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SSS.31「タイ」 キンタロー×シンタロータイを直してやるとリキッドは短く礼を言った。
別段、どうということもない。
曲がっていたのがなんとなく気になって直したまでだ。
眼前で繰り広げられる結婚式は、今までシンタローが見たものとは違ってナマモノ同士のものだったが、それでもやはり微笑ましく心が洗われる光景のものだった。

突然の式に朝から追われていた所為で少し眠い。
新婦が気恥ずかしげに目を伏せたのを見ながら、シンタローはこっそりとあくびをする。
目ざとく見つけたリキッドにここぞとばかりにじっと見られたが何も言わずに蹴ってやった。

(俺に文句言おうなんざ10年早いんだよ)



***



時代錯誤な重たい引き出物をパプワの分も運んで、家に帰るとすぐさまリキッドがジャケットを脱いだ。
日頃の肩の凝らない服装と違って疲れたのだろう。
それでも脱ぎ散らかしはせずに皺にならないようにきちんと畳んでいる。
式場で簡単なものを摘んだとはいえ、育ち盛りのパプワがアレで満足するとは思えない。
早く夕メシにとりかからねえと、とシンタローもジャケットを脱ごうとボタンに手をかけた。

「あ。シンタローさん、脱いだらこっちに掛けてください」
一応、洗っておきますんで、とリキッドがズボンを脱ぎながら言った。
おう、と返事をしてシンタローはジャケットを脱ぐと、とりあえずその場に軽く畳んでおいた。
いつものランニングを引き寄せておいて、タイごとシャツを取り払おうと首元を緩めると、シンタローの目に下だけ着替え終わったリキッドが目に入った。

タイとシャツの間を指先で強引に緩めている。

(おいおい。それじゃシャツもタイも傷むだろうが……)

ああいう形のタイはアイロンかけるのが面倒なんだよな、とシンタローは自分のことを棚に上げてそう思った。
キンタローだったらきちんと順序良く着替えるだろう・
それこそ横着して、シャツと一緒に脱ごうとしてる俺を怒るんだろうな、と脱いだシャツを足元に放りながら思う。
ランニングを被り、結んだ髪を左右に振りながら頭を出すと、ちょうどリキッドがほどいたタイを手に取ったままシャツを脱ぎかけているのが見えた。


(キンタロー……)


その仕草はキンタローとは似ていない。
従兄弟のようにしゅるりと小気味よい音を響かせて首元からタイを抜き取ったわけでもない。
滑らかな指先でもない。着替える時にボタンを外しながら俯いた顔も似ているわけでもない。

だが一瞬、リキッドがタイを持ったままでいる手を見たとき、シンタローはそこにキンタローがいるかのような錯覚に囚われた。■SSS.35「続きは後で」 キンタロー×シンタロー「昨日は結局どうなったんだ?」

開口一番、朝の挨拶もそこそこに従兄弟は切り出した。
寝過ごしたためか、髪が跳ねている。
朝食の席に現れなかった彼を伯父が心配していた。

「おまえが酔いつぶれたと連絡を受けたので俺が迎えに行った」

連絡を受けて迎えに行くと、くたっと力を抜いてソファに体を投げ出している従兄弟がいた。
他にも何人か潰れていたヤツラがいたが酒瓶を抱えて豪快に笑うコージに任せてきた。
俺はシンタロー以外の面倒を見るつもりはない。


「あー、なんだ。車に乗せてくれたのおまえだったのか」
よかった、よかったと従兄弟は髪を掻きまわしながら呟いた。

「よかった?」
なにがだ、と傍らの彼に視線を向けるとシンタローは髪を弄りながら言う。

「誰かが……っていうか金髪の男が車に乗せてくれたのは覚えてるんだけどよ。
親父かおまえか分からなかったんだよ。酔っ払ってて眠かったから」
あ~、親父じゃなくてスッキリした、とシンタローが伸びをしながら言う。


「グンマは俺を抱えていけるわけねえだろ?朝起きてどっちだか分かんなくってさ。
前に親父が迎えに来たとき、あのヤロウ、イイトシした息子を抱っこした写真を取りやがって。
おまけに朝起きたらアイツのベッドで寝てたんだぜ」

今朝は自分の部屋だったからおまえだと思ってたけど、とシンタローは付け加えた。

「でも万が一、親父だったら朝会いたくねえからさあ。酔いつぶれるまで飲むなとかぐだぐだウルセエし」
「それで朝食に来なかったんだな」
そうか、とシンタローの横顔を覗くと彼はああと頷いた。



カツカツ、と廊下にシンタローのブーツの音が響く。
しん、と冷えた空気が肌を刺すが、それでもまだ季節は秋だ。
冬物のスーツに袖を通しているため、指先や顔など露出している部分以外は寒くない。
傍らで歩むシンタローもとくに空気の冷たさに堪えた様子はなかった。



「キンタロー」
三叉路へと出るとシンタローがいつもとは違い俺を呼び止めた。
左に進もうとしていた足を止め、彼のところへ戻る。
シンタローのいた数歩先では総帥室へと直結するエレベーターのランプが点滅していた。

故障か、いやまだ乗っていないのだからなにか言い忘れでも、と従兄弟を見る。
どうした、と口が動く前にシンタローが動いた。


「昨日は面倒かけちまって悪かったな」


立ち止まったまま動かないでいた俺にシンタローが手を伸ばした。
頤に添えられた指は空気にさらされているというのに冷たくない。

ゆっくりと、指が頬を撫で、口唇をなぞってくる。
朝に似つかぬその動きにどきりとする。


シンタロー、と言うよりも早く彼が口唇を合わせてきた。


頭の後ろに回されたシンタローの手が俺の髪を掴む。
酔ったシンタローは俺が抱き上げても抵抗せずにいた。
とりたてて暴れることもなく、車に乗せたときも大人しくしていた。彼の手は首に回されていたが髪を掴むことはない。
部屋に運ぶときも、ガンマ団のエントランスから戻ったというのに文句は出なかった。


夢中になって舌を絡めるシンタローの指先は俺の髪を放さない。
昨夜は赤く染まっていた目元は今は元通りである。
絡める舌を離して、シンタローが角度を変えるたびに彼の睫は震えた。

シンタローの味は酒の名残が微かにあった。
歯磨きをした後に残るわずかなミントの辛さの中に微かに残っている。
垂らされたままの髪も密着した状態では酒の残り香が染み付いているのがよく分かった。

