「キンちゃん…来月はお父様の誕生日だよ」
ふと思い出したように、カタカタと目の前の19インチTFTモニタに目をやりながら、後ろの分厚い資料を読みふける従兄弟に話かければ、
「そうだな」
と言葉返ってくるばかり。
先ほどから1時間おきに何度もこれの繰り返し。一向に話は進んでいない。
「何がいいと思う?」
「そうだな…」
一向に進まないと思われた、話し合い(?)もお互いに浮かんだのは一つらしく、手を止めるとグンマは後ろを振り返り、キンタローは資料から視線をグンマにやると……
「やっぱり、お父様といえば………――――」
「マジック叔父貴には………――――」
見事なハモリとともに、あっさりと労せずマジックへのプレゼントは決定。
問題は、それをどうするか?ということだか、
「まぁ…なんとかなるだろう」と一つ頷くと視線を戻し、何事も無かったかのように、作業に戻った。
――――――残すは当日ばかり
+ + +12月12日+ + + + + +
シンタローの総帥室から程近い、畏敬の念を抱かせるような広々とした室内でマジックが、イベントの日程を確認していると軽いノック音が響いた。
「どうぞ」返事を返すと、重々しい胡桃材の扉が開き、満面の笑みを浮かべたグンマが現れた。
「お父様ー。今ちょっといい?」
「お願い」と小首を傾げて、何やら部屋の真ん中へ来て欲しいという息子の言うがままに、扉からさほど遠くないところで立ち止まる。
すると、
「ハッピーバースデー!!お父様!!」
グンマの手元に握られたクラッカーから、パーン!という軽快な音と共に紙吹雪が宙を舞う。
「………」
形のいいブロンドの眉を一瞬潜めると、「ああっ」っと思い出したように短く感嘆の声を漏らした。
髪にかかった紙吹雪を払いながら、室内に漂うクラッカー特有の鼻につく香りを吸い込むと、
「そういえば、今日は私の誕生日だったね」
「ありがとう、グンちゃん。嬉しいよ」と言葉を続けて、目を細めて目の前の息子に優しく笑みを浮かべた。
「えーっ!!お父様、忘れてたの!?絶対覚えていると思ったのに…」
信じられない。っと言いたげな息子の視線を受けて、
「この歳になると、誕生日もないからね。それに、今年はシンちゃんがいないだろう」
シンちゃんがいたら別だよ。っと含ませるような自嘲的な笑みを浮かべると、肩を竦めた。
シンタローがいたならば、これ見よがしに自身の誕生日を大々的にアピールして、祝ってもらおうと画策するところだが…。
その本人が、今日は施設訪問とやられいなければ話は別。
(そういえば、今日は華やかな手紙の束が多くあったのはそのせいか…)
まだ封は開けてはいないが色とりどりの束を思い出した。
(もうすぐだとは思っていたが、まさか今日だったとはね。)
そんなマジックの様子に、エヘヘ。と作戦成功とばかりにグンマは笑みを深める。
「そんなお父様に、僕とキンちゃんからの誕生日プレゼントがあります!!」
キンちゃ~ん!と高い声で、中途半端に開かれた扉に向かって声を張り上げると、扉を開いて荷台を押すキンタローが現れた。
「そんなに、声を出さなくても聞こえてる」
グンマの声が耳に響くのか、眉間の皺を深くしながら額に手をやる。それでも、マジックの前まで荷台を押すと控え目な声で「おめでとうございます」と頭を下げた。
「グンちゃん、キンちゃんありがとう。これまた、随分奮発したのかな?大きい箱だね」
キンタローの押す荷台を見てれば、縦横高さ、1メートル半はあると思われる正方形の箱に、包装紙はなく幅が広い真っ赤なリボンがかけられ、蓋の上で大きな飾り結び。
大きさを除いては、なんら変哲もないプレゼントではあるが…。
その箱をじっと凝視すると、
「グ、グンちゃんこれは何かな?」
深みのある蒼い瞳の上のブロンドの眉を寄せる。
マジックが怪訝がるには訳がある。
マジックを驚かせたのはその大きさもあるが、その大きな箱が先ほどからガタガタと小刻みに揺れているからで…。どうにも、その中のものが故意に揺らしているとしか思えない。
「ふふ、お父様!早く開けてみて」
早く早くと急かすグンマの声に背中を押され、恐る恐る大きなリボンに手をかけると解いていく。
そして、箱と同じく大きな蓋に両手をかけて開けてみると、
そこには――――――――
「し、シンちゃんっ!」
まさかのシンタローの出現に、マジックは思わず息を飲んだ。
箱の中身は、動物でもグンマが作った植物でもない。今は施設訪問でいないはずのシンタローの姿だった。
箱の中には、口をガムテープで塞がれ、15センチ幅のこれまた赤いプレゼント用のリボンが、総帥服の上からシンタローの全身に巻きつき、ご丁寧に頭の上で蝶々結びにされている。
体育座りの姿勢で、拘束されながらも「うーうー」っと唸り、身体を懸命に揺すっている。
箱の中を覗きこむと「テメェの仕業か!!」っと顔を真っ赤に染めて睨みあげるシンタローの漆黒の瞳と視線が絡みあう。
「お父様の誕生日プレゼントっていったら、シンちゃんしか思い当たらなくて…シンちゃんには施設訪問って嘘ついちゃった」
えへ。っと可愛らしく首を傾げる。
「じゃあ、お父様お誕生日おめでとー」と、未だ箱を頭上に掲げたまま、箱の中のシンタローから目が離せないマジックに声をかけて扉が閉まった。
二人が去り、蓋を床に下ろしたマジックと、箱の中で拘束されたシンタロー。
