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サマー・ボックス
01:亜熱帯に咲く花温室に置かれた従兄弟の宝物とも言うべき花は今年もひっそりと花開いた。
あの夏を閉じ込めた島でできた小さな友人に貰った花鉢だ。
傘のようにきつく閉じられていたつぼみがゆるゆると緩み、花びらが解けていくのをシンタローは毎日楽しみにしていた。
遠征の時期と重ならなかったのは幸いというべきだろう。
亜熱帯に咲く花は気候の違いからか温室に入れてもあまり長くはもたない。

花が最後のひとひらを鉢の中へと落としたのは今日の昼のことだった。
もっと暑ければもう少し永らえたかもしれない。あるいは、俺かグンマがあの島の気候を再現した部屋を作れば……。
だが、そんなこと今考えても後の祭りだ。
気休めに「また来年の楽しみだな」と俺が声をかけるとシンタローは小さく首を振る。
頷いたのか、と判断は出来るもののかけた言葉に対する答えはない。
黙りこくったまま、シンタローはしばらくの間、その場から動かなかった。


あの島の思い出を浮かべているんだろうか、と俺は従兄弟が口を閉ざしている間考えていた。
青い海と珊瑚礁、白い入道雲。子どもと犬に不思議ないきものたち。
短い夏の間、従兄弟を変え、一族のわだかまりを解き放ったあの島。
島にいた彼らは今どうしているんだろうか、とふと思い浮かべているとじっと落ちた花びらを見つめていたシンタローが静かに口を開いた。

「海が見たい」

海までは車で1時間弱だ。
オフだし何の心配もなくすぐにだって行ける。
けれど、その海は従兄弟が思い浮かぶものとは違う。
熱い大気に包まれ、穏やかな飛沫を上げる海ではない。真っ青なまでに透き通った水を湛えていない。
なにもかもがあの島のものとは違うはずだ。そんなことシンタローだって分かっているはずだ。なのに。


「……海が見たい」
シンタローは花鉢から視線を上げるともう一度そう口にした。
視線の先、空の色は澄んだ青色だ。これだけはあの島と似ているかもしれない。

俺を振り返ったシンタローは混じり気のない黒い瞳を瞬かせた。
なあ、と促される前に俺はジャケットから車のキーを出す。
手にしたキーが太陽にさらされ、鈍いひかりを放つとシンタローは微笑んだ。

「用意いいな、おまえ」

そんなこと、毎年のことだろう。おまえが海を見たいと言い出すのは。
そう言いかけたが、俺はその言葉を口にするのはやめた。

「……偶然、入れっ放しだっただけだ」


02:終わらないサマードライブ潮のにおいはまだ強く感じない。
それでも海に近い場所の風は強く人の肌や車へと吹き付けてくる。

「すげえ風だな」
よせばいいのにシンタローは窓を全開にしていた。
吹きつける風が従兄弟の体越しに俺の頬を撫でる。前髪がふわふわと浮き上がって目にちらつく。
信号に止められてブレーキを踏むと後ろからベスパがゆっくりと近づいてくるのが見えた。
夏の海がこの先にあるというのに道路には俺たちの車と横のベスパしかいない。
土日ならばともかく平日はそんなものかもしれない。
信号が青になるとベスパはぐんとスピードを上げ、それから左折した。
海に行くのは俺たちだけか、と隣を見るとシンタローは風で巻き上がる髪と悪戦苦闘していた。

「閉めたらどうだ」
横目でちらりと見ながら忠告するとシンタローは首を振った。
「せっかく気持ちい風が吹いてるんだぜ」
だが、その風で苦労してるじゃないか。
「髪を結べば……」
「紐もゴムもねえ」
間髪入れず返ってきた答えに俺は「そうか」と答えるしかなかった。



「なあ、あとどんくらいで着くんだよ?」
潮のにおいが少し濃くなってきた。けれど窓の外の景色はまだ殺風景に散らばる住居やコンビニエンスストアばかりで、波も砂浜も見えてこない。閑散とした風景が続いている。