昨夜の、酔い潰れて視線も口調も覚束なく、頬を染めたシンタローの姿がフラッシュバックする。
昨夜は従兄弟が今着ている総帥服が乱れていた。
帰りたくねえよ、と駄々を捏ねる彼を車に乗せ、部屋へと運び入れるとおやすみのキスをねだってきた。
子どもがえりした酔っ払いのたわいない頼み事は勿論聞いた。
でも、それはこんなキスではない。




「……シンタロー」
彼の舌が離れたときに思わず名を呼ぶと、従兄弟は不敵な笑みを浮かべた。


「続きは……後でな」
体を離す間際にシンタローが俺へと囁く。
熱い息が耳朶に掠り、それから彼はキスの後の濃密な空気を払うように駆けて行った。



(……なにもそんな礼をとらなくてもいいだろう)

言葉だけでなく、唐突に行動に現したシンタローに心臓が早鐘を打っている。
引き止める暇もなく、それよりもどうしていいのか分からない。
スーツの皺を払って、当初の通り研究室へと向かおうとする。
  
背を向ける前になんとなく視線を上へと向けると、ちょうどエレベーターのドアが閉まるところだった。
ドアが閉まる間際に視線がかち合う。 

にやり、と悪戯が成功したような顔でシンタローが俺を見ていた。
さっきまで冷たかった頬が熱く、体から熱が引いていかないでいる。
早く来いよ、と笑いながら手招きしたシンタローの姿がドアによって遮られて、そしてもう一度エレベーターのランプが灯るまで俺はそこから動けずにいた。■SSS.37「エプロン」 キンタロー×シンタロー俺にだって料理くらいできる、と新しくできた従兄弟が言い出した。
え~!ほんとに?ひとりで大丈夫なのキンちゃん!ともうひとりの従兄弟が言ったのが彼にとって不満だったらしい。
来週末に俺もグンマも親父も、そして高松ですら出かける日程が重なることに、皆、不安を覚えていた。
姿こそ20代の青年とはいえ従兄弟のキンタローは今まで現実を経験したことがなかった。
はじめてのお留守番にヤキモキするのは当たり前だ。


「料理って言ったってトーストとコーヒーとかカップ麺にお湯を注ぐのはなしだよ?」
従兄弟のグンマがキンタローに言う。それに対してキンタローは眉を寄せて「当たり前だろう」と言った。

「本当に?本当に出来るの、キンちゃん。シンちゃんが作ったごはんをレンジでチンする方がいいかもよ」
美味しく出来るか分からないじゃない、とグンマは言う。
けれどもキンタローは、
  
「下ごしらえも片付けも自分で出来る。俺のことは放っておいて出かければいいだろう」
と言った。

「店屋物とか外食でもいいんだよ?」
「くどい」
 
しつこいグンマにキンタローが切れた。が、グンマは黙る様子はない。
初めてのお留守番をする従兄弟がよっぽど心配なのか、そんなこと言ったって!と喚きはじめる。
同席していたドクターが仕方なく宥めるべく口を開いた。

「まあまあ、グンマ様。
キンタロー様もおできになると言っているんですし、ここはひとつ、なにか作っていただいたらどうでしょう?その結果を見て来週のことは考えたらいかがですか?」

「高松。それは俺に嘘じゃないか証明しろということだな」 
キンタローは憮然とした表情で口を開いた。

「いえいえ!キンタロー様。めっそうもない。この高松、キンタロー様のことは疑ってなどいませんとも!
ただ、やはり何事も備えあれば憂いなしということで……キンタロー様の予行練習にもなりますし」
おろおろと二人の従兄弟の顔色を伺うようにドクターが言う。

「ふん。まあいい。そうだな、伯父貴がよく作るカレーでも作ることにしよう。
ちゃんと作れたらこれ以上がたがた騒ぐなよ、グンマ」

きっと睨みつつキンタローが立ち上がる。
楽しみだねえ、と暢気な口調で言った父親にシンタローはげんなりした。
楽しみってあのなあ、ガキの喧嘩でまずいもん食わされたらたまんねえぞ。
アイツ、本当に料理できんのかよ。

キッチンに向かうキンタローを見ながらシンタローはこっそりとため息を吐いた。
  


***



「シンタロー」
手招きされてシンタローは立ち上がった。やっぱり、ダメかと思いつつキッチンに行く。
背後でグンマが忍び笑いをするのが聞こえた。

ったく。しょうがねえ、従兄弟どもだよ。

けれどもキッチンにはシンタローが想像した惨状は広がっていなかった。
俎板には丁寧に切られた野菜が乗っていて、ガラスの皿には飴色に炒められたタマネギのみじん切りがあった。

「どうしたんだよ、キンタロー」

ちゃんと料理できるじゃねえか、と見回しつつ尋ねると従兄弟はばつの悪そうな顔で切り出す。


「始めてしばらくしたら気づいたんだが、料理をしているというのにエプロンをするのを忘れてしまった」
「別にしなくても……」
いいじゃねえか、とシンタローは言おうとした。けれどもキンタローがダメだと頭を振る。

「それで?エプロンなら戸棚の左から2番目にあるぞ」
場所が分かんなかったのか、と思いシンタローが言うとキンタローは「違う」と言った。
そして、テーブルに置いてあった布を広げる。

「なんだ分かってんじゃねえか。それじゃなんの用だよ?」


「背中の紐がうまく結べないから結んでくれ」


エプロンを着込みつつ、少し照れた顔でキンタローはシンタローに背を向けた。■SSS.38「馬子にも衣装」 キンタロー×シンタロー朝食の席に向かおうとシンタローが廊下に出ると、新しくできた従兄弟のキンタローに出くわした。
彼の部屋の扉が開いた拍子にあくびを堪えつつ、目を擦りながらおはようと声をかけたが返事は返らない。
まあ、いつものことだしな、と思いつつシンタローはすたすたと先に行こうとするキンタローに目を向けた。

(え!?)

