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。■SSS.31「タイ」 キンタロー×シンタロータイを直してやるとリキッドは短く礼を言った。
別段、どうということもない。
曲がっていたのがなんとなく気になって直したまでだ。
眼前で繰り広げられる結婚式は、今までシンタローが見たものとは違ってナマモノ同士のものだったが、それでもやはり微笑ましく心が洗われる光景のものだった。

突然の式に朝から追われていた所為で少し眠い。
新婦が気恥ずかしげに目を伏せたのを見ながら、シンタローはこっそりとあくびをする。
目ざとく見つけたリキッドにここぞとばかりにじっと見られたが何も言わずに蹴ってやった。

(俺に文句言おうなんざ10年早いんだよ)



***



時代錯誤な重たい引き出物をパプワの分も運んで、家に帰るとすぐさまリキッドがジャケットを脱いだ。
日頃の肩の凝らない服装と違って疲れたのだろう。
それでも脱ぎ散らかしはせずに皺にならないようにきちんと畳んでいる。
式場で簡単なものを摘んだとはいえ、育ち盛りのパプワがアレで満足するとは思えない。
早く夕メシにとりかからねえと、とシンタローもジャケットを脱ごうとボタンに手をかけた。

「あ。シンタローさん、脱いだらこっちに掛けてください」
一応、洗っておきますんで、とリキッドがズボンを脱ぎながら言った。
おう、と返事をしてシンタローはジャケットを脱ぐと、とりあえずその場に軽く畳んでおいた。
いつものランニングを引き寄せておいて、タイごとシャツを取り払おうと首元を緩めると、シンタローの目に下だけ着替え終わったリキッドが目に入った。

タイとシャツの間を指先で強引に緩めている。

(おいおい。それじゃシャツもタイも傷むだろうが……)

ああいう形のタイはアイロンかけるのが面倒なんだよな、とシンタローは自分のことを棚に上げてそう思った。
キンタローだったらきちんと順序良く着替えるだろう・
それこそ横着して、シャツと一緒に脱ごうとしてる俺を怒るんだろうな、と脱いだシャツを足元に放りながら思う。
ランニングを被り、結んだ髪を左右に振りながら頭を出すと、ちょうどリキッドがほどいたタイを手に取ったままシャツを脱ぎかけているのが見えた。


(キンタロー……)


その仕草はキンタローとは似ていない。
従兄弟のようにしゅるりと小気味よい音を響かせて首元からタイを抜き取ったわけでもない。
滑らかな指先でもない。着替える時にボタンを外しながら俯いた顔も似ているわけでもない。

だが一瞬、リキッドがタイを持ったままでいる手を見たとき、シンタローはそこにキンタローがいるかのような錯覚に囚われた。■SSS.35「続きは後で」 キンタロー×シンタロー「昨日は結局どうなったんだ?」

開口一番、朝の挨拶もそこそこに従兄弟は切り出した。
寝過ごしたためか、髪が跳ねている。
朝食の席に現れなかった彼を伯父が心配していた。

「おまえが酔いつぶれたと連絡を受けたので俺が迎えに行った」

連絡を受けて迎えに行くと、くたっと力を抜いてソファに体を投げ出している従兄弟がいた。
他にも何人か潰れていたヤツラがいたが酒瓶を抱えて豪快に笑うコージに任せてきた。
俺はシンタロー以外の面倒を見るつもりはない。


「あー、なんだ。車に乗せてくれたのおまえだったのか」
よかった、よかったと従兄弟は髪を掻きまわしながら呟いた。

「よかった?」
なにがだ、と傍らの彼に視線を向けるとシンタローは髪を弄りながら言う。

「誰かが……っていうか金髪の男が車に乗せてくれたのは覚えてるんだけどよ。
親父かおまえか分からなかったんだよ。酔っ払ってて眠かったから」
あ~、親父じゃなくてスッキリした、とシンタローが伸びをしながら言う。


「グンマは俺を抱えていけるわけねえだろ?朝起きてどっちだか分かんなくってさ。
前に親父が迎えに来たとき、あのヤロウ、イイトシした息子を抱っこした写真を取りやがって。
おまけに朝起きたらアイツのベッドで寝てたんだぜ」

今朝は自分の部屋だったからおまえだと思ってたけど、とシンタローは付け加えた。

「でも万が一、親父だったら朝会いたくねえからさあ。酔いつぶれるまで飲むなとかぐだぐだウルセエし」
「それで朝食に来なかったんだな」
そうか、とシンタローの横顔を覗くと彼はああと頷いた。



カツカツ、と廊下にシンタローのブーツの音が響く。
しん、と冷えた空気が肌を刺すが、それでもまだ季節は秋だ。
冬物のスーツに袖を通しているため、指先や顔など露出している部分以外は寒くない。
傍らで歩むシンタローもとくに空気の冷たさに堪えた様子はなかった。



「キンタロー」
三叉路へと出るとシンタローがいつもとは違い俺を呼び止めた。
左に進もうとしていた足を止め、彼のところへ戻る。
シンタローのいた数歩先では総帥室へと直結するエレベーターのランプが点滅していた。

故障か、いやまだ乗っていないのだからなにか言い忘れでも、と従兄弟を見る。
どうした、と口が動く前にシンタローが動いた。


「昨日は面倒かけちまって悪かったな」


立ち止まったまま動かないでいた俺にシンタローが手を伸ばした。
頤に添えられた指は空気にさらされているというのに冷たくない。

ゆっくりと、指が頬を撫で、口唇をなぞってくる。
朝に似つかぬその動きにどきりとする。


シンタロー、と言うよりも早く彼が口唇を合わせてきた。


頭の後ろに回されたシンタローの手が俺の髪を掴む。
酔ったシンタローは俺が抱き上げても抵抗せずにいた。
とりたてて暴れることもなく、車に乗せたときも大人しくしていた。彼の手は首に回されていたが髪を掴むことはない。
部屋に運ぶときも、ガンマ団のエントランスから戻ったというのに文句は出なかった。


夢中になって舌を絡めるシンタローの指先は俺の髪を放さない。
昨夜は赤く染まっていた目元は今は元通りである。
絡める舌を離して、シンタローが角度を変えるたびに彼の睫は震えた。

シンタローの味は酒の名残が微かにあった。
歯磨きをした後に残るわずかなミントの辛さの中に微かに残っている。
垂らされたままの髪も密着した状態では酒の残り香が染み付いているのがよく分かった。

昨夜の、酔い潰れて視線も口調も覚束なく、頬を染めたシンタローの姿がフラッシュバックする。
昨夜は従兄弟が今着ている総帥服が乱れていた。
帰りたくねえよ、と駄々を捏ねる彼を車に乗せ、部屋へと運び入れるとおやすみのキスをねだってきた。
子どもがえりした酔っ払いのたわいない頼み事は勿論聞いた。
でも、それはこんなキスではない。




「……シンタロー」
彼の舌が離れたときに思わず名を呼ぶと、従兄弟は不敵な笑みを浮かべた。


「続きは……後でな」
体を離す間際にシンタローが俺へと囁く。
熱い息が耳朶に掠り、それから彼はキスの後の濃密な空気を払うように駆けて行った。



(……なにもそんな礼をとらなくてもいいだろう)

言葉だけでなく、唐突に行動に現したシンタローに心臓が早鐘を打っている。
引き止める暇もなく、それよりもどうしていいのか分からない。
スーツの皺を払って、当初の通り研究室へと向かおうとする。
  
背を向ける前になんとなく視線を上へと向けると、ちょうどエレベーターのドアが閉まるところだった。
ドアが閉まる間際に視線がかち合う。 

にやり、と悪戯が成功したような顔でシンタローが俺を見ていた。
さっきまで冷たかった頬が熱く、体から熱が引いていかないでいる。
早く来いよ、と笑いながら手招きしたシンタローの姿がドアによって遮られて、そしてもう一度エレベーターのランプが灯るまで俺はそこから動けずにいた。■SSS.37「エプロン」 キンタロー×シンタロー俺にだって料理くらいできる、と新しくできた従兄弟が言い出した。
え~!ほんとに?ひとりで大丈夫なのキンちゃん!ともうひとりの従兄弟が言ったのが彼にとって不満だったらしい。
来週末に俺もグンマも親父も、そして高松ですら出かける日程が重なることに、皆、不安を覚えていた。
姿こそ20代の青年とはいえ従兄弟のキンタローは今まで現実を経験したことがなかった。
はじめてのお留守番にヤキモキするのは当たり前だ。


「料理って言ったってトーストとコーヒーとかカップ麺にお湯を注ぐのはなしだよ?」
従兄弟のグンマがキンタローに言う。それに対してキンタローは眉を寄せて「当たり前だろう」と言った。

「本当に?本当に出来るの、キンちゃん。シンちゃんが作ったごはんをレンジでチンする方がいいかもよ」
美味しく出来るか分からないじゃない、とグンマは言う。
けれどもキンタローは、
  
「下ごしらえも片付けも自分で出来る。俺のことは放っておいて出かければいいだろう」
と言った。

「店屋物とか外食でもいいんだよ?」
「くどい」
 
しつこいグンマにキンタローが切れた。が、グンマは黙る様子はない。
初めてのお留守番をする従兄弟がよっぽど心配なのか、そんなこと言ったって!と喚きはじめる。
同席していたドクターが仕方なく宥めるべく口を開いた。

「まあまあ、グンマ様。
キンタロー様もおできになると言っているんですし、ここはひとつ、なにか作っていただいたらどうでしょう?その結果を見て来週のことは考えたらいかがですか?」

「高松。それは俺に嘘じゃないか証明しろということだな」 
キンタローは憮然とした表情で口を開いた。

「いえいえ!キンタロー様。めっそうもない。この高松、キンタロー様のことは疑ってなどいませんとも!
ただ、やはり何事も備えあれば憂いなしということで……キンタロー様の予行練習にもなりますし」
おろおろと二人の従兄弟の顔色を伺うようにドクターが言う。

「ふん。まあいい。そうだな、伯父貴がよく作るカレーでも作ることにしよう。
ちゃんと作れたらこれ以上がたがた騒ぐなよ、グンマ」

きっと睨みつつキンタローが立ち上がる。
楽しみだねえ、と暢気な口調で言った父親にシンタローはげんなりした。
楽しみってあのなあ、ガキの喧嘩でまずいもん食わされたらたまんねえぞ。
アイツ、本当に料理できんのかよ。

キッチンに向かうキンタローを見ながらシンタローはこっそりとため息を吐いた。
  


***



「シンタロー」
手招きされてシンタローは立ち上がった。やっぱり、ダメかと思いつつキッチンに行く。
背後でグンマが忍び笑いをするのが聞こえた。

ったく。しょうがねえ、従兄弟どもだよ。

けれどもキッチンにはシンタローが想像した惨状は広がっていなかった。
俎板には丁寧に切られた野菜が乗っていて、ガラスの皿には飴色に炒められたタマネギのみじん切りがあった。

「どうしたんだよ、キンタロー」

ちゃんと料理できるじゃねえか、と見回しつつ尋ねると従兄弟はばつの悪そうな顔で切り出す。


「始めてしばらくしたら気づいたんだが、料理をしているというのにエプロンをするのを忘れてしまった」
「別にしなくても……」
いいじゃねえか、とシンタローは言おうとした。けれどもキンタローがダメだと頭を振る。

「それで?エプロンなら戸棚の左から2番目にあるぞ」
場所が分かんなかったのか、と思いシンタローが言うとキンタローは「違う」と言った。
そして、テーブルに置いてあった布を広げる。

「なんだ分かってんじゃねえか。それじゃなんの用だよ?」


「背中の紐がうまく結べないから結んでくれ」


エプロンを着込みつつ、少し照れた顔でキンタローはシンタローに背を向けた。■SSS.38「馬子にも衣装」 キンタロー×シンタロー朝食の席に向かおうとシンタローが廊下に出ると、新しくできた従兄弟のキンタローに出くわした。
彼の部屋の扉が開いた拍子にあくびを堪えつつ、目を擦りながらおはようと声をかけたが返事は返らない。
まあ、いつものことだしな、と思いつつシンタローはすたすたと先に行こうとするキンタローに目を向けた。

(え!?)

「お、おい。ちょっと待てよ。キンタロー」

いつもとは違う装いの従兄弟にシンタローは思わず目を疑った。
島から帰ってきても好んで着ていたレザースーツは彼の身を包んでいない。
おまけにざんばらだった長い髪の毛も短く揃えられていて、きれいに撫で付けられていた。
昨日とはまるっきり、百八十度違う姿だ。

「キンタロー、おまえ、どうしたんだよ!?それ!!」  

地味なダークスーツに身を包み、髪も整えた姿はどこかの名家の子弟のようにさえ見える。
ぎらぎらとした眼差しも口角を上げた不適な口元もその姿では乱暴者というより切れ者補佐官と言った感じだった。

「朝からぎゃあぎゃあと煩いヤツだ。少しは声を抑えろ。
高松が父さんのような格好でないと学会には相応しくないと言ったからそうしただけだ」

何かおまえに不都合があるのか、と横を歩くシンタローに彼は冷たく言い放つ。
それに一瞬、シンタローはムッとしたがいつものことだと思い直した。
この新しい従兄弟が自分に突っかかるのはいつものことなのだ。

シンタローは昨日までの姿を思い浮かべながら、ふんと鼻を鳴らすキンタローを見る。

(たしかになあ。あれじゃ特戦部隊だもんな)

血生臭い世界とは無縁の科学者の勉強会には相応しくない。
場違いなだけでなく、バックにガンマ団が控えていることと合わせていい印象なども持たれはしないだろう。


「ふ~ん。そんでなのか。まあ似合ってんじゃねえの」

ルーザー叔父さんに似てるなあ、ともシンタローは思った。
写真の中の姿や話に聞いた叔父のやわらかな物腰には及ばないが、以前とは違ってこのごろは落ち着きが見られてきた。
スーツ姿もなかなか様になっている。

ドクターのヤツ、こいつにこういう格好勧めたけど見たのかなあ。
きっと鼻血出すぞ、2リットルくらい、と亡き叔父を信奉していて現在はこの従兄弟に無償の愛を捧げる科学者をシンタローは思い浮かべた。今日のガンマ団は大変なことになるだろう。
そのまえに食卓で親父もグンマもビックリするだろうけど。



「あ、ちょっと待てよ」

リビングのドアを開けようとするキンタローをシンタローは止めた。

「まだなにか言いたいことがあるのか?」
ぎらっとひかったキンタローの目を見てシンタローは頭を抱えたくなった。

ったく。なんでコイツは俺に突っかかってばっかいるんだよ。
仲良くしろとは言わねえけど、少しは気を許してくれてもいいじゃねえか。ドクターには懐いているくせに。


「こっち向けよ。ネクタイが曲がってるぞ」
直してやる、とシンタローはキンタローの肩を掴む。だが、

「俺に触るな」

肩口に置いた手はばしっと払われた。
どけ、とリビングのドアを開けてキンタローが食卓に着く。
装いは変わってもいつもどおりシンタローに牙を剥く彼に、ドアの前に立ち尽くしながらシンタローはため息を吐いた。■SSS.43「口の減らない」 高松×サービス久しぶりに友人の研究室を訪ねると、相変わらず室内に染みついていた薬品臭が鼻をついた。
眉を顰めて、手近な椅子に座ると友人がいつもどおりペンを止めて立ち上がる。
すぐに淹れてきてくれたコーヒーで薬品のにおいは幾分和らいだ。

「相変わらず不味いものを飲んでいるね」
一口啜るとドリップ式特有の紙の味がした。
「口が肥えた貴方にとってはそうでしょうけどね。私はコレでいいんですよ」
そうにべなく言って高松は己のカップにミルクを注いだ。
マーブルを描くコーヒーを楽しげにスプーンでかき混ぜている。
ふうん、といつもどおり気のない返事をして、ふと殺風景な部屋に視線を走らせると場違いなものがあった。

「高松、あれは?」
視線で尋ねるとカフェ・オ・レに口をつけていた友人がああ、と口元を緩めた。

「プレゼントですよ」
「誰に?」
そんなこと決まってるじゃないですか、と友人は私を一瞥した。

「グンマ様とキンタロー様にですよ。私はあの方たちのサンタクロースなんですから」
「……」
うっとりと話した友人を冷たい目で見ると彼は別にいいでしょう、といってカップに口をつける。
プレゼントの横の写真立てを見て懐かしげに目を細めた高松に私はふとルーザー兄さんのことを思った。


兄さんが生きていたら私にしてくれたようにあの子たちにも贈り物をしていたんだろうか。
高松は兄さんの代わりをしている、だとかキンタローがクリスマスを迎えるのは初めてだとか、いろいろなことが頭の中に駆け巡った。



「……高松」
「コーヒーが冷めますよ」

さりげなく高松は目をそらした。
それから白衣へと手を入れて彼は煙草を取り出した。

「吸いますか?サービス」
いつもの人をくったような笑みではない、穏やかなものを口元に浮かべて彼は言った。
「ああ。もらうよ」
指を伸ばして一本掴み取り、火を分けてもらう。
吸い込むときつい苦味が喉に沁みた。


「高松」
いつものようにからかってやろうと声をかけると紫煙を吐き出していた彼が「なんですか?」と片眉を上げて応じた。

「あの子たちにプレゼントを買う金があるのなら私に4万円を返してくれてもいいんじゃないか?」
ふふ、と笑うと高松が目を見張る。
いつものように慌てて私を褒めて矛先をかわすのかと思ったら今日ばかりは違った。


「返してしまってもいいんですか?私に会う口実がなくなりますよ、サービス」

煙草の灰を落として友人がにやりと笑う。
思わぬ切り替えしに煙草から口を離す。すると高松はそんな私を、
「貴方のそんな顔を見るのは初めてですよ」
とからかいの滲んだ口調で言った。

「うるさいよ」
きっと睨んで煙草を吸い込むと友人がくつくつと笑う。

まったく。どうしてこの男はこんなに口が悪いんだか。
ジャンもハーレムも私には口で勝てないのに、とここにはいない同い年の二人を思い浮かべながら私は紫煙を吐いた。
苦い煙を高松に吹きかけてやっても旧知の友人は動じずに人の悪い笑みを浮かべるのみだった。   ■SSS.44「お願い」 コタロー出してよ、出してよ。
お願い。誰かぼくをここから出して!

