cheese!
case.1 弟の寝顔電子音が何度も部屋の中に響くのをキンタローは呆れた気持ちで聞いていた。
もう、何度目になるのだろう。
今日撮っただけでもかなりの数になっているはずである。
「シンタロー」
そろそろ帰ろう、とジャケットの裾をつついても弟の寝顔に夢中になっているシンタローには聞こえない。
明日は朝早いんだが、とため息をつきたくなる気持ちを抑えて真剣に携帯電話を構える彼を見つめる。
可愛いなあ、コタロー、とうっとりとして今にも鼻血を垂らしそうな勢いだ。
そして、今撮った画像をひとしきり眺めると、また携帯電話を構える。
「おお!見ろよ、キンタロー!なあ、コレすっげえ可愛いよな?」
すぐに軽快なリズム音が響くと、シンタローははしゃぎながら俺にディスプレイを見せた。
「……ああ、可愛い。だがな、シンタロー。いい加減にしろ」
もう帰ろうと、何度目になるか分からない言葉を吐くとシンタローは、
「あと、1枚。1枚だけだから、な」
と何度目になるのか分からない返事をくれた。
「シンタロー。それはもう聞き飽きた」
いいから帰るぞ、と総帥服の裾を引いてもシンタローは聞く耳を持たない。
弟のコタローにすっかり夢中になってしまった従兄弟に俺はため息を吐いた。
「キンタロー、今度は2人で撮りたいからおまえが撮ってくれよ」
自分でやるのは難しい、と言いながらシンタローは俺の袖を引く。
そして、Gのマークが入ったシンタローの携帯電話を勝手に押し付けられた。
「待ち受けに使いたいんだからな。イイ感じに取れよ」
後ろの花は入れるな、と指示され、俺は仕方なく携帯電話を構えた。
♪♪♪……。
「……どうだ?」
「あー。ちょっとコタローの横ぎりぎりだな。もう1枚取れよ」
「は?いや、だから。シンタロー」
もういいだろう、と言い募っても従兄弟はちっとも聞いてくれない。
その後も無理やり2人を何枚も撮らされて、俺はカメラ機能を付けた携帯電話を開発してしまった過去の自分を恨みたくなった。
case.2 兄の寝顔シンタローの寝顔をシャッターで収めることは簡単だ。
夜を共にしたときに朝方彼よりも早く起きればいいだけのことだし、あるいは昼寝をしているときに足音を立てないようにして近づけばいいだけのことだ。
けれども、それはどちらもパジャマであったり、お馴染みのカンフーパンツのスタイルだったりする。
目の前のように総帥服を着たまま、うたた寝をする彼なんて今まで見たことがない。
開発課の部下からかかってきた電話を終えて、窓辺からデスクへと戻ってきて俺は驚いた。
頬杖をつき、ペンを持ったまま、従兄弟の瞼が閉じられている。
小さい声で「シンタロー」と呼びかけても反応はない。
考え込むようなスタイルだけれども、彼は確かに眠っていた。
仕舞おうとしていた携帯電話のディスプレイを再び開けて、そっと彼に照準を合わせる。
画面いっぱいにシンタローの寝顔が映し出され、かちりと人差し指でその姿を止めると軽快なメロディが鳴った。
「あ、あれ?何してんだよ、キンタロー」
電話終わったのか、と矢継ぎ早に言ってうたた寝を誤魔化す従兄弟に俺は勤めて普通に肯定した。
「メールが来たんだが、今見てもいいか?」
「別にいいけど。俺、まだこの報告書読んでる途中だし」
報告書を手で掲げてシンタローはぎこちなく笑った。
それに気づかない振りをして、俺は手にしている携帯電話を覗き込む。
ディスプレイに映るシンタローの寝顔は被写体がよいこともあって、我ながら上手く撮れていた。
思わずにやつきそうになる口元を必死に抑えながら、俺はディスプレイを静かに閉じた。
case.3 横顔予算編成で不明瞭な点があって、開発課に内線電話をかけたが繋がらない。
どうせ、今日の仕事はこれだけだし、と思って開発課へと久しぶりに行ってみることにした。
俺のどこに不安があるのか、ティラミスもついてきたのが少し気に障ったが、普段行かない場所だから仕方がない。