「30分くらいだな」
シンタローは俺の答えにふうんと返事をするとシートを倒した。

「寝るのか?」
「ああ。着いたら起こせよ」
おやすみのキスはいらねえから、とシンタローは悪戯めいた口調で答えた。

「……分かった」
安全運転しろよ、とシンタローは笑いながら目を閉じる。
吹いてきた風が横になったシンタローの髪を巻き上げるのをミラー越しに俺は認めた。
風はシンタローの額をくすぐると俺に辿り着く。
前髪が浮く。くすぐったさに眉を顰めながらハンドルを右に切る。



凪いだ風がいつしか隣の従兄弟の寝息を届ける頃になると、潮のにおいはぐっと強まってきた。
歩道にはいつしか棕櫚の木が植えられ、海までの道のりを南国風に飾っている。
濃い潮風に転寝するシンタローがくんと鼻をひくつかせた。
そんな従兄弟の反応に俺はハンドルを握りながら笑いを噛み殺す。犬みたいだ。
グンマがいたら揶揄ってくれただろう、きっと。


点滅し始めた信号を認めて俺はシンタローから視線を元に戻す。
犬連れの夫婦が渡り終えた信号が赤色になり、俺の前の信号が青に変わる。
ここを渡ればあとは一本道だ。

海までもう少しだ。
車が動き出すとまた窓から風が強く吹き込んできて、潮のにおいを届けてくれた。


03:何処かで失くしたビーチサンダルの片割れ海の家なんてものはなくて、浜辺にはコンビニが一軒寂しく立っているだけだった。
真っ白だったパプワ島の浜辺と違ってベージュと灰色が混じった砂は少し暗く感じる。
靴を脱いで、砂を踏みしめるとさくさくと軽やかな音が足指から零れ落ちた。

「シンタロー」
咎めるような声を受けて俺は「うるせえな」と返した。

「熱ぃ」
「当たり前だ」
「馬鹿、違えよ」
足じゃない、と俺は首を振る。からっからに乾いた空気と暑い日差しが原因だ。
夏の太陽のひかりをたっぷりと浴びた砂は足元から照り返しをしてくれて目にも熱い。
キンタローを見れば彼は眩しそうに目を細めている。
青い目の従兄弟にはこの日差しは強すぎるのだ。

「サングラス持ってくればよかったな」
平気かよ、と視線を送ると平気だと頷かれる。
「おまえこそビーチサンダルを持ってきたらよかったんじゃないか?」
買うか?とコンビニに青い目が視線を送った。
「いや。いい。どうせそんな使うもんじゃねえし、すぐ失くしちまうんだよ。片足だけになってたりな」
だからいらねえ。もう裸足になっちまったし、と俺が言うと従兄弟は「それで裸足でどうする気だ?」と返してきた。

「どうするって、そんなの……」
気分が出ねえから脱いだんだよ、と答えて俺は靴を砂の上に置いた。
それからさくさくと砂の上を進みながら海へ向かおうとする。
すると後ろで俺の靴をそろえていたキンタローからため息が聞こえた。
「なんだよ」
立ち止まるとキンタローはうすい笑みを浮かべながら近づいてきた。
「いや……」
別にと肩を竦めるさまがむかつく。ガキかとでも思ってるんだろう。
目を細めたままキンタローは「濡れると厄介だぞ」と付け加えてきた。

「海に入るわけねえだろ」
近くで見るだけだ。そう答えるとキンタローは鼻で笑った。
信じてねえなこいつ。

「……タオルを買ってくる」
あまりハメを外さないで遊んでいろ、とキンタローは笑って俺の頭をぽんぽんと叩いた。
すっかり子ども扱いしてやがる。

「いらねえよ!」
俺が殴るよりも先にコンビニへと歩き出したキンタローの背に向かって怒鳴ると従兄弟は片手をひらひらと上げた。
その仕草もむかつく。
海になんか入らねえ。
ちょっと波打ち際まで近づいて観察したいだけなんだよ。ちょっと。

「おい!キンタロー!」
呼んでもキンタローの背は遠ざかっていく一方だ。
コンビニの中に消えていく姿を認めて俺は髪をガシガシとかき上げた。
ちくしょう。絶対、濡れねえからな。

止めたいた足を動かして熱い砂の上を俺は歩く。
足の裏がじんじんと熱を持っている。大きな砂の粒を踏むと痛い。
けれど、砂が響かせるさくさくとした音はあの島で聞いた音と同じだ。