何度そう叫んだのかぼくは分からない。
喉ががらがらですぐ近くにはぼくのために用意された食事とジュースとが置いてある。
ジュースはとっくにぬるくなっているし、チキンもすっかり冷めていた。
冷めたチキンを口に運ぶと今日はテーブルにもうひとつお皿があったのに気がついた。
  
ケーキ!ぼくの大好きな甘いケーキだ。イチゴが乗っている。真っ白なクリームがふわふわのっているケーキ!

ぼくのお誕生日、覚えてたのかな?パパ?ううん、パパはぼくのこと興味ないもん。
お兄ちゃん?ううん。お兄ちゃんは遠くの学校へ行ってるってパパが言ってた。
でもパパはくれないと思うし。やっぱりお兄ちゃんなの?

ドキドキしながらケーキのお皿を引き寄せる。
小さな丸いケーキの上にはプレートが乗っていたから。ぼくの位置からはちょうど裏側だった。

きっとお誕生日おめでとうって書いてある。
コタローって名前だって入ってる。だって、お兄ちゃんが前に買ってくれたのはそうだったもん。
このケーキ、ぼくにお兄ちゃんがプレゼントしてくれたのかな?
  

ワクワクしながらお皿を反対にすると白いチョコレートのプレートに赤い字が書かれている。

Merry Christmas!

ただそれだけ。
今日はクリスマスじゃないよ。それは明日だもん。今日はぼくの誕生日……ぼくの誕生日なのに。


チキンが刺さったフォークを投げつけるとからんと床に落ちた。
でも誰もぼくを叱らない。
ここには誰もいない。パパは帰っちゃったし、他の人間は誰も来ない。

もうやだ。ひとりはやだよ。
パパ、戻ってきて。いい子にするから。お願い、お願い、お願い……。






ぼくの前には誰も座っていない。
少し前にいた家ではお兄ちゃんがいた。ぼくにおいしいご飯を作ってくれたし、お菓子もくれた。
  
でも、今はいない。
毎日毎日、ぼくが呼んでもお兄ちゃんはここへは来ない。

ここに来ていたのはご飯を持ってくる人。でもその人もぼくが泣いたら壊れちゃった。だから今ではパパだけだ。
ぼくのご飯は眠っている間にいつの間にか用意されている。
ぼくはいつもご飯のまえに眠っちゃう。お兄ちゃんとはよくお昼寝をしていたからだと思う。

たまに知らないおにいちゃんの声がスピーカーで聞こえると扉が開く。
扉が開くのはそのときだけ。
  
ぼくのパパが来る、そのときだけ。


出してよ!パパ!
ひとりはいやだよ!パパ!


泣き喚いて、パパが持ってきてくれた新しいおもちゃに力をぶつけるとパパは冷たい目でぼくを見た。

駄目だよ。コタロー。
おまえはここから出てはいけない。

パパはそう言っていつも帰っていっちゃう。
いつもいつも。ぼくがどんなに頼んでも泣いても言うことを聞いてくれない。
お兄ちゃんはぼくの言うことを聞いてくれたのに。
りんごのお菓子が食べたいってねだったらすぐに用意してくれたのに。
遊んでっていったら木馬に乗せてくれたし、抱っこもしてくれた。
ぼくのお願いは全部聞いてくれたのにパパは違う。

パパはぼくのお願いをひとつも叶えてくれない。
きらいだ。パパなんか。大きらい。
パパなんかいなくていいのに。大きらいだ。きらいきらいきらい……。
パパなんてきらいだ。パパだけじゃないもん。お兄ちゃんもだ。ちっとも迎えに来てくれないお兄ちゃんもきらい。
お兄ちゃんもきらい。きらい。きらい。きらい。みんなきらい。





はぁはぁっ、と息を切らす。暗いテントの中でも僕の目が覚める。
喉が渇いて、なんだか口が重たい。
水を飲もう、と寝袋から出ると横で同じように眠っている叔父さんが寝返りを打った。
暗闇の中でもサービス叔父さんの髪はきらきらして見えた。

起こさないように、目を擦りながら静かに歩く。すると、

「コタロー?」

サービス叔父さんが僕に声をかけた。見ると、ぼんやりとした目で僕のほうを見つめている。

「お水が飲みたいから起きただけだよ」
「……そう」

サービス叔父さんは目を閉じた。
あまり音を立てないようにテントの中のリュックからペットボトルを取り出す。
かちっとキャップを回して、喉が鳴らないように気をつけて口に運ぶとぬるい水が流れ込んできた。

あんまり、おいしくないや。

冷やしてないから当たり前だよね、とため息をついて元に戻す。
まあ、いっか。すこしは口の中がさっぱりしたし。
ごそごそと寝袋に戻ると今度は叔父さんが起き上がった。


「叔父さん?」
「なんでもないよ。おやすみ」

ぽんぽんと頭を撫でられて僕の心がすーっと軽くなった。
もしかしてサービス叔父さん、僕が嫌な夢見たの分かってるの?


「ちゃんと寝ないと疲れは取れないよ、コタロー」
目を丸くして見上げていると、叔父さんがふふと笑って僕の額にキスを落としてくれた。

「眠れないのなら私が傍にいてあげるよ」
私が起きていたらサンタクロースは来ないだろうけどね、と叔父さんが笑いながら言う。

「ひとりで寝れるよ!それに、僕、サンタクロースはここに来れないんだから」
ぷーっと膨れると叔父さんはおやと目を見張る。

「どうして、ここには来れないのかい?」

どうしてってそんなの……。

「だってパプワ島で見たんだもん。夜、トイレに起きたら島のみんなにリキッドがプレゼント配ってたんだからね。サンタクロースはリキッドだったもん。ここには来れないよ」

「パプワ島ね……。それならコタロー、ガンマ団ではどうだった?」
サンタクロース来てただろう?と叔父さんが僕の髪を撫でる。

「……たしか朝起きたらプレゼントの傍に鼻血が落ちてたよ。あれはお兄ちゃんだよ。僕、悪い子だったし……」
そう言うと叔父さんは悲しそうな顔をした。
でも、本当だもん。昔の僕は悪い子だったからサンタさんは来なかった。
プレゼントがあったのはお兄ちゃんと暮らしてたときだけ。
悪い子の僕をお兄ちゃんがかわいそうに思ってくれたんだよ、きっと。

「今はいい子だよ。コタロー」
叔父さんが優しく僕の髪を撫でながら言った。

「ううん。今夜だって多分来ないよ。僕がいい子になったの、サンタさん知らないもん。
僕、ずっとパプワ島にいたんだから」

そうかな、と叔父さんは考え込むように言った。

「そうだよ。それに僕のサンタクロースはリキッドだから来ないでしょ。プレゼント2個貰っちゃうことになっちゃうもん」
「リキッドはおまえのプレゼントを用意しているの?」
「そんなの当たり前だよ。リキッドだもん」

パプワくんに会いに行ったらついでに貰うもん、と口を尖らせると叔父さんは笑った。

「それじゃあ、修行を早く終えないといけないな」
「……うん」

寝袋の端を握り締めると叔父さんが僕の頭を撫でる。

「明日の修行のためにはもう寝ないといけないよ。おやすみ」
「うん。おやすみ、サービス叔父さん」

おやすみ、を言うと叔父さんが目元をほころばせた。
目を閉じて、でもやっぱり気になってそっと瞼を開けるとサービス叔父さんが僕の顔を覗き込んでくれている。
ちゃんと寝るまで見てくれるの?


なんだか、くすぐったいや。


おやすみ、サービス叔父さん、と心の中でもう一度呟いて、僕は目を閉じる。
なんとなく今度はいい夢が見れるような気がした。


どうせならパプワくんやリキッド、島のみんなの夢がいいなあ。
リキッドはここには来れないけど、こっちの世界のサンタさんもそれくらいならお願い聞いてくれるよね?

お願い、サンタさん。今度は僕にいい夢見させてよ。■SSS.45「リップクリーム」 キンタロー×シンタローただいま、と軽いキスを額に落として、それから口唇へと移行する。
ちゅ、と軽く落とした額とは違って少し長めのキスで従兄弟を味わうとかすかにミントの香りがした。


「シンタロー」
「なんだよ?今、コーヒー淹れてやるから待ってろよな」


キスを終えて、俺がジャケットを脱いでいる間にキッチンへと移動していた従兄弟がカップを片手に返事をする。
ネクタイを緩めて、ソファで待っているとしばらくしてシンタローは二人分のカップを携えてきた。
 

「寝る前だからな。薄めに淹れたぞ」
ほら、とテーブルに従兄弟がカップを置く。俺の隣に座ると彼は早速コーヒーに口をつけた。

「シンタロー。もう歯を磨いたんじゃないのか?」
一口飲んでから、先程尋ねようと思ったことを切り出す。
砂糖が少しとはいえ入ったコーヒーなど飲んでいいものなのか。
いや、また歯を磨けばいいことだが、と首を傾げるとシンタローは目を見張った。

「夕飯の後には一応磨いたけど、俺、まだ風呂も入ってないぜ?」
寝る前に磨くつもりだ、と俺を見て従兄弟が答える。
言われてみれば従兄弟はまだパジャマを着ていなかった。
  
「そうか。そういえばそうだな」
夕食の後に磨いたといったからその残り香か、とコーヒーを飲みながら思う。

「何で急にそんなこと聞いてきたんだよ」
すると今度はシンタローが不思議そうな面持ちで俺に尋ねてきた。

「何で……って、さっきキスしたときになんとなくミントの香りがしたからだが」
ただ聞いてみただけだ、と従兄弟に答える。シンタローは俺の答えにミント?と考えこんだ。

「歯磨きのじゃないのか」
たしかすっきりするものを使っていただろう、と言うとシンタローはあ!と声を上げた。

「違う違う。今日、歯磨き粉切れててグンマの借りたんだよ。アイツのイチゴ味のヤツ。
おまえが言うミントみたいな香りってこれだぜ」

ごそごそとポケットを探るとシンタローは少し細めの小さな筒を見せてきた。

「リップクリーム?」
「ああ。メンソレータム配合ってなってるからこれだろ?たぶん」
さっき塗ったから、と言ってシンタローはリップクリームの蓋を開けた。
軽くひと塗りするなり、俺の口唇にちゅ、と軽く合わせる。

「な?これだろ」

ポケットへとリップクリームを戻しながらシンタローは笑った。

「ああ、これだ。この香りだな。シンタロー、おまえ口唇が荒れているのか」
口唇を合わせてみてもそんな感じはしなかった。
少しべたつく下唇に指を這わしてみてもささくれ立ったところはとりたててない。

「団内どこいっても暖房つけてて空気が乾燥しているだろ。ひび割れないうちに予防でしてるだけだぜ。
もう何日も前から塗ってるぞ」

意外と気づかなかったんだな、とカップの縁を弄りながらシンタローが言う。

「キンタロー、おまえも使うか?放っておいて口唇荒れたら痛いだろ」
研究室だって暖房はつけているわけだし、とシンタローが再び内ポケットを探り始める。

「いや。いい。もう寝る前だしな」

そういって俺は従兄弟の申し出を断った。
シンタローはふうんと気にも留めていない返事をするとソーサーにカップを置く。
俺が片付ける、と腰を上げるとシンタローは中腰になった俺の額へ少し背伸びをしてキスをする。

お礼のつもりなのか、と思わず頬が緩む。
風呂は沸かしておいたから一緒に入ろうな、と囁かれてカップを手にしたまま俺もシンタローにキスをした。
  
彼と違って、額ではなく口唇だったけれども。



口唇のむちっとした感触に俺はふと思い立った。
俺の口唇が荒れないのはもしかしてリップクリームを塗ったシンタローにキスをしているからか?



明日からは俺も塗ろう。
シンタローの口唇からみずみずしい潤いを奪わないようにしないと。■SSS.48「心臓」 キンタロー×シンタロー「俺はお前を好きなようだ」

思わず耳を疑った。
幻聴だとか、なんかの罰ゲームだとか思いつく限りのことは想像してみた。
だが、目の前の男のあまりにも真剣すぎる表情に笑い飛ばそうと思った気が萎えていく。

「あの……な、キンタロー」
エイプリルフールまでずいぶん時間があるぜ、と引きつった笑みを浮かべながら言うと従兄弟は眉を顰めた。

「何を言っているんだ、シンタロー。俺は本気だぞ」

いいか、もう一度言う。俺はお前のことが好きだ、などと真剣な表情で従兄弟は俺の肩に手をかけた。

「返事は今でなくてもいい。だが、俺は本気でお前のことを愛してるんだぞ」
寝ても覚めてもおまえのことしか考えられない。仕事も手につかないんだ。
シンタロー、おまえ以外の人間じゃこんな気持ちにならないんだ。俺はおまえが好きでたまらない」

親父じゃないんだ、下手な冗談はよしてくれと俺は言おうとした。だが、キンタローは、

「LIKEでなくLOVEでだ。従兄弟としてでなく、一人の男としてでだ」
と至極真面目な顔で言う。
退路を立たれて俺はぐっと詰まった。
だが、いくらなんでも……。


「おまえ、絶対勘違いしてるぞ!どうせ、ワケわからねえ心理学の本でも読んで影響されただけだ!
本を読んで得ただけの知識で物事を理解しようったって世の中そんなに甘くねぇぞ!
心臓がどきどきするから恋だとか四六時中相手のことが気になるから恋だとか、そんなもんは全部錯覚だ!!
どきどきするのは不整脈だ!親父じゃねえけど、少しおまえは疲れが溜まってるんだよ!
俺が気になるのは俺がひよっこ総帥だからだって!じゃなきゃ、アレだ。
ズボンのチャックが開いてたり、髪が長いのが鬱陶しくて視界に入ってきただけだ。な、そうだろ?
よく、考えてみろよ!!キンタロー!!」


一息に怒鳴るとキンタローは少し考え込んだ。
俺の肩に置いていた手が口元へと持っていかれ、考え込む姿勢を作っている。

爪の先まで調えられた長い指に一瞬見惚れているとキンタローがぼおっと突っ立っていた俺を己のほうへと引き寄せた。

「ッな!おいッ!!」

ぐいっと力任せに引き寄せられ、体のバランスが崩れかける。
支えるキンタローの腕にほっとしつつ、何をするんだと咎める視線を送ってみるとキンタローはすっと指先で俺の顎に手をかけた。


「……俺の心臓はどきどきしているだろう、シンタロー」

おまえはそうでもないようだが、と残念そうにキンタローは口唇を微かに上げた。

「おまえに触れるだけでこんなに心臓が早く動くんだ。錯覚じゃないだろう、シンタロー」

これは絶対に恋だ。おまえを愛している、とキンタローは俺の頬をやさしく撫でながら言った。
そんなわけない、と反論したかったが口が動くよりも先に俺の心臓がどくりと大きな音を立てた。←SSS Top
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 6:キンシン
 8:キンシン
10:キン+ハレ
13:キンシン
18:キン+コタ
19:コタリキ
21:サビ+シン
22:キンシンTop■SSS.4「shampoo hat」 キンタロー×シンタローバスタブには湯がなみなみと張っている。
従兄弟が浸かると湯は溢れ、俺の足や服を濡らした。