「お、おい。ちょっと待てよ。キンタロー」

いつもとは違う装いの従兄弟にシンタローは思わず目を疑った。
島から帰ってきても好んで着ていたレザースーツは彼の身を包んでいない。
おまけにざんばらだった長い髪の毛も短く揃えられていて、きれいに撫で付けられていた。
昨日とはまるっきり、百八十度違う姿だ。

「キンタロー、おまえ、どうしたんだよ!?それ!!」  

地味なダークスーツに身を包み、髪も整えた姿はどこかの名家の子弟のようにさえ見える。
ぎらぎらとした眼差しも口角を上げた不適な口元もその姿では乱暴者というより切れ者補佐官と言った感じだった。

「朝からぎゃあぎゃあと煩いヤツだ。少しは声を抑えろ。
高松が父さんのような格好でないと学会には相応しくないと言ったからそうしただけだ」

何かおまえに不都合があるのか、と横を歩くシンタローに彼は冷たく言い放つ。
それに一瞬、シンタローはムッとしたがいつものことだと思い直した。
この新しい従兄弟が自分に突っかかるのはいつものことなのだ。

シンタローは昨日までの姿を思い浮かべながら、ふんと鼻を鳴らすキンタローを見る。

(たしかになあ。あれじゃ特戦部隊だもんな)

血生臭い世界とは無縁の科学者の勉強会には相応しくない。
場違いなだけでなく、バックにガンマ団が控えていることと合わせていい印象なども持たれはしないだろう。


「ふ~ん。そんでなのか。まあ似合ってんじゃねえの」

ルーザー叔父さんに似てるなあ、ともシンタローは思った。
写真の中の姿や話に聞いた叔父のやわらかな物腰には及ばないが、以前とは違ってこのごろは落ち着きが見られてきた。
スーツ姿もなかなか様になっている。

ドクターのヤツ、こいつにこういう格好勧めたけど見たのかなあ。
きっと鼻血出すぞ、2リットルくらい、と亡き叔父を信奉していて現在はこの従兄弟に無償の愛を捧げる科学者をシンタローは思い浮かべた。今日のガンマ団は大変なことになるだろう。
そのまえに食卓で親父もグンマもビックリするだろうけど。



「あ、ちょっと待てよ」

リビングのドアを開けようとするキンタローをシンタローは止めた。

「まだなにか言いたいことがあるのか?」
ぎらっとひかったキンタローの目を見てシンタローは頭を抱えたくなった。

ったく。なんでコイツは俺に突っかかってばっかいるんだよ。
仲良くしろとは言わねえけど、少しは気を許してくれてもいいじゃねえか。ドクターには懐いているくせに。


「こっち向けよ。ネクタイが曲がってるぞ」
直してやる、とシンタローはキンタローの肩を掴む。だが、

「俺に触るな」

肩口に置いた手はばしっと払われた。
どけ、とリビングのドアを開けてキンタローが食卓に着く。
装いは変わってもいつもどおりシンタローに牙を剥く彼に、ドアの前に立ち尽くしながらシンタローはため息を吐いた。■SSS.43「口の減らない」 高松×サービス久しぶりに友人の研究室を訪ねると、相変わらず室内に染みついていた薬品臭が鼻をついた。
眉を顰めて、手近な椅子に座ると友人がいつもどおりペンを止めて立ち上がる。
すぐに淹れてきてくれたコーヒーで薬品のにおいは幾分和らいだ。

「相変わらず不味いものを飲んでいるね」
一口啜るとドリップ式特有の紙の味がした。
「口が肥えた貴方にとってはそうでしょうけどね。私はコレでいいんですよ」
そうにべなく言って高松は己のカップにミルクを注いだ。
マーブルを描くコーヒーを楽しげにスプーンでかき混ぜている。
ふうん、といつもどおり気のない返事をして、ふと殺風景な部屋に視線を走らせると場違いなものがあった。

「高松、あれは?」
視線で尋ねるとカフェ・オ・レに口をつけていた友人がああ、と口元を緩めた。

「プレゼントですよ」
「誰に?」
そんなこと決まってるじゃないですか、と友人は私を一瞥した。

「グンマ様とキンタロー様にですよ。私はあの方たちのサンタクロースなんですから」
「……」
うっとりと話した友人を冷たい目で見ると彼は別にいいでしょう、といってカップに口をつける。
プレゼントの横の写真立てを見て懐かしげに目を細めた高松に私はふとルーザー兄さんのことを思った。


兄さんが生きていたら私にしてくれたようにあの子たちにも贈り物をしていたんだろうか。
高松は兄さんの代わりをしている、だとかキンタローがクリスマスを迎えるのは初めてだとか、いろいろなことが頭の中に駆け巡った。



「……高松」
「コーヒーが冷めますよ」

さりげなく高松は目をそらした。
それから白衣へと手を入れて彼は煙草を取り出した。

「吸いますか?サービス」
いつもの人をくったような笑みではない、穏やかなものを口元に浮かべて彼は言った。
「ああ。もらうよ」
指を伸ばして一本掴み取り、火を分けてもらう。
吸い込むときつい苦味が喉に沁みた。


「高松」
いつものようにからかってやろうと声をかけると紫煙を吐き出していた彼が「なんですか?」と片眉を上げて応じた。

「あの子たちにプレゼントを買う金があるのなら私に4万円を返してくれてもいいんじゃないか?」
ふふ、と笑うと高松が目を見張る。
いつものように慌てて私を褒めて矛先をかわすのかと思ったら今日ばかりは違った。


「返してしまってもいいんですか?私に会う口実がなくなりますよ、サービス」

煙草の灰を落として友人がにやりと笑う。
思わぬ切り替えしに煙草から口を離す。すると高松はそんな私を、
「貴方のそんな顔を見るのは初めてですよ」
とからかいの滲んだ口調で言った。

「うるさいよ」
きっと睨んで煙草を吸い込むと友人がくつくつと笑う。

まったく。どうしてこの男はこんなに口が悪いんだか。
ジャンもハーレムも私には口で勝てないのに、とここにはいない同い年の二人を思い浮かべながら私は紫煙を吐いた。
苦い煙を高松に吹きかけてやっても旧知の友人は動じずに人の悪い笑みを浮かべるのみだった。   ■SSS.44「お願い」 コタロー出してよ、出してよ。
お願い。誰かぼくをここから出して!

何度そう叫んだのかぼくは分からない。
喉ががらがらですぐ近くにはぼくのために用意された食事とジュースとが置いてある。
ジュースはとっくにぬるくなっているし、チキンもすっかり冷めていた。
冷めたチキンを口に運ぶと今日はテーブルにもうひとつお皿があったのに気がついた。
  
ケーキ!ぼくの大好きな甘いケーキだ。イチゴが乗っている。真っ白なクリームがふわふわのっているケーキ!

ぼくのお誕生日、覚えてたのかな?パパ?ううん、パパはぼくのこと興味ないもん。
お兄ちゃん?ううん。お兄ちゃんは遠くの学校へ行ってるってパパが言ってた。
でもパパはくれないと思うし。やっぱりお兄ちゃんなの?

ドキドキしながらケーキのお皿を引き寄せる。
小さな丸いケーキの上にはプレートが乗っていたから。ぼくの位置からはちょうど裏側だった。

きっとお誕生日おめでとうって書いてある。
コタローって名前だって入ってる。だって、お兄ちゃんが前に買ってくれたのはそうだったもん。
このケーキ、ぼくにお兄ちゃんがプレゼントしてくれたのかな?
  

