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。■SSS.31「タイ」 キンタロー×シンタロータイを直してやるとリキッドは短く礼を言った。
別段、どうということもない。
曲がっていたのがなんとなく気になって直したまでだ。
眼前で繰り広げられる結婚式は、今までシンタローが見たものとは違ってナマモノ同士のものだったが、それでもやはり微笑ましく心が洗われる光景のものだった。

突然の式に朝から追われていた所為で少し眠い。
新婦が気恥ずかしげに目を伏せたのを見ながら、シンタローはこっそりとあくびをする。
目ざとく見つけたリキッドにここぞとばかりにじっと見られたが何も言わずに蹴ってやった。

(俺に文句言おうなんざ10年早いんだよ)



***



時代錯誤な重たい引き出物をパプワの分も運んで、家に帰るとすぐさまリキッドがジャケットを脱いだ。
日頃の肩の凝らない服装と違って疲れたのだろう。
それでも脱ぎ散らかしはせずに皺にならないようにきちんと畳んでいる。
式場で簡単なものを摘んだとはいえ、育ち盛りのパプワがアレで満足するとは思えない。
早く夕メシにとりかからねえと、とシンタローもジャケットを脱ごうとボタンに手をかけた。

「あ。シンタローさん、脱いだらこっちに掛けてください」
一応、洗っておきますんで、とリキッドがズボンを脱ぎながら言った。
おう、と返事をしてシンタローはジャケットを脱ぐと、とりあえずその場に軽く畳んでおいた。
いつものランニングを引き寄せておいて、タイごとシャツを取り払おうと首元を緩めると、シンタローの目に下だけ着替え終わったリキッドが目に入った。

タイとシャツの間を指先で強引に緩めている。

(おいおい。それじゃシャツもタイも傷むだろうが……)

ああいう形のタイはアイロンかけるのが面倒なんだよな、とシンタローは自分のことを棚に上げてそう思った。
キンタローだったらきちんと順序良く着替えるだろう・
それこそ横着して、シャツと一緒に脱ごうとしてる俺を怒るんだろうな、と脱いだシャツを足元に放りながら思う。
ランニングを被り、結んだ髪を左右に振りながら頭を出すと、ちょうどリキッドがほどいたタイを手に取ったままシャツを脱ぎかけているのが見えた。


(キンタロー……)


その仕草はキンタローとは似ていない。
従兄弟のようにしゅるりと小気味よい音を響かせて首元からタイを抜き取ったわけでもない。
滑らかな指先でもない。着替える時にボタンを外しながら俯いた顔も似ているわけでもない。

だが一瞬、リキッドがタイを持ったままでいる手を見たとき、シンタローはそこにキンタローがいるかのような錯覚に囚われた。■SSS.35「続きは後で」 キンタロー×シンタロー「昨日は結局どうなったんだ?」

開口一番、朝の挨拶もそこそこに従兄弟は切り出した。
寝過ごしたためか、髪が跳ねている。
朝食の席に現れなかった彼を伯父が心配していた。

「おまえが酔いつぶれたと連絡を受けたので俺が迎えに行った」

連絡を受けて迎えに行くと、くたっと力を抜いてソファに体を投げ出している従兄弟がいた。
他にも何人か潰れていたヤツラがいたが酒瓶を抱えて豪快に笑うコージに任せてきた。
俺はシンタロー以外の面倒を見るつもりはない。


「あー、なんだ。車に乗せてくれたのおまえだったのか」
よかった、よかったと従兄弟は髪を掻きまわしながら呟いた。

「よかった?」
なにがだ、と傍らの彼に視線を向けるとシンタローは髪を弄りながら言う。

「誰かが……っていうか金髪の男が車に乗せてくれたのは覚えてるんだけどよ。
親父かおまえか分からなかったんだよ。酔っ払ってて眠かったから」
あ~、親父じゃなくてスッキリした、とシンタローが伸びをしながら言う。


「グンマは俺を抱えていけるわけねえだろ?朝起きてどっちだか分かんなくってさ。
前に親父が迎えに来たとき、あのヤロウ、イイトシした息子を抱っこした写真を取りやがって。
おまけに朝起きたらアイツのベッドで寝てたんだぜ」

