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           『 Engagement 』  
                              .
            ~ その後のお話 ~


 


ゆっくりと意識が浮き上がった。
何だか長い夢を見ていた気がする。
辺りはとても静かで、身体は何だか暖かくて柔らかいものに包まれていて、居心地は良かった。
疲れているのか、身体が重い。
僅かに動かした指に布の手触りがした。
眠っていた割に、床で寝たときのような背中に当たる固さはひとつもない。

コタローは瞼を持ち上げて、薄く目を開いた。

どうやら、自分はきれいなシーツの敷かれたベッドに寝かされているようだった。
まだ、ぼんやりと霞む視界に、明るい窓際に立つ大人の後ろ姿が映った。黒い長い髪が揺れる。リキッドではない。
…誰だろう。

(…ああ。確か、『シンタローさん』、だ)

大きな船で島に来た、パプワ君の大きな友達。島のみんなとも仲が良くて。

(あれ…、でも…?)

けれど、その背中には、もっと違う見覚えがある気がした。
友達の友達ではなくて、もっとよく知っているもの。
いつも自分を守ってくれた大きな…大好きな背中――

 

「――…おにーちゃん…?」

 

身体を起こし掠れた声で呟くと、その人は弾かれたように振り返った。

「コタロー!目が覚めたのか!」

枕元に駆け寄り、シンタローは顔中に安堵を浮かべた。
ひどく懐かしい気がする黒い瞳は、まだ少し心配そうな色を残していた。

「どっか痛いとこないか?」
「ううん…」

反射的に首を振り、コタローは目の前の兄が身体中に包帯を巻いていることに気付いた。
それは首から胸までを覆い、更に片腕は添え木に固定されて首から吊るされている。
自分の方こそ、よっぽど酷い怪我だ。

痛々しい包帯の白さにそう思ったとき、ちかちかと瞼の裏に青い光がフラッシュバックした。
それが連想させるなら、普通はもっと別の色だろうに。

例えば、そう。普通なら、血の色…赤い色を。

――赤!

どくんと胸が鳴った。

赤い色。怖い色。
自分を暖かい場所から引き離して、ひとりぼっちで閉じこめた。

大嫌いな…――赤い服!

沸き起こった憎悪に引き摺られて、コタローは慌てて目を瞑った。

ひどく恐ろしいその色を目の前から追い払おうとした時、庇うようにその前へと、飛び出してきた人影。
振り返る、大きく見開かれた黒い瞳。好きな色。――おにいちゃん。

自分とは違う黒い瞳、黒い髪。
しっかりと抱きしめてくれる腕。
負ぶってくれる大きな背中。
手を伸ばせば握りかえしてくれて、眠るときは頭を撫でてくれる優しい掌。
名前を呼べばいつだって向けられた笑顔。
優しく自分を呼ぶ声。
いつだって、それらは全て、自分のために差し出されていた。
ひとりぼっちの冷たい部屋で、何度も何度も夢に見た。
ただひとりだけ自分の味方。
ただひとつ、絶対に自分を守ってくれるはずの――

 

『おにーちゃん』、…が。

 

その背中に守ったのは、大嫌いな人で、……自分ではなくて、

 

――青い、光に…飲み込まれて。そして…

 

そして……?

 

「あ…」

コタローは両手で口を覆った。
――思い出した。

「僕…おにーちゃんを……」

 

「コタロー」

 

突然、抱きしめられた。
固定された片腕は動かなくて、もう片腕だけの不安定な姿勢だったけれど、その腕には強い力が籠もっていた。
何者からも守るような、もう離さないと告げるような、しっかりした強さ。
それは、いつだって自分を守ってくれた、自分のよく知っている『おにーちゃん』そのもので――。

「え――?」
「ごめんな、迎えに来るのが遅くなって」

頭の上から、辛そうな声が聞こえた。

その言葉が信じられなくて、コタローは目を見張った。

だって、あんなことをしたのに。
どうして抱きしめてくれるのだろう。
どうして何も変わらないのだろう。

…怒って、いないの?

