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世界屈指の巨大私設戦闘集団であるガンマ団の総本部は、その内部を大まかに二層に分けられる。
一般の団員が勤務する堅固な造りの下層部分、そして立ち入りが限定される高い塔のような形状の上層部分だ。
その下層部分の一番最上階に、団員に開放されている休憩室がある。
休憩『室』とは言うが、フロア全体が休憩の為のエリアになっていて、随所に観葉植物などが置かれ、開放感のある吹き抜けになっている。対外的な団のパンフレットにも良く載る、なかなか洒落た空間である。
吹き抜けの中空には、上層部分へと繋がる渡り廊下が通っていて、ここからはフロア全体が眼下に一望できた。

「あれ?」

その渡り廊下のちょうど中程で唐突な声を上げたのは、ガンマ団の頂点に君臨する若き総帥だった。

「どーかしただか、シンタロー?」

のんびりとした調子で総帥の名を呼び捨てにしたのは、その隣にいた訛りを残す金髪の青年。
総帥直属になる四名の部下のひとり、ミヤギである。
特殊な能力を持つ彼ら四名は、ひとくくりに『伊達衆』と呼ばれているが、ひとつの部隊ではない。それぞれが己の隊を率いて個々別々に動く。総じて、やたら見目は良いが決して飾りではない。これでも常に前線に赴く精鋭である。

次の任務の話の途中で、突然、廊下の窓から身を乗り出した上司に何か目を引くモノでもあったかと、ミヤギは同じように眼下を覗き込んだ。
一般の団員達が勤務中である今の時間、休憩室はガラガラに空いていて、それはミヤギにもすぐに見つけ出せた。
自分も見知った人物の姿。

「ああ、キンタロー博士だか」

総帥の従兄弟であるその名に、隣で総帥が小さく頷いた。
視線の先には、ミヤギのそれとは根本的に色合いの異なる、鮮やかな金髪。隣にいる黒髪の総帥を除く総帥一族固有の色と、遠目にも際立つ容姿。
加えて、団員の統一された制服の中、翻る白衣がなおのこと目立つ。

「…何やってんだ、あいつ」

「何って、休憩だべ?」
「いや、そーじゃなくて」

ざわつく周囲の目など何のそので、広いフロアを大股に横切ったその人は、迷うことなくフロアの最奥の片隅へと直行した。
休憩室には自販機もセルフサービスもあるが、拘る者にはコーヒーから日本茶、紅茶、中国茶の類まで、自分で淹れることが出来る設備と用意がある。(ちなみにこれは現総帥の指示によるもので、食堂の食事内容も彼の代になってから飛躍的に改善されたと評判だ)
総帥の従兄弟殿ははどうやらインスタント不可のコーヒー派らしい。
ミルとサイフォンを前にして、てきぱきと手を動かし始める姿を上から眺めて、ミヤギは呟いた。

「まぁ…確かに珍しいべ。キンタロー様がこっちまで出てくるなんて」

ガンマ団は基本的には戦闘集団である。軍に近い規律で統制されている。本部は二四時間フル稼働だが、団員達はシフト交代制で、いつでも動けるように常に規則正しい時間管理がなされている。
しかし、団お抱えの研究部門の学者達は例外で、規則正しい生活リズムなんていうものとは全く無縁である。勤務時間も不規則で、連日の泊まり込みになることも珍しくないため、研究棟には各ラボごとにかなり本格的な給湯室が備え付けてある。わざわざ離れた本部練の休憩室まで足を運ぶ者など希だろう。
頭上高くから見ているこちらには気付かなかったらしく、コーヒーを入れたカップを片手に去っていく白衣の後ろ姿を見ながら、シンタローが首を傾げた。