ワクワクしながらお皿を反対にすると白いチョコレートのプレートに赤い字が書かれている。

Merry Christmas!

ただそれだけ。
今日はクリスマスじゃないよ。それは明日だもん。今日はぼくの誕生日……ぼくの誕生日なのに。


チキンが刺さったフォークを投げつけるとからんと床に落ちた。
でも誰もぼくを叱らない。
ここには誰もいない。パパは帰っちゃったし、他の人間は誰も来ない。

もうやだ。ひとりはやだよ。
パパ、戻ってきて。いい子にするから。お願い、お願い、お願い……。






ぼくの前には誰も座っていない。
少し前にいた家ではお兄ちゃんがいた。ぼくにおいしいご飯を作ってくれたし、お菓子もくれた。
  
でも、今はいない。
毎日毎日、ぼくが呼んでもお兄ちゃんはここへは来ない。

ここに来ていたのはご飯を持ってくる人。でもその人もぼくが泣いたら壊れちゃった。だから今ではパパだけだ。
ぼくのご飯は眠っている間にいつの間にか用意されている。
ぼくはいつもご飯のまえに眠っちゃう。お兄ちゃんとはよくお昼寝をしていたからだと思う。

たまに知らないおにいちゃんの声がスピーカーで聞こえると扉が開く。
扉が開くのはそのときだけ。
  
ぼくのパパが来る、そのときだけ。


出してよ!パパ!
ひとりはいやだよ!パパ!


泣き喚いて、パパが持ってきてくれた新しいおもちゃに力をぶつけるとパパは冷たい目でぼくを見た。

駄目だよ。コタロー。
おまえはここから出てはいけない。

パパはそう言っていつも帰っていっちゃう。
いつもいつも。ぼくがどんなに頼んでも泣いても言うことを聞いてくれない。
お兄ちゃんはぼくの言うことを聞いてくれたのに。
りんごのお菓子が食べたいってねだったらすぐに用意してくれたのに。
遊んでっていったら木馬に乗せてくれたし、抱っこもしてくれた。
ぼくのお願いは全部聞いてくれたのにパパは違う。

パパはぼくのお願いをひとつも叶えてくれない。
きらいだ。パパなんか。大きらい。
パパなんかいなくていいのに。大きらいだ。きらいきらいきらい……。
パパなんてきらいだ。パパだけじゃないもん。お兄ちゃんもだ。ちっとも迎えに来てくれないお兄ちゃんもきらい。
お兄ちゃんもきらい。きらい。きらい。きらい。みんなきらい。





はぁはぁっ、と息を切らす。暗いテントの中でも僕の目が覚める。
喉が渇いて、なんだか口が重たい。
水を飲もう、と寝袋から出ると横で同じように眠っている叔父さんが寝返りを打った。
暗闇の中でもサービス叔父さんの髪はきらきらして見えた。

起こさないように、目を擦りながら静かに歩く。すると、

「コタロー?」

サービス叔父さんが僕に声をかけた。見ると、ぼんやりとした目で僕のほうを見つめている。

「お水が飲みたいから起きただけだよ」
「……そう」

サービス叔父さんは目を閉じた。
あまり音を立てないようにテントの中のリュックからペットボトルを取り出す。
かちっとキャップを回して、喉が鳴らないように気をつけて口に運ぶとぬるい水が流れ込んできた。

あんまり、おいしくないや。

冷やしてないから当たり前だよね、とため息をついて元に戻す。
まあ、いっか。すこしは口の中がさっぱりしたし。
ごそごそと寝袋に戻ると今度は叔父さんが起き上がった。


「叔父さん?」
「なんでもないよ。おやすみ」

ぽんぽんと頭を撫でられて僕の心がすーっと軽くなった。
もしかしてサービス叔父さん、僕が嫌な夢見たの分かってるの?


「ちゃんと寝ないと疲れは取れないよ、コタロー」
目を丸くして見上げていると、叔父さんがふふと笑って僕の額にキスを落としてくれた。

「眠れないのなら私が傍にいてあげるよ」
私が起きていたらサンタクロースは来ないだろうけどね、と叔父さんが笑いながら言う。

「ひとりで寝れるよ!それに、僕、サンタクロースはここに来れないんだから」
ぷーっと膨れると叔父さんはおやと目を見張る。

「どうして、ここには来れないのかい?」

どうしてってそんなの……。

「だってパプワ島で見たんだもん。夜、トイレに起きたら島のみんなにリキッドがプレゼント配ってたんだからね。サンタクロースはリキッドだったもん。ここには来れないよ」

「パプワ島ね……。それならコタロー、ガンマ団ではどうだった?」
サンタクロース来てただろう?と叔父さんが僕の髪を撫でる。

「……たしか朝起きたらプレゼントの傍に鼻血が落ちてたよ。あれはお兄ちゃんだよ。僕、悪い子だったし……」
そう言うと叔父さんは悲しそうな顔をした。
でも、本当だもん。昔の僕は悪い子だったからサンタさんは来なかった。
プレゼントがあったのはお兄ちゃんと暮らしてたときだけ。
悪い子の僕をお兄ちゃんがかわいそうに思ってくれたんだよ、きっと。

「今はいい子だよ。コタロー」
叔父さんが優しく僕の髪を撫でながら言った。

「ううん。今夜だって多分来ないよ。僕がいい子になったの、サンタさん知らないもん。
僕、ずっとパプワ島にいたんだから」

そうかな、と叔父さんは考え込むように言った。

「そうだよ。それに僕のサンタクロースはリキッドだから来ないでしょ。プレゼント2個貰っちゃうことになっちゃうもん」
「リキッドはおまえのプレゼントを用意しているの?」
「そんなの当たり前だよ。リキッドだもん」

パプワくんに会いに行ったらついでに貰うもん、と口を尖らせると叔父さんは笑った。

「それじゃあ、修行を早く終えないといけないな」
「……うん」

寝袋の端を握り締めると叔父さんが僕の頭を撫でる。

「明日の修行のためにはもう寝ないといけないよ。おやすみ」
「うん。おやすみ、サービス叔父さん」

おやすみ、を言うと叔父さんが目元をほころばせた。
目を閉じて、でもやっぱり気になってそっと瞼を開けるとサービス叔父さんが僕の顔を覗き込んでくれている。
ちゃんと寝るまで見てくれるの?