「腕は濡らすなよ」
「分かっている」
従兄弟は目を瞑りながら答えた。温かい湯が心地よいようだ。
従兄弟の長い髪をひとまずゴムで括る。
遠征先で廃墟から崩れ落ちてきた瓦礫が左腕を直撃し、従兄弟は負傷した。
感染を避けるためしばらく濡らしてはいけないらしい。
風呂に浸かるには手当てをし、ビニールで腕を包まなくてはいけない。
利き腕ではないのでとくに支障はないと思っていたが、洗髪には不自由だと気付いた。
髪を洗うのにはどうするんだ?と聞くと従兄弟は一瞬考え込んで、俺を指名してきた。
親父にバレると毎日うるさい。ただでさえ、メシの時間に食べさせてあげるってしつこいんだ。
マジック伯父の従兄弟への溺愛ぶりは珍しくない。しかし、従兄弟は照れくさいのか拒絶する。
食事のときの伯父と従兄弟の騒ぎを思い出すと苦笑してしまう。
従兄弟に睨まれ、悪かったなと口にした後、俺は従兄弟の髪を洗うことを承諾した。
とくに異存はなかったのだ。



勝手が分かる俺の部屋で行うことにした。
熱すぎずぬるすぎない程度の湯をバスタブに溜め、従兄弟が温まっているうちに洗ってしまうという方法だ。
最期にシャワーを浴びればいいし、風邪をひかなくてよい。
従兄弟はただバスタブに浸かっていれさえすればいいのだ。
あったかいなぁ、と従兄弟はくつろいでいた。足も手も力を抜いて伸ばしている。
遠征に行くとゆっくり風呂に入ることもできない。こんなにリラックスしている従兄弟ははじめてだ。
「髪、結ぶからな」
「ああ」
眼を閉じて、俺が髪をまとめやすいように従兄弟は顔を下に向ける。
長い髪。黒い糸のような髪の奔流。裸の背とあらわになったうなじは白。
コントラストのような美しさ。
従兄弟の髪は長い。背を流れる髪は滝のようだ。
括っていくらかすっきりとした髪に引っかからないように慎重にシャンプーハットを被せる。

「おまえ、そんなもん使ってんのか?」
被せた途端に見上げるように聞いてきた。
「便利だからな。眼に沁みなくていい」
括っていたゴムを解きながら答える。シャワーの湯をかけると黒い髪はしっとりと濡れた。
子どもが使うもの、といった先入観があるのだろう。そうだなぁ、と従兄弟は呟いている。
意外と便利なんだぞ、コレは。
そう思いつつ、掌にシャンプーを出す。
とろりとした乳白色の冷たい液。従兄弟の髪にもみこむように泡立てていく。
爪を立てないように指の腹で擦っていく。あまり力を入れていないのと他人に弄られる感触がくすぐったいらしい。
従兄弟は身を捩る。
「大人しくしろ」
くすぐったいのならば、と今度は指先に力を込めた。
がしがしと泡立てると、小さな飛沫とともに泡が浮かんだ。

ふわりふわり。

ふわりふわり。


まるい乳白色のような虹色のような泡。
ふわふわと浮かんではバスルームの壁に消えていく。

「シャボン玉みたいだな」
飛んできたまるい泡をつつきながら従兄弟が言う。
「ああ、そうだな」


ふわりふわり。

ふわりふわり。

はじけて消えるシャボンの泡は、ふわりふわりと飛んでは宙に消えていく。
従兄弟は泡に夢中で。
俺は従兄弟に夢中で。
シャボンの香りに包まれながら俺たちは束の間のやすらぎを得る。


従兄弟の傍はたとえ戦場でも心地よいけれども、こんなふうに穏やかに過ごすのも悪くないと思った。
■SSS.2「嫉妬」 キンタロー×シンタロー+マーカー×アラシヤマ叔父が訪れるたびに従兄弟は彼と派手な喧嘩をする。
掴みあいは勿論のこと、ときには眼魔砲を繰り出して建物を破損することもある。
そのたびに自分と四人組と叔父の部下達とで二人をなだめすかすのだ。

今日も久しぶりに訪れた叔父と従兄弟はやりあっていた。総帥室の扉は半壊。調度品も荒らされている。

(窓が吹き飛ばなかっただけましか…)

後片付けをしなければと考えているときに、室内にきんきんとした声が響いた。
従兄弟の方を見やると、彼のところにアラシヤマがいた。
怪我は無いのかと聞く彼に従兄弟はぞんざいな口調で答えている。
あの島から帰ってきて、従兄弟の一番近くにいるのは俺だ。
だが、従兄弟はときに俺よりもアラシヤマといる時がある。
もっとも、それは今のように従兄弟がしつこく纏わりつくアラシヤマに怒鳴り返している関係でしかないが。
不愉快なのだ。アラシヤマの存在が。
向こうは向こうでシンタローに一番近い俺を煙たがっている。
俺は俺でシンタローに近づくヤツが気に入らない。
大体にして方便でも友人関係をシンタローが結んだのが悪い。その事実がアラシヤマを調子付かせている。

「随分と不機嫌そうですね」
気配を感じさせない足取りで近づくなり声をかけてくる。
この男はマーカーだ。アラシヤマの師匠。叔父の部下だ。あの島では行動を共にしていたこともある。
「ああ」
不機嫌なんてものじゃない。
憮然とした表情で答えると彼は少し笑った。
「貴方がそのような表情をしているのは珍しい。まるで隊長のようですよ」
細い目をより細めて彼は言う。口には笑みが浮かんだままだ。
叔父に似ているといわれたのは初めてだ。
俺が不愉快そうな表情をしているとき、たいてい高松やマジック伯父は父に似ていると言う。
細い目と同じように細い指で彼は煙草を取り出していた。
器用に指先に小さな炎を灯し、火を点けている。

「お前の弟子は不愉快だ」
どうにかしろ、と言外に滲ませて訴えかけると、彼は「馬鹿弟子が…」と低く呟いた。
まったくそのとおりだ。師匠なら何とかしてほしい。

「アイツがシンタロー以外に執着するのならかまわない。
誰か他に友達になりそうなのはいなかったのか」
この男がアラシヤマを育てていたと聞いている。アラシヤマを一番知っているのはこの男だろう。
口に咥えていた煙草を外すなり、彼はそんなもの…と吐き捨てる。
そして、彼は歪んだ愛情を瞳に宿しながら言葉を続けた。
「いませんよ」
あれを友人にしたい人間なんていません。いるわけがないのです。
あれに友人ができないように躾けたのは他ならぬこの私なのですから。
キンタロー様には申し訳ありませんが、新総帥をしっかり掴まえていただくしかありませんね。
紫色の煙を吐き出しながら彼は嘲笑った。

「なら、おまえはシンタローがヤツの友達になるのは認めていないんだな」
この中国人がヤツにどう躾けたのかなんて興味はない。
俺の興味はシンタローだけだ。俺のものだ。他のヤツに手出しは許さない。

「ええ。私はそもそもあれに近しい人間は私だけでいいと思っているのですから」
ガンマ団にいるのも許せないくらいなのです。士官学校に入るまでは、あれは私と二人だけでいたのですから。
二人だけ、と口にしたときこの男は懐かしむように一瞬目を細めた。




「私のあれに対する感情は独占欲で占められているのですよ。貴方もお分かりでしょう」

独占欲と目の前の中国人は言った。
ああ、そんな感情くらい分かっている。

「あれが私以外の誰かに目を向けるのは我慢がならないのですよ」
貴方もお分かりでしょうと再び彼は口にする。


ああ、分かるさ。俺は分かっている。
俺もこいつと同じように相手に独占欲を感じていることも。
俺がアラシヤマに嫉妬を抱いたように、マーカーもまたシンタローに嫉妬を抱いていることなど。

そんなこと分かっている。
だけど、どうしようもないじゃないか。この苛立たしい気持ちは。■SSS.6「a secret operation room」 キンタロー×シンタロー「口唇が荒れている」
軍用艦のコックピットで顔を合わせるなりヤツはそう言った。
しばらくは安全な空域であることと乗組員の疲労を取るために自動操縦にしてある。
エマージェンシーコールが響かない限り此処には誰も来ない。
ゆっくりと休養をとって新たな戦場に行くために室内は快適な温度に保たれている。
決して乾燥しているわけじゃない。
「痛くはないのか」
手を伸ばして触れてきた。
ささくれだった下唇をなぞられると少し痛い。
目の前の男が触れたところがジンジンとする。
俺の体温よりも低いひやりとした指先。
口唇の輪郭をなぞるような動きに思わず昨晩のことを思い出してしまう。

口唇が荒れてるのなんてあたりまえだろ。お前が昨日舐めてばかりいたからじゃねぇか。
あちこち痕つけやがって。ブレザーの下のシャツ、きっちり釦留めるハメになっちまったんだぞ。
ったく、体が重てぇ。
休むどころかかえって疲れちまっただろうが。しつこくしやがって。
じっと睨むとどうしたと聞かれる。
どうしたじゃねぇよ、おまえが悪いんだよ。
涼しい顔しやがって。
だいたい、ヤってる最中もその表情はねぇだろうよ。俺だけ気持ちよくなってるみたいじゃねぇか。


考えるな。
思い出すな。
火照ってくる頬を冷まさせようと必死に違うことを考えようとする。
考えるな。
思い出すな。
頭の中で言い聞かせるようにしても、それでも目の前の男が、情事の最中が甦ってくる。

だいたい、二人だけでいるのがいけねぇんだ。
へんに意識しちまうじゃないか。
明け方に部屋に戻ったんなら、時間ずらして来いよな。
もっとも、それはあと何分かで破られる。
そろそろ依頼された893国の領空内に近づくのだ。
あと少しで集合時間になるからどん太たちもここに来るだろう。

あーはやく来ねぇかな。
ぐしゃぐしゃと髪をかき回すと、キンタローが眉を顰めた。
すぐさま絡まった髪を手櫛で梳きはじめる。

「ずいぶんと機嫌が悪いようだな」
至近距離で話しかけてくる。
ああ、もうお前は口を開くなよ。
髪の毛いじんのはかまわねぇけど、息が当たるんだよ。
「お前がこんなに早くに集合するのは珍しいな」
だが、五分前ならともかくまだ時間には早いぞ。当分、他のヤツラも来ない。
「じゃ、なんでお前は来てるんだよ」
お前が時間にうるさいのは知ってるけどよ。お前こそ五分前に来ればいいじゃねぇか。
「俺は、自動操縦を切り替えたり本部で起こったことをチェックしなくてはならないからな」
ああ、そうですか。俺が早く来すぎたのがいけなかったわけね。

しばらく互いに無言のままでいる。
絡まった長い髪を梳くのにキンタローは夢中になっていた。
いったん、集中すると手に負えない。
やめろといってもやめない。昨夜がそうだ。嫌だといっているのに口唇ばかり舐めやがって。
ああ、もう考えるなと思ってても駄目だ。
こんな近くにいたらついつい考えちまう。
くすぐったい。熱い息が耳朶をかすめる。




「できたぞ」
ふっと息をついてキンタローが言った。
俺は絡まっててもかまわなかったんだがな。
ある意味拷問だったぞ。
一応、ああと答えるとキンタローが感嘆したように続ける。
「やっぱりお前の髪は綺麗だな。綺麗だし指に吸いつくようだ。
俺は自分の髪よりもお前の髪を触っているのが好きだな」
本当に綺麗だ、とキンタローは繰り返す。
「そういうことは今じゃなくて夜言え。夜だ!今は朝だろーが」
「綺麗なものを綺麗と言って何が悪い」
ああ、こいつは。そういう問題じゃねぇんだよ。
恥ずかしいだろうが。
真っ赤になって怒鳴ってやると、キンタローはさらに俺の怒りに油を注ぐようなことを言い出した。
「ああ、そうか。昨夜言い足りなかったのか」
悪かったな。次はもっとちゃんとおまえのこと褒めてやるから。
「っば、馬鹿!ちげぇよ。どうしたらそういう考えになるんだよ」
言うな。あれ以上、ヤりながらなんか言うのは止めろ。
大体、お前はヤってるとき人のことグダグダ言うなよ。
ぎゃあぎゃあ喚いて訴えると、こいつは目を見開いた。
「それは集中しろ、ということか」

だから違うって言ってんだろーが!!
精神的に疲労を感じて脱力してしまう。
なんでわかんねぇんだよ。頭いいわりに馬鹿じゃねぇのか、おまえ。
はぁっと深く溜息をつくと、
「シンタロー」
と呼ばれる。はいはい、今度はなんだよ。
視線を合わせると思ったよりもずっと近くにキンタローがいた。
あ、と思った瞬間にはするりとヤツの舌が入ってくる。
口腔内を探るようになぞり、逃げようとする俺の舌を絡めとる。
互いに相手の首に手を回して角度を変えて何度も舌を絡めた。

気持ちいい。

夢中になって続けていると耳に電子音が短く響いた。
キンタローの腕時計だ。セットしていたのかと思っていたが、はっと気がつく。
集合の五分前かよ!
瞑っていた眼を開いて我に返る。こんなことしてる場合じゃない。
急いで口を離すとつぅっと唾液が糸のように引いた。
それを断ち切るように今度はちゅっと音を立てて啄ばむようにキスされる。
昨夜のように濃密な口づけをされて頭がどこかぼぉっとする。
ああ、まだ朝だっていうのに。
今日一日、お前のことで頭いっぱいになっちまうじゃねぇか。
なんてことしてくれたんだよと思っていると、キンタローはまた余計な一言を口にした。
「機嫌は直ったか」
「お、おまえな!他のヤツラに見られたらどうするんだよ」
一気に眼が覚めるような感じがする。
「こんなこと誰かに見せる必要なんてないだろう」
お前が見られたいのなら別だが?
口角を上げて言うコイツが憎らしい。

ああ、むかつく。少しはその表情くずせよ。
■SSS.8「おいしい生活」 キンタロー×シンタローブラインドを上げると朝の光が目にしみた。
昨夜一緒に過ごした相手はいくつも取り寄せている新聞をめくっていた。


「もう起きていたのかよ」
起こしてくれればよかったのに、口を尖らせて文句を言うと、
「よく眠っていたようだったからな」
と返ってくる。
そりゃそうだ。お前がなかなか離さねぇからぐっすり眠っていたんだ。


「コーヒー入っているぞ」
活字に目を向けたまま、コーヒーメーカーの方角を指差す。
こいつはコーヒーが好きだ。朝は当然飲むし、研究の合間やおやつの時間にも飲んでいる。
そんなに飲んで胃が痛くなんねぇのかな。
わずかに飲み残して冷め切ったキンタローのカップを取り上げると嫌そうに眉を顰めた。

時計の針は10時を過ぎていた。
朝食というより昼に近い。
「なんか作るけどおまえも食うだろ」
「トーストだけでいい」
間髪いれずに答えが返ってくる。相変わらず目は活字を見ているままだ。
冷蔵庫を開けるとそこそこ食材は入っている。
パンや出来合いのつまみ、飲料類以外は全部俺が入れておいたものだ。
朝はコーヒーとトーストだけ、自炊するよりも外食で済ませがちな生活を心配して勝手に入れたのだったが。
まったく手付かずの状態で入れっぱなしの食材を一つずつ賞味期限を確かめていく。
卵とベーコンとレタス、トマト、ヨーグルト、使えそうなものをどんどんテーブルに出していく。
一瞬、活字を追っていた視線がこっちを見たが気にせずに調理に取り掛かる。


***

「できたぞ」
テーブルに湯気の立つ皿を置く。
俺専用のマグカップに熱い液体を注ぎ、ついでに空になっていたキンタローのカップにも注ぐ。
六分目程度に注いで、小鍋に沸かしておいたホットミルクを足した。
向かい合わせに席に着くと、ばさりと紙をたたむ音がした。

「シンタロー」
いただきますと箸を持ったとたんに、不可解な顔をしているキンタローが尋ねてきた。
「なんだよ」
冷めるから早く食えよ。
テーブルの上には、しゃきしゃきのサラダが置かれ、ベーコンエッグとインスタントのスープが湯気を立てている。
皿の上のトーストにはバターがすでに塗られていた。それを眺めながら、
「俺は朝はコーヒーとトーストだけでいいんだが…」
聞いていなかったのかという表情で問う。無視したに決まってるだろ。健康に悪い。
「もうブランチだけど、朝はしっかり食えよ」
「コーヒーがブラックじゃないのはどういうことなんだ」
「牛乳も飲め」
「…スープは必要ないんじゃないのか」
「賞味期限ぎりぎりだったんだよ」
「…そうか」