今朝は自分の部屋だったからおまえだと思ってたけど、とシンタローは付け加えた。

「でも万が一、親父だったら朝会いたくねえからさあ。酔いつぶれるまで飲むなとかぐだぐだウルセエし」
「それで朝食に来なかったんだな」
そうか、とシンタローの横顔を覗くと彼はああと頷いた。



カツカツ、と廊下にシンタローのブーツの音が響く。
しん、と冷えた空気が肌を刺すが、それでもまだ季節は秋だ。
冬物のスーツに袖を通しているため、指先や顔など露出している部分以外は寒くない。
傍らで歩むシンタローもとくに空気の冷たさに堪えた様子はなかった。



「キンタロー」
三叉路へと出るとシンタローがいつもとは違い俺を呼び止めた。
左に進もうとしていた足を止め、彼のところへ戻る。
シンタローのいた数歩先では総帥室へと直結するエレベーターのランプが点滅していた。

故障か、いやまだ乗っていないのだからなにか言い忘れでも、と従兄弟を見る。
どうした、と口が動く前にシンタローが動いた。


「昨日は面倒かけちまって悪かったな」


立ち止まったまま動かないでいた俺にシンタローが手を伸ばした。
頤に添えられた指は空気にさらされているというのに冷たくない。

ゆっくりと、指が頬を撫で、口唇をなぞってくる。
朝に似つかぬその動きにどきりとする。


シンタロー、と言うよりも早く彼が口唇を合わせてきた。


頭の後ろに回されたシンタローの手が俺の髪を掴む。
酔ったシンタローは俺が抱き上げても抵抗せずにいた。
とりたてて暴れることもなく、車に乗せたときも大人しくしていた。彼の手は首に回されていたが髪を掴むことはない。
部屋に運ぶときも、ガンマ団のエントランスから戻ったというのに文句は出なかった。


夢中になって舌を絡めるシンタローの指先は俺の髪を放さない。
昨夜は赤く染まっていた目元は今は元通りである。
絡める舌を離して、シンタローが角度を変えるたびに彼の睫は震えた。

シンタローの味は酒の名残が微かにあった。
歯磨きをした後に残るわずかなミントの辛さの中に微かに残っている。
垂らされたままの髪も密着した状態では酒の残り香が染み付いているのがよく分かった。

昨夜の、酔い潰れて視線も口調も覚束なく、頬を染めたシンタローの姿がフラッシュバックする。
昨夜は従兄弟が今着ている総帥服が乱れていた。
帰りたくねえよ、と駄々を捏ねる彼を車に乗せ、部屋へと運び入れるとおやすみのキスをねだってきた。
子どもがえりした酔っ払いのたわいない頼み事は勿論聞いた。
でも、それはこんなキスではない。




「……シンタロー」
彼の舌が離れたときに思わず名を呼ぶと、従兄弟は不敵な笑みを浮かべた。


「続きは……後でな」
体を離す間際にシンタローが俺へと囁く。
熱い息が耳朶に掠り、それから彼はキスの後の濃密な空気を払うように駆けて行った。



(……なにもそんな礼をとらなくてもいいだろう)

言葉だけでなく、唐突に行動に現したシンタローに心臓が早鐘を打っている。
引き止める暇もなく、それよりもどうしていいのか分からない。
スーツの皺を払って、当初の通り研究室へと向かおうとする。
  
背を向ける前になんとなく視線を上へと向けると、ちょうどエレベーターのドアが閉まるところだった。
ドアが閉まる間際に視線がかち合う。 

にやり、と悪戯が成功したような顔でシンタローが俺を見ていた。
さっきまで冷たかった頬が熱く、体から熱が引いていかないでいる。
早く来いよ、と笑いながら手招きしたシンタローの姿がドアによって遮られて、そしてもう一度エレベーターのランプが灯るまで俺はそこから動けずにいた。■SSS.37「エプロン」 キンタロー×シンタロー俺にだって料理くらいできる、と新しくできた従兄弟が言い出した。
え~!ほんとに?ひとりで大丈夫なのキンちゃん!ともうひとりの従兄弟が言ったのが彼にとって不満だったらしい。
来週末に俺もグンマも親父も、そして高松ですら出かける日程が重なることに、皆、不安を覚えていた。
姿こそ20代の青年とはいえ従兄弟のキンタローは今まで現実を経験したことがなかった。
はじめてのお留守番にヤキモキするのは当たり前だ。


