉を予想するが、よもやこの従姉妹の口からこの類の台詞を聞ける日が来ようとは。
ドキドキしながら頬を抓って夢じゃないか確かめたい衝動をぐっと堪えて、グンマも一応、居住まいなど正してみる。
これだけ散々乱れた状態で居住まいも何もないが、そこは気分の問題である。
ベッドの上で背筋を伸ばして向かい合い、黒髪の従姉妹は覚悟を決めたように深く息を吸った。
きっ、と強い視線を真っ直ぐに据えて、
ヤケクソのように紡がれた宣告は、きっぱりとひと言。
「責任取って、嫁にしろ。」
この後のありとあらゆる騒動の発端となる、波乱の幕開けの宣誓宣言であった。
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