怖くなってこっそりと顔を上げると、思いがけず目があった。
シンタローは苦しげにコタローを見詰めていた。

「淋しかったよな。……守れなくて、ごめんな」

その瞳に怒りはなかった。そこにある深い悲しみも苦しみも、ひたすらにコタローのために向けられている。

――…ああ、この瞳だ。

自分が絶対の信頼を寄せたもの。

(『おにーちゃん』、だ)

コタローは首を振った。
どうして謝ることがあるだろう。

「そんなことないよ!おにーちゃんはちゃんと…」

ちゃんと、守ってくれたのだ。
父を庇ったのも、自分のためだ。自分に父を殺させないためだ。
一度も…そう、あんな時でさえ…ただの一度だって拒絶することなく、自分を受け入れて、受け止めてくれていたのに――

勢い込んで言い掛け、そこでコタローは違和感を感じた。
まじまじとシンタローを見詰め、確かめるように呼びかける。

「…『おにーちゃん』?」
「なんだい?」
「………何か、また色々垂らしてるよ」

見てはいけないモノを見てしまった気がして、突っ込む。
変わらず優しい笑顔だが、しばらく会わないうちに、何かちょっと違う方向へズレたような気がする。

しかし、今はそれよりも重大な、気になることがある。それどころではない。

「――じゃなくて。あの…、その…お、おにーちゃんて…もしかして、本当はおにーちゃんじゃないっていうか、つまり…」

口籠もったコタローに、シンタローがはっとした。
言い辛そうに視線を逸らす。

「ああ、…そうだな。お前の本当の兄はグンマだ。俺じゃない。けど、俺は本当にお前のことを…」

「シリアスなところ悪いんだけど、そーいうヘヴィーな意味じゃなくて、」

続く台詞を、コタローは遠慮なく一刀両断に遮った。

「おにーちゃんて、もしかして、おにーちゃんじゃなくて、

 

………………………おねーちゃん……だよね」

 

おそるおそる確認する。
思いっきり抱きしめられた胸は、間違いなく柔らかかった。

――普通、『兄』にムネはない…ハズだ。

慌てて過去を思い返すが、現在抱きしめられている感触と、幼い頃の僅かな記憶との間に齟齬はなかった。…つまり後からこの胸が出来たわけではないらしい。
そう考えてコタローはかなりホッとした。

久しぶりに再会した家族がいきなり性転換してたら、ちょっと奈落だ。

…ということは、おかしいのは呼称の方である。

一瞬、何を聞かれたか解らないように首を傾げたシンタローが、気がついたように目を瞬き、見る間に狼狽えた情けない顔になった。

「……嫌か?」

だれもそんなことは言っていない。
コタローは思い切り首を振った。

「ううん!ちょっと今、アレ?って思っただけ。昔はそういうこと、あんまりわからなかったから…」
「お前は、まだ小さすぎたもんな」

シンタローが複雑そうに笑った。
抱きしめていた腕を放し、コタローの座り込んでいるベッドに腰を下ろす。
そして大切な話をする時、いつもそうだったように、視線の高さを合わせた。

「おにーちゃんな、ずっと男のフリ、してたんだ。一族の連中はみんな知ってたけど、他は誰にも内緒だった」
「…誰にも?」
「ああ、ずっと隠してた。……ここに辿り着くまでは」
「パプワ島に?」

目を丸くするコタローに、シンタローは頷いた。
ちらりと窓の外に視線を流して微笑む。

「ここでは、俺は自分を偽る必要がなかった。男でも女でも、俺は俺だ。どっちだろうと問題じゃない。ここに来て、俺は初めて、ずっと否定してきたありのままの自分を受け入れることが出来たんだ」
「…うん。…僕も」