「料理って言ったってトーストとコーヒーとかカップ麺にお湯を注ぐのはなしだよ?」
従兄弟のグンマがキンタローに言う。それに対してキンタローは眉を寄せて「当たり前だろう」と言った。

「本当に?本当に出来るの、キンちゃん。シンちゃんが作ったごはんをレンジでチンする方がいいかもよ」
美味しく出来るか分からないじゃない、とグンマは言う。
けれどもキンタローは、
  
「下ごしらえも片付けも自分で出来る。俺のことは放っておいて出かければいいだろう」
と言った。

「店屋物とか外食でもいいんだよ?」
「くどい」
 
しつこいグンマにキンタローが切れた。が、グンマは黙る様子はない。
初めてのお留守番をする従兄弟がよっぽど心配なのか、そんなこと言ったって!と喚きはじめる。
同席していたドクターが仕方なく宥めるべく口を開いた。

「まあまあ、グンマ様。
キンタロー様もおできになると言っているんですし、ここはひとつ、なにか作っていただいたらどうでしょう?その結果を見て来週のことは考えたらいかがですか?」

「高松。それは俺に嘘じゃないか証明しろということだな」 
キンタローは憮然とした表情で口を開いた。

「いえいえ!キンタロー様。めっそうもない。この高松、キンタロー様のことは疑ってなどいませんとも!
ただ、やはり何事も備えあれば憂いなしということで……キンタロー様の予行練習にもなりますし」
おろおろと二人の従兄弟の顔色を伺うようにドクターが言う。

「ふん。まあいい。そうだな、伯父貴がよく作るカレーでも作ることにしよう。
ちゃんと作れたらこれ以上がたがた騒ぐなよ、グンマ」

きっと睨みつつキンタローが立ち上がる。
楽しみだねえ、と暢気な口調で言った父親にシンタローはげんなりした。
楽しみってあのなあ、ガキの喧嘩でまずいもん食わされたらたまんねえぞ。
アイツ、本当に料理できんのかよ。

キッチンに向かうキンタローを見ながらシンタローはこっそりとため息を吐いた。
  


***



「シンタロー」
手招きされてシンタローは立ち上がった。やっぱり、ダメかと思いつつキッチンに行く。
背後でグンマが忍び笑いをするのが聞こえた。

ったく。しょうがねえ、従兄弟どもだよ。

けれどもキッチンにはシンタローが想像した惨状は広がっていなかった。
俎板には丁寧に切られた野菜が乗っていて、ガラスの皿には飴色に炒められたタマネギのみじん切りがあった。

「どうしたんだよ、キンタロー」

ちゃんと料理できるじゃねえか、と見回しつつ尋ねると従兄弟はばつの悪そうな顔で切り出す。


「始めてしばらくしたら気づいたんだが、料理をしているというのにエプロンをするのを忘れてしまった」
「別にしなくても……」
いいじゃねえか、とシンタローは言おうとした。けれどもキンタローがダメだと頭を振る。

「それで?エプロンなら戸棚の左から2番目にあるぞ」
場所が分かんなかったのか、と思いシンタローが言うとキンタローは「違う」と言った。
そして、テーブルに置いてあった布を広げる。

「なんだ分かってんじゃねえか。それじゃなんの用だよ?」


「背中の紐がうまく結べないから結んでくれ」


エプロンを着込みつつ、少し照れた顔でキンタローはシンタローに背を向けた。■SSS.38「馬子にも衣装」 キンタロー×シンタロー朝食の席に向かおうとシンタローが廊下に出ると、新しくできた従兄弟のキンタローに出くわした。
彼の部屋の扉が開いた拍子にあくびを堪えつつ、目を擦りながらおはようと声をかけたが返事は返らない。
まあ、いつものことだしな、と思いつつシンタローはすたすたと先に行こうとするキンタローに目を向けた。

(え!?)