奇妙な静けさが、部屋中に漂っている。
「あとの始末は私の仕事。というわけだね」
小さく呟くと、嵐のようにいなくなった扉に目を向けて溜息をついた。すると、
早く開放しろ!っとでも言うように、一際大きく箱が傾いた。
「はいはい。今自由にしてあげるからね」
そういうと、大きな箱に手をかけた。
「まったく、随分可愛くされてしまったものだね」
「っ、テメェの仕業だろうが!」
一見普通のリボンかと思われたものは、特殊な素材だったようだ。何重にも巻きつかれたそれは容易に解けはしない。箱は壊したものの、未だ体育座りのままのシンタローと頭上の蝶々結びをみて、マジックが忍び笑いを漏らす。
マジックの言葉に、多少痛むのかガムテープの跡の口元に手をやりながら、手を動かすマジックを睨みつける。
「パパのせいでは無いよ。あくまで、グンちゃんとキンちゃんからの誕生日プレゼントだよ」
「あっの、奴ら~~~~~~っ!」
ギリギリと歯軋りする、シンタローを尻目にマジックは言葉を続けた。
「確かに、私の一番喜ぶものではあるが、シンちゃんは既にパパのだから、ちょっと違うよね」
「ふざけんなっっ」
冗談じゃないとばかりに、シンタローは大きく目を見開くと、顔を真っ赤に染め上げ体を震わせる。
「おや?違うのかい…。それなら、このまま分からせてあげようか。まだ半分以上、巻かれているようだしね…」
蒼い瞳が冷たく光ると、今まで普通にリボンを解いていた指が厭らしく、生地をすべる。
「っば…か、ふざけんなっ」
シンタローが猛烈な怒りとともに、怒鳴りあげると冷たく見据えていたマジックの瞳が明るいものへと一変して。
「なんてねっ。びっくりした?」
あはは。っと笑い声を立てながら、再びスルスルとリボンを解いていく。
「でもね、パパだって怒ってるよ。いくら、グンちゃんやキンちゃんといえども、気を抜きすぎだよ。こんな、パパでもしたことなかったのに…」
「……っはぁぁぁ!?」
どう反応していいか分からない。唖然と口を開いたままパクパクと口だけを動かして、次の言葉を捜していると
「私がなぜこの据え膳状態で、解いているかわかるかい?」
「はっ?」
「だから、普通ならこんな美味しいシチュエーション見逃すはずがないだろう?」
頭の蝶々結びを解いて、残すは下半身の拘束のみとなる。肩膝を床につけると、片手をシンタローの膝に置き下から覗き込むように視線を合わせた。
意味が分からないとばかりに、目をしばたかせるシンタローに「分からないかい?」とマジックは穏やかに言った。
マジックのオーデコロンがシンタローの鼻を掠めると、官能を誘うような香りに、頭がくらりとする。
「…どうせ、たいした理由じゃねぇだろがっ」
自分の頬が熱くなるのを意識して、顔を背けるとごまかすように、吐き捨てた。そんな息子の様子などはじめから気にしていなかったのか、過敏に反応する様子に大いに満足したのか、マジックは笑みを深めた。
「私は、自分でするのがいいんであって、誰かにお膳立てしてもらうっていうのは好きじゃないんだよ」
だからね。っといったん言葉を切ると、「今回もね、私自らシンちゃんにするのはあっても据え膳状態は、いくらグンちゃんからの贈りものといってもね
。…それに、パパなら総帥服の上からじゃなくて、素肌のシンタローの上に赤いリボンを巻きつけたいな。きっと、よく映える」
なんて、事を囁きながら足首の紐を解くと、見せ付けるように赤いリボンを指先で弄ぶとおもむろにリボンに軽く口付けた。
「ばっ……」
(グンマもキンタローもそういう意味のプレゼントってことじゃねぇだろ)
やっぱ、こいつって頭の中桃色だよな…。
自由になった手で体にまとわりつくリボンを払いのけると、用は無いとばかりに立ち上がりマジックに背を向けようとしたとたん…。
マジックはシンタローの手首をつかみ、自分の方をむかせた。「出て行く前に、パパにいうことがあるだろう」
「なにが?」
シンタローは手を振りほどこうとするも、つかまれた手首に力が込められ思わず形のいい眉をひそめた。
「今日は私の誕生日だよ…『パパお誕生日おめでとう』もしくは『パパ大好き』ってお祝いの言葉が欲しいな。あ、語尾にハートマークをつけるのも忘れちゃだめだよ」
(パパ大好きは関係ないだろうがっ!!)
頭の中で駆け巡る、罵倒とののしりの言葉を寸前のところで飲み込む。も、目の前で蒼い瞳を期待に輝かせている男は、言わないと離す気は無いらしい。
仕方が無い。とばかりに、大げさなため息をつくと、自然に引きつる頬はそのままに口を開いた。
「Happy BirthDay、アーパー親父」
そう言うと同時に、今までのグンマとキンタローに対する鬱憤を晴らすように、男のわき腹に向かって足を突き出すと不意なことにバランスを崩したマジックを一瞥して部屋を出た。
ドアを閉めると、部屋の中から、「アーパー親父は酷いなぁー」っと情けないマジックの声が微かに聞こえて、シンタローは自嘲的に笑みを浮かべた。
「強要してんじゃねーよ。バ~カ」
(無理強いしなかったら、言わなくもなかったのかも…っなんてな)
ふっと口元を緩めると、従兄弟たちに文句を言うべく廊下を歩き出した。
●Happy BirthDay Magic●
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