行きすがら、くれぐれも邪魔しないでくださいね、と念を押されたが子どもじゃあるまいし、従兄弟を仕事中に揶揄うことなんかしない。
大体、知っている団員ならともかくあそこに配属した連中は俺のことをカッコイイ総帥――アンケートで見たから絶対そうだ――だと思ってるんだ。グンマと大人気ない言い争いして夢を壊したくはない。
そんなことを思いながらエレベーターに乗る。
ティラミスもあんまりくどくど言うと俺が怒り出すと思ったのか無言だ。
さすがに親父の扱い方も心得ているやつだけあって余計なことはあまりしない。
着きましたよ、と言われてエレベーターを降りると他のフロアと違い薬品集が鼻を突く。
それに、廊下はしんと静まり返っていて人の気配がまったくない。
「なあ、ここいつもこんなに人いねえの?」
「さあ、どうでしょうね」
私もあまり来ませんから、と言われてふうんと俺は相槌を打った。
まあ一般団員と違ってあんまり招集掛けられねえもんな、と思いながら従兄弟たちのいる場所へと歩いていく。
途中、奨学金のポスターなんかも貼ってあって思わず見入ってしまった。
「あ!あれですね」
ティラミスに言われて左手の部屋を見ると、整然と並ぶ机でメモを取る科学者たちが大勢いた。
彼らと向かい合うようにして、グンマが一番前の席に座っていた。
キンタローは、と探すとスクリーンの前で指示棒を手にしている。
「なんかの研究発表会か?」
「さあ。たぶんそうなんじゃないでしょうか」
スクリーンに映し出される数式も設計図もどちらを見ても何なのかピンと来ない。
挙手して質問をする男にキンタローがすらすらと答えを述べているが、それに耳をそばだててみても内容は分からなかった。
「あ!キンタローのヤツ、白衣着てやがる」
めずらしいなあ、と呟くと傍らの秘書も相槌を打った。
彼が開発したものを見せられたり、使用する事はあっても、白衣でいるのは滅多に見た事がなかった。
「こちらでは意外と着てるんじゃないんですか」
「そうかもな」
総帥室ではスーツだし、遠征のときもその上に着ているのは白衣ではなく軍用コートだ。
「でも、ちょっと入りずらいですよね。開発課の予算は後回しにしますか?」
まだ間に合いますし、とティラミスに言われ俺もそう思う。
科学者の群れに入っていくのはちょっと勇気がいる。それに大事な話の途中だったら悪いよなあ、とも。
「じゃあ、戻るか」
「はい」
夕食のときにでもキンタローに明日総帥室へくるように言っておこう、そう思いながら俺はジャケットを探った。
「総帥?戻らないんですか?」
「ちょっと待てよ。どうせ来たんだから記念にアイツを撮ってから帰る」
すぐだから待ってろ、と白衣のキンタローに携帯電話を向ける。
メロディが鳴って、表示された画面に満足していると秘書は呆れた顔で俺を見た。
「……シンタロー総帥。仕事中ですよ。後でキンタロー様に怒られても知りませんからね」
おまえが言わなきゃバレねえよ、と言うと秘書は頭に手を当てた。
case.4 待ち受け面倒だから携帯電話の待ち受けは時刻表示にしている、と何かのきっかけで言うとシンタローは、
「信じらんねえ!」
と大きな声で言った。そうか?と尋ねれば皆一様に頷く。
「私はもちろんシンちゃ……」
「即刻消去しろ」
伯父は考えるまでもなく、シンタローを待ち受けにしていた。
言い争いをする親子を横にもう一人の従兄弟のグンマが俺に答える。
「僕はねー。今は今月作ったガンボットだよ。その前はアフリカ1号。だいたい発明品かな」
初めて会った人にどんなの作ってるのか聞かれたとき名刺代わりになるでしょ、とグンマはカップを手に取りながら言う。
「てっきりお菓子とか動物だと思ってたが」
発明品とはなかなかいいアイデアだな、と言うとグンマは笑った。
「でしょ?なかなか研究内容は詳しくいえないしね。
お菓子とか動物は……うーん。カメラで撮るけど待ち受けにはしないなあ」
キンちゃんも発明品にしたら、と言われるがなんとなく柄ではない。