「お、おい。ちょっと待てよ。キンタロー」

いつもとは違う装いの従兄弟にシンタローは思わず目を疑った。
島から帰ってきても好んで着ていたレザースーツは彼の身を包んでいない。
おまけにざんばらだった長い髪の毛も短く揃えられていて、きれいに撫で付けられていた。
昨日とはまるっきり、百八十度違う姿だ。

「キンタロー、おまえ、どうしたんだよ!?それ!!」  

地味なダークスーツに身を包み、髪も整えた姿はどこかの名家の子弟のようにさえ見える。
ぎらぎらとした眼差しも口角を上げた不適な口元もその姿では乱暴者というより切れ者補佐官と言った感じだった。

「朝からぎゃあぎゃあと煩いヤツだ。少しは声を抑えろ。
高松が父さんのような格好でないと学会には相応しくないと言ったからそうしただけだ」

何かおまえに不都合があるのか、と横を歩くシンタローに彼は冷たく言い放つ。
それに一瞬、シンタローはムッとしたがいつものことだと思い直した。
この新しい従兄弟が自分に突っかかるのはいつものことなのだ。

シンタローは昨日までの姿を思い浮かべながら、ふんと鼻を鳴らすキンタローを見る。

(たしかになあ。あれじゃ特戦部隊だもんな)

血生臭い世界とは無縁の科学者の勉強会には相応しくない。
場違いなだけでなく、バックにガンマ団が控えていることと合わせていい印象なども持たれはしないだろう。


「ふ~ん。そんでなのか。まあ似合ってんじゃねえの」

ルーザー叔父さんに似てるなあ、ともシンタローは思った。
写真の中の姿や話に聞いた叔父のやわらかな物腰には及ばないが、以前とは違ってこのごろは落ち着きが見られてきた。
スーツ姿もなかなか様になっている。

ドクターのヤツ、こいつにこういう格好勧めたけど見たのかなあ。
きっと鼻血出すぞ、2リットルくらい、と亡き叔父を信奉していて現在はこの従兄弟に無償の愛を捧げる科学者をシンタローは思い浮かべた。今日のガンマ団は大変なことになるだろう。
そのまえに食卓で親父もグンマもビックリするだろうけど。



「あ、ちょっと待てよ」

リビングのドアを開けようとするキンタローをシンタローは止めた。

「まだなにか言いたいことがあるのか?」
ぎらっとひかったキンタローの目を見てシンタローは頭を抱えたくなった。

ったく。なんでコイツは俺に突っかかってばっかいるんだよ。
仲良くしろとは言わねえけど、少しは気を許してくれてもいいじゃねえか。ドクターには懐いているくせに。


「こっち向けよ。ネクタイが曲がってるぞ」
直してやる、とシンタローはキンタローの肩を掴む。だが、

「俺に触るな」

肩口に置いた手はばしっと払われた。
どけ、とリビングのドアを開けてキンタローが食卓に着く。
装いは変わってもいつもどおりシンタローに牙を剥く彼に、ドアの前に立ち尽くしながらシンタローはため息を吐いた。■SSS.43「口の減らない」 高松×サービス久しぶりに友人の研究室を訪ねると、相変わらず室内に染みついていた薬品臭が鼻をついた。
眉を顰めて、手近な椅子に座ると友人がいつもどおりペンを止めて立ち上がる。
すぐに淹れてきてくれたコーヒーで薬品のにおいは幾分和らいだ。

「相変わらず不味いものを飲んでいるね」
一口啜るとドリップ式特有の紙の味がした。
「口が肥えた貴方にとってはそうでしょうけどね。私はコレでいいんですよ」
そうにべなく言って高松は己のカップにミルクを注いだ。
マーブルを描くコーヒーを楽しげにスプーンでかき混ぜている。
ふうん、といつもどおり気のない返事をして、ふと殺風景な部屋に視線を走らせると場違いなものがあった。

「高松、あれは?」
視線で尋ねるとカフェ・オ・レに口をつけていた友人がああ、と口元を緩めた。

「プレゼントですよ」
「誰に?」
そんなこと決まってるじゃないですか、と友人は私を一瞥した。

「グンマ様とキンタロー様にですよ。私はあの方たちのサンタクロースなんですから」
「……」
うっとりと話した友人を冷たい目で見ると彼は別にいいでしょう、といってカップに口をつける。
プレゼントの横の写真立てを見て懐かしげに目を細めた高松に私はふとルーザー兄さんのことを思った。