「何か…機嫌悪ぃな」
「博士は、いっつもああいう顔だべ?」

同じ方向を見やって、ミヤギが言う。

「ああいうって…」

悪気はないが何げに失礼なミヤギの言葉に、シンタローが噴き出した。
どうやら噂の天才博士は、余程いつも不機嫌そうに見えるようだ。
自覚がないミヤギは「どうしたべ?」と呑気なものだ。
何でもねーよ、と笑いながら、規則正しい歩調できびきびと遠ざかる従兄弟の後ろ姿が出入り口に消えるまで見送り、シンタローはふと頬を掻いた。

「…そういや、しばらく顔見てなかったナ」

あの島から帰ってきて一年。高松に師事したキンタローは、驚くべき早さで博士号を取得し、亡き父の研究を受け継いで研究棟にいる。専門は化学だが、更に最近では科学の部門にも手を出しているとも、嬉しそうなグンマの報告で聞いている。
本部棟とは別に建てられている研究棟に日夜籠もっているものだから、当然のごとく、総帥室に詰めているシンタローとは滅多に顔を合わせることもないのだが。

「それ以前に、シンタローが総帥室に泊まり込んでたら、そりゃ誰の顔も見ねぇべ」

呆れたようにミヤギが突っ込んだ。

「う…忙しかったんだよ」

嫌な方向に話を振られて、やぶ蛇だったかとシンタローが顔を引きつらせる。
常套句のような言い訳をしてみるが、それで許して貰えるはずもなく、

「それで風邪引いて仕事に支障が出てたら阿呆としか言えねぇだな」

見事に、すっぱりとこき下ろされてしまう。
あの島で生活を共にしていた気安さもあって、伊達衆連中はシンタローに対して遠慮がない。
今回ばかりは分が悪いと自覚している新総帥は、子供じみた顔でふて腐れた。

「もう治ったって。それに、ここんとこはちゃんと休みも取ってるぜ」
「休み取っても、仕事を持ち帰ってたら意味がねぇんだべ?」
「し、してねぇよヨ。んなコト…」

念を押すように更に突っ込まれて目を泳がせ、シンタローは誤魔化すようにその視線を腕時計へと落とした。

「あ。それよか、そろそろトットリが帰還する時間だぜ?五番のヘリポート」

かなり苦しい話題転換だが、それに乗せられてくれるのがミヤギである。
途端に、遠征に出ていた同じ伊達衆の友人のことに意識が移ったらしく、自分でも時間を確認して嬉しそうに頬を緩めた。

「そっだら、出迎えてくるだ。シンタローは…また仕事だか?」
「またとかゆーな。ああ、そろそろ戻らねぇと。トットリには俺からもお疲れさんっつっといてくれ」
「了解だべ」

退去の敬礼に代えて軽く片手を上げるや、早足でいそいそとヘリポートのある出口を目指す姿に、シンタローは思わず笑う。時折、疑問の湧く彼らの友情関係だが、何だかんだ言っても仲が良いのは確かだ。

「さァて、と」

気持ちを切り替えて、身体の向きをくるりと変える。
ミヤギに言ったように、自分はこれから仕事の時間だが。
シンタローは総帥室へと向かうべく歩き出そうとした足を止め、何か気になったように、窓の向こうをちらりと見下ろした。

「の前に、寄ってく所が出来たか…」



 

 


研究棟のラボはガードが堅い。
下手をすると総帥室へ行くよりもチェックが厳しい。総帥室は何しろそこにいるのが団内の最高実力者で、周囲にいる者も全て戦闘のプロであるから、おいそれと手出しは出来ないし、やっても返り討ちにされるのがオチである。
引き替え、研究棟に詰めているのは大半が戦闘とは無縁の学者達であり、しかし彼らの扱う研究は機密度の高いものも多い。そのため、外からの侵入者防止とともに内からの機密漏れ防止の対策として、また事故が起きた際の被害を最小限に押さえるために、何重もの扉が設けられていた。
研究棟に入る際に通る第一ゲートはキーカードかパスワード、これは団員ならば比較的簡単に手に入れられる。第二ゲートは指紋チェックで各専門分野の研究室の入り口にある。指紋は登録制で、上層部による審査がいる。そして更に個人のラボに入るためには第三のゲートがあり、網膜パターンのチェックをされる。これは上層部の審査は必要なく各ラボごとの責任者に承認の権限があり、逆に言えば責任者による承認がなければ登録できないため、ここまで入れる者は特に限られてくる。その代わり、登録されている者なら、ノーチェックで勝手に扉が開く。