聞かれたことは詳しく説明する方が性に合っている。
「シンちゃんはコタローちゃんだよね?」
紅茶に適量以上の砂糖とミルクを流し込みながら、グンマが当然のように聞いた。
すると、伯父の胸元を掴んでいた従兄弟がぱっと手を放す。
急に離された伯父はソファに投げ出されて、「痛いよシンちゃん」と文句を言っていたが従兄弟は聞いていなかった。
「そうそう!俺のコタロー見てみろよ!」
ジャケットから取り出した携帯電話をシンタローは嬉々として皆に見せた。
あどけない表情で眠るコタローがぬいぐるみを抱いている。
「すっげえ可愛いだろう!」
「そうだな」
「そうだね」
いつものように相槌を打つとシンタローはうんうんと頷いた。
「そうだ。キンタロー!おまえもこれにしろよ!お揃いにしようぜ!」
「……考えさせてくれ」
いいアイデアだろ、と話すシンタローをグンマが冷めた目で見ながら、
「……ブラコンなんだから」
と小さく呟く。
伯父はといえば、
「シンちゃんとお揃い!?ええ!ずるい!!」
と、これもまた見当違いの親馬鹿振りを発揮してくれて、結局いつものように親子喧嘩でその場は収まった。
case.5 結局「なあ。そういえば、おまえって待ち受け画像、時計のまんまなわけ?」
仕事帰りに明日のスケジュールをエレベーターの中で確認していると同じように携帯電話を弄っていたシンタローがふと先日話題にしたことを口にした。
「ああ」
明日は午後に会談か、と確認しながら答える。すると、シンタローは、
「俺、あの後、コタローの画像送ってやったじゃん」
とむっとした口調で言った。
「フォルダに入ったままだ。
変えるのが面倒だったし、第一、兄のおまえならともかく従兄弟に当たる俺が少年の寝顔を待ち受けにするのはおかしくないか?総帥のおまえはフリーパスだが、国によっては補佐官の俺は所持品がチェックされるんだぞ」
俺に幼児愛好の趣味はない、と言うとシンタローは黙った。
「うーん。まあ。そうだよな。従兄弟だもんなあ」
説明できねえなあ、とシンタローが呟く。
「グンマのように発明品にする予定もないぞ」
「なんでだよ?」
「ああいうファンシーなものは形が隠れ蓑になるが、俺のは機能的なデザインのものが多い。
そういうものは専門家が見たら判断しやすいからな。明らかに軍事機密に触れる」
「ああ、なるほど」
そりゃ無理だよな、とシンタローは納得した。
「じゃあ、もしかしておまえってカメラ機能もあんまり使わねえの?」
「……カメラ?そうだな。あまり使わないな」
「ふーん。その分の容量分けて欲しいぜ。俺のコタローフォルダすぐいっぱいになるからさあ」
市販のはもう少し容量大きいぞ、とシンタローが俺を見る。
「あくまで業務用だからな。必要なやつは市販のと使い分けしているだろう」
画像データはそんなに必要ないだろうと、と答えるとシンタローはそれでも諦めきれない口調で、
「2個持つのは面倒なんだよ!」
と言った。
「じゃあ、仕方ないな。……着いたぞ」
エレベーターの扉が開く。
「俺は部屋にいったん戻るから。夕食までに行く、と2人に言っておいてくれ」
「え?ああ。分かった」
じゃあな、とシンタローが手を振る。それに片手を上げて応えて俺は私室へと急いだ。
エレベーターで会話をするまですっかり忘れていた。
俺の携帯電話の中には、シンタローの寝顔が保存されている。
来月には某国で会談が控えている。忘れぬうちに早いところパソコンへと移して消去しないといけない。
ジャケットに仕舞った携帯を取り出し、ボタンを何度か押すとシンタローの寝顔が映し出される。
「携帯電話ではやっていないが、パソコンのデスクトップはおまえだぞ」
と言ってみたら従兄弟はどんな反応をするだろう、そう思いながら俺は携帯電話を閉じた。
伯父貴のように反対されるから、決してシンタローには言わないけれども。
初出:2005/10/19
るみき様に捧げます。