兄さんが生きていたら私にしてくれたようにあの子たちにも贈り物をしていたんだろうか。
高松は兄さんの代わりをしている、だとかキンタローがクリスマスを迎えるのは初めてだとか、いろいろなことが頭の中に駆け巡った。



「……高松」
「コーヒーが冷めますよ」

さりげなく高松は目をそらした。
それから白衣へと手を入れて彼は煙草を取り出した。

「吸いますか?サービス」
いつもの人をくったような笑みではない、穏やかなものを口元に浮かべて彼は言った。
「ああ。もらうよ」
指を伸ばして一本掴み取り、火を分けてもらう。
吸い込むときつい苦味が喉に沁みた。


「高松」
いつものようにからかってやろうと声をかけると紫煙を吐き出していた彼が「なんですか?」と片眉を上げて応じた。

「あの子たちにプレゼントを買う金があるのなら私に4万円を返してくれてもいいんじゃないか?」
ふふ、と笑うと高松が目を見張る。
いつものように慌てて私を褒めて矛先をかわすのかと思ったら今日ばかりは違った。


「返してしまってもいいんですか?私に会う口実がなくなりますよ、サービス」

煙草の灰を落として友人がにやりと笑う。
思わぬ切り替えしに煙草から口を離す。すると高松はそんな私を、
「貴方のそんな顔を見るのは初めてですよ」
とからかいの滲んだ口調で言った。

「うるさいよ」
きっと睨んで煙草を吸い込むと友人がくつくつと笑う。

まったく。どうしてこの男はこんなに口が悪いんだか。
ジャンもハーレムも私には口で勝てないのに、とここにはいない同い年の二人を思い浮かべながら私は紫煙を吐いた。
苦い煙を高松に吹きかけてやっても旧知の友人は動じずに人の悪い笑みを浮かべるのみだった。   ■SSS.44「お願い」 コタロー出してよ、出してよ。
お願い。誰かぼくをここから出して!

何度そう叫んだのかぼくは分からない。
喉ががらがらですぐ近くにはぼくのために用意された食事とジュースとが置いてある。
ジュースはとっくにぬるくなっているし、チキンもすっかり冷めていた。
冷めたチキンを口に運ぶと今日はテーブルにもうひとつお皿があったのに気がついた。
  
ケーキ!ぼくの大好きな甘いケーキだ。イチゴが乗っている。真っ白なクリームがふわふわのっているケーキ!

ぼくのお誕生日、覚えてたのかな?パパ?ううん、パパはぼくのこと興味ないもん。
お兄ちゃん?ううん。お兄ちゃんは遠くの学校へ行ってるってパパが言ってた。
でもパパはくれないと思うし。やっぱりお兄ちゃんなの?

ドキドキしながらケーキのお皿を引き寄せる。
小さな丸いケーキの上にはプレートが乗っていたから。ぼくの位置からはちょうど裏側だった。

きっとお誕生日おめでとうって書いてある。
コタローって名前だって入ってる。だって、お兄ちゃんが前に買ってくれたのはそうだったもん。
このケーキ、ぼくにお兄ちゃんがプレゼントしてくれたのかな?
  

ワクワクしながらお皿を反対にすると白いチョコレートのプレートに赤い字が書かれている。

Merry Christmas!

ただそれだけ。
今日はクリスマスじゃないよ。それは明日だもん。今日はぼくの誕生日……ぼくの誕生日なのに。


チキンが刺さったフォークを投げつけるとからんと床に落ちた。
でも誰もぼくを叱らない。
ここには誰もいない。パパは帰っちゃったし、他の人間は誰も来ない。

もうやだ。ひとりはやだよ。
パパ、戻ってきて。いい子にするから。お願い、お願い、お願い……。






ぼくの前には誰も座っていない。
少し前にいた家ではお兄ちゃんがいた。ぼくにおいしいご飯を作ってくれたし、お菓子もくれた。
  
でも、今はいない。
毎日毎日、ぼくが呼んでもお兄ちゃんはここへは来ない。

ここに来ていたのはご飯を持ってくる人。でもその人もぼくが泣いたら壊れちゃった。だから今ではパパだけだ。
ぼくのご飯は眠っている間にいつの間にか用意されている。
ぼくはいつもご飯のまえに眠っちゃう。お兄ちゃんとはよくお昼寝をしていたからだと思う。

たまに知らないおにいちゃんの声がスピーカーで聞こえると扉が開く。
扉が開くのはそのときだけ。
  
ぼくのパパが来る、そのときだけ。


出してよ!パパ!
ひとりはいやだよ!パパ!