カチャカチャと食器が鳴る音と互いに咀嚼する音しか聞こえない。
この男は食事中はそれほど話さない。
黙々と口に運ぶ様子を見ながら、少しはうまいとかなんとか言えよと思う。




「シンタロー」
今度はなんだよ。またなんか文句つけるのか。
そりゃ、俺が勝手に作ったのが悪いんだろうけど、癪に障る。
食事中もベッドの中と同じくらい口を動かせっつうの。


「おいしかったぞ。ごちそうさま」

……また作ってやるよ。お前がいらねぇって言っても。
トーストだけじゃ体に悪いしな。



甘いカフェオレがキンタローの喉を通っている。
二人の喉を甘く潤す。たまにはこういうのも悪くないだろ?■SSS.10「おさがり」 キンタロー+ハーレムもう秋だというのに降りしきる雨は温かい。
夏のものよりも幾分ぬるいとはいえ、やはり時間がたつと傘で防げなかった場所を徐々に熱を奪っていく。
うっかりとサンダルで外出してしまった所為か、足の先は冷えはじめている。
雨に降られるたびに買ってしまうビニール傘や隊員から奪い取った傘で玄関は溢れていた。
捨てるのもめんどくさくてそのままになっている。
切れた煙草とアルコール類を手に入れようと外まで買いに行くことにした。
ガンマ団の売店では踏み倒すことが多かった所為か最近では売ってくれないのだ。
たかる相手としてちょうどよい隊員達は帰省したり、島で受けた傷のために入院している。
仕方なしに適当に引き抜いた一本を手にコンビニに向かって、だらだらと時間をつぶしてガンマ団へと戻ってきたのだ。
小雨だった行きとは違い、帰りはシャワーのような雨へと変わっていた。
冷たく冷えた足はサンダルとの間がぐちゃぐちゃと濡れた感触がし、気持ちが悪かった。
部屋に帰ったらすぐに足を洗おうと、急いで歩みを進めると余計に足に雨や泥が入ってくる。
ちっと思わず舌を立てて、それまで足元ばかり見ていた視線をガンマ団の建物へと向けた。

(あと10メートルくらいか)

距離を測った後に金色のかたまりが目の中に飛び込んできた。

(あれは…)

金色のかたまりは、新しくできた甥だった。長兄の息子ではなく、真実は次兄の息子だった男。
シンタローと呼んでいたが、今は周囲にあわせてキンタローと呼んでいる青年。
ぼおっと立って雨を一心に浴びている。
目の前まで歩いていってもとくに反応を返さない。

「なにしてんだ」
声をかけても、しばらくは甥は空を一心に見つめていた。降り注ぐ雨をものともせず突っ立っている。

「…雨を見ていた」
「見るだけなら玄関でも部屋の窓でもいいだろう」
風邪引くぞ、もう中に入れと促しても甥は動こうとしない。
「はじめは窓から見ていたんだ」
だったらそのまま見てればいいじゃねぇか。雨なんて見ていてなにがおもしろいんだか、誰も止めるヤツいなかったのかよ。

「雨は知っていた。アイツの中でも見ていたし、もっと強い雨と風で揺れる日があることも知っている。
雨に濡れるのはどんな感じなのか興味があった」
シャワーとはちょっと違うんだな。

ああ、そうだ。
コイツは今までなにもかも自分自身で感じることがなかったのだ。
つまらないものやくだらないもの、あたりまえのものさえ新鮮なのだろう。
その事実に思い当たった時、少し胸が痛んだ。

甥は空に手をかざし、濡れたてのひらを見つめている。
地面と同じように小さな水たまりができていた。けれど、それはすぐに手首や、指の腹をつたって流れていく。
肌にはりついた金色の髪はじっとりと雨水を吸って、兄の薄い金髪よりも俺のような濃い色になってしまっていた。

こうして見ていると兄貴にあんま似てねぇな。

髪を切ったらどうかは分からないが、濡れる前の長い髪は獅子の鬣のようだ。
サービスのような流れる髪ではない。俺のように癖がある髪質をしている。
手を伸ばすと甥は目をまるくした。触るとすっかり冷たくなっている。
濡れそぼった髪をがしがしと掻き回してやると、嫌がって手を払ってきた。
ぶるぶると頭を振っている。犬のようだ。
おかしさをこらえて、傘に入れてやると不思議な顔をしていた。
「どうした、キンタロー」
「ハーレムが濡れる」
透明なビニールが雨を弾く様子はとくに興味がなかったようだ。
「これなら濡れねぇで雨が見れるだろ」
本当だ、と甥は呟いていた。
「傘はシンタローが貸してくれた」
甥の指差す方向、玄関にはモスグリーンの傘が立てかけてあった。Gのマークが入っているやつだろう。
雨が見れないから差すのを止めたのだ、と続ける。
そりゃそうだな、と返してやるとうすく笑う。その表情は次兄が幼い俺をなだめるときの表情と似ていた。
「あんま兄貴に似るんじゃねぇぞ」
「父さんにか?」
「ルーザー兄貴だけじゃなくて、一族のヤツラに似るなってことだ。不器用な男になるからな」
この傘はおまえにやるよ。好きなだけ雨を見ていろ。風邪引く前に入らねぇと高松に怒られっぞ。
ぽんぽんと頭を叩いて、甥のてのひらに傘を握らす。
甥は目を見開いていた。
「ハーレム?」
「おまえ、傘ねぇんだろ」
シンタローの傘を借りたくらいだから。この甥にはまだ私物というものはないのだ。
「俺は、んなもん部屋にいっぱい転がってるからよ」
おさがりにしてやる。俺も昔は兄貴達のおさがりをもらったもんだ。
「…おさがり」
不思議そうに甥は何度も確かめるように呟いていた。
「おさがりははじめてだろ?それはもうおまえのものだ」
じゃあな、と手をひらひらさせて玄関へと向かう。
礼を言う、という声が後ろから聞こえた。

そういうときはありがとうって言うもんだ。
まあ、俺にはどうだっていいけどよ。
おさがりだろうがなんだろうが、おまえはこれから自分のものを増やしていけばいい。


時間は取り戻せないけれど、思い出を積み立てていくことはできるだろ?■SSS.13「ガラスのシャワー」 キンタロー×シンタロー何かが頬を掠めた。その瞬間、焼け付くような熱と圧し掛かる力を感じた。
「シン…」
俺に圧し掛かかり床へと押さえつける従兄弟は名を呼ばせなかった。
「黙れよ」
起き上がるな、と声を潜めて言う。
頬はいまだ熱を持っている。じくじくとした熱とわずかな痒みに眉を顰めてしまう。
状況はまだつかめていない。
此処へは商談で赴いたのだ。
「大統領は所要で席を外している、しばらくそこでお待ちください」
と案内役の軍人に言われ、ガラス張りの執務室へと従兄弟と二人通されたのだ。
部下達は皆、此処に辿り着くまでに体よく追い払われている。
この部屋に通されるまでの様子もそもそもおかしかった。
ぎらついた殺気を隠しきれない軍人や不穏な目つきの秘書官たち。
人払いを望んでいると言われて、SPまでもが追い払われたのだ。
壁へと目を向けると蜘蛛の巣のように割れたガラスが目に付いた。
高層ビルが林立したこの地区においてガラス張りの部屋を狙い済ますことなど容易いことだろう。
クリーンな政治をアピールしたこの部屋が仇となった。
四方八方がガラス張りのこの部屋では俺と従兄弟は格好の標的だ。
折り重なって伏せたまま、神経を研ぎ澄ませ、敵の気配に集中する。

きらりと白いひかりが前方で光った。肩越しに従兄弟に「眼魔砲を撃つ」と囁く。
同意ととともに俺の上に乗る従兄弟も手を構えるのが見て取れた。

左右には敵の気配は感じられない。周囲をすべて囲むのではなく、挟み撃ちにしようと考えたのだろう。
俺と従兄弟の二人だけを始末すればいいのだから、その分待機している部下たちへと暗殺者が殺到しているに違いない。

再び、視界にきらめきが映った。
間髪いれずに意識を掌へと向ける。片方の瞳に力が漲るのを感じる。


「「眼魔砲」」


呼吸を合わせた訳でもないのに、声が重なる。
まるで双子のように、いや従兄弟は俺にとってそれ以上の絆を持った存在なのだ。
俺たち二人の体を包み込むように青白いひかりが辺りを照らす。
爆発音とともにガラスが盛大に割れる音が響いた。




  
ぱらぱらと天井のタイルが落ちてくる。室内の状況は惨々たる物だった。
同じタイミングで眼魔砲を撃ったこともあるのだろう。
あまりの衝撃に狙ってもいない左右のガラスまでもがひび割れている。
爆風によってガラスの破片もそこらじゅうに落ちていた。
上体を起こし、従兄弟を抱えなおす。
向かい合った形で俺の胸へともたれる姿勢になった従兄弟がそっと俺の頬を撫でた。

「弾、掠っただけだったな…」
銃弾は頬を掠めるだけで皮膚の下の血管までは切り裂かなかったようだ。
忘れていた頬の痛痒さが従兄弟の指によって甦ってくる。
手を伸ばし、指をそっとそこから外させる。
従兄弟の温かみが離れると、外気の冷たさを強く感じた。

「おまえに怪我がなければいい」
目の前の従兄弟の皮膚を裂いていたのなら、自分は眼魔砲の威力を容赦しなかっただろう。
隣のビルから狙った射撃犯の周囲だけでなく、ビルのすべてを瓦礫へと変えていただろうと思う。
温かな指を握り締めたまま、そう口にすると従兄弟は「馬鹿じゃねぇの」と言った。

「ガラス吹き飛んじまったな」
残念そうに従兄弟が呟いた。だが、それは仕方がないだろう。
襲撃されるまでの間、この部屋で従兄弟はしきりに展望台みたいだとはしゃいでいた。
よほどガラス張りの部屋が気に入っていたのだろうか。

「ガンマ団にも作るか?」
景色が一望できていい、と言っていた。そんなに気に入ったのならば、作らせればいいのにと思っていたのだ。
総帥である従兄弟が命じれば、すぐにでもそんな部屋はできるのだから。

「いらねぇよ」
狙われやすいし、こういうことできないだろ?

にやっと笑って従兄弟は俺の口を塞いできた。




いくらか長めのくちづけを楽しんでいると、ふいにジャケットの内側が震えた。
名残惜しげに離れ、携帯電話を取り出す。着信は部下からだった。
奇襲してきた敵は壊滅したと報告され、そちらはと振られたときには二人とも無事だとだけ言った。
従兄弟は立ち上がり、服の埃を払っていた。
部下からは、「すぐに車を回します。警察が動いたようですから」と電話越しに伝えられる。
短い通話を切り、俺も立ち上がる。
報告どおり警察が動いたようだ。遠くにサイレンとなにかをスピーカーで叫ぶ声が聞こえてくる。


「真下を歩いているヤツは何かと思っているだろうな~」
サイレンを耳にしながら従兄弟が言う。

大量のガラスが落ちてくるんだぜ?シャワーみたく。
きらきらして綺麗だっただろうな。


他愛のない彼の想像に俺は何も言わない。
ガラスのシャワーなど痛いだけだろうが、従兄弟が言うのならそれは綺麗な光景だったのだろう。
最後に部屋を振り返ると、ガラスがぽっかりとなくなってがらんどうの部屋が目についた。
どうかしたか?と怪訝そうに聞いてくる従兄弟にはなんでもないと答える。

「シンタロー、ガラスの破片に気をつけろ」

子ども扱いするなと、ふくれる従兄弟の前を俺は歩いていく。
俺が通った道ならば、安全だから。
部屋を出て、階段へと向かっていくと銃を構えた刺客が見えた。


狙うのなら、シンタローよりも俺を先に狙えばいい。俺は従兄弟のために傷つくことは厭わないのだから。■SSS.18「if」 キンタロー+コタロー「ボクでよかったの?」
会うなり、コタローはそう口にした。
いや、一族の人間だけで顔をあわせた時はそんなことをおくびにも出さなかった。
眠る前のひととき、俺が一人でいるのを見計らうようにこの子どもは話しかけてきたのだ。

「…よかったとは」
どういうことだ、と口にする前に子どもはまっすぐに見つめたままもう一度問いを発した。

「パパが助けたのがボクでよかったの?お兄ちゃんじゃなくてさ」
お兄ちゃんと、ここにはいない従兄弟のことを言及した時、子どもの瞳は揺れていた。



「シンタローは…よかったと思っているだろうな」
グンマも伯父も、とわずかに視線を落として口にするとコタローは些か強い口調で再び問うた。

「あなたはよかったの?」
「ああ」
シンタローがよかれと思ったことだから。
彼が選ばれていたのなら、きっと誰もが傷つくことになっただろうから。

伯父は後悔を、シンタローは罪悪感を、グンマは愛情のもたらす理不尽さによって。


「お前はどうなんだ」

「どうって?ボクは…パパがボクを優先したのは嬉しかったけれど、でも…」
お兄ちゃんはボクのせいで、と揺れた目で語った。

「シンタローは大丈夫だ。アイツは何度でも生き返る。島で仲良くやってるさ」
心にもない言葉を安心させるように口にするとコタローはほっとしたような顔をした。




「…ねえ」
「なんだ?」
「ボクの力が安定したら迎えに行こうね」
お兄ちゃんを、と少し照れた顔で口にすると「オヤスミっ」とぱたぱたと足音を立ててコタローは帰った。






よかったかだって?

そんなことを俺に聞かないでくれ。
どうしてそんな残酷な質問を口にするんだ。



あのとき、俺が先に行かなければシンタローではなく俺が島へと取り残されたかもしれない。
そうなっていれば、きっと皆幸せだった。単なる従兄弟の俺を迎えに行くのは焦らなくてもいい。

父と二人の兄に囲まれて、おまえはもっと幸せを感じたはずだ。
友との別れも消し飛ぶくらいに、家族から愛情をもらえただろう。




きっと、今頃幸せな家族ができていたんだ。あのとき、俺が先に行かなければ。
  ■SSS.19「ねえ、どうして?」 コタロー×リキッド今日もリキッドは肉料理を一品作る。
昨日もお肉だったのにな。
「ボク今日、お魚食べたい」と言うとちゃんと釣ってきてあると言われた。


じゃあ、それは?
アイツの分なの、と聞こうと思ったけどやめた。

鼻歌を歌いながら包丁を握るリキッドは楽しそうで。


ねえ、そんなにあのおじさんが来るのが待ち遠しいの?
あのヒト、ごはん食べに来るだけなのに。


なんか、やだなあ。



あ、いいにおいがしてきた。なんだろ?コーン?甘いにおいだ。

リキッドがカップを棚から出す。


そっか、今日はスープ作ったんだ。

コトコトと鍋の音が部屋に鳴る。
パプワくんとチャッピーとボクは大人しく席に着く。
食卓には部屋の人数分よりも多い食器が出ていた。



まだかなあ。



「お待ちどうさま~。ほらほら、できたぞ」
パプワもロタローも茶碗寄越せ、お盆に乗せていたおかず類と交換するべくリキッドが手を出した。
二人揃って茶碗を渡すとすぐによそって返してくれる。
リキッドがいつもの位置に座った。


「「「いただきます」」」
わぁう、とチャッピーの声も続く。


スープを一口飲むとコーンの甘さが口に広がった。クルトンはちょっぴり固くてしょっぱい。
でも、とってもおいしい。

おいしいな。リキッドのごはん。


「おいしいね、パプワくん」
「ん」

おいしいなあ。とっても幸せ。この時間が長く続けばいいのに。

でもダメ。さっきから遠くでどたどた響いてた音がどんどん近づいて来る。
アイツの足音だ。
いつもいつもごはん時にやってくる、あのおじさん。
リキッドが「ハーレム」って呼ばずに「隊長」って呼んでる人。

あ~あ。今日も来たのかよ。


「お~い。リッちゃん、メシ食わせろ」
「はいはい。隊長の分もできてますよ」

リキッドが立ち上がってさっき作っていた肉料理をコトっと食卓に置く。
ハーレムのための料理。レンズ豆とお肉のかたまりを煮込んだ料理。


なんか、やだなあ。このおじさんの食器もいつの間にか決まっていたし。
なんか、おもしろくない。

どうして毎日この人来るの?
どうして毎日リキッドはおじさんの分も作るの?