case.1 弟の寝顔電子音が何度も部屋の中に響くのをキンタローは呆れた気持ちで聞いていた。
もう、何度目になるのだろう。
今日撮っただけでもかなりの数になっているはずである。
「シンタロー」
そろそろ帰ろう、とジャケットの裾をつついても弟の寝顔に夢中になっているシンタローには聞こえない。
明日は朝早いんだが、とため息をつきたくなる気持ちを抑えて真剣に携帯電話を構える彼を見つめる。
可愛いなあ、コタロー、とうっとりとして今にも鼻血を垂らしそうな勢いだ。
そして、今撮った画像をひとしきり眺めると、また携帯電話を構える。
「おお!見ろよ、キンタロー!なあ、コレすっげえ可愛いよな?」
すぐに軽快なリズム音が響くと、シンタローははしゃぎながら俺にディスプレイを見せた。
「……ああ、可愛い。だがな、シンタロー。いい加減にしろ」
もう帰ろうと、何度目になるか分からない言葉を吐くとシンタローは、
「あと、1枚。1枚だけだから、な」
と何度目になるのか分からない返事をくれた。
「シンタロー。それはもう聞き飽きた」
いいから帰るぞ、と総帥服の裾を引いてもシンタローは聞く耳を持たない。
弟のコタローにすっかり夢中になってしまった従兄弟に俺はため息を吐いた。
「キンタロー、今度は2人で撮りたいからおまえが撮ってくれよ」
自分でやるのは難しい、と言いながらシンタローは俺の袖を引く。
そして、Gのマークが入ったシンタローの携帯電話を勝手に押し付けられた。
「待ち受けに使いたいんだからな。イイ感じに取れよ」
後ろの花は入れるな、と指示され、俺は仕方なく携帯電話を構えた。
♪♪♪……。
「……どうだ?」
「あー。ちょっとコタローの横ぎりぎりだな。もう1枚取れよ」
「は?いや、だから。シンタロー」
もういいだろう、と言い募っても従兄弟はちっとも聞いてくれない。
その後も無理やり2人を何枚も撮らされて、俺はカメラ機能を付けた携帯電話を開発してしまった過去の自分を恨みたくなった。
case.2 兄の寝顔シンタローの寝顔をシャッターで収めることは簡単だ。
夜を共にしたときに朝方彼よりも早く起きればいいだけのことだし、あるいは昼寝をしているときに足音を立てないようにして近づけばいいだけのことだ。
けれども、それはどちらもパジャマであったり、お馴染みのカンフーパンツのスタイルだったりする。
目の前のように総帥服を着たまま、うたた寝をする彼なんて今まで見たことがない。
開発課の部下からかかってきた電話を終えて、窓辺からデスクへと戻ってきて俺は驚いた。
頬杖をつき、ペンを持ったまま、従兄弟の瞼が閉じられている。
小さい声で「シンタロー」と呼びかけても反応はない。
考え込むようなスタイルだけれども、彼は確かに眠っていた。
仕舞おうとしていた携帯電話のディスプレイを再び開けて、そっと彼に照準を合わせる。
画面いっぱいにシンタローの寝顔が映し出され、かちりと人差し指でその姿を止めると軽快なメロディが鳴った。
「あ、あれ?何してんだよ、キンタロー」
電話終わったのか、と矢継ぎ早に言ってうたた寝を誤魔化す従兄弟に俺は勤めて普通に肯定した。
「メールが来たんだが、今見てもいいか?」
「別にいいけど。俺、まだこの報告書読んでる途中だし」
報告書を手で掲げてシンタローはぎこちなく笑った。
それに気づかない振りをして、俺は手にしている携帯電話を覗き込む。
ディスプレイに映るシンタローの寝顔は被写体がよいこともあって、我ながら上手く撮れていた。
思わずにやつきそうになる口元を必死に抑えながら、俺はディスプレイを静かに閉じた。
case.3 横顔予算編成で不明瞭な点があって、開発課に内線電話をかけたが繋がらない。
どうせ、今日の仕事はこれだけだし、と思って開発課へと久しぶりに行ってみることにした。
俺のどこに不安があるのか、ティラミスもついてきたのが少し気に障ったが、普段行かない場所だから仕方がない。
行きすがら、くれぐれも邪魔しないでくださいね、と念を押されたが子どもじゃあるまいし、従兄弟を仕事中に揶揄うことなんかしない。