なんだか、くすぐったいや。


おやすみ、サービス叔父さん、と心の中でもう一度呟いて、僕は目を閉じる。
なんとなく今度はいい夢が見れるような気がした。


どうせならパプワくんやリキッド、島のみんなの夢がいいなあ。
リキッドはここには来れないけど、こっちの世界のサンタさんもそれくらいならお願い聞いてくれるよね?

お願い、サンタさん。今度は僕にいい夢見させてよ。■SSS.45「リップクリーム」 キンタロー×シンタローただいま、と軽いキスを額に落として、それから口唇へと移行する。
ちゅ、と軽く落とした額とは違って少し長めのキスで従兄弟を味わうとかすかにミントの香りがした。


「シンタロー」
「なんだよ?今、コーヒー淹れてやるから待ってろよな」


キスを終えて、俺がジャケットを脱いでいる間にキッチンへと移動していた従兄弟がカップを片手に返事をする。
ネクタイを緩めて、ソファで待っているとしばらくしてシンタローは二人分のカップを携えてきた。
 

「寝る前だからな。薄めに淹れたぞ」
ほら、とテーブルに従兄弟がカップを置く。俺の隣に座ると彼は早速コーヒーに口をつけた。

「シンタロー。もう歯を磨いたんじゃないのか?」
一口飲んでから、先程尋ねようと思ったことを切り出す。
砂糖が少しとはいえ入ったコーヒーなど飲んでいいものなのか。
いや、また歯を磨けばいいことだが、と首を傾げるとシンタローは目を見張った。

「夕飯の後には一応磨いたけど、俺、まだ風呂も入ってないぜ?」
寝る前に磨くつもりだ、と俺を見て従兄弟が答える。
言われてみれば従兄弟はまだパジャマを着ていなかった。
  
「そうか。そういえばそうだな」
夕食の後に磨いたといったからその残り香か、とコーヒーを飲みながら思う。

「何で急にそんなこと聞いてきたんだよ」
すると今度はシンタローが不思議そうな面持ちで俺に尋ねてきた。

「何で……って、さっきキスしたときになんとなくミントの香りがしたからだが」
ただ聞いてみただけだ、と従兄弟に答える。シンタローは俺の答えにミント?と考えこんだ。

「歯磨きのじゃないのか」
たしかすっきりするものを使っていただろう、と言うとシンタローはあ!と声を上げた。

「違う違う。今日、歯磨き粉切れててグンマの借りたんだよ。アイツのイチゴ味のヤツ。
おまえが言うミントみたいな香りってこれだぜ」

ごそごそとポケットを探るとシンタローは少し細めの小さな筒を見せてきた。

「リップクリーム?」
「ああ。メンソレータム配合ってなってるからこれだろ?たぶん」
さっき塗ったから、と言ってシンタローはリップクリームの蓋を開けた。
軽くひと塗りするなり、俺の口唇にちゅ、と軽く合わせる。

「な?これだろ」

ポケットへとリップクリームを戻しながらシンタローは笑った。

「ああ、これだ。この香りだな。シンタロー、おまえ口唇が荒れているのか」
口唇を合わせてみてもそんな感じはしなかった。
少しべたつく下唇に指を這わしてみてもささくれ立ったところはとりたててない。

「団内どこいっても暖房つけてて空気が乾燥しているだろ。ひび割れないうちに予防でしてるだけだぜ。
もう何日も前から塗ってるぞ」

意外と気づかなかったんだな、とカップの縁を弄りながらシンタローが言う。

「キンタロー、おまえも使うか?放っておいて口唇荒れたら痛いだろ」
研究室だって暖房はつけているわけだし、とシンタローが再び内ポケットを探り始める。

「いや。いい。もう寝る前だしな」

そういって俺は従兄弟の申し出を断った。
シンタローはふうんと気にも留めていない返事をするとソーサーにカップを置く。
俺が片付ける、と腰を上げるとシンタローは中腰になった俺の額へ少し背伸びをしてキスをする。

お礼のつもりなのか、と思わず頬が緩む。
風呂は沸かしておいたから一緒に入ろうな、と囁かれてカップを手にしたまま俺もシンタローにキスをした。
  
彼と違って、額ではなく口唇だったけれども。



口唇のむちっとした感触に俺はふと思い立った。
俺の口唇が荒れないのはもしかしてリップクリームを塗ったシンタローにキスをしているからか?



明日からは俺も塗ろう。
シンタローの口唇からみずみずしい潤いを奪わないようにしないと。■SSS.48「心臓」 キンタロー×シンタロー「俺はお前を好きなようだ」

思わず耳を疑った。
幻聴だとか、なんかの罰ゲームだとか思いつく限りのことは想像してみた。
だが、目の前の男のあまりにも真剣すぎる表情に笑い飛ばそうと思った気が萎えていく。

「あの……な、キンタロー」
エイプリルフールまでずいぶん時間があるぜ、と引きつった笑みを浮かべながら言うと従兄弟は眉を顰めた。

「何を言っているんだ、シンタロー。俺は本気だぞ」

いいか、もう一度言う。俺はお前のことが好きだ、などと真剣な表情で従兄弟は俺の肩に手をかけた。

「返事は今でなくてもいい。だが、俺は本気でお前のことを愛してるんだぞ」
寝ても覚めてもおまえのことしか考えられない。仕事も手につかないんだ。
シンタロー、おまえ以外の人間じゃこんな気持ちにならないんだ。俺はおまえが好きでたまらない」

親父じゃないんだ、下手な冗談はよしてくれと俺は言おうとした。だが、キンタローは、

「LIKEでなくLOVEでだ。従兄弟としてでなく、一人の男としてでだ」
と至極真面目な顔で言う。
退路を立たれて俺はぐっと詰まった。
だが、いくらなんでも……。


「おまえ、絶対勘違いしてるぞ!どうせ、ワケわからねえ心理学の本でも読んで影響されただけだ!
本を読んで得ただけの知識で物事を理解しようったって世の中そんなに甘くねぇぞ!
心臓がどきどきするから恋だとか四六時中相手のことが気になるから恋だとか、そんなもんは全部錯覚だ!!
どきどきするのは不整脈だ!親父じゃねえけど、少しおまえは疲れが溜まってるんだよ!
俺が気になるのは俺がひよっこ総帥だからだって!じゃなきゃ、アレだ。
ズボンのチャックが開いてたり、髪が長いのが鬱陶しくて視界に入ってきただけだ。な、そうだろ?
よく、考えてみろよ!!キンタロー!!」