あ~あ。今日もやっぱり来たし。明日も来るんだろうな…。
やだなあ。なんで毎日来るんだよ。


あ、リキッドのヤツ…このお魚焦げてるじゃん。
おじさん用のお肉はほろほろ蕩けていて失敗なんてしていないのに。


「やっぱオマエのメシが一番だな」

そりゃそうだよ。リキッドのごはんはおいしいよ。
ボクのお魚だって焦げててもおいしいもん。
でも、なんでアンタ毎日来るの。


「ねえ?」

ん?なんだ、と肉にかぶりつきながらハーレムがボクを見る。


「ううん。なんでもない」


やっぱり言えない。
だって、ハーレムがおいしそうにご飯を食べているのを見るリキッドはうれしそうで…。


でも、やっぱり……。

ねえ?なんでアンタ毎日来るの。■SSS.21「ライオンと魔女」 サービス+シンタロー「それでね、おじさん」

私の愛しい甥っ子はハーレムから受けた手荒いスキンシップを一生懸命訴えてくる。
まったく、アイツも困ったヤツだ。子ども相手に本気になることもないだろうに。

「ホントやんなっちゃうよ!すぐぶつし。パパやおじさんと違って獅子舞みたいだしさ」
「獅子舞?」
「うん。そう思わない?ハーレムおじさんと一緒にいたお兄ちゃんたちがこっそり話してたよ。
獅子舞に似てるよね。髪の毛もぼわぼわだし、がーっと口開けるしさ」
  
くすくすと笑いながらシンタローが言う。

驚いた。
子どもの頃から双子の兄のことは「ナマハゲ」と呼んでからかったりしていたが。
獅子舞、ね。言いえて妙だな。  
アイツの部下も面白いことを言う。

「たしかに似ているな」
紅茶に口をつけながら、同意すると甥はそうでしょ、と身を乗り出してきた。
「ああ、シンタロー。そんなに乗り出すんじゃない。お茶がこぼれてしまうよ」
「わ、ごめんなさい」
ぺこり、と首を下げて甥は再び大人しく席に着いた。
兄ではなくともその可愛らしい様子には思わず笑みがこぼれる。

「ふふ。それじゃあ、シンタローは獅子舞が嫌いかなのか?」
正月に見たんだろう、マジック兄さんが撮った写真を見せてもらったよ、と付け加えると彼はパッと顔を輝かせた。

「うん。パパがね。獅子舞呼んでくれたんだ。それでさ、おひねりあげたんだよ。獅子舞が口でくわえてくれた」
「ああ、写真で見たよ。グンマは泣き出していたね」
「グンマは泣き虫だから。僕は平気だったけどさ!」
得意げにシンタローは言った。

「獅子舞を見てハーレムを思い出したのかもしれないね。
グンマはこの前ハーレムにさんざんからかわれたと高松が言っていたよ」

十年来の友人は苦々しく私に話してくれた。
アナタからも言っておいてくださいよ、と眉間に皺を寄せていたが今更止められるような男でない。
甥っ子たちを苛めれば保護者が黙っていないのは重々承知だろうに帰るたびにちょっかいを出しているのだ。
シンタローは私の言葉に頷いた。

「うん。ハーレムおじさん、グンマの服が女みたいだって髪の毛引っ張ったりしたんだよ。
グンマのヤツびいびい泣いてさ、高松が飛んできたもん」
「ハーレムは高松に嫌味を言われただろうね」
「うん。ねちねちいろんなコト言われてたよ。あとさ、高松にヘンなお薬注射されてた 」
「ふ~ん」
なにを打ったんだ、高松のヤツ。

「でも次の日には相変わらず乱暴だったけどね。ホント、おじさんとは双子に見えないよ。ガサツだしさ」
「よく言われるよ」
「お正月だってお酒飲んでイビキかいててさ、パパに怒られたんだよ」
「マジック兄さんに?」
「うん。僕のお肉も勝手に食べたんだ」
「ああ、なるほどね」

長兄はこの子を溺愛しているし、どうせ酔ったアイツはこの子やグンマをさんざんからかったんだろう。
毎年毎年、懲りないヤツだ。

「まあ、楽しい正月だったならいいじゃないか」
「おじさんもいたらもっと楽しかったよ」
「そうは言われても私も都合があるからね」

あまりここには戻ってこないことにしている。
ここは、本部はあまりにも過去の記憶を意識させる。
兄弟の間に過去に起こったことを。
青春時代に起こったこと、死んだジャンのことを……。


「え~。う~ん。じゃあ、おじさん、お願い。来年はおじさんも来てよ!」
「考えておくよ」
 
ちぇ~、と甥は不満をこぼした。
私がこう口にするとき、たいてい望みが叶えられないのを分かってるからだろう。
ジュースの入ったコップから取り出したストローを小さく横に振りながら、甥は口を尖らせていた。



「そういえば、シンタロー」
「な~に?」
「シンタローはハーレムがライオンに似てると思うかい?」
「ライオン?」
「ああ、獅子舞…獅子はライオンだろう」
「う~ん。ハーレムおじさんは髪の毛もぼわぼわだし、大きい口でがーっと煩くするし、お肉も好きだけど…」
「似ていない、か」
「うん。ライオンとはちょっと違うかな」
「そうか」
ため息のような笑い声をこぼすとシンタローは怪訝そうに私を見る。
「どうかしたの?」

「ああ、実はね。おまえの死んだおじい様はライオンみたいな人だったんだよ」
笑いながらカップをソーサーに置く。
シンタローはストローを口にしたまま、目をまるくしていた。

「ライオンみたいだったの?それってハーレムおじさんよりおっきくて、うるさくて、怖かったの?」
「いや。怖くはなかったさ。
もっとも、私もハーレムも小さかったから叱られたことがなかっただけかもしれないけどね」
「え~。でもライオンみたいって……。パパは叱られたことあるのかなぁ」
ホントに怖くなかったの?とシンタローは尋ねる。
「マジック兄さんはどうだろうね。でも、怖くはなかったよ。滅多に帰ってこなかったから会うのがうれしかった。
大きくて、あたたかい腕で抱きしめてくれた。シンタローも兄さんが抱きしめてもらうだろう」
それと同じだよ、と言うとシンタローはよかったと口にした。

「よかった?」
「うん。パパもおじさんもおじいちゃんが怖い人だったらかわいそうだよ。
あ~あ。僕も会ってみたかったな。ライオンみたいだけどパパみたいに優しいひとなんだよね。」
「……そうだな」
この子を溺愛する長兄とは違った父親であったけれど。
父は、私たち4人を深く愛していた。

「ねえ、おじさん。おじいちゃんってパパみたいに遠くにお仕事しに行ってたの?」
「ああ、そうだよ。兄さんの方が本部にいるのが多いけどね。兄さんはシンタローといつも一緒にいるしね」
「うん!パパは今日も僕の好きなカレーを作ってくれるんだ」
「そうか。それはよかったね」

甥は満面の笑顔を浮かべた。
それから、「そうだ!」といいことを思いついたとばかりに私を見る。
「パパの作るカレーはおいしいんだよ。そうだ!おじさんも一緒に食べようよ。
いつもね、いっぱい作るとグンマと高松も呼ぶんだよ」

ねえ、いいでしょ、おじさん。
たまには皆でご飯食べたいんだ、とシンタローがねだる。
そのかわいらしい様子に、兄ではないが顔をほころばせながら、
「ああ、いいよ。たまには兄さんの料理も食べたいからね」
と言うと甥は歓声を上げた。





食事が終わり、しばらくするとシンタローは兄の膝で舟をこぎ始めた。
少し前にグンマは高松に連れられて帰ってしまっている。
グンマの前では、リードを取りたがり、背伸びをしているこの子もやはり子どもなのだ。
こっくりこっくり、揺れて、仕方がないといった表情の兄が抱きとめていた。

いつだったか、亡き父の部下は私達兄弟が父に抱きしめられている様を犬の親子に喩えていた。
いつだったか、兄は亡き父のことをライオンのようだったと評した。

目の前の兄と甥も同じ。


起きていたときは、甥はきゃんきゃんと吠える子犬のように私や兄に纏わりついていた。
兄と甥はじゃれ合い、駆け回る犬の親子のように仲良くしていた。

そして今。
部下の前ではライオンのように厳しい顔つきを見せる兄は目を細めている。
甥の黒髪をやさしく撫でて愛おしんでいる。
まるで、ライオンが仔をやさしく毛づくろいしているようだ。

シンタローがもぞもぞと兄の膝で動いた。
「眠いんだろう」と兄がやさしく囁く。
もぞもぞと動いていた甥は、目を擦り、こくりと頷いた。
「それじゃあ、もうオヤスミしようね」と兄が甥を抱き上げる。

シンタローを寝かしつけてくる、と私に言い、兄は抱っこしたまま部屋を出て行く。
立ち上がり、私の前を横切る時、の金色の髪がストーブの灯でちらちらと輝いた。
それは一瞬だけ揺らめいて、まるでライオンの鬣のように見えた。


ずいぶん甘いライオンだけれど、ね。■SSS.22「ホンネとタテマエ」 キンタロー×シンタロー  DO本ネタです労働者の実情を知ることは、経営者にとって必要なことだ。
とくに従兄弟が後を継いでからは、ガンマ団の方針は百八十度転換している。
不満を持つ人間がいてもおかしくない。
  
ここらへんでガス抜きがてら調査することにした。
ここで出た意見を全部とはいえないものの参考にし、多少改善すればいいだろう。
シンタローを脅かすような輩が出てこられては困る。

早速、簡単な(3問しかないからどんな馬鹿でも飽きずに答えられるだろう)アンケートを作成し、各課に配布した。
表向きはガンマ団の現状を世間にアピールするためだ、と説明しておいた。
匿名だし、本音で書いてくれとも伝えてある。
どのような結果が出るのだろうか。楽しみだ。



***



あらかじめ期間は1週間とした。
遠征や出張に出ているものもいるし、すぐ書いて出せといったところで聞くようなやつはそんなにいない。
週の半ばからちらほらと提出されていたがそれらは机の上に放って置いた。
こういうのは一気に片付けた方がいい。
最終日の今日はすべての団員のものが揃っている。
さすがにガンマ団の団員全員だけあって量は多いが、徹夜すれば何とかなるだろう。
パソコンの画面は立ち上がった。はじめるか。





いつのまにか朝が明け、太陽のひかりが部屋に差し込んでくる。
一睡もしていない眼には、ちかちかと感じた。
淹れなおしたコーヒーに口をつけるものの、思考はクリアにならない。
戯れに叔父が置きっ放しにしていた煙草を手に取ったが、やめた。
ライターに火を灯した時、あの忌々しい根暗男を思い出したためだ。

いつのまにかスクリーンセーバーが作動していた画面を元に戻すとカラフルなグラフがパッと現れる。
その色とディスプレイのひかりも目にちかちかと沁みた。

設問は3つ設けた。円グラフが2つ、棒グラフが1つ結果として表示されている。
そしてそれらには無視できない回答があった。


改善すべきところ        ……「総帥が全然本部にもどらない」12.7%

これは、まあいい。
組織の長たる総帥は本部でどっしりと構えることも必要だ。
シンタローの遠征は伯父貴よりも頻繁だから、そう感じる団員も多いのだろう。


ガンマ団についての見解    ……「総帥がカッコイイ」23.7%

……。
シンタローは仕官学校時代から目立っていた。
この結果は、腕っ節が強いだけでなく、友人も多いし、後輩の面倒を見ていたからだろう。 
従兄弟の同窓も多くガンマ団で活躍している。
その積み重ねがこれなんだろう。


ガンマ団の美点         ……「総帥がシンタローさんであること」255人

……。
…………。
これも設問2と同じだろう。
だが……。

255人もの人間がシンタローに心酔してるのはいい。
組織が改革されていく中、彼を支える者は必要だ。
だが、あの根暗と同じ嗜好…いや思考の持ち主が潜在してることも言える。
そのうち、功を立てたら側近に取り立てるようアピールするものが出てくるに違いない。
昇進や待遇の要求は当然だが、これに関しては不快だ。
シンタロー直属のあの4人のように彼のすぐ傍で活躍できるのは名誉なことだろう。
そうなったら、あいつらのようにシンタローのために体を張って働いてくれるに違いない。
だが、それは喜ばしいことであると同時にあの根暗のように俺がシンタローに近づくのを邪魔をするヤツが増えるとも言える。
そうなったら、今より腹立たしく感じるだろう。
あの根暗一人ならあしらうのも簡単だが、徒党を組まれるとなると……。

ふむ。なるべく早めに手を打たないと。
シンタローに反旗を翻すような輩はいないようだが、これもある意味で困る。どうすればいいか…。
  



***



いくら考えてもいい案が思いつかない。
睡眠不足でクリアーでない思考では、ますます苛立ちが募るばかりだった。
おまけに部屋に差し込む明るい日差しも気に障る。
ディスプレイに反射して眼が痛くなった。
ちらつく窓からのひかりに焦れてカーテンを閉めようと立ち上がる。
すると、研究室の隅に貼られたガンマ団入団案内のポスターが目に入った。

白い歯を見せて笑うコージを真ん中にミヤギ、アラシヤマが写っている。
誰が貼ったんだ、と苛立ったが、ポスターに写っているのがシンタローでなくてよかった、と思いなおし剥がすのは自制した。
にっこり笑って手を差し出すシンタローが入団を呼びかけるようなものだったら世界各地から集まってしまっただろう。
それこそ彼の信奉者は255人できかなくなる。 
カーテンを閉ざした後、ゆっくりと読んでみることにした。
  


そして、そこには俺の求めていた答えがあった。



◆勤務地/世界中:上司の胸一つで決まります。
  


これだ、と思った。
目障りなヤツは上司が遠征に召集すればいいのだ。
この場合の上司は俺だ。シンタローは細部は俺に任すことが多い。
シンタローに近づくヤツ、とくに根暗予備軍はこの手で行こう。
シンタローに信頼されていると思わせつつ、接触は低くすればいいのだ。
彼らはシンタローのため、ひいてはガンマ団のために働く。
シンタローはそれに満足する。
俺はシンタローの誰よりも傍で彼を支えることが出来る。

よし。この手で行こう。
それなら現時点での信奉者を確認しておく必要があるな。
まだ先のことだと思っているわけには行かない。
あの根暗男だってもともとはシンタローとは犬猿の中だったのだ。
備えあれば憂いなしだろう。


……。
しまった。匿名が仇となった。
提出日時と大まかな課しか分からない。

だが、まあいい。
それでもだいたいは把握できる。
これから台頭してきたらシンタローと俺にとって有益な人材か、シンタロー個人を崇拝するヤツかを見極めればいいだけだ。


よし、これでいこう。
ディスプレイの電源を落とし、朝食に向かうことにした。
爽やかな朝だ。 きっとシンタローが作るメシはいつもどおりうまい。←SSS Top

「おとー様、どうしたの?ソレ」
不思議そうなグンマの声にテーブルを囲んでいた皆の視線がマジックに集まる。

ガンマ団本部の一角、プライベートスペースにある豪奢なリビングでは
3時になると恒例のお茶の席が設けられる。
引退してすべてを黒髪の息子に委ねたマジックが暇を持て余して、
お菓子作りに凝り始めたのがきっかけだが、
今ではそれは研究や仕事に追われ、ともすれば擦れ違いがちな家族が
会話を交わす為に重要な一時となっていた。
グンマもキンタローも時間が空く限りはこの場所に集まるようにしている。
加えて今日は珍しく本部に来ていたサービスが席に加わっていた。
ガンマ団総帥となったシンタローは本部に居てもいつもは大概、
慣れない書類の処理に追われていて不参加だが、
サービスが来てるとなれば今日は多少無理をしてでも顔を出すかもしれない。
そんなわけで青の一族の3時の団欒…通称おやつの時間は
他愛の無い世間話や研究の経過などを交えつつ和やかに流れていたのだが。
ふと紅茶を口に運んでいたグンマがマジックの首筋に気付いて問うたのがはじまりだった。