泣き喚いて、パパが持ってきてくれた新しいおもちゃに力をぶつけるとパパは冷たい目でぼくを見た。

駄目だよ。コタロー。
おまえはここから出てはいけない。

パパはそう言っていつも帰っていっちゃう。
いつもいつも。ぼくがどんなに頼んでも泣いても言うことを聞いてくれない。
お兄ちゃんはぼくの言うことを聞いてくれたのに。
りんごのお菓子が食べたいってねだったらすぐに用意してくれたのに。
遊んでっていったら木馬に乗せてくれたし、抱っこもしてくれた。
ぼくのお願いは全部聞いてくれたのにパパは違う。

パパはぼくのお願いをひとつも叶えてくれない。
きらいだ。パパなんか。大きらい。
パパなんかいなくていいのに。大きらいだ。きらいきらいきらい……。
パパなんてきらいだ。パパだけじゃないもん。お兄ちゃんもだ。ちっとも迎えに来てくれないお兄ちゃんもきらい。
お兄ちゃんもきらい。きらい。きらい。きらい。みんなきらい。





はぁはぁっ、と息を切らす。暗いテントの中でも僕の目が覚める。
喉が渇いて、なんだか口が重たい。
水を飲もう、と寝袋から出ると横で同じように眠っている叔父さんが寝返りを打った。
暗闇の中でもサービス叔父さんの髪はきらきらして見えた。

起こさないように、目を擦りながら静かに歩く。すると、

「コタロー?」

サービス叔父さんが僕に声をかけた。見ると、ぼんやりとした目で僕のほうを見つめている。

「お水が飲みたいから起きただけだよ」
「……そう」

サービス叔父さんは目を閉じた。
あまり音を立てないようにテントの中のリュックからペットボトルを取り出す。
かちっとキャップを回して、喉が鳴らないように気をつけて口に運ぶとぬるい水が流れ込んできた。

あんまり、おいしくないや。

冷やしてないから当たり前だよね、とため息をついて元に戻す。
まあ、いっか。すこしは口の中がさっぱりしたし。
ごそごそと寝袋に戻ると今度は叔父さんが起き上がった。


「叔父さん?」
「なんでもないよ。おやすみ」

ぽんぽんと頭を撫でられて僕の心がすーっと軽くなった。
もしかしてサービス叔父さん、僕が嫌な夢見たの分かってるの?


「ちゃんと寝ないと疲れは取れないよ、コタロー」
目を丸くして見上げていると、叔父さんがふふと笑って僕の額にキスを落としてくれた。

「眠れないのなら私が傍にいてあげるよ」
私が起きていたらサンタクロースは来ないだろうけどね、と叔父さんが笑いながら言う。

「ひとりで寝れるよ!それに、僕、サンタクロースはここに来れないんだから」
ぷーっと膨れると叔父さんはおやと目を見張る。

「どうして、ここには来れないのかい?」

どうしてってそんなの……。

「だってパプワ島で見たんだもん。夜、トイレに起きたら島のみんなにリキッドがプレゼント配ってたんだからね。サンタクロースはリキッドだったもん。ここには来れないよ」

「パプワ島ね……。それならコタロー、ガンマ団ではどうだった?」
サンタクロース来てただろう?と叔父さんが僕の髪を撫でる。

「……たしか朝起きたらプレゼントの傍に鼻血が落ちてたよ。あれはお兄ちゃんだよ。僕、悪い子だったし……」
そう言うと叔父さんは悲しそうな顔をした。
でも、本当だもん。昔の僕は悪い子だったからサンタさんは来なかった。
プレゼントがあったのはお兄ちゃんと暮らしてたときだけ。
悪い子の僕をお兄ちゃんがかわいそうに思ってくれたんだよ、きっと。

「今はいい子だよ。コタロー」
叔父さんが優しく僕の髪を撫でながら言った。

「ううん。今夜だって多分来ないよ。僕がいい子になったの、サンタさん知らないもん。
僕、ずっとパプワ島にいたんだから」

そうかな、と叔父さんは考え込むように言った。

「そうだよ。それに僕のサンタクロースはリキッドだから来ないでしょ。プレゼント2個貰っちゃうことになっちゃうもん」
「リキッドはおまえのプレゼントを用意しているの?」
「そんなの当たり前だよ。リキッドだもん」