少しセンチメンタルな気分で砂の上を歩いていると風に煽られた波が今までよりも大きく浜に打ち付けてきた。

「あ」

波打ち際にいたから頭からずぶ濡れになったわけではない。
けれど。

しっかり濡れた足の爪を見ながら俺は顔を覆った。
やべえ。キンタローのヤツにこれみよがしにタオルを寄越されちまう。


04:今夜、カーニバルで会おう夏の日が落ちるのは遅い。
下手すると夕食のときにも外が明るかったりする。
僕の2人の従兄弟がコンビニの袋を片手に帰ってきたのは夕食の直前で、ちょうど日が落ちたばかりの頃だった。

ナスとひき肉のパスタを片付けた後、シンちゃんは「ほらよ」と僕にコンビニの袋を渡してきた。
大きめの袋だけど軽い。なんだろう。袋に印字された店の名前もこの近くのコンビニとは違う。
どこまで行ってきたの?と聞くとシンちゃんは照れくさそうに「海」と答えた。

「海?ずるーい」
「だから土産買ってきただろ」
コンビニで?なんなの、それ。新発売のお菓子かなんかじゃ僕はごまかされないよ。
そう思ってビニール袋を開けると思いがけないものが入っていた。

「花火?」
「おう。懐かしいだろ」
「うん」

線香花火なんて懐かしい。子どもの頃以来かもしれない。
小学生も高学年になるとシンちゃんは線香花火よりもロケット花火とか派手なものを打ちたがった。
派手なものといえばお父様は夏になるとシンちゃんのために打ち上げ花火をわざわざ上げていたけれど。

「これから温室の前でやろうぜ」
ベランダじゃ狭いだろ、とシンちゃんは僕の肩をぽんと叩いた。うんと同意しながら僕はあれっと思う。
キンちゃんの姿がいつの間にかいなくなっている。

「ねえ」
「あ……アイツ?先にっ行ってバケツに水用意してるんじゃねえの」
気が利くから、とシンちゃんは少し拗ねたように答えた。
それからすぐに温室へと向かうとシンちゃんが言ったとおりバケツを抱えたキンちゃんがいた。





パッケージの中の線香花火は二十本以上入っていたと思うのにあっという間に最後の2本になってしまった。
時間は結構経っているはずなのにとても早く感じる。
シンちゃんが3本いっぺんに火を点けていたのがついさっきのことなのに。

「どうする?おまえ2本いっぺんにやるか?」
「え?いいよ。シンちゃんとキンちゃんがやれば」
僕が答えるとキンちゃんは首を振った。
するとシンちゃんが僕に1本渡してきた。もう1本はシンちゃんの手の中だ。
かち、とライターでキンちゃんが火を点けてくれた。一瞬置いて火花が散る。
オレンジ色の暖かいひかりがまだ少し明るい外を小さく照らす。
ぱちぱちと弾ける様子は花火を始めた頃は楽しかったのに、なぜか今は寂しい気持ちで胸がいっぱいだった。

花火の終わりはいつだって物悲しい。残念な気持ちと、楽しかった気持ちがあっという間に火とともに消えていくからなのか。ぽとり、とシンちゃんの火玉が落ちる。そこだけふっと明かりが戻ったのを僕はぼんやりと見つめた。
僕の花火はまだ消えない。
明るいオレンジの火花をシンちゃんの黒い目が見つめている。
ちらりと見上げてみるとちりとりを持ったままキンちゃんはシンちゃんを見ていた。

花火見てないんだね、キンちゃん……。

「あ」
「え……あ」
シンちゃんの声にはっとして僕は慌てて手元を見た。
ぱちぱちと弾けていた火の玉がコンクリートの上でぼおっとひかりを放っている。
ひかりはじわじわと消えていった。花火は終わりだ。楽しい時間はもう終わり。

立ち上がると僕はバケツの水を手ですくった。火花の落ちたところにそっとかける。
じゅっと小さな音が聞こえ、歪な水の染みがコンクリートに出来上がった。バケツを片付けないといけない。
ふと周りを見るとキンちゃんは花火の残骸を掃除していた。シンちゃんは何もしていない。ぼんやりと僕の前で座り込んでいる。
もう。片付け手伝いなよね、と思いながら僕はちょっとした悪戯心でもう一度水をすくった。