何故、偽る必要があったのか事情は分からないけれど、姉の気持ちは理解できた。
きっと、この島に来て救われたのだろう、自分と同じように。

「…そっか。二人して世話になっちまったな」
「うん」

思わず二人で顔を見合わせて笑う。大切なものを共有する、秘密めいた笑みだった。

 

 

「お前の本当の兄はグンマだ。グンマは覚えてるか?」

またシンタローが口を開いた。
さっき遮った続きらしい。

「うん…ちょっと変でかなり馬鹿だけど、僕にも優しくしてくれたお兄ちゃんだよね」

前半をさらりとスルーして、シンタローが頷いた。

「あいつが本当の親父の子だ」

意外なくらい、あっさりと言う。

「俺は血の繋がりで言えば、もう一族のどこにも当て嵌まらない。青の番人の影だからな」
「…でも」

目の前のシンタローが急に離れていくような不安を覚えて、コタローは手を伸ばした。気付いたシンタローが、その手を取る。それに少しだけ安心して、コタローは続けた。

「それでも、おにーちゃんは僕のおにーちゃんだよね……?」

その言葉に、シンタローが破顔した。

「ああ、もちろんだ!」
「…何か変な感じ。本当はおねーちゃんなんだから、おねーちゃんて呼ばなきゃね」

クスリと笑って、コタローは目の前の『姉』に抱きついた。

「血が繋がってなくても、本当は女の人でも、おねーちゃんが大好きだからね!」
「コタロー…」

抱き留めたシンタローの身体から、ほっとしたように力が抜けていった。

 

 

「――だから言っただろう、変な心配をするなと」

 

 

突然響いた第三者の声に振り返ると、短い金髪の青年が部屋の入り口に立っていた。
仕立ての良いスーツの上から、白衣を羽織っている。新品の白衣は腕を捲ったままだった。もしかすると、彼がシンタローの怪我の治療をしたのかもしれない。

「キンタロー…」

コタローを抱き留めたままのシンタローが、名を呼んだ。
それに促されたように、キンタローと呼ばれた青年が動いた。迷いない足取りで部屋を横切り、つかつかと歩み寄ってくる。愛想の良い方ではないのか、その間も表情は全くと言って良いほど変わらなかった。
ベッドに腰掛けるシンタローの真横、定位置のように足を止めると、キンタローは真っ直ぐな視線で二人を見下ろした。

「それに、もうすぐ、また本当の姉になるんだろう」
「え?」
「…あ。そうだった」

確認するように僅かに首を傾けたキンタローに、シンタローが思い出したように手を打った。
意味が分からず、コタローが説明を求めて姉を見上げる。

「おねーちゃん?」
「ああ、コタロー。あのな、おねーちゃんな」

シンタローは弟を安心させるように微笑んだ。

「今度、ケッコンするから」
「…………え?」

ケッコン。けっこん。血痕、…………結婚?

頭の中で単語を反芻し、正しい漢字が当て嵌まった瞬間、コタローは驚愕の叫び声を上げた。

 

「えぇえええーーーーーーー!!??」

 

 

 

 

 

「パプワ君。僕は一度うちに帰るよ……家族に会うために」

見送りに来てくれた友達に悔いのないよう別れを告げるため、イッポンタケの頂上でコタローはパプワと向き合った。


「おねーちゃんがケッコンなんて一体どーゆーことなのか、パパに軽く小一時間くらい問い詰めなきゃ!」

「…いや、確実に一時間じゃ終わらねぇだろ、それ」
「煩いよ、家政夫。」

突っ込んだ青年を振り返ることなく、胸いっぱいの思いを伝えるように、一心に親友を見詰める。

「…でも、僕は必ずこの島に帰ってくる」

固く拳を握りしめ、決意を込めた瞳でコタローは宣言した。

 

「結婚式場からおねーちゃんを攫ってでも、必ず一緒に帰ってくるからねッ!」

 

力の籠もった断言に、リキッドだけが遠い目をした。

 

「…お前、まちがいなく青っ子だな」

 

 

 

 

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