「え?何?グンちゃん」
マジックは左隣に座っていたグンマにしげしげと襟元を覗き込まれ首を傾げる。
「おとー様、首のトコ赤くなっちゃってるよ?」
どうしたの?イタソー。
グンマがちょっと眉を顰めて漏らしたその言葉の内容に、サービスとキンタローが顔を見合わせる。
あごと首筋の丁度境目なので直ぐには分かり辛いが、
マジックの肌にはくっきりと赤い筋が残っていた。
よくよく注意してみれば、それは引っ掻いたような傷痕で。
「あーコレねv」
自身の白い首筋の上に走った赤い痕を指でなぞりながら、
マジックが何かを思い出したかのように呟く。
普段から笑みを浮かべている事の多いマジックだが
それがいつも以上に嬉々とした表情になっているのは気のせいではないだろう。
なんとなく、分かってしまった。分かりたくなかったけど。
そんな思いで親子を見詰めるサービスとキンタロー。
二人の目はそれぞれ何処か遠い。
そんな二人を余所に
「えー?なになにー?」
グンマだけが興味津々と言った感で父親の顔を見上げた。
キンタローが困った様にグンマの白衣の袖を引っ張るが、
聞くなと言うそのサインにしかし、天然ボケ気質のグンマが気付くはずも無い。
27にもなってどうしてこうも鈍いのか。
ドクター高松の純粋培養教育おそるべし。
キラキラ好奇心一杯の瞳は純真その物で父親の答えを待っている。
どうしたものかと思いながらも経験の不足故にキンタローは口を挟めず助けを求めてもう一人の同席者を見る。
全く表情には出ていないが,うろたえているキンタローのその視線を受けて、
仕方が無いとばかりに溜息を一つつくとサービスはおもむろに口を開いた。
「猫に引っ掻かれたんだろ」
「…ねこ?」
思わぬ方向からの答えにくりんとサービスを振り返ってグンマが瞬く。
「そう、猫。兄さんは可愛がり方がしつこいからね」
にっこりと文句無く美麗な笑顔でありながら、さり気なく棘を含んで
サービスはその蒼い瞳をマジックに向ける。
フォロー(?)しつつも毒と牽制は忘れないサービスに流石は実の兄弟と
キンタローは内心で妙な感心をしつつ、しかし猫とは…と苦笑する。
猫に例えるられるほど件の人物は可愛らしくも無い。
アレは同じ猫科でも黒豹とかの猛獣の類ではなかろうか?
少なくとも猫はもっと柔らかで可愛らしいものだと
キンタローは何回か触れる機会のあった小動物を思い浮かべて思う。
しかし、サービスの言葉を素直といえば聞こえが良いが
つまるところ馬鹿正直に受け取ったグンマはキョトンとした目で父親に問い掛ける。
「おとー様、猫なんて飼ってたっけ?」
「うん。」
「えぇ?いつの間に?ずるいなぁ~今度僕にも見せてよ~」
ねだるグンマをマジックがはぐらかす。
「うーん、でもフラーっと出掛けて何日も戻って来ないような子だからねー」
グンちゃんが来た時居るとは限らないよ?
ニッコリ笑ってそう言ったマジックにグンマがエーっと不満げな声をあげる。
キンタローはほっと息をついた。
「マジック叔父貴ですらグンマにはやっぱり出来れば知られたくないのか。」
「あぁ…兄さんも一応人の心が残ってるんだな。」
さり気なく酷い評価をこっそりとしつつ、しかし上手く話をはぐらかせたかと安心しかけた矢先に

「でもその猫、そんなに可愛いの?」

グンマが尋ねた言葉は拙かった。
「そりゃぁ、もう!ものスゴーく可愛いんだよv」
途端にウキウキとマジックが話し始める。
嫌な雲行きにキンタローは眉間に皺を寄せた。
マジックはこれでもかと云うくらいに甘い笑顔を浮かべている。
蕩けそうな笑みとはこういう表情の事だろう。
「黒い毛がツヤツヤで滑らかで~ちょっとキツメの瞳も真っ直ぐでね~」
確かにシンタローの髪は黒いし、目つきはキツイ…
「ちょっと、気が強すぎて撫でると噛み付いて来たりするけど」
27歳にもなって父親に撫でられ抱きつかれて喜ぶわけが無い。
「ちょっとした仕草が可愛いくて、しなやかな身体が綺麗で
 見てるだけでも幸せになれるんだよね」
だったら見てるだけで済ましておけ。
「でも、触れる方が幸せだから、やっぱり手を出しちゃって」
やっぱりか。
「触れると怒るんだけど、嫌がる仕草も本気じゃないのが分かるから可愛くてね」
本気で嫌がってる時もあると思うのだが。
「本当に可愛すぎるからついつい舐める様に可愛がっちゃうんだよ
 …この間なんか本当に舐めちゃったV」
ちょっと待て。
内心でツッコミを入れつつも、下手につつけば藪から蛇どころか
アナコンダが出てきかねない状況である為キンタローもサービスも沈黙を護るしかない。
当然、反応を返すのはグンマ一人で。
「えー?おとー様そんな事したら幾等なんでも毛がザラザラして気持ち悪くない?」
犬とか猫とかに、キスするくらいなら僕もやるけどー。
この期に及んでまだ猫の話だと思っているグンマがさすがに難色を示したのに
マジックがみっともないくらい、へろりと相好を崩す。
うっかりなのか確信的になのか
「いやいや、グンちゃん…シンちゃんのお肌は案外すべすべ…」
答えかけた言葉の続きは、しかし
「記憶を失えぇぇぇっっっ-!!」
怒号と共に飛んできた黒皮ブーツの踵にその後頭部ごと蹴り飛ばされた。

ドガァッ。バキッ。ガシャン。ガラン。ドガン。

蹴られたマジックの身体がその勢いのままにテーブルごと壁際まで飛ばされて、
巻き添えに物の壊れる音が多重奏で響く。
「………シンタロー」
思わずキンタローは溜息と共に乱入して来た人物の名を呼んだ。
確かに怒る気持ちは分かるがもう少し穏便な止め方が出来ないものだろうか。
咄嗟にグンマは椅子ごと後へ下がらせたが、フォローの効かなかったテーブルの上の茶器は
見事なまでに粉砕され、ウェッジウッドのブルーの陶器は破片となってマジックの額に突き刺さっている。
テーブルは足が折れ、美しい木目の天板には亀裂が走り、壁際にあった瀟洒な飾り棚は
テーブルとマジックに押しつぶされ見るも無残な有様だ。
眼魔砲を撃たれるよりはマシかもしれないが、しかし此れは感心できない。
シンタローを窘めようとしたキンタローは、
だが、次の瞬間そう思ったのは自分だけだった事を思い知る。

「わーい♪シンちゃん、久しぶりー」
「久しぶりだな、シンタロー」
「叔父さん!久しぶり…っとグンマもか」
「もーシンちゃんソレ差別だよ~」
「お前には1週間前会ったじゃねェか」

部屋の片隅の惨状など全く目に入っていないかのように久々の再会を喜び合う身内の姿に
キンタローは思わず言葉を失う。良いのか其れで。
生活の基礎知識を教えられた1年目、散々注意された事が
『やたらと物を壊すな』だったキンタローは悩む。
実際、急用があったので鍵が掛かっていた総帥室の扉を無理矢理蹴り開けた時
小一時間ほどシンタローにはくどくどと叱られたものだったが。
「どうしたの?キンちゃん」
思い悩んでいたキンタローの袖をグンマが引っ張る。
「……あぁ…いや…」
言い淀んだものの気になる事はちゃんと聞いておけとも言われていたので
キンタローは思いきって尋ねた。
「アレは気にしなくて良いのか?」
「アレ?」
対してキンタローが指差した先を見た3人の反応は実にあっさりとしていた。
「だって蹴られたのはお父様だし。」
「壊れたのもマジック兄貴の物だしな。」
「大体アイツが蹴られるような事すっからだろ?」
にっこりと清清しいまでの笑みを見せてシンタローがキンタローの肩をポンっと軽く叩く。
「気にすんなよ、キンタロー。」
「…そうか、マジック伯父貴は良いのか。」
「うん。そ…」
「ちょっと待った!!キンちゃん!!!シンちゃんっ!グンちゃん!!サービス!!」
納得しかけたキンタローと他3名を制止するマジックのいっそ悲痛な声が響く。
細かな傷から血をだらだらと流しながら立ち上がったマジックが涙を滝のように流している。
いつもの事だが倒れていても誰も助け起こしてくれない状況に自分で復活したらしい。
「パパを蹴り飛ばして、ほったらかしにした挙句キンちゃんに間違った事を教えるなんて
 酷すぎるぞ!!シンちゃん!!」
取り敢えず、言っても無駄な相手…サービスとグンマへの文句は飲み込んだらしい。
マジックはシンタローへと詰め寄る。
物凄い蹴られ方をしていたがそのダメージを感じさせないほど素早い。
切り傷も出血の割に浅そうだし、骨にも異常は無いだろう。
マジックの行動を冷静に分析し、キンタローはなるほどと内心で思う。
確かに『マジックは』問題なさそうだ。
そんな風に、キンタローの中で己が既に定義付けられてしまったとは露知らず
マジックがシンタローに言い募る。
「キンちゃんはまだまだ世間に慣れていないんだから、
 間違った事教えちゃダメだろう?シンちゃん」
「だーかーらー正しい状況認識を教えてんだろーが」
至近距離まで迫ってくる涙と流血に塗れた父親の顔を押しのけシンタローが言い返す。
「この場合アンタは蹴られるのが正しい」
「パパを蹴るのは絶対正しくありません!」
キンちゃんが真似するようになったらどーするんだい??!!
訴えかけるマジックにシンタローが半眼で返す。
「いつもいつも余計な事ばっか言いふらす奴は蹴られて当然なんだよ!!」
「余計な事って…パパはいつだってホントの事しか言ってないもん!!」
「なにが、『もん』だ!!ちったぁ己の年齢と時と場所と相手を考えて発言しやがれ!!」
「そんな!パパはただシンちゃんがどれだけ可愛いか伝えようとしただけ…」
「ほーぉぉぅ、まーだ懲りずにそーゆー事を抜かしやがるのはこの口か?」
「いひゃいよ、シンちゃん」
「アンタなんか蹴られて踏まれて穴掘って埋められて死んじまえ!!」

「わースゴいやー★シンちゃん今のワンブレスで言ったよ」
「罵倒も随分熟練してきたな、シンタロー」
白熱する親子喧嘩…と云うかシンタローがマジックを一方的に怒鳴りつけている状況に
しっかりと椅子に座って当たり前のように傍観を決め込んでいるグンマとサービス。
キンタローはまたひとつ学ぶ。
「触らぬ神にたたりなしと云うやつか?」
自身も座りながらキンタローが呟いた言葉に
「いや、アレは犬も食わない方だよ」
何処から出したのか、新しいティーカップを手にサービスが訂正を入れる。
ちゃっかりとその隣でお菓子を頬張っていたグンマがキンタローの分の紅茶を淹れて差し出す。
取り敢えず勧められるままに紅茶を一口飲んでからキンタローは改めて、
マジックとシンタローの言い合いを眺めた。
まぁ、確かに離れて見る分にはじゃれ合ってるようにも辛うじて見えなくもない。
あの二人は放って置くのが一番と云うことなんだろうが、
「でも、やっぱり猫には見えない」
ボソリとキンタローが呟いた言葉を聞きとがめてサービスが面白そうに笑う。
「あれは会話の中のものの例えだよ」
グンマとは違った意味で何事も真っ直ぐに受け止めてしまう甥にサービスは目を細める。
「でも、あぁやって怒鳴っている様子は毛を逆立てた猫みたいだと思わないかい?」
何処か楽しげな風情で言われ、キンタローはその言葉を反芻しつつ、二人を眺める。
確かにムキになって怒っているシンタローの姿は子供っぽく見えて。
そう言われてみれば猫の例えはそう外れていないもののようにも思えてくる。
普段は総帥然としていて、到底猫などに例えられるような人物ではないが
マジックの前でだけは何かが違うのだ。
いくら怒鳴っていても総帥として普段、部下を叱責する姿とは決定的に何かが。
考えかけて、
あぁ…そうか。
キンタローは唐突に思い至る。
マジックは父親なのだから、シンタローがその前で子供に見えるのは当たり前か。
どれだけ年をとっても、大人になっても…シンタローが総帥になろうとも
親子と云う立場は変わらない。
マジックにとってシンタローは一生子供で
シンタローにとってはマジックは絶対的に父親なのだ。
悩むまでも無く簡単明瞭な回答だ。
だから、父親の前でシンタローはあんなにも子供のような表情をする。
感情のままに、反発心も剥き出しに。
他の誰に対してでもなく、マジックの前でだけ。
そしてマジックはそんなシンタロー自身を全部受け止めている。
でも可愛いんだよーと言っていたマジックの言葉を思い出す。
自分もそう言えば最初に触れたとき猫に引っ掻かれたが
あの小さな動物を嫌いにはなれなかったな。
マジックにとってのシンタローはそんなものなのかも知れない。

納得がいった表情のキンタローにサービスが微笑む。
「猫みたい…だろ?」
「あぁ…なつかない猫だな」
そして、マジックは懐かれていないにも拘らず手を出して、手酷く引っ掻かれる飼い主だ。
言外に込めた意味合いに気付いてサービスが笑う。

「まぁ…本当になつかない猫はわざわざ嫌いな奴を相手したりはしないんだけどね。」

我侭を押し通そうとする父親を冷たく扱い、怒鳴りつけ、殴り飛ばそうと
いつだって最後に根負けして願いを聞いてやってるシンタロー。
なついていない訳じゃない。
ただ、いつだってマジックの方がシンタローの傍へ居ようとしてるから
猫の方から擦り寄っていく必要がないだけか。

埒も無く思いながらキンタローは紅茶を口にした。

世間が新年と云う特別な状態から日常に戻り始める1月中旬。
正月も明けて新年の挨拶回り等も終わり、慌しさがようやく薄れてきたその日
一時とは言えガンマ団新総帥と言う肩ッ苦しい肩書きを忘れ
俺は久しぶりの休日を炬燵の中でだらだらと過ごしていた。
なんで久しぶりなのか、単刀直入に言ってしまえばガンマ団総帥に正月休みなぞ無いからだ。
戦争は時候と関係なく起こっているし、緊急を要するその対応には昼も夜も盆暮れ正月もない。
しかしそうでありながら一方で、いつもは取引で必要な時だけ会う連中と新年と云う区切りに
一通り顔を合わせる必要もある。
ガンマ団が組織形態をとっている以上、取引先等との繋がりを確認するのは重要な仕事だ。
そんな訳で新年の総帥と云うのはいつにも増して多忙だ。
スケジュールはギリギリ。移動中のヘリの中ですら書類に目を通し、指示を出した。
去年も一昨年も普段に増して忙しい毎日に睡眠時間は減るは通常業務は溜まるはで
一月の間中、怒涛のような日々を過ごしていたものだった。
まぁどこも責任者ってのはこんなもんなんだろーが。
…親父が総帥だった頃はなーんか正月暇そうにしてたような気がすんだよなぁ。
炬燵の天板の上に顎を載せて俺は英国人の癖に日本かぶれな父親とその好みで
純和風の正月を過ごして来ていた過去のあれこれを思い出す。
玄関にお飾りと門松。朝はお雑煮におせちを食べて、家族そろって神社に初詣。
親父が言い出して羽根つきもやらされた。
そんで挨拶に来た伯父たちも巻き込んでひと悶着起こしたりもしていたな。
顔を墨で真っ黒にされたハーレム伯父貴を思い出してついつい口元が緩んだ。
あの時間は一体どうやって確保していたのか。
悔しいから父親に尋ねてみた事は無いが、どんな手を使っていたにしろ感心するしかない。
父親の跡を継ぎ総帥となってから、色々見えてきたことは多く。
そうして自分はまだまだ父親には及ばないことを端々で実感せずに居られない。
だが、餓鬼の頃と違い、誰もが一足飛びで成長できるわけじゃないことも
今の俺は知っているから焦らないし、焦るなと自分を戒めることが出来る。
自分を見失わずその時自分に出来る最善を尽くすこと。
己の限界を知るのは諦めではなくいつかそれを乗り越えるために必要なプロセスなのだと。