ぱしゃ。

「つ、めてぇッ!おい、グンマ!てめえ!!」
「ボーっとしてるシンちゃんが悪いんだよ。片付け手伝いなよね」
それからこのお水は冷たくないでしょ、と僕は答えた。花火のはじめに汲んだ水はすっかりぬるくなっている。

「冷てえよ、馬鹿!馬鹿グンマ!」
立ち上がったシンちゃんが僕を捕まえようとする。僕は慌ててバケツを抱え込む。

「それ以上近づいたらバケツの水かけるよ!」
大人しくゴミ捨ててきなよね!と僕はべえっと舌を出した。キンちゃんのちりとりはもう終わっちゃった。
ほら、シンちゃんと僕がバケツを頭の上に上げてみるとキンちゃんは僕らの姿を見ながら笑った。


05:乱反射にまどろむ午後さーっとブラインドが巻き上げられて、眩しい日差しが部屋の中を照らした。
誰だよ、勝手に。
擦りながら目を開けると見慣れた姿がある。
従兄弟のキンタローだ。

「キンタロー?」
「ああ」
もう11時だぞ、とキンタローは俺に事も無げに言った。

「今日もオフだからいいが……大分ハメを外したから起き上がれないだろう」
ああ、そうだ。今日もオフだった、と俺は寝ぼけ眼を擦りながら思う。
シーツに触れた肘が何故だか少しひりひりしている。
瞼を擦っていた指先をもう少し上げて髪をかき上げようと動くとひりひりとした感じがもっと強い痛みに変わった。

「痛っ!なんだッ、痛ぇ!」
がばっと起き上がると腰から上に痛みがびりびりと走る。
ベッドを降りようとしても断続的な痛みにもはや声にもならずどうすることもできない。

「筋肉痛と日焼けだ。冷たいシャワーで冷やした方がいい」
鍛えていても普段と違うはしゃぎ方をしたからな、とキンタローは俺に言った。
言われてみれば昼間は海で、夜はグンマと花火の後に追いかけっこをしたんだった。
けれど淡々と言うその口調が今は痛みを余計に感じさせる。肌だけじゃなくて耳が痛い。

「……痛ぇ」
そっと床に足をつけるとひんやりとした感触がした。
フローリングの床は冷たくて気持ちがいい。そのままベッドに腰掛けているとキンタローが手を差し出してきた。

「ゆっくり起き上がったほうがいいぞ」
「ああ」
サンキュと俺はキンタローの手を握った。指先がフローリングの床と同じくらいひやりとしている。

「お前の手、冷てえ」
「さっき洗濯物を干したばかりだ」
だからじゃないのか、とキンタローは首を傾げた。
「そうかよ」
まあ、いいけどと俺はそっと腰を上げる。

「なあ、手そのままでいろよ」
ぺたりと床を踏み出すと一瞬離れていた冷たい感触が足にもう一度吸い付く。

「別にかまわないが、俺は一緒に水は浴びないぞ」
キンタローの言葉に俺は当たり前だろ、とうっかりキンタローの手を払ってしまい鋭い痛みを感じた。
あ~も~。痛みが引くまで気が抜けねえじゃねえか。くそ!

蹲りたくなる気持ちを抑えて俺は一人でシャワーに向かう。
そっと歩く俺を追い越してキンタローは昼食は俺が作ると笑いながら出て行った。
去り際におまけとばかりに手を握られ、手の甲に軽いキスが落とされた。

ちくしょう。むかつく。一瞬触れた手が冷たくて気持ちいと思ったこともむかついて仕方がない。
むかつくあまり、口唇が落とされた手の甲をごしごしともう片方の手で拭って俺は再び後悔した。

なんでこんなとこまで焼けてるんだよ!!痛えじゃねえか!

ちくしょう!と思いながら俺はゆっくりシャワーへと向かった。
水を浴びればどうにかなる、たぶん。少しは治まるはずだ。

今日は無理でも後で覚えとけよ、と俺はキンタローのことを考えながらバスルームのドアを開けた。
いつか絶対同じ目にあわせてやる、と思いながら俺はそろそろとパジャマを脱ごうと体を動かした。

熱い痛みが走って泣きたくなるのを堪えながら俺はその場に着ていたものを脱ぎ散らかした。


 初出:2006/08/03
be in love with flower様よりお題をお借りしました。
 
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