一息に怒鳴るとキンタローは少し考え込んだ。
俺の肩に置いていた手が口元へと持っていかれ、考え込む姿勢を作っている。

爪の先まで調えられた長い指に一瞬見惚れているとキンタローがぼおっと突っ立っていた俺を己のほうへと引き寄せた。

「ッな!おいッ!!」

ぐいっと力任せに引き寄せられ、体のバランスが崩れかける。
支えるキンタローの腕にほっとしつつ、何をするんだと咎める視線を送ってみるとキンタローはすっと指先で俺の顎に手をかけた。


「……俺の心臓はどきどきしているだろう、シンタロー」

おまえはそうでもないようだが、と残念そうにキンタローは口唇を微かに上げた。

「おまえに触れるだけでこんなに心臓が早く動くんだ。錯覚じゃないだろう、シンタロー」

これは絶対に恋だ。おまえを愛している、とキンタローは俺の頬をやさしく撫でながら言った。
そんなわけない、と反論したかったが口が動くよりも先に俺の心臓がどくりと大きな音を立てた。←SSS Top




視界を横切った金色に思わずハーレムは駆け寄った。
焦り、足がもつれそうになるのを必死で押さえ込んで回り込むとそこにいたのは思い描いた人物ではない。
似ているが、脳裏に浮かんだ人の忘れ形見だった。

「ハーレム?」
何か用か、と眉を顰めた様子は兄のルーザーによく似ている。
今朝、食卓を囲んだときには長かった鬣のような金色の髪も丁寧にカットされていて、生前の兄を写し取ったかのようだった。

「あー、いや……髪切ったんだな」
何を言っていいのか分からなくてしどろもどろ口にすると、目の前の甥が微笑んだ。
うすい口唇を上げるその仕草がやはり兄によく似ている。
じろじろと見つめると口角になにか赤いものが付いているのが見えてハーレムは訝しげに思った。

「キンタロー、なんか口についてるぞ」
ここらへんに、と己の口元で指し示すとキンタローは不思議そうな顔をした。
「ついている?」
「ああ、なんか赤い。ジャム……じゃねえよな。なんだ」

赤い、とハーレムが言うなり、キンタローはああ、と納得したような顔をした。

「それは俺の血だ」

ごく普通にそういってキンタローが口元を手で拭う。
けれども言われたほうのハーレムは普通にはしていられなかった。


「おまえの?」
どういうことだ。殴られては、いねえようだし。いや、こいつがそうなら相手は……あのガキしかいねえよな。
本気で殺し合いをおっぱじめたにしちゃ爆発音は響いていねえし。
ガキの喧嘩か、とぐるぐると悩んでいるとキンタローは小首を傾げた。


「なにかおかしいか?ああ……まだとれていないのか」
言って、再び口元を拭うキンタローにハーレムは何も言葉が浮かばない。
幾度か拭って気が済んだのか、
「まだついているか?」
と言われてようやく我に返る。
「ん……ああ、取れたけどな」
けどな、とハーレムが言うとキンタローはまだ何かあるのかとでも言いたげな表情を浮かべた。


「殴られたわけじゃあねえよな?」
口の端が切れた様子も痣が出来た様子もない。
聞きたくねえけど、と恐る恐る疑問を呈したハーレムに甥は父親譲りの笑顔を浮かべた。

「殺してやろうと思って口を塞いでやったら抵抗されてな。
舌を噛まれた。噛み切られてはいないのに意外と血が出るもんだな。
それに、もう大分経つのにまだ舌の先がひりひりして……どうした?ハーレム?」


具合でも悪いのか、と覗き込む甥にハーレムはなんともいえない気分に陥った。
その殺し方は間違ってるだろうが、と思ったが兄譲りの容姿で訝しむ甥の姿を見るともう何も口には出せなかった。




火事を告げるアラートが鳴り止まない。
朝食の席で伯父が貴賓室で友好国の大統領と会談するとキンタローは聞いていた。
和やかな会談であるはずなのに、本部棟の静寂が打ち破られた。
その事実が何を示すのかはっきりしないまま、研究室で報告を受けるのを待たずにキンタローは現場へと急いだ。


足音を立てて、濛々と立つ煙の中を抜けると焦げ臭い臭いが鼻を突く。
マスクをした団員が消化剤を撒いているが、あまり緊迫した空気はない。
どちらかといえば、シンタローと伯父の親子喧嘩で棟が破壊されたときの後始末と同じような雰囲気だ。
アフロヘアーの秘書たちに状況を尋ねるとこの惨状を引き起こしたのが伯父本人だと言われる。
詳しい事情を聞いて、キンタローは眼魔砲を撃ったマジックよりも一番の原因であるハーレムとその部下たちを呪った。
友好国に裏切られたのか、暗殺かと一瞬でも考えてしまったことが厭わしい。


元凶の特戦部隊は遠征の準備に入っていると聞いて、その場は秘書たちに任せて滑走路へと赴く。
整備班が嫌そうな顔をしながら作業にあたるのを見て、キンタローはため息を吐いた。



飛行船のタラップを上がり、室内に入るとそこは4年前に訪れたときと同じ光景だった。
ところどころアルコール類のボトルが転がっているが、一応は片付いている。
めずらしい。掃除でもしたのか、と思いながらキンタローがハーレムを呼ぶと現れたのは彼の部下1人だけだった。

「ロッドか」
「……キンタロー様。何か御用で?」
垂れ気味の目元を殊更緩ませてロッドは聞いた。へらへらと笑う態度にむっとしたが、キンタローは口にはしなかった。

「叔父貴はどうした?貴賓室のことで話がある」
貴賓室とキンタローが口にするとロッドが盛大に笑う。

「マジック様にお仕置きされてるとこじゃないすかね。他のメンバーは寝てますよ。
戦地に行くってのに、俺だけ寝ずの番で……ああ、それは隊長から言いつけられた罰のひとつですけどね。
ま、日が差してるってのにそう寝られるわけじゃないですけど」

御用があるのなら、総帥室へ行かれたらどうですか、とロッドが笑う。

「ハーレムの処遇をマジック伯父貴が決めてるのなら俺が行くには及ばないだろう。
一言俺からも忠告しようと思っていたがな。おまえたちもあまり叔父貴の悪ふざけに付き合わないことだ」
おまえのミスが原因だそうだな、と貴賓室の方向を顎でしゃくってキンタローはロッドを見据えた。

「ミス……ねえ。それが故意だったらどうします、キンタロー様」
ロッドはジャケットの内側から数枚の写真を取り出した。
黒いレザーのジャケットは特戦部隊だけの制服だ。
一時期これを着ていたな、と少し懐かしく思う心を打ち消してキンタローは写真を受け取る。