今の自分には寧ろ1月の間に休日が取れたのは上出来なくらいだ。
尤も今年それが適ったのは親父から受け継いだガンマ団の総帥と云う仕事に
俺自身がようやく馴染んできたと云うこともまぁ多少はあるだろうが
やはりサポートしてくれる存在ができたと云うことが大きかったからだとも思う。
キンタローには感謝しねーとなぁ。
天才としか言いようの無い優れた頭脳を持っていたらしい従兄弟は
後見人を買って出た高松やグンマの手助けがあったとは言え、
世界と直に触れ合うようになって1年目に生活の上で必要な基本的な知識を、
2年目には特殊な科学者としての知識を獲得し、
3年目には研究と平行して俺をサポートできるまでに成長し、
そして、当たり前のように俺の隣に居るようになった。
「お前一応研究者だろーが、研究はいいのかよ?」
遠征先にまで付いてきた時、流石に気になって問えば
「研究はチームの他のメンバーに任せていても問題はない。
 だが、お前をサポートするのはあらゆる面から考慮しても俺が適任だ」
しれっと答えた従兄弟の仏頂面を思い浮かべ、思わず苦笑が浮かんだ。
あいつはその言葉どおり完璧に俺をサポートしてくれた。
一番俺を嫌っていた(と云うか憎んでた)筈の奴が今一番俺を支えてくれてるんだもんなぁ。
人生と云うのは本当にどう転ぶか分からない。
俺のサポート役をしていたキンタローは当然ながら俺と同じで休みの無い日々を送っていたが
あいつは今日は朝から高松やグンマと共に墓参りに行っている。
グンマが帰りに何処ぞに寄ろうとしきりに強請っていたようだから
少し帰りは遅くなるかもしれない。昼飯は何処かで食ってくるかもな。
窓の外の空は高く澄んでいる。小春日和ってやつだ。今日が穏やかに晴れた日で良かったな。
いつもよりもほんの少し表情を緩ませて出掛けて行った従兄弟に対して純粋にそう思いつつ
両手を上げて伸びをしつつ俺はそのままごろりと炬燵に入ったまま寝転んだ。
正月とかの時期的なもんを抜きにしても緊急の呼び出しがかからない限りとは言え
丸一日の休暇と云うのは自分にとっては本当に久しぶりのこと。
折角だから今日はのんびりしよう。
明日からはまた激務の毎日が待っているんだし、道は長い。休めるうちに休んどかないとな。
俺は何もしないと云う非常に贅沢な時間の費やし方で休日を過ごそうと決めた。
ちっとばかし遅れたが、正月休みのつもりで。
幸いと云うか日本かぶれの親父の趣味で居住スペースの一角に設えられた畳敷きの部屋には
まだ正月の雰囲気が残っている。
掛け軸は日の出に鶴。水盤に活けられた花は松に紅梅。
普段はかみ殺さねばならない欠伸を誰にもはばかることなくこぼして、俺は仰向けで目を閉じた。
コレで炬燵の上に蜜柑があったら正月休みとしては完璧だ。
と、俺の額の上にぽんと何かが載せられた。
「シンちゃん、炬燵で寝たら風邪引くよ?」
「親父」
目を開ければ、にっこり笑った父親が此方を覗きこんでいた。
手には丸い竹籠。自分の額の上に載せられた物を手に取れば鮮やかな橙色の果実。
親父は持っていた籠を炬燵の上に置いた。勿論蜜柑の入った籠を。
さっきまでの自分の思考を読んでいたかのようなタイミングの良さに俺は思わず瞬く。
その視線をなんと思ったか親父は得意そうに笑った。
「風邪の予防や疲れにはビタミンたっぷりのお蜜柑がいいんだよー」
「知ってるっつーの」
邪険に言い返すのは最早条件反射に近い。
ついでにいそいそと当たり前のように俺の隣に入ってこようとするのに蹴りを入れておく。
ゴスっと鈍い音がして2畳分ほど向こうに飛んだ親父はガバリと起き上がると
「パパにいきなり何するんだい!!??」
畳の上でわざとらしく泣き喚いた。
恥ずかしげも無く滂沱して見せる上にハンカチをかみ締めて居やがる。
おまけにどっから出してきやがったのか腕にはしっかり抱えた俺に似せた手作り人形。
こいつ・・・この間全部廃棄処分にしてやったのにまた作りやがったな…。
ウザい…ウザさ倍増だ。
思わずしっしと手で追い払う真似をすると親父は見当違いの抗議をよこした。
「ヒドイよ!!シンちゃん!!コレはパパの用意したおコタだよ?」
「うるせぇ!!狭いんだよ!!入るんなら向かいに入れよ!!向かいに!!」
思わず立ち上がって怒鳴りつけた。
いくら俺たちの体格に合わせて作った特注の炬燵でもだ!
身長190センチ台の筋骨逞しい男が並んで一辺に入れば狭い。
それ以前に残り三辺は空いているのだから並んで入る必要は皆無だ。
だいたい何が悲しくてこの歳になってまで父親と仲良く並んで炬燵に入らなきゃならないんだ。
俺の主張はどっからどう見ても正しいはずだ。
なのに
「ひどい、シンちゃん!!パパはただ親子のスキンシップをはかろうとしてるだけなのに!!」
この親父ときたら
「何をまっとうに息子を思う父親のような台詞を吐いていやがる。」
「パパはいつだって『ような』じゃなくてシンちゃんのことを心の底から思ってるよ」
まっとうな子供思いの父親はスキンシップと称して息子のケツを触るのか?
世間一般に広く意見を求めて来い。
冷たく言い放てば
「パパのシンちゃんへの愛は世間一般の狭い定義などには縛られないんだよ」
爽やかに言い放ちやがるか、この腐れ親父は
「パパの定義では愛する息子に触れるのはスキンシップさ!」
「…そうか、因みに俺の定義では人のケツに無許可で触る変態は
 社会の屑で有無を言わさず半殺しだ」
此方も爽やかに笑って拳を固めてやれば、親父は引き攣った笑顔になった。
「ちょっと待ったシンちゃん!!家庭内暴力はいけないよ」
「家庭内セクハラはいいのかよ?自分の定義を通すなら他人の定義に異議を唱えんな」
「シンちゃん…キンちゃんと仲良いのはいいけど何だか理屈っぽくなったねぇ」
あらぬ方に目を逸らしつつ親父はハフーとわざとらしい溜息をこぼした。
何気に話し逸らしてんじゃねぇよ。言い返しかけて、しかし俺は口を噤む。
駄目だ。この親父と話してても埒があかねぇ。
思わず寄った眉間の皺を指で解しつつ、
俺は一向に意思の疎通の適わないやり取りに会話を諦めた。
「あれ?シンちゃんどこ行くんだい?」
「茶でも淹れてくる…アンタも飲むか?」
立ち上がりざまついでに尋ねれば嬉々とした声が返ってきた。
「シンちゃんが淹れてくれるなら何だってvv」
「……ほー」
一瞬自分の中にこの親父はどこまで不味いものに耐えられるか
試してみたいと言う誘惑がよぎる。
それに気付いたのか
「…お正月用の玉露があるよ」
親父は慌てたようにそう言った。ちっ…相変らずカンのいい奴。
視界の片隅に炬燵の…先ほどまで俺が居た場所に嬉しそうに潜り込む親父を認めて、
溜息をつきつつ俺はキッチンに向かった。

薬缶をかけておいてから、戸棚を開ける。
確かに新しい茶缶があった。
銘柄を確かめてちょっと感心する。
「相変らずイイもん用意してんな」
親父はまぁ多少趣味悪いトコは有るが物を見る目はある。
しかし最高級品だろう其れはまだ封が切られていない。
首を傾げつつも、他には紅茶の茶葉しかないので、仕方なく俺はその茶を使う。
折角和室に炬燵に蜜柑と来てるのに紅茶を淹れる気にはなれない。
二人分の緑茶をお盆に載せて和室に戻ると親父は嬉しそうな顔で手をひらひらさせて
自分の隣を開けてぽんぽんと座布団を叩いて示した。
勿論綺麗さっぱり無視して俺は親父の向かいに座る。
「はう!シンちゃ…」
「正月用とか言ってたが封の切ってないやつしか無かったぞ」
何か言わんとする親父の機先を制して口を開く。
俺の言葉にちょっと戸惑ったような表情を見せたのも一瞬で親父は笑顔で言う。
「あぁ。だってシンちゃんの為に買ってきたものだからねV」
親父の前に湯飲みを置き、自分の分を一口飲んで俺は胡乱な視線を送る。
「…正月用だろ?」
「だから、シンちゃんと過ごすお正月用V」
湯飲みを手に満面に笑みを浮かべて当たり前のように言う親父に呆れる。
「去年も一昨年も休みなんか取れてなかったし、
 今年だって取れるかどうか分かんなかったのにか?」
「パパは今年こそシンちゃんとお正月したかったから。だから願掛けも兼ねてね。」
思わずまじまじと父親の顔を凝視する。
何だそれ。願掛けって。
女子高生かグンマじゃあるまいし、恥ずかしい。
いい歳こいた親父の行動じゃねぇよ、それ。
大体、もう松の内過ぎてんだし、正月じゃねぇだろ。
言ってやろうかとも思ったけど。
自分自身正月休みの気分でいた先程までを思い出して止めた。
よくよく考えれば掛け軸はともかく梅の花なんて正月から放っときゃとっくに散ってるはずで。
「俺が休み取れるまで、ここ正月のままにしとく気だったのかよ?」
要は……そう云うことだ。
「1月はお正月だよ、シンちゃん」
「…アンタの定義では?」
「うん、パパの定義ではv…シンちゃんの定義は?」
にっこり笑った父親に悔しいけど…なんとなく負けた気分になった。
「…午後から出かけるからアンタも付き合えよ」
「喜んで。けど今日は家でのんびり過ごすつもりなんじゃなかったのかい?」
尋ねてくる親父の訳知り顔が物凄く己の反発心を招くがグッと堪える。
「正月なんだから初詣行かねーとな」
仏頂面で告げた俺に親父は本当に憎ったらしい位に晴れやかに笑った。
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「今日集まって貰ったのは他でもない。」
四兄弟の父が威厳のある口調で話始めた。
マジックのみ不在で、ルーザー、ハーレム、そしてサービスが、父を囲うように鎮座している。
「兄さんの事ですね。」
サービスがそう言うと、父はコクリと頭を下げた。
何故長兄であるマジックのみが不在なのか。
それは、今日行われる家族会議の議題だから、である。
別にハブっているわけではない。
ただ、これに関してはいくら尊敬する父の言葉だろうが、愛する弟達の言葉だろうが、マジックは聞く耳を持たないだろう。
「あいつは危険すぎる…!」










事の発端は三日前。
ルーザーの息子であるグンマとキンタローがシンタローの家に遊びに来た。
三人共今年10歳になったばかりの同い年で、性格はてんでんばらばらだが、そこが上手く行っているようで仲が良い。
それは、とてもいいことだ。
特にマジックの息子であるシンタローを二人が良く慕っているようで、酷く攻撃的だった、親のルーザーも手を焼いていたキンタローがとても紳士的になってくれたりとシンタローには何か特別な力があるようで。
それは、大いに助かっている。
その日も相変わらず楽しく遊び、良く笑っていたのだが、迎えの高松が来た時に、シンタローは酷く淋しそうな顔をした。
「じゃーねー!シンちゃん!」
「うん。」
それに気がついたキンタローが、シンタローの肩に、ポンと手を置き
「明日も来るからな。」
と言ってくれたので、その時は笑顔で二人を見送ったのだった。
家に入って来て、祖父と父と自分で夕飯。
「今日はシンちゃんの好きなカレーだよ!」
ピンクのフリフリエプロンを付けて料理をするマジックに、もう何も言わなくなった祖父。
シンタロー自身も、生まれた時からこうだったので、何の疑問も持たない。
だが。
いつもならカレーというだけで飛び上がって喜ぶこの孫が、全然嬉しそうじゃない。
寧ろ悲しそうな顔をしている。
「どうしたんだい?シンタロー。」
「おじいちゃん…。」
俯いて、自分の足に抱き着いてくる。
それを抱き上げると、シンタローは今にも泣きそうな顔をしていて。
「マジックの作るカレーは美味しいよ?カレー嫌だった?」
そう聞くと、プルプルと頭を振る。
そして、違うの、えっと、あの、と口をもごもごさせて何かを伝えようとしている。

「どーしたの?!シンちゃん!」
キッチンからカレーを持ってパパ登場。
心配そうにシンタローを見つめる。
シンタローは一度何か深く考え込んでから、哀願するようにマジックに向かう。そして
「パパ!僕も弟が欲しいよ!」
と言い切った。
祖父と父がびっくりしていると、シンタローは思いの限りをぶつける。
グンマとキンタローがうらやましいと。
そして、二人がバイバイと帰ってしまうのが本当に淋しいと。
「シンタローには私やマジックが居るじゃないか。」
そう祖父が言ってもシンタローは寂しそうに俯く。
「だって、おじいちゃんもパパもお仕事忙しいから、ボク、ボク…」
そう言うと大粒の涙を瞳いっぱいに溜めてから泣き始める。
祖父が慌てていると、マジックがシンタローの涙を指で拭き取る。
ああ、親子なんだなと、ここは父であるマジックに任せよう。そう思った瞬間。
「じゃあ、パパとシンちゃんで子供を作ろう!」

えっ!?

「そんなこと出来るの?パパ?」
「あったりまえじゃないか!パパのお注射をシンちゃんにすれば完璧だよν」

ちょっと…

「い、いたいの?」

ちょっと待って…

「ぜーんぜん!すっっごく気持ちいいよ!」

何を子供に吹き込んでいるんだ!!?

「マジック!」
「何です父さん。」
「お前、シンタローに何をするきなんだい?」
「やだなぁ」
くるっと振り返るマジック。
その顔の中止からは溢れ出した鼻血が滝のように流れ出ていた。
「ちょっと教育をするだけですよ。」
危険だ!とは思ったが、止めた所でコイツはやってのけるであろう。
だが早く止めないと、シンタローが危ない!
もとい、シンタローの貞操が危ない!
思い止まらせなければ。
「パ、パーパは反対だよ!シンタローが可哀相だ。」
「父さん。障害があるほど愛は燃えるんです。」
ああ、やっぱり!
祖父は目頭を押さえて俯くより他なかった。










「と、いうわけなんだ。」
マジックを除く三人はため息を漏らす。
前々からマジックの持つ息子異常溺愛は知っていたが、まさかそこまでとは!
予想はついていたけど!
まさか父の前で言っちゃうなんて!
「しかし兄さんが間違った事をするのでしょうか。」
出たよマジック崇拝者。
ハーレムは心の中で悪態をつく。
口に出せないのは怖いから。

「ルーザー、親子同士で肉体関係を持つのは良くない事なんだよ。」
そうやんわりと言われて、頷く事は頷くが、それは父の言う事が絶対だからであって理解しているわけではない。
とりあえず父は長兄を抜かす自分の子供達にシンタローの貞操をいかに守るか。そして、マジックをまともな人間にいかにしてするかの提案を聞く。
「シンタローが産まれる前はまだマトモだったのに。マジックはどうしてしまったんだろうな。」
どこか遠くを見つめる。
「父さん。」
1番解っていないであろうルーザーが元気よく挙手をしたので、父はルーザーを指した。
「素直に兄さんに悪い事だとお教えになればいいのでは?」
ルーザー、あのね、今までのパーパのお話聞いてた?
パーパね、もう既にマジックに言ったんだよ。
それでもね、あの子はシンタローと肉体関係をもとうとしてるの。

障害があるほど燃えるとか言ってるの。
父は溜息をついて、双子を見る。
「サービス、お前はどう思う?」
「私…ですか?」
「シンタローはお前によく懐いている。何かいい案はないかい?」
そう問い掛けると、サービスは考え込むように視線を前に集中させる。
そして、父に向かい一言。
「どうにもなりません。」
ああ、そうだね。
でも、それをどうにかしようって話し合いなんだよサービス。
わかるかな?
「次、ハーレム。」
「つーかさぁ、シンタローに言えばいいんじゃねーの?良くない事だって。マジック兄貴はアレでもシンタローはマトモだろ。」
「成る程!!流石ハーレム!私もそれは盲点だったよ!」
「ハーレム。兄さんに向かってアレとはなんだい。」
もー、勘弁してくれよ。今話しまとまりかけてたじゃねーか。
そう言いたいがやっぱり怖いので、思うだけ。
とりあえず、言葉のあやだと、マジック兄貴の事は尊敬していると嘘をつく。
嘘も方便とはよく言ったもの。
そう言えばルーザーは狂暴化しないことをハーレムはわかっていた。
「そうと決まれば早速マジックの元に行ってくるよ!」
すくっと立ち上がって父は喜び勇む。
胸のつかえが取れた父は何だか清々しくて、寧ろ神々しかった。
「俺も行くぜ。シンタローが心配だしな。」
よっこらとハーレムが立ち上がる。
心配している風だが、本心はルーザーと長く居たくないから。