パプワくんに会いに行ったらついでに貰うもん、と口を尖らせると叔父さんは笑った。

「それじゃあ、修行を早く終えないといけないな」
「……うん」

寝袋の端を握り締めると叔父さんが僕の頭を撫でる。

「明日の修行のためにはもう寝ないといけないよ。おやすみ」
「うん。おやすみ、サービス叔父さん」

おやすみ、を言うと叔父さんが目元をほころばせた。
目を閉じて、でもやっぱり気になってそっと瞼を開けるとサービス叔父さんが僕の顔を覗き込んでくれている。
ちゃんと寝るまで見てくれるの?


なんだか、くすぐったいや。


おやすみ、サービス叔父さん、と心の中でもう一度呟いて、僕は目を閉じる。
なんとなく今度はいい夢が見れるような気がした。


どうせならパプワくんやリキッド、島のみんなの夢がいいなあ。
リキッドはここには来れないけど、こっちの世界のサンタさんもそれくらいならお願い聞いてくれるよね?

お願い、サンタさん。今度は僕にいい夢見させてよ。■SSS.45「リップクリーム」 キンタロー×シンタローただいま、と軽いキスを額に落として、それから口唇へと移行する。
ちゅ、と軽く落とした額とは違って少し長めのキスで従兄弟を味わうとかすかにミントの香りがした。


「シンタロー」
「なんだよ?今、コーヒー淹れてやるから待ってろよな」


キスを終えて、俺がジャケットを脱いでいる間にキッチンへと移動していた従兄弟がカップを片手に返事をする。
ネクタイを緩めて、ソファで待っているとしばらくしてシンタローは二人分のカップを携えてきた。
 

「寝る前だからな。薄めに淹れたぞ」
ほら、とテーブルに従兄弟がカップを置く。俺の隣に座ると彼は早速コーヒーに口をつけた。

「シンタロー。もう歯を磨いたんじゃないのか?」
一口飲んでから、先程尋ねようと思ったことを切り出す。
砂糖が少しとはいえ入ったコーヒーなど飲んでいいものなのか。
いや、また歯を磨けばいいことだが、と首を傾げるとシンタローは目を見張った。

「夕飯の後には一応磨いたけど、俺、まだ風呂も入ってないぜ?」
寝る前に磨くつもりだ、と俺を見て従兄弟が答える。
言われてみれば従兄弟はまだパジャマを着ていなかった。
  
「そうか。そういえばそうだな」
夕食の後に磨いたといったからその残り香か、とコーヒーを飲みながら思う。

「何で急にそんなこと聞いてきたんだよ」
すると今度はシンタローが不思議そうな面持ちで俺に尋ねてきた。

「何で……って、さっきキスしたときになんとなくミントの香りがしたからだが」
ただ聞いてみただけだ、と従兄弟に答える。シンタローは俺の答えにミント?と考えこんだ。

「歯磨きのじゃないのか」
たしかすっきりするものを使っていただろう、と言うとシンタローはあ!と声を上げた。

「違う違う。今日、歯磨き粉切れててグンマの借りたんだよ。アイツのイチゴ味のヤツ。
おまえが言うミントみたいな香りってこれだぜ」

ごそごそとポケットを探るとシンタローは少し細めの小さな筒を見せてきた。

「リップクリーム?」
「ああ。メンソレータム配合ってなってるからこれだろ?たぶん」
さっき塗ったから、と言ってシンタローはリップクリームの蓋を開けた。
軽くひと塗りするなり、俺の口唇にちゅ、と軽く合わせる。

「な?これだろ」

ポケットへとリップクリームを戻しながらシンタローは笑った。

「ああ、これだ。この香りだな。シンタロー、おまえ口唇が荒れているのか」
口唇を合わせてみてもそんな感じはしなかった。
少しべたつく下唇に指を這わしてみてもささくれ立ったところはとりたててない。