「なかなかよく写ってるでしょ?俺が撮ったんですよ」
隊長に命令されてね、と笑う彼が寄越した写真は新しい番人のあられもない姿を写し取っている。

「かわいい息子さんのこんな姿見ちゃったら坊やの復帰は難しいですよね」
可愛い息子さんを持つ親に俺からのやさしい忠告ですよ。
でも、まさか坊やのパパがアメリカ大統領とはね、とロッドは大仰に肩を竦める。

「俺はね、キンタロー様。坊やには幸せな人生を歩んで欲しいわけ。
でも、獅子舞の傍じゃあそうはいかない。だから坊やのパパに写真を披露しただけのことですよ」
隊長のことは尊敬してますけどね、とロッドは写真をキンタローから取り上げながら付け加えた。

「……ロッド」

「リキッド坊やじゃなかったら俺も反対しないっすけどね。
まあ、さっきの坊やのパパの様子じゃ金輪際、獅子舞は近づけられなくなるでしょうけど」
そう思いませんか、と垂れた目を片方閉じてロッドはウィンクした。
その仕草が癇に障ってキンタローはロッドの胸元を掴みあげた。


しばらく視線を交えたまま、キンタローはロッドの胸元を掴んでいたが手を出さずに離した。
今はそんなことをしている場合じゃない。一刻も早く、シンタローを救出しないと。
そう思ってキンタローは踵を返そうとした。だが。

「キンタロー様」
ロッドに呼び止められ、キンタローは振り返る。
にやついていたはずのイタリア人がすっと真剣みを帯びた表情でいるのを見てキンタローは一瞬緊張した。

殺気ではない張り詰めた空気が2人の間を漂う。

「俺たち、特戦が帰還してるのは不思議じゃないですか?」
「……?」
何を言っているとキンタローが怪訝に思うとロッドは続きを口にした。

「本部を盗聴するのはわけないんですよ。
団員はみんな遠征か、あの島へ行く装置を開発するのにかかりきりですからね」

壬生のやつらが紛れ込んでたら情報は駄々漏れですね、とロッドに言われてキンタローは言葉に詰まった。

「新総帥を助けたい気持ちは分かりますけど周りを見たらどうですか?」
「……ロッド」

「そこまで送りますよ」
タラップにいたるドアを開けてロッドは表情を緩めた。
真剣味はもうない。いつもの緩んだ表情だ。


近づき、ロッドはキンタローの耳に口唇を寄せた。

「新総帥とあんたの関係ばらすよりよかったでしょ?」
マジック様にばらしたら坊やの騒ぎどころじゃない。
現状を忠告してやったのを感謝してくださいよ、と揶揄いまじりに口にされてキンタローはなんとも言えない気分になった。


タラップを降りれば、煙が空へと流れていくのが見える。
自分と従兄弟の関係がどこまで漏れているのか考えて、キンタローは首を振った。

そんなことは後でもいい。伯父にばれてからでも、シンタローが帰ってからでも。
むしろ後に出来ないのは……。


装置の開発も大事だが、それよりとりあえず団内を統制しないと、とこれからのことを思ってキンタローは嘆息した。



aromatic」 キンタロー×シンタロー軽くタオルドライをしたものの髪はまだ水気を持っている。
パジャマの上からタオルを引っ掛けた状態でとりあえず水分補給をしようと向かったキッチンから水音が聞こえた。

「誰かいんのか?」
ドアを開ける前に呼びかける。いるのが父親だとすると髪を乾かしきっていないことを小うるさく咎められる。
がしがしと拭き取りながら俺は「おーい」と叫んだ。できれば俺が強い態度を取れるグンマであって欲しい。
けれども水音が邪魔をして相手に聞こえなかった。

「親父~ぃ?」
グンマだといいな、と思いつつ室内に踏み入れると短めの金髪が見えた。
髪の長さは父親と同じくらいだけれども微妙に違う。金色だけれども父よりは色合いがうすく、それに空色のスーツを着ていた。
父親はイイ年をして未だにピンク色のジャケットを羽織る男だけれども、この色は着ない。
シンクの前に立っていたのはもう一人の従兄弟、キンタローだった。

「なんだ、おまえか」
タオルから手を離して呟くと背を向けていたキンタローが蛇口を止める。
平たい皿を拭きながら、キンタローは俺に向かって「シンタローか」と言った。

「ナニ?おまえ今メシ食ったのかよ」
「ああ」

夕食の席に着いたときに確かグンマからキンタローは研究室にこもっていると聞いていた。
こんな時間まで、と咎めるような視線を送ると仕方がないだろうとばかりに肩を竦められる。

「今日中に片づけたいことがあったんだ」
そう言いながらキンタローは食器棚に皿を仕舞う。それから、彼は横にある冷蔵庫を開けた。

「これでいいのか?」
炭酸水のボトルを掲げられて俺は頷いた。
「ああ。風呂入ってノド渇いちまったからな」
相変わらず従兄弟は自分のことは何でも分かるらしい。
礼を言いつつ、受け取るとキンタローはパタンと冷蔵庫のドアを閉めた。

「なんだよ?」
キッチンの電気は俺が消すぜ、とスーツのジャケットを着たままでいるキンタローに俺は言った。
ボトルの蓋がきゅぽんと小気味のいい音を立てて、それから炭酸の泡が浮き上がる小さな音が耳に入ってくる。
しゅわっと立った音を楽しみつつ、口をつけると口腔へと気持ちのよい冷たさが満たされた。
寒くなってきたけれども、やはり風呂上りには冷たいもののほうが美味い。

「キンタロー?」
いいんだぜ、とボトルから口を離して部屋に引き上げるよう促す。
だが、彼は俺に従うのではなく違う言葉を口にした。

「何のにおいだ?」
「はあ?」

キンタローは俺に近づいて、ボトルを手にする俺の手首を掴んだ。

「なッ!おい、ちょっと待て!零れるだろッ」
なんなんだよ、とボトルに慌てて蓋をする。
キンタローはといえば、身を屈めて俺の手に鼻を寄せていた。掠めるように吹きかかる息がくすぐったく、変な気分になる。

「レモン……?いや違うな」
石鹸を変えたのか、それともバスオイルかなどとキンタローは考え込みながら呟く。

「レモンって……ああ、分かった。このにおいいは柚子だぜ。冬至だろ」
風呂に柚子を浮かべたんだよ、と掴まれた手を払って説明してやるとキンタローは納得したような顔をした。
「そうだったな。おまえは昔から日本式で過ごすのが習慣だった」
日本支部で暮らしてたからか、とうんうんと頷く従兄弟に俺はそうかもなと投げやりな返事を返す。