「キンタロー」

自動ドアのようにスムーズに開いた両開きの扉を抜けて、シンタローはずかずかと部屋の中に踏み込んだ。
密閉された空間は完全な防音がされていて、聞こえるのは空調と室内に何台も置かれたパソコンやよくわからない機械類の動作音ばかりだ。
独特の停滞した空気に、立ち止まる。
閉じこもるのが苦手なシンタローには、この空気が何とも苦痛だ。
顔を顰めて部屋を眺め渡すと、呼びかけた相手は、部屋の奥でこちらを背にしてパソコンに向かっていた。

「どうした?」

落ち着いた声が背中越しに返ってくる。金髪の頭は動くこともしない。
視線はパソコン画面に向いているが、返る声は明瞭で、意識はちゃんとこちらを向いているのがわかる。
突然の訪問でも動じた様子はなく、タイピングのスピードは全く落ちていない。
いつもながら器用なものだと感心しつつ、シンタローは見えない従兄弟の顔を肩越しにのぞき込みついでに、手に持っていた書類を丸めて、彼の頭を軽く叩いた。

「じゃねぇだろ。俺の台詞だ、何かあったか?」

ぞんざいな仕草とは裏腹に穏やかな調子でそう訊くと、キンタローは作業の手をぴたりと止めて、こちらを向いた。
彫りの深い白皙の、中でも一際目立つ一族を象徴する鮮やかな青い瞳が、まっすぐにシンタローを見る。
その視線を受け止めて、シンタローは苦笑した。
真っ向から見据える眼差しは彼特有のものだ。
乏しい表情と秘石眼という特異な瞳も相まって、本人にその気がなくとも不必要に人を威圧するところがある。
この睨まれているような鋭い視線に気後れし、彼が不機嫌なのだと感じる者は、確かに多いだろうが。
どういうわけか、シンタローにはこういう時の従兄弟が、不思議そうに首を傾げたあどけない子供のように見えてしまう。
…実際、確かに子供なのだが。
答えを待ってじっと目を見返すと、キンタローが口を開いた。

「いや、特に何もない」

真顔で、いつもと変わらぬ淡々とした調子で否定する。
端的な答えに、しかしシンタローは何も言わずに軽く眉を上げてみせた。

『生まれ』てから、さほどの間もないキンタローは、特にメンタルな部分で未熟で、知識と認識がまだ上手く噛み合っていない。
己の感情や精神状態を自覚できていないこともあるし、何が起因になっているのか、その原因がわからないことも多い。
それは絶対的な経験不足によるもので、-そうなった理由には今は目を瞑っておくとして-彼がそういうものを理解するためにはまだ、ほんの少しだけ周りの手助けが必要なのだ。

そして気付かせてやるのは、…それは他でもなく自分の役目だった。

キンタローは決して感情的に鈍いわけではないが、表情に出ない分、どうしても周囲からは判り難い。
全く表れないというわけでもなくて、ほんのちょっとした視線の動きや仕草、雰囲気といった形で示されてはいるのだが。
そういう無意識の癖と言っても良いようなサインを見分けるのは、どうしてかいつも自分なのだ。
多分、24年間も身体を共有していただけあってか、自分がそうするのと似たような仕草を知らず知らずのうちに彼もしていて、だから何となく見ていて思い当たるものがあるのだろうと思う。

さっきも、フロアを横切る時のほんの少し荒っぽい動きに、どこか苛ついているような、余裕のなさが感じられたから。

再度促す視線に、今度はしばらくじっくりと考えるようにして、キンタローはやはりもう一度頭を振った。
少し困ったような様子は本当に何事もなさそうで、シンタローはまず安堵したように口端を緩めた。
この従兄弟は性格が几帳面な分、余程些細なちょっとしたことに影響を受けることもあるものだから、自分も少し過敏になっていたかも知れなかった。