大体、知っている団員ならともかくあそこに配属した連中は俺のことをカッコイイ総帥――アンケートで見たから絶対そうだ――だと思ってるんだ。グンマと大人気ない言い争いして夢を壊したくはない。
そんなことを思いながらエレベーターに乗る。
ティラミスもあんまりくどくど言うと俺が怒り出すと思ったのか無言だ。
さすがに親父の扱い方も心得ているやつだけあって余計なことはあまりしない。
着きましたよ、と言われてエレベーターを降りると他のフロアと違い薬品集が鼻を突く。
それに、廊下はしんと静まり返っていて人の気配がまったくない。
「なあ、ここいつもこんなに人いねえの?」
「さあ、どうでしょうね」
私もあまり来ませんから、と言われてふうんと俺は相槌を打った。
まあ一般団員と違ってあんまり招集掛けられねえもんな、と思いながら従兄弟たちのいる場所へと歩いていく。
途中、奨学金のポスターなんかも貼ってあって思わず見入ってしまった。
「あ!あれですね」
ティラミスに言われて左手の部屋を見ると、整然と並ぶ机でメモを取る科学者たちが大勢いた。
彼らと向かい合うようにして、グンマが一番前の席に座っていた。
キンタローは、と探すとスクリーンの前で指示棒を手にしている。
「なんかの研究発表会か?」
「さあ。たぶんそうなんじゃないでしょうか」
スクリーンに映し出される数式も設計図もどちらを見ても何なのかピンと来ない。
挙手して質問をする男にキンタローがすらすらと答えを述べているが、それに耳をそばだててみても内容は分からなかった。
「あ!キンタローのヤツ、白衣着てやがる」
めずらしいなあ、と呟くと傍らの秘書も相槌を打った。
彼が開発したものを見せられたり、使用する事はあっても、白衣でいるのは滅多に見た事がなかった。
「こちらでは意外と着てるんじゃないんですか」
「そうかもな」
総帥室ではスーツだし、遠征のときもその上に着ているのは白衣ではなく軍用コートだ。
「でも、ちょっと入りずらいですよね。開発課の予算は後回しにしますか?」
まだ間に合いますし、とティラミスに言われ俺もそう思う。
科学者の群れに入っていくのはちょっと勇気がいる。それに大事な話の途中だったら悪いよなあ、とも。
「じゃあ、戻るか」
「はい」
夕食のときにでもキンタローに明日総帥室へくるように言っておこう、そう思いながら俺はジャケットを探った。
「総帥?戻らないんですか?」
「ちょっと待てよ。どうせ来たんだから記念にアイツを撮ってから帰る」
すぐだから待ってろ、と白衣のキンタローに携帯電話を向ける。
メロディが鳴って、表示された画面に満足していると秘書は呆れた顔で俺を見た。
「……シンタロー総帥。仕事中ですよ。後でキンタロー様に怒られても知りませんからね」
おまえが言わなきゃバレねえよ、と言うと秘書は頭に手を当てた。
case.4 待ち受け面倒だから携帯電話の待ち受けは時刻表示にしている、と何かのきっかけで言うとシンタローは、
「信じらんねえ!」
と大きな声で言った。そうか?と尋ねれば皆一様に頷く。
「私はもちろんシンちゃ……」
「即刻消去しろ」
伯父は考えるまでもなく、シンタローを待ち受けにしていた。
言い争いをする親子を横にもう一人の従兄弟のグンマが俺に答える。
「僕はねー。今は今月作ったガンボットだよ。その前はアフリカ1号。だいたい発明品かな」
初めて会った人にどんなの作ってるのか聞かれたとき名刺代わりになるでしょ、とグンマはカップを手に取りながら言う。
「てっきりお菓子とか動物だと思ってたが」
発明品とはなかなかいいアイデアだな、と言うとグンマは笑った。
「でしょ?なかなか研究内容は詳しくいえないしね。
お菓子とか動物は……うーん。カメラで撮るけど待ち受けにはしないなあ」
キンちゃんも発明品にしたら、と言われるがなんとなく柄ではない。
聞かれたことは詳しく説明する方が性に合っている。