「団内どこいっても暖房つけてて空気が乾燥しているだろ。ひび割れないうちに予防でしてるだけだぜ。
もう何日も前から塗ってるぞ」

意外と気づかなかったんだな、とカップの縁を弄りながらシンタローが言う。

「キンタロー、おまえも使うか?放っておいて口唇荒れたら痛いだろ」
研究室だって暖房はつけているわけだし、とシンタローが再び内ポケットを探り始める。

「いや。いい。もう寝る前だしな」

そういって俺は従兄弟の申し出を断った。
シンタローはふうんと気にも留めていない返事をするとソーサーにカップを置く。
俺が片付ける、と腰を上げるとシンタローは中腰になった俺の額へ少し背伸びをしてキスをする。

お礼のつもりなのか、と思わず頬が緩む。
風呂は沸かしておいたから一緒に入ろうな、と囁かれてカップを手にしたまま俺もシンタローにキスをした。
  
彼と違って、額ではなく口唇だったけれども。



口唇のむちっとした感触に俺はふと思い立った。
俺の口唇が荒れないのはもしかしてリップクリームを塗ったシンタローにキスをしているからか?



明日からは俺も塗ろう。
シンタローの口唇からみずみずしい潤いを奪わないようにしないと。■SSS.48「心臓」 キンタロー×シンタロー「俺はお前を好きなようだ」

思わず耳を疑った。
幻聴だとか、なんかの罰ゲームだとか思いつく限りのことは想像してみた。
だが、目の前の男のあまりにも真剣すぎる表情に笑い飛ばそうと思った気が萎えていく。

「あの……な、キンタロー」
エイプリルフールまでずいぶん時間があるぜ、と引きつった笑みを浮かべながら言うと従兄弟は眉を顰めた。

「何を言っているんだ、シンタロー。俺は本気だぞ」

いいか、もう一度言う。俺はお前のことが好きだ、などと真剣な表情で従兄弟は俺の肩に手をかけた。

「返事は今でなくてもいい。だが、俺は本気でお前のことを愛してるんだぞ」
寝ても覚めてもおまえのことしか考えられない。仕事も手につかないんだ。
シンタロー、おまえ以外の人間じゃこんな気持ちにならないんだ。俺はおまえが好きでたまらない」

親父じゃないんだ、下手な冗談はよしてくれと俺は言おうとした。だが、キンタローは、

「LIKEでなくLOVEでだ。従兄弟としてでなく、一人の男としてでだ」
と至極真面目な顔で言う。
退路を立たれて俺はぐっと詰まった。
だが、いくらなんでも……。


「おまえ、絶対勘違いしてるぞ!どうせ、ワケわからねえ心理学の本でも読んで影響されただけだ!
本を読んで得ただけの知識で物事を理解しようったって世の中そんなに甘くねぇぞ!
心臓がどきどきするから恋だとか四六時中相手のことが気になるから恋だとか、そんなもんは全部錯覚だ!!
どきどきするのは不整脈だ!親父じゃねえけど、少しおまえは疲れが溜まってるんだよ!
俺が気になるのは俺がひよっこ総帥だからだって!じゃなきゃ、アレだ。
ズボンのチャックが開いてたり、髪が長いのが鬱陶しくて視界に入ってきただけだ。な、そうだろ?
よく、考えてみろよ!!キンタロー!!」


一息に怒鳴るとキンタローは少し考え込んだ。
俺の肩に置いていた手が口元へと持っていかれ、考え込む姿勢を作っている。

爪の先まで調えられた長い指に一瞬見惚れているとキンタローがぼおっと突っ立っていた俺を己のほうへと引き寄せた。

「ッな!おいッ!!」

ぐいっと力任せに引き寄せられ、体のバランスが崩れかける。
支えるキンタローの腕にほっとしつつ、何をするんだと咎める視線を送ってみるとキンタローはすっと指先で俺の顎に手をかけた。


「……俺の心臓はどきどきしているだろう、シンタロー」

おまえはそうでもないようだが、と残念そうにキンタローは口唇を微かに上げた。

「おまえに触れるだけでこんなに心臓が早く動くんだ。錯覚じゃないだろう、シンタロー」

これは絶対に恋だ。おまえを愛している、とキンタローは俺の頬をやさしく撫でながら言った。
そんなわけない、と反論したかったが口が動くよりも先に俺の心臓がどくりと大きな音を立てた。←SSS Top
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