「そっか。じゃぁ疲れたんだろ。連勤何日目だ?」

隣の椅子を引き寄せてきて座ると、キンタローも僅かに姿勢を崩す。
その様子も落ち着いていて、先程感じたなんとなくぎすぎすした険のある空気はなかった。

「ここ3週間くらいか。データを取っているから、ちょっと目が離せなくてな」

キンタローが苦い顔でちらりとパソコンを見遣る。
どうも実験の結果がかんばしくないようだった。
疲労の原因はこれもあるのだろう。
実験というものには特に失敗がつき物だが、彼はとにかく完璧主義なきらいがある。

「…お前、ちゃんと休憩してるか?」

改めて従兄弟の顔を正面から眺めて、シンタローは思わずそう訊ねた。
あまり自分がえらそうに訊けることではないのだが。
何しろ、久し振りに見る従兄弟は、端正な目元にうっすら隈さえ浮いていて、思わず自分のことを棚に上げて咎めるような口調になってしまった。

「してる」

短く言って、キンタローがデスクの端に置かれたマグカップを持ち上げてみせた。
さっき見かけたとき、手にしていたカップだ。
シンタローはため息をついた。
睨み付けると、普段は逸らされることのない視線が揺れる。
どうやら今回はちゃんと自覚していたらしかった。

「ンな馬鹿みてぇに濃いブラック・コーヒーで小休止かよ。それで何杯目だ?そんなんで頭が動くわけねーだろ」

少なくとも給湯室に備え付けのストックがなくなるほどには飲んだのだろう。
どろどろに真っ黒なコーヒーをその手から素早く取り上げる。
すぐに取り返そうと追ってきた手をかわす。心なし動きが鈍い気がした。

全くこのザマだ、いわんこっちゃない。カフェインに頼るのだって限界があるだろうに。

「やめやめ。どうせなら紅茶にでもしとけ。ミルクティーな、胃に優しいから。グンマのとこでも行って飲んで来いよ」
「…お前、仕事は大丈夫なのか?」

憮然とした顔でキンタローが訊ねた。
目はシンタローの手元、取り上げられたマグカップを恨めしげに見ている。
眉間に皺まで寄せて、実に不満そうだ。
これを捨てても、この分では自分がいなくなったら、また胃に穴が空きそうなほど濃いブラックのコーヒーを淹れるのだろう。
手にしたカップと従兄弟の顔を見比べて、シンタローは腕時計の文字盤に目を落とした。

「…茶ぁ一杯くらいの時間は大丈夫だって。俺も行くから、お前もちょっと休憩にしようぜ」

その言葉に、キンタローの視線がカップから外れた。
考えるようにシンタローの顔をしばし眺め、念を押す。

「お前も行くのか」
「…行くから」
「わかった」

素直に頷いて、キンタローは手早く机の上を片付け始めた。
それを横目に、シンタローももう少し休憩が長引く旨を秘書達に伝えるべく、内線に手を伸ばす。
多分、秘書達は渋りはしないだろうなという気がした。
予想通り、嬉々と快諾されて、どうぞごゆっくりと言わんばかりの勢いに、またしてもため息が落ちた。




結局、自分も人のことは言えないという話。








後書き。

お題一発目からから外し加減です。
微妙にシンクロできてないヨ、おふたりさん!
うちの二人は意思や感情の疎通はOKだけど、正確な思考までは読めない感じです。
このキンちゃんは南国後一年目。リハビリ真っ最中で、まだお子さま同然。自分のことでいっぱいいっぱい。もちろん、まだ補佐にもなってません。そして、お気遣いの紳士な未来などつゆ知らず、ちみっ子相手な心境で過保護になってしまう根っから世話焼きお兄ちゃん属性なシンちゃん。
キンちゃんのことを一番に察してあげられるのも、シンちゃんであって欲しいな~と思う。

 

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