「シンちゃんはコタローちゃんだよね?」
紅茶に適量以上の砂糖とミルクを流し込みながら、グンマが当然のように聞いた。
すると、伯父の胸元を掴んでいた従兄弟がぱっと手を放す。
急に離された伯父はソファに投げ出されて、「痛いよシンちゃん」と文句を言っていたが従兄弟は聞いていなかった。
「そうそう!俺のコタロー見てみろよ!」
ジャケットから取り出した携帯電話をシンタローは嬉々として皆に見せた。
あどけない表情で眠るコタローがぬいぐるみを抱いている。
「すっげえ可愛いだろう!」
「そうだな」
「そうだね」
いつものように相槌を打つとシンタローはうんうんと頷いた。
「そうだ。キンタロー!おまえもこれにしろよ!お揃いにしようぜ!」
「……考えさせてくれ」
いいアイデアだろ、と話すシンタローをグンマが冷めた目で見ながら、
「……ブラコンなんだから」
と小さく呟く。
伯父はといえば、
「シンちゃんとお揃い!?ええ!ずるい!!」
と、これもまた見当違いの親馬鹿振りを発揮してくれて、結局いつものように親子喧嘩でその場は収まった。
case.5 結局「なあ。そういえば、おまえって待ち受け画像、時計のまんまなわけ?」
仕事帰りに明日のスケジュールをエレベーターの中で確認していると同じように携帯電話を弄っていたシンタローがふと先日話題にしたことを口にした。
「ああ」
明日は午後に会談か、と確認しながら答える。すると、シンタローは、
「俺、あの後、コタローの画像送ってやったじゃん」
とむっとした口調で言った。
「フォルダに入ったままだ。
変えるのが面倒だったし、第一、兄のおまえならともかく従兄弟に当たる俺が少年の寝顔を待ち受けにするのはおかしくないか?総帥のおまえはフリーパスだが、国によっては補佐官の俺は所持品がチェックされるんだぞ」
俺に幼児愛好の趣味はない、と言うとシンタローは黙った。
「うーん。まあ。そうだよな。従兄弟だもんなあ」
説明できねえなあ、とシンタローが呟く。
「グンマのように発明品にする予定もないぞ」
「なんでだよ?」
「ああいうファンシーなものは形が隠れ蓑になるが、俺のは機能的なデザインのものが多い。
そういうものは専門家が見たら判断しやすいからな。明らかに軍事機密に触れる」
「ああ、なるほど」
そりゃ無理だよな、とシンタローは納得した。
「じゃあ、もしかしておまえってカメラ機能もあんまり使わねえの?」
「……カメラ?そうだな。あまり使わないな」
「ふーん。その分の容量分けて欲しいぜ。俺のコタローフォルダすぐいっぱいになるからさあ」
市販のはもう少し容量大きいぞ、とシンタローが俺を見る。
「あくまで業務用だからな。必要なやつは市販のと使い分けしているだろう」
画像データはそんなに必要ないだろうと、と答えるとシンタローはそれでも諦めきれない口調で、
「2個持つのは面倒なんだよ!」
と言った。
「じゃあ、仕方ないな。……着いたぞ」
エレベーターの扉が開く。
「俺は部屋にいったん戻るから。夕食までに行く、と2人に言っておいてくれ」
「え?ああ。分かった」
じゃあな、とシンタローが手を振る。それに片手を上げて応えて俺は私室へと急いだ。
エレベーターで会話をするまですっかり忘れていた。
俺の携帯電話の中には、シンタローの寝顔が保存されている。
来月には某国で会談が控えている。忘れぬうちに早いところパソコンへと移して消去しないといけない。
ジャケットに仕舞った携帯を取り出し、ボタンを何度か押すとシンタローの寝顔が映し出される。
「携帯電話ではやっていないが、パソコンのデスクトップはおまえだぞ」
と言ってみたら従兄弟はどんな反応をするだろう、そう思いながら俺は携帯電話を閉じた。
伯父貴のように反対されるから、決してシンタローには言わないけれども。
初出:2005/10/19
るみき様に捧げます。
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