あの兄貴と居るなんて息が詰まらぁ。
まったく、何で俺だけか、兄貴とサービスだけのペアにしてくれねぇんだよ。
マジック兄貴のせいだぜ?!
父の側に居れば安心と思っていたのもつかの間。
「私も行きます。」
ルーザーがそう言ってのけたのだ。
げ、とハーレムは思ったが、今更やっぱ行かないとも言えないので、渋々ルーザーの後ろに着いて歩く。
サービスも、シンタローが心配だと言う事で着いていくが、彼の本心は面白そうだから。
「父さん。ルーザー兄さん。」
「何だい?サービス。」
「どうした?」
いきなりサービスに話し掛けられたので、話し掛けられていないハーレムも含み三人は止まる。
「今日、今現在、グンマとキンタローはシンタローと一緒に?」
「いや。」
答えたのは父。
「さっきの出来事で慌ててお前達を呼んだんだ。だからグンマもキンタローも高松と帰ったよ。」
「じゃあ、今家に居るのはマジック兄さんとシンタローだけなんですね。」
「………。」
「………。」
「………。」
「では来年辺りにシンタローは母親ですね。」
沈黙の中、ルーザーがポツリ呟く事で父はしまったと言う顔をした。
「危険だ!シンタローがっ!!」
「父さん落ち着いて!」
「又青の一族が一人増えるだけです。喜ばしい事だ。」
「そうゆう問題じゃないんだよルーザー!!」
ぎゃぁぎゃぁと酷く煩く、三人は論を交わす。
そんな中ハーレムだけはシンタローは男なんだから妊娠しねぇだろ。と一人思っていた。
と、いうか、言ってやりたいのだが、どう考えても今、この時点でその言葉を、大切な言葉ではあるが言える状況じゃない。
つーか兄貴は科学者じゃねーのかよ。とんだヤブだなオイ。
こんな討論している間に早くしねぇとマジック兄貴の事だ。アイツ手は早いぜ。
ハーレムはぼぉっと三人のやり取りを客観的に見ているだけだった。
「シンタロー!今おじいちゃんが助けに行くぞ!」
「お供します!父さん!」
「やはりマジック兄さんが間違った事をするとは…。」
「ルーザー!ああもう…とにかく早く助けに行くんだ!行くぞ!お前達!!」
ああ、馬鹿ばっか。
ここには馬鹿しか居ねぇのか…。
ちょっぴり悲しくなったハーレムなのでした。











「シンちゃん。準備はいいかな?」



鼻血を垂らしながらマジックはふかふかのダブルベッドの上に裸体で座っていた。
その瞳は期待半分、不安半分。
どうしたらいいのか解らない気持ちと、これからマジックに注射をしてもらえば自分に弟ができるんだという喜びが入り交じっている。
「大丈夫だよシンちゃん。そんなに緊張しちゃって…パパと気持ちイイコトしてそしてオシマイなんだから。」
「うん…。」
これで弟ができたらきっと楽しくなる。
パパとおじいちゃんがお仕事で居なくても、グンマとキンタローが帰っちゃっても、きっと淋しくない。
独りじゃない。
淋しくて泣く事もないし、おっきいベッドでうずくまる事もなくなるんだ。
パパにお注射してもらえば…。
シンタローはゴクリと唾を飲んだ。
「始めるよ。」
「うん…。ねぇパパ…。」
「ん?何だい?シンちゃん。」
「あんまり痛くしないでね?」
かっ、かわいい!
マジックは出血多量で死ぬんじゃないかと、あの、高松もびっくりなほどの鼻血を天井高く噴射した。
「勿論だよ、シンちゃんνν」
「パパ、鼻血きたない。」
ぴた、と鼻血を根性で止め、マジックはシンタローの唇にキスを落とす。
ちゅ、ちゅ、と軽いキスを交わすと、シンタローもそれに応じてくれてマジックは嬉しくなった。
次第に軽いものからディープなものになってゆく。
シンタローが口で息を吸うのを見計らい、口内に舌を滑り込ませ絡ませる。
びっくりしたようにシンタローは目を見開いた。
そして、舌を縮こませるが、マジックの舌がシンタローの舌を絡めとる。
ちゅく、ちゅく、と、唾液の混じり合うおと。
段々気持ち良くなってきたのか、シンタローも積極的に舌を絡ませてきた。
「ン、ム…んんッッ…ん、ふ…ん」
マジックの上着をにぎりしめ、顔をほてらせる。
そろそろいいかな?
マジックが唇を離す。
「ぷは、は、あぁ、ん」
息を肩でしながら、震えるようにペタンと座り込む。
可愛い。可愛くて可愛くて仕方がない。
パパの為に頑張ってるシンちゃんすっっごく可愛い!!
シンタローにしてみれば弟の為なのだが、マジックの脳内は完全に自分の都合のいいように解釈されてしまっている。
マジックはシンタローの乳首を舌先で舐める。
「ひゃあぁあっ!な、なに!?」
すると途端になまめかしい声を上げるのだった。

「ここをね、舐めると、男の子が出来やすくなるんだよ。だからシンちゃん我慢できるよね?」
この嘘八百親父の言う事をシンタローは信じ込む。
この広い世界の中でシンタローは閉じ込められているも同然だから。
学校も行ってない、血縁者以外とは遊んでいない、そんなシンタローが信じる事が出来るのは、会った事があるのは、信じられるのは、結局父親なのだ。
舌先でシンタローの乳首を押したりすれば、ぷくりと固くなった乳首がマジックの舌先を押し返す。
その尖った乳首を吸い上げれば、シンタローはたまらず喘ぎ声を上げるのだ。
シンタローの中心は既に立ち上がり、先端から半透明の液体がにじむ。
マジックは毛のまだ生えていないそこに骨張った指を絡めた。
「や!なに!?パパ、何するの!?あ、あ、ヤ、そこダメッッ!!」
瞳を潤ませ、唾液は飲み込めないらしく垂れ流し。
「ダメ、じゃないでしょ?シンタロー。気持ちいい、でしょ?」
耳元で囁かれ、シンタローはブルリと体を震わせた。
肌が総毛立つ。
「ホラ、シンちゃん、どんな感じか言って。」
「ふ、う」
恥ずかしそうに頭をイヤイヤするが、マジックは言わせたいらしい。
必要にシンタローの性器を扱う。
「ホラ、パパが笑ってるうちに。言いなさい、シンタロー。」
有無を言わせぬ圧力をかけられ、固く閉じていた唇を開き始める。
「…い。」
「なぁに?シンちゃん聞こえないよ。」
「…ッッあ、きもち、いいっ!!」
「ハイ、よく出来ました。シンちゃんはお利口さんだね。」
そう言って優しく唇を髪に落とす。
「ンン…。」
恥ずかしそうに身をよじるシンタローにマジックは既に興奮していた。
無垢な心と体。
自分しか信じられないシンタロー。
そのシンタローを犯す自分。
まるで足跡のない新雪を土足で踏み荒らすような何とも言えない心地。
勿論人には普通は言えない恋愛対象として実の息子を見ている。
「シンちゃん、泣いちゃだめだよ。」
一言そう言って、マジックはシンタローの性器を口に加えた。
「ひ、やああああ!」
ビリビリと電気のようなものが頭のてっぺんから爪先まで駆け巡る。
ヤダ。
そんな所なめるなんて。
パパやめて、汚いから。
ヤダ。ヤダ。ヤダ。
やめて!
言いたいのに口が動かない。
ただただシンタローは喘ぐ事しかできなくて。

泣きたいけど、さっきパパが泣いちゃダメって。
男の子はきっと涙を見せちゃいけないんだ。
そう信じ込んで、シンタローはギュッと瞳を閉じた。
ちゅぷ、ちゅぷと聞こえる水音。
父に加えられている自分の中心。
熱くて熱くて堪らない。
この熱を開放したいのに、行き過ぎる快楽のせいで、そして、無知故に。
いけない。
いきかたが解らない。
「ふあ、あ、あ、パ、パパぁッッ!」
髪を引っ張って快楽に堪える。
ふるふると体を震わせて、涙を流すまいと必死に堪えながら。
ちゅぷ、という音がして、マジックはシンタローの性器から唇を離した。
テラテラと唾液とも精液ともつかぬ糸が名残惜しそうにマジックとシンタローの性器を繋ぐ。
「は、はひ、はぅ…」
やっと止めてくれたとシンタローは安堵した。
でも、まてよ。
お注射はいつなんだろう。そのために今までこんなことに耐えてきたのだ。
「パ、パパ…」
「なぁに?シンちゃん。」
極上の笑顔でシンタローを見る。
シンタローはドキドキした。
言っていいんだよな!?
な!?
だってパパと弟を作るためにボクこんなに恥ずかしい思いしたんだもん。
パパが約束忘れるわけないけど…。
ボク、もう、こんな恥ずかしいの耐えらんないよ!
「あ、あのね。」
もじもじと下を向いたままマジックに話し掛ける。
マジックはニコニコしながらシンタローの話を聞いていた。
「お注射まだ…?」
鼻血の海になりました。
シンちゃん!
無知っていうのは罪なんだね!
シンちゃんからお誘いをパパ受けちゃったよ!
そんなにパパと一つになりたいの?
このこったら!可愛いったらない!!
しかも!しかもしかも上目使いで!!
ヨーシ!パパ頑張っちゃうぞ!
シンちゃんの為にハッスルしちゃう!!
やけに自分に良い方にしかやっぱり考えないマジックでした。
「ごめんねシンちゃん。い、いいいい今入れてあげるから!ね!」
「うん。早くね。」
早く!
そんなに!
シンちゃんパパの事出血多量で殺そうとしてない?
ね、してない!?
「じゃ、シンちゃん、いくよ?」
「え?う、うん。」
マジックは自分の指をくわえ、濡らしてからシンタローの中に入れた。
「ヒッ!!い、痛ぁいっっ!!」
「ああ、ダメだよシンタロー!力抜かなきゃ痛いんだよっっ!」
顔は心配してるのに指はくるくると動かしたまま。

「いたいよぉ!パパのウソツキ!!キライ!!」
「そんなこと言わないでぇ…ちゃんと気持ち良くなるから、ね?」
「ううう~…」
マジックの腕を両手で掴む。
指を動かしてるだけなので支障はない。
「シンちゃん、深呼吸して。」
「うう…!ッッ!す、はぁ、すぅ、はあ」
キツキツのソコは深呼吸によって少しはましになってきたがマジックのを入れるには全然足りない。
なので、マジックはいったん指を抜いた。

「ひゃあああっ!!」
その衝撃でシンタローが声をあらげる。
「ごめんね、ごめんね、」
マジックは謝ってから、シンタローの足を上に持ち上げ蕾に舌を這わせた。
ぞくぞくっ!
鳥肌が立つ。
「や、やだ!」
ちゅる、ちゅる、
シンタローの蕾を舌先で解していく。
「や、や、ああ、あ、あぅ!」
掴まるものが何もなくて、シンタローはシーツをにぎりしめた。
唾液で充分ほぐしてから、再び指を入れると、始めより大分ほぐれてきたようで。
嘗めながら指を抜き差しする。
すると、シンタローの性器から液がぷくぷくとうごめいた。
「や、パ、パパぁ!ソコへんなの!や、きもちいいよぉ!」
蕾の中のぷくりとした部分を刺激してやると、シンタローは艶の含んだ熱い吐息を吐くのだった。
なので、マジックも頑張っちゃう!
イケイケ私!押せ押せ私!「シンちゃん、いくよ…」「ふぇ?あ、ああああ!」
喉が裂けるんじゃないかという絶叫にちかい声。
耳をつんざく程の大声量。マジックはゆっくりとだが確実にシンタローの中へ己を埋め込んだ。
「シンちゃん、ッッ、シンタロー…」
「アア、パ、パパ!!痛いよぉっ!」
額に汗が滲み出る。
でも、そんなことよりシンタローの中に入れた事のほうがマジックは嬉しくて。最奥に到達したとき、不謹慎ながらも微笑んだ。
私は今、シンタローの中に入っている。
そう考えるともっと欲情してしまう自分がいる。
シンタローの気持ち良い所を重点的に付くと、シンタローも、あられもない声を出した。
「ひゃ、あ、パパッッ!うごかさ…ない、でッッ!!」
「それは無理だよ。シンタロー。」
「ひっ、な、なんでぇ!?」
「愛しているから。止められないんだよ。」
そう言うと、マジックはスピードを早めた。
パンパンと、肉のぶつかり合う音と、飛び散る汗。
「あん、あ、ああっ!パ、パパァ!!」
「シンタローッッ…!」

自分の下半身ではないような感覚にシンタローは陥った。
気持ち良くて頭がぼぅっとなる。
やっぱりパパはウソツキじゃなかった。
キライなんていってごめんなさい。
心の中で謝る。
きゅうきゅう締まるシンタローの中はとても気持ちが良くて、マジックにしては珍しくそろそろ限界のようだった。
でも、シンタローを先にいかせてからじゃなきゃという変なプライドもあって。
マジックはシンタローの性器を上下に擦る。
「や!だめ!オシッコでちゃうよ!」
「大丈夫。シンちゃん。それはオシッコじゃないから、ね?出しちゃいなさい。」
カリッと尿道をひっかくと、我慢できなかったのか、多分生まれて初めての精子を吐き出した。
「あああああん!」
今まで我慢していたであろう涙をポロポロ目尻から零し、びくびく震えるシンタローを拝んでから、マジックも又シンタローの中に精子を吐き出したのであった。
「あ、あついよぉ…」
グズッと鼻をすすってシンタローは気を失った。
ずるり、とマジックは自分のを引き出す。
それと同時だった。
「マジック!シンタローに手を出すのは…」
「あ、父さん。何処に行ってたんですか?何処かに出かける時は一言言ってからでないと…」
「ああっ!シ、シンタロー!!」
遅かったか…
父はがくりとうなだれた。しかも泣いて。
…ああ、おじいちゃんがもうちょっと早く来ていれば!!
「兄さん。」
「なんだい?ルーザー?」
「父さんが、親子同士で肉体関係を持つのは良くないと言っていたのですが、本当なんですか?」
「一般論的にはそうなるね。でも、お互いが愛し合っていればそんなことはないと私は思うよ。」
やけに清々しく、そして堂々と捩曲がった自分の論理をルーザーに平然と言ってのける。
ルーザーの後ろにいたハーレムとサービスは

パンツ位穿けよ。

と思った。
流石双子。
普段は仲が悪いのに、こうゆう変な時は心がシンクロするらしい。
「シンタロー、大丈夫かい?!シンタロー!!」
祖父が揺すると、ううん、と声を上げ、目を擦るシンタロー。
ポケッとした、焦点の定まらない目で祖父を見上げる。
「おじいちゃん?」
「可哀相にシンタロー!!マジックに嘘をつかれてコンナコトされるなんて!」
「うそ?」
そこでシンタローは、ハッ!と覚醒した。
そして祖父の腕をぎゅっと掴む。


「じゃあ、シンタローの弟はできないの!?」
シンタローが必死に祖父を揺する。
ああ、可哀相に。
祖父は目頭を押さえた。
「シンタロー、弟というのは、マジックと、お前の母親との間にできた男の子を指すんだよ。ちなみにお前とマジック兄さんとの男の子は息子になるだけで弟にはならない。」
冷静にルーザーが言い放つ。
ハーレムは、寧ろ男同士で子供はできないということをシンタローに伝えろ。
本当にアンタまさか知らないのか?!
と、真剣に思った。
「じゃ、じゃあ、何でパパあんなこと…。」
ポロリと涙が溢れる。
痛かった、恥ずかしかった。
でも、弟ができるってパパが言ったから頑張ったのに。
ヒドイ。ヒドイヨ、パパ!!
「それはね、シンタロー。」
ひく、ひくと、泣きじゃくるシンタローの涙を指ですくって舐める。
少し塩っぱい味がマジックの咥内に広がった。
「私がシンちゃんを愛してるからだよ。」
はっ!と、シンタローがマジックを見た。
マジックは決まったと思う。
ルーザーは、兄の台詞に痺れていたし、ハーレムも、サービスも、きっとシンタローは情に流されるだろうと思っていた。
だが、父だけは先程の狼狽とは打って変わって、腕を組み、二人の成り行きを見守る。
「……な…………い。」
シンタローがぼそぼそと呟く。
「ん?なぁに?シンちゃん。パパに聞こえるように言ってごらん?」
既にデキ上がっていると信じて疑わないマジックはウキウキ気分でシンタローに催促する。
何てシンちゃんは言うのかな?
パパだーいすき?
それとも、
僕も前からパパにこうして貰いたいと思っていた?
まさか、
もう一回して?
あーんシンちゃんったら!H!!
ドキドキワクワクしながらシンタローの言葉を待つ。
「パパなんか大ッッ嫌い!!ウソツキパパなんて絶交だっっ!」
「シ、シンちゃんっっ!!」
ガーンと、鈍器で殴られたような衝撃が走る。
今まで良い方向にしか考えていなかったので、傷つきも半端じゃない。
例えるなら、天国から地獄まで真っ逆さまのジェットコースターに乗せられたよう。
「眼魔砲っっ!!」
ドカーン!
シンタローの撃った眼魔砲がマジックにクリティカルヒット!!
「おおっ!!」
外野から歓声があがる。
眼魔砲を撃つ事ができて、初めて一人前なのだ。


ちなみにキンタローは打てるがグンマはまだ打てない。
「パパのばかー!!」
黒焦げになったマジックにルーザー以外天誅が下ったと思い同情はしなかったのであった。











終わり。




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