「柚子湯に入りてえんなら、まだ何個か冷蔵庫にあるぞ」
キッチンペーパーに包めば掃除も楽だ、と教えてやるとキンタローはそうなのかと感嘆したように言った。





それから俺は炭酸水の残りを飲み干しながらキンタローに柚子の包み方をレクチャーしてやった。
適当にすればいいのに真剣な顔で柚子を包むキンタローの表情は見ていてなんだかくすぐったい気がする。
そのうちコタローが起きたときにはこうやって冬至の日を過ごすのかな。
そんなことを思い描いていると2個目の柚子に切れ込みを入れたキンタローが不意に問いを発した。

「伯父貴とグンマは使わなかったのか?」
何でこんなに買っておいたんだ、と不思議そうに聞く。
「残りは明日柚子釜にする……ああ、親父とグンマ?あいつらはやらねえよ」
「柚子釜、か」
「そ。たまには手の込んだもん作ってみたいし。
親父とグンマはバラとかバニラとか甘ったるいもんがすきだろ。柚子はミカンの入浴剤とかよりにおいがキツイからな。
いい柚子だと次の日まで体に香りが染み付いてるし」
だから柚子湯に入るのは俺とおまえだけ、とキンタローが包丁を洗い終わったらボトルを軽く水洗いしようと思いながら答える。
キンタローのほうも俺の行動が分かっていて、洗い終わっても蛇口は閉めなかった。


「そこ閉じたら出来上がりだからな」
ちゃぷちゃぷとボトルを揺すりながら水で洗う。
するとキンタローはできたぞと袋仕立てにしたキッチンペーパー俺に見せながら口を開いた。


「これで今日は俺も柚子湯だ。……そうすると俺とおまえだけが明日同じにおいなんだな」
キンタローの言葉は思いついたまま口にしたものでとくに含むような響きはない。
だから、普通に相槌を打てば言いだけのことなのにそうだな、と答えた俺の声は思いもかけず上ずった。


「シンタロー、それは」
「え、ああ?」
柚子の入った袋を手にしたキンタローが怪訝そうに俺を見る。

「いつまで洗ってるんだ……捨てるぞ」
変なヤツだな、と言いながらキンタローが俺の手からボトルを取り上げる。
一瞬だけ触れた指先が不意に先ほど手首を掴まれたときに感じた呼気を思い出させ、冷めたはずの肌が風呂上がりのように火照り始める。

(ちくしょう。これから寝るのに考えちまうじゃねえかよ)

この後、キンタローの肌が自分と同じ香りがするのだ、と意識して俺はどうしようもなくどきどきした。
誤魔化すようにかき上げた髪の先からも柚子の香りがして、どうしていいのか分からない。■SSS.60「可愛くない」 キンタロー×シンタロー渡された紙は5枚もあって俺はうんざりした。
ターゲットの部隊に潜入するくらい士官学校生の時分からもう何度もやってるのだ。
それでも生真面目にペンを持ってチェックしようとするキンタローには逆らえず、俺はしぶしぶテストを受けるはめになる。
5枚にわたってびっしりと潜入組織のデータやら俺の偽名での設定、この場合はどういう行動をとるべきか、などといった問題が印刷されている。
とっとと終わらせてコタローの顔でも見に行こうと俺は1問目に目を走らせた。


*


「その発音は綺麗過ぎる」

俺だって口に出してから気づいたんだ。
もっと乱暴にクチを聞けって言うんだろ。分かってるっつうの。さっきまで出来てたんだからな。
ちょっと間違っただけじゃねえか、うるせえな。

「俺は指摘をしたまでだ。ボロを出して捕まりたくなかったら気をつけろ」
現地の発音に近づけろ、と笑みを浮かべながらキンタローは俺を見た。
くそっ。むかつくヤローだぜ。
だいたいなんでコイツが監督するんだよ。
他にもいるだろ、他にも。

「そこの発音は正しくはこうするべきだ……分かったか?シンタロー」
ちくしょう!その口、止めろ。自分が優位だからって笑いやがって!!
あーホントむかつくヤツだ!本当になんでコイツなんだよ!!

「……手の開いてるのが俺で残念だったな」
次の問題はまだか、とキンタローはチェック表にバツをつけながら俺を見る。
やってやろうじゃねえか。


「――で、どうだよ?合ってるか?」
間違っていないはずだ。めちゃくちゃ自信がある。ほら、とっとと言えよな。
睨みつけるとキンタローは息を吐いて、
「……正解だ。次もそうだといいな、シンタロー」
と言った。
いちいち気に障るやつだぜ。
まあいい。とっとと終わらせるか。コタローが待ってるんだ。俺の可愛い弟のコタローが。

「顔が緩んでるぞ、シンタロー。コタローのことは後で考えろ」
……うるさい。なんでもかんでも俺のこと分かりやがって。
24年間観察してたからって言われりゃおしまいだけどな、いちいち指摘すんじゃねえよ!
コタローと違って可愛げのないヤツだぜ。

「コタローのことは後にしろ」
次も間違えるつもりなんだな、と笑われて俺は本気で腹が立った。
ああ、ホントうるせえヤツだな!可愛くねえ!

「間違える気なんてねえよ。ほら、次だ。次」
チェックしろと言ってキンタローを睨むと笑った。



「――どうだよ?合ってるだろ。完璧な発音だし、これ以上ない答えだと思うぜ」
正解だという自信はさっきよりある。
得意気にキンタローに宣言すると従兄弟はふっと口元を緩めた。
さっきまでの俺の失敗を指摘するような笑い方とは違う。どちらかといえばやわらかい印象の笑みだ。

「……おまえのそういう、俺に対してむきになるところは可愛いな」
ああ、それは正解だ、と付け加えてキンタローは俺を見た。
次はどうなんだ、と問いかけるキンタローに俺はぐっと詰まる。
慌てて紙を1枚捲ると笑い声を噛み殺す気配が伝わってきて、俺は照れくさいと同時に苛立ちも感じた。
むかつく。ほんとむかつく。
なんでそういうこと言い出すんだよ。

「次は……ちょっと待ってろ」

集中しろ、集中。これが終わったら、コタロー。コタロー。コタロー。

「シンタロー、次はどうした。コタローの病室へ行きたいんだろう?」

そうだよ、今すぐ行きてえよ!
ああ、ホントむかつく。とりあえず、笑うのはやめろ。俺の心ん中も読むなよな!
それから、キンタロー。おまえってホント、可愛くない。       




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